【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ 作:鉄槻緋色/竜胆藍
「……あら?」
流し台で食器を洗っていた女性が、ふと気づいたように手を止めて、あらぬ方を見上げた。
「敵かッッ!」
ソファに寝転んでいた老爺が飛び起きると同時に、女性がサイドスローで投げ放った皿が老爺の額に直撃し、老爺はソファに倒れ込んだ。
「えっ⁉︎ な、なに⁉︎ 」
女性の隣で、洗浄が済んだ食器を布巾で拭っていた
「お静かに。大丈夫です」
口元に人差し指を立てて見せ、周囲を伺うように目線を巡らす女性。
その、頭頂部から伸びた、短い毛に覆われた二本のヒレのような部位が、ピクピクと動き、向きを変える。
(え? それ、飾りじゃなくて、耳?)
「そうですよ?」
「えっ⁉︎ 」
思考に返答をされて、梨花はさらに混乱した。
それでも、いろいろな疑問を抑えて、女性が気を張ること数分。
女性の頭頂部の動物の耳らしき部位が、ぺたんと脱力した。
「……もう、よろしいですよ。ごめんなさい、マスター」
「う、うん」
穏やかな表情に戻った女性が、梨花の手から、皿と布巾をやんわりと抜き取った。
「いま、この付近を、魔術で探る気配がありました。それはもう、どこかに行ってしまいました。大丈夫です」
「……え? 大丈夫なの?」
それの意味するところを朧げに想像した梨花は、底冷えを感じて身を竦めた。
「大丈夫ですよ。通りすがりの小虫のようなもので、こちらから大袈裟に騒がなければ、いずれどこかに行ってしまうようなものです」
「え? じゃあ、あの、あれは……」
言って、梨花が、額にコブを生やして昏倒している老爺を指さす。
「ですから、大袈裟に騒ぐと、かえって小虫を呼び寄せてしまうので、静かにしてもらいました!」
「えぇ〜……」
────◆
結局、手応えがありそうだった「辻松」も、コインを放り込んでも他所の魔術師と同じく中から探知魔術を放ったきり、家人が出てくるなどの動きも無かった。
──顔くらい見せればいいのに。可愛げのない。
──知ってます! こういうの「ピンポンダッシュ」って言うんですよね!
──知らない。
脳裏の声を切って捨て、港への道を進む。
あの程度の魔術師は、まだ他所にも大勢住んでいるだろう。
パーカー姿の少女は、スマートフォンの地図アプリに印をつけながら、夜陰に紛れて駆けていった。
────◆
「ところで、そろそろ呼び名を考えないと、今後の会話にも困りますね」
「え? でも」
初めて父の物置で出会った時に、自己紹介は済ませていたはずだ。
「先ほどご説明した通り、外で敵に聞かれますと、こちらの弱点を握られる事になります。かと言って、クラス名で呼ぼうにも、こちらは二人おりますので、やはり偽名の方が混乱が無いと思います。──まあ、あだ名のようなものと思ってもらえれば」
喧嘩すらろくにした事の無い梨花からすれば、弱点だの偽名だの、つくづく目からウロコが落ちる思いだ。
「では、私のことは、これからは「アルティ」と呼んでください。あの方は……「アーロンお爺ちゃん」と、親しみを込めて呼んでいただければと」
「アーロン、お爺ちゃん……」
「……ん、むむ」
そこで、額に皿をぶつけられて伸びていた老爺が、ソファに身を起こした。
「いや、ワシは寝ておらんぞ!」
「アーロンお爺ちゃん!」
「い?」
その目の前にやって来た梨花が呼びかけると、老爺は訝しむ目線を女性に寄越した。
女性は、悪戯っぽくウインクして親指を立てるのみ。
「……おお! 姫!」
概ね察したのか、老爺は跳ね上がると梨花の前で片膝をついた。
「ワシはこれよりアーロン爺なれば! 今後ともよろしくお願いしますぞ!」
────◆
広大な卯波港の並びには、ヨットやクルーザーが大量に係留されているマリーナがある。
ディートリヒはそこに自分のクルーザーを停泊していた。
その内部の豪華なキャビンのソファに、ディートリヒは苦虫を噛み潰したような顔で身を投げ出していた。
睨みつけているのは、摘み上げた手紙。
「なあにそれ。マスター」
そこに、長身の金髪の美女がやって来て、断りも無くディートリヒにもたれかかるようにして隣に座り込んだ。
豊満な肢体で絡みつくようにディートリヒの腕を抱き込む。
「……ああ。昔の職場からの手紙だよ」
「悪い思い出?」
「別に。オレは円満退職したつもりだったんだけどなあ」
「なんて書いてあるの?」
美女が、豊満な胸を押し付けながら問うてくる。
言うほどに興味の無さそうな声で。
それでもディートリヒは答えた。
「「時計塔」から、「この度の聖抜まことにオメデトウゴザイマス」だとよクソが」
忌々しげに吐き捨てる。
──「時計塔」とは、ロンドンに拠点を置く魔術の世界最高峰の巨大学府である。
続けてディートリヒが何事か呟くと、突如手紙が燃え上がり、消え去ってしまった。
「なにシレッとテメェらの手柄にしようとしてんだフザケやがって」
空いた手を枕に、ソファにより深く身を沈めた。
──魔術の最高権威ゆえ、覇を示す一端として聖杯戦争なる儀式に強く注目しており、過去数十年前に幾度か開催された聖杯戦争では、代表魔術師を派遣していた事があるらしい。
それがどういう訳か、今回の聖杯戦争に派遣できる人員がいなかったのか、かつて所属していたディートリヒが令呪を授かった事を知って、接触してきたのだ。
「──つまりは逆に、時計塔レベルの敵はいない、って事でそれはそれでまあアレだけどな」
「心配事?」
「ん。まあ──」
それでも丁寧に相槌を打ってくれる美女に、ディートリヒは少し、口篭ってから。
「「時計塔」に居場所が割れたって事は、
「どうして?」
「……あそこ出た後でちょっと、やらかした事があってな──」
脈絡なく起き上がった金髪美女が、流れるような動作で腕を振りかぶり、虚空から掴み取ったマスケット銃を窓に向かって撃ち放った。
それも一度ではない。撃ち終わったマスケット銃を手放すと同時に、その手に新たなマスケット銃が現れたのだ。
それを目にも止まらぬ速さで三度繰り返し、全く同じ射線を貫いた。
────◆
パーカー姿の少女は、卯波港のマリーナに辿り着いた。
税関や倉庫などは、思いのほか魔術品の気配が多く、ノイズとなって探知が難しい場所だった。
だが、それを目眩しにして潜んでいる者がいるのではないか、とアタリをつけて港の奥へ進んでみたところ、それを発見した。
係留桟橋に数多く並んでいるクルーザーのうち、一番奥で唯一灯りを点けている船舶の、乗り口に立つ人影を見つけたのだ。
──あれ、サーヴァントですよ!
──見つけた──!
パーカー姿の少女は、潜んでいる物陰で息を呑んだ。
──初めての対サーヴァント戦。
予め様々なプランを練ってきた少女だが、彼女をしても未知数の脅威に緊張を禁じ得ない。
だが。
──だいじょうぶ。上手くいきますよ!
──言ってくれるじゃん!
脳裏に閃くのんびり声の激励に、少女は犬歯を剥いて応えた。
マインドセット。自身を縛る緊張を解す。
そしていくつかのプランを思念でやり取りすると、パーカー姿の少女は動き出した。
クルーザーの乗り口と桟橋の間は、成人ならば簡単にひと跨ぎで渡れるほどしか空いていない。
にも関わらず、その人影は、わざわざ板を渡して、その上に立っていた。
見張りや門番役ならば、クルーザー側の縁に立っていればいいものを。
その時、桟橋を挟んだ斜向かいのクルーザーのキャビンに灯りが点いた。
──誰か来たのかな?
人影は、そう当たり前のように考えたが、即座に違和感に気付いた。
──誰もあのクルーザーに乗り込むところを見ていない!
「えいっ!」
同時に、やや間の抜けた女の声が聞こえた。
上だ。
慌てて人影が振り仰ぐと、隣のクルーザーの屋根の上から、何かの道具類のような物がいくつか放り投げられたところだった。
──なっ──⁉︎
あまりに場違いな物品の数々に、その人影は喫驚して混乱した。
しかも、それらの物品が全て、微弱ながら魔力を纏っていたのだ。
──何かの攻撃か──⁉︎
それは完全な意識の空隙。
その喉元に、ナイフが閃いた。
だが、その刃は空を切った。
「あれ?」
今度はすぐ傍から聞こえた、間の抜けた女の声。
その声の主めがけて、クルーザーの船内から窓を破って銃撃の三連射が襲いかかった。
────◆
マスターを中継器とした思念の対話での「コンビネーション」スキルによる完全連携。
クルーザーの渡し板の上に立つ事で「接舷」と見做す「接舷突撃」のスキルで、敵サーヴァントの不意打ちを完全に回避した。
そこに間を置かずに船内から撃ち込んだ「射撃」スキルによる三連射。
ほんの刹那に全力を投じたのに。
「──避けられちゃった♪」
「なにやってるのさ、アン!」
舌を出した苦笑顔で、己の頭を小突く金髪の美女──アンに対して、外の見張りに立っていた小柄な少女が船内を覗き込んで怒鳴りつけた。
「メアリーちゃんゴメンごめーん」
「許すまじ。ケバブにしてその無駄乳削いでやる!」
逃げ回るアンを、見張りの少女──メアリーが
「おぉーい。こういう時に、ニホンのサムライは警戒心を残して待つものだぜー」
未だソファにひっくり返ったままのディートリヒが呼びかけるが、ふたりのサーヴァントには聞こえた様子が無い。
メアリーが完全に怒り狂っている。
「……まあ、今夜は乗り越えられそうかな」
────◆
──アサシンクラス以外に完全回避スキルを持ってるヤツがいるなんて⁉︎
全速力で駆け込んだ輸出入コンテナターミナルの物陰で、フードをはぐって仰向けに転がったパーカー姿の少女は荒い息を整えようと空気を貪っていた。
「だいじょうぶですかあ?」
パーカー姿の少女の顔を、シルクハットを被った少女が覗き込んだ。
「っはあっ、あん、たっ、生きて、っはあ」
「はい! 生きてますとも!」
シルクハットの少女が、にっこり微笑んだ。
──パーカー姿の少女が、敵の見張りの死角から斜向かいのクルーザーに潜り込み、灯りを点けて気を引く。
シルクハットの少女が、倉庫から拝借した魔術品を抱えて、「気配遮断」スキルを発揮して別の死角から敵の見張りに接近する。
投げ込んだ魔術品を魔力チャフとして敵の目を撹乱し、「暗殺の天使」スキルで見張りに肉迫して。
それで終わるはずだった。
「なのに、船ン中からあんなに正確に狙って撃ってくるなんて」
「私もびっくりしました!」
「暗殺の天使」スキルの効果に完全回避が含まれていなかったら──
「……シャルロット。サーヴァントって普通の銃弾で傷つくの?」
「ううーん。痛いのはイヤだし、試したこと無いですけどー」
「あとで実験してみよう」
「いーやーでーすー!」
シルクハットの少女──シャルロットは、不意の銃撃をスキルの効果で回避した後、即座に霊体化してパーカー姿の少女の元に戻ってきたのだ。
「それに、あの銃撃はサーヴァントの攻撃でしたよ? 避けれてよかったー」
「……待って。船ン中にもう一騎サーヴァントがいたっての?」
「はい!」
「クソったれ! もう手を組んでるヤツがいたのかよー⁉︎ 」
「ラウラったら、お下品!」
「うるさい!」
ジタバタと腕脚を振り回したパーカー姿の少女──ラウラが、やおら上体を起こして向き遣った。
「……シャルロット。あんた、姿は見られたの?」
「敵さんがこちらを向く前に霊体化したので、見られてはいないと思いますけど」
「敵の姿は? どんな顔だった?」
「女の子でした。何でか口元だけスカーフで隠してましたけど、身体中見えるところは傷だらけでしたよ? まるで歴戦の戦士みたい!」
「じゃあ、後で詳しく聞かせて。──今日はもう、動きたくない」
そしてまた、コテンと仰向けに寝転がってしまった。
吸い込まれそうな、広大な星空を見上げて、大きく深呼吸した。
「ふふふ。そしたら、私が抱っこして、隠れ家までお連れしましょうか?」
「……目立つからナシ」
シャルロットの提案を、ラウラは手を振って素気無く却下した。
「も少し休憩したら動く。警戒よろしく」
「はい! おまかせください!」
気怠げなラウラの声に、シャルロットは元気な声で請け負った。
────◆
「ガキどもの足取りが取れた」
スマートフォンを下ろしてイサオ・インティライミが言った。
「ほう。もう調べがついたか。早いのう」
「便利だろ機械ってのは」
面白がるような美女に、イサオがスマートフォンを振って応える。
「「ウノハナカレイド」っつって、──まぁアレ、若モン向けのでっけえ商店街だ。そこで、白人の女のガキ連れてんのを、その仲間が見かけたのが最後だとよ」
「どんな
美女の問いに、やや鼻白んだイサオは、質問の意図に気付いて表情を堅くした。
「……言うには、小っさくて、髪が白、服も肌も真っ白なやつだったらしい。とびきり別嬪だとも」
「どこかの異国の魔術師か、あるいはサーヴァントか。いずれにしても、ずいぶん目立つ風貌だの」
「組のモンと、市長の手勢にアミ張らせて探させよう」
「ああ、待て」
スマートフォンを操作しようとしたイサオを、美女の声が制止した。
「体面はそれで良い。──が、実際に動くのは、あちらの手勢だけだ」
「……ああ、そりゃあ、そうだな」
美女の言に、得心したイサオはニヤリと顔面を歪めた。
「人間を細切れにするヤツだ。身内の犠牲は避けないとなあ」
「まっこと、然りよ」
巌の如き顔面の男と、冷厳な黒い瞳の美女の昏い笑みが交錯した。
────◆
全壊したアインツベルン城の調査は、いきなり難航を極めていた。
監督役・音峰或斗の胸に刻まれた七つの痣は全てが健在。
つまり、参加者はすべてサーヴァントを召喚している。
直接対面して訊いたわけでは無いが、アインツベルンの現当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン──またの名をアハト翁──に此度の聖杯戦争に参戦する意思があった事は、あらゆる調査で判明している。……もちろん御本人が直参する訳では無い事も。
にも関わらず、居城が全壊してなお聖堂教会はおろか、係累をはじめ外部と交信した形跡がまったく無い。
教会から調査員を派遣したが、アインツベルン城跡に接近した調査員のひとりが、魔術トラップに引っかかって片足を失いかけた。
その時点で調査隊はリーダーの判断で撤退したため、全壊した城の跡地の調査がいまだできていないのだ。
住人もいたはずだが、その所在と安否も不明なままだ。
──これが、アインツベルンの代表魔術師による判断の作戦であるならば、城への調査は「聖堂教会の聖杯戦争への介入」となってしまうが──
(セントラルタワーホテルの全壊までは想定していたが、まさか自宅を爆破する魔術師が現れようとはな)
眉をしかめた音峰或斗は、錠剤を口に放り込むと、コップの水で流し込んだ。
代行者に着任してからの人生で、胃薬を飲むのは初めての事だった。
────◆
「あー! お外はとっても楽しかったわ!」
純白の少女が嬌声をあげてベッドに仰向けに倒れ込む。
ふかふかのベッドに飛び込んだその花やぐ笑顔に、白絹の如き髪がルームランプの灯りを反射しながら遅れて舞い降りた。
ノースリーブのワンピースから覗く、折れそうに細く華奢な腕も脚も、まるで陶磁器のような透明感のある白さ。
その少女の美しさは、まるで現実離れしていた。
ここは、ウノハナセントラルタワーホテルの最上階層にある一室のベッドルーム。
今晩の休憩場所を求めてやって来たところだった。
空調も整っており、初夏の日差しの熱の残滓をも感じさせない快適な環境になっている。
「……ねえ、セイバー。わたしが眠っている間も、傍で護っていてくださる?」
うとうとし始めた少女がか細い声で問いかけると、ベッドのすぐ側に立つ高身長の偉丈夫が、精悍な顔に微笑みを浮かべて頷いて見せた。
「……嬉しい! わたしの、セイバー……」
微睡む少女を見守っていた男が、彼女が完全に眠りに落ちたのを確認すると、このスイートルームの出入り口に向かって歩いていった。
そこには、来る時に引きちぎって打ち捨てたドアと、こちらを覗き込む警備員数人の姿があった。
「ちょっとあんた、これはいったいn」
先頭にいた警備員の顎を掴み、男は一本だけ立てた人差し指を、己の口元に立てて見せた。
そしてそのままその警備員を高く掴み上げると、残りの警備員達に迫っていった。
【真名 解放】
◆ライダー/アン・ボニー&メアリー・リード
・マスター:ディートリヒ・フラゥゾマー
◆アサシン/シャルロット・コルデー
・マスター:ルング・ラウラ