アペヌイ大怪災で激戦区の対応にあたった
以上が、鹿津宮とクイロから通話で伝えられた事実だ。
導かれる結果は2つ。一哉に制裁を免れる理由があった。あるいは鹿津宮たち以外の何者かが彼を助けようと動いた。
(一体誰が……?)
後者、自分たち以外にもアペヌイ大怪災の出撃者を保護しようとする者がいる場合の方がより気がかりだった。なぜ帯野一人に狙いをつけたのか。その連中の目的は、自分たちと軌を一にするのだろうか。あるいは。
『つーわけで、お前らには実際に帯野と会って、正体を探ってほしいんだわ』
通話機器から
「わかりました」
「でも、どうして今回は私たちなんです?これまでは鹿津宮さんやペガッサ星人の方で接触してもらっていましたが」
『これまで会ってきた奴は、大抵が入院患者だったからな。関係者か、S4の労働環境を是正する役員なんかを装って潜り込めたんだが、すでに職場復帰してる奴だとどうもやりづらくてな』
『以前佐納さんと同じ部隊だった前原さんも職場復帰されていましたが、隙を見計らってなんとかお話に漕ぎ着けるような形でした。ですのでこのパターンは、現S4隊員であるおふたりに任せたいのです』
なるほど、と揃って頷く。どのみち鹿津宮が必要以上に動けば捕らえられるリスクも上がる。ここは自分たちが動く他ないだろう。
『だが……帯野の件以上に厄介な問題が発生してな』
「問題?」
『俺らは
緊張が走る。
「マ、マジで? 私たちは、出撃した隊員たち……とりわけ激戦区にいた隊員が何か秘密を抱えているって予想をつけたけど」
『その通りだな。あいつらは、見ちゃいけないもんを見た』
『彼らから聞いた話によれば……』
クイロが重々しい声で語る。
『アペヌイの
かつて人々の暮らしがあった土地は、既に蹂躙されていた。建物は侵攻した怪獣の足で地面と一体化し、発火した住居が連なって厚く長い火の手が上がった。
隊員たちは死体を見た。そこで暮らしていた人の、あるいは同胞の死体が何体も転がっていた。
既に撤退命令が出ている。それでもその場に留まっていた。まだ生存者がいるかもしれない。この場の怪獣を放置していたら被害はさらに拡大する。
誰もが思っていた。まだ戦わなくては。責任を果たさなくては。
『爆発音を聞いたそうです』
殻島穰をはじめ、複数の隊員が音のした方向を向いた。立ち上る煙の根本に、影が見えたという。おそらくは、爆破の実行犯と思われる人物の姿。
『奴らは語ったよ。その影は、メトロン星人だったと』
「…………は?」
『見間違いとは思えねえ。何人かの証言が一致してる。爆破があったのも一箇所だけじゃねえ。確認が取れた中じゃ3つの地点で—――』
「ちょ、待って待って待って!」
浦菱が大声で遮った。
「意味わかんない。メトロンが地球の……アペヌイの領土を攻撃したってこと? メトロンは地球と友好協約を結んでるはずじゃ」
『だな。だからおかしい。メトロン星人は同盟と侵略、2つの矛盾する行動を取ってる。どっちかがブラフなのは明白だわな』
「メ、メトロンが侵略したと断定するのは尚早では」
隣で、佐納が狼狽えつつも異を唱える。
「爆心地の近くにいたからといって、爆発を企てたとは限りません。何か理由があってその場所に」
『隊員が殺されています』
クイロの突き放すような発言にそそけ立った。
『爆破を間近で見た2名の隊員がメトロン星人詰め寄りました。メトロン星人はその隊員たちを躊躇なく殺害しています』
「……それも、生き残った人の証言?」
『はい。だからこそ、彼らは口を噤んだのでしょう。メトロン星人がそこにいるという状況は、目にしてはならないものだった』
惑星同士で友好協約を結ぶ種族が、怪獣災害の渦中にいた。ふつうに考えれば真っ先に報告すべき事実だ。しかし報告という選択を取らせなかったのものもまたメトロン星人。
メトロンは自分たちを見咎めた隊員を殺している。爆破の事実を伝えた者は同じ運命を辿るだろう。
生き残った隊員に、命を投げ打てる者はいなかった。
『佐納や
「……可能性はあります。殻島隊長は火乃粉市への出撃を命じられていませんでしたが、自発的に応援に向かいました。入院中の隊員に危害を及ぼした人間が、隊員を個人ではなく部隊で認識していた場合、私たちも狙われるので」
あるいは、と浦菱は思考を巡らせる。殻島穰がメトロンの秘密を同じ部隊の仲間に吐露してしまった場合、佐納と前原はたしかに狙われる。上層部に報告はできなくても、信頼する仲間にうっかりこぼしてしまう、といったことは考えられた。
「でもなんでメトロン星人はわざわざ地上に降りてきたの? 奴らの円盤から攻撃を加えることもできたはずでしょ」
『爆発のあった3つの地点のうち、2箇所は地下を走る水道管を破壊していた。片方は火乃粉市南部に広く水を行き渡らせるための排水管、もう片方は地下の水源から浄水場まで汲み上げるための導水管だった。そして残りの1カ所では、アペヌイ県中央と繋がる鉄道が壊されてる』
インフラと交通機関を狙って攻撃されている。
想像したくない理由が浦菱の頭に浮かんだ。
「地上に降りたのは、地球人の生活により支障が出るような地点を狙うため……?」
『そうなるな。上空からの攻撃を避けたのはのは、バレたくなかったってのもあるだろう。何せメトロンを見た隊員2人は殺されてるんだから』
『アペヌイ大怪災の原因である巨大怪獣の大規模侵攻がメトロンと関わっているかは不明ですが……怪獣を使役したにせよ、偶然起きた侵攻に乗じてアペヌイを攻撃したにせよ』
「メトロン星人の敵対的意思は明白ですよね。隠密に、特定の場所を重点的に破壊するため地上に降り立った……いや、でもやっぱりおかしいですよ!」
佐納が珍しく大声を出す。
「明確な敵対行為があったにも関わらず、S4も国もメトロンを糾弾するような動きは一切ない。それどころか、真実を目撃したアペヌイの隊員を口封じするような真似をしています。意味が……わかりません」
『この辺はおれらも想像するしかねえが、バルタンと同じような理由だろ』
「バルタン?」
『日本がダークバルタン殲滅に躍起になる理由は、シルバーバルタンっつう強力な後ろ盾をゲットするためだよな。メトロンだってそうだ。外惑星に進出したときから散々世話になってるし、できるだけ友好に接してほしいんだよ。外惑星の領土をちょこっと攻められたくらいで戦争に持ち込みたくないんじゃねえか』
「だからそれがおかしいって話でしょ! 強力な後ろ盾っていうんなら、その力が地球の領土を壊すために使われてんのよ? そんなことされてまでなんで擦り寄んなきゃなんないの」
『俺にキレんじゃねえよタコ』
鹿津宮の声にも、予想することしかできない苛立ちが含まれている。入れ替わってクイロが話し始めた。
『杏次は先ほど、同盟と侵略どちらかの態度がブラフと言いましたが、アペヌイ大怪災以降メトロン星人が地球の領土を侵略した事実はありません。ならば少なくとも、本気で地球を潰すような強い敵意はないでしょう』
「そういえば……湖田先輩が乗っていた宇宙航行機には、身分を隠した国の役人が乗ってたわね。その人はたしかメトロン星人との惑星交流における立場にあった」
『今思えば、アペヌイの事件を踏まえての折衝外交をやらされてたのかもしれません。いずれにせよ、地球もメトロン星もお互いに波風たたない関係を望んでいた』
「攻撃しておいて? 地球だって、攻撃されておいて?」
『俺の頭に浮かんだのは――』
鹿津宮の声は一層愚痴っぽくなった。
『ダサいヤンキーの立ち回りだ。イキリ散らかす下級生をシメて、いたぶって服従させる。調子づいた奴にはお仕置きしないとな、なんて言いながら』
「地球がいつ調子づいたっていうの」
『ここ数十年、地球はかなり外惑星開発に力を入れてきた。技術だって進歩してる。そのスピードが少しばかりメトロンの想像を超えてたんじゃねえか。で、地球も学ぶんだよ。大人しくしておけば、一発くらい殴られても笑ってすいませんしとけば安全だ、って』
「……信じられない」
浦菱は頭を抱える。骨の髄まで事なかれ主義だ。
波風を立てたくないという姿勢の意味は理解できる。外星人に狙われると言うことは、怪獣が地球を踏み荒らしていた時代の再来を意味する。あの厄災を避けるためなら、あらゆる努力を尽くすべきだ。
だが攻撃されて黙っているのは違うだろう。ましてや真実を目撃した隊員達に圧力をかけるやり方など、横行していいはずがない。
仮にメトロン星人の侵略行為が事実で、それが単に「小突くこと」が目的だったとして。
その後もメトロン星を信用し続けることができるのか? これからも友好な関係を継続してやる。大人しくしてるならな。そんな言葉を。態度を。
「2つ、疑問があります」
先ほどまで悔しそうに俯いていた佐納だったが、取り直して顔を上げていた。
「一つは、なぜ爆破という小規模な攻撃にこだわったのか。密かに、かつ限定的な襲撃が目的だったとしてももう少し上手いやり方があるように思えます。ふたつめは、なぜ地球を攻撃しなかったのか。メトロン星人の科学技術なら、天変地異や事故を装った地球本土への攻撃も可能だと思います。示威行為としての攻撃なら、地球に直接行った方が効果がある」
『爆破で火乃粉市の地点を狙ったのは、巨大怪獣の攻撃に見せかけるためではないでしょうか。ライフラインの破壊や交通機関の停止は、怪獣による侵攻でも十分想定されます。特に導水管の破壊は、もう少し規模が大きければアペヌイ県の7割に被害が出ていたと推測されています』
『仮にそうなったとしたら、アペヌイ大怪災の被害は『巨大怪獣の攻撃で生活基盤が破壊され、住民の大多数は暮らすことができなくなる』という形になりますよね』
『ええ。メトロンが「地球に制裁を加えたい、でも主犯だとバレたくはない」という姿勢であれば非常に好都合な結果です』
『んで、なんで地球を直接狙わなかったのか、についてだが、これはわからん』
頭の後ろで手を組む鹿津宮が容易に想像できた。
『さすがに地球本土はやばいと思ったのか、怪獣がほぼいない場所での作戦は難しいと思ったのか……あるいは何かしらのルールがあるのか』
「ルールって」
溜めて放った単語が引っかかった。
『今回のアペヌイ大怪災もそうだし、100年前のピリカ大撤退でもそうだが、外星人によって生じたっつう説がある。都市伝説レベルだけどな。だがそんな怪獣災害、地球じゃ一回も起こらねえ』
外惑星には怪獣がいる。地球にはかつて怪獣が存在したが今はほとんど確認されていない。単なる地理的条件の違いだろう。
以前ならば、そう断じていた。だが鹿津宮とクイロの話を聞かされた今、その決めつけはあまりに希望的に思えた。
『何か暗黙の了解があるのかもしれねえ。地球本土への侵略行為はNGだ、みてえな』
「じゃあ、星人に外惑星を攻撃する意思があったとしたら、それは外堀を埋めてるってこと?」
いくらでも解釈の余地がある。メトロンに敵対意思があることも、鹿津宮が口にした「ルール」もまた解釈の一つだ。だからこそ恐ろしい。震える唇は乾ききっていた。
「まるで、テーブルにのったご馳走ですね」
佐納が失笑混じりに呟いた。隣を見れば、無理矢理口角を上げていると一目でわかる表情だった。
シルバーバルタンやメトロン星人が、テーブルにのった地球を少しずつつまんでいく。ケーキやピザを切り分けるように。
ゆったりと。美味いまずいと言いながら。
いずれ、食い尽くされる。
「
佐納に声をかけられ我に返った。アペヌイの甫村基地から視線を移すと、心配そうな佐納の顔が目に入る。
「大丈夫?」
「うん、行こう」
基地に背を向けて歩き出した。暑さ以上に、自分の抱える秘密が足取りを重くする。
――メトロン星人のこと、誰かに知らせないと。
佐納の切迫した提案は、「だめだ」と鹿津宮に切り捨てられた。
――妄想だって言われるだけだよ。むしろ怪しまれて、お前らの動向を隅々まで探られる。俺達に繋がったら全ておしまいだ。ダークバルタンの名誉回復も、
メトロンがアペヌイ大怪災の場にいたという事実は、当時出撃していた隊員しか知らない。その情報を浦菱が言えば、隊員達との繋がりを探られる。殻島穰と同じ部隊だった佐納が言っても同じことだ。
そもそも、地球の総意としてメトロン星人に逆らいたくないのであれば、浦菱立ちの報告が好意的に受け入れられるはずがない。握りつぶされてしまうだろう。おそらく、報告した本人ごと。
目下、メトロンの狙いはアペヌイだ。現在アペヌイ県の上空には、メトロン星人のUFOが1機滞空している。
「今の私たちにできるのは、せいぜいアペヌイの統括長官に警告することくらいか」
「匿名のメールは何通も送ってるよ。でも正直、イタズラ以外の受け取られ方されないよねぇ」
周囲に人がいないことを確認して言葉を交わす。
「今日会ったふたり……
「娘さんのことは、なんか気味が悪いよね。行方不明の一件で、私たちは帯野さんと会う機会を失ったわけだし。でも、あの二人に嘘をついている感じはしなかった」
人が一人いなくなった。その苦しみを誰よりも感じてきたのは浦菱だ。だからこそ、知景と興己の苦悩もわかる。その上で、帯野
予想と困惑が積み重なり、頭の中で堆積する。
「唯ちゃん」
呼び止められて立ち止まる。そこで自分の足取りがちぐはぐだったことに気づいた。
「明日の
「へ? あ、うん。またキツくなりそうだね」
暮時との訓練は過酷を極める。メニューは体力を限界まで追い込むのに加え、対星人戦を想定した組手は、佐納とタッグを組んでの2対1ながら一度も勝てていない。
「明日はさ、頑張って勝とう!」
「……え?」
「唯ちゃんさっき言ったでしょ。私たちの連携は誰にも負けないって。あの場は私が否定しちゃったけど……そろそろギャフンと言わせたいし」
胸の前で拳を握る佐納を見て、ふっと肩が軽くなった。
前に進むことを諦めない彼女の瞳に、助けられてきた。朗らかな笑顔に、時に利かせる機転に、救われてきた。
うん、と浦菱は頷く。大丈夫だ。私たちは、ご馳走のまま終わらない。
先日の鹿津宮らとの会話を思い出す。
「ご馳走みたいですね」
力なく言った佐納の言葉に、クイロは『たしかに』と返した。
『外星人からみればそうかもしれません。地球は非力で、いつでも食べられると思っている。切り分けて、皿にとって堪能する。楽しい食事ですね』
腹が立ったし、ショックだった。共に歩んできた仲間である彼の皮肉は、上品さも相まって神経を逆撫でした。
ですが、とクイロは付け加える。
『きっと夢にも思わないんでしょう。適切に調理された品に、あなたたちみたいな毒が紛れ込んでいるなんて』
「ど、毒ってアンタ」
『猛毒でしょう?』
おもわず笑みがこぼれた。怒りの代わりに安堵を感じた。
『いい例えだな!』と鹿津宮の手を叩く音がする。
『この分だと連中、ひどい食あたりを起こすぜ』
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平日のまばらな雑踏に、目を凝らして歩く。
基地を後にしてもまだ昼前。訓練に戻る気にはなれず、興己と共に
だがその願いも、時間が経つごとに先細っていく。14時を回った頃に、自分は諦めていないのではなく、諦められないだけだと気づいた。
ふと、街中を一本逸れた通りで、見覚えのある路地裏を見かけた。狭苦しい通りの奥に、ぼんやりと看板が見える。
すぐに思い出した。以前興己と未来と、揃って隠れ家的カフェがこの先だった。知景はさして興味がなかったが、一緒に行こうと未来が言うものだから、3人で狭い路地を進んだのを覚えている。何を頼んだか、味がどうだったかなどは忘れてしまったが。
「興己、覚えてるか、ここ」
路地を指さして訊く。
「あ、前に未来さんと来たよね」
「ちょっと寄らねえか。未来がいるかもしれねえだろ」
心からそう思っているわけではない。だが、昨日から歩き通しでもう足は棒だ。立ちこめる熱気にもクラクラしてきた。
休みたいとストレートに言葉にしたくなかった。その胸中を察してか察さずか、「そうだね」と興己も首の汗を拭う。
路地を進む。二人並ぶともうギリギリの幅しかないため、知景が先導した。背後から興己がついてくる。
ザ、とその後で更に連なる足音があった。足音はふたりを追いかけてくる。
知景は振り返った。顔色の悪い、のっぽの男が最後尾についていた。似合っていない水色のアロハシャツは、中央に逆三角の赤い模様が走っている。うつろな目はどこを見ているかわからない。
「よければ、お先に」
興己が端に寄る。男はちらと興己を見て、それから。
大きく腕を振り上げた。
「いっ」
腕と足を高く上げ、しかし背筋は伸ばしたままの奇妙な走りでずんずんと距離を詰める。驚いた興己が尻餅をついたとき、男は素早い右フックを繰り出していた。
ボゴ、という重い音が響く。男の右手、興己が倒れていなければもろに食らっていた拳が、隣のビルの壁にめり込んでいた。
「おい、立て興己」
あまりのことで掠れた声しか出ない。ただ、異常事態だと理解できた。
人間の繰り出すパンチが壁に突き刺さることなどない。目の前の男は何なんだ? 少なくとも地球人じゃない。擬態している。
男は力任せに腕を引き抜く。肘から先は既に人間の手ではなくなっていた。刃のように薄く尖った先端に覆われている。ついこの前の記憶と結びつく。
メトロン星人の腕だ。
あまりキャラクターの絵を載せていなかったので、また少しずつお出しできればと思います。(キャラクターの容姿・風貌に一応設定はありますが、大して作品に絡んでこないので自由に想像して読んでいただければと思います)
【挿絵表示】
遊崎知景(20)
身長が172センチくらいあります。アクセサリとか化粧品の類いにほとんどこだわりはないですが、未来からもらったネックレスは肌身離さず付けてます。服も未来と付き合うようになって少し興味を持ち始めてそう。