がなるサイレンに頭を揺さぶられる。
周囲の人々は混迷の最中にあったが、それでも皆防衛局員かS4関係者だ。すぐに持ち場に向かい、指示を仰ぐ。先ほどまで近くにいた特錬隊員の湯木は既に姿を消していた。夜蛍市近郊に現れた巨大怪獣、レッドキングに対抗すべく基地に向かったのだろう。
殻島は川井と共にすぐ第二任務窓口課に戻った。
「宇田課長と山内係長はS4隊員の調整!柴田さんと岸本・田中は本部と通話を繋いでリカバーネットの連絡要員!避難所配備は――」
非常時の主な行動は2つ。一つはS4各部隊・隊員の経験値から、怪獣の討伐に回れそうな者と防衛に回った方が良い者を振り分ける。討伐に回れそうな者に優先的にMITTドライバーを通して連絡し、依頼する。それらを瞬時に行う必要があるため、勤務歴の長い局員がこれに当たる。
もう一つの役目は、避難指示だ。可能な範囲の住民を、近場の避難所まで導かなくてはならない。
レラトーニならびに他の移住惑星において、怪獣という地理的な障害が存在している以上、居住に先立って避難場所は最優先で設けられていた。夜蛍市では、避難用の広大な地下空間が設計され、非常事態時にはそこに逃げ込むことになっている。市内指定の学校、公営施設、病院、駅等各所に地下に繋がる扉があり、できる限り人が殺到しないように配慮が成されている。中のスペースには生活を送れるほどの余裕はないが、それでも市内人口なら収容できるほど大きい。
だが、全ての人がその場所を知っているわけではない。肉体的・精神的に、避難行動が取れない人も必ずいる。怪獣による攻撃は、確実に市内全域に避難命令が出る。局員は混乱の最中にある住民に場所を示し、スムーズな避難に努めなければならない。
(避難誘導……親父がやってた仕事だ)
殻島は思い起こす。昨年の惑星アペヌイにおける怪獣災害時、S4隊員の父は一般人の避難誘導にあたっていた。
「殻島くん、俺の指示で動いてもらうから」
川井は急の事態に蒼白になりながらも、殻島を引き連れていく。
「俺達もS4の人と同じように、避難する人達の補助をすればいいんですよね」
殻島の問いに、川井は方から目を覗かせた。
「そうなるけど……俺達の目的はS4とは別だ」
「目的?」
「S4は一般人の安全な収容……多くの人を無事に地下に止めておくことが求められる。各自持ち場で誘導する感じだね。それに大して俺達は、怪獣の侵攻や前線で討伐に向かう隊員の戦闘状況を聞き取りながら避難の促進をする」
川井の話を聞く限り、俯瞰的な立場を取るということがわかる。
「状況に応じて動き方は変わるよ。……現に俺達は市と調査地の境界、怪獣被害が大きくなりそうな場所に派遣されることになってしまった」
「えっ……」
「入って早々これとは君もついてないな。着ていたこの
川井に連れられ、やや遠くの住宅街まで向かった。
一応、まだ市内に怪獣は侵攻していない。警報は「近辺に現れた」としか言っておらず、緊急で出動したS4や市外縁の防衛兵器によってレッドキングを食い止めることができれば、地下避難施設に籠もる必要はなくなる。それでも万が一に備えて、持ち場の避難所付近で張っていなければならなかった。
――異常なスピードで。
警報の声が付け加えた言葉が、不安を駆り立てる。
「頼むぞ、S4」
祈るような視線を市外地に投げた。
配置は、市営体育館の近く。
駐車場の中央に空いた地面の穴からは階段が下がっている。地下避難所への道だ。普段閉じられているその蓋が今は開放され、市民が押し寄せている。
入り口付近には走り込む姿のピクトグラムがレーザーで空間に立体表示――いわゆるホログラム投影されている。遠くからでも大いに目立つ形になった。
「避難所はこちらです!」
家や職場が近い人が、ぞろぞろと体育館に入っていく。まだ警戒段階であるため、足取りにそれほど焦りはない。しかし、市外に派遣したS4隊員でも手に負えなかった場合状況は一変、この地に侵攻してくるレッドキングから身を守るため、近隣の人がここに殺到するだろう。
暗澹たる思いでいる殻島の頭上を、高い音が通過していく。それは3日前にも聞いた、戦闘機の飛行音だ。
「ジェットビートルが、もう……!?」
紅と銀の機体が2つ、細い雲を置いて視線の先に消えていく。
ジェットビートルが出たということは、銀河楓市の本部も動いているということだ。それほどまでに急を要する事態なのか、と殻島は唾を飲む。
外惑星地域における街の防衛機能としては、主に2つの段階がある。
一つ目はS4隊員による脅威の排除。言わずもがな、隊員達が武器を手に取って怪獣を討伐するものであり、通常の任務形態と変わらない。
「この段階で倒せりゃ、午後からはいつも通りになる、よな」
大抵の場合はこの第一段階で討伐される。ここで迎撃できなかった場合。すなわち、討伐に向かった部隊が壊滅・撤退、あるいは隊員の重傷・死亡により、怪獣を食い止めることができなかった場合は、市と市外地の境界に配備された電磁バリアの起動で標的の排除を試みるのだ。
バリア、というよりも実態は瞬間的な放電だ。射撃範囲に入った瞬間、居住地域を覆うレーダーが反応するためバリアと呼ばれる。レーダーが一定以上の質量と生命反応を感知すれば、高電圧が侵入者の体を駆け巡る。
そしてこれが、S4隊員がテレポートで調査地に移動する理由にもなる。バリアが発動する防衛ラインがあるため、居住地と調査地の間には短くない距離がある。
S4の総力を注いだこの障壁は、生半可な威力ではない。隊員が敵わなかった強力な敵怪獣も、この激甚な攻撃の前には倒れ伏す。
(っていう、あくまで想定なんだよな)
怪獣は災害と同じ。想像を超えてくる存在だ。このバリアが突破されれば、怪獣を遮るものはない。その時こそ、無辜の市民が住む街に怪獣が攻め込む。無論、そこでもS4隊員は配備されており、迎撃にあたるのだが、少なくとも市
の土を怪獣に踏ませた時点で防衛としては失敗。そして最悪の結末、「壊滅」も視野に入ってくる。
(親父がやられた時はバリアじゃ食い止められなかった。まああの時は怪獣の数が多かったっていうのもあるが……)
殻島は合流した別の職員に持ち場を託し、区域の見回りを始める。
「避難ゲートのある場所はあちらですッ」
誘導はうまくいっている。だがひどく落ち着かない。
先ほどのジェットビートル。あれは第一段階の防衛支援のために派遣されたものだろうか。それとも、既に隊員達はやられてしまっていて、レッドキングはすぐそこまで迫っているのか。
いずれにせよ、あの巨大な戦闘機が軽々しい戦力投入でないことはたしかだ。
わからない。それでも、自分にできることは限られている。
殻島の目の前で、初老の女性が前のめりに倒れてしまう。避難先に向かうのだろうが、足が悪いのか、よろよろと立ち上がろうとするが、辛そうに膝をさすっている。
殻島は女性の下に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
彼女の前にしゃがみ込み、背中をさしだす。
「俺が運びますよ」
殻島の提案に、女性は「でも……」とためらう。
「気にしないで。行きましょう」
優しく、それでも従ってもらうためにわずかに語気を強めて言うと、女性はおずおずと殻島に負ぶさった。
ひとりでも多く避難させる。それが自分のできることで、少なくともやるべきことなのだと自覚していた。
――――――――――
「っぐ……」
特錬隊員
「本部……S4レラトーニ本部……!」
ドライバーを外したのは、左腕が折れ、通話のために口元まで腕を上げられなかったためだ。頭も痛い。顔の輪郭を生ぬるいものが流れ、意識が朦朧とする。
早く、伝えなければ。
『こちら本部。こちら本部。湯木隊員、聞こえますか』
若い男の声がドライバーを通して聞こえた。すでに避難警報が発令されているため、作戦の指揮は夜蛍市ではなく本部に委譲されている。
ここからだいぶ離れた銀河楓市の本部にいる者だろうが、声から緊迫した雰囲気が感じ取れた。
「やられた……。俺達含め、討伐を試みた部隊全部が壊滅だ……!」
声を絞り出すだけで身体中に痛みが走る。すでにここを去り、夜蛍市へむけて進むレッドキングの攻撃を何度も受けてしまった。
『了解。既にジェトビートルを三機、そちらに向かわせています』
「それでも足りるかわからない」
『谷神統星長官がすでに防衛バリアの解除指示を下しました』
バリア。外惑星の居住区を守る最後の砦である。それだけ強力な防衛システムが発動した旨を聞いても、湯木は安心できなかった。
つい30分ほど前。レッドキングと相対した時。かなりの場数を踏んでいたにも関わらず、かつてないほどの威圧感を感じた。肝が冷え、足が震えてしまった。
その後、威嚇行動なのかレッドキングは一度、自慢の巨大な拳を地面に打ち付けた。
あの衝撃。立っていられないほどの揺れ。
この星全体の地盤を数センチ沈めたのではないかと錯覚した。先日討伐したレッドキングも強敵だったが、まるで危険度が違う。
「俺達では倒せなかった。面目ない」
多くの攻撃を浴びせたものの、討伐には到らなかった。S4トップの戦闘力、特錬隊員の部隊をもってしても。
「最大水準の、警戒を……」
やっとそれだけ言って、通話を切った。じきに救助部隊が来てくれるだろう。自分や他の部隊に死者が出ていませんように。夜蛍市が無事でありますように。
そう願うことしかできなかった。
――――――――――
周囲の人々が悲鳴を上げ始めた。かと思うと、避難所へ向かう足取りが顕著に速くなる。殻島は振り返り、愕然とした。
視線の先、煙で霞む一キロほど先に、円錐状の体躯が視認できる。40メートルはあるか。その規格は、まさに巨大怪獣。市外縁に位置する建物は、どんなに高くてもその体長の半分も届かない。
デコボコの表皮は骨を思わせるが、それは筋骨隆々の外骨格だ。肉体そのものが鎧であり、同時に矛にもなり得るであろう機能性が、硬質な表皮から伺える。有意に太い腕は、市外地のどこにあったのか大岩を抱えている。胴体から首、頭にかけて凹凸を維持しながら細く収まっていき、小さい頭はヘルメットのような骨格に覆われていた。
S4と戦ったためか、傷が多く出血が至る所に見て取れる。だが、その闊歩は止まっていない。
〈ギガアアアアアアアアアアッッッ!!!〉
予想に反して甲高い、かんしゃくのような鳴き声。それがどうして、遠く離れたここまで聞こえる。
「か、怪獣」
背負った年配の女性が怯えた声を上げた。
「ずっとここ住んどるに、見たのは始めてさね」
「俺は二度目です。二度目があると思いませんでしたが」
大音量のサイレンが響き渡っている。内容は当然、避難指示。「勧告」ではなく「指示」なのだ。
レッドキングは防衛のためのバリアを突破してしまったのだと理解した。
人類の居住圏域に怪獣の侵入を許してしまった。このような場合、可能な限りにおいてS4隊員や戦闘機が対処に当たらなければならない。戦闘は、どれだけ街の被害を減らすことができるかというジリ貧の戦模様を呈する。
そんな戦いが、もう始まろうとしている。一呼吸置き、駆け出した。
多くの人が同じ方向へ向かっている。一方で、その波に逆らう数名の影が幾度か自分たちを横切っていった。
S4隊員だ。レッドキングの足を止めるため、各々武器を手に人混みを分け入って進んでいる。
「私たち、一体どうなっちゃうのかね……」
負ぶさった女性は、おろおろとした様子で呟いた。
「大丈夫です。もうすぐ避難所につきますから。そしたら助かりますから、絶対」
大丈夫という言葉を、女性だけでなく自分にも言い聞かせる。
助かる。死なない。大丈夫。
では、反対方向に駆けていったS4の隊員達は。果たして彼らは助かるのか。
避難所に辿り着いた。周囲は人でごった返しているものの、施設全ての扉が開放され、比較的スムーズに地下の避難空間へ移動ができている。
「おにいさん、ありがとうねぇ」
背中の女性が、ほっとした声で言った。
「ここまで来れば大丈夫よ。少しなら歩けそうだから」
「わかりました。では、そこの列に行ってください。すぐ中に入れますから」
「本当に助かったわ」
「いえ。仕事ですから――」
女性に手を振ったときだった。何か大きなものが頭上を掠めた。
殻島がそれに違和感を覚える前に、凄まじい震動が地面を伝って足下を揺らした。
周囲の悲鳴がひときわ大きく、高くなり、その場にいた大勢の人が地面に膝を突く。
殻島は頭上を通り過ぎた何かが向かった方向に目をやる。数百メートル先で煙が上がっていた。火から出ているのではなく、衝撃により上空に巻き上がった土埃に見える。
あそこに落ちたものは何か。殻島は、先ほど見たレッドキングの姿を現状と照らし合わせる。
「…………岩か……?」
翻って見ると、遠い先の景色に居座る薄緑色の怪獣は右腕を大きく振り上げていた。その手には、先ほど持っていた大岩を砕いたであろう小ぶりの岩塊が収まっている。
レッドキングが腕を振るう。ぶうん、という音がやはりここまで聞こえた。手から離れた岩は東の方向に飛んでいき、着弾地点では轟音と共に建物の瓦礫が宙を舞う。
「化け物……かよ」
レッドキングは、その強肩を活かして自前の大岩を投げつけたのだ。キロメートル単位で距離が離れているこの場所でも、奴にとっては攻撃範囲内だということを知らしめられた。
「落ち着いてください!避難所には全員入ります。慌てず急いで、避難してくださいッッ!」
周囲の職員が必死に呼びかける。殻島もそれに倣って、声を張り上げた。
その一方で、懐疑に胸がざわめく。果たして、避難は間に合うのか。
今持っている岩を投げ終えれば、レッドキングは習性に従い周囲の瓦礫でも何でも投げつけるだろう。そうなれば、至る所に被害が出る。
ここは間に合っても、市の中心部から西部にかけては、まだ避難途中のはずだ。どれだけ収容を急いでも、今レッドキングが岩を放り投げたら。それが避難未完了の地域に向かったら。何百人もの人が死ぬのだろう。
「またこの感じかよ」
どう足掻いても、この市が地獄絵図の惨禍に陥ることは避けられない。
向かったジェットビートルは帰投しない。撃墜されたか。S4隊員も数名、怪我を負い避難所に駆け込むのを見た。
一つだけ。殻島の頭に浮かんだ解決案は、ここにきてたった一つだけだった。
レッドキングを討伐すること。それしかない。
そして同時に、そのために自分ができることを考えていた。今レッドキングと対峙している隊員はどれくらいいるだろう。もしかしたら、既に撤退命令が出ているのではないか。
いや、状況など関係ない。一分でも一秒でも早くこの脅威を消し去らなければならない。
ならば。
殻島の足は、自然に前へと踏み出す。何の因果か偶然か、今身に纏っているのはS4のスーツだった。