【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第二話 胡乱な号砲

 

 此度の聖杯戦争の監督役として任命されたのは、聖堂教会の壮年の代行者、音峰或斗(おとみねあると)だった。

 監督役は、聖杯より"聖痕"を身体の何処かに授かる事で示される。

 その"聖痕"と同時に、聖杯戦争運営のための能力を授かるのだ。

 

(…………)

 

 洗面所の鏡の前で、音峰或斗が、上着の前を開けて、その鍛えられた胸筋を晒していた。

 そこには、くさび形の痣がいくつか浮かんでいた。

 形状も配置もばらばらだが、その数は七つ。

 今朝、見た時には六つだったのに。

 これが聖杯より与えられし"聖痕"。

 そして、これら七つの痣が示すところは。

 

(……最後の七騎目が現界した……?)

 

 聖杯戦争に参加する頭数が、そろったと言う事だ。

 

 ──聖杯戦争。

 あらゆる望みを、願いを叶える願望器「聖杯」を求めて争う魔術の儀式。

 聖杯に選ばれし七人の魔術師が、各々が召喚した使い魔──あらゆる時代の英霊を使役して、その覇権を競うものだ。

 

 監督役は絶対中立。その権能も、監督役の身体を通じて不偏にて発揮される。

 すなわち。

 この時、同時に、監督役の聖痕から七つの令呪を通じて「聖杯戦争正式開幕」の旨が伝えられた。

 

 

────◆

 

 冴木皐(さえきこう)は、元・代行者見習いだった。

 額の秀でた青年で、中学から高校まで生徒会長を勤めていた品行方正、成績優秀、人徳に篤く誰にも優しい、模範的な人格を持つ学生だった。

 同時に、代行者──聖堂教会の教義に反する"異端"を強制排除する者──の見習いとして、日々訓練にも明け暮れていた。

 ところがある日、令呪を授かったことで、一足早い独り立ちをする事になった。

 曰く。

 

──魔術師を誅し、聖杯なる異物を破壊せよ。

 

(師匠も無茶言ってくれるよ)

 

──魔術の儀式に携わる以上は、形式上、君を破門とせざるを得ない。中途半端に放り出すことを、心苦しく思う。だが、サポートは万全にしよう。

 

(とも言ってくれてるけどね)

 

 (こう)は、フレームレスの眼鏡の位置を直して嘆息した。

 ──眼鏡のブリッジを押し上げる右手の甲は、年頃の男子特有のゴツゴツした感じを現していた。

 カジュアルなスラックスにポロシャツ姿で、路地裏に立ち尽くしている。

 そこには、凄惨な光景が広がっていた。

 かつて、通学途中で特急列車の人身事故を目撃した事があった。

 ──高速で走る、丸いフロントノーズに激突すると、人体は木っ端微塵に吹き飛ばされる。

 路地を挟む壁面のあちこちに、人間の腕脚や部品の肉片がへばりつき、血溜まりが派手に広がっていたのだ。

 

(ここを特急列車が通ったのかな)

 

 愚にもつかない事を思いながら、惨殺現場を検分する。

 通報からすぐに現場が封鎖されたので、邪魔する者は誰もいない。

 警察官すら近寄ってこないのだ。

 

「おかげで、敵の痕跡を思うさま、思い切り、大胆に調べられるというものだ!」

 

 (こう)の傍に、虚空から赤いスーツの肥満体が現れた。

 

「──(がい)さん」

 

 その肥満体を振り向いて、(こう)が呼びかけた。

 「(がい)さん」というのは、彼と取り決めた偽名である。

 

 ──使い魔、すなわちサーヴァントとは、あらゆる土地、あらゆる時代に存在した偉人・英雄を、英霊として召喚せしめた魔術的・霊的存在であり、今世の人間の肉体スペックを遥かに凌駕する疑似的肉体を持つ、魔術師の"武器"である。

 すなわち、サーヴァントが「使い魔」であるならば、使役する魔術師を「マスター」と呼称する。

 サーヴァントはその特性上、英雄と謳われた伝承・伝説から、死因を弱点として内包する事が非常に多い。

 つまり、サーヴァントが何者かを知られる事は、弱点を握られるも同然。

 故に、サーヴァントの真の名を日常的に伏せる事は、戦略上の基本である。

 

 その「凱さん」が、召喚されていきなりした事は、卯波市市役所庁舎と卯波警察署への電撃訪問であった。

 いったい何をどうしたものか、凱さんは瞬く間に市長と警察署長と懇意になり、協力を確約させてしまったのである。

 おかげで町中の事件は全て凱さんの耳にする事となり、例えばこのように情報収集する事ができる。

 

「見たところ、犠牲者達は六人の男であるようだな」

「──分かるの?」

 

 凱さんの分析に、(こう)が目を瞬かせる。

 

「いかな戦場経験者と言えど、私とて人間がこんな木っ端微塵になったのを見るのは初めてだ。が、死体は見慣れているのでな。──ああ、マスターは無理して見なくともいいぞ。具合を悪くしている暇は無かろう?」

 

(気を遣われている──?)

 

 (こう)はキョトンと、その肥満顔を見返した。

 その凱さんの横顔は、碧眼は、沈鬱に悲嘆に暮れているようだった。

 死者を、悼んでいる。誰とも知れない被害者を。

 

「──それにだマスター。物探しをする時は、目線よりも高い箇所に気をつけるといい。意外と死角になるからな」

 

 ケロッと表情を翻した凱さんが、人差し指を上に向けてウインクして見せた。

 誘われて路地を見上げた(こう)は、そこに違和感を発見した。

 

「……あんな高いところに、血痕が……?」

 

 路地を挟む建物の、高所の壁面に、一点、血の跡が付着していたのだ。

 改めて見回しても、他の壁面に血痕は無い。

 あれだけが、不自然に高い位置にある。

 

「例えばどうだろう。この場で彼らを鏖殺した何者かが、跳躍して壁を蹴ったならば、ああいうふうになるのではないか?」

「……そうだね」

 

 凱さんの分析に、(こう)がうなずく。

 つくづく、凱さんの眼力には舌を巻くばかりだ。

 ──もっとも、そんな人間離れした跳躍力が"ある"と知っていればのハナシだが。

 

「どれ、マスター。共に屋上を見てみようではないか。この現場の詳細は、後で警察(カラビニエリ)が伝えてくれよう」

 

 言うと、凱さんが(こう)をもたもたと抱え上げた。

 

「男のエスコートというのはアレだが、乗り心地は保証しよう」

 

 そして(こう)を抱えた凱さんは跳躍し、左右の建物の突起にニ、三と足をかけて屋上へと跳んでいった。

 

 

────◆

 

「ただいま〜」

 

 大きなダンボール箱を抱えた市ヶ谷建午(いちがやけんご)が、事務所の勝手口に辿り着いた。

 

──ドア、開けてくれる?

──承知しました。

 

 思念で呼びかけると、ややあってから事務所の裏手のドアが開かれた。

 現れたのは、白髪をポニーテールにまとめた女性だった。

 ゴシックめいた和装のような、独特な衣装を身に纏っている。

 

「おかえりなさいませ。マスター」

「うん。 いや〜暑い暑い」

 

 女性が無表情で出迎えるのに応え、道を開けた女性の脇を抜けて事務所に入る。

 女性は、外を左右に伺ってから、勝手口を閉めた。

 

「小芝居も上々だね」

「恐れ入ります」

 

 市ヶ谷がダンボール箱を運び込んだ部屋に、女性が続く。

 

 ──サーヴァントは、魔術的・霊的存在であり、仮初の肉体を持つ。

 それはつまり、逆に霊体化してその存在を見えなくする事もできる。

 それはマスターへの密かな追従を可能とし、物理に作用しない故に"壁抜け"をしてドアの反対側から鍵を開ける事もできる。

 

「それにしても、驚いたよ。本当に、誰にも気付かれなかったよ。これ」

 

 言って市ヶ谷は、()()()()をしげしげと眺めた。

 そこには、複雑な紋様の赤い痣が浮かんでいた。

 それは何処か角ばった痣で、異様な達筆で描かれた漢字の「立」の字に似てなくもない。

 

 ──令呪とは、聖杯に戦争参加者として選ばれた証。

 聖杯に選ばれた者の体に、痣のようにして顕れる。

 それはただの(しるし)にあらず。

 個人により形状は全く異なるが、ひとまとまりの紋様のどこかで二箇所、途切れており、三画で描かれる。

 それは一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、魔術師の魔術回路──魔術師の血筋にのみ備わる、霊的臓器・霊的神経である──に接続されるものである。

 

「こんな暑い季節に、手袋したまま出歩きたくないもんだ」

「先に申し上げた通り。その左手から人々の目を逸らす事は、造作もありません」

「あぁ、ごめんごめん。いやあ、僕はこういうの、疎くてねえ」

「……私は別に、気を悪くしていませんが……?」

 

 女性の反応に、右手の包帯を解く手を止めて、市ヶ谷がのっそりと振り向いた。

 女性は、無表情のまま見返している。

 

「……ああ。ははは。ユイちゃんは、本当に面白いひとだねえ」

「はあ」

 

 市ヶ谷は朗らかに笑うが、女性──ユイは彼の反応の意味がわからない。

 やがて包帯を解かれた右手には、表にも甲側にも紋様はおろか、傷ひとつ無い。

 

「あと、港付近でサーヴァントの気配を感じました」

「ふうん。どんなやつ?」

「そこまでは。あちらも霊体化していましたので」

「だよねえ。そいつのマスターらしきひとの目星はつくかしら?」

「それも、わかりません」

「だ〜よねえ。でもまあ」

 

 ダンボール箱を封じているガムテープを剥がしながら言う。

 

「まずは、あの辺にひと組、いる訳だ。今後は気をつけて行かないと、いけないねえ」

 

 ダンボール箱を開いて中身を覗き込んだ市ヶ谷が、顔を綻ばせた。

 

「おほっ。よしよし。ちゃんと届いた」

 

 ダンボール箱の中身を取り出した市ヶ谷が、薄い笑顔で振り返った。

 

「それじゃあ、僕らも準備を続けよう」

「承知しました。マスター」

 

 

────◆

 

「ウチの三下のガキが六人、殺されたらしい」

「ほう」

 

 スマートフォンを懐に収めたイサオ・インティライミの据えた声音に、漆黒の美女が面白げに見返した。

 

「なんでも、裏路地でパインでも放り込まれたみてえにバラバラに吹き飛ばされたってぇハナシだ」

 

 ──閉所で手榴弾の爆発に遭ったかのような惨状だった。

 イサオは独特の言い回しで、そう言ったのだ。

 にも関わらず、警察がイサオに伝える事ができたのは、六人の犠牲者の内の、誰かの身元を示す物品が無事だった事を示す。

 橋下市長との協定の賜物だ。

 

「で。これをどう見る? イサオ」

「どうもこうも、敵サーヴァントの仕業だろう? パインの爆発する音なんか、昨夜のアレで敏感になってるカタギの御家庭にゃ刺激が強過ぎる」

 

 ──爆発音の通報が無かった、と言う事は、徒手空拳で、尋常でない膂力で成された破壊である──

 事務所のソファにふんぞり返って片肘で頬杖を突く美女に、イサオは厳しい顔を歪めて吐き捨てた。

 

「しかし解せねえな。聖杯戦争に関しちゃ、オレ以外の組のモンを何人殺したって無意味だろ。──せいぜいオレの怒りを買うことくらいだ」

「左様。──なんだ。意外と冷静ではないか、イサオよ」

「冷静なモンかよ!」

 

 ソファの端を殴りつけて吼える。

 

「普通なら他の組と全面戦争だ! が、理屈がそうじゃねえと言っている」

「然り」

 

 肯定した美女と、イサオが睨み合う。

 

「イサオよ。聖杯戦争の復習だ。参戦サーヴァントがそれぞれに割り振られる役割──クラスについて言ってみろ」

「なんでえいきなり」

 

 唐突な問いに、やや鼻白んだイサオは、それでも律儀に指折り数え出した。

「剣士、セイバー。弓兵、アーチャー。槍兵、ランサー。騎兵、ライダー。魔術師、キャスター。暗殺者、アサシン。狂戦士、バーサーカー。どうだよ」

「その通り」

 

 数え上げた指をかざして言うイサオに、美女は笑みを深くして続けた。

 

「そして此度の事件、何らかの考えがあっての事と見るか?」

「……ねぇな。意味不明だ──じゃあ、犯人はバーサーカーって事か?」

 

 イサオにも、美女が導く話の筋道に気がついた。

 

「アインツベルンの城を爆破した者と同一かはまだ分からん。が、一日足らずの内にこうも軽率な行為を繰り返すとなると、この二件、バーサーカーの起こしたものと見るものだろう。──もちろん、他の陣営の罠という線もあるが、露出したのなら、追跡のしようも狙いの付けようもあろう」

「──殺された若ぇモンが、直前までどこで、何をやっていたかを探らせる」

「それがよかろう」

 

 イサオが立ち上がって、スマートフォンを操作するのを見て、美女は満足げに頷いた。

 

 

────◆

 

 食卓に、彩り豊かな料理の数々が並べられた。

 

「うわぁー⁉︎ 美味しそう!」

「さあどうぞ! お召し上がりください!」

 

 歓声を上げる梨花(りんか)に、背の高い女性がエプロンで両手を拭いながら応えた。

 

「さあ。旦那様もこちらに」

「うむ!」

 

 そして、梨花と同じくらいの背丈の老爺が、ブカブカの半袖ワイシャツとスラックス姿で食卓についた。

 ──父の持ち物を拝借したものだ。

 なお、兜を脱いだ老爺の頭頂部は、やや寂しいことになっていた。

 女性は老爺の隣の椅子に腰掛け、梨花と向かい合う形で食卓を囲む。

 

「いただきます!」

 

 梨花が元気よく唱え、食事を開始した。

 箸でつまみ上げた、調味料に塗れてテラテラ光る茄子を、ぱくりと咥え込んだ。

 梨花の瞳がぱちくりと瞬く。

 

「ぉおいしい!」

「お口に合って、良かったです!」

 

 女性がにこやかに応え、ふたりも食事を始める。

 しばし、食器の立てる音と咀嚼音が、リビングの中を占める。

 そしてやがて、女性が話を切り出した。

 

「それでですね。聖杯戦争について、ご相談したいのですが」

「……そう、ですよ、ね」

 

 食事に舌鼓を打っていた梨花が、咥えていた箸を下ろして、目線を泳がせた。

 

「……あのう、……わたし、やっぱり、死んじゃうんでしょうか……」

「死なんとも!」

 

 力強く請け負ったのは、出会い頭からこれまで、喋るのを女性に任せて黙していた老爺だった。

 

「そのための、ワシらサーヴァントである! 姫には傷ひとつつけさせんとも! それが騎士たるワシの務め!」

 

 フォークを虚空に突きつけ、宣言する。

 

「……はあ」

 

 老爺の、大時代的な大見得に対して、梨花が抱いたのは「疑念」と「怒り」だった。

 ──こちらは腎不全で、人工透析を定期的に受けないと生命が危うい身だ。なのにそんな、芝居めいた虚言でわたしの気持ちを煙に撒こうと言うの⁉︎

 そして、何の訓練も受けていない、普通の少女である梨花は、気持ちがすぐに顔に出てしまう。

 

「旦那様。こちらのお料理など大変美味しいですよ?」

「おお、おお! いただこう!」

 

 女性が料理の皿をすすめると、老爺はたちまち座り直してガツガツと食事に没頭し始めた。

 

「……マスターの境遇は、きちんと拝聴いたしましたし、大変胸を痛めております」

 

 老爺から梨花に向き直った女性は、ラベンダー色のレンズの向こうから、真摯な眼差しで語り始めた。

 

「ですが、なればこその"聖杯"なのです! 聖杯を獲得できれば、不治の病を癒す事も叶いましょう」

「……でも、そのためには、誰かと戦わないといけないんでしょう?」

「そして、戦いとは、自分に有利な作戦を以て臨むもの。マスターが危険に身を晒すこと無く戦うことも、できるのです!」

 

 女性の瞳には、確固たる自信と穏やかさが同居していた。

 ──頼もしい。

 梨花の胸につっかえていた不安が、ゆっくりとほぐれてゆく。

 

「例えば、マスターは身を隠し、我々で敵サーヴァントを討ち果たします! そうすれば、マスターが恐れる事など、何も無いでしょう?」

「……できるの? そんなこと」

「もちろんです!」

 

 少々、ワクワクとした高揚感を覗かせた梨花の問いかけに、女性は力強い微笑みで請け負った。

 

「戦いは、私どもに、どーんとお任せください! もちろん、マスターのお気持ちが一番大切なのは、ここにいる全員の共通事項です。ですのでマスター」

 

 一度、言葉を切った女性が、居住まいを正した。

 

「どうか、お気持ちの整理を、ごゆっくりとなさってください。それまでは、私どもも準備を進めておきますので」

 

 僅かに考えて、梨花は頷いた。

 

「……うん。わかりました」

 

 

────◆

 

 アインツベルン城を後にしたパーカー姿の少女が、次の行動指針にしたのは、「魔術師の家を片っ端から探る」事であった。

 山から降りる経路で、港を目指し、その途上にある魔術師の家を調べてゆく。

 

 卯波市は、魔術師から見ても魅力的な土地だ。

 何しろあのアインツベルンが居城を構えると決めた土地だ。霊脈──大地を巡る自然の恩恵にして、血管。豊富な魔力を含有する天然の力の源流──が、日本中で最も豊かで質が高い。

 故に、魔術師が多く居を構える町である。

 神秘を知らない非魔術家系の一般人には、与り知らぬ事であるが。

 

 とは言え、住人全てが魔術師な訳が無い。

 田畑に引く水が限られるように、魔術師が住処にしようと押し寄せようとも、場所には限りがある。

 だが、探し出すのは難しい事ではない。

 大抵の魔術師の家屋は、敷地を結界で覆っているだろうからだ。

 

──あとは、カンかな。

──ですよねー。

 

 現在、多くの家庭で夕餉の支度をする時間帯だ。

 山陰になる卯波市は、初夏のこの時期でも日が陰るのが早い。

 パーカー姿の少女は、その陰に紛れて町を移動してゆく。

 時折り、家屋を覆う結界──魔術師の邸宅を見かけては、コインを弾き飛ばして様子を伺う。

 ──もし、サーヴァントが潜んでいるならば、迎撃に出てくるだろう。そうでなければ、邸宅の主人が探知の魔術で外を探るはずだ。

 

「ほらね」

 

 魔術師の"感覚の眼"で視るその邸宅から、探知の魔術が同心円状に放射された。

 だが、パーカー姿の少女には、探知の魔術を躱す心得がある。

 しばらく様子を見るが、それ以上の反応は無かった。

 

「よし。次、行こうか」

 

 そして再び、夜陰に紛れて町を進行する。

 斜面に形成された町である故、所々に崖のように区切られた場所があり、そこから下の町を展望できる公園がある。

 そこに辿り着いて、見下ろした家並みの中に、ひとつ、敷地を結界で覆っている家を見つけた。

 

「……あれは……」

 

 パーカー姿の少女は、僅かに訝しんだ。

 その邸宅の結界は、非常に複雑な術式で構成されているようだった。

 魔術師ならば一目で分かるほどの。

 結界は、別に視られて困るものでは無い。

 むしろ、自身の魔術の力量の顕れとして、それが視える者に対する看板の如く目される側面もある。

 ただし、今は聖杯戦争の最中。

 強力な魔術師が、参戦していない訳が無い。

 ──この程度の強力な魔術師が、数多く居を構えているのも、また卯波市ゆえだが。

 

「まあ、どうせ、行きがけの駄賃だ」

 

 本人も、半ばダメで元々の行動だ。

 崖上の展望公園を降り、坂道を下って、目的の邸宅の向かいの曲がり角に身を潜める。

 周囲を伺ってから、パーカー姿の少女は、その邸宅の玄関を注視した。

 

 その高価そうな石造りの表札には、「辻松(つじまつ)」の姓が刻まれていた。

 

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