S4の調査隊員として正規雇用された者は、外惑星調査業務、事務、怪獣の遺体処理が主な職務内容となる。しかし、年齢や持病の悪化、出産などのライフイベントを契機に調査業務を離れる者も少なからずいた。この場合、その後の担当業務や配属先、給与、階級などを協議した上で再編成が行われる。
武器は軽量化、防護スーツも機能向上が測られているものの、調査任務と怪獣討伐はハードな肉体労働であることに違いない。高齢になった隊員は多くが自分の体力に見切りを付けていた。50代を超えて調査業務を継続しているのは3割ほど。
そんな男がメトロン星人に疑惑を向け、すぐにでも真偽のほどを確かめると言っていた。ならば、やる気なのだ。その気になれば独断専行だってできてしまう。躊躇する人物でないことは、アペヌイ大怪災の惨状を語る様子から推測できた。
「さて、
五穀はデスクに傾いていた姿勢を正し、顔を上げた。瞳の景色は2年前のアペヌイの惨状から、目の前の知景たちに移り変わっているだろう。
「話してもらおうか、2日前のアーストロンが現れた夜にどこへ行っていたのか」
当人にそのつもりがあるかは不明だが、五穀の太い声と急所を探るような視線は必要以上の圧を生む。
言ってしまった方がいい。知景達はあの船にいたメトロン星人のリーダー格であるボロマから、他言無用を命じられているが、そもそも既に命を狙われているのだ。箝口令に背いても仕方あるまい。
「長官のご推察通りです。アタシらはあの日、メトロン星人の円盤に拉致られました」
五穀の腰が一瞬浮き、すぐにまた椅子に収まる。隣の
「そこで、一人の地球人と出会いました」
興己が説明を継ぐ。
「アーストロンの出現場所でS4隊員の方が目にした人物が彼です。名前は、
知景と興己が語った事のあらましを、五穀は受け止めていた。
アーストロンを討伐した殻島と共にメトロンの船に拾われたこと、殻島とメトロンが行動を共にしていたこと、殻島は、自分のことをモシリスでバルタン星人に襲われた人間だと話していたこと。
五穀が内容に口を挟むことはなかったが、静かに聞いていたというと語弊がある。時折目を光らせ、唇を舐め、組んだ指を折れんばかりに握っていた。語る内容の一つ一つから、メトロンを追及するための穴を探しているらしかった。
「……以上が、2日前にアタシらが遭遇した出来事です」
「メトロン星人からは、このことを喋らないよう言い含められました。殻島さんを匿っていることを知られたくないようです」
「なるほど……なるほどなるほど!」
五穀の声量は階段を駆け上がるように増す。
「つまりメトロンは、ダークバルタンの襲撃で攫われた防衛局員を保護していた。ここまではいいが、その後自船に留め置いて仕事をさせてたと。面白え、ダシに出来る要素が一つ増えたな」
五穀は、アペヌイ大怪災の原因がメトロンにあるのではないかと睨んでいる。真偽を確かめるべく、メトロンを対話の場に引きずり出す理由に飢えていた。
現時点でまず1つ、知景と興己が襲われたという事実。そして今増えたのが、メトロンと行動を共にする地球人の存在。
「一つ懸念点が」
知景の横に控えた真姫が小さく挙手をする。
「その殻島勇玖という人物が、本当にモシリスの襲撃で攫われた日本人でなければ追及は効果が期待できません」
「どういうことですか? 僕らは実際に殻島さんの口から聞きましたよ」
「『バルタンで襲われた日本人』という状況をなりすましに利用された可能性があります。昨年ダークバルタンの襲撃により姿を消したモシリスの防衛局員は、身元が明かされていません。適切な言い方ではありませんが、彼の立場は利用しやすい」
何となくだが真姫の言いたいことが見えてきた。異星人に攫われた、宇宙に消えた地球人。この経緯は、あらゆる国において地球外で暗躍させる『設定』として使いやすいのだ。
「他国がメトロン星人との共同作戦でアジア系の人物を派遣しているのかもしれません。万が一衆目に触れた場合、『バルタン星人に攫われた日本人』として説明されてしまえば違和感が薄れる」
「宇宙船内に1人しかいないのは少し不自然では?」
興己が再度異議を唱える。たしかに彼はこの理論で殻島の「国連による極秘任務だ」という嘘を看破した。
「一理ありますが、十分な連絡手段が確立されていれば1人でも問題はありません。あるいは国にとって人質としての価値がある人物という場合も」
「いずれにせよ、殻島って奴が語ったとおりの人物じゃなきゃ、こっちも対話の材料にできないな」
殻島の語った内容は丸っきり嘘。
全く考えていなかった可能性を、真姫の指摘で気づかされる。殻島がモシリスで連れ去られた防衛局員という説は、当時の状況と説が一致しているだけだ。「出自が暴かれそうな時のシナリオ」として語られれば、内容の真偽を判断できない。
そしてそれ以前に、知景は信用してしまっていたのだろう。おそらく興己も同様に。殻島勇玖を名乗ったあの男がもっている、冷たくも熱くもないさっぱりとした雰囲気を。
「消えた防衛局員の実際の氏名や特徴は確認できますか」
真姫が問うと、五穀は渋い顔をした。
「モシリスの長官は……
「お知り合いで?」
「昔同じ部隊だった。ま、あいつには確認を取っておくとして」
顎をさする手と同じ方向に視線が動いて、知景と興己を見た。
「メトロンに話を聞くのは変わらねえ。すぐにでも円盤にいる奴にコンタクトをとって場を設ける。まず追及するのは、お前らふたりが襲われた件について。ただ向こうの腹を探るんじゃ角が立つから、アーストロンの件に関する感謝を同じく表明する」
アーストロンを討伐してくださったのは、メトロンの構成員ですよね? そう擦り寄るつもりか。
「その流れで、自然に殻島勇玖について言及できる。お前らの襲撃は物的証拠が乏しいから
「ですが襲撃に関しては、最低でも当事者の証言くらいは欲しいところで御座います」
隣の真姫が、自分たちを見ているのがわかった。嫌な予感がする。
「お前らにも同席してもらう」
「なっ……」
メトロンとの、外星人との会合。本来であればS4の組織全体を直轄する防衛省、外惑星に加え他国との技術均衡を図る目的の外務省、重大な秘密事案に関わる内閣府等々を絡めて行われる公的な場であり、一階の訓練課程隊員が座る椅子などあるはずもない。もっとも、アペヌイ大怪災の真相を急く五穀はこれら外部の介入を想定していない、極めてグレーな対話に進もうとしているだろうが、たとえそんな場所で会っても知景と興己は不釣り合いだ。
何より、五穀たちと共にメトロンの前に現れるということは、彼らに向かって「他言無用を破りました」と示しているに等しい。
「すみませんが……それは」
「できないか?」
五穀の声は胃の深いところまで沈んだ。同時に、胃酸を逆流させるような感覚もあった。
「だが考えてみてくれ。お前らはできないと言える立場か? メトロンと接触していたことを黙っていながら、訓練を抜け出して、挙句命の危機を真姫の手によって脱した。それ以前に、お前らはS4隊員だろうが」
嫌味も茶目っ気もない声音だった。提案ではなく命令なのだと理解する他ない。S4における上官の指示に対して、できるかできないかは返答になりえない。やりたくないなど、即座に
「安心しろ」
口元が形だけの笑みを作る。
「いざって時はお前らの身の安全は保証してやる。それくらいの労力はかけるさ」
労力という単語を耳にした知景は、一瞬目を見開いた。その単語はたちまち頭の中で交渉材料へと昇華する。静かに興奮が胸に宿った。五穀の命令を断ることはできない。だが、全く別の形の交渉なら。
「だったら、守らなくていい」
「はい?」
真姫が腰を折ってこちらを覗き込んだ。
「アタシらを守るための労力を別のところに割いてくれ」
「何をしてほしい?」
「アタシの同期が行方不明になってる。その隊員を探してくれ」
メトロンとの対話はどのみち危険な任務だ。五穀や真姫を信用していないわけではないが、保証される安全などたかが知れている。ならば、安全を差し出してでも統括長官の手を借りたかった。未来の辿った足跡だけでも掴みたかった。
「これが条件だ。アタシは退かねェ」
「お前たちの同期で行方不明……ああ、
「知ってるのか!」
思わず一歩前へ出た知景に、「当たりめえだろ」と平板に言う。
「もともとアーストロンが現れた夜に消えたお前らふたりを張ってたんだ。翌朝消えた帯野だってマークはしとくだろ」
「じゃあ、あいつの居場所も」
「残念ですが、現時点では何とも」
隣の真姫が、抑揚のない声で語った。
「そもそも、帯野未来隊員の捜索は警察が主管しています。我々S4が介入できる余地はほとんど御座いません。そして警察からも、行方に関する情報は来ていません」
「警察と繋がりが?」
「経過を報告していただくよう依頼しています。未来隊員のご両親に捜索願を出すよう打診したのはS4側ですので」
読めてきた。S4はアーストロンが県内に現れた時点で、当時行方不明だった知景・興己・未来の3人に何かしらの疑惑を向けていた。翌日に基地を飛び出した知景には、泳がせる目的で真姫が張っていた。完全に行方を眩ませた未来の方は、居場所を突き止めるために彼女の両親に捜索願を出すよう説得を試みたのだろう。捜索願がない限り、警察に動いてもらうことはできない。S4関係者のみで「脱走者」を確保する際の包囲パターンでは、未来を見つけるのは難しいという判断の下、未来の父母を通して警察に届け出てもらったのだ。警察には「未来が怪獣出現の鍵を握っているかもしれない」状況を説明し、働きかけたのではないか。
「幸いご両親はすぐ指示に従ってくれた。警察も早めに動いたしな。その上で、まだ吉報はなしだ」
「より捜索に力を入れるよう依頼することは?」
「やろうと思えばな。地球や外惑星、あさひのS4に未来の情報を共有して情報を募ることもできる。が、人手が増えるほど労力も増すのはわかるな。警察に頭下げんのも楽じゃねえ。それでも、やっていいのか」
再び眼光に射貫かれた。五穀は問うている。未来の捜索に労力を割いてやる。かわりに、知景たちの安全を保証しなくても構わないか、と。おそらく本気だ。頷けば、自分たちはメトロンと相まみえることになる。裸のまま危険地帯に踏み込む覚悟が、本当にあるのか。
もちろんだ。やってくれ。用意していたはずの返事が、喉を過ぎてくれない。自分で言い出したことなのに、躊躇していた。答えに窮し、唇を噛んだとき、「構いません」と声がした。
興己だった。迷いのない声だった。
「未来さんを、探してください」
「結構」
五穀はパンと手を叩いて立ち上がる。
「善は急げだ。すぐにメトロンにコンタクトを取る。いつになるかわからんが最短で話をつけたい。明後日にでも出る用意をしておけ。それと――」
どこかわざとらしい思案顔を作る。
「俺たちはお前らを守らない。つうわけで自分の身は自分で守ってもらわなきゃいけないわけだ。そこで武器も防具もなしってのは酷な話だわな。おい、真姫」
「問題ありません。何機か空きはあったかと」
「よし。遊崎と栄には、こっちで管理している
左手に巻いたMITTドライバーをドアフォンに翳す。すぐに認証され、自動ドアが左に滑った。中の椅子に腰掛けていた興己が顔を上げた。「やあ」という声に片手を上げて答え、知景も隣に腰を下ろした。
待機を命じられた甫村基地の一室は『重要作戦室Ⅲ』という名称だった。秘密裏に行われるミッションや、土地の防衛・獲得がかかった重大な作戦などの場合、通常よりもバックアップ体制が強固なこの部屋が設定される。もっとも今回は大規模な戦闘を想定していないので、秘密作戦に関わるふたりの待機場所としてあてがわれていた。
本当に、戦闘にならならなければいいのだが。五穀と話した日から2日が経過していた。五穀は宣言通りすぐさまメトロンと対話の約束を取り付けたらしい。今日召集がかかり、知景と興己、五穀と真姫の4名でメトロンのUFOまで向かうことになっていた。
「何してたんだ?」
「長官から借りた、MAの性能を確認してた。びっくりしたよ、スカイドンの装備なんて」
知景へ向けた笑みに、微かな緊張があった。まさか訓練隊員の中でも小柄で軽そうな興己にあてがわれたのが、随一の重量を誇る『メガトン怪獣スカイドン』の装備だとは。
「そうビビんなよ。長官だって、多少はお前の相性とか考えて装備選んでるんだろ」
「だといいんだけどな……。知景さんは逆にどう? あの怪獣の装備」
腕を組んで視線を宙に投じた。「あの怪獣」が自分に与えられたという事実は、どうだろう。仮に五穀が向き不向きを考えてMAを選んでいた場合、アレが自分に適しているというのはどうにも受け入れがたい。貸し与えてくれた手前、文句を付ける道理がないのは大前提として、脳筋の烙印を押されたようなものだ。実際、腕っ節にものをいわせるタイプなのが悲しいところだが。
視線を戻すと、興己がこちらを伺っていた。
「……お前はどう思う?」
「何が?」
「あの怪獣、アタシのイメージに合ってるか?」
えっ、と興己は言葉を詰まらせた。目に見えて動揺している。おかしく思うと同時に己を恥じた。こんなことを聞くために、早くから作戦室に来たわけじゃない。
「悪い、今の質問は忘れてくれ」
「へ?」
「この間は、ごめんな。長官と話してた時のこと」
「ごめんって、何が」
「お前の命を、勝手に賭けた」
アタシらを守るための労力を別のところに割いてくれ。
五穀に対し持ちかけた取引はこうだった。知景は「アタシら」と言ったのをはっきり覚えている。勝手に興己の命まで勘定に入れて、未来を探そうとしていた。それが気がかりだったのだ。
ところが興己は「そのことか」と拍子抜けしたように顔をほころばせた。
「大丈夫だよ。それに、最後に『構いません』って答えたのは僕の方だし」
「言い出しっぺはアタシだ」
「知景さんが言い出さなかったら、僕も全く同じ交渉を長官としてたと思う。だから本当に気にしないで」
本当かよ、と訊くのがためらわれた。それほど、興己の声は自信に満ちていたから。
「もともと基地を出たのもそのためだったし。それに、殻島さんとももう一度会いたいと思ってたから」
「マジでアイツと会ってから色々めちゃくちゃだぜ。疫病神野郎が」
「たしかに」
興己は苦笑しつつ、「でも」と繋げた。
「あの人との出会いが、悪い方向に転ばないといいよね」
「どういうことだよ」
「自分でも上手く言葉にできないけど、何ていうか、色々好転してほしいんだ。殻島さんはなんとか地球に戻れて、未来さんともまた会えて、また僕らと一緒に……。逆に、悪い方向に転がり落ちるかもって考えるのが、すごく怖いんだ。あの人と会ったことを、後悔したくなくて」
「人との出会いなんて全部そうだろ」
「うん。でも、殻島さんは特にそう思うんだ」
知景は、自分でも驚くほど自然に「そうだな」と言っていた。口から返答がこぼれ落ちていた。
事実、興己の言葉に同意している自分がいた。疫病神。ここではいくらでもつける悪態を、当人に向けたいとは思えなかった。
「ま、ペテンだったら容赦しねえけどな」
その時、知景のMITTドライバーに着信が入る。相手は五穀だった。
『そろそろだ。集まれ』
端的な命令に「了解!」と興己が答えた。通話を切り、同時に立ち上がる。
「行こうぜ。もう一度アイツに会いに」
ドアが開く。人気の少ない通路を、ふたりが競うように駆け抜けた。
【挿絵表示】
栄興己(20)
描写はありませんが、100話時点で興己が「大池たちに殴りかかった」というシーンのイメージです。彼がいびられるのは能力の低さよりも、小柄な体格とか可愛めな顔立ちゆえかもしれません。美容師の家系なので、もっと髪型お洒落でよかったかも。