【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第二十三話 エッグハント

 

「──あら?」

 

 ふと、サンチョがあらぬ方の虚空を見上げた。

 ──辻松邸のリビングで、めいめいソファで寛いでいた時のこと。

 梨花とドン・キホーテも同時に気付いて、同じ方角を見上げる。

 

 

 梨花の説明に寄れば、留守中に自宅に侵入者があった場合、ワンボックスカーに乗っている家人を自宅敷地に強制転移する魔術的仕組みがあるのだと言う。

 

「……それは、御尊父様が運転中に起きたら大事故になりませんか……?」

 

 サンチョが戦慄に呻くが、その為の自動運転の魔術装置である。

 

「ただ、その転移の門として家と車を繋いでいるから、家族の誰かが車に乗ってないといけなくて」

 

 それで先刻のセイバー陣営の自宅侵入にあたり、山道の駐車場のワンボックスカーの車内にいた梨花が強制転移させられた訳だ。

 

 

 そしてセイバー陣営を追い出して、折角帰宅したのだしとリビングで一息ついていた時のこと。

 この家の近所に、新たなサーヴァントの気配が現れたのを、三人が同時に察知したのだった。

 

「セイバーさんかな? ──もうウチには来ないようにって令呪で言ったのに」

「その、ルーラー特権の専用令呪とは、おいくつお持ちなのですか?」

「各陣営毎に二画あるの。セイバーさんにはもう全部使っちゃったけど」

 

 言いながら梨花に続いてサンチョとドン・キホーテが立ち上がった。

 

「もし、また来ちゃったなら、きちんとお断りしないと」

「あのー。倒してしまっても差し支えなければ是非──」

「アインツベルンさんのサーヴァントをやっつけてからね」

 

 どこか不穏な笑顔で、雑巾を絞る手つきをして言うサンチョに苦笑いで返して、梨花は靴を履いて玄関を出た。

 だが、果たして門を出て家の前にいたのは、見知らぬ金髪の男性と、長身でスタイルの良い美女だった。

 どちらも外国人。

 そして、喫驚した顔でこちらを見返して、慌てて長い銃をどこからともなく取り出した長身の美女は、サーヴァントだった。

 ──さもありなん。辻松家の結界は、内部からの魔力を遮断する。長身の美女のサーヴァントからすれば、梨花ら三騎のサーヴァントが突然目の前に現れたように見えただろう。

 その長身の美女の様子を見て、ドン・キホーテも武装を展開する。

 だが梨花は金髪の男の表情を見て、事態を直感的に理解した。

 慌てて両手を広げて制止する。

 

「「待てえー!」」

 

 奇しくも、梨花と、金髪の男性の声が唱和した。

 

 

「マジかー……」

 

 一触即発の危機を制した一同は、一時休戦の協定を交わし、ディートリヒにとってはつい先刻までいた公園にやって来た。

 よく見ればそこは、奥行きのある、中央に池がある広い庭園だった。

 植え込みに囲まれた向かい合わせのベンチが園内各所に設置してある。

 その憩いのスペースのひとつに、一同は集まっていた。

 ──情報が欲しいのは、梨花もディートリヒも同じだった。休戦協定に否やは無い。──それを、二人ともあの一瞬の邂逅で互いに察知していたのだった。

 片や、アインツベルンの魔術師と同じ顔を目の前にしながらも、当人の亡骸を直接目視しているディートリヒには梨花が別人である事はすぐに見抜けていたし、片や自宅の結界に隠蔽されている前をのこのこ歩く、初めて見るサーヴァント。この家を知らない者ならば、即交戦の意図は無いと梨花は目していた。

 そして向かい合わせのベンチで、梨花とディートリヒは情報交換を始めた。

 ──この聖杯戦争に異常事態が起きている事。その異常を排除しなければ、例え勝ち残っても願いは叶わない事。その異常はセイバークラスが何故か二騎発生した為に起こった。恐らくアインツベルンのサーヴァントが異常の原因である事。

 ──アインツベルンのサーヴァントの特徴とその出鱈目な強さについては、証言の一致から同意を得た。

 そして梨花がルーラーのサーヴァントと合体している事。

 

「その話を信じますの? マスター」

「まあ一先ずは置いとこうや」

 

 背後に立つアンの不審げな物言いに対して、ディートリヒは肩越しに溜め息を吐くように言った。

 

「彼女自身は確かに現代の人間だ。それにサーヴァントの数もとっくにカンストしてる。「ルーラークラス」なんてものは聞いた事は無いが、目の前に実物がいるしな」

 

 梨花の目の前にも関わらず、ディートリヒは手振りを交えてアンに対してざっくばらんに説明した。

 

 ──実はディートリヒの目算では、その上で一騎オーバーしているのだが。きっと十中八九「同行他者」持ちだろう──

 

 流石に信じてもらうのに無理がある事は、梨花にも分かっている。由井正雪が稀有な存在だったのだ。

 やがてディートリヒが真正面に向き直って続ける。

 

「こっちも訊かせてもらうが、……あー、ルーラーさんには、お母さんはいるかい?」

「「ああーーーー⁉︎ 」」

 

 ところが、ディートリヒの問いかけに対して激しく反応したのは、梨花の後ろに立つ二騎のサーヴァントらだった。

 

「えっ⁉︎ なになに⁉︎ どうしたの⁉︎ 」

「ワシら、あの燃える異常世界にて、姫にそっくりな女を見かけてますれば!」

「髪は真っ黒かったのですけれど、アインツベルンの魔術師の事もございましたし、てっきりあちらの関係者かとばかり思ってて」

「わたしに似てる子が、もうひとり……?」

 

 ドン・キホーテとサンチョが、わたわたと要領を得ない調子で捲し立てる。

 

「……アンタら、そんな大事なこと忘れてたのかよ」

「ええい敵マスターは黙っとれ!」

「その後すぐアインツベルンのサーヴァントに襲われて大変だったんですよ!」

「あら。では、私が山の上にアレを見かける前の事でしたかしら」

 

 頭を抱えたディートリヒの頭上で、互いのサーヴァントがめいめい喚き出す。

 

「そう言えば、失礼ながらマスター」

 

 やがて、サンチョが腰を折って梨花の横から尋ねた。

 

「御母堂様はどうなされましたか? 召喚されてからここ数日、ずっとお見かけしておりませんでしたが」

「うん、お母さんは五、六年くらい前に死んじゃったの」

 

 その時、この場の梨花以外の全員の目配せが瞬時に交錯した。

 ──いたいけな少女の身の上の不幸を悼むか──同じ顔の符号の一致──アインツベルンとの関係──これほどの情報が出揃っては、ただの家庭の不幸で片付けるにはあまりにも不自然だと、全員の目線が語っていた。

 ともあれ、サンチョが深々とお辞儀した。

 

「それは──大変失礼な事をお聞きしました。お悔やみ申し上げます」

「ううん! もう大丈夫だから!」

 

 梨花が普通の顔で両手を振る。

 ──やはり、梨花のみが気付いていない。

 ディートリヒが顎に手を遣り。

 

「……じゃあ、あの燃える世界の山の上にいたのは、ルーラーさんの血縁でも無くて、アインツベルンの関係者って事になるか」

 

 背後のアンを振り返って呟く。

 

──確かにそこの娘と同じ顔でしたわよ?

──やっぱアインツベルンに聞かねえと分かんねえな。

 

 それを直接目視したのは、アンだけだ。

 謎は保留のまま。

 ディートリヒは真正面に向き直り、居住まいを正した。

 

「悪いが、若干空気を読まずにいかせてもらう。ルーラーさん。あんたの家は魔術師の家系か?」

「あ、はい」

 

 きょとん、とした顔で梨花が頷いた。

 

「こう訊くのも不躾だが、あんたは魔術継承の教育や訓練は受けているのかい?」

「いいえ。お父さん、家ではお仕事の話はほとんどしませんでしたから」

 

 それを聞いてディートリヒは愕然とした。

 言えた義理では無いが、魔術師の家系は一子相伝の研究を一族代々受け継いでいくのが常識だ。

 その上、子供が「父親のお仕事」などと完全に他人事として見ている。

 つまり、この父親は「魔術の継承を放棄している」事になる──?

 

「あ、でも、魔術継承の準備はできているって、昨日の晩にお父さんが言ってて」

 

 ディートリヒの肩がコケた。

 ──いや、すべての魔術師の家系を見ている訳でも無いが、この娘の父親とやらはまるで銀行通帳でも遣り取りするかのように魔術継承を扱うなあ──

 

「しかもこの歳の昨日まで魔術の「ま」の字も教えねえとか……」

「……あの?」

「ああ、いや」

 

 独りごちたディートリヒは片手を振って続けた。

 

「ちなみに、差し支えなければ父親の名前を教えてもらえるかい? もしオレの古巣で聞き覚えがあれば、娘にもロクな説明もしないで何をしようとしてるのか、見当がつくかもしれないが」

「あ、はい。 辻松いつき、って言います」

 

 ディートリヒが腕を組み、虚空を見上げて記憶を探る。

 

「──イツキ・ツジマツ……昔の職場には日本人の魔術師もいたけど、聞いた覚えが無いな……」

 

 ついでに、封印指定の名簿にも見覚えが無い。

 

「力になれなくて悪かったな。 逆に、この情報で何か有利が取れるとも思えないから、あまり気にしないでくれると助かる」

「あ、はい」

 

 向かいの二騎のサーヴァントの胡乱な眼光を受け流しつつディートリヒが言った。

 

「なら、こっちの知ってる情報を出すが──」

 

 そして語られるアインツベルンの魔術師の少女、ウルテスフィール・フォン・アインツベルンの陰惨な半生。

 ルーラーが召喚される程の異常である「二騎目のセイバー」とは、たったひとりのマスターの気紛れで生み出されたものだった。

 

「言っとくが、マスターなら誰でもおいそれとクラスチェンジなんてできるものじゃねえし、普通の魔術師ならやろうとも思わない事だ。なぜなら、膨大な魔力が要るだろうし、そもそも理由が無いからだ」

 

 梨花が怪訝にサンチョを振り向いた。

 サンチョは僅かに困った顔で首を振るのみ。

 

──私にも、どうしてクラスが変わってしまったのか分からないのです。

──そうだよね。わたしも何もしてないし。

 

 ディートリヒは構わずに続ける。

 

「令呪を切ればいけるかもしれないが、サーヴァントに謂れのないクラスに変更しても、ただ不利になるだけだし、セイバーを喚びたいなら最初からセイバーを喚べば済む道理だ。サーヴァントの能力を底上げしたいなら、それこそ令呪で強化してやればいい。いずれにしても、イカれた魔術師の気紛れが、その異常を引き起こしたと言える」

「アインツベルンさんのサーヴァントを、元に戻す方法はありますか?」

「無いだろうな」

 

 ディートリヒは即答した。

 

「ウルティ──アインツベルンのマスターは、令呪三画を使い果たして死んでいる。にも関わらず、どう言う訳かあのサーヴァントはマスター抜きで現界を続けて暴れてるし、絶対尊守の置き土産付きだから、他の誰の言う事も聞かねえだろうな」

「ですが、あの巨人は、酷似した黒髪の少女に侍り、別人のはずの彼女を守っていました」

「そこなんだよなあ」

 

 サンチョの発言に、後頭部で両手を組んだディートリヒが、僅かにアンと目配せした。

 

「こっちもしこたまブチ込んでやったんだけど、どうしてか致命傷を喰らってまで黒髪の女を庇いやがった」

「そのひとが、マスター権を主張したとかは?」

「……そこはむしろ、ルーラーさんの方が詳しくあって欲しかったんだが……絶対尊守のオマケ付きって言ったろ? 従来のマスター以外の言う事は聞かないし、たぶんヤツ自身の謎の道理に寄って動いている」

 

 ヘラヘラと、自嘲気味に嗤ったディートリヒがぞんざいに両手を上げた。

 

「正直、手詰まりだ。あんたが裁定者のサーヴァントだって言うなら、ルーラーの必殺ビームでも期待したいところだが」

「ビームは出ませんけど……不死身だと言うのは聞いています。()()()()()()甦ってくる、と」

 

 梨花のその言葉を聞いたディートリヒが、片眉を上げた。

 

「……ルーラーさん、あんた、もしかして赤い服の太ったサーヴァントと会ったか?」

「はい。ガイウス・ユリウス・カエサルさんですよね?」

 

 たちまち噴き出したディートリヒが腹を抱えて爆笑した。

 

「まじかー⁉︎ あれカエサルなのかよ⁉︎ 」

 

 梨花もつられて笑いそうになるのを、膝で拳を握って俯いて必死に耐えていた。

 やがてひとしきり笑って咳き込んで嘔吐いたディートリヒが、口もとを拭いながら起き上がった。

 

「──っひ、いや、悪りぃ。ここ最近の謎がひとつ解けてスッキリしたぜ」

 

 涙まで拭ってようやく居住まいを正した。

 

「なら聞いてるかもしれねえけど、アレとは一回、アインツベルン城で共闘した事がある。あんたはアイツと何か約定は交わしてないのか?」

「はい。アインツベルンのサーヴァントを倒すために、同盟をお願いしました」

「上出来だ!」

 

 ディートリヒが掌を拳で打った。

 

「昨夜はあのデブ──カエサルの要請にも全陣営が疑心暗鬼になってたからまともな連携も無かったが、今度はもちっとマシな作戦が組めそうだ!」

「──具体的には?」

 

 背後から、アンが訊ねてきた。

 

「そいつはこれから考えるが、あのバカ強ぇえアインツベルンのサーヴァントを倒すには、とにかく火力が必要だ。マスターもいないサーヴァントなんか邪魔でしかないから、総出でタコ殴りにするのに反対する奴はいねえだろ。カエサルにもう一度全陣営を集めさせて今度こそ総力戦だ!」

 

 

────◆

 

「さて──」

 

 何処とも知れぬ薄暗がり。

 コンクリートの床に、(こう)は簀巻きにされたまま転がされていた。

 

「──悲鳴を聞こうか」

 

 ガキンッ!

 皐の目の前に、コンクリートの床に黄金の剣の切先が突き立てられた。

 

「〜〜〜〜ッッ⁉︎ 」

 

 くぐもった悲鳴が漏れる。

 だが、まともに声が出ない。

 皐は猿轡(さるぐつわ)まで噛まされて、口を封じられていたのだ。

 突き立てた剣を杖のようにしてくるりと回り込んだカエサルが、そこにある革張りの椅子に腰掛けた。

 あまりの重量に椅子が軋みを上げる。

 存外に強靭な椅子だ。

 二、三度と持ち上げた片方の足首を膝にぶつけて、ようやく片足を組んだカエサルが、仰け反った顔で皐を見下ろした。

 

──と、言うのは半分冗談なのだが──

──半分なの⁉︎

 

 思念でケロッとした調子で(うそぶ)いたカエサルに、皐が呻いた。

 

──それも貴様の返答如何に寄る。故に、心して答えろよ? 皐。

 

 では、猿轡に何の意味があるかと言えば、マスターの令呪行使を封じる為である。

 改めて、きちんと問い糺さねばならない事項があるからだ。

 

──さて。私が訊きたいのはだ。あの屋敷の娘は、貴様にとって何なのか、だ。

──へ?

 

 皐が、怪訝な顔で呻いた。

 

──貴様は言っていたな。初恋の幼馴染だったと。

──う、うん。

 

 カエサルの問いに、皐は寝そべった体勢のまま頷いて応えた。

 

──そして、何年も前に殺されたと貴様は言った。ならば、あの屋敷にいた娘は何者だ?

──……っっ⁉︎

 

 寝そべったままの皐の目線が下がり、瞳孔が僅かに震えた。

 ──それは何かを隠す魂胆か、精神の平衡を危ぶむ先触れか。

 だがガイウス・ユリウス・カエサルは、敵兵の尋問には慣れている。

 

「答えよ! 皐!」

 

 己の気勢に魔力を乗せて、サーヴァントとしてのスキルで皐に問う。

 抵抗の意思を挫く演出として、黄金の剣を僅かに持ち上げて床を突く。

 

 

────◆

 

 その黄金の剣先が皐の喉を突き破り頸椎を断ち

 

 

────◆

 

「ぬんッッ!!!」

 

 カエサルが持つスキル「対魔力」に自身の魔力を漲らせ、魔術干渉を跳ね除けた。

 セイバークラスが最優たる所以(ゆえん)のひとつ、魔術干渉に抵抗する為のスキルである。

 

「……今のは……?」

 

 床を突いたつもりが、皐の喉を突くイメージが閃いた。

 慌てて床を見下ろすと、皐は泡を吹いて気を失っていた。首には傷ひとつついていない。

 ──いや、靴ひとつ分ほど距離を空けて床に突き立てたはずの剣の切先が、昏倒する皐の喉元に横から食い込んでいた。

 カエサルも、剣技に関してはセイバークラスにふさわしき自信がある。

 尋問の最中に突き立てていた剣先は寸毫も動かしてはいないし、いま再度突き立てようとしたのも、誓って同じ地点を狙っていた。

 皐もわざわざ剣に近寄ってなどいない。

 

「……随分とおかしな魔術を使う……」

 

 魔術で何かをさせられたのは間違いない。

 幻覚か。それともカエサルの身体を操ったか。

 思った瞬間に、状況が否やの答えを出している。

 あるいは──

 

「何者か! 我らに害意ある者は、その度胸を認めて褒美を取らすゆえ、私の前に申し出てみよ!」

 

 カエサルは、「扇動」スキルを全開に大声を張り上げた。

 だがこれは、本来は目標と対面し、カエサルの持つ有り余るカリスマで魅了してこそ力を発揮する。

 付近にサーヴァントの気配が無い事は承知している。

 だがキャスタークラスのサーヴァントには及ばずとも、人間の魔術師を釣り上げられればと言う一縷の望みに賭けてみたのだ。

 ここは小ぶりなビルが並ぶ町。

 奇妙な大声の意図が分からぬ市井の民は構いはしないだろう。

 果たして、しばし待てども何者かが参上する気配は訪れなかった。

 

「──まあ、付近に敵がいないのが分かったので良し」

 

 遠隔地からの呪いなど、まだ見ぬキャスタークラスの英霊によっては幾らもやりようはあるだろうが、この短時間で異常が再発しないのもまた有益な情報である。

 

「しかし困ったぞ。皐から事情を聞かねばならないし」

 

 今の異常現象の目的ははっきりしている。

 皐の殺害。それはすなわちセイバーのサーヴァントの消滅を意味している。

 カエサルが魔術抵抗に成功できたからには、殺害行為は一瞬で為されなければならない。

 つまり無手であればいきなり危機には陥るまい。

 

「まあ凶器無しでも尋問はできるしな」

 

 カエサルは、黄金の剣を何処へともなく仕舞い込むと、屈み込んで皐を揺り起こし始めた。

 

 

────◆

 

 由井正雪の宝具によって自身の身体能力を増強した市ヶ谷は、二人の由井正雪の肩を借り、自身を抱えて運ばせて、長距離を跳躍しながら移動していた。

 静音、目線避けなど隠密行動の為に必要な魔術をふんだんに掛けてもらっているので、中年男性を抱えた由井正雪二人が民家の屋根を激しく蹴っても音は立たないし、何者もこちらを注視しない。

 日が登る午前の市街を、(はばか)ること無く最短距離で移動できる。

 

──全騎、奪われたサーヴァントの探知範囲に入るな。その手前で現場を確認せよ。

──御意。

 

 ──なぜなら、外法で他者に契約させられた由井正雪が、サーヴァントとして別カウントされて、こちらの由井正雪を探知できるかもしれないからだ。

 由井正雪の分身を奪った目標の襲撃地点には、既に百五十余騎の由井正雪が霊体化で先行している。

 依頼通りにアサシンが襲撃した、自動車が破壊された音を聞いた市ヶ谷は、予定地点に降りるよう由井正雪に命じた。

 

──配置は?

──既に。

 

 コンクリートの設備の物陰に潜んだ市ヶ谷は、塀から頭を出して取り出した双眼鏡を覗き込んだ。

 

「──へえ。なるほど三つ子だ」

 

 擱座(かくざ)して鈍い黒煙を吐くセダンの残骸の手前に立つ、見慣れた揃いの聖堂教会礼服を纏う男ら三人を見て、市ヶ谷の口の端が歪んだ。

 

──ご存知なのですか?

──腕の立つ職員の情報は、僕の耳にも入るからね。

 

 やがて彼らは一箇所に集合すると、慣れた手捌きでシャボン玉を生成して振り撒き始めた。

 現れた無数のシャボン玉は、意思あるものの如く宙を舞い、ドーム状の配置で三人を取り囲み滞空した。

 十中八九、あの範囲を阻む障壁だろう。

 それを見て、市ヶ谷は挨拶代わりに黒鍵を投擲形態に展開して投げ放った。

 無数のシャボン玉は互いに交差するように配置しており、彼らを直接狙える隙間も無い。

 構わず放った黒鍵は、接触した端から溶融されながら、シャボン玉を三つほど貫通し、溶け落ちてしまった。

 

──……なるほど。そう言う感じで。

 

 その現象をつぶさに観察して黙考した市ヶ谷は、やがて得心したようにうなずいた。

 

──問題なさそうだ。……始めて。

 

 市ヶ谷が合図を告げる。

 ──既に全ての由井正雪とは意識を交わしている。

 その時、百五十余騎すべての由井正雪が一斉に動いた。

 既に全員が、目標の三人から大きく距離を取り、半円状に囲んで潜んでいる。

 由井正雪のサーヴァント探知範囲がギリギリ及ばないほどの半径だ。

 付近の町中、塀の裏、屋上の機械の陰、曲がり角など町のあらゆる地点に由井正雪が出現する。

 まず物陰で実体化した由井正雪のうち五十騎が、全力で静音、目線逸らしなど隠蔽の魔術を構築した。

 次いで残りの百騎もの由井正雪が、遥か遠くの三人目掛けて強力な爆炎の魔術を解き放った。

 

 三人の男らを囲む、奇妙な大量のシャボン玉。

 市ヶ谷は、先の黒鍵の投擲で、それらが何であるかを大まかに掴んでいた。

 ──強力な溶解液の体を成した概念武装。

 なるほど最強の盾にして、最強の鉾たる攻性障壁。完全無欠の布陣、なのだろう。

 シャボン玉が肉迫する者の接近を阻み、飛び道具は、魔術の礫すら相殺して溶かすだろう。

 そのシャボン玉は接近するものを察知し、最適な配置に自ら移動して、貫通するものを術者に届く前に溶かしきる。

 恐らく、術者は薬液なり触媒なりを潤沢に用意しているだろう。シャボン玉の包囲が部分的に破壊されたとしても、欠けた端からシャボン玉を生成して補填する。

 仮に機関銃の斉射に遭っても防ぎきるだろう。

 

(だけど、無形の炎に巻かれてはどうだろう)

 

 三人の男らを中心に、およそ三十メートルほどの範囲を無数のシャボン玉が取り巻いている。

 

(それは、キャスタークラスのサーヴァント百騎が生み出す火焔に抗えるほどのものか?)

 

 それのさらに外周を、巨大な投網の如く紫電が迸り、無数の火球が立て続けに炸裂した。

 

 

 ──聞いた事がある。

 常にスリーマンセルで行動する代行者。

 三つ子由来か、完璧な三位一体の完全連携で異端討伐を遂行する。

 まるで他の兄弟と視界が通じているかのように、一切の死角無く戦う様から、「実は思念も通じているのでは?」「まさに神の奇跡」などとも謳われる。

 その名も黒井(くろい)甲斐(かい)黒井(くろい)(しゅう)黒井(くろい)照夫(てるお)の三兄弟を指して、人呼んで「黒井の三連星」──

 

 

 などと、愚にもつかない記憶を(そら)んじている内に、まるでロケット弾の連続着弾かのような爆音と衝撃と熱波の連発が轟いた。

 

(泡で火炎の直撃は防げても、熱は防げないし、酸素は急速に消費される。これを人間が防ぎ切る方法は無い)

 

 それが魔術だろうが奇跡だろうが、"人間"の範疇で叶うどんな異能でも、サーヴァントには及ばないが道理だ。

 やがて予定の魔術行使が終了し、炎の残滓と土埃が晴れたそこには、クレーターのように抉れた地面が現れた。

 周辺に積んであった建築資材は粉々に砕け散り、あるいは溶融していた。

 それら爆心地の中心に、三体分の、焦げてバラバラになった人間の焼死体の部品が散らばっていた。

 

 

────◆

 

 二人の由井正雪が突然、市ヶ谷の両脇を抱えて現場から離れる方向へ飛翔した。

 ──この作戦で万が一異常を察知したら、マスター(自分)を連れて逃げろと指示してある。

 

──どうした。

──()()()()からの魔力干渉を感知しました。

 

 由井正雪の報告に、市ヶ谷は息を呑んだ。

 見れば、遠く離れてゆく目標地点の景色に、次々と起き上がる人影があった。

 

「ひっでえ、火炙り責めとかちょー殺意高ぇじゃん」

「あとちょっとで泡枯れるとこだったわ」

「火力不足か? 危なかったよな」

 

 消し炭になっていてもおかしくなかった火力に巻かれたはずの「黒井の三連星」こと、三つ子の代行者たちだった。

 ──それは、用意した火力からして有り得ない光景だった。いかな腕利きの代行者と言えど、キャスターサーヴァント百騎の総攻撃を受けて無傷で凌ぎ切るなど。

 

(……なるほどね)

 

 しかし、符号の一致に得心した市ヶ谷は、由井正雪に運ばれるままその地点から疾く離脱していった。

 

 

────◆

 

「ひゃああああああ⁉︎ 」

 

 白髪のサムライの剣閃を、シャルロットはどうにか転がる勢いで躱しながら逃げていた。

 そのドタバタした逃走は、完全に泡を食った素人の少女の動作であり、サーヴァントとして増強された身体能力で長距離を、高所を飛び回ってどうにか逃げ回っている有り様。

 咄嗟に飛び込んだ巨大な工場には、朝からの異常事態のおかげで従業員がひとりもいないのは幸いだった。

 

「せああああ!」

 

 白髪のサムライ──キャスターのサーヴァント・由井正雪は、大きく気勢を上げて、渾身の力を込め、強力な斬撃を見舞うべく刀を大上段に振り上げた。

 ──さもなければ、意に沿わない戦闘で敵サーヴァントを殺してしまうから。

 謎の三人の男たちに無理矢理契約させられたこの由井正雪は、どうにか彼らの支配から脱しようと足掻いていた。

 サーヴァントとして契約し、令呪を以て攻撃せよと言われては否応も無い。

 だからこの由井正雪は、普段なら使わない大振りの動作になる攻撃を繰り返していた。

 攻撃の命には従っているし、この隙の大きさならば、敵サーヴァントは避けてくれるはずだ。

 

「上から斬るぞ! 躱せ! 避けてくれ!」

「わ、ワケ分かんないですよおおおお⁉︎」

 

 シャルロットが飛び退いた、そこにあった機械が両断された。

 転がり落ちた後のコンベアーを断ち切った。

 金属の円筒が何本か纏めて袈裟斬りに吹き飛んだ。

 

「あわっ、はわわわわ」

「跳べ! 足元を狙う!」

 

 這々の体で逃げるシャルロットを追って、由井正雪の肩まで振り上げた刀が床に着くシャルロットの足を狙った。

 

「わあっ⁉︎ 」

 

 ところが、あろう事かシャルロットがその場で転倒してしまったのだ。

 

「よせっ⁉︎ 」

 

 絶叫するが、由井正雪の意思に反して腕は無情に刃を振るった。

 

──駄目だっ⁉︎

 

 無様に転倒したシャルロットの尻の上。

 虚空に突如、金色に輝く卵のような球体が現れた。

 

──ッッ⁉︎

 

 何を思う間も無い刹那のこと。

 その黄金の卵の表面に浮かび上がった、やたら艶めかしい紅い唇が、どこか卑猥に歪んで嗤った。

 

 

────◆

 

 イサオは坂道を歩きながら訝しんでいた。

 先を歩くサーヴァント・アヴェンジャー・魔王信長は、黙々と道を進んでいる。

 その向かう先は、警察署から若干逸れていた。

 いや、明らかに違う道を歩いている。

 もはや警察署は首を傾けるほど明後日の方角にある。

 何故なら、先のY字路で別方面の道に入ったから。

 ではいったい何処を目指して歩いているのか。

 警察署にいるはずのサーヴァントが移動したのを察知したのだろうか?

 ──にしては歩調がまったく変わらない。

 

(…………?)

 

 とうとう業を煮やしたイサオは、サーヴァントに問いかけるべく息を吸った。

 ──もしかしたら、今生で最期の発言になるかもしれない──

 

「──なあ。……さっきから何処に向かってるんでえ」

 

 先を歩く長身の美女の、後ろ姿の靴が止まった。

 ──振り向きざまに刀が飛ぶか、炎に巻かれるか──

 

「…………のう、イサオよ」

 

 ところが、艶やかな黒髪でゆったりと弧を描いて振り返った美女──魔王信長は、若干困ったような表情を浮かべていた。

 

「──どうしてわし、こんな所におるんじゃ?」

 

 

 

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