【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

4 / 24
第四話 天網恢々

 港から大きな荷物を引き取ってきてからの翌朝。

 市ヶ谷(いちがや)建午(けんご)は、ユイと共に、それぞれ大きなダンボール箱を抱えて町を歩いていた。

 中にはどちらも雑多な物が詰め込まれているが、ユイが抱えている方が重い。

 だがサーヴァントの腕力なら造作もない重量だ。

 初夏とは言え、早朝のこの時間帯はまだ風が爽やかで過ごしやすい。

 土曜日が休日の人も多いのだろう。市街の人通りは多い。

 

「──あの、すみません。ちょっとよろしいですか」

 

 そのふたりの前を、二人の警察官が立ち塞がった。

 

「はい? なんでしょう?」

 

 市ヶ谷が、眠たそうな顔のまま、のんびりと応えた。

 その際市ヶ谷が、さりげなく警察官らとユイの間に遮るように身をずらした。

 警察官らに、それに気付いた様子は無いが、二人とも市ヶ谷を話し相手と定めて目線を向けた。

 

「そちらの女性とは、どういうご関係で?」

「ウチの従業員ですけど」

 

 そう語る市ヶ谷の姿は、まったく緊張の無い、リラックスした──まるで呑気なただの中年にしか見えない。

 

「失礼ですが、昨日、どこで、何をされていましたか?」

「あー。その前に、念のため、警察手帳を見せてもらっても、いいですか?」

 

 市ヶ谷の要求に、警察官らは特に不満げになる事も無く居丈高になる事も無く、ささっと手帳の身分証の部分をかざして見せた。

 

──本物だときた……

 

 素早く両者の手帳に目線を走らせた市ヶ谷は、胸中で溜め息を吐いた。

 

「あー、ちょっと、コレ重たいんで、降ろさせてもらいますね」

 

 警察官らが手帳を懐に収めている隙を突いて、ダンボール箱を車道とは反対側の地面に置いた。

 思念で打ち合わせたユイも、合わせて箱を地面に置く。

 

「──で、なにかありましたんで?」

「ええまあ、ちょっと事件がありまして、犯人の特徴が、そちらの女性の方と合致しているんですよ。すみませんが、署まで御同行願えませんか」

「お話は分かりました」

 

 市ヶ谷に遅れて立ち上がったユイが、真っ直ぐに警察官らを見つめて、凛とした声音で告げた。

 

「わらしが同行致します。よろしくお願いします」

「では、こちらへ。車がありますんで」

 

 言って、振り返った警察官二人が歩き出した。

 

 

────◆

 

 ディートリヒが勤めている税関手続き代行業の会社は、完全週休二日制であり、土曜日の今日から二日間は休日となる。

 

「とは言え、昨日の今日で出歩きたくねえんだけどなあ」

「従業員の福利厚生は、雇い主の責務でしてよ? マスター」

「そうそう。もういい加減、あそこのお宝も見飽きたしさあ」

 

 気のすすまない顔のディートリヒの左右の腕を、長身のアンと小柄なメアリーがそれぞれ抱き込んで町を歩いている。

 服装は三人ともカジュアルなスタイルで、特に外国人の居住者・観光客が多い卯波市の市街に違和感無く溶け込んでいた。

 ──と、言うには、メアリーの露出した肌に無数に刻まれた傷跡はいささか異様だが。

 

「令呪はファンデーションで隠せるけど、メアリーはなあ」

「ボクは気にしないよ」

「いや、目立つっつーか」

「ボクは気にしないよ!」

 

 今さら「女の子としての矜持」云々のハナシではなく、戦略上の問題点なのだが、メアリーも、アンもその辺は能天気だった。

 

「だいたいボクらは斬り込み部隊なんだから、隠れて芋ってるなんてアリエナイんだよ」

「そうですわマスター! どーんと打って出てこそわたしたちの能力は発揮されるもの。細かいことは気にせず参りましょう!」

「マジかー」

 

 女子ふたりに腕を引かれるまま、若干悲壮な表情で歩くディートリヒ。

 そうは言っても、アンとメアリーの腕を引く力は本気のそれでは無く、ディートリヒも完全に拒絶している訳でもない。

 

「──それに、昨夜お伺いしたお話によると、マスターは魔術師界隈のお尋ね者。賞金首じゃありませんか。まさか、老いて死ぬまで隠れおおせるとお思いで?」

 

 ──実は、漫然とそう思ってはいた。

 昨夜襲撃されるまでは。

 

「ああ、まあ、そうだな──」

 

 いや。令呪を得るまでは。

 

「──気が変わった」

 

 片眉を上げたディートリヒは、足を速めて二人を引く勢いで前に出た。

 

「マスター?」

「確かに逃げるのにも飽きてきたところだ! ふたりとも、パーッと楽しんで英気を養おうぜ!」

「その意気ですわマスt」

 

 そして即座に女二人を引っぱって塀に隠れた。

 

「……なにさ」

──警察(ポリツァイ)だ⁉︎

 

 見通しの良い開けた大通りには、大勢の人々が行き交っている。

 その中に紛れて、ツーマンセルで行動する警察官が何組も見えたのだ。

 

──何で、今日に限ってあんなに大量に出張ってやがんだ⁉︎

「マスター逆に怪しいって」

 

 メアリーが呆れた半眼で吐き捨てた。

 

「そうですわマスター。過剰反応は逆に彼らを呼び寄せましてよ?」

「……いや、分かってんだけど、それにしたって数が多いぜ。ちょっと待ってろ──」

 

 アンに応えてディートリヒは、自身の持つ魔術に集中した。

 

「──ad laetitia……」

 

 何事か小声で呟くと、ディートリヒは、今度は自然な歩調で大通りに歩み出た。

 そして周囲を見回す。

 行き交う人々の流れ。風になびく街路樹の葉擦れ。飛び立つ鳩のはためき。雲の流れ──

 それらを眺め遣る事しばし。

 

「──ああ。もう大丈夫だ。行こうぜお二人さん」

「はいマスター!」

「やったー!」

 

 喝采を上げる女二人を連れて、大通りを行き交う人波を横切って歩いてゆく。

 依然、この祭りのような混雑の中を、多数の警察官が歩き回っている。

 ディートリヒは彼らを注視せず、目の端で動きを伺う。

 彼らの動きは、ここを通過する途中のものではない。

 この群衆の中の何者かを探す動きだ。

 

──なんだってんだ、まったく。

──マスター。

 

 胸中で唾棄したディートリヒの脳裏に、メアリーの声が閃いた。

 

──おまわりさんがこっち見てる。三時、五時、九時。

 

 目の端でさりげなく確認すると、確かに左右から明らかにこちらを見つめて迫る警察官がいた。

 

──なあ。あいつら、メアリーを見てねえか?

──うん。そう。キモい。

(なんでただの警察官が、サーヴァントに用事があるんだ?)

 

 訝しむが、魔術は効果を継続している。

 その証拠に、メアリーのすぐ傍にいるディートリヒを気にかける視線は無い。

 ディートリヒは努めて普通の歩調で前進を続けた。

 

 

────◆

 

 いつもは被っているパーカーのフードを背中に下ろして、素顔を晒したラウラが雑踏の中を歩いていた。

 まるでカーニバルのメインストリートみたいな場所だ。賑やかな路上には、様々な露店やスナックワゴンが軒を並べている。

 行き交う人々も非常に多く、人種も様々であり、みな楽しげな様子だ。

 

──だいじょうぶですか? だいじょうぶですか?

「大丈夫だよ。この国じゃ面は割れてないし、こんだけいっぱいガイコクジンがいるんだから、分かりやしないって」

 

 脳裏でわたわたと心配の声を繰り返すシャルロットに、ラウラは軽く請け負った。

 ところが、背の高い人波の切れ目を縫ってこちらに突き刺さる視線を察知し、ラウラは身を固くした。

 

──なに⁉︎

──なんか、こっち向かって来る人が何人もいますよ⁉︎

 

 素早く見回すと、あろう事か四方の遠くから、ツーマンセルの警察官が人波を縫って、明らかにラウラ目がけて迫ってきているではないか。

 

──なんで⁉︎ どうして⁉︎

 

 ともあれ、ラウラは瞬時にマインドセットを切り替えると、僅かに身を屈めて移動を開始した。

 ラウラが本気になれば、すぐ側の群衆はおろか、日本の警察官とて撒くことは容易い。

 通りかかりの通行人を遮蔽として、素早く移動を繰り返し、あっという間にラウラはこのエリアから離脱していった。

 

 

────◆

 

「──凱さん。まず午前の時点で十四人の容疑者を確保した」

 

 時刻は十二時。

 卯波市役所庁舎の市長室で、スマートフォンを下ろした橋下辰志が(がい)さんに報告していた。

 

「もう既に、留置場に一人ずつ入れてあるそうだ」

「結構ですな! ──いちいち固有名詞が物騒なような気がするが」

 

 指揮棒のように指先を振って応えた凱さんだが、最後に小首を傾げた。

 

「まあいいでしょう! これから専門家と共に、確認して参ります! 市長殿におきましては、後の報告をお待ちあれ!」

 

 大仰な身振りを交えて告げた凱さんが、見た目よりも軽快に身を翻して市長室を辞した。

 

──さてマスター! 警察署に向かうとしよう!

──その前に、確認したい事があるんだけど、いいかな。

 

 歩きながら伝えた思念に、(こう)の据えた声音が閃いた。

 (こう)は、この市庁舎の市長室の真下、下階の空き部屋に待機していた。

 無断で侵入しているため、室内灯は灯していない。遮光カーテンの隙間から差す僅かな陽光のみで、非常に薄暗い。

 そして日射熱に焼かれた室内は、空調もつけていないため蒸し暑い。

 そこに霊体化して天井を抜けてきた凱さんが、改めて実体化した。

 

「どうした? マスター。確認したい事とは──いや暑いな」

「「留置場に入れた」って、どういう事」

「む?」

 

 初夏の密室に差し込まれた冷たい気配に、凱さんが片眉をしかめた。

 (こう)の目が据わっており、剣呑な気配を発している。

 その顔は青白く、静謐な怒りを湛えていた。

 

「昨日の虐殺犯──姿が割れた敵サーヴァントかマスターを人海戦術で探し出して、見つけたら僕らに伝える手筈じゃなかったの?」

「──うむ。そう言えばそういうハナシであったな」

 

 凱さんは、やや虚空を仰いでから肯定した。

 

「いやマスター、違うのだ。最初は確かにそのように指示をしていたのだ。だが市長から連絡を受けて来てみたら、こうなっていたのだよ」

 

 それを聞いた(こう)が、フレームレスの眼鏡を外して、空いた手で眉間を摘んだ。

 

「……接触した警察官が逆襲されるとか、考えなかったのかな市長は」

「──その考えには及ばなかったようであるな」

 

 凱さんは、呑気に頷くのみ。

 (こう)は眼鏡をかけ直して続ける。

 

「あとさ。誰かが警察官に連れて行かれただけで、それを見た他の一般のひとは、連行された人を犯罪者と思うものなんだよ。そのうえ留置場入りまでさせたら、もし無関係だったら、そのひとの人生はどうなっちゃうのさ!」

「ふむ」

 

 凱さんは、スーツの襟に埋まった境目が無い顎に手を遣り、黙考した。

 

「つまり、マスターは、集めた敵容疑者の扱いに不満があるのだね?」

 

 凱さんの導き出したところは、確かに正鵠を射ている。

 だがしかし、(こう)にとっては、そうであって「そうでは無い」のだ。

 

「……古代ローマとは違うんだ。そもそも誤りや疑わしきで、無実のひとが不当な扱いをされる事なんて、あってはならないんだよ!」

「なるほど! あい分かった!」

 

 両腕を広げて凱さんが首肯した。太い襟ぐりの肉にシワが寄った。

 

「愚かな行き違いは市長の責任だ。おかげで我々は後手に回ってしまったが、動いてしまった集団・組織にもそれぞれの(ことわり)があるのは、マスターも理解しているだろう?」

 

 凱さんが、(こう)に歩み寄り、肩を掻き抱……こうとして、この室内のあまりの蒸し暑さに密着を思い止まり、少し離れた中途半端な体勢でその両腕を広げて訴える。

 

「敵容疑者……いやさ「敵じゃないかもしれない候補者」を解放して厚遇するためには、切り札をひとつ切らなければならない。それを了承してくれるだろうか」

「ああ。構わないよ」

 

 もともと、凱さんが自主的にやっていた政治ゲームに対して、(こう)は興味を持っていない。

 懸念の解消の兆しが見えた事で、(こう)の放つ剣呑な気配がようやく霧散した。

 凱さんも安心したように丸い顔に穏やかな笑みを浮かべて、この部屋のドアを掌で示した。

 

「それでは、まず涼しい所に場所を移そう! この国の暑さはサーヴァントをして耐え難い! マスターの身体にも毒だ!」

「悪いけど、これからもっと暑くなるよ」

「オゥ……」

 

 凱さんの心底ヒいた顔は、なかなかレアだな、と(こう)の溜飲が僅かに下がった。

 

 

────◆

 

『──以上の事を警察署に言い含めて貰いたい。この用件を以て、先日の褒賞とする』

「は?」

 

 監督役・音峰(おとみね)或斗(あると)は、通話相手の発言内容を理解するのに数瞬の時を要した。

 

『だから、警察が勾留した本件の容疑者を、無条件で不問にし』

「いや、聞こえています」

 

 音峰或斗は、彼の言う「褒賞」とやらが何の事だったかを、本気で半ば忘れかけていた。

 

「了解しました。では、そのように」

 

 

────◆

 

「だが、十四人の女たちには、化粧を全て落としてもらったし、手首も洗浄してもらった。令呪の有無を確認するための口実だが、これは致し方あるまい?」

「それは、仕方ないね。僕もやってる事だし」

 

 (こう)の右手の甲側に顕れた令呪も、師匠から譲り受けたファンデーションでカモフラージュしている。

 セダンを運転しながら、皐はハンドルを握る己のその右手をちらと見た。

 現在、皐と凱さんは、十四人の女性を運ぶ観光用大型バスの後を追走していた。

 留置場から解放された次の移動先で、彼女らを確認するためだ。

 凱さんは、助手席のシートを大きくリクライニングさせた上でシートベルトを締めているのだが、それでも非常に窮屈そうだった。

 

「確認場所として、ウノハナセントラルタワーホテルの部屋を人数分用意してあるとも! 留置場に入れられた精神的苦痛に対する慰謝料は、聖堂教会が出してくれるそうだ! いかがかなマスター」

「そこら辺の折衝は流石だよね凱さん」

「そうとも! これぞ私の本分!本懐!本領だとも! ──ゆえに私を戦線に立たせるのは木に登りて魚を求むるが如き所業と言うか」

「そんなこと言って。武器を取っても強いんでしょ」

 

 皐の混ぜっ返しに、凱さんが呵々大笑した。

 

「はっは! 私のマスターもなかなかお上手だ! 誇るがいい! この私が褒めるほどなのだからな!」

 

 一見、皮肉とも取られかねない発言だが、それを感じさせないのもまた凱さん故だろう。

 皐も一緒に笑いながら、大通りを通過していった。

 

 辿り着いたウノハナセントラルタワーホテルの正面入り口には、少々過剰な警備態勢が敷かれていた。

 正面ターミナルからロビーまで、大勢のガードマンと、それに混じって警察官まで立っていたのだ。

 普段は縁のない場所ゆえ、皐にも普段の光景と比較する事はできないが、憩いの場所を提供する、とりわけ高級なホテルにしては異様だと感じた。

 

「──何かあったのかな」

「ふむ。聞いてこよう」

 

 先に到着した大型バスに乗っていた女性たちは、既にホテル内に移動している。

 見た目に似合わぬ軽妙な足取りでロビーに立つひとりの警察官に近寄った凱さんは、最初は素気無い態度の警察官をたちまち笑顔にして楽しく談笑すると、互いに拳を打ち合わせて手を振り、車を降りた皐の元に戻ってきた。

 

「ホントになんなのそのスキルは」

「──警備員が数人、殺されたらしい」

「ッ⁉︎ 」

 

 凱さんの言葉に、皐が息を呑んだ。

 

「上の高級スイートルームのドアが破壊されていたらしい。それの対応に向かった警備員たちが片端から殺されていたそうだ」

「それって……⁉︎ 」

「昨日の事件と似たような、無意味で無差別なやり口。十中八九、同じ犯人であろうな」

 

 凱さんの推測に、皐は愕然とした。

 そして、それを裏付けるかのように、無音で走り込んできた救急車がホテルの裏手へ回り込んでいった。

 

──完全に、十四人の無実の一般人を、不当に疑い貶めた事になってしまった──!

「いや。まだ彼女らの容疑は解消できていない。マスターと遠く離れて行動できるサーヴァントがいてもおかしくないからな。──どうせ上に向かう途上だ。私が霊体化して、女性たちの中にサーヴァントがいないか確認してこよう。マスターは先に上階に向かいたまえ」

「……わかった」

 

 二人は、ホテル内部へと進入していった。

 皐はエレベーターに乗り込んだ。

 だが、行き先階数を示すボタンの、最上階層の部分が「立ち入り禁止」としてお断りのシートで塞がれていた。

 とりあえず、普通に上がれる最上階のボタンを押す。

 やがて上昇を始めたゴンドラ内に、虚空から凱さんが現れた。

 

「早いね。どうだった?」

「サーヴァントの気配は無かった。いや、彼女たちには申し訳ない事をした。ひとえに市長が愚かな事が最大の原因であるが」

 

 重ねて凱さんが白々しく付け加える。

 皐は努めて無表情で聞き流した。

 

「このホテルの厚遇と提示した慰謝料で無聊を慰めてくれるといいのだが」

「ああ。まったく」

 

 ──今度からひとりで敵を捜索してみようか。

 皐は、胸中で詮無い事を独りごちた。

 

 

────◆

 

 ──同日の朝まで遡る──

 

「マスター。行きましょう」

「ああ。うん」

 

 立ち去ってゆく警察官を、市ヶ谷とユイは見送っていた。

 

「首尾は……大丈夫そうだね」

「もちろんです」

 

 ユイに同行を求めていたはずの二人の警察官らは、なんの疑問も抱かずに、彼らだけで向こうに停めてあるパトカーに歩いてゆく。

 まるでユイの事を忘れ、でも()()()()()()()()()()()

 

「「()()()」とは言ってませんから。言霊を操り、実在しない「・・・(わらし)が行きます」と思い込み、それを了承する事で完成する、簡単な呪的魔術です。わたしは今後一生・・・(わらし)とは発言できなくなりましたが」

「いやいや。凄いよユイちゃん。流石だね」

 

 ユイは澄まし顔のままだったが、市ヶ谷には胸のすく思いだった。

 

「せめて本当に座敷童子でも着いてってくれてるといいねえ」

「流石に精霊を喚び出すことは、私の手に余りますが」

 

 ユイの素ボケがトドメのツボに入った市ヶ谷は、口と腹と笑いを押さえてうずくまった。

 

「あの、マスター、大丈夫ですか?」

「──はっは! いやいや、ユイちゃんはやっぱり面白いひとだ」

 

 目の端に滲んだ涙を拭って、ようやく市ヶ谷は立ち上がった。

 

「……あー。とは言え、ユイちゃんとよく似た犯罪者がうろついているとなると、今後は公然と連れて歩くのは難しくなってくるなあ」

 

 しかもいま現在、二人で手分けして運ぶべき二つの荷物がここにある。

 

「とりあえず、僕はタクシーを呼ぶよ。ユイちゃんは、そこの陰で霊体化してからついてきて」

「承知しました」

 

 

────◆

 

──Los(ゴー)

 

 ディートリヒの思念での合図で、アンとメアリーが、それぞれ別方向に歩き出した。

 ただし、いきなり走り出さず、たまたま同じ方向を歩いていた通行人が、たまたま行き先が変わった感じで──

 ディートリヒの繊細な指示を、アンとメアリーは危なげなく実行した。

 

──そりゃただ歩いてるだけだからね。

 

 ぼやいたメアリーが視界の端で確認すると、先ほどこちらを注視していた警察官全てがメアリーに着いてきているようだった。

 

──マスター! 予定通り、おまわりさん全員来てる!

──よし。適当に霊体化して戻ってこい。

──アイ・サー!

 

 返答したメアリーは、路上のスナックワゴンの裏に回り込むと、人目が無いのを確認してから霊体化した。

 やがて、別方面の、植え込みを背にして立つディートリヒの元に、虚空からアンとメアリーが出現した。

 

「マスター! いえーい!」

「イエーイ」

「上手く行って良かったですわ!」

 

 三人で、掌を打ち合った。

 

「だけどアイツら、完全にボクのこと狙ってたよ? どういう事?」

「サーヴァントの面が割れてるなら、アンに注目するのがスジだ。特にお前らの場合にはな」

「と、いう事は、人違い?」

「だろうな」

 

 ディートリヒは、メアリーの白髪を乱暴に撫でた。

 

「なにすんのさー」

「どっかで帽子かウィッグでも買うから被っとけ。こんなに目立つアンをさて置くようなド変態警察官なんか、それで欺けるだろ」

 

 

────◆

 

「──連絡が来ねえな」

 

 昼を回ってしばらくの事。

 事務所のイサオ・インティライミが不機嫌に呻いた。

 

「あっちの手勢が全員死んだか? いや、そんなワケはねえな」

「残らず逆襲に遭ったので無くば、無様に空振ったか、あるいは……」

「あるいは、何でえ」

 

 漆黒の美女が、面白がるような目線で誦んじるも、イサオには考えが及ばない。

 

「なんだ。耄碌したかイサオよ」

「カンベンしてくれまだそんな歳じゃねえよ。──あぁあれだろ。アイツら、こっちに教えねえつもりか」

「然り」

 

 美女が鷹揚に頷いた。

 

「あ奴らだけで仕留められるのならば、こちらの手間が省けて結構な事よ。だが、同盟に対する礼節を軽んじられてはわしの沽券に関わる。ましてや、勝手に敗北などされては余計な損を負い込む事にもなる。──決してあってはならん事だ」

「だけど、どうするよ。行き先の目星も皆目見当も付かねえぞ」

「わしが出る」

 

 イサオは、言われた意味が一瞬分からなかった。

 そして目を半眼にし。

 

「──さてはお前、黒幕気取りに飽きたな?」

「そなた物言いは、もーちょい加減すべきだと思うぞわしー」

 

 美女が子供のように腰に両手を当てて言い募った。

 

「とは言え、戦局があまりにも静か過ぎる。あ奴らの手勢の捜索を躱した陣営も、何組かあろうな」

「他所の連中も、只者じゃねえってか」

 

 がらりと雰囲気を戻した美女の言に、イサオも頷く。

 

「どうせ奴の手勢が余所見をしている好機だ。イサオよ、今のうちに移動するぞ」

 

 そう言って漆黒の美女が踵を返した。

 





ユイさんの台詞を読み返したひとー。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。