宿儺様は現代を満喫したい 作:呪術大好き
宿儺は千年間ボーっとしていたが小僧の中に居れば眠ることも出来ると気がついた
平安。
それは呪術全盛の時代。貴族達はみな呪術を扱い、呪霊の発生も現代より遥かに多く強かった頃。
呪術を持たぬ農民や平民達は身を守る術も無く、呪霊に貪られる弱肉強食の時代である。
「………」
ここに、一人の少女が居る。名は
その父も母も、さっき死んだ。夥しく体に付いているのは、必死に自分だけは逃がしてくれた両親の血だ。ただ、村から少し離れた場所に山菜を採りに行っただけなのに。
呪霊は並の人間には見えない。この時代の農民達は役人の取り立てから身を守る為に武装していたが、呪いは呪いでしか祓えない。
父は生前、よく言っていた。村の外れには『すくな様』という神様の社があり、救いを求める者には手を差し伸べてくれると。
「すくな様、お助け下さい」
鳥居をくぐり、その場に跪いて必死に祈る。背後から迫る足音に体を震わせながら。父母の仇が来ている。逃がした獲物を追いかけて食べる為に。
「……おたすけ、ください」
祈り続ける。もうすぐ後ろに息遣いが聞こえる。自分だけのものではない、もう一つ。ぴしゃりと生ぬるい唾液が肩と背中を濡らしていく気持ち悪い感覚と共に、絹は静かに死を悟った。
「い、いだだぎ、まぁず」
「………いやだ……たすけ、て……」
「解」
「あ゛れ ?」
「頭が高いのだ、痴れ者が」
ヤツが素っ頓狂な声を挙げた次の瞬間には、背中の気配が消えた。恐る恐る振り向くと、幾重にも斬り裂かれた呪霊だったものがドチャドチャと音を立てて崩れていく。
「その顔、覚えているぞ。三平と吉乃の娘か」
「……すくな、様……?」
「如何にも」
古びた本殿の戸を開け、こちらへ歩くその異形の姿を見た絹は震え上がる。
腹に備わった二つ目の口。逞しさの中に美しさすら感じる四本の腕。歪に変形した顔の右半分と合わせてこちらを見下ろす四つの目。
これが『すくな様』の正体。村の大人達が崇める神。
「名前は確か……そうだ、絹だったな。覚えているか? 赤子の時に一度、宿儺はお前と会っている」
「あ、あっ……」
恐れと安堵からか、絹は呂律も回らず震えながら宿儺を見上げる。
呪霊に追いかけられたすぐ後で怖かっただろうと心配する宿儺だが、今の自分が言っても余計に怖がらせるだけなので黙ってこの娘を見下ろしていた。
絹は足を震わせながら立ち上がり、涙の溜まった目で宿儺を見上げる。そして口を開き───
「…………ん?」
そこで、宿儺の夢は途切れた。宿儺自身の意識が目を覚ましたからだ。
「……珍しい夢を見たな」
いつもなら虎杖の体を奪った隙に食べた食事の夢を見ていた宿儺だが、今日はいつもと違っていた。
通常、宿儺が見る夢は彼にとって思い出深いものであったり印象に残ったものばかりだ。
村の祭りに呼ばれた時、裏梅のご飯を食べた時、子供達と遊んでやった時、裏梅と一緒に出掛けた時、
「あの時……絹は何と言ったのだったか」
今見た夢は、まだ宿儺の存在が村の中で公になっていなかった頃の話だ。千年前の記憶は、流石の宿儺でも一部は錆びついてしまっている。
だが夢に出る程の事だ、よほど自分の中で大きな事だったのだろうが、思い出せない。
思考を巡らせはするが、しばらく思い出せずに宿儺はもやもやとした気持ちを抱える羽目になるのだった。
この後、小僧の食べようとしていたクレープを横取りしてもやもやは少し晴れた。
「宿儺はどうなっている」
怒声にも似た威圧感に溢れる声が、五条 悟を取り囲む。ほぼ視界の確保できない黒さのサングラスを上げながら、五条は平然と告げる。
「どうって、安定としか言い様がありませんが。ご報告したでしょう? 器との関係も良好、人類への敵意も感じられず、どちらかといえば食への好奇心が強───」
「そんな事を聞いているのではない!!」
五条の言葉を遮り、肘掛けを強く叩く音が響いた。分かっている。このお偉方の聞きたいことはそうではないと。
だが五条はこの上層部の連中が嫌いなので正直に答えるのは癪だった。
「いつ指を集め宿儺を殺せるのかと聞いているのだ五条 悟!」
上層部は両面宿儺に対し、何か恐れとは違う感情を抱いている。五条はそう感じていた。
(ここまで宿儺を殺そうと躍起になる理由は何だ? 宿儺も大した悪党じゃないってのに)
「そうは言ってもですね。宿儺の指は一本一本が呪いを集める特級呪物、簡単に集まる代物じゃないのはご存知では〜?」
「だから器の虎杖 悠仁を生かしてやっているのだろう!! 何としても、あ奴が暴れ出す前に指を集めろ!!」
(全く、言うだけは易しって言うよね……)
心の中で五条は大きくため息を吐く。上層部への報告会はいつもこうだ。
(暴れ出す前ねぇ……爺さん方は宿儺伝説の再来でも恐れてるんだか)
御三家として産まれた五条は、当然両面宿儺の伝説は知っていた。
異形の肉体と無敵の術式、更には二つの呪具を用いて、呪術師なら知らぬ者は居ないであろう藤原北家直属の『
安倍家の精鋭と菅原家によって編成された『
だが実際に会った宿儺は、それ程の強者とは到底思えぬ人柄をしていた。
「指を集めるとは言いましたがね、宿儺の指は呪霊が食ってたり呪詛師が持ってたりするかもしれないでしょう。そういう相手依存の場合は、指を持ってる側が動き出してくれないとこちらも動けないんですよ」
「それを何とかするのが器の仕事であろう!」
「器以前に、虎杖 悠仁は呪術師としてまだ未完成。たとえ指を見つけたとしても、その後手も足も出ずに殺されては話にならないでしょうに」
「戯けた事を……そうやって虎杖 悠仁の死刑を延ばすのが目的か五条!!」
四方八方から怒声が飛ぶが、五条は無下限で防御しているので右から左へ受け流す。
もう罵倒するだけの大会になってきたしいいかとその場を去ろうとする五条の背に、今まで唯一口を開かなかった老人の声が掛かる。
「死刑執行自体は何時でも可能だと忘れるなよ」
一年前、現呪術高専二年生 乙骨憂太の際にも似たような事を言っていた老人だと覚えがあった。
ならば言うことは同じだ。
「そうなれば、私が虎杖の側につく事もお忘れなく」
これは、とある窓の残した記録である。
2018年 7月。
西東京市 英集少年院 運動場・上空。
特級仮想怨霊(名称未定)、その呪胎を非術師数名の目視で確認。
緊急事態の為、高専一年生三名が派遣され 内一名、死亡。
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