殻島はいつもの出勤ルートを歩いていた。ワイシャツとスーツがいつもより身体に馴染んでいる気がする。S4のアーマーを着込まずに歩くのは、身も心も軽い。
ゲスラとの戦いから4日が経っていた。あの後、沢木が操縦するジェットビートルに乗せられ、夜蛍市とは離れた銀河楓市にある、レラトーニのS4を管理統制する本部基地に向かった。
「お疲れでしょうけど、すぐ休ませてくれるほど本部は優しくないと思うので……まあその、ご愁傷様です」
飛ばすジェットビートルの中で沢木に言われた内容は、そう間違っていなかった。
まず殻島達を待ち受けていたのは診察だ。
殻島はほぼ無傷だったものの、関は背中に裂傷、雪町も頭から血を流していた。3人はハルとともに治療を受けるため、部隊の面子とはそこで別れた。
また、ゲスラは下水や廃棄物が原因で突然変異を起こした個体であるため、必然的にその身体も有害な汚染物質の塊だ。殻島を出迎えたのはマスクに透明なフェイスシールドを着けた医師であり、大きな怪我がないとわかると消毒液のシャワーを浴びせられた。
それが終わると今度は本部で事情説明だ。殻島は臨時調査隊員として市外に出た身であるため、市外地に出た経緯の説明を求められる。
「ええと、まず俺は10日くらい前に市長に呼ばれて一度調査地に出ていて」
その経緯がまた、市長の陰謀に巻き込まれたという複雑なものである。本部側も諸々の手続きが重なっていたのか、話は長引き、ゲスラと戦った当日は本部に泊まることとた。
翌日の昼頃に確認事項が全て満たされ、やっと解放かと思いきや経過観察で3日はここにいろとのお達しを受けた。さらに2日目からは羽村の不正に関する警察の事情聴取も加わり――と、少なくとも安穏とした時間を過ごすことはできなかった。
それでも、巨大怪獣と戦って生きていたのだからついているとは思う。関と雪町のアピールが決定打となって、殻島に疑いを向ける者もいない。
羽村鎮男と夜蛍市の水道局長、およびその事情を知り加担していた者総勢十数名は、現在勾留されている。大量検挙。大事件といって差し支えない規模だ。
「起訴は確定だろうな」
聴取を担当した男は言った。
「判決より先に、不信任決議か解職請求が通るだろうが」
殻島はかろうじて容疑者の名簿から除外されていた。最初に調査地に出向いたことは、羽村の不正に荷担していた節もある。しかしその後報酬を受け取らなかったこと、ゲスラと戦った日の朝に警察に電話をかけた記録などが功を奏したのかもしれない。
「今後のレラトーニって、どうなりますかね?」
ぽつり、と聴取担当の男に聞いた。
「……今水道の検査が行われてるが、現在進行形で異変が報告されてる。お前が言った、下水を放流してるって内容にあながち間違いはなさそうだ」
明らかに公にはなっていないであろう情報を語ってくれるのは、殻島を共犯者にされた哀れな一般人とみているからか。それとも、逮捕の余地が残る参考人と捉えているからか。
「水の処理薬剤についてはすぐ手配できるが、肝心の浄化装置については再稼働へのメンテナンス、一部改修なんかも考えると、夜蛍中央処理場がきちんと稼働するのはだいぶ先だろうな」
「その間、下水は」
これについて、刑事らしき男にはわからないとはぐらかされたが、新たなS4側の人間はおおよその目処を答えてくれた。
「安心してほしい。他の浄水場への移送と連携でギリギリ扱える範囲らしい。市民の水道料金が今まで通りとはいかんだろうが……ゲスラが再び出てくるようなことはないはず」
そしてもう一つ、殻島は羽村がどうなるのかについて聞いた。これについて答えたのは、刑事。
「市長とその協力者の身柄は全員確保済み。裁判やらなんやらがどうなるかなんてわからないが、さっきも言ったように起訴は避けられんだろ」
「羽村は……横領した資金で何をしようとしていたんでしょうか」
「それは捜査が進まんことにはな。ただ、逮捕要件とは別に、ヤツは殺人教唆も乗っかるだろう。あんたとS4隊員達の話は、嘘に思えん」
刑事の声は低くなった。
「自分は安全な場所にいながら、戦闘機で無実の人間を殺させようとした。こんな奴に人の上に立つ資格があるか?」
ぶっきらぼうな言葉の端々に信念が見え隠れする。
「外惑星の調査地で起こったことではあるが、人間の審判については俺達がきっちりやらせてもらう。だから――」
安心しろ。その言葉は、警察もS4も共通していた。
聴取も一区切りつき、経過観察も問題無さそうだとのことで、昨日の夕方解放された。
巨大怪獣と戦い、異星人と疑われ、取り調べまで受けてから日をまたがずに出勤。普通であれば鬱々とてしまいそうだが、当の殻島は別の所に不安があった。
(俺……何日無断欠勤しちゃってんだ?)
ゲスラと戦った日、もとは当然出勤予定だったのだ。その日に加えて取り調べがまる3日。
(いや!休日挟んでるから休んだのは2日。そして事情が伝わってれば上司も理解してくれるはず)
いや、だとしても。
入庁一ヶ月ほどで警察とS4の世話になる人間をよく思う人が何人いるか。少なくとも、自分の同期や部下にいたら話しかけたくない。
考えているうちに局舎のゲートを抜け、配属課の前まで来てしまった。
窺うように背を丸めながら、そろそろと窓口を抜ける。フロアの奥で、課の職員が数人固まって何かを話し合っていた。
「あれ……?」
先に出勤している彼らの服装に違和感がある。いつものスーツやこざっぱりした服ではない。が、それを尋ねる前に一人が殻島に気付いた。
「お、おはようございまーす……」
結局、殻島は普通の挨拶を選んだ。一人二人と職員が振り返り視線を向ける。そこにいた上司の
「殻島くん、君――」
川井はずいと目の前に寄り、まじまじと殻島の顔を見つめた。
「す、すいません色々と」
殻島はおそるおそる答えた。
説明しなければ。何から?どこから?そういえばニュースは?どんな内容で取り沙汰されている?
が、次の一言で、川井の反応が思っていたものとは違うと判明する。
「ずいぶん辛かったみたいだね、胃腸炎」
「……へ?」
胃腸炎、とはどういうことか。
「酷い熱も出たって聞いたぞ。もう復帰して平気なのか」
いたわる川井の言葉が耳をすり抜けていく。少し考えれば顛末はある程度わかった。
3日前の朝、羽村と共謀関係にあるオペレーターから基地へと誘われた。すでにその時、羽村は出撃任務を殻島に課す予定であり、課の方には「殻島は今日休みである」という胸の連絡が来ていたはずだ。その時に使った嘘の理由が「胃腸炎にかかった」というものなのだろう。
したがって川井達は殻島がゲスラと戦っていたことなど、市長の陰謀に巻き込まれたことなど知るよしもない。
「……殻島くん?」
ようやく川井の声が認識できた。明後日の方向を見ていた殻島は、「すみません」と頭を下げた。
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
その言葉を受けると、川井はまた他の職員の話し合いに戻っていった。
何とか、大丈夫だった。川井達からの評価は「無断欠勤野郎」でも「謎の事件に巻き込まれるアンラッキーマン」でもなく、「胃の弱い奴」に落ち着いた。
「そういえば」
自分のデスクに向かったところで、殻島は服装のことを思い出す。
「あの、なんで皆さんS4の隊服を着ていらっしゃるんですか?」
――――――――――
小さな応接間を更衣室として使わせてもらい、服を着替える。動きやすい素材のワイシャツに腕を通し、やや厚めのスラックスに裾を仕舞う。ここまでなら普通と変わらないが、ボディアーマーを着けるとやはり窮屈だ。
「またこれか」
結合部を合わせながら、肩が凝りそうだなと思う。ネクタイの締め付けが恋しい。
「当分の間、俺達もS4スーツの着用義務が課されたんだ」
先ほど、川井はビニールに包まれたオレンジ色のスーツ一式を殻島に手渡した。
「流石にニュースくらいは見ていたかな。夜蛍市の近くに、巨大怪獣が現れたんだ」
彼が語った内容は、まさしく殻島が対峙したゲスラについてのものだった。諸々の事情ゆえか、討伐の手柄は「あるS4部隊」になっていたのかと知る。
「討伐には成功したそうなんだが、警戒を一層強めなきゃねってことで、しばらくはこれを着て出勤してほしい」
「じゃあ、俺達も実際に怪獣と戦うことが想定されているんですか」
そう聞くと、川井は「いやいや」と笑いながら手を横に振った。
「俺達が着るのは、あくまで緊急時のためかな」
「緊急時?」
「レラトーニの巨大怪獣ってのは、一匹が活発に動くと、それに触発されて他の怪獣も行動を変えたりするんだ。で、最悪の場合その行動の延長で、怪獣が俺達の居住区に攻撃を仕掛けてきたりする」
殻島は、以前雪町に言われたことを思い出していた。
怪獣の行動原理は、突き詰めれば本能。そこに明確な意思などがなくいたってシンプルであれば、他の生物の行動に誘発されてもおかしくない。それが人間に危害を及ぼすことも。
ゲスラは元からレラトーニに生息していた生物ではないが、あの巨体が及ぼした影響は軽くはなさそうだ。
「その最悪に、さらに最悪が重なると、夜蛍市のバリアが壊されて有害怪獣がここを攻撃するってパターン。そうなったら、俺達は率先して市民を避難させなきゃならない」
公的機関、まして防衛局だ。安全性が確立されているとはいえ、予期せぬ怪獣の強襲が予想される外惑星では、それら緊急時における避難誘導も請け負わねばならない。
「そういった時に、俺達の身を守るためのスーツだ。別に戦いにいくわけじゃないよ」
そうですよね、と殻島も頭に手を当てた。
正直、グモンガやゲスラの恐怖を思い出すため、もう二度と着たくはなかった。が、上司も着用している手前断ることなどできない。
渋々、といってもなるべくそれを表には出さぬよう応接間に向かった。
S4のブーツを鳴らして課に戻る。他の職員にはジャケットを着ていない者もいた。基本は温暖で過ごしやすいレラトーニだが、今日は少々暑いと感じる程だったので、殻島はワイシャツの袖をまくり、ジャケットは手に持って歩いていた。
「着慣れたくはねえな、この服」
ふと顔を上げると、1階入り口を進んだところの開けたフロアに人だかりができている。それは簡易な集会のようなものではなく、どちらかというとそこにいる人は皆興味に引かれて集まっているように見えた。
集いの端にくっつき、背伸びをする。そこにいたのは入庁式の時に挨拶をしていた夜蛍防衛局の局長と、彼と話をするS4隊員らしき男2人だった。
男2人は、S4のトレードマークたるオレンジのスーツを身につけていなかった。にもかかわらず彼らが隊員だとわかったのは、彼らの装備が怪獣と戦うためのものだということが素人目から見てもわかったからだ。
1人は薄緑色のスーツだ。上半身のアーマーは肩で直角に尖り、籠手も厚い。下半身は正面を走る黄色いラインが走る。腰とブーツは上と同じ薄緑。上下両方とも、肋骨が浮いた肌のような凹凸の意匠が走り、ごつごつとしている。骨といっても、痩せ細った印象は抱かない。むしろ中世の鎧を思わせる重厚感があり、筋骨隆々という四字熟語を構成していそうな『骨』だと思った。
「あの人知ってるか?」
いつの間にか横にいた川井が尋ねた。
「いや、知らない人です。S4隊員だってことは何となくわかるんすけど」
「銀河楓市にいた、
川井が言った言葉に、えっ、と声を漏らす。
「特錬って、たしかめっちゃ強い」
「そう、上位1パーセント未満の精鋭隊員」
S4には、警察や自衛隊と同様に階級制が設けられているが、それとは別に、完全に個々の力量を評価基準にした一定の枠組みがある。その最上位、すなわち、純粋にS4の中で最も強い人物、怪獣を討伐する能力が非常に高い者達に与えられる称号が、特別錬成隊員。通称特錬隊員だ。
その数は300人と定められており、日本で総勢6万人を越えるS4戦闘隊員の一握り。戦闘力で言えば超一流だ。彼らは各惑星の日本管轄地域に割り振られ、職務を全うする。銀河楓市のような、その星の主要地に赴任することがほとんどだが、非常事態ということでしばらくは夜蛍市専任になるらしい。
「すげえ。生で見たの初めてです」
「局員やってると、結構お目にかかれる機会があるんだな、これが」
川井は少し誇らしげに言った。
「あの人は特錬244位の
「マジすか。やっぱ強いんですね」
レッドキングという怪獣の名は耳慣れないが、わざわざ出たと言うからには巨大怪獣なのだろう。キングと名が付くからには強大な怪獣なのだと推察できる。
「湯木隊員、S4共通のスーツじゃなくて、鎧みたいな装備着てるでしょ」
川井が前方を指さした。
「あれ、実はその倒したレッドキングの生体素材データから作られた特製の防具なんだ」
殻島は目を丸くした。
S4は、討伐した怪獣の肉、皮膚、骨等の素材を研究し、そこから武器や防具を開発するのだ。殻島もその話は聞いたことがあったが、実物を見るのは特錬隊員同様初めてだった。
「すげえ~。ゲームみたいな技術だなって思ってたんですが、実際にあるんですね」
先ほどからすげえすげえとしか言えておらず、自分の語彙力の乏しさに呆れる。とはいっても、実際にすごいと思ったのだから素直な感想だ。
「特錬隊員ってたしか、自由な活動も認められてましたよね。企業と協賛したり、あと動画投稿とか。
「ああ!中でも特錬トップランク、8位の
「……よく観てるんですか」
「先月6万スパチャした」
「奥さんには」
「言ってない」
「やば」
川井の目がうつろになった時だった。
局内に、爆音のサイレンが響き渡る。高音と不協和音を合わせた警報に、身体は否が応でも非常事態を知覚する。
何があった。
訳も分からず周囲を見渡すが、周囲は殻島と同様の様子だ。
「嘘だろ」
隣にいた川井は驚いた顔をしてそう呟いた。
サイレンが途切れ、ブツ、とスピーカーが入った音がする。
『警報、警報。ただいま、夜蛍市市外地で巨大怪獣の接近を確認!繰り返します。当市市外地で巨大怪獣の接近を確認!異常なスピードで向かってきます!』
身体から血の気が引いていく。怪獣の接近。しかも異様なスピードだという。
明確な怪獣の脅威が近づいている。それは災害にも等しい、人間の生活から命までを無に帰する強力な破壊の権化。
『――どくろ怪獣レッドキングと確認!繰り返します。どくろ怪獣――』
「どうなってるんだ、最近は」
川井の声が震えていた。