【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

20 / 24
第二十話 飛び入り斑(まだら)

 

織田信長を取り巻く紅蓮の焔の中から、鈍く輝く煤けた黄金色の、巨大な髑髏の上体が起き上がった。

 ゆったりと面を上げ、落ち窪んだ眼窩で敵群を睥睨し、肋骨を反らして両腕を広げる。

 

「『波旬変生(はじゅんへんじょう)──」

 

 宝具の真名を誦じた織田信長が、マントを振り払ってそれを解放する。

 

三千大千天魔王(さんぜんだいせんてんまおう)』!」

 

 上体を広げた巨大な骸骨の、肋骨の隙間から、眼窩から顎から背後から無数の火縄銃が顔を出す。

 フロア中の壁と言わず天井と言わず、至るところからも夥しい数の銃口が生えて伸び、一斉に砲撃を開始する。

 無数の銃弾が縦横無尽にフロアを引き裂き、南蛮風の巨漢の軍勢を煌めく塵芥へと帰せしめた。

 その威力の凄まじさたるや。

 南蛮風の巨漢の肩を弾丸が引き裂いただけでも、まるで泡のように全身に破壊が連鎖して黒の巨体を爆ぜ散らしてしまうのだ。

 最初にフロアに飛び込んできた巨漢達は、今の斉射で全て消滅してしまった。

 ところが、破れたドアから、窓からは、間断なく同じ顔の南蛮風の巨漢らが湧いて雪崩れ込み、襲い掛かってくる。

 

()い! これほどの軍勢をそろえた小癪、残らず灰燼と帰せしめ貴様の愚かしさを見せつけてくれようぞ!」

 

 足元から重ねて噴き出した紅蓮の炎がフロアの床を舐め、怒涛の勢いで駆ける巨漢らの足を悉く焦がしてみっともなく転倒させた。

 だが、後から続々と押し寄せる巨漢の大群が、倒れて全身火達磨になった巨漢らをも踏み越えて迫り来る。

 再び無数に突き出た火縄銃の銃口が迎え撃つ。

 圧倒的な筋量を纏う巨漢が、まるで紙切れのように引き裂かれて消滅してゆく。

 

 ──この戦況を見る者が他にいたなら、その異常さに気付いただろう。

 だがここに居るのは変質したヘラクレス・オルタナティブと、クラス・アヴェンジャーの織田信長のみ。

 精神を重ねて塗り潰されたヘラクレスは言わずもがな。

 アヴェンジャー・織田信長も、「復讐者」のクラスが示す通り、己の復讐心にのみ囚われたサーヴァント。自らの復讐心以外の心事は、些事。

 枯れる事を知らぬ大河の如く湧き出で続けるヘラクレス・オルタナティブの異能に疑問を抱く事も無ければ、復讐にのみ目を奪われた織田信長がその場から退く事も想像だにしない。

 ヘラクレス・オルタナティブの大群の増殖速度は勢いを増し、織田信長の焔を、火縄銃の弾雨をも押し返して迫りつつあると言うのに、織田信長の狂乱の笑みは崩れる事が無い。

 だが、ヘラクレス・オルタナティブの抱える異常に対して、クラス・アヴェンジャーの魔力は他のクラスと同様に有限だ。

 イサオに思念で魔力を回させると言う発想も無いまま、掴み掛かろうと僅かずつ迫るヘラクレス・オルタナティブの大群の手指を、剣の切先を前にしても、眉目が寸毫も動かない。

 やがて織田信長の魔力が切れ始め、ヘラクレス・オルタナティブの増殖速度が、弱まった焔の、銃弾の勢いを超えた頃。

 無数の大剣が、とうとう織田信長を滅多刺しにして吊し上げた。

 ヘラクレス・オルタナティブの大群の勢いは止まらず、滅多刺しにされた織田信長ごとフロアの壁を打ち砕いて外に飛び出した。

 ──ここはビルの高層階。

 

「──夢、まぼろしのごと、k……」

 

 全身に大剣を浴びながら墜落してゆく、ボロ屑のように引き裂かれた美女の体軀が、光の粒子を撒いて消滅していった。

 

『──これが、貴様の、試れn──』

 

 だが何故か、ビルの瓦礫もろとも虚空に飛び出したヘラクレス・オルタナティブが、何事かを呟きかけて、身動きを止めた。

 

『────ッ、──』

 

 株式会社明日照輝(あすてか)の本社ビルが、膨大な粉塵を巻き上げながら縦に潰れるように崩壊していった。

 

 

────◆

 

「あら。こんな所に「あるn「あった」

 

 赤黒い汚泥と噴煙に包まれる、地獄のような町の中で、辻松友里はそれを発見した。

 炎が及ばない開けた場所。

 幾重にも姿を重ねてブレさせて歩く辻松友里の足元には、奇怪なモノがあった。

 

「壊れ「聖杯。「精製して「かけの」

 

 巨大な黄金の丸い器に、豪奢な主軸と末広がりの台座を備えたそれは、まさに杯。

 膨大な魔力を内包した、魔術師が求めてやまない魔術装置。これぞ願望器「聖杯」である。

 ただ、辻松友里をして眉を顰める異常がそこにはあった。

 その椅子ほどもある巨大な「聖杯」の、台座のあちこちから人間の手足が、女の子の首が生えていたのだ。

 

「kukakkkkkkkkkk」

 

 女の子の首が、多重に顔をブレさせてケタケタと声を立てている。

 その顔立ちに辻松友里の面影はあるが、白磁の如き肌を始め、髪や眉まで真っ白な女の子だった。

 真っ白な女の子の半身が、歪んで聖杯に変質しているのだ。

 人間部分の胴体が、背骨が聖杯の台座部分に引っ張られるように湾曲して、ひとに有り得ざる体勢で溶け込み、残る片手と片足が明後日の方角を向いていた。

 それでも、人間部分は生きてはいるようだった。

 ただし、この空間に適応しきれず、乱雑なリフレインを繰り返していた。

 まるでデータが壊れた動画のように、顔が脈絡無く表情を変えて、時系列もバラバラな発声を繰り返している。

 それをさて置いた辻松友里は、聖杯の器部分を覗き込んだ。

 そこは半分ほどの深さで暗闇に覆われており、その中で僅かな魔力が渦巻いているように感じられた。

 その魔力量は、この杯の容量のおよそ七分の一くらいに視えた。

 

「──そう。まずは一騎分「だっts「のかしら」

 

 

────◆

 

──おっ(ぱじ)めましたわ! マスター!

「こっちもビンゴだ!」

 

 脳裏に閃いたアンの声に、ディートリヒも喝采で応えた。

 今ディートリヒは、卯波(うなみ)警察署の建物の、裏口が見える路地に潜んでいた。

 広い敷地に、遮蔽の無い駐車場やプレハブなどがあって、本庁舎までは少々距離がある。

 だが、さすがにここまで接近すれば、どの建物のどの辺にサーヴァントいるのか、メアリーの感覚でも察知できる。

 ──それは敵サーヴァントも同じだろうが、キャスター以外のクラスの互いの察知能力に大差は無いと踏んでいたし、大きな組織に潜むのはメリットもあるだろうが、こうしてすぐには動けないデメリットもある。

 

「いまメアリーを霊体化で突入させた! 交渉するのが目的だから、無理はするなと言ってある! アンはそっちのサーヴァントを見つけたら、できるだけ足止めを試みてくれ!」

──承りましたわ!

──ねー、サーヴァントの気配が消えちゃったんだけどー

「は?」

 

 アンに続くメアリーの思念に、ディートリヒは間抜けに呻き声をあげた。

 

「メアリー! 敵は逃げたのか⁉︎ 」

 

 なお、アンが単独のサーヴァントになった数少ない弊害のひとつが、思念での対話が二人別個の回線になった事だ。

 おかげでアンとメアリーの間では思念の対話は通じないし、ディートリヒからはいちいち指名して問いかけないとサーヴァントふたりが混乱する。

 

「メアリー! マスターらしい奴はいるか?」

──人数が多過ぎて探しきれないよお!

 

 それはそうだ。

 いま市内は未曾有の大事件で、警察は大忙しだ。

 窓からでも署内で警察官らが右往左往しているのが見える。

 ──しかし、敵サーヴァントはなぜ逃げたのか──⁉︎

 勘が閃いたディートリヒは、己の間抜けさ加減にほぞを噛んだ。

 

「逃げろ! メアリー!」

 

 

──逃げろ! メアリー!

「は? でもサーヴァントどころか魔力の気配だって……」

 

 霊体化状態で、警察署の建物内を壁も天井も無視して飛び回っていたメアリーが、天井を透過してひとつ上階に上がった。

 そこで、ちょうどすぐ傍に女が立っているのに気付いた。

 床を抜け上がるにつれて見えたのは、ブーツと、真っ白なエプロンドレス。

 この建物の中にあって、それは浮いているなんてものではないギャップだった。

 だが、何故か周囲を忙しく行き来する警察官の誰もが、その女を気にしていない。

 

 ──まあ、そう言う事もあるのだろう──

 

 そうして違和感を見流したメアリーの、霊核を刃が貫いた。

 

──『故国に愛を、(ラ・レーヴ・)溺れるような夢を(アンソレイエ)』──

 

 

────◆

 

「ッッ…………⁉︎ 」

 

 上層階から紅蓮の焔を噴き上げて、たちまち提灯のように縦に潰れて崩壊してしまった本社ビルの、正面から離れた場所で、イサオは愕然としていた。

 あの後、あまりの衝撃にさしものイサオも慌てて外に避難したのだが、上層階の織田信長がいるフロアから幾重もの激しい爆音が轟いたのちの、この崩壊である。

 いったい何が起こったと言うのか。

 やがて、いまだ噴煙の収まらぬ瓦礫の山の向こうから、コンクリートを踏み付ける音がコツコツと近付いてきた。

 

「──なにを呆けておる。イサオよ」

「……お、おめえ」

 

 土埃をものともせずに現れたのは、最後に見た時の姿のままの、織田信長──魔王信長だった。

 

「敵サーヴァントの軍勢は鏖殺した。これより金柑頭の首を獲りに行くぞ」

 

 ──と言う事は、先のビルを揺らした衝撃は、例のサムライのサーヴァントの大群が、直接魔王信長がいるフロアに突入したものだったのか。

 イサオは思わず息を飲んだ。

 

(何人いたのか知らねえが、数がいても勝っちまうのかよ……⁉︎ )

 

 その事実に戦慄して呻く。

 だがイサオのマスターとしての眼力に寄れば、無傷に見える魔王信長は、その実、魔力を著しく消耗しているようだった。

 普段の様子からすれば、まるで蝋燭の火のよう。

 宝具を展開しただけではここまでは消耗するまい。間違い無く、敵の数に物を言わせた攻撃を喰らっている。

 喰らった上で、ギリギリで生き延びるスキルを、この魔王信長は発揮したようだった。

 

(……今なら、令呪で自害させられるか……?)

 

 イサオはおくびにも出さずに、謀殺を計る。

 

(だが、本人が自分の消耗も無視して突貫するってんなら、黙って見送りゃ勝手に自滅するんじゃねェか?)

 

 だとしたら、ここで下手に反旗を翻すよりも、確実に効率的にサーヴァントを始末できる。

 

「──ああ。あの市長はマスターじゃなかったみてえだしよ、いま警察署に行けば、セイバーに会えるだろ」

 

 

────◆

 

 消えていく。

 ディートリヒの魔術回路から伸びるサーヴァントとの魔力パスが、脆弱な紐のように千々にほつれて消えていくのが分かる。

 

「メアリィーーーーッッッ⁉︎ 」

 

 今いる状況も忘れてディートリヒが絶叫した。

 初めての感覚だが、はっきりと理解できる。まるで空想上の腱がブチリと弾ける感覚。これはサーヴァントの死の瞬間だ。

 ディートリヒをして見落としていた空隙。警察署内にはカエサルはおらず、メアリーが感じ取ったサーヴァントの気配とは、どう言う訳かここに潜んでいたアサシンのものだった。

 メアリーが言った「サーヴァントの気配が突然消えた」とは、クラス固有スキル「気配遮断」を使ったものだろう。奇しくも、互いのサーヴァントが接近に気付いたと同時に。

 

(なんッッてマヌケだ⁉︎ オレは⁉︎)

──ます、た……

 

 歯軋りするディートリヒの脳裏に、メアリーのか細い声が閃いた。

 

──っ、メアリー⁉︎ いま令呪で!

──……シルクハットの……女……

 

 令呪で緊急に魔力投入しようにも、通すべき魔力パスがほつれていて無理な事が分かっている。

 忸怩(しくじ)たる思いで呻くディートリヒの脳裏に、それでもメアリーのか細い声が閃いた。

 

──勝って、よ……

 

 

────◆

 

 早朝からの自治体庁舎の火事と、市長の殺害事件を聞いてから、速攻で情報を集めたラウラには事の次第のだいたいの見当が付いていた。

 裏のはぐれ魔術使いのネットワークに侵入する事は容易い。

 ただでさえ聖杯戦争開催中のこの町にあって、その戦いの模様を使い魔などで探る輩はごまんといる。その成果を掠め取ろうとする手合いは多い。

 注目も多いが、あのイサオ・インティライミのお膝元で大っぴらに聖杯戦争に干渉しようものなら、逆に探知されてたちまち始末される事だろう。

 ところが、それを押してまで情報を集める輩もいる。

 ラウラは、ありがたくその情報のみを頂戴し、干渉した痕跡も残すこと無く行動を開始した。

 ──情報に曰く。

 あの赤デブ──セイバーは当初、市長をマスターの影武者として引き連れていたらしい。

 ──初夏のこの季節に、わざわざ令呪のカモフラージュとして手袋を嵌めさせてまで、だ。

 そして、あの有無を言わせぬ精神汚染のスキルで行政と警察を操り、おかげで町はこの有り様だ。

 対するは、イサオ・インティライミとその組織。

 長身の美女──数々の目撃情報からあのアーチャーである可能性が高い──を引き連れている。

 この二陣営が、先日まで同盟を組んでいたのだ。

 ところが、どうやら早朝のセイバーのマスターを狙った先制攻撃を大義名分に、本格的に地元の組織を利用した大規模戦争の運びとなったようだ。

 ラウラは。

 セイバーの元へ向かう事にした。一度、顔を繋いだ事があるから接触するのに不自然は無い。

 それは戦況に乗じてアーチャーを殺し、あわよくばセイバーをも殺すため。

 舌先三寸のスキルに長け、テレビで見せたあの自分の利益の為に他者を動かすやり口を好むらしいセイバーは、確実に指揮の中枢──警察署にいると踏んだ。

 ところが、警察署に忍び込んでみると、確かにあのセイバーがいた形跡はあったが、どうも本人は出かけているようだと来た。

 

──まあいい。待つついでに罠を張らせてもらおう。

 

 シャルロット・コルデーの宝具は、展開に際し、周囲の他者の警戒心を著しく低下させる。──それどころか、無関係の場所にいても、異常とは認識させない程に強力だ。

 だから敢えて気配を遮断せずに霊体化で室内に隠れ潜み、接近してくる他のサーヴァントの気配を察知した時点で気配を遮断。

 敵サーヴァントが侵入してきたところを、シャルロットが姿を現して迎え討つ。

 ──それが、見事に嵌った。

 

──『故国に愛を、(ラ・レーヴ・)溺れるような夢を(アンソレイエ)』──

 

 霊体化したサーヴァントはラウラには視えない。

 だがシャルロットは突然虚空にバヨネットを突き立てた。

 

──やりました! どなたか知りませんが、確実に暗殺しましたよ!

──よしッ!

 

 天井裏に潜んでいたラウラは喝采に拳を握った。

 

──あと、外からすごい叫び声が聞こえましたよ? 誰かの名前を呼んでるみたい。

 

 

────◆

 

──マスター⁉︎ どうしましたの⁉︎

──メアリーが……やられた……

 

 脳裏に閃く思念でも、アンの息を呑む気配が伝わってくる。

 

──マスター。とりあえずは、そこから離れた方がよろしくてよ。フォローしますわ。

──ああ。

 

 相方の死にも関わらず、アンの冷静な指摘に、ディートリヒはどうにか意識の平衡を持ち直して周囲を確認する。

 警察署の裏手で男が絶叫してても、さすがにわざわざ出向いて来るほど警察も暇ではあるまい。

 その時、多くの警察官や車輌が出入りする警察署庁舎の裏口から、女が走り出てくるのが見えた。

 制服の大群の中だから、それは目立つ。

 その女はこちらを、ディートリヒを一直線に目指している。

 エプロンドレスを着て、頭にシルクハットを乗せた、西欧風の女だった。

 身長の割りにモタモタした子供のような走り方で、そこらの通行人と大して変わらない──

 ──ディートリヒはそこでその人物を気にするのをやめた。

 外国人はそこら中にいる。別に珍しくもない。

 それはただの景色。

 

──……()()()()()()()……()……

 

(……ッッ⁉︎ )

 

 慌ててディートリヒはデフラグメンテーションの魔術を走らせた。

 普段から構築している精神防壁。その魔術は心理的断片化を再構築する事で、汚染された記憶の部位を消去していく。

 ──先ほどまで違和感を覆っていた欺瞞が雲散霧消してゆく。

 

(ちょっと待て⁉︎ あいつアインツベルンの森で見たヤツじゃねえか!)

 

 一度目撃したにも関わらず、認識を阻害されるとは、つまりはそう言う魔術、ないしスキルを持っていると言うことだ。

 メアリーの最後のメッセージ。それの符号に一致する人物を、そう言えば燃える町でもアンが遠くに目撃していた。

 

──アン! こっちに走ってくるシルクハットの女! 敵サーヴァントだ!

──え? あぁっ⁉︎

「シャルロットを見たな!」

 

 降ってきた獰猛な少女の声に見上げると、背にしていた倉庫の上に、銀髪の東欧風の子供が立ってこちらを見下ろしていた。

 ──同じく、アインツベルンの森で見かけた姿だ。

 黒いパーカーを身に纏っており、身体の端々に意識が行き渡ったその立ち姿勢だけで素人ではないと分かる──荒事専門のはぐれ魔術使いだ。

 

「その令呪、おまえがアレのマスターだな!」

 

 特に隠してもいないディートリヒの右手を見下ろして言う。

 そう言う少女の両手はタクティカルグローブを嵌めているため令呪の有無が伺えないが、間違い無い。

 

「コイツがアサシンのマスター……!」

 

 見下ろす少女の喜色の形相を、ディートリヒは睨み返した。

 

 

────◆

 

 いま殺したサーヴァントのマスターらしき優男を見つけたラウラは、パーカーの懐に両手を突っ込んだ。

 

「命までは取らないよ! その右手を置いていきな!」

「──ad laetitia……!」

 

 優男が、何事か詠唱した。

 

「わあっ⁉︎ 」

 

 同時に、何処かから射線が閃き、喫驚したシャルロットをすり抜けてパトカーを撃ち抜き爆散させた。

 宝具の効果はまだ続いている。今のシャルロットに攻撃は及ばない。

 だが、おかげでひとつ失念していた事を思い出した。

 

「──そうか、アーチャーと組んでるのか!」

 

 囮を襲わせてから、射手が逆襲するこのパターンには覚えがある。

 一昨日の晩にマリーナのクルーザーにいたサーヴァントに攻撃を仕掛けた時と同じだ。

 ──では、いまシャルロットが殺したのは、あの時クルーザーの乗り口に立っていた、傷跡だらけの女のサーヴァントと言う事になる。──図らずも意趣返しは成った。

 隙を見せた訳では無いが、優男が素早く踵を返して駆け出した。

 

「逃すか!」

 

 ラウラは掴み出した大量のコインを優男の行く手に投げ放った。

 だが、これほど大量にベアトラップの魔術を込めたコインを撒き散らしたと言うのに、あろう事か優男にはどれひとつとして掠ること無く地面に散らばり、男の足はどれひとつも踏むこと無く通過していった。

 

「──は? あんなに投げたのに当たんないなんて事ある⁉︎ 」

 

 理不尽に喫驚しながらも、ラウラは迅速に倉庫を飛び降りていた。アーチャーの射角からは陰になる位置だ。

 一瞬前までラウラの頭があった場所を、颶風が薙いで、道を挟んだビルの壁に大穴を開けた。

 轟音が轟く。

 

(クソったれ! あんなのに狙われたら、アイツを追えない!)

 

 すぐそこの警察署からは続々と警察官が出てきている。パトカーへの射撃から既に、辺りでは騒ぎが起きていた。

 ラウラは建物と塀の陰に隠れながら、そこから離れる方向へ走り出した。

 ──飛び降りる寸前に、偶然マズルフラッシュと目が合っていた。

 

(セントラルホテルの屋上か──!)

 

 

────◆

 

 ──この時、聖杯から監督役の身体の聖痕を通じて、全てのマスターの令呪へと「一騎脱落」の報が、サインが伝えられた。

 聖杯戦争のルールでは、各陣営の敗北条件は「サーヴァントを失うこと」だが、残ったマスターが令呪を保持していた場合、他のサーヴァントと再契約する事で戦線復帰が可能である。

 「マスターを失ったサーヴァント」と出会い、交渉が成立すれば、の話だが。

 ──ともあれ。

 全てのマスターは、こうして現在の戦況の一部を知る事ができる。

 

 

────◆

 

「あっれ師匠ホントに寝てんじゃん」

 

 聖堂教会の医療室に、三人の男が入ってきた。

 揃いの黒衣を纏った、同じ体格の青年らだった。

 だらしなく足を投げ出すような歩き方でドア枠を次々とくぐる。

 

「二、三日音沙汰無いと思ってたらコレすか。監督役ってラクそー」

 

 ベッドに横たわる音峰(おとみね)或斗(あると)の周囲を無遠慮に取り囲んで、そろって寝顔を覗き込む。

 

「もしもーし? ししょー? カントクー? ……あ、ダメだコレ完全に寝てるわ」

 

 釣り下がる点滴のチューブを指先で弾きながら言った男が、軽薄に肩をすくめた。

 ──彼らは全員が同じ顔をしていた──三つ子だった。

 濁った目付きで、重心をふらふらさせてベッドの傍をうろうろと巡る。

 

「冴木とか言うむっつりメガネが令呪貰って遊んでんだろ? 俺に移植すりゃ良かったのにな」

「どうすりゃ町が戦争状態になんだよ魔術師にはバカしかいねえのか?」

「一昨日のアインツベルンの爆発以外の隠蔽が何もできてねえじゃんザル過ぎ」

 

 同じ顔が、めいめい勝手に喋り出した。

 

「魔術師の上にヤクザなんだろ? つける薬が無えし手の施しようがねえ」

「『時計塔』の出涸らしとか息してんの?」

「薄汚ねえ「賞金稼ぎ」が彷徨(うろつ)いてる。何人か巻き込んで自爆してくんねえかな」

 

 はた、と発言が途切れる。

 やおら、うち一人が指を二本立てて掲げた。

 

「──ふたつばかし見えてこねえ陣営がいるな」

「答え合わせと行こうじゃん」

「せーの」

 

 言って、ひとりが身を乗り出して、眠る音峰或斗の上着の前を開けた。

 

「────っ⁉︎ 」

 

 その鍛えられた胸筋の表面を見た三つ子の男らの顔は、そっくり同じ表情で(しか)められていた。

 その胸筋に穿たれた痣──聖杯戦争の監督役に顕れる聖痕に、不可解な視線を送る。

 

「……なんでサーヴァントが十個もいるんだよ」

「一個死んでるけどな。──その消えかけ」

「なんだこりゃあ」

 

 口を半開きにした顔を見合わせた彼らは、再び音峰或斗の上体を見下ろした。

 

「──仕事すんのにも、便利な道具があった方がやり易いよな」

(しゅう)、袖開けてみろ」

 

 言われたひとり──(しゅう)と呼ばれた男が、音峰或斗の右手首を取り、さっと袖を肩まで引き上げた。

 そこには、音峰或斗の右腕には、まるでトライバルタトゥーのような夥しい数の紋様──令呪がびっしりと上腕にまで張り付いていた。

 

照夫(てるお)、秋。三個ずつだ」

「オッケー甲斐(かい)

 

 秋が、照夫(てるお)と呼ばれた男が、残る甲斐(かい)が、音峰或斗の右腕に──その令呪にそれぞれ手を伸ばした。

 

 

────◆

 

 市ヶ谷は、山を下る道で車を走らせていた。

 先刻は、ここ数日で最も冷静さを失っていたと、今なら自覚できる。

 「撤退する」と言いながら、徒歩で開ける程度に離れた森の中で、呑気に頭を抱えていたのだ。

 キャスターと、ルーラーの探知圏内で、だ。

 本当に、迂闊にも程がある。

 想定外の衝撃の連発があったとは言え。

 ──もっとも、向こう──辻松梨花とそのサーヴァントには、こちらを追う素振りもないと、由井正雪の探知によって判明していたが。

 ともあれ、辻松梨花に戦う気が無くとも、同行していた()()()()()()()()()()()()()()()()がどう考えるかは分からない。

 

(──今は、あの顔は見たく無い──)

 

 早急に、この山から離れなければならない。

 ──それに、竜胆寺オーナーがもたらした情報によると、卯波市街は戦争状態になっていると言う。

 言わずもがな。イサオ氏が率いるヤクザと警察との真っ向対決だ。

 思わずあの赤黒く燃える異常世界を連想するが、市内にある通常兵器では町ひとつ火達磨にはする事は不可能だ。

 アーチャーの火力でも、市民を皆殺しにはできても火の海は作れまい。

 ともあれ、同じく異常世界にいた他の陣営はこちらの世界に戻っているのか、勢力はどのように動いているのかを急いで確認しなくてはならない。

 ──そして、その前に、やらなければいけない事がある。

 

「……ごめんよ、ユイちゃん。僕のミスで、君を死なせてしまった」

 

 贖えない喪失に、できる限りの謝意を。

 

「私は生きていますが」

 

 ところが、いつもの調子の真顔の即答に、思わず市ヶ谷の鼻水が出た。

 

「手拭いをどうぞ」

「……ああ、ありがとう──いやそうじゃなくて」

 

 助手席から差し出されたハンカチを受け取って、鼻を拭いつつ居住まいを正す。

 

「──実は、以前から言おうか、控えるべきかと悩んでいた事がございます」

 

 ところが、市ヶ谷が鼻を拭っている内に、由井正雪が語り始めた。

 これは、極めて珍しい事である。彼女から、何を圧してまで自主的に語り出すなど。

 故に、市ヶ谷は黙して傾注した。

 

「思うに、マスターは、私を人間扱いし過ぎるきらいがある、と」

「……いやあ、そりゃ、性分と言うか、分身とは言え、あんな事があったら誰だって」

「私も、生前に聖杯戦争にマスターとして参戦した事があるとお話ししました」

 

 これまた、これまでに無い勢いで由井正雪が言葉を重ねた。

 顔は、相変わらずの澄まし顔のままだが。

 

「あの時も、私は「サーヴァント」なるものを、魔術に寄る影法師、実体ある霊、傀儡のようなものと教えられながらも、割り切れずにいました」

「……その時のサーヴァントとは、仲良かったの?」

 

 思わず市ヶ谷は問いを挟んだ。

 そこに、由井正雪の死生観を変える出来事があったのか、と。

 

「いいえ──いや、どうでしょう。彼女のクラスはライダーだったのですが、今にして思えば"精神汚染"のスキルを患っていたようで、結果的に忠実ではありましたが、結局、最後まで分かり合う事は叶いませんでした」

 

 ……自覚無く漏らした"彼女"呼び、ライダークラスに適合する謂れのある女性の英霊……と考えかけて、市ヶ谷は(かぶり)を振ってその思考を捨てた。

 それは過去の出来事であり、記録。いま考えても詮無いことだ。

 

「ほかの数人のサーヴァントとも語らう機会がありましたが、皆、戦士として座に召し上げられた英霊。未練も欲求もありましたが、──やはり聖杯戦争があってこそのサーヴァントなのです」

 

 いつの間にか市ヶ谷の方を向いた由井正雪が、己の胸元に手を当て──もっとも、運転中の市ヶ谷は一部始終を見つめていられた訳では無いが。

 

「私自身も、なってみて分かったのですが、ここにいる自分が、"座"に登録された「由井正雪」の分身である自覚が確かにあります。そしてご説明した通り、これまでにマスターが率いてきた私の分身と同様、この由井正雪も、間違い無く思いを同じくする由井正雪」

 

 由井正雪は、車窓の遠くをゆっくりと眺め遣った。

 

「私の願いは「平らかなる世」ですが、この世界は、人並みの幸不幸はあれど、既にそれを成しているように見受けられました。──ならば、あとはマスターの念願成就を、全霊を以て果たすのみ。そこにいささかの迷いも疑心もありません。それが、サーヴァントとしてここに在る私の願いなれば──」

 

 そこで言葉を切った由井正雪の、市ヶ谷を振り向いたその澄まし顔の、気配がふっと和らいだ。

 

「どうか、()()()()()()をあまり気にされませんよう」

「──わかったよ。ありがとう」

 

 市ヶ谷は、殊勝に頷いた。

 肩の荷と、胸のつかえが取れた思いがした。

 竜胆寺オーナーからの情報に寄れば、ヤクザが立て籠もっている拠点を、大勢の白髪の侍が制圧して市内を駆け回っていると言う。

 それはこの由井正雪と同じように、こちらの世界で竜胆寺の大霊脈と通じる市内各地の霊脈から既に増殖していた由井正雪たちの仕業だ。

 ──最後のひとりを残しさえすれば、由井正雪は戦える。

 故に、まずはその由井正雪らとの合流を目指す事を市ヶ谷は決めた。

 

 やがて、緑ばかりだった周囲の光景に、家並みが目立ち始めた頃。

 なんの前触れも無く、後部シートにふたりの由井正雪が並んで出現した。

 どちらも浅葱色の羽織り袴姿だった。

 突然の人間二人分の荷重に、エンジンが一瞬異音を上げる。

 

「やあ。来たね」

 

 助手席の由井正雪が、分身の出現まで反応できなかった様子から、後部座席に現れた揺らめきが由井正雪の分身らである事は、見た瞬間に分かっていた。

 なぜ"今"なのかは、追って報告があるだろう。

 

「お待ちしておりました、マスター」

「情報は同行していたそちらの私から既に」

 

 ──さりげなくバックミラーに映るふたりの由井正雪の、耳元を確認した市ヶ谷は予想しつつも内心で愕然としていた。

 その分身ふたりが装着しているピアスも、異常世界で市ヶ谷が贈った黒の手製のピアスだったから。

 

「私が総勢百五十余騎。ある地点にて集合しておりますれば」

「マスター。まずい事が」

 

 後部シートに現れるなり、挨拶もそこそこに、矢継ぎ早に代わるがわる語り出した分身の由井正雪らが、珍しく神妙な顔でバックミラー越しに市ヶ谷を見つめてきた。

 

「どしたの」

「私の分身が一騎、奪われました」

 

本作は読みやすいでしょうか?

  • 面白い
  • 文章は読みやすい
  • 内容は分かる
  • 難しい
  • 文章が読みにくい
  • 内容が理解できない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。