S4…正式名称は「調査及び討伐のための特殊部隊群」
人類が居住する地球外惑星において、人々の安全を守るため怪獣との戦闘業務を担う。
特別錬成隊員…通称特練隊員。S4の中でも特に優秀な隊員を指す。階級とは無関係に、個人の力量によって判断される。
沈まない空中要塞(VS.ロボフォー)
紫色で覆われる空に、灰色の雲がまばらに置かれている。風が弱いためか、雲は揺れない。消えることもない。どっしりと腰を下ろしたまま動こうとしなかった。
こんな色でも、あえて天気を示すなら『晴れ』になるのだろう。しかし、地球に広がる青空のような澄み渡った心地よさは感じられず、むしろ重苦しさが漂っていた。奇妙な空を、鋭い岩山の頂が無数に突く。ほとんどの岩は
そういった地形の一つに、男はいる。正確には、男の他に2人の人間。そして、巨体があった。
剣を振り下ろす。手応えはなかった。手の平に走った痺れの理由を、剣の先端が示す。岩石の地面に突き立っていた。
外れた。あるいは避けられたか。
「シロ!前!」
同じ部隊の隊長である男にあだ名で呼ばれた。
切り落とすはずだった尻尾が、凄まじい勢いでこちらに向かってくるのを視認した。節ばった銀灰色の尾がぎらりと煌めく。
跳んだ。竹森の身を包むのは怪獣討伐に特化した強化スーツであり、垂直跳びでも地上4メートルほどまで跳び上がることができる。空中で体を翻らせて尻尾を回避、体操競技の選手のように華麗に着地した。
尻尾が戻ってくる。竹森は足に力を込め、さらに遠くまで跳んだ。尾が届く範囲から抜け出て、改めて目の前の巨大怪獣を見る。
四足歩行の体は首から尾に至るまで、芋虫のような節が連なっていた。頭と尾は細く、胴が太い。ソフトクリームを寝かせたみたいだ、と少し可愛げのある想像が働いたが、突き出た角と厳めしい顔、背中に並ぶ尖った突起が恐ろしい現実に引き戻す。
地底怪獣ゴルドン。
遙か昔、地球にも現れ、当時の怪獣対策組織「科学特捜隊」とウルトラマンにより無力化された。それから長い月日を経た現在、人類が進出した地球外惑星『イメル』にも類似の個体が確認されていた。
竹森がいる、この惑星だ。人類は400年ほど前、地球外の惑星に居住するプロジェクトを開始した。イメルは実際に人類が進出し、多くの地球人が住む外惑星の一つだ。
一点、ゴルドンについて異なる点といえば、地球に現れたのは金色だったのに対し、イメルには銀のゴルドンも現れるとということ。そして竹森の部隊が対峙しているのは、まさに銀色の個体だった。
ずりずりと体を滑らせたゴルドンは頭をこちらに向けた。常に怒り狂っているような吊り上がった目が、竹森を見下ろしている。
〈オオオオオオオー!!〉
遠吠えのように背中を反らせ、高らかに吼える。しかしその動作にも、方向転換をする動きも明らかに精彩を欠いていた。
既に竹森と同じ部隊の仲間がゴルドンに攻撃を加え、体中に傷をつけている。
「竹森さん!やっちゃってください!」
ゴルドンを挟んで反対側にいる同部隊の
竹森は駆け、ゴルドンの前足に至る。節に足をかけて駆け上り、斜面が急になったところでごつごつとした体表に手をかけた。
瞬時に背中に到達する。手負いといえど、ゴルドンは竹森がよじ登ったことに気づいているだろう。振り落とすのは簡単だ。寝転んでしまえばいいし、そのまま潰すことだってできる。
――そうなる前に。
背中に並ぶ、二叉の突起を蹴って跳んだ。踏ん張りが上手くいったため、強化ブーツは跳躍力を最大限に増幅させてくれた。ゴルドンの体は、足下よりはるか下。自分がゴルドンよりも巨大な生き物になった気分だった。
落下が始まる。竹森は短く息を吸い、ブレードを振りかぶった。
落ちる勢いを加えて斬りつける。狙いは、首。みるみる標的が近くなった。もう目の前。
力を込めるのは一瞬。大丈夫だ、しくじることはない。
そう言い聞かせているのは、何も自らを鼓吹するためではない。単純に、しくじらないだろうという想像ができたからだ。
息を吐くと同時に、振り抜く。
――今度さ、親に会ってほしいんだよね。
雑念がよぎった。
静かに着地する。手に残るのは硬い感触。しかし先ほどとは異なる、たしかに肉を切り裂いた感触だ。
血の雨が降る。銀色の巨体は一度揺らぎ、そのまま横倒しになった。
「シロ、お前特錬隊員目指せよ」
竹森が属する3人一組の部隊における隊長、ゴウはそう告げた。
怪獣討伐任務の後は基地に戻り、作戦室でフィードバックを行うのが通例だ。フィードバックはそのまま雑談に遷移することがままあり、今も一通りの振り返りを終えて、オペレーター以外の3人が作戦室に居残っている。戦闘状況を俯瞰する大型モニターが設置されている以外は、椅子と机が置かれた普通の部屋。作戦会議と反省、もとい雑談には最適な場所だ。普段通りの会話の中で隊長から発せられたのは、竹森にとって突拍子もない内容だった。
「え、なんでですか」
「なんでって、優秀だからだよ。あんだけ適確に、落ち着いて怪獣と戦える奴はそう多くない。それにお前まだ27か28だろ、年齢的にも全然目指せる」
「たしかに。目指せばいいじゃないっすか特錬!」
二井が軽々しく乗っかる。
特錬。正式名称は特別錬成隊員。竹森たちの所属する怪獣討伐、および外惑星調査組織において、特に戦闘能力が高い精鋭隊員を指す。全ての調査隊員のうち、特錬と呼ばれるのは約0.1%。そして特徴的なのは、階級・職位とは関係なく、独自の選別方法をもちいたランキングにおいてその枠が決定されるという点である。
階級とは無関係なため、特錬になったからといって職権が拡大するわけではない。しかしいわば『成績優秀者』である彼らには、種々の利益が伴うし、注目度も上がる。
そういう立場を目指せる、というゴウの言葉はかなり竹森を評価している証拠になるが、調子のいい二井が同調すると言葉の重みは三割ほど減る。
「きっとモテますよ、特錬隊員」
「お~たしかに、モテるかもな、二井と違って」
「え、俺サゲる必要ありました?」
くく、と竹森は苦笑して背もたれに背をあずけた。
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど、遠慮しときます」
「遠慮ってなんだよお前」
「いや普通に、特錬ならなくていいんで」
ばっさり否定すると、ゴウは仏頂面になった。
「いや、駄目だ。お前ならいける」
「駄目ってなんすかおかしいでしょ」
「俺もちょっと前から特錬目指して色々頑張ってんだよ。一人はさみしい」
「子どもか。そもそもゴウさん、特錬目指せとか俺に強制する権利ないですよね」
「俺上司、お前部下」
「クソ」
なんだか今日はしつこい。トイレに立って話題を切ろうか考えた。
「まあぶっちゃけ、もったいないと思ってな。全員が手ぇ伸ばして届く場所にいるわけじゃないからよ」
「俺は手伸ばせば届きそうに見えます?」
ゴウは至極真面目な顔で「おう」と頷いた。
竹森は腕を組み、鼻息を吐いた。
「……正直、憧れはありますよ、特錬隊員。でも必ずしも目指す必要はないじゃないですか。俺は今の部隊と稼ぎと仕事で満足です。これは頭打ちになってるってわけじゃなくて、今のまま進んでいけば……なんというか、想像できるっていうか」
「何がすか?」
二井が口をぽかんと開けて尋ねる。
「未来とか、幸せ?みたいな」
「竹森さんたまに結構恥ずいこと言いますよね。ウケる」
「金輪際俺に喋りかけんなよ」
「いやすいませんって。でももったいねえと思うけどなあ俺。モテそうだし」
「そればっかりか。別に俺モテなくてもいいから」
竹森には3年交際し、同棲している彼女がいる。相手もS4に所属しており、1年前に調査隊員を辞した。今は事務・技術の裏方専門でやっている。
調査隊員は、前線に出て怪獣と戦うことも多い。危険が伴う仕事だった。彼女がそこから離れてくれたことについて、竹森は安心している。同時に、彼女自身が構想する人生設計も伺うことができた。
結婚をして、子を持つかもしれない。竹森は父親に、彼女は母親になる。まだまだ動ける竹森は別として、母親がそう簡単に怪我を負うわけにはいかない。
それは単なる想像に過ぎないが、そこまで荒唐無稽でもない。今のまま、もう何段か階段を上れば達することができる未来。そんな気がしていた。
特錬隊員を目指すという行為は、想像できる未来にとって無駄ではないと思う。だが必ず必要でもなかった。今の竹森にとって、「やらなくていい」ことは、「やらない」理由に十分なり得る。
――今度さ、親に会ってほしいんだよね。
彼女から言われた言葉をゴルドンとの戦闘中に思い出すくらいには、それでもゴルドンの首を断ち切れるくらいには、この生活に慣れている。必要以上に手を伸ばす必要は、ないだろう。
「そんなわけでゴウさん、特錬隊員は一人さびしく目指してください」
「薄情な部下だな全く」
ゴウは唇を尖らせたが、ある程度は納得した様子で帰り支度を始めた。
その日もいつも通りの任務だった。惑星イメル第2調査地における、小型怪獣討伐任務。ターゲットは、イノシシのような四足歩行の『ザイゴ』と、地底怪獣ツインテールをそのまま人間大まで縮めたような姿の『スペースワーム』。竹森のいる『惑星イメル』は、地下物質の密度の関係で洞窟内における重力が不安定になるという異常がみられるものの、今回の任務は外だったため対策もいらなかった。
ゴウ、二井と協力して周囲の小型怪獣をあらかた撃退し、最後の1体であるザイゴに目を向けた。鎧のような外骨格の下から覗く眼は、闘争心と怯えが半々だった。
容赦はしない。これが仕事だ。ザイゴに向かって走り出した竹森だったが、すぐに足を止める。左からソードを振り抜いた二井が飛びかかり、ザイゴの胴体を深く斬りつけた。怯んだところをさらに追撃。二井が使っているソードは、竹森の使うブレードに比べて軽量だ。その利点を生かし、三、四と連続で攻撃をしかける。ザイゴはすぐに地面に倒れ、動かなくなった。
「どうした二井。珍しくやる気出して」
獲物を横取りされ、竹森は尋ねた。別段ザイゴに執着していたわけでもないため横取りもクソもないが、普段の二井はわざわざ討伐数を稼ぐような真似はしない隊員だ。
「いやあ、俺も真面目にやったら案外特錬になれるんじゃねえかなって」
「こないだの話聞いて触発されたのか?単純な奴だな」
やや遠くの岩場でゴウが声を投げた。竹森も完全に同意見だ。
「厳しいだろお前じゃ」
「いや、俺は竹森さんとゴウさんにはない若さがありますから。将来有望でしょ」
「3日後もやる気が続いてたら1000円やるよ」
「あ、なめてますよね俺の事!ちきしょお」
二井は歯ぎしりをして周囲をきょろきょろと見回した。新たな獲物を探しているのだろうか。やがて首の動きを止め、「いた!」と声を上げる。視線の先、住居の高さがある岩場を二、三隔てた先の平地で、スペースワームがのそのそと動いていた。
「俺の獲物っすよ!」
勇んで駆け出す二井の背をぼーっと眺めた。馬鹿だな、とも思ったが、少しだけ羨ましさもある。不確定の目標に向かって走り出すことができる無鉄砲さが、彼にはある。自分にもその選択をすることは可能かもしれないが、二井よりも尻込みをしてしまうだろう。彼の言うとおり、若さとはたしかに武器なのかもしれない。
気をつけろよ、と声を掛けようとした時だった。標的のスペースワームより手前、高くそびえる岩の裏から、丸い形の影がすうっと現れた。それはまさしく円盤と呼ぶにふさわしいソレは、宙に浮かんだまま姿を表した。直径25メートルはあるだろうか。
「……えっ」
二井も気づいたようだ。止まった足が、時間を巻き戻すように後ずさりを始める。やばい、と直感で感じたのだろう。だが浮かんだ物体は、二井の直感より早く動いた。
ガシャ、という音と同時に円盤が伸びる。円の外側から内側に向けて、徐々に長くなる多段構造らしい。瞬く間に4段展開し、円錐を逆さにしたような形状のまま浮遊する。伸びた部分は青く、円盤部は白い。円盤部の側面が一部赤く光り輝いた。眼光のようだった。
惑星イメルには時々出没する。大昔、『ウルトラマン』がいた時代、地球に現れた機体よりは小ぶりだが、紫の空に浮かぶ姿は竹森をすくませる。
戦闘円盤ロボフォーだ。
「ひっ」
二井が背を向けて逃げ出す。その声に反応したように、ロボフォーは上部側面から無数の光を放った。マシンガンのごときビームの連射は、地面に被弾。二井を巻き込んで爆発を上げた。
「うああッ――」
「二井!」
竹森はすぐさま駆け寄った。ビームは撃ち込まれ続けている。爆風を裂いて、倒れ込んだ二井を抱えた。
「ぐっ……!」
S4のスーツとヘルメットは強固な防護機能を誇っており、致命傷になるほどではない。ロボフォーのビームも一発の威力はそこまで高くなさそうだ。だが、体に叩きつける熱と衝撃はかなり響いた。
歯を食いしばって二井を肩に担ぎ、大急ぎでその場から離れる。
「ゴウさん!」
呼ぶ前に、ゴウはすでに動いていた。彼の武器はバズーカ、いわゆるロケットランチャーのように担いで用いる遠距離武器だ。ロボフォーめがけてビーム弾を撃ち込み、彼の方に気を引かせる。
その隙に、竹森は近場の大岩の裏に避難した。岩が遮蔽物となるため、気休め程度には安全だろう。二井を寝かせる。
「おい、大丈夫か」
「いっ……てぇっす……痛てぇ……」
「よし、意識あんな」
防護を外し、スーツを剥いだ。体に出血はほとんどない。だが左腕と背中が火傷の状態だった。それもさして深くないが、範囲は広い。痛みは相当あるだろう。それに最近は任務で危機に瀕する場面などなかった。経験が浅い二井にとってはショッキングだろう。
飲料用の水を全て火傷にかけ、その後に応急治癒薬の『ヒールキット』をバシャバシャと振りかけた。湿った体にスーツをかぶせて密着させる。外気温が低いため、竹森は自分のジャケットをかぶせた。
『シロォ!二井どうだ!?』
インカムからゴウの声が入る。ロボフォーと戦闘中のためか、息が切れている。
「大丈夫です、無事です」
『傷どうだ!?』
「そんなに深くはないです。ただ、火傷がちょいきつそうなのと……急に食らったもんで、精神的にだいぶ参ってそうです。前線復帰させろとか酷ですよ」
「わかってるよ!ちゃんと処置して寝かせとけ」
『もう済みました。そっち合流します』
岩の影から状況を伺う。ロボフォーは岩場から目測で70メートル程先にいた。奴の周囲にはゴウ、そして3人ほどのS4隊員が攻撃を試みていた。付近で調査任務に当たっており、急遽かけつけてくれたのだろう。だがいずれの隊員も、空を主戦場とする武装円盤にたいして有効打は与えられていない。
ゴウは一度ロボフォーから距離を取っていた。竹森は岩場を出て、後方で状況を眺める彼のもとに辿り着く。
「ゴウさん、状況は」
「上手くねぇな。機敏な上にずっと上空にいるから近距離武器の奴は手出しできねぇ。極めつけは」
話の途中でバズーカを肩に担ぎ、発射した。S4の飛び道具は基本的に粒子エネルギー兵器であり、砲口からは金色の光球が撃ち放たれた。
狙いは完璧。確実に当たると思われた光球は、どういうわけかロボフォーの手前数メートルで爆ぜて消えた。
「……は?」
竹森はロボフォーを眇めた。消える際、空中に何か、光の波紋と呼ぶべきものが生じ、砲撃を防いだように見えた。
「あの野郎、シールドを張ってる。周りをくるくる回ってる奴が展開してるんだ」
見れば、ロボフォーの外郭から5メートルほど離れた地点を、2つの球体がぐるぐると回っている。人間でも抱えられそうな大きさのそれは、ロボフォーを挟んで距離を維持しつつ、月が地球の周りを回るようにして外縁を沿う。
ゴウいわく、ビームが防がれる原因こそこの球体だという。
「あのボール、堕とせますか」
「無茶言うな。結構速えぞ、狙って撃墜するのは難しい」
「どうしましょう」
「まあ俺以外にも遠距離武器を持ってる奴はいっぱいいる。そいつらのラッキーパンチを待て。シールドが剥がれたら本体を攻撃して」
「落ちたら俺ら近距離武器勢で袋だたきですかね」
ゴウはちらりと視線を投げ、「わかってるじゃねえか」と笑う。
大丈夫だ。竹森の心音は平常に戻っている。シールドを展開している球体「浮遊ジャイロ」が被弾するのを待つという半ば運任せの作戦だが、突如現れた円盤と寄せ集めの数部隊で取る戦略としては上等だ。
堕とせる。イメルの空は今日も紫で、雲は動かない。この前と同じ。いつもと同じ。
『――ゴウ隊員、竹森隊員』
突如、バックアップ係のオペレーターから通信があった。
『隣接する第3調査地にも、ロボフォーが確認されました。繰り返します。隣接する第3調査地にもロボフォーが』
風が吹いた。雲は絵の具が滲むようにして形を変えた。
「…………え」
竹森は、ブレードを取り落とす。
「あ、うあ、あ」
「シロ?」
やばい。やばいやばい。
「おい、シロ!どうしたんだ」
「お、おっおっ俺、俺の彼女、彼女」
「彼女がどうしたんだよ」
「今、います、第3調査地、たぶ、多分ですけど」
ゴウは聞き間違いを疑う顔だ。
「お前の彼女は、もう調査隊員止めたんだろ」
「き、今日だけ、例外で調査に出てます……リカバーネットの範囲調査で、他の隊員、みん、みんな出払ってて、ちょっと前まで、隊員だった彼女が出るって、出るってなって」
間が悪いの一言に尽きる。彼女は今日、本来は出ないはずの調査地に出動している。ただし、環境維持装置の適用範囲を確認するだけの仕事だ。危険はない。
突発的な怪獣の侵攻がなければ。
「くそ、なんで、やば、やばいマジで。どうしよ。本当に、彼女、死、死、死ん」
「シロ、イメルのロボフォーは出現する原因が2種類ある」
「……は?」
こんな時に何を。振り向いたがゴウは竹森ではなくロボフォーに視線を注いでいる。ただ、大きな手を肩に置いていた。
「その2種類、言ってみろ」
「な、なんで」
「言ってみろ」
「ひ、一つはロボフォーを使用する異星人が侵略目的で攻撃を行う『侵攻』。あと、もういっこが、自動攻撃機能を搭載した機体が放し飼い状態になって、イメルの重力か声明反応を拾って来た『捨て怪獣説』です」
「今回はどっちだ」
「……近い人間から狙う単調な攻撃。ここと隣の調査地を合わせても確認されているのは二機だけ。交渉や要求がない。これらの状況から勘案して、捨て怪獣説だと思います」
「だな。侵攻の場合は最悪だが、捨て怪獣ならぬ捨てロボットならまだマシだ。対処法は」
「該当調査地内の隊員で討伐にあたり、状況を見て援護に回る。……です」
「やっぱ優秀だよお前は」
肩を強く揺すってから、「遠距離武器持ってる奴!」と大声を張り上げた。
ゴウの声はでかい。拡声器でも使っているのかと錯覚した。
「1秒でも早くあの球墜とせ!こいつぶっ倒して第3調査地の援護に向かうぞ!」
簡潔な号令は、おそらくこの場の全隊員に届いている。その証拠に誰もがより注意深く狙いを定め始めた。ゴウ自身もバズーカを構え、スコープにヘルムのバイザーを際まで寄せる。
ゴウが指示を出してくれた。可能な限り早く第3調査地に向かえるようにするための、竹森に対する最大限の配慮だった。
それでも、竹森に対し「先に行け」とは言わない。
S4は組織だ。事によっては外惑星に住む全ての住人の命に関わる。勝手な行動を許す訳にはいかない。
――なんでって、優秀だからだよ。
しかし、理由がもう一つある気がした。
竹森を、戦力として高く評価している。この場において欠けていい人材ではない。落下したロボフォーにとどめを刺す、その速やかな一撃を果たせるのはお前だ。
言外にそう示されたような気がしたのは、自意識過剰だろうか。
けど、だめだ。
竹森は高度を維持するロボフォーに迫った。自分が持っているのは近距離武器だ。浮かんでいる相手に攻撃は届かない。それでも何かできることはないか。
竹森は考える。岩場を跳んで浮遊するロボフォーに斬り掛かる。スーツの性能を限界まで引き出せば可能だろうか。
派手に動いて気を引くか。地面まで近づかせれば、こちらの攻撃は届く。
いっそ剣を投げるか。二井の軽量なソードであれば浮かんでいる相手にも届くかも知れない。一か八か、借りてくるか。
激しく展開する思考とは裏腹に、瞳はただロボフォーを追っていた。走るでもなく、斬り掛かるでもなく、複数通りの想像を目の前のロボットに当てはめる。ゆらゆらと銃撃を回避する青と白の機体は、ゲームの画面を隔てた世界にいるかのように、竹森にとって遠かった。
想像はできる。このクソロボットを倒すための戦い方を。
でも、想像だけだった。実現できるとは思えない。ジャンプしても届かないし、気を引いても撃たれておしまいだ。やけくそに投げた武器が当たるわけない。
――どうしてだろう。
放心の中、疑問だけが湧いた。想像できていたはずだ。隊員としての将来も。竹森史郎としての未来も。このままそこそこ優秀なS4隊員として調査討伐を続ける。結婚もするだろう。子どもが生まれるかもしれない。
どうして急に遮られそうになっている。あと何段か上るだけだったのに。
想像を現実にできない。その恐怖が、足元から這い上がる。
そして気づいた。今まで想像できていたのは、想像を現実に照らし合わせることができたのは、実力があったからだと。人生を安泰に進められる自信があった。ゴウや二井から「優秀だ」と言ってもらえる実力が、自信の土台だった。
結局、力が必要なんじゃないか。竹森は臍を噛んだ。
なら、もし特錬隊員になっていたら?特錬を目指していたら?もっと強くなれたかもしれない。この状況も打開できたかかもしれない。
きっとすぐに彼女を助けに行けた。死んでしまうかも、なんて思うことはなかった。
ロボフォーは機敏に空を行き交う。シールドを展開する浮遊ジャイロは、いまだ2機とも健在だ。沈まない空中要塞を前に、力が抜けた。右手に握ったブレードの柄が、するりと手から落ちる。
瞬間、握った。握力から生じた電気信号が、脳に達した。
駆ける。ゴウの、周囲の隊員の合間を縫って、ロボフォーへ真っ直ぐ。
「おい、シロ!」
ゴウが呼んだが止まらない。浮かぶロボフォーの真下に至る。奴の『目』がどこにあるかなどわからない。だがロボットであればおそらく、真下も感知している。
伸長した部分の付け根から伸びる2本の細いアームが動いた。唾を飲み、後ろに跳ぶ。
1秒前まで竹森がいた場所に、アームが真っ直ぐ突き立った。串刺しになる自分を想像すると背中を冷たいものが流れた。
しかし、想定通りだった。アームは深々と岩の地面に突き刺さっている。ロボフォーは少し機体を畳み、激しく上下に揺れた。
――アームが抜けなくなっている。
全身全霊の力を込めて、竹森はジャンプした。アームを引き抜くため、ロボフォーはやや低い場所で滞空している。
(届く!)
機体が近づく。ブレードを握った手に力を込めた。
今、竹森の力でロボフォーを倒すのは難しい。未熟なのだ。想像は現実に届かない。
それを認めるしかなかった。認めて、それでもまだ想像していたいのだ。これまでと同じような自分の未来を。自分と彼女の未来を。
そのために、今は跳べ。動け。頭のてっぺんから足の先まで、全部、全部。
――意のままに動けよ。
バキッ。大きな音が響いた。腕を振るったのは同時か、少し後だったように思う。
感触がなかった。振った剣は空振りし、筋が張った腕が強く痛む。
ロボフォーは遠くなっていた。アームが地面から外れ、その時の動きで完全に避けられた。
「クッッッッッソ!!」
悔しさに占領される脳が、ぐわりと揺さぶられた。何かに体を強く叩かれた。おそらく左右どちらかのアームだ。
はたき飛ばされ、地面に体を打ち付けた。痛みと困惑でふらふらだが、足に力を込め立ち上がる。すると今度は何かに体を挟まれた。
「あぐあ……!」
左右から腕ごと体を固定されてれている。凄まじい力だ。肘が食い込み、あばらが悲鳴を上げる。
目の前にはロボフォーがいた。左右のアームで完全に竹森の自由を奪い、眼球のような赤いライトをぎらつかせる。そのライトの前に、光が灯った。ゴウが放ったエネルギー弾に似ているが、もっと大きい。
「まさか」
逃げなければ。即座に思ったができるならやっている。ロボフォーの光じゃ、先ほど二井に浴びせた攻撃のように光弾となって連射された。雨あられのビームが、全て竹森に浴びせられる。
「ああああああああああああああ!!」
熱と痛みに耐えた。視界は光と爆煙で遮られて見えないが、無限に撃ち続けられるはずはない。
歯を食いしばった。体の表面をじりじり炙られているような感覚。加えて爆風。S4のスーツが衝撃を排しているとはいえ、あまりにも――。
その時だった。拘束が途端に緩くなり、ビームも止んだ。
「う……」
尻餅をつく。見てみれば、ロボフォーは地に落ちていた。
「何が……」
「大丈夫か、シロ!」
ゴウの声が後方から飛ぶ。
「ロボフォーがお前を売ってる最中、浮遊ジャイロも停止したんだ!今2機とも破壊した。これで攻撃が通る!後は俺達が――」
ゴウの声を振り切って、立ち上がると同時に走った。ロボフォーは完全に隙だらけだ。地面に体を晒し、アームを虫のようにぴくぴくと震わせている。
伸張した多段構造の機体部分を駆け上がった。根元部分に至ると剣を逆手に持ち替え、力任せに突き立てた。
「ふんッッッ!!」
黒い刃が深々とめり込んだ。金属なだけあって硬さはゴルドンをはるかに超えているが、それでも通用する。すぐさま引き抜き、同じ箇所を執拗に斬りつけた。ブレードを振り下ろす度に装甲が破れ、火花が散る。手の平は焼けたように痛んだ。皮が破れているだろうが、竹森は攻撃を止めない。めちゃくちゃに、その場に深い穴を掘るような動きで斬撃を繰り出し続けた。
「ラスト……!」
最後の体力を振り絞って、再びブレードと突き立てた。通常の装甲部分でなく、円盤部とそこから展開した段部分のちょうど境目に、むりやりねじ込むようにして突き刺したのだ。
足下が揺れた。飛行機能を回復したのか、ロボフォーが動き出し、再び空中へと舞い戻る。
「ぐっ……」
竹森はなす術なく振り落とされ、地面を転がった。ブレードは突き刺さったままになっている。
「待ちやがれ!」
逃げられる。危惧したゴウがバズーカを構えるが、竹森は立ち上がって静観を決め込む。追撃が不要だとわかっているからだ。ブレードで攻撃を与えた部分では火花が荒々しく弾ける。飛行に支障が生じたのか、ロボフォーは時折ガクンと体を傾かせ、ひどく不安定な状態で浮かんでいた。
ロボフォーは展開していた機体を畳む。地面の方に伸びていた青色の機体が円盤部分に収納されていく。その時、ひどいきしみが上がった。ブレードは根元の部分に突き刺さったままだ。機体を仕舞おうとすると、挟み込んだブレードが引っかかり損傷がより広がる。それでも格納は停止しない。やはり自動操縦なのだろう。べきべきと金属がひしゃげ、破損する音が響く。その度に火花が激しくなり、動脈から出血するように止めどなくあふれ出す。
バキン!と一際大きな音が聞こえた。機体が中途半端に格納されたまま静止し、火花は上がらなくなっていた。フッと円盤部側面の点滅が失せたかと思えば、ロボフォーが墜ちる。重く響いた落下音は、もはや重力に抵抗できないことを示していた。
「マジかい」
呆気に取られるゴウに、竹森は「隊長」と声を掛ける。
「討伐報告済ませちゃってください」
言って、竹森は走り出した。向かう先は隣の第三調査地。彼女を助けなければ。
予想外の事態になった。移動の最中、ゴウから通話要請があった。出ると、『第三調査地に現れたロボフォーは既に現地の隊員が対処し、無力化済みである』とのことだった。
それを聞いて、まずは安堵した。最初の報告から30分も経っていない。被害は最小限だろう。
その後、すぐにオペレーターに連絡を取り、第三調査地で隊員に被害が出たか確認を取ってもらった。すると時間をおかずに返答があり、『数名が軽傷』とのこと。その中に、彼女はいなかった。
「よかった……」
膝から力が抜け、一度その場に座り込んだ。インカムの向こうで、オペレーターさんがくすくすと笑っている。
『彼女さんのこと、大事になさってるんですね』
「そりゃ、まあ」
『でも、向こうの担当から聞いたんですけど、彼女さんは調査地に出ていなかったそうですよ』
「……え?」
そんなはずはない。たしかに話していたのだ。討伐ではないが、久しぶりに『外』に出る仕事があると。
『何でも、早退されたとかで』
「ええ?じゃあホントに最初っから、調査地にはいなかったんですか」
『そうなりますね』
骨折り損だ、と少しだけ思ってしまったが、結局のところは無事なのだ。早退ということはロボフォーとも遭遇していないから、怖い思いもしなかったということ。
――会いたい。
その衝動が、再び竹森を立たせた。
ゴウに許可をもらい、基地に帰投後すぐに上がらせてもらった。治療もそこそこで骨が軋んだが、走って家路を辿った。
彼女とは同棲している。家にいるはずだ。
大通りを脇道に入ると、似通った集合住宅が並んで現れる。その4棟目。急いで家に帰ることなどほとんどないのに、ひどく長く感じた。すぐさま自室のドアを開く。
「
名前を呼んで、靴を脱ごうとしたところで何かを踏んでこけた。まずい、彼女の靴を踏んでしまったか。
足下を見て、違和感に気づく。自分でも、魅羽でもない靴を踏んでいたのだ。グレーの新しめな運動靴。サイズが合うとしたら自分だが、買った記憶がない。
ドアの向こうでどたどたと音がした。驚かせてしまったか。
「魅羽。帰ったよ」
扉を開ける。いない。奥の寝室か。ドタドタという音がまだ聞こえる。何をしているんだろう。
「魅羽、大丈夫かよ」
「あ、史郎――」
寝室に入ると、魅羽は毛布を被っていた。寒いのかと思ったが、露出した肩は地肌を晒している。
そして、見えた。寝室に入った瞬間、魅羽が寝るベッドの隣に、浅く焼けた肌が慌てて隠れたのが。
無心だった。帰る最中、あれほど渦巻いた安堵と不安が、想像が、漂白されたようになっていた。
数歩歩くと、四角だったベッドの奥が見えた。見ず知らずの男が、体を小さくしてそこにいる。布団にくるまっているのは、唯一の隠れ場所になるからだろう。つまり、男はベッドにいた。彼女と同じ、ベッドの上に。
「はっ」
竹森は振り仰いで、壁にもたれた。背中を擦って尻餅をつく。
「違うの史郎、これは」
魅羽が何かを言っていたが、聞こえなかった。竹森は目元に手を当てる。視界は真っ暗になった。
「はあ。は、ははは、は」
手の平が湿った。きっと、汗だろう。
疲れたな、と思った。本当に今日は色々あった。
色々、あっただろうか?今目の前の光景があまりのモノだったので、大したことがなかったように思えてくる。体の痛みが消えていく。戦いの記憶が薄れていく。
「無事でよかった」
やがて、最後に残った一滴を、竹森は言葉にした。
「ほんで、華麗にロボフォー討伐した後で」
二井が昼飯の牛丼を飲み込んだ。
「竹森さんは家に向かって」
「そう」
「竹森さんが家賃の6割を負担してる部屋に帰ったら見知らぬ靴があり」
「そう」
「いつも竹森さんが寝てる寝室で、彼女さんは知らない男と寝てたと」
「そう」
「ドラマティックっすね」
「マジなんでお前助けたんだろ」
胃に詰め込むようにしてスプーンを動かしていたが、流石に止まった。注文した「アクマニヤ風ロコモコ丼」が見るも無惨に半壊している。好物だが今日は味がしない。
2週間が経過した。体の傷は大したことなく、ロボフォーと戦った3日後から復帰している。心の傷も、大したことはない。今のところは、だが。これから荷物や部屋や、様々なものを整理していく中で、がくりと折れることがあるかもしれない。
ついでにいえば二井の怪我も軽かった。今日も隣でやってはいけないイジりを平気な顔でやっている。もっと重い怪我を負っておけばよかったのに。ドラマチックをドラマ「ティック」と言ったことにすら腹が立ってきた。
「おう、お疲れ」
「あ、お疲れ様です」
対面にゴウが座った。『ツインテールかき揚げ丼』の重そうな器がプレートの上に乗っている。
「シロ、どうだ調子は」
「悪くないですよ」
「ならよかった」
ゴウもまた、竹森の身に起きたことは知っている。それでいて話題には触れず、かといって腫れ物扱いもしない絶妙な会話を続けられている。この気遣いの1%でも二井にあればと、思わなくもない。
「ゴウさん」
「ん、どした」
「特錬隊員ってどうやったらなれるんですか」
ゴウの咀嚼が止まった。二井も面食らった顔でこちらを見ている。
「……どういう風邪の吹き回しだ、なんて愚問なのはわかってるが」
「想像してた将来が消えました。別の青写真が欲しいんです」
竹森は冷静に語ったが、ゴウの眉根にはしわが寄っていた。
「んな哀れみの目で見ないでくださいよ」
「……シロ。お前は堅いよ。想像ってのは、何も地に足着いてなきゃいけないわけじゃない。目指す先があるのは結構だが、お前はもう少し自由にやっても」
「地に足着いてる想像なんてないですよ」
竹森は薄く笑み、背もたれに体を預けた。
「これは実現するだろうな、って考えも、あっさりと破られたりするんだと思います。破られる原因は自分だったり、自分じゃなかったりすると思うんですけど」
「それなら、はなから目標とか……想像をすること自体意味がなくなっちまうだろ」
「そうなりたくないから、特錬を目指すんです。ああ、多分俺、『特錬隊員になる自分』を想像したいんじゃなくて、特錬隊員になれば『どんな想像も裏切られない』くらいの力が付けられるって考えなのかなぁ」
「特錬隊員は、お前にとってそんなに安泰なのか?」
「わかりません。ただ、思い描く将来像を実現させる。これは人間にとってすごく大事なことだと思うんです。そのために力を付けるのも、同じくらい大事で」
窓の外を見る。イメルの、紫の空が見えた。
――今度さ、親に会ってほしいんだよね。
魅羽に言われた言葉だった。たしか、3ヶ月前くらいだ。
竹森は、それをあしらった。適当な態度ではなかったと思うが、それっぽい理由をつけて先延ばしにしていた。彼女が相応の覚悟をもって言葉を紡いだのはなんとなくわかっていたのに。任務中にも思い出すくらいだったのだから。
だからきっと、自分は彼女の「想像」を曇らせてしまったのだろう。彼女の想像が竹森と同じだったかはわからないし、曇らせたからといって浮気されるのも辛いが。
もう想像を曇らせたくない。少なくとも自分と、自分に関わる誰かの分くらいは。現実に向き合う心と、脅威に立ち向かう力を身につけたい。
「だから特錬隊員を目指したいんですけど……これって半端ですかね」
「そんなこと、ないと思いますよ」
隣の二井が言った。お前には聞いてねえよ、と言おうとしたが、黙っておいてやった。
「ああ、俺もいいと思う」
ゴウはデカいかき揚げを箸で掴み、頬張った。
「だが……果たしてそう簡単に想像できるか?特錬試験は相当難しいぞ」
「できるでしょ」
竹森も姿勢を正し、スプーンの先端でハンバーグを割る。
「俺を優秀だって言ったのはあんただ」
スプーンを口に運ぶ。
けっこう、美味かった。