【Fate/La Festa】 フェイト/ラ・フェスタ   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第八話 偽りの戦端

 

 アインツベルン城の正門の外の彼方、森の遠くから轟く爆発音と、大きく巻き上がる火柱。

 紅蓮の破滅を放ったのは、確かに頭を撃ち抜かれたはずの、セイバーだった。

 

「あ、……アンーーーーッッ⁉︎ 」

 

 ディートリヒの、悲痛な叫びが石造りの中庭に響き渡った。

 

──はーい! 聴こえてるわ! 無事よ!

 

 ディートリヒの脳裏に、能天気なアンの応答が閃いた。

 

 アインツベルン城に行くにあたり、ディートリヒは途中で大きな荷物を買い込んでいた。

 ザックにまとめたそれらを受け取ったアンは、アインツベルンの森に入ってから別行動を取っていた。

 そしてディートリヒらが()()()()()()アインツベルン城の正門に着いたところで、アンは準備を開始した。

 ザックから取り出したのは、赤い布を丸めたような物。同じ物がふたつ入っていた。

 それぞれを地面に放り、紐を引き抜くと、それはたちまち膨らんで、巨大なゴムボートになったのだ。それは緊急膨張救命ボートであった。

 それをふたつ並べると、ザックから取り出した"すのこ"を二つのゴムボートに渡すように載せて、アンはその"すのこ"の上でマスケット銃を構えて狙撃の体勢で待機していたのだ。

 ボートに渡した板に乗ることで「接舷」と見做し、「接舷突撃」のスキルを発揮する。

 この万が一の備えが役に立った。

 

 

────◆

 

──頭が吹き飛ばされたように見えたのは、見間違いだったか……?

 

 (がい)さんが、口の端を引き攣らせながら呻いた。

 それはもう、緊張しようと言うもの。

 自分の故郷の人々と似た特徴を持つ人種で、かつ不死や蘇りの逸話を持つ英雄と言えば心当たりはありまくる。

 ──だが、恐るるに足らず!

 凱さんも、揺るがぬアドバンテージを持っているのだから。

 

「よし! そこな金髪の魔術師と、小娘のサーヴァントよ、手伝え! 見事、戦働きを成せば褒美は思いのままだぞ!」

 

 金髪のマスターとそのサーヴァントに告げると、凱さんは偉丈夫のサーヴァントに突撃していった。

 ──小娘のサーヴァントも白髪だったが、それ以上に露出の多い身体中の歴戦の傷跡が目立つ。目撃情報にこの特徴が上がらない事は考え難い。──故に小娘のサーヴァントは連続虐殺犯では無い。

 そして森の奥に控えていたのは、きっとおそらく金髪の魔術師と手を組んだ別陣営のマスターとサーヴァントだろう。

 絶叫していた金髪の魔術師が、すぐに平静を取り戻した事も見抜いている。何らかの手段でその別働隊の無事を察知したのだ。

 ここで自分が優勢を見せれば、彼らも乗ってくると凱さんは確信していた。

 そうなれば、三対一。必勝だ。

 

──マスター! 宝具を使うぞ!

──任せた! 凱さん!

 

 思念で(こう)に伝え、凱さんは敵サーヴァントを目前に気焔を吐いた。

 

「──来た! 見た! ならば後は勝つだけだ! 『黄の死(クロケア・モース)』!」

 

 

────◆

 

「よし! そこな金髪の魔術師と、小娘のサーヴァントよ、手伝え! 見事、戦働きを成せば褒美は思いのままだぞ!」

 

 赤い肥満体のサーヴァントがこちらに叫ぶや、セイバーに突撃してゆく。あの体型によらず俊敏な動きで。

 

「よおしお前ら! オレたちも続くぞ!」

「ご褒美は思いのままだってうひゃータマンネエ!」

 

 歓声を上げたディートリヒとメアリーの、足元の石畳が撃ち砕かれた。

 森からの射撃。アンの銃撃だ。

 

「おわー⁉︎ 何すんだよアン⁉︎ 」

──こちらの台詞ですわ⁉︎ 何をトチ狂った事を言ってますの⁉︎

 

 ──はっ。

 

「……ちょっと待てオレいま何て言った⁉︎ 」

──気をしっかり持ってくださいまし! 思念にノイズが混ざってます! 何か心理的魔術でも受けまして⁉︎

 

 言われ、ディートリヒは慌ててデフラグメンテーションの魔術を走らせた。

 普段から構築している精神防壁。その魔術は心理的断片化を再構築する事で、汚染された記憶の部位を消去していく。

 ──先ほどまで、あれほど昂っていた気持ちが雲散霧消してゆく。

 それはすなわち、まやかしの感情だったと言うこと。

 

「クソったれ! これが「カリスマ」とかそういう精神汚染スキルか⁉︎ 」

──マスター! メアリーが行ってしまいますわ!

「っ⁉︎ 止めろ!」

 

 我ながら無茶な命令だと分かっていたが、思わず叫んでいた。

 見れば、アンの後ろ姿が舶刀(カトラス)を振りかざして駆け出していくところだった。

 その足元の石畳に再び銃撃が炸裂し、砕けた石がちょうどメアリーの踏み足の下に挟まり、派手に片足が空転した。

 綺麗な弧を描くオーバーヘッドキックの回転で、メアリーが石畳に後頭部を激突させた。

 後頭部を押さえ、激しく転げ回る。

 

「〜〜〜ッッた〜⁉︎ ……あれ? ボクのご褒美は?」

「ナイス神業だぜアン」

──どういたしまして!

 

 どうにかこちらの態勢を取り戻したディートリヒが、再び戦況を確認する。

 

「──来た! 見た! ならば後は勝つだけだ! 『黄の死(クロケア・モース)』!」

 

 肥満体サーヴァントが上げた気勢を聞いて、ディートリヒはぎょっとした。

 その言葉から連想される人物に目当てがあった。

 ……だがあの肥満体型がディートリヒの分析を著しく阻害する。

 そして、もしもそれが真実ならば、大変な矛盾が生まれる事になる。

 

(──なにしろ、あのイカれた娘が言う事だ。そういう事もあるかも知れねえ)

──ふたりとも、あのデブを援護しろ!

──マスター! ゴムボートはもう燃え尽きましてよ!

 

 そうだ。今はもう「接舷突撃」のスキルは使えない。

 

──じゃあ自分の安全が最優先だ! 俺は避難しとくぜ!

──オッケー!

──かしこまりましたわ!

 

 ふたりのサーヴァントの応答が脳裏に閃くや、それぞれが行動を開始した。

 

(ただのデブじゃない事を祈るぜ!)

「──ad laetitia……」

 

 ディートリヒは、己の魔術を再構築し、その効果範囲にあの肥満体サーヴァントを含めた。

 

 

────◆

 

「『黄の死(クロケア・モース)』!」

 

 凱さんが、己の宝具──自身がサーヴァントたる所以、逸話や武装を己の概念的な武器にした総称──を真名解放した。

 それは正しく名を告げる事で現出する。

 凱さんの持つ黄金の剣が、凄まじい冴えを放つ。

 

「うおおお!」

 

 その刹那。結論から言えば一瞬にして無数の剣閃が敵サーヴァントに襲いかかった。

 そして敵サーヴァントもほぼ一瞬にして九発の剣閃を放って打ち返してきた。

 十発目以降の剣閃が、そのまま敵サーヴァントをなます斬りにした。

 だが、敵サーヴァントはまだ倒れない。

 

(──よく耐える。だが、貴様の弱点は見抜いているとも!)

 

 凱さんは剣戟の最中にひと振り、アンダースイングで足元の小石を弾き飛ばした。

 テーブルで呑気に紅茶を堪能している真白き少女に向かって。

 

(貴様はマスターへの危害は必ず防ぐ)

 

 果たして、血だらけのズタズタになりながらも敵サーヴァントは、わざわざ凱さんから後退して、少女に飛来する小石を大剣で弾いた。

 見れば、小娘のサーヴァントや、森の奥からの銃撃も真白き少女を狙っていた。

 

(故に終わりだ!)

 

 敵サーヴァントは、健気にも小娘のサーヴァントのサーベルや、銃撃をもその身に受けて防ぎ切った。

 そこへ凱さんが踊りかかった。

 応戦して振り回す敵サーヴァントの大剣を、左腕の大理石の拡張手甲で打ち払った凱さんは、鋭く身を翻すと──この瞬間いまだ体勢を正対させていない敵サーヴァントの、踵を斬り裂いた。

 ──宝具『黄の死(クロケア・モース)』はまだ効果を継続している──

 

(いやはや、()()()()()()()()()!)

 

 続く剣閃で、黄金の剣が敵サーヴァントの(くび)を断ち切った。

 

 

────◆

 

(……ガイウス・ユリウス・カエサル? アレが?)

 

 首を刎ね飛ばされ、夥しい血を噴出しながら倒れゆくセイバーの巨体。

 その前で、黄金の剣を振り切った肥満体サーヴァントを、ディートリヒは呆然と眺めて呻いた。

 

(……いや、あっちのマスターに確認するまでは信じたくないな)

 

 空恐ろしい真実に戦慄している(いとま)は無い。

 ウルティのセイバーが、想像した通りの人物なら、事態はまだ終わっていないのだから。

 

「──なんと?」

 

 同じ事を考えたのだろう。カエサルと思しき肥満体サーヴァントは、いつの間にか首が元通りになって起き上がるセイバーに背を向けると、すたこらと走り去っていったのだ。

 

「……では諸君! 褒美は後で取らすゆえ、無事に生き延びるが良いぞ!」

 

 そして外壁を器用に駆け上っていくと、その向こうへと飛び降りていってしまった。

 ──こちらも、のんびりしてはいられない。

 なにしろ、作戦のために魔力を大量に消耗してしまったし、準備した物資も失った。ディートリヒらのみであのセイバーと戦い続けるのは無理がある。

 

──逃げるぞ。

──異議なーし。

 

 再び立ち上がる敵のセイバーを見ながら、ディートリヒとメアリーは退散を始めた。

 

「あら? ディートリヒ様。お茶が冷めましてよ?」

 

 ウルティが、今の戦闘がまるで無かったかのように茶の心配をする。

 その神経の異常さに吐き気を覚えながらも、ディートリヒは足を早めた。

 

「また今度ゆっくりいただくよ! じゃあな!」

(二度と来るか莫ぁ迦!)

 

 胸中で唾棄しながら、ディートリヒはメアリーと走り去っていった。

 なぜか、敵セイバーの追撃は無かった。

 

 

────◆

 

 事務所の自室の、アンティーク調のポールハンガーに雑に掛けられていた夏用スーツに、織田信長が目を遣った。

 

「──イサオ。そなたの"すまほ"ではないか?」

「……んぁ、誰でえ」

 

 令呪と、夥しい刺青に覆われた右腕で頬杖を突いていたイサオが、ソファからのっそりと起き上がって、スーツを取り上げてその懐を探り、スマートフォンを取り出した。

 マナーモードのままバイブレーション機能で微振動を繰り返すディスプレイには、「凱」と表示されていた。

 

「もしや、今の振動の音も聞こえていなかったか?」

「医者は「じきに戻る」とは言ってたがな。──「凱さん」からだ」

 

 苦笑しながら、イサオがスマートフォンを操作してスピーカーモードにしてテーブルに置いた。

 

『御機嫌麗しゅう!「アーチャー」よ!』

「──あ奴からの遠話か?」

「ああ」

 

 凱さんの声で喋り出したスマートフォンを指さした織田信長に、ソファに座り直したイサオが首肯して答えた。

 

「ほう? よくもおめおめと目通り──ならぬ耳通りできたものだな「セイバー」?」

 

 聞こえてきた肥満体の声に、織田信長は冷笑を以て応えた。

 

『んん? 何か問題があったかね?」

「なに。調査の報せは遅いわ、「セイバー」を詐称する輩が現れるわで、貴様の同盟に疑義を抱いていたところだ」

『それを言ったら、私など自称・アーチャーを三人も(まみ)えたぞ! そら。クラスの申告に大した意味などあるまい!』

「相変わらず口の減らない奴め」

 

 見え透いた虚言と舌先三寸に、織田信長の口がへの字に曲がる。

 

『それにだ。調査にかかる時間は妥当だと言わせてもらおう! なにしろその(くだん)の犯人を見つけたのだからな!』

 

 その通話の声に、織田信長とイサオが顔を見合わせた。

 

──アインツベルン──!

 

 三者の声音が、ぴったり一致した。

 

『──なんと。私があれほど足を棒にして方々を尋ね回ってようやく辿り着いた犯人に、こうも容易く行き着く者が他にもいようとは。徒労、無駄足、骨折り損とは私の最も嫌うところだ!』

「待て。貴様いまどこにいる?」

『アインツベルンの森から車で離れているところだが?』

 

 その声に、織田信長とイサオは壁に掛かる時計を振り返った。

 ──自分達がアインツベルン城跡地で一戦交えてから、およそ一時間ほど後──?

 

「それでセイバー、貴様、あの者らを、どうした?」

『それを相談しようと連絡したのだよ。──アーチャー』

 

 スマートフォンからの声が、一段トーンを落とした。

 

『アレは難敵だ。我々の同盟でも手が足りぬかもしれんぞ』

 

 

────◆

 

 株式会社明日照輝(あすてか)とは世を忍ぶカバー会社。

 その実態は、「鉄架組(てつかぐみ)」の看板を掲げるヤクザだ。

 ところがその「鉄架組」すらも仮初の看板であり、その正体は中南米に拠点を置くマフィアの日本への橋頭堡である。

 卯波市は貿易港として栄えた歴史上で、多くの外国人が移り住んだ。

 その国籍は様々で、町として発展するにあたり、従来の日本人住民との軋轢が絶えなかった。

 高度経済成長期を経て居住区域を整理する中で、穏やかな日常に暮らせるようになった外国人もいれば、周囲に馴染めずに陰に潜まざるを得ない人々もいた。

 日陰者は同じ境遇同士でコミュニティを作り上げ、そこに法にあぶれた者が這い寄り、血生臭い争いの繰り返しの果てに、より力の強い者が彼らを取り纏めた。

 それが現在に続くヤクザ「鉄架組」の基礎になった。

 繰り返す闘争の歴史の中で流入する海外マフィアの跳梁にも遭い、時は流れて初代・鉄架耕造から数えて五代目組長にして、中南米マフィアから出向した日本支部のボスとなったのが、イサオ・インティライミである。

 

──そのうえ魔術師としちゃ三代目だけど、デタラメな改造で奪った魔術回路を大量に埋め込んでるクレイジー・メイガスだよ。

──ほえー。すごいお人なんですねー。

 

 ラウラの蘊蓄に、シャルロットが呑気な相槌を打った。

 今ふたりが潜んでいるのは、株式会社明日照輝の本社ビル──ヤクザ「鉄架組」の組事務所も入っている──の一室の、天井裏である。

 曰くクレイジー・メイガスの拠点なだけあって、機械と魔術のセキュリティが異常なレベルで厳重に施されていた。

 だが、それはラウラにとっては容易く跨いで越せる程度のもの。侵入は造作も無かった。

 ──アインツベルン城跡地の爆発からも生きて帰って来たなら、消耗しているだろうし、仕留めるのも容易いだろう──

 そう見込んで先回りしていたが、そこで思わぬ情報を聞くことができた。

 

──あの時あの場に居た連中以外にも、アインツベルンに接触した陣営がいた⁉︎

 

『アレは難敵だ。我々の同盟でも手が足りぬかもしれんぞ』

「ほう。皇帝ともあろう者が随分と弱腰だな」

『なに、雪隠詰めを決め込んでいる何処かのダイミョーほどでは無いとも!』

「ダレが越後の糞垂れかッッ⁉︎ 」

『っは! なんにせよ、手勢は多い方が良い。こちらで勝手に呼びかけるゆえ、臆病者の謗りを受けたく無くば、せいぜい出遅れぬ事だ!』

 

 そして、コイツら──セイバー陣営とアーチャー陣営は手を結んでおり、他陣営にも呼びかけてまでアインツベルンに当たるつもりらしい。

 

──チャンスじゃん! そこに行けば誰かしらが背中を見せる!

 

 暗闇で伏せたまま、ラウラが拳を握った。

 

──あれ?

 

 ラウラの思念で、シャルロットの怪訝な声が閃いた。

 

──なに? シャルロット。

──城跡で爆発する直前に、「やっちゃえセイバー」って、女の子の声が聞こえた気がしたんですけど。

──……は?

 

 ラウラの片眉が怪訝に歪んだ。

 

 

────◆

 

(こいつはラッキーだ)

 

 指向性マイクの魔術道具で、僅かに離れた隣のビルの空き部屋で屈んで盗聴していた市ヶ谷が、小さく拳を握った。

 その魔術道具は、あらゆる障壁を無視して、目的の地点の音声を捉える。

 イサオ氏らが、破れた鼓膜の治療のために寄り道してから拠点の事務所に戻る事は分かっていた。

 その時間差を利用して、先回りして近くのビルに潜んで盗聴していたところで、思いがけない展開に話が及んだ。

 

「どう動きますか? マスター」

 

 同じく正座で盗聴内容を聴いていたユイが問いかけた。

 

「彼らがアインツベルンに挑むのなら、その様子を拝見させてもらおう」

「加勢はしないのですか?」

「まさか」

 

 市ヶ谷は、小さく肩をすくめた。

 

「あんな馬鹿みたいな火力の前にユイちゃんを放り出す気は無いよ」

「それはッ……⁉︎ 」

 

 ユイが呻いて歯噛みする。

 その様子を見て市ヶ谷は、しゃがんでいた足を崩して胡座に変えた。

 

「いやいや。冷静に考えて、いくらサーヴァントでも、あの火力を刀でどうこうしようってのは無理があるでしょ?」

 

 薄い笑顔の市ヶ谷が、顔の前で掌をぱたぱたと振った。

 

「僕らの戦い方は、彼らとは違うんだ。ユイちゃんだって、生前の最期の戦いは、剣での戦いでは無く、策略戦だっただろう?」

「……それは、そう、ですが……」

 

 刀を持ち、実直さゆえに歯噛みする、そんなユイの特性を、市ヶ谷は市ヶ谷なりに慮っていた。

 

「大丈夫。ユイちゃんが本領を発揮して戦える場所を、僕らで作ってるじゃないか。そこに招く連中は、選ばなきゃいけないんだよ。それに」

 

 ふと言葉を切った市ヶ谷が、ブラインドの隙き間から、少し離れたイサオ氏のビルの壁面を覗き見た。

 そこは、ただのコンクリートの壁だが──

 

「これは僕の推測だけど、アサシン陣営も同じようにこの近くに潜んでいると思う。くれぐれも気を切らないようにして。役割分担、忘れないでね」

「──はい。マスター」

 

 ユイには、真面目で素直であるが故に、実直で、己の力量の枠を顧みないきらいがある。

 市ヶ谷は、常に適切に役割を与える事で、彼女のストレスを巧みに調整し、気遣っていた。

 

「……それにしても、あの織田信長がとっくに本物の「セイバー」とグルになってるんだったら、あの時にセイバーを詐称したのはマズかったかなあ」

「──その事なんですが……」

「多少は揺さぶれてるようだけど──ん?」

 

 ただのぼやきに、思いがけないユイからの進言を受けて、市ヶ谷は眠たそうな目を向けた。

 

「あの時、後退する寸前に、魔力反応の方角から「やっちゃえ、セイバー」という幼い少女の声が聞こえたのです」

「……まじで?」

 

 市ヶ谷の、口があんぐりと開いた。

 

 

────◆

 

「アインツベルン城に行ってみよう!」

 

 突然、梨花が言い出した。

 梨花の身を突如襲った不調。それをアーロン爺のスキルで癒した、直後の事である。

 

「はい! かしこまりました……が、大丈夫ですか? マスター。望まない戦いでしたら、避ける方策を模索しても、よろしいのですよ?」

 

 首肯したアルティだったが、「事情を知らぬ、聖杯戦争に巻き込まれた一般人」である所の梨花の、唐突な方針転換に、少々面食らっていた。

 

「ううん! 今なら、大丈夫! その、誰かと戦うとかじゃなくて、宝探し的なお出かけなら、ぜんぜんアリかな、って」

 

 大きな身振りでわたわたと梨花が訴える。

 ──この無鉄砲な高揚感。マスターを救うためとは言え、このスキルの効果を受けると旦那様そっくりな向こう見ずになってしまうのが困りもの──

 

「ええ、ええ! では、三人でお出かけと参りましょう! ……時にマスター。こちらに何か、乗り物はございますか?」

「お父さんの車があるよ! キーは玄関にいつも置いてたかな」

「では、それを拝借いたしましょう」

 

 言いながら、どやどやと一同が階段を降りてゆく。

 途中でキッチンに寄った梨花が、米櫃を開けて米粒をひと掴み取り出すと、それを七分丈デニムパンツのポケットに押し込んで玄関に向かった。

 一同が靴を履いて、玄関を出て施錠し、梨花の案内でガレージに向かう。

 

「──あれ?」

 

 梨花が、目の端に何か不自然に煌めくものを感じて立ち止まった。

 

「どうなさいましたか?」

「なんかお金が落ちてる」

 

 すぐ後ろのアルティに応え、そちらに歩み寄ると、石畳の隙き間の芝生に、落ちているコインを見つけた。

 

「一円玉? なんでこんなとこに」

「マスターいけません!」

 

 拾い上げようとコインに手を伸ばす梨花に、アルティが慌てて駆け寄った。

 ──破裂音──。

 

「〜ッッ⁉︎ 」

「は……」

 

 静電気のような、しかし尋常ではない大きな音を立てて、コインが跳ねて落ちた。

 びっくりした梨花は反射的に仰け反り、その背をアルティが受け止めていた。

 

「……なに、これ……」

「恐らく、昨夜の探知魔術の仕掛けでしょう」

 

 抱いた梨花の肩を引いて、庇うように前に出たアルティが屈んでそのコインを慎重に拾い上げた。

 それは日本の一円硬貨では無く、複雑な紋様を刻まれたシルバーのコインだった。

 今の破裂音は、アルティには魔力の対消滅のように視えた。

 それも、微少な残滓程度の。

 恐らくは、まさしく静電気の要領で、梨花の手にある令呪と反応したものだろう。

 そして摘み上げたコインには、もう魔力は無い。

 

「……もう、用を為さない、使い捨てのアンテナのようなものですね。 マスターはお怪我はありませんか?」

「うん、ないよ。大丈夫」

 

 やがて三人は、アルティの運転によるワンボックスカーで市街を移動していた。

 梨花とアーロン爺は、並んで中列のシートに座っていた。

 

「──そう言えば、どうして車の運転ができるの?」

 

 梨花は、アルティがガレージで余りにも自然に、まるで当たり前のように運転席に乗り込んでいたので、今の今まで彼らがサーヴァント──自動車が無い時代の人物だと言うことを忘れていた。

 

「サーヴァントの中には「騎乗」スキルを持っている者がおりまして」

「ワシだって乗りこなす事はできるんだがな!」

「御者は、従僕の役目ですよ? 旦那様」

 

 アルティの淀みないハンドル捌きで、ワンボックスカーが昼下がりの道路をスムーズに駆け抜けてゆく。

 ──運転手をアルティが勤めているのは、実際のところは、万が一走行中に襲われた場合のフェールセーフである。マスターの身を守る者は頑丈でなければならない。

 

「そう言えばマスター。家を出る時に、お米をポケットに詰めておいででしたけれど、何かのおまじないですか?」

「え? なにそれ」

 

 梨花の返答に、アルティは底冷えのする緊張に見舞われた。

 アルティはどうにか表情を取り繕い、ルームミラーで一瞬、梨花の表情を伺った。

 運転にも支障は出さない。

 ──梨花は、心底意味が分からない様子できょとんとしていた。

 

(──ご自分の判断ではない──⁉︎ )

「やだ⁉︎ なにこれ⁉︎ 」

 

 まさぐった自分のポケットから溢れ出した米粒がシートに散らばって、慌てた梨花が悲鳴を上げた。

 

「ほっほっほ! もしかして、お弁当ですかな?」

 

 計算か、天然か、アルティをして図りかねるが、アーロン爺が呑気なコメントをした。

 だが、妙に間が空いた。

 梨花が返事をしない。

 アルティがルームミラーをチラと見遣ると、梨花はシートに散らばった米粒を見下ろして、固まっていた。

 

「──マスター。どうかなさいましたか?」

 

 アルティが前を向いて運転しつつ、梨花に訊ねた。

 ──返事が無い。

 

──旦那様。マスターのご様子はいかがですか?

──わからん。米粒を見下ろして固まっておられる。

 

 アーロン爺から見ても、見たままの状態でしか無い。

 アルティは、梨花に対して思念で問いかけるか、逡巡していた。

 ──先のコインの一件を思い出す。もし心理的・魔術的な罠に陥っていた場合、アルティも思念を通じて捕らわれる恐れがある。

 アルティは、ハザードランプを点灯させて、ワンボックスカーを路肩にゆっくりと停車させた。

 シフトレバーをニュートラルに入れる。

 

──マスター。ご返事ください。マスター。

──……んで、sいばーが、fut……

 

 サイドブレーキを引いたアルティが、シートベルトを外して振り返るが、梨花はシートに両手を突いて俯いたままだった。

 シートに散らばった米粒を見下ろして。

 いや、重力に従って垂れる髪に遮られて、その表情は伺えない。

 

「マスター⁉︎ 」

──三組が、ほぼ一箇所にまとまっている……別の場所に集まっていたもう三組は、解散……

 

 アルティの再三の問いかけにも反応を見せず、梨花は思念の中でぶつぶつと何かを呟いていた。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()──?

 

「ッ⁉︎ 」

「⁉︎ 」

 

 梨花の思念の呟きに、アルティとアーロン爺が戦慄に目を剥いた。

 ──それは梨花には余りにも馴染みの無い言葉の羅列──⁉︎

 突如、梨花が顔を跳ね上げた。

 サーヴァントふたりに緊張が走る。

 

「──あの車!」

 

 その梨花の表情は、決然としていこそすれ、普段の正常な顔に見えた。

 しかし、前後の脈絡が分からず、アルティもアーロン爺も泡を食って反応が遅れた。

 梨花は怪訝なふたりに構わず、助手席の脇から身を乗り出して一方を指差した。

 

「あのグレーの高級車! 窓が黒い! いま信号を通ってく赤いトラックの後ろの車!」

 

 初めて見る梨花の強い勢いに、ともあれアルティは振り返って、梨花の指差す方角とその車を探し求めた。

 ──あった。百メートル先の開けた交差点を通過してゆくグレーのセダン。窓にはスモークが張られている。

 

「あれにマスターとサーヴァントが乗ってる! たぶんセイバー!」

「マスター⁉︎ 」

 

 思いがけない梨花の発言の連続に、とうとうアルティをして戸惑いを隠せなくなった。

 

「先ほどからいったい何を──」

「それから、アインツベルン城にもうひとり、セイバーがいるの! マスターと一緒に!」

 

 決然と告げる梨花の瞳に、突如涙が溢れ出した。

 

「──どうして⁉︎ 」

 




【真名 解放】

◆セイバー/ガイウス・ユリウス・カエサル
・マスター:冴木 皐
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