【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ 作:鉄槻緋色/竜胆藍
「はい! できましたよ!」
「うわあ……!」
アルティの作業が終わって手を離すと、梨花はその痣ひとつ無い綺麗な右手の甲を見て感嘆の声をあげた。
「ほんとに見えなくなっちゃった!」
「これで、お出かけしても大丈夫ですね!」
言いながら、アルティは試供品のファンデーションの空き容器を丁寧にまとめてゴミ箱に入れた。
アルティが有り物の化粧品を使って、梨花の手に顕れた令呪にカモフラージュを施したのだ。
「マスターが、こういう便利な物を取っておいてくださって、助かりました」
「うーん。私、お化粧とかよくわかんなくて……」
駅前などで配られているものを、押しの弱い梨花では断りきれず、無視する事もできなくて受け取ることを繰り返して、溜まっていただけの物だ。
それが、思いがけず役に立った。
「せっかくですから、これを機に、お化粧の仕方など覚えてみてはいかがでしょう? 僭越ながら、私に分かる範囲でよろしければ、ご教授できますが」
「ええ〜! どうしようかな〜」
梨花の顔が、困惑とワクワクに揺れる。
「おお。それがよろしかろう! 華やかなれば、楽しくなるもの。覚えておいて、きっと損はしませんぞ!」
アーロン爺も笑顔で大きく頷く。
アルティもニコニコ顔で続けた。
「ええ、ええ。細かい事を言いますと、実はこのファンデーション、マスターのお肌の色と少ぉしだけ違うのです。ですから一度、違和感の無いファンデーションと、あとついでにお化粧品一式を求めて、お買い物に行くべきかと存じます。いかがですか?」
「うーーん」
梨花が己の右手を矯めつ眇めつしながら迷う。
ファンデーションだけとは言え、直接化粧を施すのは、梨花はこれが初めてだった。
目的は──まあ怖い事の対策だったが、直接その化粧の効果を見て、梨花の内に強い興味が芽生えた。
「……行って、みようかな」
決断した梨花に、アルティが笑顔で頷いた。
「かしこまりました! では、さっそく支度を致します! さあ、旦那様も」
「うむ!」
アルティとアーロン爺が、弾む足取りで奥の部屋へ向かっていった。
──ピンポーン!
自分も外出の支度しようと梨花が立ち上がったところで、インターホンが鳴った。
────◆
警察官を躱した市ヶ谷は、タクシーに荷物を載せて移動していた。
いま向かっているのは、卯波市の山の手の住宅街。
タクシーを呼んだ事で、「ついでの用事」を先に済ませた方が経路の効率が良い事に気づいたのだ。
──その御用事とは?
──僕の商売の、お客さんだよ。
脳裏に閃くユイの疑問に答え、シートの傍らに置いてある大きなダンボール箱から、辞書程度の大きさの包みを取り出した。
市ヶ谷の商売である輸入雑貨販売の、客からの注文の品である。
特に重いものでは無い。
──ご贔屓のお客さんなんだけど、出かけてる事も多いから、注文の品が届いても、なかなか渡せる機会が無くてね。ちょうど良かったよ。
──それにしてもマスター。この辺りは、魔術の気配が非常に多いですが、これは?
──ああ。この街は聖杯戦争ができちゃう土壌だからね。特にこの辺は魔術師のお宅も多いのさ。あまり気にしなくても平気。これから伺うお宅も──
「ああ。運転手さん。あそこです。あの反射鏡の手前辺りで一旦停めてください」
やがてタクシーが指定の場所で停まり、開かれた後部ドアから市ヶ谷が降り立った。
「すぐ戻りますんで、ちょっと待っててください」
運転席の年配の運転手に告げ、目的の邸宅に小走りで駆け寄って、インターホンを押した。
『はーい』
スピーカーからは、少女の声が応答した。
馴染みの客の、娘さんだ。
「どうもー。市ヶ谷ですけど」
『はーい。いま出ますー』
何度も会っているので、慣れたものである。
やがて、遠くの玄関が開かれて、少女が門の所まで小走りでやって来た。
何度見ても、広い敷地である。
「すみません。いま開けますね」
「いやいや。このまま受け取ってくれる? 今日はタクシー待たせちゃってるから」
慌てた様子で門の鍵を開けようとする少女に、市ヶ谷は門の上から包みを差し出した。
「あっ、はい、すみません」
ようやくこちらを見上げた少女が、両手を伸ばして、市ヶ谷が柵越しに差し出した包みを受け取った。
その時、市ヶ谷は、鼻腔に何かくすぐるものを感じた。
「あれ? 梨花ちゃん、お化粧した?」
「えっ⁉︎ 」
唐突に問われた娘──梨花が、ひどく喫驚した顔で目を白黒させていた。
──いっけね。
市ヶ谷は、己の失態に遅ればせて気付いた。
数年来の顔馴染みとは言え、梨花はお年頃の少女である。
その彼女に対して、市ヶ谷のような中年男性から香りに反応するような発言をする事は、非常にデリケートな部分に抵触するハラスメント行為である。
「いやゴメン! なんでもないよ! じゃあね! お父さんによろしく言っておいてよ」
市ヶ谷は慌てて捲し立てると、頭を掻きながらタクシーまで逃げるように駆け戻った。
「──じゃあ運転手さん、お願いします」
タクシーが、市ヶ谷を乗せて再び走り出した。
──やっちゃったー⁉︎
──なにをやっちゃったんですか?
両手で顔を覆って後部シートにうずくまる市ヶ谷が、脳裏でユイに問われた途端、仰け反って激しく身悶えし出した。
──やめてー⁉︎ ユイちゃんにマジトーンで追求されると効くからやめてー⁉︎
「お客さん⁉︎ 具合でも悪いですか?」
「いや大丈夫ですー!」
後部座席の振動に気付いた運転手の問いかけに、市ヶ谷は必死に平静を装って叫んだ。
────◆
いつもの父の知り合いから包みを受け取った梨花が、玄関に戻ってきた。
「──ぅわっ⁉︎ 」
そして、玄関で待ち構えていた二人の物々しい態勢に喫驚した。
アーロン爺は、黄金の西洋甲冑姿。アルティも、初めて見た時のエプロンドレス姿。
アーロン爺の手元からは視界の外、天井まで届く大槍まで持ち出して、二人とも表情を硬く険しくしていたのだ。
「な、なに⁉︎ どう、どうしちゃったの⁉︎ 」
「マスター、ご無事で?」
アルティが、悲壮な顔で問いかけてきた。
「う、うん。ぜんぜん平気だけど……どうしたの?」
答え、再度アルティに問いかけた。
二人が顔を見合わせ、改めて梨花を見つめると、アルティが語り出した。
「──さっきまで、外にサーヴァントの気配がありました」
その言葉の意味する所を、梨花の頭脳が咀嚼して理解するのに数瞬の時を要した。
「えええっ⁉︎ どど、どこに⁉︎ 」
「相手は霊体化していたようなので、どこ、とは分かりませんが、先ほどの客人がお見えになるくらいから、立ち去るまでずっと、この家の近くにいたのです」
「ええー⁉︎ 」
たちまち底冷えのする恐怖が這い上がり、膝がガクガクと震え出した梨花は、たまらず包みを抱いたまま座り込んだ。
「こっ、こここ、殺され──⁉︎ 」
「落ち着いてくださいマスター。大丈夫です」
慌てて屈み込んだアルティが、梨花を抱きしめた。
「敵にその気があったなら、必ず私どもがお護り致します! 先ほどのサーヴァントにどのような意図があったかは知れませんが、攻撃の意思は見られませんでした!」
アルティが必死に宥めるが、梨花の震えはなかなか治まらない。
「失礼します。楽になれる場所にお運びしますね」
言って、アルティが梨花の矮躯を軽々と抱え上げ、全身甲冑姿のアーロン爺と共に奥の部屋へと運んでいった。
その際、アーロン爺が担ぐ大槍の先端が、派手な音を立ててドア枠や天井やあちこちに激突していった。
「旦那様! しぃー!」
「はっ! こりゃイカン!」
────◆
黒塗りの、大きく威圧的な高級外車が市街を走り抜ける。
それも、不自然に前後に長いリムジンだ。
卯波市は山の手の住宅街を通過する中、最後部シートに腰掛ける漆黒の美女が、黙って車窓を見つめていた。
「なんか気になるものでもあったかよ」
最後部シートと向かい合わせに配置されたシートにどっかりと身を預けるイサオ・インティライミが問うた。
リムジンの客室は、まるでVIPルームさながらのゴージャスな内装を設えている。
そこに冷厳な面立ちで腰掛ける漆黒の美女の、なんと映える様よ。
イサオをして「よく似合う」と思わしめるほどの光景だった。
「──いや。この辺の魔術師どもを一括徴用すれば、膨大な魔力が得られような。と」
イサオの意識が空白になった。
それはあまりにも思いがけない──突飛な──理屈に合わない──初歩以前の……馬鹿げた……どんなに頑張っても丁寧な表現が見つからないほどに無意味な発言だった。
──今すぐそのVIP席に似合うと思った感想を返せ!
イサオの意識が復帰するまでに、思いがけないほどの時間がかかった。
「どうした? イサオ。顔面神経痛か?」
「──そうか、俺がこのポーズをすると、そう見えるか」
片手で顔を覆っていたイサオは、ようやく身を起こして体勢を取り戻した。
「いや、噂の大うつけ殿の崇高な思考は、俺みたいな
「なんじゃそのアホみたいな日本語はー」
「テメエに言われたかねえよ⁉︎ 」
半眼で告げた美女に、イサオが一転して吼えた。
「魔術師がどういう動物か分かってるよなあ⁉︎ 行政の言う事も聞かねえから支配も指図も聞かねえし、あいつらまとめてミキサーにかけてジュースにしたって腹ぁ壊すだけだ前にも言ったよな⁉︎ 」
「じゃから、地域を統治するのは、あの金柑頭を下してからにすると、わしも言ったじゃろー。──おいどうした急に白眼を剥いて。面白い顔じゃのー」
どうしたと言われても、自分でもどうしたら目玉が元の位置に戻るのかさっぱり分からない。
──コイツの言っている事が分からない。
漆黒の美女との長い付き合いの中で、こういう事は、ままあった。
時々、いち地方のヤクザには想像の及ばない発言をする。
(まあ、要は、霊脈を得るために住民をどかすとか、なんかそういうつもりなんだろう)
なにしろ相手はあの有名な大魔王様だ。
時々思考のレベルが天元突破する悪癖がある──イサオはそのように解釈して付き合っていた。
やがてアインツベルン城跡にイサオと美女は辿り着いた。
リムジンは、近くの道路の立ち入り禁止のバリケードの手前に待たせてきた。
そこから徒歩でアインツベルンの森へ分け入り──道中のアインツベルンの結界を、イサオの魔術で躱しながら──開けた場所、広大な瓦礫の山の前に出た。
「ほほう。綺麗さっぱり無くなってるのう!」
「こりゃあすげえや。けどよ、お前さんもこれくらいできるんじゃないか?」
「造作も無い」
「そりゃ頼もしいや」
言いながら、イサオが瓦礫に近寄って検分する。
それらを回り込んで、元は地階の大広間だったらしき場所に出た。
中央に、巨大な穴が空いていた。
それは地下階層まで貫通している。
「──ああこりゃあ、霊脈もズタズタだな。アテにするんなら、時間をかけて仔細に調べる必要がある」
穴の淵に屈み込んだイサオが、ひと回り眺めてそう言った。
「それは後でゆっくりやれば良かろう。それよりも、本題に入ろうではないか。──なあ! そこらに隠れている者どもよ!」
美女が突如、良く通る大声を張り上げた。
それは凄まじい声量、凄まじい覇気だった。──それこそ大軍同士の乱戦の最中でも響き渡りそうなほど。
「事ここに至っての探り合いは好かん! 勝手に始めるゆえ好きに踊るが良かろう!」
言うと、冷酷な微笑を浮かべた美女と傍のイサオの周りに、虚空から無数の棒状が現れた。
それは木製の台座に鉄の筒を載せ、火を灯した縄を摘む口金を取り付けた──日本の銃の祖、火縄銃。
それら長身の鉄砲が、無数の火縄銃が宙に浮いたまま全方位へと砲口を向けているのだ。
「いざ、火蓋を切らん! 放てェ!」
美女の号令と共に、全方位への一斉砲撃が放たれた。
────◆
(なんだアイツ⁉︎ )
ラウラとシャルロットは、瓦解したアインツベルン城跡地から離れた木陰にいた。
覗き見ていたその漆黒のスーツの女が展開した攻撃に、驚愕して目を見開く。
まるでハリネズミのように無数のマッチロック・ガンらしき物を虚空に召喚して、全方位に乱射し出したのだ。
辺りの木々が弾け飛ぶ。
しかも良く見れば、一度発射した銃はすぐに消えて、代わりの銃が現れては撃つ事を繰り返している。
その上、古式めいた銃の割に、城の瓦礫をも撃ち砕くデタラメな威力。何者かは知らないが、相当に名のある英霊のようだ。
──だが、その傍らにいる男の顔は知っていた。
──あのオッサン、賞金首のマフィアじゃん!
確か、名をイサオ・インティライミ。日系ブラジル人の魔術師くずれ。
まさか聖杯戦争に参加していようとは。
──どうします? マスター。
シャルロットが「マスター」呼びで問いかける。
──殺すか。
シャルロットならば、遮蔽を迂回して暗殺する事は造作も無いだろう。
この銃の乱射、黒衣の女は先程ああは言ったが、この森にラウラ達がいると確信しての発言ではないのは確実だ。
なぜなら、気配遮断スキルを持つシャルロットはもちろん、ラウラが纏うパーカーも気配隠蔽の魔術を編み込まれた逸品。
ここにいると知っているなら、まっすぐ狙撃してくるはずだからだ。
──もっとも、あの古めかしいマッチロック・ガンの命中精度では、あの距離から一発でこの場所のラウラ達に当てる事はできまいが。
そして、この場で最初に暗殺するとしたら、イサオの方だ。
遠くで見づらいが、手の甲に赤い痣──令呪のようなものが見える。間違い無くイサオがあの女のマスターだ。
サーヴァントは、この世の
だが、即時消滅とはいかないらしい。
懸念点は、「二対一では、一方の暗殺に成功してもシャルロットが反撃に遭う恐れがあること」と、「もしあの女がアーチャークラスで、単独行動スキルを持っていた場合には、マスターを失っても暴れ続けるだろうこと」だ。
──オッサンの方はいつでも探せるから、無理を押してアイツらの暗殺を急ぐことはないけれど。
(さて、どうしようか──)
魔力の弾丸が掠め飛ぶ木陰で、ラウラは黙考していた。
────◆
──あのサーヴァント。
──どちら様ですか?
市ヶ谷とユイが、思念で会話していた。
今ふたりは、瓦解したアインツベルン城跡地から離れた木陰にいた。
──種子島に初めて伝来した鉄砲の、独自製造を命じられた
市ヶ谷は、あのサーヴァントの正体を考えあぐねていた。
──それとも、池田せんさんかな?
──どちら様ですか?
──かの織田信長の乳兄弟の、
──マスター、博識ですね。
──まあね。仕事上いろいろ関わるおかげでね。
続いて市ヶ谷は、サーヴァントの傍らに立つ男を見た。
──隣の男の人は知ってる。地回りのヤクザの組長さんだ。
──お知り合いですか?
──いんや。だいぶ前に一回だけ注文を受けたことがあるだけ。でも、ここの地元じゃ顔役の有名人だよ。
──では……。
脳裏に閃くユイの声が、一瞬、言い淀んで。
──ここで無理に戦わずとも、敵マスターを後で押さえる事ができる──?
──ユイちゃん。無理しなくていいからね。
──ッ⁉︎
脳裏に、息を呑む気配が聴こえた。
──わ、私は──
──もちろんユイちゃんの能力を疑うものじゃないよ。得手の向きの問題さ。ユイちゃんには、頑張ってサーヴァントと戦ってほしい。いいね?
──……はい。承知しました。
(さて……)
市ヶ谷は、状況を見直した。
敵サーヴァントは相変わらず虚空に浮かべた銃を乱射し続けている。
付近の城塞の瓦礫が片端から穴だらけになり、見るみる粉砕されてゆく勢いだ。
──もうひと組、城の向こう側にいるみたいだけど、どう出るかな。
──動きませんね。
その気配を伺って、脳裏で語る。
──せっかくだし、ご挨拶くらいはしたいよね。
──御随意に。マスター。
────◆
黒スーツの美女は、景気良く無数の火縄銃の召喚を繰り返して辺りを乱射していた。
──本当に、いるんかねえ?
──いるとも! 聖杯戦争に意欲的な者ならば、陣を敷くならばここを置いて他に無い!
イサオの思念の問いに、美女が機嫌良く応えた。
「まあ、いたとしても、とっくに蜂の巣になってるやもしれんg」
「いけ! セイバー!」
突然、脇の森からハスキーな声が響き、大木の影から人影が飛び出してきた。
「──ほう?」
美女が即座に眼を向けた。
それは日本刀を下段に構えて走る白髪の武士だった。
──白髪の、……セイバー⁉︎
──昨日のコロシの犯人か!
美女とイサオが、その符合の一致に得心した。
それは中性的な容姿で、浅葱色の羽織を纏い、履物は草履と言う全くの武士。
長く綺麗な白髪を、後頭部で結い上げている。
日本人離れした容姿ではあるが、
「何者か! 名を名乗れい!」
言いながら、美女は白髪の武士に向けて大量の火縄銃を虚空に並べた。
別に名などどうでもいい。如何にも実直そうな見た目だったので、武士の慣習の隙を突いて撃ち殺す算段である。
ところが、全く同時に、その剣士も片手に何やら円錐形の筒を取り出して、細い方を口元に当てたところだった。
『ゆイshouSE────!!!』
「ッッ⁉︎ 」
轟音。
突如、美女の鼓膜を間近の雷の如き
あまりの想定外の事象に喫驚した美女は混乱し、内耳の激痛に苦悶して美麗な顔を歪め、虚空の銃が制御を離れてバラバラと地面に散らばって消えた。
「があッッ⁉︎ 」
イサオが耳から血をしぶかせて悶絶した。
両手で頭を抱えて転げ回る。
「しまっ……⁉︎ 」
美女が平衡を取り戻すよりも早く、白髪の剣士は疾風の如き足速で肉迫してきた。
それは刀の間合い。
逆袈裟に振り上げた剣閃が、過たず美女の胴脇腹を抉り──
────◆
(少なくとも、若狭さんじゃ無さそうだな)
寸手のところで、何処からともなく取り出した刀でユイの初太刀を受け止めた敵サーヴァントを見て、市ヶ谷は独りごちた。
間断を置かずユイの剣閃の猛攻が始まるが、敵サーヴァントも負けず劣らずの剣捌きで応じる。
先の作戦が効いたのだろう。敵サーヴァントの顔は苦悶に歪んだまま。ユイの剣閃に応じ切れず、脇腹を始めいくつもの傷を負っていた。
そしてその傍に、イサオ・インティライミ氏があの大音量のダメージをモロに受けて、無様に転がっている。
敵サーヴァントがイサオを捨て置かずに応戦している以上、彼がマスターで間違い無いだろう。
(そして、敵サーヴァントはセイバーでは無い。間違い無くアーチャーだ)
なぜなら、こちらのセイバーであるとの名乗りに対して反論してこなかったから。
(──いや、こちらの名乗りに怪訝な顔をしたな)
市ヶ谷は、ユイの声を聞いた敵サーヴァントの、僅かな反応を見逃さなかった。
(まあ、敵がこちらのクラスをどう思おうが、看破されなければ問題ない)
市ヶ谷は、輸入雑貨の貿易商の傍ら、様々な魔術道具を蒐集していた。
半分は趣味だったが、ユイが来てからは実戦的なもの、聖杯戦争に使えそうなものを買い集めた。
ユイに持たせた円錐形の魔術道具もそのひとつ。
──まず、マスター隠蔽策と、クラス詐称策として、ユイ自身にセイバー出撃を促す台詞を言ってもらい、そのままユイ本人が突撃する。
そして近距離でその魔術道具──指向性拡声器で大声で叫んでもらった。
まずは作戦が上手く嵌ってくれた。
そして、いくつか気づいた事がある。
敵サーヴァントが取り出した刀の、鍔と柄の拵えから連想される人物がいた。
──だが、性別が異なる。
その謎を解く答えは、市ヶ谷自身のサーヴァントが持っていた。
(──まさか。もしかして。アレ、織田信長か──?)
辛うじて、それを思念対話に乗せない自制が効いた。
ユイに聞かせるには、あまりにもショッキングな情報だからだ。
──それよりも、次の手を打つタイミングが来た。
──進退は任せるよ。勝てるなら倒していいし、無理そうなら無理はしないで。
──了解。
──それと──
────◆
(チャンス!)
ラウラはシャルロットを伴って移動を開始した。
マッチロック・ガンの乱射は止まっている。虚空の銃は落ちて消え去り、新たに銃が現れる様子も無い。
後から現れたサムライのサーヴァントがセイバーなら、黒衣の女はアーチャーで間違い無い。
奴らはお互いに集中しており、イサオはどういう訳か耳から血を流して地面に倒れている。
しかも、上手い具合に黒衣の女サーヴァントがこちらに背を向けている。
地面に倒れるイサオを庇ってか、頑なにサムライのサーヴァントの回り込みを許さない構えか。
──なんて好都合! シャルロット! 黒服の女をやっちゃって!
──了解でーす!
木立を素早く移り渡り、気配遮断スキルを発揮したシャルロットが、刀で激しく打ち合うサーヴァントの背に迫っていった。
────◆
高い木立を蹴って、それが高空へ飛翔した。
それは凄まじい跳躍力だった。
自身の巨体と、その背に真白き少女を抱えて、かつてそこにあった城塞をも越える高さへ至ったのだ。
上等な衣服を内側から圧し上げる筋肉の逞しさたるや。
見下ろす遥か遠くの地表には、剣戟を繰り広げる二騎のサーヴァントが見える。
探知によれば、あの付近に三人三騎がいるはずだ。
それならば。
「──やっちゃえ! セイバー!」
華やかな笑顔で少女が命じた。
少女を背に抱える偉丈夫が、精悍な笑みを深めて片手の大剣を振り下ろした。
剣閃の軌跡から、白光が迸った。
それは陽光よりも眩く、稲妻よりも迅速に、怒涛よりもいや激しく地表へと殺到した。
それは、地表の何もかもを巻き込んで、荒れ狂い、掻き乱し、焼き爆ぜて全てを薙ぎ飛ばした。
【真名 解放】
◆アーチャー/織田信長
・マスター:イサオ・インティライミ