前回のあらすじ
メトロン星人の円盤から解放された
翌朝、基地のどこにも未来はおらず、まったくの行方不明となっていた。彼女を案じた知景は寮を飛び出し、ほどなくして興己もそのことを知る。
じりじりと肌を焦がすような気候にも慣れていたはずだが、今日は殊更暑く感じられた。いつものランニングのように整った呼吸を維持できない。胸に燻る不安が拍動を乱すので、数十秒に一度足を止めて、呼吸を整える始末だ。
それでも、
今いるのは灰濱市北西、昨日のアーストロンが現れた付近の道路だ。すぐ目の前には非常時にマグマを遮る防壁がそびえる。人通りはない。
未来が消えた理由に思い当たる節はないし、行き先の心当たりもなかった。だからひたすらに、思い出を辿って街を彷徨った。休暇中に
未来は、過去にしかいなかった。
ひとしきり回り終え、それでも基地に戻る気にはなれない。足が赴くままに向かった先が今いる場所だ。アーストロンの出現現場はまだS4の遺骸処理担当員が作業中であり、近づけば基地に連れ戻れてしまう。作業を目視できる範囲には行かないようにしつつ、市外縁の防壁まで辿り着いた。
今朝、寮内を駆け巡ったニュースは2つ。1つは
だからこそ、知景も我慢できずに飛び出したのだ。
(あいつが……
昨日と同じ場所に行けば、また殻島が来るかもしれない。根拠のない可能性に縋って辿り着いた先、やはりあの男はいない。
なぜ探す?
朝から頭にまとわりついて離れない疑問だった。未来との付き合いは、せいぜい訓練が始まった1年前からだ。訓練隊員の中では間違いなく一番親しいが、それだけだ。彼女について知らないことは沢山あるし、自分の全てを話したわけでもない。
――言っとくが子分は栄だけじゃねえぞ。未来っつー優秀な奴がもう一人。
先日、殻島にもそう語った。その通りだ。いわば未来は子分のようなもの。ただ、私を神輿に乗せて担いでいるだけの。
流石に疲労がピークだった。腰を曲げ、膝に手を突く。汗がぼたぼたと落ちると同時に、胸の内から何かがするりと溢れた。
「これは……」
未来からもらったネックレスだった。簡素な紐に、水晶のような透き通った石が繋がっている。石は透明な立方体の中心に、紫と緑の繊維が絡まりあって妖しげな存在感を放っている。
もらった日のことを思い出す。半年ほど前になるか。女子力で風呂上がりにだべっていた。当然その時興己はいない。
「これあげるよ」
本当に突然、手のひらに乗ったネックレスが差し出された。
「あげるって、何で?」
「プレゼント」
「何のだよ」
訝る知景に構わず、押し付けるように渡してくる。
「前から渡したいと思ってたんだ。これね、昔お父さんからもらったものなの」
「余計受け取れるかよ。親からのモンなんだからお前が持ってろよ」
「チカちゃんに持っててほしいの。この、四角の中の緑と紫色、見えるかな」
未来はネックレスを上に掲げて、水晶の部分を指差した。
「これね、ソリチュラっていう怪獣の組織を保存してあるの。お父さん、昔S4の生物研究分野にいてさ、そこで希少種のソラチュラの細胞分析をしてたの」
「ソリチュラ……ワッカとかレラトーニによくいるんだったか。でもたしか木みてえな怪獣で、緑色だろ。この紫は何なんだよ」
「だから希少種なんだよ。ソリチュラ(ゾンビ)って仮の名前が付けられたんだ。普通より土と水の汚染が進んだ土地で発見された個体だよ。普通のソリチュラだったら環境に適応できないはずなんだけど、こいつは体細胞に潜んでる微生物や細菌が宿主を延命させるために活性化して、適応した個体……だったかな。紫は、枯れた枝にもう一度命が宿った色」
思ったよりもおどろおどろしい背景がある。少しのけぞった知景を横目に、未来は続ける。
「で、そのゾンビソリチュラが生まれるメカニズムを解明したチームの1人がお父さんだったの」
「そりゃ、けっこうすごいんじゃないか」
「うん、すごいよ」
なぜか、少し暗い表情で未来は言った。
「研究の立役者だったお父さんは、褒章の一つとして、ソリチュラ(ゾンビ)の体組織を樹脂加工したものを授与されたの」
「この水晶っぽいのは樹脂か。んで、それがお前の手に渡ったと」
「もらったのは私が7歳くらいの時だから、もう10年以上前だね。でも、当時子どもだった私は、それを受け取りたくなかった」
「何でだよ」
「S4の研究部なんてかっこ悪い。そう言って受け取ろうとしなかったの」
ああ~、と返事を伸ばす。幼い未来の心情を理解できないわけではない。
大前提として、研究部の働きはS4にとって不可欠だ。武器、防具から調査地で用いる薬剤等のアイテムに至るまで、開発レシピを全て研究部で組んでいる。隊員にとって標準装備となる武器と防具は外注だが、怪獣素材を利用したMAはすべて研究部謹製。S4の調査を支える下地として、重要な機能を果たしていた。
が、職務に華があるかと問われれば、少なくとも戦闘隊員よりは見劣りするのが正直な所だろう。裏方に徹する研究部が脚光を浴びる機会は稀だ。個々人の戦闘能力から弾き出された『特別錬成隊員』という精鋭隊員達がスター的な注目を得ている状況も人気に拍車をかける。
特に、物事のわかりやすい部分しか拾うことができない幼子ならば、研究部を心から尊敬するのは難しいのかもしれない。
「『なんでパパは戦う隊員さんじゃないの。かっこ悪い。そんなパパからの贈り物なんか、いらない』。……今はわかるの、そんなこと言っちゃダメだって。ママに初めてぶたれて、『パパに謝りなさい』って言われて。でも……パパは『未来の言うとおりかもな』って、少し悲しそうに笑ってた」
それでも、娘の手にネックレスを握らせたという。
「後から、本当にすごい功績なんだってことを知ったよ。亜種怪獣の発生原理は、怪獣そのものの調査の他に、惑星の環境とか生態系の変遷とか、外的要因を細かく調べないと解明できないから。『すごい人』が手にするべき報酬を、『すごくない』私がもらっちゃった」
手にした石を眺める瞳は、愛しさと恨めしさが混じっている。
「だからいつか、私が心からすごいと思う人に渡そうと決めてたのよ」
「それが、アタシってか?」
おどけて自身を指さした知景に、未来はくすりともせず頷いた。いらないと言わせない重みを感じた。
「……お父さんさ、あの後本当に研究部辞めちゃって、調査隊員に鞍替えしたの。そんなに体力があるわけじゃないのにさ」
これには少し驚いた。外惑星での採集や実地調査、怪獣討伐の経験を積み、その知識を活かすために研究部へ転向というパターンは散見されるが、逆は稀だ。
まさか、娘の一言で転向を志したわけではあるまい。だが、タイミング的には未来の言葉が強い一押しだったのだろう。愛する娘からの厳しい評価は、父親にとってよほど鋭い棘だったらしい。
「ごめんね。きっと半分は、私が楽になりたいだけなの」
未来がネックレスの紐を持って掲げる。石が、知景の手のひらに収まった。
そんなものを押し付けるなと、正直思った。複雑な事情を聞かされれば、なくすことも捨てることも簡単にはできない。紛失防止のため、風呂と寝てる間以外はほとんど常に身につけていた。
時折未来は、「大事にしてくれてるんだね」と確認事項のように訊いた。あの日、「ランニングを控えてほしい」と願い出た時もそうだった。
お前が押し付けたくせに。何度も出そうになった不満をついぞ言葉にしなかったのは、ネックレスを受け取った瞬間の未来の表情がちらつくからだ。
未来が放った一言で父は本来の職を手放した。未来にとってソリチュラのネックレスは、父に対する申し訳なさと己の分不相応を知らしめる呪いに近い。
それでも。知景の手に石が収まった瞬間、痛みが走ったような顔を見せた。
父親からの、大切な贈り物。時を経て実感した思いなのだろう。
知景はネックレスを握りしめる。
別に安い言葉でよかった。強いスゴいと煽ててくれれば、金魚のフンでいてくれればそれでよかった。知景はそれで満たされた。それなのに。
こんなものを、大切なものをもらってしまった。もらった見返りの等価をまだ果たせていない。それは未来の言った「すごい人」なのだろうか?
探さなければ。会わなければ。
「どこに……行ったんだアイツは」
「やっぱりここにいた」
背後から声がした。聞き馴染みがあるが、残念ながら未来ではない。
「興己……やっぱり、ってのはどういう意味だ」
「知景さんは多分……衝動的に飛び出していっただろうから、まずこれまで未来さんと一緒に行った場所を巡ったんじゃないかな。その後で、殻島さんとの繋がりを疑って昨日と同じ場所まで行くと思って」
「ストーカーかテメェはよ」
冗談まじりに振り返って、息を飲んだ。
年頃の割にニキビの一つない興己の肌には、腫れと痣が目立っていた。左目に覆い被さるように膨らむ青痣と、唇の端で滲む血。
殴られた傷であることは明白だ。誰に? 愚問だろう。
今日一日不在だった知景を疎ましく思う者がいる。以前興己と未来の未熟さをあげつらって排斥した、
「あの……クソども!」
吐き捨てた知景を「気にしないで」と興己は宥める。
「どちらかといえば、ことの発端は僕だ」
そう言って手の甲を翳す。指の根元部分の関節で、痛々しく皮がめくれていた。
「僕から殴りかかった」
「なんで、そんな真似」
「未来さんを侮辱された。『足を引っ張ってた奴が消えてせいせいした、どうせ訓練に着いて行けなくなって脱走したんだろう』。あえて聞こえるように話しててね。体が先に動いた」
淡々とした語り口が逆に信憑性をもたせ、なおのこと意外だった。興己は大池どもに憤慨することはあっても、手を出すような人物ではない。
はたと知景は思い出した。以前も大池に対し、「未来を悪く言うな」と抵抗したこと。上手の稽古をつけてやった後、汗をかいているからと言って未来を遠ざけたこと。そうか、こいつ未来のことが好きで——。
「自分で言うのもなんだけど、結構食い下がれたよ」
「ボコボコの面で何言ってんだ」
「ほんとにボコボコにされてたらこのくらいじゃ済まないでしょ。知景さんが組手の稽古つけてくれたから、あいつらを少し打ち負かすことができた。気分爽快ってわけじゃないけど……うん、後悔してない」
何が言いたい。問う前に興己が言葉を次いだ。
「未来さんのおかげで勇気を出せた。知景さんのおかげで強くあれた。僕は、3人がいいよ。また3人で……未来さんの軽口を聞きながら、知景さんに組手を教わりたい」
恥じらう様子を一切見せず、真っ直ぐこちらを見つめていた。その瞳が、何よりここまで来てくれた行動そのものが彼の意思を示していた。
「あいつを、探してくれんのか」
「もちろん。昨日の……メトロン星人と接触したことについては、一旦保留だね」
「……意外だな。お前は警察に任せた方がいいって言いそうなのに」
「うーん、じきに警察は動きそうだし、任せておくべきだとは思うよ。でもきっと、親しかった僕たちに事情聴取して、行きそうな場所とか失踪の心当たりとかを聞き出してから未来さんの行方を捜査するよね。だったら、僕たちが個人で先回りしても一緒じゃない?」
一緒なわけあるか。警察が組織的に取り組む捜索と素人2人の鬼ごっこもどきを同じにするな。
知景の口から出かかった反論は、興己自身も抱えているはずだ。その理性を封じるための雑すぎる大義名分が、未来の身を案じる気持ちを示している。
「馬鹿か」
その思いが、純粋に嬉しい。知景が相合を崩すと、興己もつられて優しい笑みを浮かべた。
「アタシは飛び出しちまった身だから今日は帰れねえ。適当に夜を明かして、明日また落ち合おう」
「うん。僕もうまく抜けてくるよ。それと……」
興己の笑みが、憂いのある表情に転じた。
「……ごめん、一コ隠してたことがあって。知景さん、アーストロンが現れた日の何日か前に、未来さんからランニング控えるようにお願いされてたよね」
ひゅっ、と息を飲んだ。たしかに、件の日の2日前に未来から忠告を受けている。だが。
「なんでお前が知ってんだ?」
「そのことを未来さんから聞かされたんだよ。『チカちゃんにはしばらくランニングをやめるようにお願いした』。その上で『約束を破るかもしれないから、その時は興己くんがついててあげて』とも言われたんだ」
「じゃあ、あの日お前とランニングコースが被ったのは」
「僕が偶然を装った。キ、キモいよねストーカーみたいで。ごめん」
そんなことはどうでもいい。興己の話によれば、未来はまずランニングを控えるよう知景に伝えた。その上で、知景が約束を守らなかった場合も想定して興己に話をしていたことになる。
興己は未来に従い、知景と共に禁じられていたコースを走った。
「何かが起こる気がする」。未来は言った。その「何か」を想定して、お
(アタシってそんな単純か!?)
約束を破るかもしれない、という未来の予想は的中している。頬に熱が上る知景を前に、興己はもごもごと弁明を繰り返していた。
「あの時背負っていたリュックも、本当は重しじゃなくて色々道具を入れてたんだ。未来さんは『何か起こるかも』としか言わなかったから、包帯とか懐中電灯、飲料水とかも。メトロン星人の円盤に連れ去られるなんて夢にも思わなかったから、結局ほとんど意味はなかったけどね。……そうだ」
話の途中で、思い出したかのように顎に手を当てる。
「知景さん、あのメトロンの円盤がどこにいるかわかる?」
「あ? んなもん空の上だろ」
「どの空の上?」
「そりゃアペヌイの――」
そうか、と知景の思考も着地する。あまりに衝撃の事態で忘れていたが、メトロン星人のUFOは
去年9月。アペヌイの上空で正体不明の飛行型円盤が確認された。それからひと月後、その円盤はメトロン星人のものであることが、アペヌイ惑星統括長官の
「メトロン星人が怪獣災害に備えるっていう目的で留まっているなら、アーストロンを倒した殻島さんの行動は賞賛に値するはず」
「でも殻島は、メトロンたちから迷惑そうな反応を食らってた。ありゃどういう訳だ?」
そもそも、殻島はいつからあの円盤にいた? アペヌイ上空に居座った当初からいたのだろうか。だが殻島は、別の星に飛ばされて怪獣と戦わされたと語っていた。常にアペヌイにいたわけではないのかもしれない。
殻島がアペヌイにいた期間が長ければ長いほど、未来と何らかの関係を持っている可能性が高まる。未来の忠告と全く同じ時期に現れた巨大怪獣。そして謎の男、殻島
「いや、でもそれだと……」
そわそわと唇を引っ張っていた興己だが、再び知景に振り向いた。
「やっぱり、未来さんの行動から推測される事実が2つある。まず一つ目、未来さんは多分、殻島さんのことを知らない」
自分の頭にあった可能性をいきなり否定され、知景は狼狽える。
「な、なんで言い切れるんだよ」
「前提として、未来さんがアーストロンの出現を予測していた可能性がある、っていうのはわかるよね」
「そりゃ、まあな……。あいつは数日間、基地から北西の方面には出るなっつってた。アーストロンが出た場所と時期は綺麗に一致してる」
「でも、殻島さんのことを知っていたら。あの人に怪獣を倒す意思と十分な能力があると知っていたら、わざわざ知景さんに警告したかな」
なるほど、と知景も口に手を当てる。アーストロンの危険性は、殻島によって排除される。あえて知景に言い含めたということは、殻島が討伐することを想定していなかったとみていい。
「もちろん、危険なことには変わりないからランニングを日課にしてる知景さんに警告するのは理解できる。でも、わざわざ身体能力で劣る僕にまで事情を話して、監視役みたいな真似をさせる必要は」
「なさそう、だよな」
殻島と未来の間に繋がりはない。ならば、未来とメトロン星人の繋がりもなさそうだ。
「そして二つ目。これは一つ目より確定的だ。未来さんはあの日、知景さんを守ることができなかった」
「たしかに、その通りだな。あえて栄にアタシのことを頼んだってことは、その時未来は動けなかったということになる」
知景に警告し、興己には知景を守るよう依頼した。しかし、未来自身が動けたのなら興己に依頼する必要はなかったはずだ。
あの日、未来は朝から体調が優れないといって養護室で過ごしていた。「治った」と言って養護室から消えた時刻を知景は聞いていない。だが夜まで寮の部屋には戻っていなかった。そして同じ夜、アーストロンは現れた。
「……ますますアーストロンと未来失踪の関係性が気になるところだな」
彼女が巨大怪獣を出現させた? ありえない。どうやってそんな真似を。
興己もそれに同意しつつ、深く息をついた。
「ただ、推測を深めても未来さんが行きそうな場所は浮かんでこないね」
興己の知恵を借りても、現状の打破には繋がらない。心当たりがないことには、彼女を探すという意欲も行き場を失って冷めてしまう。
「知景さん、今日はどこを回ったの?」
「あいつと行った場所とか、好きそうな場所を手当たり次第回ってみた。それで見つかりゃ苦労しねえよな」
何かないか。あいつが生きそうな所は。足を運ぶ場所。
風が熱気を揺らした。ネックレスがなびく。瞬間、手渡された日の記憶が去来した。
「それで、調査隊員になったパパがね。3年前に
ほんとついてないよね。続けた未来の笑みはぎこちなかった。自分が娘であることも含めて「ついてない」とでも言いたげに。
「父親だ」
「え?」
「あいつの、未来の父親がアペヌイにいる。火乃粉基地っつってた」
「火乃粉基地は大怪災での被害で閉鎖してる。もともとそこにいた隊員は……中央の
この惑星に未来の父がいる。手立てのない状況で頼れるとすれば、彼以外いない。
「明日会いに行こう、未来の父親に」
うん、と興己も頷いた後で「でも」と引っかかった様子を見せた。
「娘さんがいなくなってすぐに、僕らの話を聞いてくれるかな……」
「たしかに余裕はねえかもな。それに、未来の動向を知ってるとは限らねえ」
訓練中の隊員は寮内で生活がほぼ完結する。未来は休暇中もあまり父に会いに行っている様子はなかった。交流は頻繁でなかったのだろう。
「それでも、行こう。ここ最近のあいつを一番知ってるのは、絶対にアタシたちだ」
知景は言った。父親は知らないかもしれない。隊員を目指す娘が、どんな人物だったか。
「どうせはなっから自己満の捜索ごっこだ。門前払い覚悟で、出来ることは全部やろうぜ」
「ごっこじゃない。ちゃんと見つける気だよ、僕は」
言葉尻をとらえた興己に思わず吹き出した。アタシもだ、と胸を反らしてみせる。
会ったこともない未来の父親を思った。もともとは研究畑にいて、娘の一言がきっかけで調査隊員を志した人物。そんなに体力があるわけじゃないのにさ。未来の評価が反芻する。
あんたに似て、実は未来もあんまり隊員向いてないんだよ。同期からはいびられるし、訓練の愚痴はこぼすし。それでも、S4に入ったってことは。
あんたの姿を、見ていたからじゃねえかな。
翌朝、時刻は9時を少し回った頃。知景は基地から最寄りの
昨晩は基地に戻らず、量販店で今日の分の服を調達した後で適当なホテルに泊まった。ケータイ端末の電源は切りっぱなしだ。
灰濱駅舎の改札横にある柱で、人通りの多い南口から影になる位置に知景は立っていた。服を買った店で同じく購入したキャップのつばを下げる。人に見られたくない、という思いがあった。
S4の訓練課程、特に体力の追い込みがある序盤の時期で「脱走」はたまに起こった。脱走が発覚すると、大抵は基地から保護者まで連絡が行き、脱走者本人の逃げ場を絞っていく。脱走者は実家や友人宅で確保されることが多く、その後辞めるか続けるかは本人次第だ。自殺の仄めかしなど緊急を要する場合や、保護者が捜索願を出さない限り、警察が捜索に乗り出すことはない。
したがって、警察が知景を探しているという事態は考えにくいが、家出少女や不良高校生に間違われるのもまた面倒だった。
興己はまだか。シューズの爪先がコンクリートの床をせわしなく叩く。
「ごめん、少し遅れた」
数分もすると、興己が駆け寄ってくるのが見えた。服装はS4の刺繍が入った半袖ワイシャツにスラックス。講義を受けるときと同じ服装だ。顔の傷には絆創膏を貼ってある。
「今朝は仮病を使って部屋に残ってた。みんなが訓練に行ってから、寮監さんには『治った』っていって出てきたんだ。夕方までに帰れば怪しまれないはず」
気持ちが先んじて寮を飛び出した知景と違って、きちんと策を講じている。
「未来について、何か状況はわかったか?」
知景の問いに、興己はかぶりを降る。
傍から見れば、未来もまた脱走者だ。しかし、親しかった自分たちから見て基地を出奔する理由がない。加えて、アーストロン出没という異常事態があったからこそ、知景は昨日彼女を探したのだ。
S4の教官は脱走者の対応に厳しく、聞いた話だと1日で確保される例がほとんどだという。興己の反応を見るに、「訓練に嫌気が差して逃げた」という希望的な可能性には縋らない方がよさそうだ。
興己と電車に乗り込む。通勤通学の時間を過ぎた車内は空いており、ゆったりと座席に腰を下ろした。磁気浮上式の車両が、低速ながら揺れることなく動き出したところで興己が口を開く。
「そういえば、未来さんのお父さん……帯野
「活躍?」
「県内の新聞で小さな記事になってた。あの日、怪獣が侵攻してきた地域の避難誘導にあたって、その後は討伐隊に加わった」
「そこで功績を挙げたってことか」
「サタンビートル、ガグマ、それからノーバを2体、計4体の巨大怪獣を仕留めたって記事には書いてあったよ」
正直、驚きだった。
体力があるわけじゃない。未来が父一哉に下した評価だ。S4の研究者も調査隊員と同様に基礎訓練課程は突破しているが、必要最低限だ。怪獣討伐の力量は通常の調査隊員と比べて劣る。
また、未来の年齢を考えれば一哉は50代。若く見積もっても40代だ。S4の優れた装備でも、寄る年波を完全に堰き止めることはできない。
「ただ、その後で毒ガスを吸って気を失っちゃったみたい」
「無事だったのか?」
「うん。他の部隊が一哉さんを避難させたんだって。その後は入院してたけど、今はもう復帰してるはずだよ」
なら、会える可能性もある。縋る思いで窓に首をもたげ、進行方向の景色に目をやった。
甫村中央駅に到着後、20分ほど歩いてS4の甫村基地まで到着する。平地を切り開いて設営された局舎と歩廊で繋がれた装備品管理棟は、知景たちが所属する基地よりも一回り大きい。加えて、ウルトラホークやマグマライザーを擁する格納庫と滑走路も敷地内に含まれている。施設全体が重厚な存在感を放っていた。
足は早速基地へ、とはいかない。事前に興己と示し合わせた作戦では、まず出向くのはアペヌイ甫村防衛局。知景たちから見て奥、基地の南側に併設されている庁舎に行く予定だった。
防衛局はS4に関する事務を手広く扱い、事前にアポイントがない場合は一度局で受付を済ませてから基地に出向く決まりになっている。
知景と興己は訓練過程といえどS4の隊員証は持っているため、隊員である一哉への接触も不自然ではない。
「とはいえ、サボりで抜けてることが局でバレたらやべーわけだが」
「基地による予定があったついでに、灰濱の教官から届け物をもらったってテイでいこう。ベテランの局員さんだと怪しまれそうだから、なるべく勤続年数が浅そうな……」
防衛局に入ったところで、ちょうど別の隊員の任務受付が終了した女の局員がいた。まだ若く、表情も硬いところを見るに、今年の4月に入庁したのではないか。
今だ、とばかりに興己は女性局員に駆け寄り、根掘り葉掘り聞かれる前に手早く手続きを済ませた。
「予定だと、今日は防具の点検整備やってるって。装備管理棟の2階かな」
「今日は来てんのか?」
「わからない。とりあえず予定だけ確認してもらったんだ。ただ、午後は訓練になるみたいだから、行くとしたら今しかない」
会えたらいいな、と呟く興己を見て純粋に感服した。基地に入るまでの計画はほとんどが興己の提案で進んでいた。父親に会うという方針を決めたのは知景だが、導いてくれるのは興己だ。
寮を出る際も上手いこと理由づけをしてきたという。突発的に飛び出した自分とは大違いだ。
未来を案ずる気持ちは知景と同じ。いや、彼女に恋心を抱いている分、興己の思いはより強いはずなのに。
「なんつうか、助かってるぜ、割と」
基地のゲートをくぐったところで声をかけると、興己は背後から刺されたような表情になった。
「……珍しいね。知景さんがストレートにお礼言うなんて」
「どーゆー意味だ。真面目に言ってんだよアタシは。きちんと算段立ててくれたおかげで、未来の親父に会えそうなところまで来た。お前のおかげだ」
「計画練るのはお安い御用だよ」
「慌てて飛び出したアタシじゃここまで頭が回ってねえ。未来のこと、お前の方が心配だろうにな」
「僕の方が、っていうのは、どういう意味……?」
それは、自分の口から言ってしまっていいのか。きょとんとする興己を前に、知景は足を止めた。
「こんな時に言うべきじゃねえだろうけど……お前、あれだろ。その、未来のこと」
「未来さん?」
「好き、だろ」
興己の口はぽっかりと空いたままだ。
「好きっていうのは、恋愛的な意味で」
「アタシらの歳でそれ以外あるか。隠すなよ、好きなんだろ」
「いや、ないけど」
興己は世界の常識を説くかように言ってのけた。
「…………え?」
「いやないっていったら失礼だけど……うん、恋愛的な感情はないかな。もちろん大事な友達だとは思うけど」
「強がんなって」
「知景さん……観察眼はあんまりないタイプなんだね」
「はあ〜!?」
言わせておけば、と突っかかる前に興己は足を進めてしまう。
全ては自分の勘違い? だとしたら相当愉快な妄想をしていたことになる。そしてあろうことか、その妄想を本人にぶつけてしまった。
慌てて興己を追いかける。
「忘れろ! 今言ったこと一切合切!」
「勘違いするのはいいとして、今直接訊くのってどうなの」
「迷ったんだよアタシだって!」
「人の気も知らないで」
「あァ!?」
言い合いながら階段を上がり、自動ドアを抜ける。管理棟への歩廊を並んで歩いていると、対面の自動ドアも開き、向こうから2名の隊員が出てきた。隊員達は何かを小声で話しながら歩く。すれ違う刹那、会話の内容が耳に入った。
「……残念だったねユイちゃん。帯野さんお休みなんて」
「娘さんが行方不明だなんて思わなかった……」
足を止めた。興己と目が合う。彼も気づいたようだ。たった今、会話に帯野の名が登場したことに。
「ちょ、ちょっと!」
知景は振り向き、急いで呼び止めた。黒髪をハーフアップにした女の方が驚いた様子で振り返る。
「は、はい。どうしました?」
「あんたたちも、帯野さんに会いに来たのか」
「え? あんたたち『も』って……」
ハーフアップはもうひとりの方に視線をやる。簡素なヘアゴムで髪を結んでいるその人物はゆっくりとこちらを向き、鋭い視線を投げた。
目線が胸元の名札に吸い寄せられる。ふたりとも珍しい名字だと思った。ハーフアップの方は「
前書きと重なりますが、今回で「怪獣バスターズ 星征大乱」の本編が100話に到達します。厳密には1話だけ番外編を掲載しているため、通算では前回で100話だったのですが、個人的には今回の方が節目感が強いですね。
スタートした時点で「こんな登場人物を出したいな」と思っていたキャラもかなり出てきました。15年以上前に発売されたゲームを、これ以上ないほど奔放に二次創作している作品ですが、感想や評価、UAをいただいたおかげで楽しく続けられています。本当にありがとうございます!
これからも感想、疑問など、何話時点のものでも構いませんのでいただけると励みになります。
差し支えなければ、今後もよろしくお願いします。
このふたりから始まった話
【挿絵表示】
【挿絵表示】