【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第六話 繚乱錯綜

 

「ふぁっ……⁉︎ 」

 

 不意な衝撃を感じ、梨花は跳ね起きた。

 

「目が覚めましたか? マスター」

 

 寝かされていたソファから上体を起こすと、アルティがリモコンを持って、このリビングのテレビの電源を入れたところだった。

 

「……もしかして、いま、揺れた?」

「ええ」

 

 梨花の問いに、アルティが答え、再び画面を見つめる。

 なぜアルティがテレビを点けたのか、理由が分からず不思議に思っていたところで、やがて現れた番組の、その最中に軽やかなメロディが鳴り、画面の上端に「ニュース速報」のテロップが表示された。

 

(……あ。地震……)

 

 アルティは、今のその揺れの情報を求めてテレビを点けたようだった。

 ニュース速報曰く。

 ──本日、14時55分頃。アインツベルン城にてガス爆発が発生した模様。

 

「え……?」

 

 ──昨日の未明の爆発から二度目。警察は地下ガスが再び充満しての爆発と見ており、現在原因を調査中。アインツベルンの森を全面立ち入り禁止区域とし──

 

「マスター。昨日も、このお城で爆発が起きたのですか?」

「え? うん」

 

 アルティに問われ、梨花が答えた。

 

「このお城──アイン、ツベルculo……」

「アインツベルン城?」

 

 発音に馴染みが無いのか、珍しく言い淀むアルティに、梨花が丁寧に名前を言い直した。

 

「はい、その、アインツベルン城は、この近くにあるのですか?」

「うん。昔からあるお城で、外国の人のお城で、周りの山とか森もその人のなんだって」

 

 答えた梨花が、スマートフォンの地図アプリを起動して、表示された地図を摘んで広域表示にしてテーブルに置いた。

 それを、アルティとアーロン爺が覗き込む。

 

「ここが私ん()で、アインツベルン城がここ。その周りがアインツベルンの森」

「ははあ。……ここからおよそ十キロメートルですか」

「え? 分かるの?」

 

 アルティの概算に、梨花が目を丸くした。

 

「ええ。ここの尺度の目盛から見た、だいたいの距離、ですけど」

 

 画面を指さして言ったアルティが振り返る。

 そこにあるのは窓だったが、その目線は遠く、方角もおよそアインツベルン城の方向だった。

 

「……さすがに、あの微振動以上の影響は、もう無さそうですね」

 

 

────◆

 

 メインストリートの端のテラスで腰掛けて、ディートリヒとアンと、黒いロングのウィッグを被ったメアリーがめいめい食事をしていた。

 ──群衆を捜索する警察官の数は相変わらず多いが、もうメアリーが注視される事は無くなった。

 ディートリヒがホットドッグにかぶりついたところで、目線の先、遠くの大きな交差点を、派手に損壊したリムジンが駆け抜けていった。

 

「っふ! 見ろよあれ! クールな改造してやがる!」

「あら、まあ」

「天井やぶけてんじゃん」

 

 まるでコンビーフの缶詰の開封に失敗したかのように破損した天井を抱えたまま、リムジンは走り去っていってしまった。

 付近の通行人の何人かが振り返って見ていた。

 

「っは! どうすりゃあんな壊れ方するんだろうな」

「例えば──」

 

 笑いが治まらないディートリヒに、アンがストローでドリンクの氷をかき混ぜながら応えた。

 

「例えば、サーヴァントが慌てて上から緊急乗車した、とか」

「それとも、取り付いてきた敵サーヴァントを天井ごと吹き飛ばしたとか!」

 

 メアリーも面白そうに付け加える。

 

「やっぱ、そう考えるよな。──さっきの揺れと言い」

 

 先刻の微弱な地震を、ディートリヒらは感じ取っていた。メインストリートを歩く群衆には、微弱過ぎて然程気にした様子が無かったが。

 食べ終わったホットドッグの包みを丸めてディートリヒは己の指先を舐め。

 

「あのリムジンが来た方──アインツベルン城か」

 

 

────◆

 

 高速で迫り来る気配に、一番最初に気付いたのは、市ヶ谷とユイのふたりだった。

 市ヶ谷は、「魔術的陣地を間借りする」魔術道具を用いて、アインツベルンの森の結界の機能をジャックして一部借用していた。それによって森の侵入者を察知し、思念の対話でユイにも逐一情報を伝えていた。

 故に、織田信長を挟んだ向こう側にいるラウラとシャルロットの所在も把握していた。その動向も。

 そのふたりの気配が接近し、一方の反応が消失しても、残る反応が移動を続けていたため、市ヶ谷は消えた反応をアサシンのサーヴァント、残る反応がそのマスターだと判断した。

 恐らく、この場で一番の脅威である織田信長に攻撃するつもりなのだろう。

 市ヶ谷には、敵のアサシンがどれほどの力量を持っているかは分からない。もしかしたら、ユイと織田信長をまとめて殺す算段かもしれないと考えた。

 であるならば、市ヶ谷は、アサシン警戒と、アサシンへ挟撃を促すために、ユイには「敵の移動を許さないように」「敵の背を指定の方向に維持せよ」と指示していた。

 ──この時に、別方向から急接近する反応を察知した。

 直後に膨れ上がった、強大な魔力も。

 この感覚もユイに伝わっている。

 それはヒリつくほどの殺意が込められていた。

 

──逃げろ! 全力で退避!

 

 市ヶ谷は思念で叫び、己も木立を陰にして全力で走り出した。

 

 

────◆

 

 黒スーツの美女──織田信長は、腕に覚えた剣術で白髪の武士に応戦しながら、内心では物凄く焦っていた。

 

──よもやまさか、猿吼(ましらぼ)えが如き大音声(だいおんじょう)で耳を突くという奇策に翻弄されようとは。

 

 サーヴァントである自分はともかく、イサオは鼓膜を破られ、その激痛に半狂乱しており思念もまともに通じない。

 敵サーヴァントの剣閃の冴えは凄まじく、火縄銃を召喚する暇も無い。

 だが。

 

──貴様は「セイバー」では無い!

 

 剣技では誰にも劣らぬ自負があるとは言えど、此度はアーチャークラスを得て現界した身。

 しかし、その自分の腕前でも浅い傷を受ける程度で凌げる──その程度の敵である。

 

(何を企んでクラスを詐称したのかは知らんが、我が命には届くまい!)

 

 遅れは取ったが、剣戟は拮抗しつつある。

 あと何手かで火縄銃を喚べる見込みだ。

 ──敵の武士が後ろに跳んだ。

 

──なにを──

 

 戸惑いはあれど、霊基(からだ)が覚えている。

 瞬時にその彼我の間に、大量の火縄銃を並べた。

 同時に、信長の眼前に炎が現れた。

 

──敵サーヴァントが手振りで何か──魔術の炎──火の礫か──火炙りか──

 

 ほんの刹那に同時に連想する。

 

──炎に巻かれる──燃える板の間──あの金柑頭が──!

 

 それは霊基に刻まれた記憶。織田信長を構成する特性。故に反応せずにはいられない。

 だが、その炎を上げて敵サーヴァントがした事は、更なる後方への跳躍だった。

 

──阿呆が! その程度の後退で鉄砲から逃れられるものか!

──何故、間合いを広げたか──?

 

 異なる思考が同時に閃いた。

 

「──やっちゃえ! セイバー!」

「は?」

 

 唐突に降ってきたのは少女の声。

 織田信長が見上げた高空にある人影。

 煌めく白髪の少女と、それを背負う南蛮顔の偉丈夫。

 どこからか跳躍してきたのか、その身は宙を舞っていた。

 その大男が、煌々と輝く大剣を片手で振り下ろすと、怒涛の魔力が渦巻いて殺到してきたのだ。

 

──最近はセイバークラスを名乗るのが流行っとるのか?

 

 詮無い事を思いながら、想定外が刹那で連続する状況の中、それでも織田信長は対応した。

 

 

────◆

 

 燃え盛る町の中を逃げ惑いながら、ミサイルが着弾する様を遠くに見た事があった。

 ──それが目の前で起きたかのような衝撃だった。

 

──う わ あ あ あ あ あ !

 

 自分の絶叫も聞こえない。そんな凄まじい轟音。

 あれの直中にあって生きていられるはずがない。すぐに炎に巻かれて自分は死ぬのだ。

 ──が、それ以上、痛みも熱も、何も襲ってはこない。

 ふとラウラが我に帰ると、誰かに抱えられて運ばれている所だった。

 見上げた視界の先を、疾く過ぎてゆく森の木漏れ陽。

 

「ー! マスター! しっかりしてください!」

 

 脳裏と耳に同時に声がする。

 ラウラを抱き上げて走っていたのは、シャルロットだった。

 

「──あ、あれ? 無事──」

「はい! なんか、運良く助かっちゃいました!」

 

 シャルロットに抱えられたまま、首を伸ばして後方を見遣る。

 さっきまでいたであろう地点は、うねる炎と土埃に巻かれて何も見えなくなっていた。

 ──マインドセット。ラウラは意識を切り替える。

 

「何が起きたの?」

「上から魔力が降ってきました!」

「そのあと」

 

 ラウラは抱えられたまま素気無く先を促す。

 

「黒スーツの女の人のすぐ後ろまで近寄ったところで、大爆発が起きたんですけど、ちょうどあの女の人が盾になる角度で爆発して、女の人がこっちに飛ばされてきたんです! それにぶつかって、一緒に転がってたんですけど、なんでか私は無事だったから、そのまま逃げてきました!」

 

 ──そして今に至る、か。

 ラウラは、シャルロットの呑気な長広舌を整理して理解した。

 

「それで、あの女は?」

「さあ? 暗殺に失敗したから、脇目も振らずにラウラのこと抱き上げて逃げてきましたから」

 

 マッチロック・ガンの追撃も無い以上、あちらもあちらで手一杯なのだろう。

 あの爆発で、あの場にいた敵サーヴァントたちが多少でもダメージを負ってくれてればいいのだが。

 ──それにしても。

 市街のメインストリートで遊ぼうとして警察官に追われて撒いて、身を潜める場所を求めて、一度何者かが調査に来た場所に裏をかいてここまでやって来たのに、早々に逃げる羽目になってしまった。

 

「あーもー! なんだってんだよ!」

「どうどうー。癇癪ですか?」

「うるさい!」

 

 抱えられたまま、遣る瀬無く腕脚を振り回すが、駆けるシャルロットの足並みは小揺るぎもしなかった。

 

 

────◆

 

 かつてあった城郭をも越える高さまで跳躍したと言うのに、その逞しい偉丈夫は、背に負う少女に一切の衝撃も与えぬよう、羽のように軽やかに着地してみせた。

 背から降りようと逸る少女を押さえて、片手の大剣をひと振りして土煙を振り払う。

 ──膂力のみでつむじ風を起こす、凄まじい力たるや──

 やがて視界が拓けたそこには、地下階層まで更に壊滅的に抉れた破壊の跡があるのみで、ひとの死体も、霊基の残滓も無かった。

 ゆったりと首を巡らせて、ほかに脅威が無いことを確認すると、偉丈夫はようやく少女を解放した。

 

「ぅんもう。大丈夫よ。ここには他にだぁれもいないから」

 

 やっとその逞しい腕から抜け出た少女は地上に降り立ち、その場で大きく伸びをしてから、くるりと回った。

 

「改めて、ようこそ! 私のセイバー! いま歓迎の支度をするわ!」

 

 言って、陽光を受けて白虹に煌めく少女は、華やかに微笑んだ。

 

 

────◆

 

「──あぁクソ。まだ喋ると変な感じがすらあ」

 

 事務所に戻ってきたイサオが、不機嫌に呻いた。

 コネの闇医者の治癒魔術で、損傷した鼓膜を治療して、帰ってきたところだった。

 顔の周りに両の掌をかざして声の反射を探っている。

 

「やけに声が大きいのは、それゆえか」

 

 織田信長が、冷笑を湛えて揶揄(からか)う。

 

「あ? 大きいか? 自分で聴こえにくいと、どうもな」

 

 イサオにはまだ、嘲笑を振り払う気力までは戻っていないようだ。

 

 ──あの時、怒涛の如く襲いかかる魔力の渦に対して、織田信長は虚空に並べていた火縄銃を全て束ねてそちらに向け、盾とする事でダメージを軽減した。

 すぐ後ろで何かにぶつかった気もするが、ともあれ吹き飛ばされた勢いで距離を空けたのち、倒れるイサオを担ぎ上げて全速力で離脱した。

 その際、乗ってきたリムジンの天井を引きちぎって乗り込んで走らせたのだが、そのリムジンの破損もイサオの心労の負担となっていた。

 

──おまえさんは、大丈夫なのかよ。

──思念の方が遣り易いか?

──ああ。しばらくはコッチで頼まあ。

 

 耳を押さえてイサオが顔をしかめる。

 あまりにも想定外の負傷がショックだったのか、傷が癒えてもいつに無く堪えた様子だった。

 ──それは、織田信長も同じようなものだった。

 

──あの魔術医の働きでわしの金創は全て癒えた。が、最後のビームを防ぐのに、大層に魔力を消耗させられたわ。

(びーむ?)

 

 思いがけない人物のくちから、思いがけない単語を聞かされて、イサオは小首を傾げた。

 

──そりゃあ、凄え威力だったんだろうなあ。

──あの場にもう一城あったなら、瓦礫がもうひと山こさえられたであろうよ。

 

 苦笑した織田信長が居住まいを正して。

 

──が。解せぬ。

──と言うと?

──如何なわしでも対城宝具を直撃されては、敦盛を舞う間も無く消滅させられたであろう。

「対城未満の威力なら、踊る余裕があんのかよ怖ぇな⁉︎ 」

 

 イサオが思わず肉声でツッコんだ

 

──だが、わしは凌ぎ切った。何故か。

 

 言われ、イサオは考え込んだ。

 聖杯戦争のマスターを務める魔術師には、聖杯から、己のサーヴァントが持つ能力を大まかに把握する能力が付与される。

 イサオのその眼力によれば、サーヴァント・織田信長には確かに「条件付きでの耐防要素」があった。

 

──それは?

──ほらわし、第六天魔王信長じゃん? 神とか仏とか小指でエイってやっちゃうじゃん? 最強じゃん?

──お、おう……。

 

 この第六天魔王の、たまーにフランクになるノリには、イサオをしてもなかなか着いて行けない。

 

──だから逆に、神とか仏とかにシバかれてもそんなに堪えんのよわし。ホント。マジで。

──あー、つまり、何が言いたいんでえ?

 

 神様仏様を慣習的に拝みはしても、タイマン張った事が無いイサオには、織田信長が言っている事が実感として理解できない。

 

──此度の最後の新手。あ奴は南蛮の神霊系のサーヴァントであろう。故に、わしに深傷(ふかで)を負わすに至らなかった。

 

 つまり、「神性要素を含む攻撃に対して耐防特性を持つ」と、そう言いたいらしい事をイサオは理解した。

 

──もっとも、あ奴の真名のアテはまだ付かんがな。

──なるほどなあ。まあそれは逆に、伝承から探る手掛かりができたってこったな。

──然りよ。──ああ、それとな。

──あ?

 

 もうふたつ、と指を二本立てた織田信長に、イサオが怪訝に問い返した。

 

──そなたは耳を潰されていたから聴こえていなかったろうが、そいつも「セイバー」を名乗っていた。クラスを騙る意味は分からんが。

──ほう。

──それと、昨日のそなたの子分殺しの下手人を見つけたかもしれんぞ。

──あの侍か?

──もうひとり。最後のあ奴のマスターが、「白髪の小娘」だった。

 

 

────◆

 

「ありゃあ、イサオの親分さんのリムジンだねえ! いったい何やったらあんなになんのか」

 

 タクシーの初老の運転手が饒舌に捲し立てていた。

 どうやら彼も、通りかかりであのリムジンを目撃したらしい。

 

「祭りも近いし、忙しいんだろうね! 最近イサオの親分さんトコの若い兄ちゃんをよく乗っけててさ」

「はあ」

 

 情報収集のつもりで話しかけたところ、それからずっと運転手は喋りっぱなしである。

 ディートリヒはもう、語るに任せて黙って相槌を打つに徹していた。

 イサオ・インティライミなる人物の事は知っていた。

 長くこの町で暮らす内に知った事だが、地元の名士にして地回りのマフィアのボスである事は公然の秘密。

 毎年の夏祭りの多くの仕切りにも幅を利かせる地域密着型ヤクザ。

 ──それがまさか聖杯戦争に参加しているのかどうか。あのリムジンの壊れ方を見ては、いずれ確かめねばならない。

 

 やがて町を抜けて、緑が多くなってきた辺りでディートリヒはタクシーを降りた。

 ここから先は立ち入り禁止区域に近く、この運転手から森に近づく者のいらぬ噂を撒かれても困る。

 そこから道を外れて、草を分け入り、木立の並びを前にして深い森を見通した。

 

「会社員に落ち着いていた悲しいサガか。アインツベルンの起こした異常にすっかり乗り遅れちまったかもしれねえなあ」

「なんの! これから取り戻せばよろしいのですわマスター!」

 

 ディートリヒの傍らに、アンとメアリーが虚空から現れた。

 

「んじゃ、とりあえず様子見と行こう。一応、結界避けはするが、アインツベルンにどれだけ通じるか」

 

──ad laetitia……

 

 己の魔術に集中し、何事か呟くと、再び居住まいを正して、ディートリヒは大きなザックを背負い直した。

 

「行くぜ。油断するなよ」

 

 指示を下し、ディートリヒを先頭に三人が森に入っていった。

 

 

────◆

 

「ひっ⁉︎ 」

 

 梨花が悲鳴をあげた。

 思わずお気に入りのポーチを取り落とした。

 

「マスター⁉︎ どうなさいましたか⁉︎ 」

 

 声を聞きつけたアルティが、梨花の部屋へ駆け込んできた。

 先の梨花の容態が落ち着いたため、改めてお出かけしようと、各々支度をしていたところだった。

 顔色を青くしてへたり込んだ梨花を、駆け寄ったアルティが抱きとめる。

 

「痛みは? 苦しいなど不快感はありますか?」

「……うぅ」

 

 アルティの丁寧な問いに、だが梨花もこの足元から這い上がったおぞましい感覚について適切な表現が見当たらない。

 その間も、アルティが梨花の額に掌を当てたり、手首に指先を這わせたりなどテキパキと梨花の体調を探ってゆく。

 

「……わからないの。なんか、突然下から、ぶわって何か嫌な感じが湧き上がって……」

「熱は無し。脈も正常。痛みも熱い、寒いも無し。──下から、ぶわっと、ですか?」

「うん……なんか……」

 

 ひどく抽象的な感想だが、肉体の物理的な不調でないならば、魔術的な異常かもしれない。

 アルティは、座り込んだ梨花を抱いたまま、部屋の入り口に立つアーロン爺を振り向いた。

 アーロン爺も、梨花の父の衣服を調整して、不自然でないよう整えて着用していた。

 

「……旦那様。マスターに、勇気を分けてあげていただけませんか?」

「うむ! よかろう!」

 

 アルティに嘆願されたアーロン爺が、意気込んで大きく頷いた。

 

「ぬん! 出よ我が鎧装よ!」

 

 言うや、老爺を輝きが包み込み、そして弾けると、あとには黄金の甲冑姿が現れた。

 

「──閉じよ、帳」

 

 続いて呟くと、纏った黄金の鎧が全て、光が弾けるようにして消し飛んでしまった。

 あとには、鎧下のくたびれた平服姿が残るのみ。

 いかに騎士然としていても、それはもはや、ただの老爺の姿だった。

 しかし、老爺の目は力を失ってはいない。

 

「さあ、姫。勇気を出してごらんなさい! 今ならばできるはずですぞ!」

「えっ」

 

 一連の出来事は、梨花には脈絡が読めず唐突な展開であったが、なぜか梨花の胸中に、不思議な事に元気が湧いてきた気がした。

 

「ええっ⁉︎ あれ⁉︎ わたし、なんか大丈夫な感じ……!」

 

 言いながら、実際に元気が湧いてきた梨花が、己の力でアルティの腕から立ち上がった。

 

「ありがとう! なんか、わたし、大丈夫かも!」

「ああ……! それは良うございました!」

「うむ!」

 

 元気を出した梨花の様子に、アルティとアーロン爺が嬉しそうに頷いた。

 

「あのね、さっきの変な感じ、なんか地面のもっと深いところから登ってきた感じがして、あっち!」

 

 勢いのまま、先に襲われた現象について説明した梨花が、一方を指さした。

 

「なんか、あっちの方からビーン、って感じが流れてきたの!」

「……あちらは……」

 

 梨花が指し示した方角は。

 アインツベルン城があるとされる方向だった。

 

 

────◆

 

「──なんだあ? ありゃあ」

 

 アインツベルンの森の深部までやって来たディートリヒは、木立の陰からその遠くの光景を覗き見て喫驚していた。

 同行しているメアリーは傍らに付いて、舶刀(カトラス)を構えて警戒している。

 

「アインツベルン城であんなに凄いガス爆発って言ってたのに、傷ひとつねえじゃねえか」

 

 そこの開けた土地には、荘厳で巨大な西洋風の城塞が、威風堂々と建っていた。

 

 

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