『――こちらS4レラトーニ銀河楓本部所属、航空第2部隊隊長
「ええ。聞こえています」
『報告は私只見が、操縦は航空第2部隊隊員
どうやらパイロットは2名おり、現場の把握は只見が、戦闘機の操作は部下の沢木という者が行うらしい。
『早速ですが、目標と思われる人物を確認しました。確かにドライバーの反応はないですね。隣にいる人物は認識できました。
只見からの話を聞く限り、殻島は部隊と接触したらしい。伝聞でしか状況を把握できないもどかしさを感じるが、いずれにせよパイロットに頼むことは変わらない。
「雪町隊員の横にいる男は敵性外星人です!どうか、ヤツに対し攻撃を!」
焦る声を演じる。とにかくまずは殻島を排除しなければ安心できない。水道の不正が露見した場合、この作戦室にいる協力者のオペレーター達と揃って失職は確実。その後逮捕だろう。市民には何らの許諾を得ず、水道局の一部と通謀して今回の事に至った。そしてそれが現に巨大怪獣の発生という、市、あるいはレラトーニに済む人間全てに対する脅威へ発展したのだから、責任追及は免れない。
その秘密を暴かれた殻島には絶対に消えてもらわねばならなかった。
(さらにまずいのは……国から水道事業に用途を限定された支出金を、一部私が着服していることだな)
レラトーニの環境を維持するための高度な浄水措置と、それにかかる高額な費用を補うための支出金があった。が、実際にその措置をとっていないのだから、浮いた費用分を弄らせてもらった。一部は汚水を流すための下水管の延伸。また一部は共謀者と山分けだ。つまりは私用化、完全に懐に入れていた。明らかに逮捕要件となりうる。横領であることは明白だが、それでも造りたいものが羽村にはあったのだ。
(殻島め、ピタリと言い当ててきよったな……すでに建設会社との合意も進んでいるというのに)
『……長、羽村市長!』
考え込んでいて、只見の声を拾えていなかった。
「はっ。す、すみません。それで、攻撃の方は」
『まず、現時点では行うことができません』
「な……!?」
思い通りにいかぬ状況に、普段は面に出さない苛立ちが噴き上がる。
『少なくとも、隣の雪町って隊員は地球人なんです。今のままでは彼女ごとビームを打ち込まないと星人を殺せません』
只見の声にも緊張が感じられた。やはり殻島以外の隊員の存在がブレーキとなっている。できません、というのは、単に只見らの心情ではなく、本部においても同様の意見を下すだろう。予想される危険、つまり「星人の侵略」を防ぐ目的とはいえ、隊員を見殺しにするという決断を簡単に下せるわけがない。
「……確かに彼女らはいついかなる時もこの星のために戦ってくれました。彼女たちの命は決してないがしろにされるべきものではなく、何より、私の愛する市民です。ですが、そこにいる正体不明の敵星人を見逃すということは、夜蛍市、ひいてはレラトーニに済む全ての人々の安寧を妨げるでしょう!どうか、引き金を引いてください!」
羽村は声に抑揚を付けた。
「ヤツの近くに大きな怪獣の死体が横たわっているでしょう。それも、人間に化けた残忍な異星人がこの地に呼び寄せたのです!」
怪獣の死体とはゲスラのことだ。何としてもサポートメカに攻撃をさせる。そのためには攻撃の必要性を多少過剰でもアピールしなければならない。そのために嘘に嘘を重ねた。
「雪町、関、神林3名の隊員を救うことができないのは、全て私の不徳の致すところです。指揮を取っていながら、彼らの自分の命を守る選択を導けなかった……。
今自分が演じているのは、多くの市民を守るために葛藤の末非情な決断を下す男だ。ただひたすらに苦悩と同情を訴えかける。沢木に引き金を引かせるため。殻島を殺害するため。
そのために巻き添えで死ぬ3人の隊員など、知ったことではない。
『ですが……ん?増えた……』
「……は?」
只見の発言に、声が上ずる。
「増えた、とは?」
『雪町の下にもう2人の隊員が到着しました』
――――――――――
操縦席に座ると、人間の視界の狭さを実感する。沢木
ジェットビートルは機体先端に横長の窓がはめられており、周辺視野を含めた人間の視界をカバーできるようになっている。が、いざ操縦となるとそれがぐっと狭まる。それは注視できる範囲に限りがあるためでもあるが、何より操縦に多くの神経をすり減らすためだ。いずれにせよ、眼前の景色は目の端でぶつかってしまう。
「ん?増えた……」
背後から女性の声がする。市外地にいるという敵性外星人の確認など、自分一人ではできない。
「雪町の下にもう2人の隊員が到着しました。1人は
後ろのコックピットに座る上官の只見が淡々とした口調で告げる。どうやらその場に居なかった隊員2人も合流したらしい。
彼女は自分と共に任務に派遣された隊員だ。単に怪獣の撃退の命が下されたのならば一人、あるいは遠隔操作でも足りるのだが、今回は実地確認を要する。レラトーニ夜蛍市の羽村市長が言った、「市外に星人がいる」という言葉の真偽を確かめなければならないからだ。加えて、負傷した隊員の回収を行う可能性も想定し、遠隔は用いなかった。
「市長、ドライバー反応が確認できない男が星人ということでよろしいですか」
只見は先ほどから状況をそのまま羽村に伝えている。彼女が市長のいる作戦室との通信を受け持ち、沢木がジェットビートルを操るという役割分担だ。
「あ゙~、たるい。沢木、通話変わってよ」
只見が座席を軽く小突いた。無論、通話は一時切ってある。
「俺が通話やったら誰が操縦するんですか」
「通話しながらでも操縦はできるだろ。私もう話し相手すんの疲れたんだよぉ。市長のオッサンは攻撃しろの一点張りだし」
彼女はまるで緊張感がなかった。羽村との通話も、クレーム処理程度にしか考えていないように思える。
「真面目にやってくださいよ只見さん。今俺達はレラトーニの全体の危機に直面して……うおッ!」
会話を交えながらの操作で機体が若干ぶれるが、只見は動じることなく「危機ねえ」と呟いた。
「ハイ、ここで名探偵只見の考察披露タイム!」
沢木の後ろからの声は、急に芝居がかった。
「はあ?何ですかそれ」
「チク、タク、チク、タク」
「何のシンキングタイムですかこれ」
「出ました」
声が、いつものトーンに戻る。
「今回の騒動、市長が怪しい」
――――――――――
「殻さん!」
背後からあだ名で呼ばれ、反射的に振り返る。
そこには、背中を負傷し一時離れていた関がハルを抱えていた。彼は息を切らしてこちらに駆け寄ってくる。
ハル、関、雪町。これで部隊の構成員が全員揃った。ジェットビートルでこちらを確認する搭乗員にも見えているだろうか。
「関さん、背中の傷は」
「もともと浅かったんで、ヒールキット使ったら多少楽になりました。あいたた……まだちょっと痛みますけど」
関は屈み込むと、慎重にハルを下ろし地面に寝かせる。
「やばいのは神林っすね。足の傷が深い。ヒールキットの消毒と沈痛も限界があります。……熱も出てるか」
ハルは額に手の甲を当てているが、顔全体が赤いのがわかる。ぐったりと首を横に傾け
「ハル……!」
「ははっ、殻島あんた……凄いじゃん。マジで勝つとは思わなかった」
声にはかすれた呼気が混じり、弱々しい。
重傷者がいるという危機的状況。加えて、更に自分たちは戦闘機に爆撃されるかもしれない。ここまで絶望的な状況が生まれてしまったのはなぜなのか。
理由はただ一つ。
(俺が、ここにいるから……)
殻島は悔しさのあまり奥歯を軋る。自分が敵星人だという偽りの疑いをかけられたがゆえに、サポートメカによる攻撃などという手段を取られかねない。自分が羽村を追い詰めてしまったから、逆に羽村に追い詰められている。
もちろん殻島は被害者であることには変わりないが、それは他の3人も同じだろう。このままでは、自分の巻き添えを食らわせてしまう。
「えっと……これどういう状況すか」
傍らの関もまた、今がただならぬ状況であることは察したようだ。
「あのデカいトカゲ怪獣は死んでるし、ジェットビートルは助けに来てくんないし」
「詳細は省きますけど、殻島主査が星人だっていう虚偽の疑いをかけられて、今ジェットビートルからビーム射撃されそうになってます」
「全然わかんないっすね」
最早現実感も薄れているのか、関は自棄の笑みをこぼした。
いや、諦めるな。何かできることがあるはずだ。
「……状況を整理しましょう」
雪町が冷静に取り直してくれた。
「現状、殻島さんはジェットビートルから攻撃を受けそうになっています。そして、これに私たちが巻き込まれる可能性も否定できません」
「はい。なので俺達の目標は、あの機体に乗ってる隊員に自分たちは敵ではない、無害な人間であるということを証明することですよね」
雪町と関が頷いた。
危険がないことの証明。そのためには対話をしなければならないだろう。何とかして、ジェットビートルを操縦している隊員と通話を繋ぎたい。
「俺はS4のことがよくわからないので質問なんですが、サポートメカを操縦する人と調査地の隊員を繋ぐことってできないんですか。ちょうど、このMITTドライバーを使って」
案① 操縦者へのアピール
ジェットビートルのパイロットは現状、羽村の指示しか聞いていない状況だろう。こちら側の主張を聞いて貰えないことには始まらない。
だが、通話を繋いでもらえば一転、状況は有利になる。
殻島は羽村の企みと、その背後にある不正を知っている。これを通話で伝えることができれば、説得力はある。羽村の汚水放出、横たわるゲスラの死骸、自分たちが窮地に陥っている理由。これらの文脈が通るからだ。
この①が、もっとも有効な選択肢。だが――。
「それは多分、厳しいっすね」
関は爪を噛んでいた。
「知り合いから話を聞くんすけど、オペレーターって責任重大な分権限もでかいんすよ。基本的にサポートメカ操縦者との通話はオペレーターが担当するんですよね」
「そんな」
「オペレーターが通話権限を調査地の隊員に譲ることもできますけど……今回は作戦室の面々が何か企んでる感じっすよね?だったら期待はできないかなぁ」
「私も同意見です」
雪町も小さく手を上げる。
「私たちと殻島さんは接触していますから、私たちが星人の能力によって洗脳、あるいは何らかの協力関係にある。パイロットにそう捉えられても仕方ありません」
「敵星人である俺が、雪町部隊の皆さんを懐柔したと?」
「ええ。現段階でまだ攻撃を待ってくれているあたり、完全に市長のいいなりということもなさそうですが、私たち側に友好的だとも言えません」
S4である2人からNOが出てしまった。案①はなしだ。
――私たちと殻島さんは接触していますから。
言われた言葉が重くのしかかる。
「すみません、雪町さん」
「え?」
「俺と話をしなければ、疑われずにすんだのに」
「え?あ……い、いえ、そんなつもりは!」
雪町が必死に弁明する。
わかっている。彼女の言葉に悪気など
殻島の頭には、2つめの案がすでに浮かんでいた。それはできることなら避けたい、自分の命を軽く見積もるもの。
案➁ 殻島だけ部隊員の3人から離れる
部隊に巻き添えを食らわせないため、疑われている殻島がこの場から距離を取る。そうすれば、少なくとも3人は救助してもらえるのではないか。
後で自身がどうなるかわからないが、完全に被害者である雪町部隊にこれ以上迷惑をかけないことが責任だと、殻島は思う。
「…………俺が離脱します」
雪町とハルが「え?」と視線を向ける。
「そうすれば、皆さんの安全は多少確保されるでしょうから」
「でも、それじゃ」
制止を振り切り、立ち上がろうとする。
が、思い留まった。ここで分かれて、よしんば3人の安全は確保されるとして、ここにいる全員に羽村の思惑を喋ってしまった。抜け目ないあの市長が、それを見落とすはずがない。どっちみち、権限を使って再び彼女らを死の淵に追いやろうとするのは目に見えている。この場は一旦救助するかもしれないが、最悪、その後にでも。
(全員……死ぬの確定か?)
額から流れる汗が落ち、手に落ちた。それがあまりに冷たくて、自分の身体から出たものだと信じられない。
(詰み?)
説得は不可能。逃げても結果は同じ。
行き場を完全に失い、殻島はただ地面を見つめることしかできなくなる。絶望とは、こういうものか。
「えっと……今んとこっすけど」
切り出したのは、関。
「取り敢えずサポートメカのパイロットに、オレらは危険がないってわからせればいいんすよね」
「ええ、そうですが……」
雪町も依然、やるかたなく地面を見つめている。対して、関は妙に落ち着き払った様子だった。
「じゃあ、やることはひとつじゃないっすか」
「……え?」
関はすくっと立ち上がると、殻島の正面に立つ。
見下ろされると彼の顔に薄く影かかかる。表情全体が伺えなくなった。
彼が何を思っているのか、何が見えているのか。
「殻さん、すいませんね」
関の右手が差し出される。立たせてくれるのかと手を伸ばしかけ、固まった。
関はハンドガンの銃口をこちらに向けていたのだ。おそらく、彼は思いついていたのだろう。案➁と同義で、より手っ取り早いもの。
案➂ 敵星人と疑われている標的、殻島勇玖を殺害する