【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第十九話 舞い降りる天燈(ランタン)

 ドン・キホーテの大槍に弾かれた、浅葱色の羽織を纏う由井正雪が、(くう)で弧を描いて着地した。

 ゴシックめいた和装の由井正雪が、突如梨花を襲ったその襲撃者──羽織姿の由井正雪と互いに喫驚した。

 大槍を引き戻したドン・キホーテが、衣装を翻して蹴り脚を収めたサンチョが再び身構えた。

 全員が、驚愕に互いを見合ったその間隙を、黒の刃が貫いていった。

 

「ぬっ⁉︎ 」

 

 ドン・キホーテをして呻くほどに、そのタイミングは巧妙にして狡猾にして最悪だった。

 武器を引き戻しきったモーションの終わりを縫う一閃。この場にいる誰もが手出しできない。

 それは全員の後方にいた梨花の身体の中央に吸い込まれていった。

 

 ──パァン!

 

「──マスターッッ⁉︎ 」

 

 悲鳴を上げたサンチョの目線は、思わず跳ね上げられた黒刃を追って宙を仰ぐ。

 梨花は。

 綺麗なハイキックで自らを急襲した黒刃を跳ね飛ばしたのだ。

 

「ひ、姫! 格好良うございます姫え!」

 

 ドン・キホーテが、突然の梨花のアクションの冴えに、感涙にむせぶ。

 その体術は、荒削りながらも体系立てられた動作だった。きっと恐らくルーラーが持っていた技術なのだろう。

 だが梨花は止まらない。

 身を翻してその右手を突き出した。

 

「令呪を以て願います!」

「⁉︎ 」

 

 その梨花の詳述を聞いたドン・キホーテとサンチョは、肌が総毛立つのを感じた。

 梨花の右手に残された令呪は、あと一画。

 しかも、確認を怠っていたが、サンチョが独立したサーヴァントになった事で、梨花の魔力的負担、そして令呪の数に変化はあったのか。

 驚愕の展開の連続で頭を占める懸念は多い。

 そして梨花の詳述は止まらない。

 迷いの無い眼差しで告げる。

 

()()()()()! わたしを守って!」

「なっ⁉︎ 」

「えっ⁉︎ 」

 

 その場にいた梨花以外の全員が驚きの声を上げた。

 ──反応して動いたのは、ここまで同行したゴシックめいた和装の由井正雪だった。

 

「はっ!」

 

 響く剣戟。

 どこからともなく抜き出した刀を鋭く閃かせたこちらの由井正雪が、梨花の背後に回り込み、後方から急襲した人影を打ち弾いたのだ。

 

「──マスター⁉︎ 」

 

 ゴシック和装の由井正雪が、襲撃した人物に気付き、驚きの声を上げる。

 

「──。」

 

 まるで陶製の仮面のような無表情で目を丸くしたその中年男性が、弾かれた直剣()()()()を構え直して、さらに跳び退いて着地した。

 身に着けているのは、半袖ワイシャツとスラックスと言う、まるで普通のサラリーマンのようだったが、その両手の得物と重心の低い構え、纏う気配が尋常離れしていた。

 漂ってくるのは、まるで剃刀で撫でられているようなヒリつく気配──殺気。

 だから梨花は、その中年男性の顔を見ても、すぐには知り合いだと分からなかった。

 

「……市ヶ谷さん⁉︎ 」

 

 

────◆

 

 卯波港(うなみこう)にも混乱は及んでいた。

 謎の武装集団が港に押し寄せ、各所の設備を占拠したのだ。

 港湾事務所にも武装した集団が押し込み、銃器で職員を脅して貨物船との連絡を断っている。

 沖の方では入港許可を待つ貨物船が何隻も待機していた。

 そんな卯波港の端のマリーナの前に、虚空から煌めく粒子を集めて、やがてがっしりした体躯の偉丈夫が──ヘラクレスが現れた。

 その姿は傷も衣装の破損も無く、上等なスーツと腰に帯びた大剣などにも変わりは無いが、襟や袖から覗く地肌が、メラニズムかと言うほど黒く変色していた。

 その上さらに、漆黒の異形のバイザーのような物を装着しており、それで目元を、顔の上半分を覆っていた。

 それはまるで人の手首のような意匠で、プロレス技のアイアンクローをかけているかのような形状の、濃い半透明色のバイザーで、奥の瞳の様子が伺えない。

 そんな異様な巨漢が突然出現したのを目撃した、クルーザーの持ち主や、辺りを闊歩していた腕に刺青を差した男らが、やや引き気味に仰け反って凝視していた。

 ──発している気配が、余りにも異質で危険であり、尋常では無い強度だったから。

 それは殺気とも異なる、だが見る者に平衡を危うくさせる歪んだオーラ。

 

────。

 

 このヘラクレスは、理性を覆い隠され、狂気を付与されて召喚され、のちにセイバークラスを付与されてその狂気に蓋をされた経緯があり、思考能力は極めて低減していた。

 よって、このヘラクレスは、聖杯から仕込まれたサーヴァントとしての形ばかりの振る舞いと、ルールによってのみ動いている。

 そんな僅かな思考能力に、微かに残った情報を、記憶をもとに、ここまでやって来た。

 ──先ほど、この辺から遠距離攻撃を受けた記憶をもとに。

 

────。

 

 ゆったりと、辺りを睥睨する。

 だが、そこにはこのヘラクレスの求めるもの、あの時の攻撃者、あるいは感覚に引っかかるものは何も無かった。

 ヘラクレスは、霊体化しながら踵を返し、立ち去っていった。

 仰天する人々を残して。

 

 

────◆

 

「……どういう事?」

 

 林道で一団と対峙する市ヶ谷が、ぽつりと告げた。

 知り合いの娘──辻松梨花の背中を庇う態勢で刀を構えている、ゴシック和装の由井正雪に向かって。

 市ヶ谷の問いに、ゴシック和装の由井正雪が、やがて呻くように言った。

 

「──こちらの方は、ルーラーのサーヴァントと合体しておられます」

「ああ。さっき言ってた。──なるほど、今のがそのルーラー特権の専用令呪か」

 

──ッッ⁉︎

 

 梨花は喫驚に息を飲んだ。なぜ市ヶ谷の口からその単語が出るのかと。

 とは言え、サーヴァント・由井正雪が知っているならば、マスターにも伝わっていてもおかしくはない。

 しかし。

 今はそんな事よりも……

 

「……市ヶ谷さんも、聖杯戦争に参加しているんですか……? どうして……」

「そっちで同行していた理由は?」

 

 ところが市ヶ谷は、梨花の発言が聞こえていないように無視してゴシック和装の由井正雪に問いかけた。

 

「はい。誠に勝手ながら、一時行方不明になっていたマスターの捜索のため、ルーラー殿と一時同盟を組んでいました」

「そ。 ルーラー護衛の令呪は、どれくらい続きそう? 解除できそう?」

「……っ⁉︎ 」

 

 普段、家に届け物を持ってくる時のような調子で喋りながらも、まるで異なる気配を纏う市ヶ谷の雰囲気に、梨花は底冷えのする怖気を感じずにはいられなかった。

 

「おそらく、数日以上。独力での解除はできそうにありません。聖杯戦争中に、ルーラー殿が私の視界で危機に陥れば、私はルーラー殿の護身に動くでしょう。──それよりマスター」

「そっちには影響は?」

「私には今の令呪の影響は及んではおりません。それよりもマスター」

 

 ゴシック和装の由井正雪と、浅葱色の羽織の由井正雪の両者からの制止にも関わらず、市ヶ谷は戦闘態勢のまま思考を、言動を透徹させる。

 

「退くよ」

 

 市ヶ谷は、ゴシック和装の由井正雪に目配せすると、身を翻した。

 

「……お待ちくださいマスター! 私はルーラー殿より、この聖杯戦争の儀式破綻の危機に及ぶ瑕疵(かし)の原因を聞きました! このままでは例え勝ち残っても、聖杯への願望は叶いません!」

 

 ゴシック和装の由井正雪の叫びに、一度は足を止めた市ヶ谷だったが、結局は素気無く踵を返した。

 

「……退くよ」

「マスター⁉︎ 」

 

 どかっ。

 

 そのとき隣から、鈍い異音が聴こえて市ヶ谷は怪訝に横を振り向いた。

 ──そこでは、浅葱色の羽織を纏った由井正雪が宙に浮いて虚空に仰け反っていた。

 腹から夥しい血に塗れた巨大な西洋剣が突き破って、長々と屹立していたのだ。

 

「──なっ⁉︎ 」

 

 さしもの市ヶ谷も驚愕に目を剥いて絶句した。

 ──殺気も気配も何も無かった──キャスター・由井正雪の魔力探知をして接近を許す異常──それは、あってはならない光景──

 

『──これが──』

 

 その由井正雪の背後に、巨大な西洋剣の長い柄を両腕でしっかり握って立つ、濡れ髪の偉丈夫がいた。

 奇妙な黒い仮面を被っていたが、髪型と服装と体格で分かる。バーサーカーだ。

 露出している手首と顎の肌が、何故か真っ黒に変色していた。──あの汚泥を被って焼かれた衣服の破損がひとつ残らず復元されている。あるいは、皮膚の変色がその汚泥の影響か。

 しかもそれが、初めて口元を動かして何事かを喋り出したのだ。

 

『──これが、貴様の、試練。──多勢に無勢──』

「ユイちゃんッッ⁉︎ 」

 

 市ヶ谷が、冷徹さを崩して絶叫した。

 

「其は何者なりや!」

 

 先ほどの位置で、辻松梨花がバーサーカーを指さし何事かを叫んだ。

 だが市ヶ谷にはそれを訝しむ(いとま)は無い。

 腹を──幅広の刃は心臓にも及ぶ──霊核を貫かれた由井正雪は、苦悶の(かお)のまま苦鳴ひとつも残さずに光の粒子となって見る見る溶け崩れ、消えてしまった。

 突きの姿勢のバーサーカーも、その体勢のまま霊体化してどこかへ立ち去っていった。

 

「……………………!」

 

 俯いた市ヶ谷は、きつく拳を握り込むと、それでも踵を返して、先ほどの急襲の際に飛び出してきた薮へと分け入っていった。

 

「マスターっ!」

 

 そこに、市ヶ谷の傍らに、辻松梨花らに同行していた由井正雪が駆け寄ってきた。

 突然の惨劇に遭っても、市ヶ谷の強靭な精神には微塵の揺らぎも無い──無理やり抑えつけて堪えていた。

 今の邂逅の瞬間に、マスターである市ヶ谷を通して、ゴシック和装の由井正雪とのペアリングが済んでいることも分かっている。

 この由井正雪も、いま殺された由井正雪──召喚してからこれまでずっと共にいた由井正雪と、記憶も感情も何もかもが同じ個体だという理屈は理解している。

 理屈は理解しているが、それでも割り切れないものはある。──でなければ、聖杯など求めるか──

 市ヶ谷は、草を掻き分け黙々と歩みを進めながら、追従してくるゴシック和装の由井正雪に小声で言った。

 

「行くよ」

「……御意」

 

 応えたゴシック和装の由井正雪をチラと横目で見た市ヶ谷は、再び前方を向いて黙々と草を踏みしめて歩く。

 ざくざくと、二人分の草を分ける足音が、鬱蒼とした林間に白々と響く。

 その異常に気付いて思わず林の中で立ち止まった市ヶ谷が、由井正雪の顔を二度見した。

 

「ユイちゃん⁉︎ それ……⁉︎ 」

「はい?」

 

 怪訝に──と言ってもいつもの澄まし顔だが、そのゴシック和装の由井正雪の両耳に提げられていたピアスが、最初の帯状の飾りではなく、いつの間にか市ヶ谷手製のあの黒いピアスになっていたのだ。

 

(いつからだ⁉︎ なぜこのユイちゃんがこのピアスを着けている⁉︎ ここに来た時から着けていたか⁉︎ ──覚えていない──消える間際に転移──いやそんな余力も意味も無い──)

 

 ──これを与えた由井正雪は、あの異常世界から共におり、先刻に殺されて消え去った。

 この由井正雪は、当人の先の発言から、竜胆寺オーナーの強制退去の魔術発動の瞬間に、こちらの世界で増殖していた個体だと言うことは見当がついている。

 それなのになぜ──⁉︎

 

 

────◆

 

「見たまんま! 仕事になんかなりゃしないねえ! まあ社長は電話で「できる事だけでもやっといて〜」とか言ってさあ」

「はあ」

 

 職場の事務職の中年女性が、いつもの調子で愚痴を吐くのを、ディートリヒは半笑いで聞いていた。

 

 

 沖への波に流された一同はあの後、メアリーの発案で、霊体化したメアリーが海に出ている漁船を探し出し、そのまま乗り込んで船員を丸め込み、なんとかディートリヒらの元に急行させて、救助させた。

 「ヤクザに海に投げ捨てられた」という苦しい言い訳だが、どうにか漁船にマリーナまで送ってもらう事ができた。

 アンとメアリーの感覚に寄れば、付近に他のサーヴァントの気配は無かった。あの白髪のサムライ達は、立ち去ったのか、あの燃える町にいるのか分からない。

 ともあれ当座の安全を確認して、自分のクルーザーに戻って一晩中動きまわって濡れた身体を整え、そして職場に顔を出したのだ。

 

 

「さっき凄いのがいたんだよ! でっかい外人の兄ちゃんがちょうどマリーナの方にいてさ! 見てない?」

 

 中年女性の取り止めのないお喋りの中に、そんな情報があった。

 

──やっぱ来てたんじゃねぇか。しっかり射撃地点を覚えてやがったな?

──危ない所でしたわねマスター。

 

 つまりは不意の会敵回避の為に、自分たちは沖に転移させられ訳だ。

 フラゥゾマーの魔術の気の利いた差配に感謝して、ディートリヒは職場から出て行った。

 出る際に(なお)も事務職の中年女性が何か言っていたが、出勤しているのが彼女だけであり、彼女から聞かされた卯波市の現状──今朝から勃発した町全体を巻き込む事件を聞くに、どうせ今日はまともな仕事にはならないだろうから、無視する事にした。

 

──これからどうしますの? マスター。

「なんとかしてあのヘラクレスの対抗策を見つけてえなあ」

──おお! やる気じゃんマスター!

 

 脳裏に閃くメアリーの喝采に、ディートリヒが口の端をニヤリと歪めた。

 朝もとうに過ぎて、昼と言うにはまだ早いこの時間帯。

 港の内外には、大勢の人通りがある。ただし、この混乱のせいか、どうも剣呑な目つきの「真っ当で無い人種」が数多く混じっていた。──ディートリヒにとっては取るに足りないレベルだが。

 そのため、サーヴァントふたりは霊体化したままだ。

 

「ああ。奴の蘇りの条件を破らないといけねえし、火力も増やしたい。情報と戦力がもっと要る」

──具体的には?

 

 アンの声を脳裏に聴きながら、ディートリヒは事務職の女性のお喋りから得た情報を思い出した。

 それに寄れば、いま卯波市全土で混乱が起きており、その発端はヤクザ「鉄架組」と警察との抗争の勃発だと言う。

 だとするならば、ヤクザの首魁と警察の首脳それぞれにマスターが居るはずだ。こう言うタイミングで潜伏している町に望んで混乱を起こすのは、十中八九、事態に窮した魔術師だからだ。それは聖杯戦争でも変わらない。

 

「だからまずは、抗争の状況を見て、ヤクザか警察のどっちかに接触する。絶対にどっちかか、あるいは両方にサーヴァントがいるだろうし、所在は近付けば察知できる。──だいたいマスターが弱って困ってるからこうして混乱を起こすんだ。同盟を持ち掛ければ乗ってくる公算が高い」

──それならば、私がもう片方に参りましょうか? そうすれば二枚舌外交も可能でしてよ。

「ナイスアイデアだ、アン! それで行こう」

 

 得心したディートリヒがフィンガースナップを打った。

 アンの謎のクラス変更により、サーヴァントを二騎従える事になったディートリヒの懸念点は、宝具展開の際の魔力の分配だった。

 だが、アンが変更されたアーチャークラスには、クラス固有スキルとして「単独行動」と言うものが付与される。

 「単独行動スキル」とは、サーヴァント独自に貯蔵魔力を持ち、例えマスターが死亡しても備蓄魔力分現界を維持できたり、マスターに頼らず己の貯蔵魔力で単独で宝具を展開する事ができる。

 

「……しっかし、なんでこんな便利なクラスがいきなり生えてきたんだろうな」

 

 アンの異変が発覚した、燃える町のあの時にはさて置いた問題を思い出す。

 

「「同行他者」スキルに、いずれ分離してクラスチェンジするような要素とか無かったしなあ」

 

 直近に起きた「クラス変更」にまつわる異常事態と言えば、一昨々日未明のアインツベルン城でウルティがやらかした事だろう。

 ただしあれは、「バーサーカー」に「セイバーになれ」と言ったのであって、アーチャーの事はひと言も言っていない。

 

「はいはーい! マスター! ボクをセイバーにしてよ!」

「お! そりゃいいな!」

 

 目の前に実体化して、手を挙げて訴えるメアリーにもフィンガースナップを打つ。

 見れば、この路地の辺りは既に人気が無かった。

 

「だが、俺が令呪を使ってやるには、ちいっと慎重にならざるを得ない」

「えー? なんでさー」

 

 伸び上がって口を尖らせるメアリーの頭を押し下げて、撫でながらディートリヒが続ける。

 

「なにしろクラスチェンジをしたのがアインツベルンなら、聖杯戦争を作ったのも御三家──アインツベルンだからだ。当人なら知っているバックドアでチートを打ったのかもしれないし、だとしたら、外様(とざま)の魔術師が迂闊に手を出したらどうなるか分からねえ」

 

 他に「令呪でクラスを変えた」なんて事例は、見てきた限りどの文献にもひとつも残っていないのだ。

 

「もしそんな用途が普通にあるなら、過去の聖杯戦争はみんな「ドキッ! セイバーだらけのスーパーセイバー大戦」なんて事になって、戦争の体裁がいよいよ茶番じみてくる」

「その「土器」ってどういう意味?」

「……忘れてくれ」

 

 思い返してみれば、あのヘラクレスは異常だった。

 あれほど練達者かつ執事のような振る舞いをしながらも、ひと言も口を利かなかった。──自分のマスターに対しても。

 百歩譲ってバーサーカーのセイバー化がアインツベルンの戦術だとして、もしウルティがちゃんとした魔術師だったら問題なく運用できただろう。

 ──ちゃんとした魔術師は、そもそも貴重な令呪をわざわざそんな使い方しないだろうが。

 

「だから、アインツベルン城跡の残留物を入念に調べる。万が一ヘラクレスが生きて戻ってきた時の為に同盟を増やしておく」

「それで、調査した結果、大丈夫ならボクのこと、セイバーにしてくれる?」

「そりゃもちろんやぶさかじゃねえけど……なんでお前そんなにセイバーになりたいんだ?」

 

 ディートリヒが聞き返すと、メアリーの瞳からハイライトが消えてスンッと鎮まり返った。

 

「……だってボク、ライダークラスなのに騎乗スキル持ってないもん……」

 

 たちまちメアリーの歪んだ目尻に涙が浮かび溢れた。

 

「──ああ。聖杯を手に入れたら、一発ブン殴ってやろうな」

 

 苦笑したディートリヒが、メアリーの頭を抱き寄せた。

 

「それではマスター。どちらが警察だかならず者の頭目だかに会いに行きます?」

 

 同様に実体化していたアンが問いかけた。

 

「ああ──いや、アンには別のトコに行って貰いたい」

 

 

────◆

 

(──あのサーヴァントは、なに──?)

 

 ワンボックスカーの中列シートに横になった梨花が、膨大な情報の奔流に頭を痛めていた。

 

 

「儀式の瑕疵の件、マスターには必ずお伝え致します。こちらでも、できる限り調査協力は致しますので! ここまでありがとうございました!」

 

 

 あの後。

 由井正雪はそう梨花に言い残して、市ヶ谷を追って林の中へと駆け込んでいった。

 サンチョが霊体化での彼らの追跡を申し出たが、梨花はこの林道での邂逅と出来事と、得られた情報で頭がいっぱいになり、眩暈を起こして体調を崩してしまった。

 結果、彼らの追跡は辞め、ぐったりとした梨花をサンチョが抱き上げ、林道の近くまで乗ってきたワンボックスカーに戻り、車内で休憩する事になった。

 なお、運転席には既にサンチョが着いている。

 

(まさか、由井さんのマスターが、市ヶ谷さんだったなんて──)

 

 ──あんな顔の市ヶ谷を見たのは初めてだ──

 

(ちゃんと、由井さんのマスターが見つかって良かった……けど……)

 

 合体しているルーラーの体術のおかげで攻撃を防げたが、あの黒刃は梨花の心臓を狙った致命の一撃だった。それを放ったのは、見た事もない異様な気配を放つ市ヶ谷──

 

(あれは──死ぬところだった──⁉︎ )

 

 今の梨花は、これほどの戦闘を経ても、変わり果てた知己を見ても、衝撃は受けてもそれほど取り乱したりはしなくなっていた。それどころか、別の思考を巡らせる余裕もできている──それができるまでに、馴染んでしまっている自覚もある──

 

(──あのサーヴァントは、なに──?)

 

 あの時、直感に従い梨花が再び放った「真名看破」に対し、聖杯が示したのは「ヘラクレス・オルタナティブ」という言葉だった。

 「オルタナティブ」とは、聖杯からもたらされた付随情報に寄れば、「反転変質」とでも言うべき現象で、通常のサーヴァントが持ついずれかの要素が意味的反転した異常状態だと言う。

 聖杯のデータベースの()のインデックスでは、「セイバー」というクラス情報の上に「ヘラクレス・オルタナティブ」という真名と状態が記載されていた。

 ──すなわち、「クラス」では無く、「サーヴァント・ヘラクレス」本人の性質が反転変質した、と言う事。それがクラス情報よりも上位に位置する、あのサーヴァントの現在の在り方を示すものだと言う事だ。

 ──それが、どういう意味なのかはまだ分からないが──

 

(言っている事も支離滅裂だったし。……でも)

 

 あのサーヴァント・セイバー・ヘラクレス・オルタナティブから感じた、どこか歪な魔力感覚に、梨花は何故か、どこか懐かしさを覚えていた。

 ──そして。

 

(アインツベルン城にいた、私にそっくりな女の子とか、今のあのセイバーの変化とか。きっと、あのサーヴァント・ヘラクレスが、聖杯戦争に異常をもたらしている原因なんだ!)

 

 

────◆

 

「アーチャー陣営のならず者どもを縛り上げて、手が空いた部隊から順次、こちらに回して、この屋敷に至る道をすべて閉鎖させたとも! 射手もこの屋敷を狙える高所に配置した! もはやこの屋敷からはネズミ一匹出る事も入る事も叶わぬ! 聞いているのか皐!」

「……あー……」

 

 卯波市街の山手の住宅街のただ中、登録事項等証明書──ワンボックスカーのナンバーから割り出した持ち主──辻松家の邸宅の前で。

 腕を振り回して喚くカエサルに、だが隣の(こう)は生返事を返すばかりだった。

 眼鏡も傾いており、レンズが歪に陽光を照り返して表情が伺えない。

 その上、妙に顔色に赤味が差しており、呆けたような緩んだ口から漏れる吐息は若干荒い。

 

「──どうした。物陰から女の尻でも狙う卑劣漢めいた顔をしおって」

「どどどどうしてそこだけ具体的なのさ⁉︎ 」

 

 怪訝に顔を覗き込むカエサルに、皐が跳び上がって悲鳴を上げる。

 

「ななななんでもないようんそうなんでも」

「……語るに落ちると言うか何と言うかまあ……」

 

 鼻の上で跳ねる眼鏡を両手でわたわたとお手玉回しをして顔に押さえつける皐の横で、カエサルは呆れたっぷりに溜め息を吐いた。

 両手を腰に当て。

 

「好いた女の屋敷か」

「もーーーヤメてよ(がい)さんたらもーーー⁉︎ 」

 

 カエサルの突き出たお腹をぺしぺしと叩きながら赤面した頬を押さえて身悶えすると言う、これまで見たことの無い反応を示した皐の姿に、カエサルをして顔色を青くして若干身を退いた。

 

「うわキモ……」

「──初恋の、女の子だったんだ」

 

 どうやらカエサルの感想は聞こえなかったようで、皐は唐突に目線を遠くして勝手に語り出した。

 

「中学生の時の。…………魔術師に殺されちゃったけど」

「……なに?」

 

 言葉の最後、不穏に目元を昏くした皐の発言に、カエサルが怪訝な顔で呻いた。

 

 

────◆

 

 辻松梨花の髪は、父親譲りの栗色だった。

 見た瞬間に分かっていた事である。

 ──あそこにいる彼女は、アインツベルンの魔術師でも辻松友里でも無い。

 分かっていながら、黒鍵を投げた。

 投げて、背後に回って不意打ちを仕掛けた。

 すべて殺すつもりで仕掛けた。

 そしてあの場で初めて存在を知った「こちらの世界で増殖していた」由井正雪。

 人数で言えば三対三。だが向こうはサーヴァント三人に対して市ヶ谷は人間。さらに新たな由井正雪を令呪で取られ、不意打ちにも失敗した挙げ句に、共にいた由井正雪を、突然現れたバーサーカーに殺された。

 撤退は妥当な判断だった。そこは間違い無い。

 ──覚悟はとうに済ませたと思っていたのに──

 辻松梨花が特権令呪で由井正雪に攻撃を阻ませてくれて良かったと思う自分もいた。

 

「……迂闊にも程がある……」

 

 森の外れの木陰で。

 手頃な岩に腰掛けた市ヶ谷が、(うずくま)り、両手で顔を覆って苦悶していた。

 

「なにか迂闊だったのでしょうか?」

「うう……ユイちゃんのマジトーンが堪える……」

 

 向かいに立つ由井正雪の素朴な疑問の声にも、市ヶ谷の身悶えもどこか力無い。

 

 ──思い返してみれば、ヒントはあった。

 辻松邸に荷物を届けに行った時。梨花から感じた香りはファンデーションのものだった──マスターなら隠しておきたい令呪をカバーするための、ポピュラーなカモフラージュ。

 ──市ヶ谷は肌質に合うカモフラージュ素材が無かったため、由井正雪の視線逸らしの魔術に頼ったものだが──

 それに、梨花にそっくりなアインツベルンの魔術師と、母親である辻松友里。聖杯戦争中にあの顔触れがこれだけ並んでおいて、梨花が出てこない訳も無かった。

 

(──いつきさん。あんたいったい何をやらかしたんだい?)

 

 辻松いつき氏は、アインツベルン陣営に(くみ)しているのか。それとも辻松いつき氏個人の企みか。

 元々、辻松家に向かおうかと竜胆寺を辞する途中で、梨花らにばったり出会(でくわ)したのだった。

 キャスター・由井正雪の広大な魔力探知によって、先んじて接近を察知していた。

 

(──やはり、急いで辻松さんチに行って、なんとしても辻松いつき氏に事の次第を確認しなければならない……!)

 

 娘にいったい何をやらせているのか。それはどう言うつもりなのか。

 ──それと──

 市ヶ谷は、向かいに立ってこちらを見ている由井正雪の澄まし顔を見返した。

 ゴシックめいた和装を纏っている。

 

(──この先、このユイちゃんと戦っていけるのか? 僕は──)

 

 先刻殺された由井正雪の生命(いのち)に、どう贖えばいい?

 増殖する生命(いのち)を、もし消耗戦力と見做してしまったら、これまでの人生で狩り執ってきた魔道の連中と本質的に同じになってしまう──

 

(僕は──)

 

 市ヶ谷は、顔を覆う両手に、五指に力を込めた。

 

 

────◆

 

「……チッ、どうなってやがんだ」

 

 株式会社明日照輝(あすてか)本社ビルのロビーで。

 イサオが、苛立ちながらスマートフォンをせかせかと弄っていた。

 市内の各拠点に潜伏させた傭兵や殺し屋連中と連絡を取ろうとしているのだが、どう言う訳か誰ひとり繋がらない。

 

(その湧いて出たサムライ連中にやられちまったか)

 

 さもありなん。相手がサーヴァントでは人間のプロと言えど手も足も出ない。

 ──ただ、織田信長の言う通りに、こちらのサーヴァントの居場所を教えてやれと伝えようとしただけなのだが。

 

(──イカれちまったサーヴァントなんて()()()()()()()()なんか、使ってられるかよ)

 

 イサオはバーサーカーなど喚んだ覚えは無い。ましてや「アヴェンジャー」などと言う巫山戯(ふざけ)たクラスなど何をか言わんや。

 とは言え邪魔になったサーヴァントを自害させようにも、イサオにも聖杯に用があるし、強力なサーヴァントは令呪の命令を弾きかねない。

 ならばさっさと敵を集めて戦わせ、消耗したところで織田信長を自害させ、他所のサーヴァントを奪い取れば継戦は可能だ。

 ──イサオは、自分にはそれが可能だと考えている。

 

(にしても解せねえな。百以上のサーヴァントが、ウチの拠点を残らず制圧しておいて、本丸にやって来ねえとはどう言う事だ?)

 

 一箇所の拠点から二〜三十人。それが数カ所同時に出現している。

 拠点のヤクザが何者か、頭目の居場所は何処かなど、そんな情報を手に入れる事は容易いはずだ。

 そしてそのサムライのサーヴァントがほんの十人でも本社に来れば、織田信長相手でもいい勝負ができるはずである。

 

(──なぜ、それをしない──?)

 

 首を傾げたイサオの頭上から、まるで直上に落雷が直撃したかのような激しい轟音と振動が襲った。

 ビル全体が激しく揺さぶられ、その激震はイサオの足にまで及び、体勢を崩そうとしてくる。

 

「ッッんでえ⁉︎ 」

 

 思わず屈んだイサオが吼えた。

 陶器やガラスが残らず砕け、蛍光灯が瞬き灯りを落とす。

 このビルは、イサオの魔術の粋を尽くした要塞である。

 同時に、各所に仕掛けた探知の魔術道具からの情報が脳裏に閃く。

 これほどの強固な魔術工房をそう容易く破れる相手と言えば──

 

 

 フロアの窓という窓、ドアというドアが一斉に爆ぜ飛び、大勢の南蛮風の巨漢が大剣を手に手に大量に雪崩れ込んできた。

 その勢いたるや決壊した大河の濁流の如く。

 建物の枠と言う枠から、まるで男たちが芋づる式に、あるいは数珠繋ぎ的な勢いで、続々と突入してくる。

 それら巨漢の軍勢が皆一様に、最奥に座する織田信長へと殺到してきたのだ。

 

「──()く来た!」

 

 フロアの最奥の歪な玉座で待ち受けていた織田信長は、足下から噴き上げた紅蓮の焔を身に纏い、赫く照り返す狂乱の笑みに犬歯を剥いた。

 

 

────◆

 

「おっ(ぱじ)めましたわ! マスター!」

 

 ウノハナセントラルタワーホテルの屋上で、街中を睥睨していたアンが、突如紅蓮の爆炎を上げたビルを発見して叫んだ。

 

 

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