「市長が……?」
沢木は後部座席にいる上官の発言に耳を疑った。
「市長が怪しいって、本気で」
「そ。私思ったのよ、どうも胡散臭いって」
「な、何がですか」
「今日の星人騒動よ」
騒動などという小規模な言葉でまとめられ、力が抜けかける。
日本のS4調査地に外星人が現れるなど自身の知る限り初めてのことであり、それが大勢の命を脅かす事態に発展するかもしれないのだ。自分がその情報の是非を確かめる任に当たるというのだから、本部を出発したときから心臓がバクバクだった。なのに、バディの只見はまったく対照的なのだから余計に焦る。
「だってさ、星人が現れたって言ってるのは当の市長だけだよ。市外に監視カメラなんてないから気付きにくいのはしかたないけど、それにしたって別の部隊を補佐してるオペレーターからもいくつか報告が出そうじゃない?」
「たまたまこのあたりに出撃したのが雪町の部隊だけだったんでしょう」
「だとしても、市長達はなんで雪町たちに逃げるように言わないわけ?出撃先の近くに星人がいるってわかったら、MITTドライバーの通話機能で撤退か、少なくとも警戒するように言うのが筋でしょ」
たしかに、最初雪町が星人らしき男と一緒にいたのには違和感を覚えたし、会話すらしていたように見える。その後神林を背負った関が近づいてきたのも不自然だ。人間に擬態しているとはいえ、市外地で見知らぬ者にのこのこ付いていくものだろうか。
「何か事情があるのかもね。通話機能が使えない。……使いたくない?もしくは、部隊の3人を殺したい理由とかね」
只見の理論はあまりに飛躍している。が、ふざけている様子もないため一笑に付すのも忍びなかった。
「それに、怪獣がいるのも変だよ」
沢木は機体をどこかにぶつけてしまわぬよう一瞬だけ目を逸らす。その短い刹那でも存在を感じられるほど大きな死体。トカゲを巨大化させたような怪獣が、血に埋もれていた。
「そりゃあ、レラトーニで巨大怪獣がこのあたりに侵攻してくるのは滅多にないですが」
「それもだけど、羽村市長はさっき『敵星人が連れてきた』って言ったよね」
後ろに反応が届くかわからないが、沢木は一応頷く。只見と市長の会話は口を挟んでいないものの、内容はすべて聞いている。
「あれは海獣ゲスラ。最初に人類が遭遇したのは1969年。地球のトカゲが下水に晒された突然変異で怪獣化したものだから、それと全く同じ種類ってわけじゃないだろうけどね。でも、見た目は一致してる」
「それの何が変なんですか」
「星人がこの星に来て、人類を侵略しようとしてるなら、ヤツらはこの星の環境が欲しいと予想できる。人類が享受してる豊かな自然や水を奪いたい。そこに価値があると思ってるわけよ」
再度沢木は頷く。
星人にとってどんな環境が生存に適しているかなど知るよしもない。しかし、これまでの歴史の中で、無数の種の星人が地球に降り立っているという事実がある。中でもいくつかの種は、地球から人間を排除して自分たちの惑星にしようとしていた。無論、その輩はウルトラマンと当時の地球防衛組織に撃退されたのであるが。
そういった昔の例を踏まえると「地球人が適応できる環境」は、一定の外星人にとって価値を見いだせるのかもしれない。
「でも、言っちゃ悪いがゲスラは雑菌まみれの不潔怪獣。あんなのを野に放ったら、レラトーニの澄み切った水もたちまちおじゃんだよ」
耳を傾けつつ、ゆるやかな角度で旋回操作を行う。低空での飛行であるため、下を流れる大きな川が目に入った。たしかに、川底が見通せそうなほどに澄んでいる。これがレラトーニのありのままの姿であり、もしゲスラが住み着いてしまったら悪い影響が生じるだろう。
「なるほど」
沢木は感嘆する。
「市長の言葉通りなら、侵略目的でレラトーニに来た異星人が、自らの手でレラトーニを汚けがしていると」
「そうそう。でもそれっておかしいじゃない。星人が攻めてくるってのと、その星人がゲスラを使役したって事実は平仄が合わないのさ。どっちも市長の証言なのにね」
只見の声が密やかになる。
「私の見立てだと、ゲスラは連れてこられたんじゃなくてここで生まれた……。つまり、夜蛍の下水がここいらの生物に作用してしまっている。市長サンはその不備か、あるいは不正を知っている3人の部隊員を殺したい。あるいは、星人と疑われているあの男は実は人間で、同様の秘密を知ってる。……とか?」
「……邪推が過ぎませんか」
「過ぎて結構。邪推は私の趣味で特技よ」
「人としてどうなんですか」
只見と話を交わす中で、徐々に手が震え始めたのを沢木は感じていた。
邪推、と言いながらも彼女の発言には筋が通っている部分がある。その真偽は定かでないものの、今攻撃せよと命じられている星人は、全く無実の人間であるかもしれないのだ。只見がいなければ、自分は羽村に従って彼にビームを撃ち込んでいたかもしれない。怪獣と星人を殺すための兵器を、人間に向けていたとわかった瞬間怖くなった。
その様子を感じ取ったか、大丈夫?と只見に訊かれた。
「え、ええ。もちろん」
「そう。とりあえず、私の判断としては『攻撃の必要なし』。十中八九、羽村が星人だと言ったあの男は地球人でしょ」
「たしかに、そうかもしれません。ですが、十中一二はまだ、星人という可能性があるのが問題です」
「……それなのよね~」
只見は困った声を上げた。
彼女の話を聞いて、ドライバーの反応のない男が敵星人でないことに一定の根拠があることがわかった。しかし、敵星人である可能性を潰しきれていないのも事実だ。
自身の決定が多くの人命に繋がることは沢木も只見もわかっている。だからこそ、羽村の『3名の部隊員を犠牲にしてでも星人を殺せ』という要望にも正当性があるのだ。
そして、市外地にいる男はシロである可能性が高くとも、それが100%の確証にならない限り彼ならびに部隊員を助けに降りることができないのだ。
「せめて、下にいる彼らが潔白をアピールしてくれればな~」
救助と攻撃、どちらを取るか。針は救助に傾いているものの、振りきれるには至らない。
『星人はまだ生きているのですか!?早く、早くご決断を!』
痺れを切らした羽村が、向こうから通話を繋いで急かし立てた。
「うっさいなァこの人。人殺しをさせようとしてるってわかってんのかな」
「3名の隊員の様子は?」
「何か……あの男と話してるね。人質に取られてる様子はないけど」
「では、部隊員をここから離れさせるよう作戦室に繋ぎましょう。やはり、あの男の姿をした奴は殺さなければならないかも」
沢木は左に桿かんを取り、機体を緩く方向転換させる。その先でもう一度方向を変え、ビームの砲口を男の姿をした星人に向けるためだ。
「沢木ストップ!」
突然後ろから声が飛んだ。
当然ストップしたら墜落するため、なんとか機体を翻し先ほどの進行方向を逆進する形になる。
「何ですかいきなり!」
「今の方向維持して!隊員達がよく見える!」
ギュッと音が鳴る。固定具のベルト部分が引っ張られるほど只見が身を乗り出しているのだろう。
前を見ている沢木はわからない。彼女が何に注意を引かれているのか。
「何か状況が変わりましたか?」
尋ねても答えは返ってこない。だが、一呼吸立って「ふふふ」という笑い声が聞こえた。
「あははははは!なるほどね、やるなあアイツら!」
「何があったんですか?」
「沢木、取り敢えず攻撃は中止。急いで降りて救助するよ!」
「はあ!?」
唐突な作戦変更に驚きを隠せない。只見の方は状況を逐一チェックしているからわかるのかもしれないが、自分は前しか見られないためなぜその決断を下すのか理解できないのだ。
「まあまあ。取り敢えず減速して!その目で確かめなよ」
心なしか声が弾んでいる只見の指示を受け、ビーム砲のロックをかけたまま、隊員達が正面になるように方向転換。高度を下げながらこれを繰り返し、着地を試みる。
下がって行くにつれて、市外地に取り残された隊員達が見えてきた。
ドライバーの反応がある3人。雪町、関、神林。そのうち神林は仰向けで倒れていた。 そして、肝心の敵星人。いや、敵星人と疑われている青年の姿をしたモノもいる。ソレは、なんと関と雪町に挟まれ、彼らの武器を頭に向けられていた。
真ん中で膝を突く彼の顔は、複雑。どう表現すればいいのか。
だが、それが異星人の擬態だとしたら、あまりに人間に寄せすぎだとは思った。
――――――――――――
関に向けられたのは、彼が武器に指定したハンドガンだ。無骨な黒で統一された銃身。真っ直ぐ殻島を捉える砲口はその中でも殊更深い色で、果てしない奥行きをたくわえているようだった。
「すいませんね、殻さん」
挨拶とそう変わらぬ軽い口調。
それが何に対する謝罪なのか、殻島は悟った。
「俺を、殺すんですか」
関が言った、危険がないことをわからせる。それに最も適しているのは、危険と疑われる存在を消してしまうことだ。
殻島を殺す。それが、関達にとってはもっとも都合がいい。
やはり予想通りだった。自分の命が、ここで尽きるのは確定で――。
「いや殺すわけないでしょ」
関の声に、伏せかけた顔を瞬時に上げた。
「……え?」
「殻さんが危険な敵星人と疑われてるんでしょ。んで、パイロットさんにその危険がないって思わせればいいんでしょ。じゃあ、俺達がその危険を制圧したってことにすれば」
「……ああ、なるほど!」
横の雪町も理解を示すと、ずいと立ち上がる。そして、おもむろにバズーカを構えた。
広い口径がこちらに差し迫っていると、いまだ微かに残る銃身の熱にあてられそうだった。
「えっちょ、やめて。っていうか、どういうことなんですか」
「だから、制圧したってこ・と・に・す・る・んです」
関は柔らかな口調になっていた。横から窺うようにすると、からかいを込めた薄い笑みを作っている。
「仮に殻さんが星人でも、俺達が頭に武器突きつけてれば危険性はないって判断されるでしょ」
はっとして二人を交互に見る。二人は殻島を制圧し、拘束する振りをしようとしてくれているのだ。そうすればジェットビートルのパイロットは危険が除かれたと判断、上空から爆撃を行うことはないだろう。
「ほら、演技なんですから安心して。殻さんもなんか、人質っぽい演技しましょう」
なすがままに両手を上げて降伏を示す。これは果たして異星人にも共通するポーズなのか。しないとしたらそれは不自然ではないかと考えていると、戦闘機にも動きがあった。
「高度が下がってる」
ジェットビートルは旋回を繰り返して徐々に地面へと近づいていた。機体の底部から降着装置の車輪が出ているのを見て、心の底から安堵する。
やがて、殻島らが立つフィールドに低速で滑り込むと、その進行を完全に止めた。同じ地点に立つと、そのなんと大きいことか。先ほど討伐したゲスラの頭部から尻尾までに匹敵する全長と空に向かって伸びる垂直尾翼が、大きな影を作っていた。
呆気に取られていると、主翼と前翼の間にあるハッチが開き、2名のS4隊員が降りてくる。怪我を負ったハルのことを伝えようとしたが、後から降りてきた男性隊員は折りたたみ式の担架を抱えており、駆け足でハルの方へ向かった。
「沢木、固定できた?」
「できました。そっちお願いします」
殻島が言葉を挟む暇もなく、あっという間にハルを機体に運んでいく。これで飛び立ってしまうのかと不安になったが、片方の女性隊員がすぐに戻ってきた。
「S4レラトーニ銀河楓本部所属、航空第2部隊隊長只見です。あっちは部下の沢木ね。今は神林さんの処置に当たってる」
只見と名乗る隊員はドライバーで身分証明画面を表示した。
「私たちは、夜蛍市の市長から異星人が出たって報告を受けてここに来たんだけど――」
「それ嘘です!嘘!」
「俺ほんとは隊員じゃないけど巻き込まれて……局員なんです実は」
「こちらの方は殻島さんという方で、決して悪い人では……」
関、殻島、雪町は我先にと各々の主張を口にしたが、意味はどれも同じだ。ここで潔白を主張しなければ、自分たちはここに置き去りにされる。
全員必死の様子に、只見は頭を掻く。
「わーかってます。わかってますから」
3人をいなすと、殻島に手を差し出した。
「あなたは敵じゃないでしょう」
敵じゃない。そう言われた殻島は、こみ上げるものをこらえて手を取った。
立ち上がると、酷使した脚がびりびりとする。只見がポンと肩を叩いた。
「とりあえず、本部まで送ります。すぐに発てば神林隊員も間に合いますよ。4人ともお疲れ様でした」
日常的に聞く労いの言葉が、ここまで染み入るのは初めてだった。
お疲れ様。そうだ、疲れたのだ。心も体もへとへとだ。
でも、生きている。生きているからそう感じることができる。
汗にまみれた身体を引き摺って一歩を踏み出す。喉の渇きが、思い出したかのように湧いてきた。