【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第七話 石造りの魔境

 

 巨大な城郭を、森の中から遠巻きに観察して歩くことしばらく。

 ディートリヒとメアリーは、やがて正面入り口らしき場所を見つけた。

 卯波市に長く住んではいたが、森にすら近づいた事が無い。初めて訪れる場所である。

 魔術界隈の御三家の一角とも言われるアインツベルンが、わざわざドイツから居城を構えた、聖杯戦争の急先鋒の砦。

 昨日の未明の爆発や、夕方に聖杯から令呪を通じて発せられた開戦の合図、そして先刻の揺れからして、さぞかし参加陣営が殺到したのではないかと思っていた。

 ──何しろ噂の聖杯戦争で唯一、参戦する出自と拠点が割れている魔術師である。その上それが高名なアインツベルンとなれば、いくつかの陣営が手を組んででも真っ先に潰しにかかるだろう。──そう考えていた。

 ところが、ここまで巡り見た城壁にも地面にも荒れた様子は無く、そして正門付近にも死体はおろか血痕も無い。

 これはどうした事か。

 

(──ッ⁉︎ )

 

 やがて、門が正面から見える位置まで来たディートリヒが喫驚した。

 堅固な城塞の正面門は無防備にも全開にされており、広々とした中庭まで見通せる状態になっていたのだ。

 

「──なんだありゃあ」

 

 その、余りにも不似合いな光景に、ディートリヒはあんぐりと口を開けた。

 城郭内部に広がる精緻な緑と輝く水流。

 それらに囲まれた白亜の庭園。

 中央にある鳥籠めいた石造りのテラスで、純白のドレスに身を包んだ美しい少女がひとり、テーブルに着いてティーパーティーに興じていたのだ。

 アフタヌーンティースタンドには、色とりどりの菓子が並び、煌めく食器が取り囲んでいる。

 

「──あら。お客さま?」

 

 ニコニコとテーブルで頬杖をついていた真白き少女が、白虹に煌めくツインテールを揺らしてディートリヒらを見た。

 花が咲きほころぶような、天真爛漫な笑顔で。

 

「よろしかったら、こちらにいらして? ほら、たったいま美味しいお茶が入りましたのよ?」

 

 奥から、燕尾服を纏った異様に逞しい偉丈夫が、ティーセット一式と、ワゴンを担いで現れた。

 

「──サーヴァント……⁉︎ 」

 

 余りにも想定外れの展開に、偉丈夫を見たメアリーの声にも力が無い。

 本来、車輪で転がすティートローリー──紅茶道具を載せるワゴンを、その筋骨逞しい巨漢は肩に担いで運んできたのだ。

 だと言うのに、濡れ髪の下から覗く整った秀麗眉目には、薄く笑みさえ浮かべている。

 そしてそれを、優雅な仕草で音ひとつ立てずに石畳に置き、洗練された所作で紅茶の支度を進めてゆく。

 鮮やかな手付きでポットを傾けると、たちまち湯気を立てる三人分のティーカップが用意された。

 偉丈夫はそれを、少女の前に。

 そして円形テーブルの向かいの位置にふたつ、並べた。

 

「──さあどうぞ! どうかご遠慮なさらないで? お話しを聞かせてくださいな」

 

 純真無垢な瞳が、両の頬杖で可愛らしく潰れた可憐な笑顔が、鈴を転がすような声が(いざな)った。

 

──……イカれてんのか?

──……さあ。

 

 ディートリヒは、同じく困惑に染まったメアリーと顔を見合わせた。

 だが、ディートリヒの魔術はまだ効果を継続している。

 

(──何を企んでるにしろ、森に入った時点で、アインツベルンの手の平の中。いつ攻撃を受けてもおかしくなかった)

 

 それが呑気に茶飲み話だと?

 

(──いいだろう)

 

 ディートリヒは腹を括って、テーブルに向かって歩き出した。

 

「マスター?」

「ほら。せっかくのご厚意だ。──お招きに与ろうぜ」

 

 ディートリヒの目配せを受けて、メアリーも舶刀(カトラス)を何処へとも無く仕舞って続いた。

 敵サーヴァントから遠い側の椅子を引いて浅く腰掛ける。──いつでも立ち上がれる態勢だ。

 

「──お宅はてっきり、聖杯戦争で大忙しなのかと思ってたよ」

「港で暮らしてるのでしょう? 貴方から潮の香りがするわ」

 

 軽いジャブを虚空に捨てられ、ディートリヒの肩がコケた。

 

「わたしはずっとお城の中で暮らしていたから、お外の事を良く知らないの。でも、昨日はじめて街を歩いたの! とっても楽しかったわ!」

 

──コイツなんかヤベえ──⁉︎

 

 顔中に吹き出す冷や汗を感じ、ディートリヒはゆっくりと唾を飲み込んだ。

 

(──()()()()()──?)

 

 ふと、その発言に引っ掛かりを覚える。

 その正体に煩悶しつつ、自分のティーカップに口をつけて目線を伏せる少女の顔を伺った。

 

(なんともまあ見事な白さの髪だことで。瞳も赤いし、アルビノか? にしちゃあ中天の真下だしなあ)

「──あ──」

 

 思わず声を漏らしてしまったが、幸いと言うか、紅茶の香りを堪能している少女には気にした様子が無い。

 ディートリヒは、隣の椅子に座るメアリーを見下ろした。

 メアリーも、白髪だ。

 

──今日の警察連中、もしかしてコイツを探してお前を誤認した……⁉︎

──アイツを探すなら、この町の警察だったら直接この城に来るんじゃないの?

 

 きょとんと見合わせたメアリーが素朴な疑問を差し挟むが、ディートリヒはその答えに見当がついていた。

 

──いや。あの歳まで城から出た事が無いなら、警察はここと結び付かねえだろ。それに──!

「そう言えば、お茶に招かれたってのに、名乗って無かったな。オレはディートリヒ・フラゥゾマー。差し支えなければ君の名前を教えてくれないか」

「──あら」

 

 ぱちくり、と目を瞬かせた少女が、にっこりと微笑んで頷いた。

 ──この質問も無視されたらダッシュで逃げよう。とディートリヒは考えていた。

 

「ふふふ。わたしとしたことが。──申し遅れました。わたし、ウルテスフィール・フォン・アインツベルンと申します」

 

 ──やっぱりか。

 今度はちゃんとした返答に安堵しつつ、ディートリヒは内心歯噛みした。

 

「どうか、気軽に「ウルティ」と呼んでくださると嬉しいわ。そして、こちらが、わたしの、セイバー」

「ッ⁉︎ 」

 

 紹介されて、胸に手を当てて一礼するその偉丈夫のサーヴァント──セイバー。

 だがディートリヒは喫驚を抑えつけるので精一杯だった。

 これまでの人生──主に時計塔時代──で得た情報によれば、聖杯戦争で各サーヴァントに割り振られる役割=クラスは七種あり、サーヴァントとしての性能が最優とされるのが剣士のクラス──セイバーだ。

 そして、そもそも聖杯戦争の始まりは、魔術界隈の御三家による出来レースの儀式であったと言う。

 だからアインツベルンがセイバークラスを召喚するのも当然の流れだろう。──業腹ながら。

 そのアインツベルンの名代が、クラスを簡単に開示した事にディートリヒは驚いていた。

 

(いやまあ、セイバーだってんなら、隠す必要も無え、の、か?)

 

 真白き少女──ウルティの、どこかネジの飛んだ言動に戸惑いながら密かに呻く。

 アサシンに狙われたらどうするんだろう、等と益体も無い事を考えながら、ディートリヒは違和感に気づいた。

 

(──コイツ、令呪が無え⁉︎ )

 

 洒落たティーカップに添えられた小さな両手のその、どちらの甲にも、マスターならば必ず持っているはずの赤い痣──令呪が見当たらなかった。

 

(ファンデーション⁉︎ いや、サーヴァントとクラスを開示してるのに隠蔽する意味が無え!)

──メアリー! 周囲を警戒しろ! どこかで本物のマスターが覗いて──

 

 その時、頭上から何者かが殺到してきて──

 

 

────◆

 

「どう思う? (がい)さん」

 

 殺害現場で、(こう)が訊ねた。

 ウノハナセントラルタワーホテルの、最上階客室の通路と、開かれた非常階段出入り口の境目に立って。

 例によって凱さんが築いた警察署長との協定から便宜を図ってもらい、現場を保存して一時的にふたりのみで検分していた。

 非常階段のひとつ下の階から、このフロアの客室までの廊下に、転々と遺体となった警備員が倒れていた。

 どの遺体も、首や胸などが不自然な角度に捩れ陥没していた。

 いずれも強烈な打撃を受けての重要器官の損傷による即死だと、凱さんが分析した。

 

「どう、とは。犯人の目論見かね?」

 

 埋まった顎に片手を当てて遺体の間を歩いていた凱さんが応えた。

 

「短絡にして大胆にして不敵。通り魔がごとき所行であり、畜生がごとき蛮行だな。──分かっているとも。まずは情報をおさらいしてみようではないかマスター」

 

 分かりきった事を言われて白眼気味になっていた皐に、軽く肩をすくめた凱さんが続けた。

 

「警備室の話によれば、立ち入り禁止とされる屋上階の扉が開かれた警報が鳴った。──離れた箇所の通過を察知する現代の鳴子細工とは、いやはや便利なものだ」

 

 言いながら、凱さんはドアを引きちぎられたドア枠をくぐり、その客室へと入っていく。

 

「未使用の宿泊部屋の入り口からも警報があり、無断で進入された形跡があった。そして使用された痕跡が浴室と、洗面所と、寝室と」

 

 それぞれの設備を指さしながら通過してゆく。

 

「──驚くべき事に、このラグジュアリー極まる大きな寝台には、就寝していたと思われる形跡はひとり分だけ! 私にもわかるとも! 下階の女たちに当てがわれた部屋を庶民用とするならば、この部屋、このフロアは私のような皇帝にこそ相応しい! ……あの平らな顔の魔王にはちとジャンルと趣が異なるであろうな」

「いやそこは別に比べるとこじゃないでしょ」

 

 皐が呆れ混じりにツッコんだ。

 

「そして非常階段で、警備員と警察が、犯人と思しき大きな男と一晩中の睨み合い。これまた驚くべき事に、このフロアに一定距離まで近づかなければ手出しされなかったと言う。男はその間ずっと、微動だにしなかったそうだ。そして日が登る時刻にあっさりと出ていったとさ。──どれ。マスターにも事の図式が見えてきたのではないか?」

 

 悪戯めいたウインクをして指を立てた凱さんに促され、皐は考えた。

 

「……いや、そんな風に「もう分かるだろ?」みたいに言われても分からないよ。魔術師が何を考えて、わざわざ過剰な設備のホテルに無断侵入してまでやる事なんて」

「あぁあぁ! 固い! 固いなあマスター、いやさ皐よ!」

 

 皐の発言を遮って、大仰に手を振った凱さんがこれ見よがしに大袈裟に肩をすくめて溜め息を吐いた。

 

「貴様の本職の事はだいたい理解しているが、信心も過ぎれば蒙昧となろうぞ!」

「……サーヴァントが、僕の信仰に口を挟むの?」

 

 皐の顔色が、たちまち青白くなる。

 だが、凱さんには気にした風もない。

 

「そら見ろ! そんな簡単に冷静さを欠いては、肝心の獲物に噛まれよう! 私のマスターならば、我が帝国の偉大さを──とまでは言わぬが、この水の都のような広大さ、柔軟さをこそ倣うべきだぞ!」

「余計なお世話だよ。そんな事より、この無意味な殺戮を繰り返す犯人の見当がついてるなら教えてよ」

「断る」

 

 凱さんが、澄まし顔で拒否した。

 皐は、黙って右手を目の高さにかざした。

 今はファンデーションでカモフラージュされているが、右手の甲には令呪がある。

 それは一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、例えば一画を消費して己のサーヴァントに対して絶対服従を強制することもできる。

 だが、凱さんの澄まし顔は動かない。

 

「──分かってるな?」

 

 思念を通わせた訳でもないのに、凱さんはそれだけを言い、それの意味するところを皐も理解した。

 ──ただし、令呪を以て強制しても、サーヴァント側から抵抗し、魔術を無効化できる場合もある。抗魔力の高いサーヴァントは特に。

 皐は右手を下ろして嘆息した。

 

「じゃあ、どうしろってのさ。本当に僕には分からないんだ」

「なに。これからも聖杯戦争を共に戦ってゆく以上、どこかで一度、話さなければならないと思っていたのだ。皐の事について」

「僕の?」

 

 凱さんは、部屋を横切って、そこにある巨大なソファに肥満体を下ろした。

 ──どっこいしょ、というニュアンスの声が聞こえた気がした。彼の国の言葉では何と言うのだろう。

 

「聖杯からマスターとして選別される基準については、知っているだろう?」

「「何を以てしても叶えたい願いがある者」。僕については、当てはまらないけれど」

 

 皐も、ベッドの端に腰掛けた。

 

「そこだ。皐。教義に反するを誅す貴様の生業は、「教義に反している」からであって、貴様の好き嫌いで断ずるものでは決して無い。違うかな」

「……ッ⁉︎ 」

 

 今度は、皐の顔色が真っ赤になった。

 だがすぐに片手で眼鏡をどかして目を覆い、深呼吸する。

 それは図星を突かれた反射的な怒り。だが皐は、己の感情をコントロールする術を学んでいる。

 

「……違わないよ。その通りだ。凱さん」

「うむ。私と共に戦うに相応しい理性だ。皐よ」

 

 凱さんが鷹揚に頷いた。

 

「だが、嫌いなら嫌いなままで構わん。心根まで御すなど、これからする話には関係が無い。私が言いたいのはだ。好悪のいずれを抱こうと、術理は違えない、という事だ」

 

 言って凱さんは、隣のドレッサーからペンを取り上げると、軽く放り上げて、落ちてきたそれをキャッチした。

 

「放った物体が落ちるが如く、聖杯の選別もまた、そのルールを違えない。そして、ひとの願望とは、強度に寄らず形を成していない事も多いのだ」

「……僕の中に、自分でも気づいていない、隠れた()()があるって事?」

「言い方〜」

 

 眇めな皐の言い草に、凱さんが両の指先をくるくる回しながら揶揄(からか)った。

 

「まあいずれ聖杯を前にして、どうしても破壊したいと言うなら、それはそれで構わない」

「あれ? 召喚されたサーヴァントにも、聖杯にかける願いがあるって聞いたけど?」

「それは、応相談という事で」

 

 凱さんが、わざとらしく話を逸らした。

 

「これからは、貴様自身の願望、欲望が何なのかを意識しながら行動して欲しい。一蓮托生のパートナーからの、ささやかな願いとして、どうか胸に留め置いてもらいたいのだ。マスター」

 

 それは、出会ってからこの方、口車やら舌先三寸ばかりで周囲を振り回してきた凱さんが、初めて見せた真摯な眼差しだった。

 

「……分かったよ、凱さん」

 

 感情はまだごちゃついたままだが、皐は大人しく聞き入れる事にした。

 

「時に貴様は、既にこの町では万能の権力を持っているも同然の自覚はあるか?」

「なんですぐそーやって混ぜっ返すかなあ!」

 

 皐が思わず伸び上がってツッコミを入れた。

 

「いやだって、ハナシはぜんぜん終わっていないぞ。犯人の見当をマスターのクチから聞かない事には先に進まないからな!」

 

 澄まし顔のまま、凱さんがカラカラと笑う。

 

「犯人の見当なんてつかないし、権力は凱さんが築いたものじゃないか!」

「それは責任転嫁と言うものだ! サーヴァントの成果はマスターが享受するものだろう?」

「頼んでないし、万能には程遠いじゃないか! 待っていま僕に対して言いくるめスキル使おうとしてない⁉︎ 」

「まあ聞いてくれマスター! 例えばの話だ! 例えば──仮にいまマスターの自宅が全焼したとしたら、マスターは今夜の寝床はどうするかね」

「は──?」

 

 話の急展開について行けず、しばし思考が空転する。

 

「例えばの話だ。──なお貴様はこの町では万能の権力を持っているとする」

「嫌な例えだなー」

 

 それでも皐は、先ほどのサーヴァントからの願いを汲んで、真面目に考え直した。

 

「──そしたら、このホテルででも部屋を取るかな?」

「どのランクの部屋が良いか? このフロアも無料で使い放題だ!」

「いやあ別に。庶民ランクの方がきっと落ち着く」

「まあ、己の身の丈を弁えた清貧臭さだと褒めてやろう」

「……どーも」

 

 したり顔で頷く凱さんに、皐は半眼で力無く呻いた。

 

「その後は? 夜が明けたらどうする?」

「どうするって、────あ」

 

 

────◆

 

 ──ニホンの伝統フィギュア「だるま」が降ってきたのかと思った──!

 

 上から急襲してきた赤い何かを、セイバーが何処からともなく引き抜いた大剣で弾き返したのと同時に、ディートリヒとメアリーが椅子を蹴った。

 すぐにディートリヒはメアリーの背後に回り、メアリーが舶刀(カトラス)を構える。

 セイバーに弾かれて離れた位置に着地したのは、武装した肥満体の西洋人だった。

 

──いや、あれサーヴァントだよ!

 

 脳裏にメアリーの声が閃く。

 だが、そのブクブクの肥満体型がディートリヒの判断を鈍らせる。

 

(何処の英雄だ──?)

 

 本気で外国人力士を疑ったが、そいつは赤い衣服の上に、黄金の胴甲冑を着け、左腕と両脚が巨大な大理石像になっており、生身の右腕には黄金の西洋剣を携えていた。

 

(わっっかんねえええ⁉︎ )

 

 その体型と、装備のチグハグさが意味不明過ぎて、その正体に全く見当がつかない。

 そして、もしやと思って真白き少女──ウルティに目線を遣ると、やっぱりマイペースに紅茶を飲んでいた。

 

──ああ! コイツもうダメな奴だな!

 

 ここまでが刹那の事。

 ディートリヒも素人では無い。

 既に腹は括っていた。

 

──やれ! ふたりとも!

──ラジャー!

 

 脳裏に、この場にいないアンの声が閃いた。

 どう言う訳か、赤い肥満体のサーヴァントはセイバーのみを敵と目して狙っている。

 上から見ていたなら、メアリーの存在も分かっているはずだ。

 ──つまり、こちらと連携してアインツベルンのセイバーを倒す心積り。

 赤い肥満体が、見かけによらず俊敏な動きでセイバーに斬り掛かるのと同時に、ディートリヒは後退し、メアリーが突撃した。

 メアリーの狙いは、ウルティ。

 セイバーが身構えていると言うのに、ウルティはまるで周囲が見えていないかのように、紅茶の香りを楽しんでいた。

 メアリーは構わずに、椅子に腰掛けたままのウルティに向かって舶刀(カトラス)を振りかざした。

 

 

────◆

 

────いたぞ! 監視カメラに映っていた男だ!

 

 皐の脳裏で凱さんの思念が閃いた。

 いま皐は、アインツベルン城の外壁の外側にいた。

 ──昨日と今日のあの衝撃はいったい何だったのかと訝しむほどに、傷ひとつ無い城郭に唖然とはしたが。

 それはともかく、到着するや凱さんのみが単身で外壁を登っていって侵入したのだ。

 ……あの肥満体型が、するすると石壁を駆け上がってゆく様は、なかなかシュールだった。

 

────尋ね者の白い少女もいる! 特徴が合致している!

 

 それを聞いて、皐は胸中で喝采し拳を握り締めた。

 

 

「その後は? 夜が明けたらどうする?」

「どうするって、────あ」

 

 ホテルの部屋で、凱さんが開示するヒントを得て皐はようやく答えに至った。

 

「こんな高級な部屋を躊躇いなく自然に使える感性を持ってる富裕層で、すぐにも必要で、屋上から出入りできる手段を持っている人間! そしてつい昨日焼け出されたサーヴァント持ちは──アインツベルンか!」

 

 

 そして凱さんが特権で徴用したセダンで森の入り口まで急行し、アインツベルン城へと突入したのだった。

 初撃は防がれたが、構わずに偉丈夫のサーヴァントに向かって剣戟を繰り広げる。

 腕前にそれほどの開きは感じない。凱さんは、深追いはせずに、大理石の左拳で敵の剣を殴りつけ、一旦間合いを広げた。

 

「ふむ。私の美貌には遠く及ばぬが、我が故郷に近しい特徴の顔立ち。もしや私にも覚えのある英雄かもしれんな」

 

 右手の黄金の剣をかざし、腕脚の大理石製の拡張鎧装で石畳を踏みしめて身構える。

 

「貴様。名を名乗れ。輝かしい栄光の戦歴があるならば、それに相応しき栄誉ある死を(たまわ)すが?」

 

 ところが、凱さんの口上の途中でこの場にいたもう一騎のサーヴァントの小娘が、湾曲したサーベルで真白き少女に向かって斬りかかった。

 

「──やれやれ。剣闘の美学を解せん輩よの」

 

 凱さんが呆れた溜め息を吐いた。

 小娘のサーヴァントの刃はだが、瞬時に割り込んだ偉丈夫のサーヴァントの大剣に阻まれた。

 小娘のサーヴァントは呆気なく弾かれてしまう。

 その偉丈夫のサーヴァントが、額を光弾に撃たれて仰け反った。

 

「なっ⁉︎ 」

「っしゃあ!」

 

 凱さんの喫驚に、遠くの正門の傍にいた金髪の男の喝采が被った。

 どうやら小娘のサーヴァントのマスターのようだが、今の攻撃はいったい──?

 凱さんが訝しんでいるうちに、正門の外、遥か遠くが光ると見るや、鋭い光条が空間を引き裂き偉丈夫の頭部に二度、三度と激突した。

 全く同じ箇所に、寸分違わず射撃を重ねたのだ。

 三度目の着弾で、偉丈夫のサーヴァントの頭部が撃ち砕かれ、巨体が重い音を立てて仰向けに倒れた。

 

「どうだアインツベルン! オレたちの勝ちだ!」

 

 小娘のサーヴァントのマスターが拳を突き出して意気を上げた。

 ところが、これほどの激闘の渦中にありながら、すぐ傍でサーヴァントが血を撒いて撃破されたと言うのに、テーブルに着いていた真白き少女は、まるで何事も無かったかのようにティーカップを傾けていたのだ。

 

「──もうヤダ⁉︎ コイツ怖ェよ⁉︎ 」

 

 小娘のサーヴァントのマスターが一転して悲鳴を上げて頭を抱える。

 ──なんとまあ。あれほど地道に形跡を辿ってここまで来たと言うのに、成果を横取りされてしまった。

 

──凱さん。首尾は?

 

 凱さんの脳裏に、城の外で待機している皐の思念が閃いた。

 

──一歩遅かったようだ。先客が討ち取ってしまった──?

 

 凱さんが思念で返答していたところで、視界を眩い白光が焼き、膨大な魔力の渦が正門を貫いていった。

 

「──は?」

 

 凱さんの口が、間抜けに開いた。

 そして森の遠くから轟く爆発音と、大きく巻き上がる紅蓮の火柱。

 ゆっくりとその光条の軌跡を辿ると、確かに頭を半分失っていたはずの、偉丈夫のサーヴァントが立ち上がっていて、無傷の眼差しで、大剣を振り下ろしたところだった。

 

「あ、……アンーーーーッッ⁉︎ 」

 

 金髪のマスターの、悲痛な叫びが石造りの中庭に響き渡った。

 

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