怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第18話 果断

 倒すしかない。今すぐにでも、目の前の巨大な脅威を葬らねばならない。それができなければ、この街はおびただしい市民の血に染まる。

 

 殻島は避難所と反対方向へ駆け出した。

 レッドキングはゆっくり、だが確実にこちらへ接近している。足音がここまで響くようになるのも時間の問題かもしれない。

 

 何かできることがある。殻島はそう信じていた。幸い、今身につけているのは、S4のスーツだ。装備だけなら戦力にもなりうる。

 戦えなくとも、S4隊員に負傷した人が取り残されていたら、彼らの安全を確保する必要がある。まだ自分が避難するわけにはいかない。

 

「殻島くん!」

 

 呼び止められ、思わずつんのめる。

 声の先には、川井がいた。

 

「よかった、戻ってこられたみたいで」

 

 川井も管区の避難喚起を終え、ここに戻ってきたところらしい。

 

「俺達も、早く避難しよう」

 

 息を切らせながら川井が促した。

 

「でも、レッドキングは」

 

「S4隊員に任せておけばいい」

 

「いや、けど」

 

「大丈夫、さっき見ただろ、ジェットビートルも出撃を――」

 

 川井が諭す最中、レッドキングの付近を巡回していたジェットビートルが方向転換し、市の中心部に戻っていく。

 

「……え?」

 

 中心部の方向、ということはその先の本部まで帰投してしまうのか。

 

「お、おい待ってくれよ、なんで行っちまうんだよ!」

 

 殻島が小さくなる機体の影に声を投げる。傍らの川井は「そうか」と落胆を滲ませた。

 

「か、川井さん、なんでジェットビートルは撤退を」

 

「よく考るんだ。あの怪獣の近くには今も戦っているS4隊員がいる。それだけじゃない。ヤツはすでに市内に侵攻した。足下には住民がまだいるかもしれないんだ」

 

「そんな……だから攻撃できないって」

 

 殻島は自身の経験を思い起こす。羽村の策略で異星人に仕立て上げられた時は、「近くに無害な隊員がいる」という事実が攻撃の判断を遅らせていた。それが今回も作用している。

 

「だからって、撤退はねえだろ」

 

「いや、ありうる」

 

 川井の分析は冷静だった。

 

「通常は、市境界のバリアとS4隊員による攻撃で討伐まではいかなくとも、足止めにはなるはずなんだ。だから侵攻してきても、避難は終わってるって算段。だがこのレッドキングは止まっていない」

 

 ブレーキが壊れたレッドキングの進撃は、避難完了の確証がないままの市内に突入してしまった。

 

「……速すぎるんだよ、コイツ。闘争本能が剥き出しっていうのか、異常個体だ」

 

「だったら余計、行かないと!」

 

 殻島は避難所と逆方向に走る。背中に「待ちなよ!」という川井の声を受けた。

 

「行かなくていいって!怪獣を倒せなんて、誰も君に命令してないじゃないか。俺達はもう果たしただろ!可能な限り多くの住民を避難させるっていう責任を!」

 

 どうにかして引き留めようとする上司の言葉は、全て正しかった。正しいが、従えない。彼の言葉にある正しさでは、立ち止まれないのだ。

 

 責任。責任って何だ。

 

 誰かから命じられたことに対して負うのか。自分で決めたことに対して取るのものか。 

 どっちもだろう。ただ、今殻島は後者を進んで引き受けた。

 

「辛い選択をする必要はないんだよ!」

 

 遠くなる川井の声から、言外に真意を受け取った。自分の選択に従って動く。それは当然、自分にとっては正しいことだろう。だが、あくまで独断だ。

 

 殻島が救助や怪獣討伐に向かい、もし重傷を負ったら。あるいは死亡したら。行為自体は勇敢だ。が、そんな悲惨な結果を被ったのは自己責任だとも言われるのだ。自分が起こした結末を、自分一人で受け止めなければならないことの苦しさがそこにある。

 行けと命じられたのなら、その命を下した者に帰責される余地もある。だが、己の責任を果たした先、その顛末が満足いくものでなくとも、守ってくれる人はいない。川井はそう言いたいのだろうか。

 

 だが、殻島は止まらない。

 その選択を肯定してくれる友人がいたから。

 

――君はこれから、これからたくさんの人間を助けてあげられると思うよ

 

 湖田永晴は、自分にそう言った。

 本当にそうだろうか。ハルや関や雪町を助けたように、今この瞬間怪我を負い、逃げるに逃げられない隊員を助けることができるだろうか。怪獣を倒せるだろうか。

 

 わからない。少なくとも、怪獣の下に向かわないことには。だから確かめたいのだ。

 

 彼の言葉に背きたくない。彼の評価が真実であって欲しい。それを証明できるのも自分自身だ。

 足の裏が、地鳴りを感じ始めていた。

 

 

 避難はあらかた完了しているようで、住民とすれ違うことはなかった。

 重厚な足音が響く住宅街。その家々の隙間からは、レッドキングの頭が覗いた。つい一時間ほど前までは何の変哲も無い日常だったとは思えぬ景色だ。

 

 止まらず進み続けるうち、特徴的な橙色のジャケット姿が何人かすれ違う。いずれも足を引きずっていたり、仲間を背に負ぶっていたりする。負傷したS4隊員が撤退しているのだ。

 

「避難所はあちらです!岩に気をつけてッ。間に合わないと判断したら、地下通路等に隠れてください!」

 

 喚呼しながらも、殻島は反対方向へ、レッドキングの方へと向かっていく。

 

 その時、地面に何かが落ちているのに気がついた。一つはS4のヘルメット。撤退する際に誰かが慌てて外したのだろう。頭を守るものがなかったため、幸いとばかりにそれを被る。

 そしてもう一つ、S4の武器とおぼしきものが転がっていた。

 

「これ、手に嵌めるのか?」

 

 拾い上げるとずしりと重く、手にはめ込むグローブのように見えた。手首と肘の間を半分ほどまでカバーすることができ、かつ硬質な素材で覆われている。ソレは籠手(こて)と呼ぶ方が正しいかも知れない。特徴的なのは、手を突っ込む方向とは逆側に、鋭い鉤爪が3本付いていることだった。

 鉤爪は、籠手の先端をから放射状に伸び、途中で緩やかなくの字に折れ曲がって中央に収斂する。丁度、クレーンゲームのアームに似た形だ。

 

 腕を通してみる。指が触れたのは、その中にあるトリガーだ。握力計にあるような指の引っかかりが、五指に対応して備え付けられている。しっかりと握り込むための機巧なのだろう。

 試しに全て同時に引いてみる。

 

 すると、駆動音を立て、先端の鉤爪がぐるぐると回転し始めた。

 

「お、おぉおお……!?」

 

 初めて用いる武器に戸惑うも、その性能を理解した。

 ドリルの先端が腕に付いているようなものだ。これで殴りつければ、怪獣にダメージを与えられる。

 

 単純明快な仕組みがかえって頼もしかった。パンチという原初の攻撃を、S4がもつ最新技術で研ぎ澄ましたもの。握り拳が、テクノロジーを得て兵器へと昇華する。それこそが、この武器『アーム』なのだと思った。

 

 武器と防具。役者は揃っている。あと、レッドキングを倒せるかどうかは、己の技量にかかっていた。

 距離はもはや目と鼻の先。既に首を曲げないと頭が見えない。

 

 レッドキングはきょろきょろと首を振っていたが、刹那、白目のない瞳がぎろりと自分を捉えたのがわかった。

 一気に詰めなければ。意を決し、駆ける。

 それに対し、レッドキングは大きく胸を張ると、ため込んだ空気を鳴き声と共に吐き散らした。

 

〈ギィガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!〉

 

 咆吼は、もはや向かい風だ。押し戻されそうな強風が襲い来る。甲高い鳴き声を受けた鼓膜は、キーンという耳鳴りを伴って聴覚を欠いた。

 一瞬足を止めそうになる。が、気圧されてたまるかと強引に気を昂ぶらせ肉薄した。

 

「おッらああァあ!」

 

 レッドキングの足が眼前にある。アームの内部を握り込み、思い切り殴りつけた。

 

 鉤爪が足に突き刺さる感覚。それと同時に力強い回転が生じ、拳が深くめり込んでいくのがわかった。薄緑の体表を突き破って鮮血が飛び散った。

 

「効いてる!」

 

 硬い外骨格の破壊に相応の衝撃を右手で受け止める。それは手応えでもあった。

 アームは、ただ一定の速度で回転するわけではない。標的を殴る際、内部の握り込む動作に反応して瞬間的に回転数が引き上げられるのだ。

 

 殻島は一度拳を引き、今度はレッドキングの足の指に向けアームを振り下ろす。その一撃で、土管のように太い3本の右足指の内、一番股側は完全に引き裂かれた。人間で言う親指を欠損させたのだ。

 

〈ギャゴオオオオオオォォォォ!〉

 

 悲鳴が頭上で響く。流石に堪えたのか、レッドキングが一歩後退した。そのよろめきだけでも揺れは凄まじく、すぐ近くにいる殻島は立つことすらままならなくなる。

 

 途端に周囲が翳るのを感じた。見上げると、頭上から巨大な拳がこちらめがけ落ちてくる。怒りに燃えたレッドキングが、お返しとばかりに殻島に向けて拳を振り下ろしたのだ。

 できるだけ大きく後ろに跳ぶ。意識を越えた、ほとんど反射に近い回避行動だった。レッドキングの拳はさきほどまで殻島がいた位置に落ち、地響きと共に深くめり込んだ。

〈ゴオオオオオッッッ!!〉

 

 その後もレッドキングは何度も地面を打ち抜き、拳の面積だけ地表を凹ませ続ける。

 

 圧死。

 普通に生きていれば行き着かないであろう死因のイメージが、殻島の脳内で鮮明に形成され始めていた。

 潰されて死ぬ。骨も内臓も地面にへばりついて死ぬ。

 

 おぞましい未来への忌避か、殻島の身体はレッドキングの動きに順応し始めていた。回避が徐々に危なげなくなっていき、安定する。

 

 その中で、一つのことに気がついた。左腕のスタンプは、右腕に比べ威力が低い。地面のくぼみがやや浅いのだ。見れば、左腕は表皮のところどころが剥がれていたり、血が吹き出ていたりする。おそらく、殻島より前に戦っていたS4隊員が攻撃したことによる怪我だろう。

 

 落ち着き、視野を広げる殻島に対し、レッドキングはイライラが頂点に達していた。それを発散するように腕をぐるぐると回し、一際大きな動作で拳を落とす。

 

 だが、それすらも見えていた。今度の回避は後ろではなく前、落とした拳よりもふところ側に潜り込む。しまったとばかりにレッドキングが拳を上げたとき、殻島はアームを装備した右手を後ろに大きく引いていた。

 

 ここで、アームの更なる性能を引き出す。殻島は右腕を引いたまま、アーム内で中指と薬指だけを先に曲げた。

 

「たしか……前ハルに教えてもらったやつ……!」

 

 すると、その順序に反応して鉤爪の回転が緩やかになり始めた。それはただ単に遅くなったというよりも、もとの回転速度を無理矢理抑制する不安定さに近いものがある。ジジジジ、とゼンマイを巻くような音を聞き、今だというタイミングで殻島は残りの指を引き絞って前方に打ち出す。

 その瞬間、鉤爪と逆方向から爆発的な勢いで空気が押し出される。それが推進力となって、アームを嵌めた殻島の身体ごと前方に推し進めていく。同時に先端の鉤爪はかつてないほどの速度で回転し、ストロボ効果を生じた。

 

 中指と薬指のコマンドによる数秒間のチャージから引き出される、最速の回転をもったパンチ。それこそが、S4の武器たるアームの真価だ。

その攻撃が食い込んだレッドキングの足は、たやすく抉れる。

 

「倒ッッ……れろおおおおおおお!」

 

 押し込むほど、握り込むほど、アームが唸りを上げてレッドキングの身体を破壊していく。立っていられないほど足にダメージを与えられれば、怪獣は倒れる。そうすればこっちのものだ。少なくとも、進行は止められる。そうすれば、避難の時間を大きく稼げる。

 

 もう少し。あと少し。40メートルを越える巨大怪獣。その身体の支点が崩れる瞬間を待ちわびて、殴り続けた。

 

 しかし、殻島は待ちすぎた。横から薙ぎ払うレッドキングの拳に気付かないほど、攻撃に集中してしまっていた。

 

 横からの凄まじい衝撃に全身を叩かれる。身体が浮くのがわかり、その勢いのままはたき飛ばされた。半壊した住居の壁に打ち据えられる。

 

「ッ……か…………!」

 

 声すら出ない。S4スーツの防御機能が働いて尚、思考が埋め尽くされるほどの痛みが、壁にぶつかった右半身に走る。頬にも何かの破片が刺さった。

 

 なんとか地に足を突き、体制を立て直す。

 

 動かなければ。止まっていればすぐに殴られてしまう。そう思って踏み出したとき、異常に気がついた。

 

 ()()()()()()()()。見ている景色の明るさが、左右で異なっているのだ。

 

「何、が」

 

 数秒して気がついた。割れているのは、被ったメットの全面、顔部分を覆うシールド部分だ。そこがレッドキングの一撃によって叩き割られ、6割ほどはすでになくなっていた。顔面に感じる痛みは、割れたシールドが突き刺さったためだろう。

 

 まずい。これでは顔面を防御するものが何もないに等しい。

 息を飲む殻島の前方から、再び拳が接近する。レッドキングは先ほどと同じ軌道で足下に拳を薙ぎ払った。

 

 頭だけは守らなくてはならない。殻島は両腕を掲げ防御に転じた。が、巨大怪獣の打撃に対してはほとんど無意味。パンチを受け、再び壁に叩きつけられる。

 

「ぎあッ……あ……!」

 

 背中を擦って地に尻餅をつく。前方に翳した腕では威力を殺すことなどできるはずもなく、畳んだ腕に鼻を潰された。眉間に至るまで痺れが突き抜けたかと思うと、蛇口を捻ったように大量の鼻血がこぼれる。

 

 足に力が入らない。両手で身体を支え、四つん這いの姿勢からなんとか二足で立ち上がった。

 が、まっすぐ立っていられない。地面が波打つ錯覚すらある。

 

 回避行動をとらなければ。そう思って顔を上げた。

 思ったよりも長くよろけていたのだろうか。前方では、レッドキングによる3度目のパンチが既に繰り出されていた。

 

「――あ」

 

 今度は防御すらできなかった。筋肉で歪に膨らんだ剛腕を、乱暴に振るったパンチ。それが殻島を直撃した。

 

 身体は瞬く間に吹き飛ばされ、住居の壁を突き破った。その先で何度も転がった後、瓦礫の中にうずまるようにして停止する。

 

 

 

 

 

 動かなくなった、小さな生き物の身体を、レッドキングが見下ろしていた。

 

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