万「次構築術式が雑魚っつったらぶち殺すわよ」 作:ヘジェイオウ
「時に貴方。人間の三大欲求は何と何と何か分かるかしら?」
「朝食が不要なのは分かりましたのでもう戻っていいですか」
「人の話は最後まで聞きなさい」
げんなりした様子で小間使いが答える。
「せっかく人がこの平安の世の象徴たる宿儺の魅力を懇切丁寧に語ってあげているというのに贅沢な男ね。でも私は深い慈悲を持ってそれを許すわ。何故なら宿儺はこの程度で説明を諦めるような凡夫を伴侶として求めてないだろうから!」
ふふん、と一人でご機嫌になっていた万だが、二度見た
「早く答えなさい。貴方、それが分からないような馬鹿ではなかったはずよ」
「はあ。性欲、食欲、睡眠欲でしょうか」
「ブー! ブブブブブッ、ヴゥ〜〜〜!! 果てしなく不正解よ! 正解は宿儺性欲、宿儺食欲、宿儺膝枕快適安眠欲よ。こんなの日本書紀にも書いてあるんだけど」
「語呂が悪いにも程があるでしょう。そして唾を飛ばさないでください」
顔面に大量に浴びた唾液を拭いながら、小間使い既にここに来たことを後悔し始めていた。
「宿儺性欲は百歩譲って、いや本当は微塵も分かりたくないですが一万歩譲って分かります。じゃあ宿儺食欲って何なんですか」
「おっ、質問をし始めるのはいい兆候だわ。世界を知るには宿儺を知るのが一番早いということにようやく気づいたようね」
「お褒めに預かり恐悦至極。して内容は?」
「簡単よ。聞いた話によるとあのおかっぱのガキは宿儺お抱えの料理人らしいじゃない。つまりあのクソガキ以上の料理を作って宿儺を満たせれば、その笑顔で私も満たされる! これこそ自給自足!! 宿儺のハートもキャッチ!!! 用済みのガキは捨てられ、晴れて私はゴールインというわけよ」
「もう三大欲求関係ないですね。ほぼ自己満じゃないですか」
「あんた小間使いよね? 口悪すぎない??」
「しかァし!」
「うるさっ」
「しかし、しかしよ! 今私には誠に、極めて、甚だ遺憾ながらァ! 宿儺の妻となるには決定的に足りないものがある!!」
ここでくるりと一回転し、ビシッと指を差して決める。
「さぁ! 当ててみなさい! 今の私に足りないもの! それはぁ!?」
出題者から指名された小間使いは、しばしの黙考の後、答えた。
「甲斐性ですね」
「殺すわよ」
* * * * * *
「────つまり両面宿儺の隣に立つには、その孤独を埋められるだけの強さが必要不可欠であると」
「その通りよ」
「しかし万様、構築術式の燃費の悪さは液体金属の流用と昆虫由来の肉鎧で補うとの結論が出たと以前おっしゃっていたではありませんか?」
彼が言ったことは正解である。
構築術式は他の術式に比べ、呪力効率が大きく劣ることで有名だ。まともに使えば、例え万ほどの猛者であっても5分と保たないだろう。
故に万は昆虫に目をつけた。自身の肉体以上の物を動かす力、そのために洗練されたエネルギー効率。これらを参考にすることで、万は己の構築術式に結論を出すことに成功した。
しかし、それも
「それなんだけどね、あれじゃ全然ダメだわ。もうカス。本当にカス。今までの私は宿儺のことをまるで理解していなかったと思うと悲しくなるわね」
「話が飛躍しすぎでございます。分かるようにおっしゃってください」
「まず液体金属。一見すると変幻自在の物質は便利に思えるけど、常に呪力操作を行い続けないといけないのは減点だわ。これじゃ、“無から有を作って終わり”という構築術式の利点を潰している」
確かに液体金属であれば、あらゆる場面で臨機応変に対応することが可能だろう。しかし無駄が多すぎる。戦法としては悪くないが、わざわざ構築術式でやる必要がないのだ。
「次に肉の鎧。これはあらゆる昆虫のいいとこ取りを実現した私の創意工夫の塊だけれど、裏を返せばこれを対処されたら少なくとも防御が終わりということになる」
以前この運用方法を思いついたときには小躍りしながら報告してきたというのに、よくもまあ短期間でここまでこき下ろせるものだと若干引きながら、小間使いは話を聞き続ける。
「もしも鎧を貫くほど攻撃力が高かったら? もしも鎧ごと撃ち抜かれたりして内部から瓦解したら? 中距離の白兵戦でそんな隙があったら何回死ぬか分かったもんじゃないし、私の相手はあの宿儺よ? どうせ途中で見極められるに決まってるわ。言うなれば格下用の技ってことね。だから不採用」
「……万様」
小間使いは感激していた。すでに完成させたと思われていた構築術式だが、リスクを許容せず更なる高みへと目指す姿は紛うことなき求道者のそれだ。よもやついこの間まで問題児だった万がその域に達したのだ。
今日の昼食は豪華にしよう。そう思いながら彼はさらに質問を投げかける。
「では、今後はどう言った術式にするのでs」
「そぉぉれが分からないのよぉぉぉぉおお!!!!! ダメ出しだけして代案を出さないなんて典型的な無能のそれじゃない!!! 何? 何をしてんの?? 私は??? 自分で問題点には辿り着けたのにそこで満足して次に進まない感じ? そんなことある??? それじゃ何も進歩してないって軽く半世紀はずっと言ってるじゃなぁぁあい!!!!」
しまった、と思ったがもう遅い。彼は選択を間違えたのだ。これはそれに対する罰と言っても良いだろう。
「万様! お気を確かに! 今からじっくり考えれば良いではありませんk」
「ああああああ!!!! 許せない!!! いつまで経っても結論が出ない自分が許せない!!! こんな術式に生まれた自分が許せないぃぃぃいい!!!! 宿儺宿儺術式宿儺宿儺宿儺愛術式宿儺宿儺愛宿儺愛術式愛愛宿儺愛術式愛愛愛愛愛!!!!!!」
「あ私戻りますね研鑽の邪魔をして申し訳ありませんでしたまた後ほどでは失礼します」
万から己に向けられた注意が逸れた一瞬の隙に、彼は狂気の空間から逃げ出すことに成功した。本日一のファインプレーである。
* * * * * *
小間使いがいなくなってしばらく経った後、一人部屋に残された万は既に冷静になっていた。
「確かにあいつの言う通り、焦る必要はどこにもない。でもこのまま宿儺に会えないと禁断症状で発狂してしまうわ……一刻も早く打開策を見つけないと……!」
とはいえ、呪力効率が終わっている構築術式で出来ることは少ない。
もういっそ剣でも作ろうかと考えていた時、万の視界にあるものが飛び込んできた。
それは、宿儺に斬られた後、初めてこの部屋に戻ってきた際に真っ先に彫り込んだ、宿儺♡万の相合傘であった。
「そうよ、この気持ちを忘れてはダメよ万……確かに今はまだその時ではない。でもいずれ必ず、宿儺と私は相合傘を……………」
──────傘?
やけにしっくりくる。傘、傘、傘……
「ははっ」
あったじゃない、投擲も剣撃も防御も飛行もできる唯一無二の武器が────!
先ほどまでのスランプが嘘のようにイメージが湧いてくる。それら全てを万は忘れないよう必死に書き留め始めた。
* * * * * *
──数時間後。全裸で紙束の上に座り込んでいる万は、誰もいない部屋で一人呟いた。
「仕上がったわ……私の花嫁道……!」
今ここに、愛の使徒が完成した。
愛愛言いすぎて油断するとペテルギウスになりそう…