【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第二十一話 墨流しを掻き抱くは

 

「──開いた」

 

 辻松家の邸宅の門に掛けられていた施錠の魔術を解除した(こう)が、両手を打ち払って立ち上がった。

 

「うわ、どうしよ(がい)さん、開いちゃったよ梨花ちゃんの家の門! どうしよう僕入っていいのかなあ⁉︎」

「……確か、マスターの可能性がどうのとか……」

「そうだよねっ! 調査しないといけないよねっ! 仕方ないよねっ!」

 

 ンモーしょうがないなあ──などと、まるで子供のようにはしゃぐ皐の姿に、カエサルの顔はずっと引き攣ったままだった。

 それは、生理的嫌悪を催す──まるで、大宴会場で泥酔のあまり全裸で寝込んだ男の全開にした股間を、菊門を目撃した時の気分に非常によく似ていた。

 

(…………)

 

 カエサルとしても、召喚以来のマスターの豹変ぶりに非常に困惑していた。

 皐の正気を疑ったが、カエサルの目からは一応正気の範疇ではあるようには見受けられる。

 皐自らが語った通りなら、「恋焦がれた女に久方ぶりに逢える」が為に浮かれている状態なのだろう。そう言う時のときめきには自身にも覚えがある。

 ──なにしろ、他ならぬカエサルの聖杯にかける願いこそ、まさにその為なのだから。

 しかし、同時に皐自らの口から「当の女は既に死んでいる」とも語られている。この矛盾はどうした事か。

 妻を亡くした男が、遺品の衣に縋りつく様を見た事が無いでも無い。

 

(──倒錯した性癖……と言ったところか……?)

 

 分析の結果、カエサルは今の皐の状態を、そのように結論付けた。

 ──なに。どうにも手に負えない時は、()()()()()()()()()()()──

 

「凱さーん! 早くおいでよー」

 

 まるでコソ泥のように門から侵入していった割に、建屋の向こうから皐の元気な声が響く。

 やれやれと頭を振ったカエサルは、小さな門を全開にして──さもないとお腹が通らない──建屋に挟まれた小道を歩いていった。

 

「いいなあ! 梨花ちゃん()のお庭広くて!」

 

 皐が芝生の中央でくるくると回っている。

 これまで見てきた庶民の家からすれば、辻松の家の敷地は広大だった。──ローマの基準からすると、これでもやや手狭に感じたが。

 振り返れば、小道を挟んでいた建屋は、一方が倉庫のようで、もう一方が住居のようだった。

 見回せば、他にも建屋がふたつある。

 なるほど。魔術師とは貴族階級に並ぶ資産家のようだ。

 魔術で施錠されていた門と言い、今も敷地内に満ちている魔力と言い、魔術師としても只者ではない事が伺える。

 

「──さて、皐よ。はしゃいでいないで、さっさと調査をしてしまおうではないか」

「うん! わかったよ! 玄関はどこかなー」

 

 満面の笑顔で小躍りしながら皐が戻ってくる。

 ──その後ろ、広い芝生の中央に、何の前触れも無く人影が現れた。

 

「──むっ?」

「え?」

 

 カエサルの訝しい表情と目線を追って、皐が振り向いた。

 そこには。

 アインツベルンの魔術師の少女が立っていた。

 

「貴様──!」

 

 カエサルは黄金の剣を抜き放った。

 この家とどういう関係かは知らないが、あの少女が現れたと言う事はつまり、あの蘇り能力を持つ偉丈夫のサーヴァントもいると言う事。

 

「マスター! 私の背後に!」

 

 カエサルは、急いで呼びかけて、マスターの身を守るべく駆け出した。

 

「──梨花(りんか)ちゃん!」

 

 ところが、あろう事か、皐はその少女に向かって嬉しそうに駆け出していったのだった。

 

(──なに──⁉︎ )

 

 ──そう言えば、皐はアインツベルンの魔術師を直接目視していない。

 それどころか、この家の、死んだ娘と誤認するなど──

 

(いや、人違いか⁉︎ そう言えばあの娘、髪の色が──?)

 

 刹那の戸惑いのうちに、大の男二人が順に少女に向かって走り寄る絵面(えづら)になってしまった。

 

(ともあれ、正体不明の者に、皐を近付ける訳には──!)

 

 だが、最初の立ち位置の違いからなる時間差は埋め難く。

 少女に掴み掛かった皐の身体が、その向こう側へと綺麗に投げ飛ばされていった。

 

 

────◆

 

 山の駐車場で停まっていたワンボックスカーの、中列シートで横になっていた梨花の姿が突如、消えてしまった。

 

「旦那様⁉︎ またマスターのお姿が⁉︎ 」

「あーーーーーーーー⁉︎ 」

 

 だが、今回の梨花の謎の消失では、マスターとの魔力パスは繋がったままだった。

 

 

────◆

 

「──ふぇっ⁉︎ 」

 

 ワンボックスカーのシートで微睡んでいた瞬きの間に、景色と重力の向きが九十度変わってしまった。

 気圧差に耳が痛む。

 だが、混乱する梨花の意識とは別の部分が状況を読み取り、身体が対応していた。

 

「梨花ちゃん!」

 

 覚えのある声と顔が、喜色の形相で目前まで迫っていたのだ。

 

()()()⁉︎ 」

 

 梨花は、純粋な懐かしさからその名を呼んだ。

 ところが、梨花の両手は掴みかかろうとする皐の両の手首を自然に掴み取り、片足を引いて流れるように尻をつき身体を後転すると、残る片足を皐の腿の付け根──骨盤を支えて、後転する勢いを利用して頭頂方向へと逆さまに投げ飛ばした。

 ──それは柔道の「巴投げ」に似ていた。

 

「げふう⁉︎ 」

 

 芝生に背中を打ちつけた、皐の苦鳴が漏れた。

 

「おのれ! なんたる面妖なニンジュツか!」

 

 古代ローマ帝国の格闘技パンクラチオンには、小器用な投げ技は存在しない。

 それはともかく、アインツベルンの魔術師と同じ顔で、何故か人間でありながらサーヴァントの気配を持つ奇妙な少女を敵と目したカエサルは、黄金の剣を振り下ろした。

 が、その剣閃は、突如出現した大槍に阻まれた。

 

「なんと!」

 

 目の前に割って入ったサーヴァントの気配がふたつ。黄金の甲冑を纏った小柄な老爺が構えた長大な槍を、隣に並んだ長身の給仕女が蹴り脚で支え、二人がかりでカエサルの剣を押し返してきた。

 さしものカエサルも、体重差を力で返されてたたらを踏んだ。

 

「ぬええい!」

 

 黄金甲冑の老爺が、放埒な髭面でも分かる凄まじい形相で気焔を吐いて大槍を叩きつけてくる。

 だがその一閃は、腕前はいまいち洗練されていない。

 

耄碌(もうろく)がなんの冗談か!」

「生憎と本気全開なんですよ」

 

 愚直な大槍を旋回して閃いたカエサルの剣閃は、だが突如割り込んだ給仕女が掴んで引っ張ったその大槍の胴に阻まれてしまった。

 

「二人がかりとは卑怯な!」

「私は端役なのでお気になさらず」

 

 しれっと言い返した給仕女が、大槍の上端をぐいっと持ち上げた。

 その(たお)やかな両手を支点にして、大槍の下端を握った老爺が振り子の要領で、カエサルの足元にスライディングで急襲してきた。

 

「崩れよ巨人め!」

「ぐぬっ⁉︎ 」

 

 それは結構な勢いの足払いだった。

 黄金甲冑を纏った老爺の重量と、振り子運動は想像以上の力でカエサルの足を打ち、豊満な体重を支える膝を崩させた。

 

(いかん──っ⁉︎ )

 

 どう言う関係なのか、二騎別々のサーヴァントのはずなのに、知己なのかまるで曲芸めいたコンビネーションの巧妙さが余りにも桁外れていた。

 ついに芝生に片膝をついたカエサルの眼前に、黄金の穂先が突きつけられた。

 

「巨人、召し捕ったりィ!」

 

 大仰に大槍を構えた老爺が大見得を切って気勢を上げる。

 だが実は、給仕女がその背後で大槍の柄尻を摘んで、こっそりと切先の角度を微調整していた。

 ──なんだこの巫山戯(ふざけ)たコンビネーションは⁉︎

 カエサルが胸中で呻く。

 これは非常にまずい。

 アインツベルンの魔術師に瓜二つの謎の少女も、起き上がって、こちらに指先を突き付けている。

 皐は、向こうの芝生で大の字で伸びたままだ。

 

「──其は何者なりや!」

 

 少女が高らかに唱え上げた。何かの魔術か。

 ──ところが、特に攻撃魔術や精神干渉などが飛んでくる訳でもない。

 その少女は、何故か愕然とした──あるいは安堵と綯い交ぜにしたかのような表情を浮かべて、カエサルを見つめていた。

 そう言えば、老爺の大槍には、こちらにとどめを刺す様子が無い。

 

「……見つけた……()()()()()()()()()……」

「──なんだと?」

 

 耳をついた有り得ない言葉の列に、さしものカエサルも怪訝に眉をしかめた。

 

 

────◆

 

 坂の上にある卯波(うなみ)警察署へと、漆黒の美女──魔王信長は、何故か悠然と徒歩で向かっていた。

 ──霊体化で飛んでいけば一瞬で着くものを。

 今や「アヴェンジャー」なるイカれたクラスとなった魔王信長の意図を理解する事は放棄して、後を歩くイサオはせかせかとスマートフォンを弄っていた。

 

(──クソったれ! 明らかに異常事態だろ⁉︎ なんで聖堂教会は誰も出ねえ⁉︎ )

 

 発信先は、聖堂教会の監督役・音峰(おとみね)或斗(あると)だ。

 何度コールしても反応しないその発信を、イサオはしつこく繰り返していた。

 

(……出ねえか……⁉︎ )

『はいはーい! アーチャーのマスターが、なあんで監督役とホットライン結んでんスかねえ?』

「──あ? ダレだテメェは」

 

 ところが、ようやく繋がった通話に出たのは、聞き覚えの無い男の声だった。

 若輩では無い──だがどこか幼い喋り方。

 音峰或斗の着信に出た以上、聖堂教会の関係者ではあるだろうが。

 

『副監督役なもんでソコんとこヨロシクー』

 

 まるで若いチンピラめいた喋り方で声が応じて(うそぶ)く。

 語り口が鼻につくが、生業上、飽きるほど聞いてきた口調でもある。

 故に、イサオは意に介さず喋り出した。

 

「まあいい。「アヴェンジャークラス」ってな聞いた事あるか。俺のアーチャーがおかしくなっちまった」

『なにそれ。知らね』

 

 声が、半笑いで答えた。

 相手は取引相手でも組織の人間でも無い。何なら自分のような魔術使いにとっては互いに宿敵でもある。丁寧に対応する謂れは無い。

 サーヴァントのクラスの仕組みについては、もともと魔術師御三家の仕業だ。監督役と言えど彼らが知らないと言うのなら、本当に知らないのだろう。

 ──だが、イサオを舐めた連中は悉く海に沈めてきた。

 

「知らねえならいい。それより警察署にいるやつを全員避難させな。イカれた俺のサーヴァントが敷地丸ごと燃やす気だ。これこそお前らの仕事だろう」

『ははっ! マジで? もう自害させたら?』

 

 この反応で、イサオは確信した。

 ──音峰或斗は今、監督役をこなせない状態にある──

 

「……神秘の秘匿の大事な大事なお仕事だ。──それくらいは務まるんだろうな」

『ぁあ⁉︎ 』

 

 この手の連中を煽る常套句を吐き捨てて、イサオは通話を切った。

 

 

────◆

 

「あのクソジジイ舐めたクチ利きやがって!」

 

 聖堂教会の執務室、応接用のソファにふんぞり返っていた男──甲斐(かい)がスピーカーモードにしておいたスマートフォンごとテーブルを蹴り飛ばした。

 テーブルが派手な音を立てて砕け散った。

 

「こちら聖堂教会。署長出して今すぐ」

 

 ほぼ同時に同じ顔の男──(しゅう)が執務机の上の据え置きの電話機を操作した。

 相手の応答に間髪入れずに告げる。

 

「──緊急事態条項によりー、死にたくなかったら全員避難して。そこ、これから火達磨になるから……うるさいなー言ったからね!」

 

 未だ罵声が漏れる受話器を電話機本体にポイと置き、秋は革張りのチェアに背もたれて両手を後頭部で組んだ。

 

「なんでいちいち聞き返すんだろ」

「バカだからじゃない?」

 

 離れたキャビネットに尻を乗せた同じ顔──照夫(てるお)が嘲笑う。

 

「いいじゃん俄然やる気が出てきたわ。今から神秘の秘匿にもとる行為をするアホマスター探してシバいてやろうぜ」

「お前も来いよキャスター!」

 

 ぞんざいな命令に返答の声は無く。

 それでも虚空に揺らめく魔力の気配が三人の後に追従して執務室から出ていった。

 

 

────◆

 

「令呪を以て願います! セイバー、私の質問に正直に答えて!」

 

 どう言う訳か、皐では無い謎の少女の令呪行使によって、カエサルは問われた数々の事に全て正直に回答してしまっていた。

 自分たちの事。召喚直後からこれまでの作戦行動、遭遇した事件、接触した他陣営のサーヴァントの事など。全てだ。

 未だに意識が戻らぬ皐は、青いチューブで手足を縛り上げられたうえ簀巻きにされており、自身に突き付けられた黄金の槍の穂先は微動だにせず、カエサルはただ易々諾々(いいだくだく)と従うほか無かった。

 

 

 一方、気絶している皐を人質に取り、セイバーのサーヴァント──真名をガイウス・ユリウス・カエサルから令呪を使って聞き出した情報に、梨花も、ドン・キホーテも、サンチョも困惑していた。

 ──まず、何故そんな肥満体形なのかに非常に驚いたが、梨花はさて置くことにした。流石に訊きづらかったからだ。

 目線はセイバーから離さぬまま、肥満体形以外の件について思念で遣り取りする。

 

──どう言うこと? サーヴァントが、全部で十人いるよ⁉︎

──恐らく、私どもと同じ、「同行他者」を持つサーヴァントがいるのでしょう。それで計算が合います。

──もう別サーヴァントになっちゃったがの。

──旦那様⁉︎ シッ⁉︎

 

 他者に聴こえるはずも無いが、サンチョの警告が閃く。

 

──あと、聖杯戦争の人間の監督役が残したと言う情報、「理性パラメータの変遷」がどういう意味を持つのか。私どもの身に起きたクラスチェンジとそのタイミングからして、この異常は決して無視できません。

──なるほど。

「あー、よいかね諸君」

「誰が喋って良いと言いましたか?」

 

 片膝を着いたままのセイバーがおずおずと切り出したのに対し、ドン・キホーテは寸毫も動かず、サンチョが冷徹な表情で黄金の槍の柄尻を摘んで穂先の狙いを微調整した。

 

「いやいや、話す事も話し尽くしたし、私はそろそろ帰の途に着こうかと思うのだが」

──マスター。セイバークラスは、全クラスの中で最優とされる性能を持っています。今なら労せず倒せますが、如何なさいますか?

 

 冷ややかな眼差しでセイバーの台詞を黙殺しながら、思念でサンチョが梨花に問うた。

 だが、梨花からは、何か思惑がある気配が伝わってきた。

 マスターが決める事ならば、サンチョには是非も無い。

 

「セイバーさん。アインツベルンさんのサーヴァントを倒すために、同盟を組みませんか?」

「──なんと⁉︎ 」

 

 セイバーが、思いがけない言葉を聞いたように呻く。

 直後、引き攣った口の端は、すぐに笑みに歪んだ。

 

「なんとなんと、いけませんなあお嬢さん(ウィルゴー)。マスターは務まっても戦略には疎いと見受け痛い⁉︎ 」

 

 やれやれと首を振ったセイバーの突き出た腹に、黄金の槍の穂先がちょっとだけ埋め込まれた。

 槍を突き押したのは、サンチョだった。

 

「お、おい⁉︎ 」

「黙ってお聞きなさい肥満体(オベッサ)。こちらはいつでも串刺しからの丸焼きの準備ができているんですからね」

 

 ドン・キホーテの抗議も黙殺して、冷笑を浮かべたサンチョが槍の柄尻を引き戻した。

 ──実際のところは傷もつけていない。ただ、尖ったものでど突かれるのはサーヴァントでも痛いのだ。

 

「私の中にいるサーヴァントの目的は、聖杯戦争の異常を正すこと。それを排除しない限り、例え誰が勝ち残っても、その願いは叶いません。そして、その異常の原因は、アインツベルンさんのサーヴァントだと見ています」

「……ほほう」

 

 突かれたお腹をさすりながら、セイバーが不敵に笑んだ。

 

「お嬢さんが謎のサーヴァントと合体しているのは、こうして目の前に見て真実だとしてもだ。生憎だが聖杯戦争の異常だとか、勝ち残っても願いが叶わないとかは、お嬢さんが言っているだけに過ぎない。何か証拠はあるのかね?」

「無いです。けど、アインツベルンさんのサーヴァントが強過ぎて、一人や二人ではとても太刀打ちできません。……セイバーさんも勝ててないんですよね?」

 

 梨花に言われたセイバーの笑みが、引き攣って歪んだ。

 ──先の強制質問で、他ならぬセイバーが答えた事だ。「アインツベルン城で戦ったが、頸を断っても起き上がってきた」と。

 

「……な、なに。一度は殺したのだ。蘇れなくなるまで殺し続ければ済むこと」

 

 肩を竦めてなおも(うそぶ)くが、セイバーの額の冷や汗が隠しきれていない。

 

「でも、その時に協力した陣営とは連絡が取れなくて、あてにしていたアーチャーの様子がおかしくなって、他に同盟と言ってもほとんど自由行動のアサシンとか、今のセイバーさん孤立無援ですよね?」

「ふふふぐうの音も出ないとも!」

 

 梨花の素朴な指摘に、セイバーは何故か優雅に前髪を払って白状した。

 

「あと、アインツベルンさんのサーヴァントは、達人でも気付かないくらい気配を消して、突然背中から刺してくる能力を持っています」

「え? なにそれ怖い」

 

 梨花の訴えに、セイバーが目を丸くした。

 

「あのサーヴァントに対抗するには、みんなで協力する必要があると思うんです。どうか、手伝ってくれませんか?」

「……ふはははは!」

 

 梨花の要請に、僅かに黙したセイバーが呵呵大笑した。

 

「確かに、アーチャーを除けば、図抜けて脅威なのはアインツベルンのサーヴァントだ! あれ程の剣技と蘇り能力に加え、アサシンの如き不意打ちまであっては、残る全騎で真っ先に潰さねば聖杯への道は遠い!」

 

 一息に言い切ると、セイバーはやおら立ち上がった。

 ドン・キホーテの槍の事など気にしていない。

 それはそうだ。いま突き付けている槍は、あくまで反抗を封じる為のもので、同盟を組む話の流れになった以上、積極的に刺される要は既に無いと分かっているからだ。

 

「よかろうお嬢さん! 貴様の同盟、受けよう!」

「ありがとう!」

 

 セイバーの闊達な気勢に、梨花もにっこりと笑顔で礼を告げた。

 

「それはそれとして──令呪を以て願います。セイバーは二度とこの家に近寄らないでください」

「それは至極もっともな意見であるなあ」

 

 右手を突き出して笑顔のまま命じた梨花に、ぼやきながらセイバーは簀巻きの皐を抱えて敷地から飛び出していった。

 

 

────◆

 

「……ぁあ?」

 

 黒塗りのセダンの後部座席に座っていた甲斐が、懐で振動を発したスマートフォンを抜き出して、怪訝な顔をした。

 ディスプレイには「非通知設定」の表示。発信者は不明。

 なお、このスマートフォンは元は音峰或斗の持ち物だった。

 

「だれ?」

「非通知」

「洒落やジョークで辿り着ける番号じゃねえだろ」

 

 運転席の秋に答え、照夫が怪訝に顔をしかめた。

 

「……ダレだよ」

 

 甲斐は通話ボタンをタップして無遠慮に応答した。

 上司や関係者ならアドレスに登録されており、氏名が表示されるはずだからだ。

 そして、聴こえてきたのは、音峰或斗よりも年配の男の声だった。

 

『──音峰或斗くんも、ぬるい教育してるなあ。方針変わったのかな』

 

 そして通話は切られた。

 甲斐は、無音になったスマートフォンを怪訝に見返すしかない。

 

「だれだった?」

「知らね。師匠がどうのって言って勝手に切りやがった」

「師匠の知り合い?」

「だろうな」

 

 職務の都合上、アドレスに載せずに遣り取りする輩もいるだろう。

 だが、今のこの聖杯戦争中の期間は別だ。

 聖杯戦争に関わる何者かの作戦や、マスター以外の勢力の茶々入れも警戒すべき事項である。

 今の発信者は、この端末が音峰或斗の物である事を知っていて、かつ他者が出た事を瞬時に理解した。その意味も。

 「教育方針が云々」の発言も、甲斐の声質から、甲斐が何者であるかを見抜いた事を示す。

 凄まじい頭の切れと、洞察力の持ち主だ。

 聖杯戦争の監督役が誰なのかを知っているのは、聖堂教会の上層部のごく一部だけであるはずなのに。

 他には、音峰或斗と何らかの密約を交わしたらしきイサオ・インティライミと「凱さん・セイバー」なる人物がアドレスに新しい日付で加わっていたが、通知に表示されなかったので、彼らでは無い。

 

「聖杯戦争の監督役を探るのって、ルール違反だっけ?」

「リタイア希望者が教会まで来るのはアリだけど、誰が監督かとかは言わないなあ」

「いいんじゃね? 次ジカにその声のヤツに会ったら、ぶっ飛ばしちゃえば」

「そうだな。 ……あー気に食わねえ!」

 

 

────◆

 

 由井正雪の宝具「五蘊盛苦(ごうんじょうく)夢幻泡影(むげんほうよう)」で出現した分身は、マスターの魔力パスは探知できるが、マスターと再度至近で再接続するまでは、由井正雪同士でお互いを探知できない、思念での対話もできないなど、サーヴァントとしてはやや不安定である。

 

「恐らく、そこを突かれて強引に契約させられたんだろう」

 

 車内に三人の由井正雪を乗せたまま、市ヶ谷は車を走らせていた。

 奪われたという分身について、市ヶ谷は自身の知識から経緯を推理していた。

 

「"可能である"からと言って、わざわざ実行するのはナンセンスだ。それをする理由があるマスターは只ひとり。たった今撃破されたサーヴァントのマスターだけど、タイミングが近過ぎるし、そのユイちゃんが応じる理由が無い。──つまり、奪われたユイちゃんは、外法で強引に契約させられた可能性が高い」

 

 市ヶ谷が異常世界にいた間に、こちらの世界で増殖していた由井正雪の分身たちが何をしていたのかも、既に聞いた。

 マスターとのパスが不通であったため、マスターの指図無く勝手をする訳にはいかないと、生真面目に考えた由井正雪の分身たちは、卯波市内各地の霊脈の底でずっと隠れ潜んでいた。

 だが、早朝からの町での騒動を聞きつけて、力を持つ者たる由井正雪の性分から、人助けに動き出したのだ。

 見れば、取り締まり組織に相対して世間に迷惑をかけているのは、この町のヤクザ、ならず者たち。──敵に魔術師はいない。

 霊体化してヤクザ達の拠点の内部から混乱を起こして鎮圧して回っていたと言う。

 そうして市内各地のヤクザの拠点を全て制圧した由井正雪の分身たちは、市内の人気の無い施設で再び霊体化して潜んでいた。

 ──他のサーヴァントの気配を幾つか察知したが、聖杯戦争に関わる行動の決定権はマスターにあるため、全て無視してマスターのパスが復帰するのをひたすらに待っていた。

 なお、この時の由井正雪の分身は三百人ほどいたのだが、突然の謎の魔力干渉によって半数が突如消滅してしまった。

 

「それも辻松(つじまつ)友里(ゆうり)さんの仕業だね。あの時の異常世界での魔術の魔力源として、サーヴァントとして不安定だった分身の多くを魔力に還元した上で使ったんだ」

「勝手をして申し訳ありませんでした」

「いやあ。イサオ氏と、行政に食い込んでいる陣営の思惑を挫いたんだ。むしろ痛快だよ」

 

 バックミラーに映る市ヶ谷の口の端がニヤリと歪んだ。

 が、すぐに笑みを消す。

 

「ユイちゃんの分身を強引に奪う外法。生半な魔力と技量でできる事じゃない。そんな魔力を、こんな都合良く用意して実行できる者。そんなの歴代の聖杯戦争で余った令呪を保管してると言う聖堂教会の人間しかいない。──まさか音峰或斗くんじゃあ無いだろうと思ったら、どうやら近くにいたらしい。それを思いついた酔狂者が」

「ルーラー以外の、聖杯戦争の監督役を擁する組織に──⁉︎ 」

 

 片手にスマートフォンを振る市ヶ谷に、由井正雪が戦慄に呻いた。

 

「そいつの目的は不明だけど、きっと他の陣営にも接触する可能性が高い。次にサーヴァント戦が起きそうで目立つ場所と言ったら、イサオ氏の事務所が崩落したなら、……警察署かな?」

 

 現在、市ヶ谷のセダンは山間部から既に市街に入っている。

 工場などが並ぶ区域を抜けて、平野部にある卯波警察に向かう途上に、卯波の山の手の富裕層住宅街があり、辻松家もそこにある。

 タイミングからして辻松梨花は居ないが、辻松いつき氏が居るかもしれない。

 

「昨日は居なかったけど。……さて。警察署と辻松いつき氏、どちらの用事を先に済ますか……?」

 

 

────◆

 

 市内を一望し、港の遠く水平線から遥か山嶺をも見渡す、いと高き巨塔。ウノハナセントラルタワーホテルの屋上で。

 

「ええ〜……⁉︎ 」

 

 困り果てた顔のシャルロット・コルデーは、鋭い目つきで舶刀(カトラス)を突きつける()()()()()()()に取り囲まれていた。

 

 





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