【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第二十四話 大祭の最果て

 

 大きな地震に波止場が揺れた。

 深夜の町中で、犬が狂ったように吠え散らかす声が響く。

 

 貿易港の町がある。

 太平洋に面し、三方を山に囲まれた大きな都市だ。

 その卯波(うなみ)港の荷揚げ用のガントリークレーンが軋みをあげ、海浜公園が、工業区域がその灯りを瞬かせた。

 それほどの衝撃だ。

 裾野の町でも街灯が瞬き、あるいは明かりを落とし。

 山の手の住宅街では街灯が幾つか爆ぜた。

 

「──っはっ⁉︎ 」

 

 その衝撃に、辻松梨花は覚醒した。

 カーテンから星灯りがうっすらと漏れる真夜中だった。

 今は木曜日の夜中──いや金曜日の未明だ。

 どんっ、と言う音とも衝撃ともつかない感触があった気がした。

 続いて、同じくらい遠くから爆発する音が聞こえてきた。

 

「──?」

 

 打ち上げ花火かと思った。

 ほかにこんな音を聞いた事が無い。

 それは花火大会の終盤のような、無数の花火の連発のような音だったのだ。

 

──なぜ、こんな時間に──?

 

 訝しんだが、その時の梨花は微睡のうちに結局眠りに落ちてしまった。

 翌日に予定をこなし、人工透析を受け、夕方に自宅のアンティーク物置小屋で消耗に微睡んでいたところでドン・キホーテとサンチョと出会い──。

 

「──()()()()()()()()、起きてる──?」

 

 そして現在。

 辻松家の近くの広大な自然公園の中にある休憩所のベンチで。

 ディートリヒと今後の情報収集のために一時解散の流れになったところで、唐突に梨花が呟いた。

 

「……?」

 

 マスターの唐突な言葉の意味を、傍に立つドン・キホーテもサンチョも理解ができない。

 ──それはふたりが召喚される以前の出来事。

 だが、ベンチから腰を浮かせかけたディートリヒが身動きを止めた。

 

「……ああ、そうだな。一昨々日の未明のアインツベルン城の爆発は、()()、起きてる。──もっとも、後のはなんか連発してたみたいだが」

 

 直近で関連する事項のキーワードから、連想したディートリヒが相槌を打った。

 

「──それが、どうかしたかい?」

──マスター、おかしいですわよ⁉︎

 

 梨花に問い返したディートリヒが再びベンチに腰を下ろしたところで、アンが思念で呼びかけてきた。

 その思念は、困惑のニュアンスで震えていた。

 

──何がだ?

──あの夜中の山での爆発。私には、1度きりだった記憶と、2度起きた記憶のふたつの覚えがありますわ⁉︎

──なんだそりゃあ⁉︎

 

 言いかけて、ディートリヒは慌ててデフラグメンテーションの魔術を走らせた。

 普段から構築している精神防壁。その魔術は心理的断片化を再構築する事で、汚染された記憶の部位を消去していく。

 ──だが、サーヴァントが抱く違和感に倣い自身の精神を整理し直しても、ディートリヒの記憶では「一昨々日未明の爆発は2回」と残っていた。

 つまり、自分の記憶が弄られた訳では無い。

 そして、アンに嘘を言う理由が無い。

 にわかには信じ難いが、「己のサーヴァントに、異なる同時期の記憶が生じる怪現象が起きた」と言うほか無い。

 原因は不明。この刹那にどこからも魔術の干渉は無かった。

 ディートリヒと、アンの記憶、いったいどちらが実在の記憶か。

 その当てはひとつだけ。

 ディートリヒは、恐るおそる訊ねてみた。

 

「……なあ、ルーラーさん。その夜中の爆発は、()()じゃなかったかい?」

「……っ⁉︎ 」

 

 目の前の少女が目を見開き、茫洋とした顔を大きな喫驚の色に変えた。

 

 

────◆

 

「──なるほどのう」

 

 卯波警察署を遠く横に見る坂道で、イサオから近況を聞いた織田信長──魔王信長が己の顎を撫でながら呻いた。

 本日の早朝いきなりイサオを叩き起こした魔王信長に連れられて、卯波市役所庁舎に乗り込んだところから、今現在までの出来事を懇切丁寧に並べて説明したイサオも流石に息切れしていた。

 正直、悪罵も交えて怒鳴りつけたいところだったが──どうも、まだ自棄になる状況では無さそうだ。

 あの煉獄の化身の如き魔王信長が、何故か先日までと同じ正気の調子に戻っているのだ。──クラスは相変わらず「アヴェンジャー」のままだが。

 

「……何が"なるほど"なのか、言ってみろよ」

 

 それでも苛立ちを完全には推し殺せず、問い返す言葉に棘が混じった。

 まだ自棄になるには早いと、自分で諌めたにも関わらず、ついに文句が溢れ出る。

 

「こちとらお陰様で兵も工房も失ったんだ! ここまで台無しにしてくれて、ここからどうしてくれるってんだ! ええ⁉︎ 」

「……平手も、このような想いだったのかものう」

「ああ?」

 

 唐突に織田信長が目線を遠くして呟いた。

 熱くはなっていても、イサオの頭脳が"平手"なる語句の示すところを思い出し始める。

 ──平手政秀(ひらてまさひで)。確か織田信長の家来のひとり。

 

「今にして思えば、光秀(みつひで)もそうとう()けておったのかもなあ──」

「おい。何のハナシをしている」

 

 イサオの再三の問いに、魔王信長の伏していた長い睫毛が描く弧が、ふと見開かれた。

 

「聖杯から今世の知識を得た今にして、ようやく得心したわ! 呆け、痴呆──あ奴ら認知症とか言う病を(わずら)っとったんじゃのう!」

「は?」

 

 カラカラと笑う織田信長を前に、イサオの顎が落ちた。

 が、直ぐに軋むほど噛み締める。

 

「てめえ、自分も呆けてたから許せなんて言うつもりじゃねェだろうな⁉︎ 」

() () () ? 」

 

 イサオの剣幕に対し、笑うのをピタリと止めた織田信長の、纏う気配がヒヤリと凍てついた。

 

「──呆けの理屈が明らかになったところで、わしはどいつも(ゆる)しはせんぞ? そなたとて呆けてたわしを背後から討つ腹積もりだったであろうが」

「……ッ⁉︎ 」

 

 唐突に図星を突かれてイサオは思わずほぞを噛んだ。

 

「だいたい、わしを誰と心得る。謀反を起こそうと考えとるやつの顔なぞ飽きるほど見てきたわ」

「……それはおめえ、人生の方を見直した方がいいんじゃねえか?」

 

 あきれ果てたイサオの素直な感想に、黒衣の美女が呵呵大笑した。

 

「カカッ! 独裁者のわしに向かって何をか言わんや! ましてや今のわしはサーヴァントじゃぞ!」

 

 たちまち気配を霧散させて、並びの綺麗な歯を見せて不敵に(わら)う。

 

「ともあれ、わしが正気のうちに申し付けておこう。聞け、イサオよ」

「ああ?」

 

 すっかり昨日までのような調子で言う織田信長に、イサオはそれでも警戒は解かずに応える。

 

「うむ。そなたの疑念は(もっと)もゆえ、そなたはそれで良い。アヴェンジャーなるクラスについては、わし自身にも皆目見当も付かぬ。自ら律せぬわしなどもう是非も無いから、また盲滅法(めくらめっぽう)になろうた時は、巧く敵と自爆させるとか、そなたの好きにせい」

「おいおい」

 

 まるで自身を顧みない事を平然と言う織田信長に、イサオは眉をしかめて呻いた。

 だが、その上で織田信長はにやりと口の端を吊り上げた。

 

「そなたにも視えておろう。わしの霊基は風前の灯。そしてそなたの手に残る令呪は二画。──その二画、わしに賭けるに足る根拠を示そう」

「──って言われてもな」

 

 今や獲物を前にした毒蛇の如き眼で見据える織田信長の問いかけに対し、イサオはチラと足元を見てから、胡乱げにその美貌を見返した。

 

「如何にも選択肢に見せかけて、もうおめえの間合いに入ってるじゃねぇか」

「カカッ! わし腐っても天下布武を成した武将ぞ?」

「自分で言っちゃうか」

 

 織田信長は、先刻までの問答のうちに、巧妙に僅かばかりイサオへの距離を詰めていたのだ。

 それは刀の間合い。

 否やと答えれば、即座に首を飛ばされるだろう。

 流石と言うべき織田信長の妙味。イサオの翻意を知ってなお、自分の勝利を追求し、その手段を選ばない。

 

「まあ聞け。そなたにも悪いようにはせん。その上でひとつ問うが」

「あん?」

 

 

「先日未明の爆発。あれは()()()()であったか?」

 

 

────◆

 

「あの爆発を過去に跳ばしたのか。お仲間さんを助けるために」

 

 栗色の髪の壮年の男が、どこか茫洋とした、緊張感の無い調子で誦んじた。

 その男は、ただだらりと立っているだけなのに、その立ち位置が判然としない。

 苦悶に呻いてうずくまっている黒衣の男、聖堂教会の代行者、音峰或斗(おとみねあると)にも自身の足場が覚束無い。

 この場にいるのはふたりだけ。

 だが場所が、彼我の位置が判然としない。

 辻松(つじまつ)家の洋室──かと思えば卯波市街を見下ろす山の手の展望広場──いや、卯波埠頭のコンクリート、そして。

 周囲の光景が風に吹かれた砂地のように、波のように何度も何度も塗り変わり続けているため、ここが何処なのか最早分からない。

 

「だけど無意味だ。未来は変えられない。僅かな差異があれど大まかな流れは同様に収束する。──僕の魔術は完成しているんだ」

「大それた事だ。だが貴様も、貴様の娘も生かしておかない」

「どうやってさ。そちらの奥の手もそのざまで」

 

 その男──辻松いつきが、どこを指さしたのかはわからないが、音峰或斗の右腕に刻まれた夥しい数の預託令呪──の使用後の跡の事を示しているのは分かる。

 全て、使い果たした。

 

「魔術協会の面々も時の狭間に落ちていった。聖堂教会まで追いついてきた時は驚いたけど、あんたもここで消える」

「たとえ私が及ばずとも、我々にもまだ切り札がある」

「……って言う茶番を繰り返すのもいい加減に飽きたな」

 

 唐突に気配を霧散させた辻松いつきが、あらぬ方を見上げてぼやいた。

 

「あんたで何人目だと思ってんのさ。尤も、知る(よし)もない事だけど」

 

 こちらを睨みつけて、今だ脈絡の無い何事かを喋っている音峰或斗が、うずくまる黒衣の姿が急速にその色を薄れさせて、消えていった。

 むべなるかな。この空間に適応できる霊的臓器・霊的神経を持ち合わせていなければ、時に対する慣性を失い、無為の時点へと停滞して置いてきぼりを食うだけだ。

 音峰或斗なる人物は、文字通り過去に過ぎ去って消えた。

 

「──今のを躱すか。にわかには信じ難い現象だな。噂通りのおぞましい魔術だ」

 

 そこに、指に挟む形で数本の刃を構える音峰或斗の後ろ姿が現れた。

 なお、辻松いつきは何もしていない。避けるも何も、音峰或斗がその体勢でそこに出現しただけである。

 

「だが二度は通じない。予知して避けるならば、そう弁えて斬れば済むこと」

「して避けるならば、そう弁えて斬れば済むこと」

 

 台詞の途中から同じ言葉を被せてみたが、音峰或斗はわずかに怪訝に眉をしかめるのみ。

 

「そのパターンも何回も聞いたー。もう避けるとかそう言うんじゃないんだってば」

 

 ひどくうんざりした顔で辻松いつきが呻く。

 だがその音峰或斗はそれ以上こちらに構わず、両の手に黒鍵を携え一直線に辻松いつきに肉迫してくる。

 その滑るような歩法は、まるで氷上の競技者の如き滑らかさでタイミングを悟らせない。卓越した動きで異端を刈り取る執行の刃──

 目前で横からダンプトラックに撥ねられた音峰或斗の体躯があちらの対向車に激突して木っ端微塵になり、派手に血を撒いてバラバラに散らばっていった。

 辻松いつきは、いつの間にか卯波市内の国道の歩道に立っていた。

 傍らを、重い唸りを上げる無数の大型車輌が此方に、彼方に駆け抜けてゆく。

 

「だからまあ、そこで死んでてよ。ずっと。繰り返し」

「追いついたぞ魔術し」

 

 さらに現れた音峰或斗が再びダンプトラックに撥ねられるのを尻目に、辻松いつきはその場から離れる方向に移動した。

 それは前後でも左右でも無く、ましてや上下でもない有り得ない方角への移動だった。

 周囲の光景は相変わらずうねりながら塗り変わり続けている。

 

 ──ぼとり。

 地面に辻松いつきの首が落ちた。

 それも上顎から上だけだ。

 断面が、ジクジクと嫌な音を立てて肉を侵食してゆく。

 溶けているのだ。

 遅れて首を失った胴体が重い音を立てて倒れる。

 

「っぐ」

 

 その辻松いつきの首を、何者かが後ろから掴み止めた。

 それは金属メッシュのよう肌触り──と見るや、滲み出した液体が見るみる首の肉を焼き溶かしてゆく。

 その反応は速く、グローブが握る動作につれ首の肉は赤黒く溶け落ち、やがて頭を支える筋肉を失った脊椎が、頭部の重さに耐えきれず捻じ切れ。

 やがて地面にちぎれた首と、遅れて胴体が倒れる頃には、それぞれ断面から溶解が進み頭は半分ほどにまで溶け消えてしまっていた。

 じわりと赤黒い滲みが広がる。

 

「──呆気ねえなクソ魔術師が」

 

 突き出した右手の灰錠グローブから赤黒い薬液を垂らしながら、代行者・黒井甲斐が怜悧な凶相で吐き捨てた。

 

 ──黒井甲斐の口腔から後頭部にかけて、瞳のように大きな孔が開いた。

 

「っが⁉︎ 」

 

 だが次の瞬間、その口腔に大剣の切先を突き込まれ、後頭部まで貫かれた黒井甲斐の身体が押されるままに後退してゆく。

 その大剣を握るのは、漆黒の肌の大柄な偉丈夫。奇妙な黒いバイザーを被っている。

 彼らは剣で繋がったまま突進を続けて、やがてその姿を薄れさせて消えてしまった。

 

「──君らも、越えられない試練に挑み続けててよ。切り札くんたち」

 

 いつの間にか死体は消え失せ、代わりにそこに立つ傷ひとつ無い辻松いつきが、闖入者が姿を消した方を眺めてそう嘯いた。

 

 

────◆

 

 その裏路地には、凄惨な光景が広がっていた。

 かつて、通学途中で特急列車の人身事故を目撃した事があった。

 ──高速で走る、丸いフロントノーズに激突すると、人体は木っ端微塵に吹き飛ばされる。

 路地を挟む壁面のあちこちに、人間の腕脚や部品の肉片がへばりつき、血溜まりが派手に広がっていたのだ。

 

「──うっ⁉︎ 」

 

 (こう)がうずくまって吐いた。

 食事から時間が経っていたから、たいした量は出てこない。

 それでも突き上がる悪寒に嘔吐くこと数度。

 

「──っはぁ、はぁ。──死んだのは初めてだったかな……?」

「この惨殺現場を見ても、吐かなかったのにな」

 

 唾を吐き捨てた皐に、隣に立つカエサルが呼びかける。

 皐は眼鏡を剥ぎ取ると、握り潰して投げ捨てた。

 

「そりゃそうだよ。──梨花(りんか)ちゃんを特急列車の前に投げ込んで殺した事もあったもの」

 

 いつの間にか、先刻まで簀巻きにされていたはずの皐が、無手でゆらりと起き上がる。

 

「──()()()()縛られてなかったからね」

「そう言えば拘束は……そう言う事か」

 

 返答を先んじられたカエサルが鼻白んだ。

 皐の身を縛っていたロープ等が、地面のどこにも見当たらない。

 

「──で、この有り様については詳しく説明してもらえるのかな?」

(がい)さんも相変わらず慧眼だね」

「皐が平静であるからな! それにサーヴァントにとっては、時間も場所も、生身の人間ほど重要な足場ではない。……もっとも私も、サーヴァントとなって、こういう現象を体験して初めて()った事であるが……」

 

 両腕を広げ、辺りを見回してカエサルが言う。

 ここは、一昨々日の朝に訪れた惨殺事件現場だった。

 路地を挟む壁面のあちこちに、六人分の人間の腕脚や部品の肉片がへばりつき、血溜まりが派手に広がっていた。

 その肉片や血液が、丸三日も放置されていたとは思えないほど新鮮な状態だったのだ。

 この現場を、警察が一日たりと放置しているはずが無い。

 故に今のこの場所は、皐を簀巻きにして尋問していた後の時間のものでは無い。

 

「すなわち、()()()()()()()のだな?」

「まあ、そんな感じだね。──とは言っても、僕も詳しくは分からないんだけど」

 

 先ほど投げ捨てた、ひしゃげた眼鏡を踏み潰す。

 

「師匠から合図があったんだ。おかげで自分の使命を思い出せた。僕のこの眼──"環境視"を利用して、師匠の術式に乗って、並行世界を移動する。僕の眼には、時空振の痕跡も視えるからね。そうして卯波市に潜む最優先抹殺対象、……むぁ、ま術師・辻松いつきとその所業を追ってやって来た」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、口元と手を拭う。

 相変わらず「魔」の付く単語に侮蔑を隠さない。

 そうしてカエサルに向き直った皐の眼は、初対面からの時とも、少女の家に侵入した時とも異なる怜悧な色を湛えていた。

 とは言え気圧される類のものではなく。カエサルはいつもの調子で問いを挟んだ。

 

「そう聞くと、初めて会った時の説明とは矛盾があるな。貴様の使命とやらは、聖杯に関わらず、直接その人物を殺せば良いのだろう? ──皐は、何ゆえ聖杯戦争に参加した?」

「業腹だけど、師匠の術式を稼働させる為には"聖杯"と"令呪"の力が必要だったんだよ。だから利用した──だけど」

 

 皐が言い淀んだ。

 ややあって、息を吸い直す。

 

「──あの時の凱さんの質問に答えるよ。僕がなぜ、死んだはずの、大好きな梨花ちゃんを殺すのか。──梨花ちゃんが抹殺対象になったのは偶然だったけど、師匠は僕の恋慕の情を利用して、梨花ちゃんを自動追尾して殺す術式を、僕に掛けたんだ」

「だが、その娘は死んでいたはずであろう? ならあの娘は何者か」

「今の凱さんなら、分かるはずだよ」

 

 皐が──苦渋に顔を歪めた皐が、そこの惨殺現場の死体を手振りで示した。

 

「いくつもの並行世界に、同じ数だけ梨花ちゃんがいる。僕は、その梨花ちゃんを、何人も殺してきた──もう、耐えられない!」

 

 片手を振り下ろし、きつく握りしめて呻く。

 

「──凱さん。ホテルでの話を覚えてる? 僕の願いを言うよ。……僕は、梨花ちゃんを守りたい!」

 

 再び見上げた皐の顔は、涙に塗れていた。

 

「僕に掛けられた術式は、恋慕の情を利用して梨花ちゃんに接近して、接触と同時にその"情動"を「抹殺」に切り替える。その感情の矛盾を誤魔化す心理防壁もあったけど、僕の心は梨花ちゃんに近過ぎた……心理防壁はとっくに摩耗した! おかしくなりそうだ⁉︎ だから!」

「あい分かった!」

 

 己のシャツの胸を握り、掻き毟る勢いの皐に、カエサルは鷹揚に頷いた。

 

「ならば、今一度問うが、貴様にとって、生業の使命と、その少女。どちらが大事か?」

「梨花ちゃんだ! 信仰よりも、師匠よりも、梨花ちゃんが大事だ!」

 

 カエサルの問いに、皐が絶叫した。

 それを聞いたカエサルは、再度頷いてみせた。

 

「よかろう! 貴様の願い、しかと聞き届けた! ならばこのサーヴァント・セイバー・カエサル、貴様の剣となりて、大願成就に邁進しよう!」

 

 

────◆

 

 両断された機械の半分が落下した。

 その機械が、落下したところにあった、断ち切られて傾いたコンベアーに乗って滑り落ちてきた。

 袈裟懸けに斬り飛ばされた金属の円筒にぶつかって、その機械がコンベアーのベルトからずり落ちた。

 

「──ぐぇ」

 

 シャルロットを斬ろうとした由井正雪が、その落ちて来た機械に背後から押し潰されたのだった。

 それはかなり大きな重量物。

 金属の異音が響き渡り、砂埃が舞い上がった。

 ──だが、サーヴァントに対して物理的重圧も衝撃も、何らダメージにはならない。

 ややあって、床と機械に挟まれた所から霊体化して抜け出てから実体化した由井正雪が現れた。

 

「……あるのか? こんな偶然が」

 

 自分の凶行を、寸でのところで阻んだのは、この施設に入ってから自分が斬り裂いてきたものだった。

 見回せば先の少女のサーヴァントの姿は無く、既に高速で遠ざかっていく気配があるのみだった。

 それは今し方斬り殺しかけたあのサーヴァントのものだろう。

 

「良かった……」

 

 ひとまず、望まない殺しをせずに済んだ事に、由井正雪が安堵の息を吐いた。

 

──戻ってこい! キャスター!

 

 脳裏に、忌々しい声が閃いた。

 今のこの自分を縛る、謎の三つ子の思念だ。

 どう言う絡繰りか、サーヴァント・由井正雪の分身の一体たる自分を、謎の令呪で強引に契約下に置いた──

 

「くっ⁉︎ 」

 

 呪縛が由井正雪を絡め取る。

 彼らは、わざわざ貴重な令呪を使ってまで、離れた自分を呼びつけたようだ。

 三人でひとり三画ずつの令呪を持ち、下らない指示にまで躊躇無く令呪を使用する。

 この由井正雪が魔力パスを繋がれているのは、三つ子のうちのひとりのはずだが、何故か令呪の行使は三つ子の誰からも飛んでくる。

 まるで訳が分からない現象だった。

 

(……自害も封じられている今、なんとか市ヶ谷殿の邪魔にだけはならないようにしなければ……!)

 

 苦悶に呻きつつ、由井正雪は抗いながも魔力の流れに引かれていった。

 やがて由井正雪が再出現した場所は、奇妙な空間だった。

 

「……これは……?」

 

 四畳半ほどの広さだと思うが、目の前にあるのに壁面が判然としない。

 ──いや。

 

「来たかよキャスター」

 

 これは球状の部屋の中だ。

 壁面の遠近と平衡が危ういのは、これら全てが鏡のようであるからだ。

 球形の底で座り込む自分の両手ははっきりと映っているが、そこから離れるにつれ結像の歪みが広がっていく。

 目の焦点が定まらない。映る景色がすべて鏡写しであるからだ。

 球形の内側の鏡など初めて見るが、照り返す映像の歪み方からしてそのように推理できる。

 そしてこの鏡の球状の空間の中心に、三つ子のうちのひとりが立っていた……いや、浮いていた。

 

「誰かに説明した事もねえけど、サーヴァントってヤツなら、コレが何だか分んのか?」

 

 三つ子のひとり──甲斐か、秋か照夫か見分けが付かないが──が、焦点の定まらない、だが獰猛な顔で嘲笑した。

 そして、言われた由井正雪も、反射的に感じたものを連想する。

 

「……()()()()……」

「なるほどそう言う言い方もあんのか」

 

 三つ子の男が頷いた。

 

「俺たちゃ「あっち方向」とか呼んでたけどな。他の誰にも通じやしねえし」

「……そして」

 

 落ち着いて状況を見れるようになった由井正雪には、改めてその男の異常に気がついた。

 

「貴方は……貴方たちは今、三人が()()()()()()……⁉︎ 」

「ほお?」

 

 男が顎をしゃくった。

 相変わらず瞳の焦点は定かではないが、由井正雪には、この空間においては"こちらを見た"ように感じた。

 

「そこにまで気づくってな、さすがサーヴァント──魔術の造りモノって事か」

「貴方は、その状態は、何が為のものだ⁉︎ 」

「バケモンとか言わねえのは、やっぱ"分かってる"ヤツだよなあ。──簡単に言えば「奇形児」ってヤツだ」

 

 鷹揚に片手を振って男が語り始める。

 

「例えばアタマふたつ、上半身がふたつに枝分かれして産まれてくる結合双生児っているだろ?」

 

 その言葉の示すところは、聖杯より知識を得た由井正雪にも分かる。

 男は構わずに続けた。

 

「俺たちゃ"魂"が三つ結合して枝分かれした奇形児だ。おかげで霊的臓器、霊的神経も繋がって、三人でひとり三人分の霊的回路が使える」

 

 それはすなわち「魔術回路」の事を言っているのだろう。

 

「おかげさまで感覚的な情報も繋がって、混線して三人の中でも混乱してた事もあったけど、そのせいで"思考の進化"だかなんかがあって、こういう景色も視えるようになった。……もっとも、こういう事象を体験して初めて分かった事だけどよ」

 

 この奔放で刹那的な言動の三つ子の誰もが、簡潔で短絡的な話し方をするために、少々伝わりにくいが、その言わんとしているところは由井正雪にも朧げに見えてきた。

 

「貴方たちは……第四方向──時を跨いでいる……?」

「そうだ」

 

 ぞんざいな身振りで男が肯定する。

 

「俺たち三人はいま、過去と現在と未来にいる。三人が"時の前後"に並び、時間を跨いで移動できる。──コイツはその"あっち方向"の視野だな」

 

 男が片手を振って、周囲の鏡面球体の壁を示した。

 

「見てろよ。情報によればここの未来に誅滅すべきターゲットがいる。誰も追ってこれねえとタカを括ってるアホ魔術師のケツをしばいて」

 

 ──男の口腔から後頭部にかけて、突如、脈絡無く瞳のような孔が開いた。

 

 前方の鏡面を突き破ってきた西洋大剣の切先が、男の顔面に突き込まれて後頭部へ突き抜け、飛び込んできたバーサーカーのような大男と共に、血を撒く男の死体ごと後方の鏡面へと突き抜けていった。

 この刹那に、一切の音が無かった。

 

「…………っ⁉︎ 」

 

 あまりにも唐突な出来事に、由井正雪には言葉も無い。

 一瞬の出来事で、「自分の肉眼を通して」のことで混乱したが、今のこの状況は「三つ子の男が持つ特性」によって、「時の流れ」を移動している最中。

 形而上、バーサーカーが前から後ろへと男を突き刺していったが、それは「未来から過去へ押し込んだ」と言う事だろうか。

 いったいこれはどういう事態なのか。

 訝しむうちに由井正雪の視界が輝度を上げたかのように白み、第四方向──全方位からの加速感を受けて平衡を眩ませる事しばし。

 

「あっ⁉︎ 」

 

 由井正雪が、陽光の元の砂利の上に転がり込んだ。

 

「クソがッッ⁉︎ 」

 

 見回せば、遠く街並みが見える開けた道路の脇の歩道の上。

 路肩にもくもくと黒煙をあげて擱座した車がある。

 ここは、移動中の先刻に少女のサーヴァントの襲撃を受けたあの場所だった。

 

「未来がぜんぶ殺されてんじゃねえかよ⁉︎ 」

 

──⁉︎

 

 そこに各々倒れ込む無傷の三つ子の男たち。

 そのうちのひとりが吐いた悪罵に、由井正雪は愕然と目を剥いた。

 

 

────◆

 

「この先に進めるのはひとりだけだ」

 

 辻松いつきが呟いた。

 山道をひとり、のんびりと歩いている。

 向かう先には妻の姿。娘によく似た顔立ちの辻松友里が笑顔で立っている。

 その足元には黄金の盃──"聖杯"がある。

 

「迷わずに、気をつけておいで。梨花」

 

 

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