同期である
咄嗟に呼び止めたふたり組のうち、ひとりは驚きの表情を、もうひとりは眼光を
「あんたらも、ってことは」
鋭い視線の方、
「そっちふたりも
「ええ、そうです」
興己が緊張を滲ませて答える。
「そちらは、お会いできましたか?」
「いや、残念ながらお休みだった。娘さんの行方がわからなくなってるみたい」
「どうして今日、帯野さんに会おうと?」
浦菱は答えず、驚いていた連れの女、
「私たちの任務の関係で、お聞きしたいことがあったんです」
「そっちこそ、なんで今日ここに来たの?」
浦菱に同じ質問を返された。知景もまた、興己と目線を交わす。
浦菱と佐納が、
「帯野一哉の娘、未来はアタシの同期なんです」
「行方不明になってるって話の」
「はい。父親なら何か知ってるかもって」
「探してるんだ」
「一応……親しかったんで」
「そう。この後時間ある?」
えっ? と返答に迷う間に「あるよね、帯野さんに会おうとしてたんだから」と勝手に結論を下された。
「いいよね? 奏」
浦菱が確認すると、佐納はすぐに頷いた。
「よかったら、少しお話しませんか?」
来た道を引き返す。自動ドアをくぐると、甫村基地2階の廊下の奥に自動販売機、休憩用のテーブルと椅子があった。「あそこでいっか」と浦菱が呟く。
短い道中で双方自己紹介を済ませた。ふたりは名札の通り、それぞれ浦菱
自販機の前で浦菱が人差し指を空中に漂わせた。
「ふたりは何飲む?」
「え、いいんですか」
「私らから誘ったし」
「ありがとうございます。じゃあ、僕はウルトラサイダーで」
知景は適当にお茶でも頼もうかと思った時、未来が好んで飲んでいた飲み物を思い出した。
「……アタシも、ウルトラサイダー」
「なーんか飲んじゃうよね、これ」
浦菱の態度を少し無愛想に感じていたが、破顔した顔を向けられてほっとする。美人な顔立ちだ。最初にこちらを振り返った瞬間は険しい表情から男性かと思ったが、ひどい勘違いだったと思う。
浦菱は4本の缶を抱えてテーブルに置く。彼女と佐納が対面になる位置で座った。
「で、遊崎と栄は友達を探すためにここまで来たと」
「はい。娘さんが行方不明なので、出勤していない可能性も念頭に置いていたんですが、案の定……」
「その娘さん、未来って子が行った場所の心当たりは何もない?」
揃って頷く。そっか、と浦菱は缶のプルタブを開けた。「いただきます」と興己も缶を開け、ウルトラサイダーを一口飲む。
「逆に、浦菱さんたちはどうして帯野さんに? 先ほどは任務の関係と言っていましたが」
「ああ、実はね――」
言いかけて浦菱は佐納を見る。缶を握る手に力が込められていた。佐納は私が言うよ、という風に頷いてこちらを向く。
「私たち、大規模怪獣災害の対策案を作成する業務に振り分けられていまして。アペヌイでは一昨年に大怪災があったので、そこでの戦闘・避難を調査する目的でここに来たんです。帯野さんはこの防衛戦で功績を上げられていましたし、経験談を伺えればと」
「そうだったんですね。防衛局や市が作成する一般向けの避難要項ではなく、S4隊員が活用する対策案ということですか」
「ええ。お話だけならリモートやメールでもよかったんですが、ご挨拶したい方もいたので、こちらにお邪魔しました」
「こっち逆に聞いちゃうんだけど、ふたりは帯野一哉さんについて何か知らない?」
浦菱は顔を寄せた。なぜか、声を潜めている。
「どうして、ですか?」
「……いや、本人には会えなそうだし、少しでも情報があればと思ってさ。未来さんからは何か聞いてない?」
「アタシも、あんまり。未来はそんなに家のことを話しませんでした」
なぜ一哉のことを深掘りするのだろう。業務でやり取りがあったのなら、彼とは事前に話していたはずだが。
そういえば、先ほど目的について問うた時、浦菱と佐納が目を見合わせた時間は不自然だった。避難対策のためという目的は、何かを隠すための建前なのでは。
訝ったが、直接ぶつけるのはためらわれる。未来の行方に繋がればと思ったが、やはり目の前のふたりから引き出せそうな余地はない。
「ごめんね、そっちも大変なのに根掘り葉掘り聞いちゃって」
「でも、未来さんは同期とおっしゃっていましたが、お二人とも若いですよね。何年目ですか?」
佐納の言葉にぎくりとした。すぐに答えられないでいる知景を、浦菱は細い目で見た。
「今日は仕事で来たって感じでもなさそうだし、遊崎に至っては隊服も着てないね。……訓練隊員で、サボってたりとか?」
「すいません! 基地に連絡はやめて欲しいです!」
興己が早々に瓦解した。
「今日の夕方までに帰ればなんとかなるんです」
必死な様子の興己を前に、浦菱は無邪気に笑った。
「別にチクったりしないよ。上手くやりな」
「ああ、訓練期だったんですね! だとしたら……いなくなった理由……」
佐納が納得した直後、思案顔で顎に手をやる。
「少し失礼かもしれませんが、未来さんは訓練が辛くなって行方をくらました、という可能性は」
「それはない」
佐納の問いに反射で返してしまった。
「で、ですよねですよね!ごめんなさい」
「あっ、いやこっちこそ……。すんません、ない、と思うんです。まあ、訓練がだるいめんどいと愚痴る奴ではありましたが、急に投げ出すようには見えなかった。……そう思いたいだけかもしれないッスけど」
「おふたりとも、訓練はもう三期ですか?」
「そうです」
「あと少しで、晴れて正隊員ですね。もうひと踏ん張り、という時期での訓練辞退はたしかに考えづらいかも」
佐納の発言は、おそらく訓練の時期を考慮してのものだろう。実際に、知景たちが現在受講中の第三期訓練よりも、体力的な追い込みがある一期の方が脱落者は多い。
「私はS4に入って7年目ですけど、思い返すと一期の訓練はたしかにハードでした」
「隊員の育成は、基礎体力作るところから始まるからね。大抵の人がそういう感想だと思うよ。……まあごく稀に、正隊員になってからの方がキツイって人も」
その時、浦菱と佐納が手に巻いているMITTドライバーの通知が鳴った。
「げ」
「噂をすればだね」
ふたりの顔が同時に苦くなる。佐納がドライバーを操作し、空中ディスプレイを展開した。ノートパソコンほどの青白い画面が浮かぶが、知景達の方から内容は見えない。
「あ~やっぱ
「憂鬱ね。明日には『あさひ』まで戻った方がいいかな」
「暮時さんって……」
興己がその名前に反応した。
「もしかして特錬2位の?」
「え? まあ、そうだけど」
「っていうことは、もしかしておふたりとも、特錬隊員!?」
「ええ!?」
知景も瞠目して対面のふたりを見た。「一応ね」とすましている浦菱。なぜか沈んだ面持ちの佐納。否定せず、嘘をついている様子もなかった。
暮時という名前には知景も聞き覚えがあったが、言われてみれば特錬2位の男がそんな名前だった気がする。メディア露出はしないため知名度は低いが、S4隊員の中で上から2番目の実力者だ。比類なき力の持ち主だろう。
そして、暮時をはじめとした特錬トップ10の隊員とお近づきになれる制度が特錬隊員には導入されている。それが、集中教練制度。特錬隊員はトップ10のうち希望する者に教えを乞うことができ、トップ隊員は個人指導のような形で育成に携わる。
個人的に暮時からメッセージが来たということは、浦菱と佐納は集中教練制度を利用している可能性が高い。すなわちふたりとも、特錬隊員ということになる。
目の前のふたりは、全S4調査隊員の中で上位0.5%の戦闘能力を誇る。そう思うと、敬意を表さずにはいられない。
「すげえ。実際にお話ししたのは初めてっす」
「ほら、知景さんも目指してたでしょ特錬隊員。色々聞いておかなきゃ」
「やめてください」
それまで柔和だった佐納がぴしゃりと言い放った。場が静まった後で、はっと我に帰ったように笑顔を作る。
「えっと、私が特錬に入ったのはついこの前、去年の選抜を合格したばかりなんです。それもたまたまっていうか……全然私の力じゃないっていうか」
「私も奏と一緒に入ったから、特錬としては新米だよ。それも成り行きって感じだし」
「浦菱さんと佐納さんは、特錬に入る前から同じ部隊だったんですか?」
興己が尋ねると、浦菱は佐納の方に肩を寄せてピースサインを作った。
「うちらもともとバディだったんだよね。で、去年一緒に試験受けて、一緒に合格。特錬の中じゃまだ未熟だし、もっと強くなんなきゃって思う」
でもね、と自信ありげな表情で続ける。
「私たちの連携は、誰にも負けない」
知景は意外だった。特錬隊員とは、「他者よりも強い」ことの確固たる証明だと考えているからだ。だが浦菱は、特錬という肩書きよりも、彼女自身と佐納が培った経験の方に信頼を置いているようだった。
得意げな浦菱の横で、「暮時さん以外ならね」と佐納が差し込む。
「ははっ、それはそう」
浦菱はウルトラサイダーを飲み干して席を立った。
「悪いけど、他にも会わなきゃ行けない人がいるからこの辺で。ごめんね、未来さんに関する情報なにもなくて」
佐納と合わせて、知景と興己も席を立つ。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
「訓練頑張りなよ」
ふたり並んで廊下を進んでいく。浦菱がひらりと手を振ったが、手を下ろしたと同時に立ち止まり、こちらを向いた。
「大事な人が行方不明になるって、辛いよね。生きててほしい。死んでほしくない。でも安否は全くわからない。そんな状況だから、残された人たちは生きている可能性に祈るしかない」
「え? まあ、そうですね……」
「なら、ちゃんと信じてあげなよ」
浦菱の声音は、今日聞いた中でもっとも柔らかだった。
「帯野未来は帰ってくる。また会えるって、ちゃんと信じていて。いつ戻ってきても、迎え入れてあげられるように」
そう伝えてから、こちらに背を向けて歩き出す。
大事な人が行方不明になるって、辛いよね。
ちゃんと信じてあげなよ。
浦菱の言葉は、同情というより共感の響きだった。そして高圧的ではない言葉の中に垣間見る、「信じてやるべきだ」という主張に重みがある。
であれば彼女は、誰を
知景は遠ざかる背中に礼をした。示し合わせたわけではないが、興己も同時に頭を下げていた。
甫村基地の西側出入り口、正面エントランスよりも狭い勝手口然とした扉から外に出る。途端に、暑さが浦菱たちを取り囲んだ。
「暑っ」
「すごいよね、この星」
佐納も辟易した顔で呟く。このやり取りもアペヌイに来てからもう3度以上交わした。2人ともモシリスの駐在期間が長かったため暑さには慣れている。ここも似たようなものだと思っていたが、暑さの質が異なることを空港に降り立った瞬間に実感した。モシリスが渇きと日射で体力を奪う責め苦のような暑さなら、アペヌイは容赦ない高温で肌を焼く処刑のような暑さだ。
汗が滲むが、止まることなく歩く。ほとんど言葉を交わさぬまま通りを進み、振り返って基地局舎が見渡せるほどの位置で立ち止まった。
佐納と顔を見合わせる。
「……危なかったね」
「まさか他にも帯野さんと会おうとしている人がいたなんて」
「助かったよ。奏がついたウソ」
先ほど基地で出会ったふたりの訓練隊員、遊崎知景と栄興己に対し、佐納は「アペヌイ大怪災に派遣された隊員の聞き込み」を目的として帯野一哉に会いに来たと話した。だがそれは、真っ赤なウソだ。
「アドリブだったけど、なんとか切り抜けられてよかった。でも、まさか娘さんがいなくなってるなんて」
「何か私たちの件と関係があるのかな」
浦菱と佐納が帯野に会う本当の目的。それは昨日、
鹿津宮
鹿津宮らペガッサ星人たちの役目は2つ。1つ目は、「ダークバルタンは地球の航行機を襲っていない」という証拠集め。鹿津宮は現在アシルを主な拠点にしているため、そこで複数の星人から聞き取りを行っている。
2つ目は、アペヌイ大怪災で出撃したS4隊員のうち、極めて不自然な状況下で命の危機に晒されている人物の保護。アペヌイ大怪災を経験した隊員の中に病状が回復しない者や唐突な配置換えを言い渡された者がいることに気がついた鹿津宮は、彼らを保護してアシルに匿うことに決めた。命を助ける代わりに、「ダークバルタン無罪説」の代弁者となってもらう作戦だった。
浦菱と佐納がアペヌイに訪れた理由は、この2つ目の目的に大きく関わっている。
「惑星アペヌイで働いてる、帯野っつー隊員を調べて欲しい」
アシルにいる彼から連絡があった。通話にはペガッサ星人謹製の通話端末を用いている。通信技術に優れ、地球人用のレーザー通信装置を介さないため、地球の組織に通話を捕捉されることはない。
「アペヌイ? その人も、一昨年の怪獣災害で出撃してたの?」
「その通りだ。佐納、帯野のこと知らないか」
鹿津宮は佐納に尋ねる。佐納も実際にアペヌイで戦っていた身であり、顔見知りの可能性があったが、彼女は首を横に振った。
「どうして私たちにその方を? 他の隊員さんは、鹿津宮さんたちにコンタクトを取ってもらいましたが」
「この帯野さんという方だけ、事情が異なるのです」
通信機から深みのある男の声が聞こえた。クイロも鹿津宮と同席しているらしい。
「アペヌイ大怪災の時に現地で対応にあたった隊員、とりわけ最も被害が大きく激戦区となった場所で戦っていた隊員が、作戦終了後に何者かによって命の危機に晒されていました」
「薬剤と称したアレルゲンの毒薬を服用されそうになっていたり、急な辞令が出されていた例ですね。そうした激戦区の隊員達を抹殺したい理由がS4上層部、あるいは国にあると疑っていましたが……」
「帯野さんもまた、激戦区にいました。ですが」
クイロが不穏な様子で言葉を切る。その次を補ったのは鹿津宮だ。
「こいつは無事にS4に復職し、その後も何ともない」
「何ともない、って」
普通に考えればいいことのように思える。だが、何ともないという状況がイレギュラーなのだ。
佐納だって、特錬隊員選抜試験という危険な戦場に放り込まれた。彼女は実際に激戦区にいたわけではなく、彼女の部隊の隊長――
帯野だけがなぜか、無罪放免を言い渡されたように復帰しているのだ。
「ここから想定されるパターンは2つある。1つは、帯野本人に何か許される理由があった」
「もう1つは」
クイロの声が間を置いて、通信機から聞こえてきた。
「私たち以外に、アペヌイ出撃隊員を匿おうとしている何者かがいるという可能性です」
後半で浦菱に視点が移っていますが、次回後半くらいからまた知景たちのフェーズに戻ります。