怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第19話 骨と拳

神林(カンバヤシ)ッ!」

 

 切迫した声と共に、病室のドアが勢いよく開かれる。レラトーニS4本部の目と鼻の先にある銀河楓市の病院。その一室。

 奥のベッドで上半身のみを起こしていた神林ハルは、入ってきた(セキ)に一瞬だけ目線を寄越し、すぐに自身のMITTドライバーが映し出す映像に戻す。

 

「やっぱり見てたか」

 

 関が傍らの椅子に座り、ハルが見ているホログラム映像を覗き込む。

 

 映し出されているのは、夜蛍市の映像。もくもくと上がる煙、そしてその中に居座る若芽のような色をした巨大怪獣、レッドキングの暴れる姿が映し出されていた。画面の左上に置かれる『中継』の赤い文字が、この非常事態が現実であると知らしめる。

 

「雪町隊長は?」

 

「今旦那さんに連絡取ってる」

 

 雪町は夫と夜蛍市に2人暮らしだ。安否確認のため、電話をしているのだろう。

 

「やばいわね……。レラトーニの地区に怪獣が攻め込むなんていつ以来?」

 

「少なくとも十数年はなかったはずだ」

 

 ハルの問いに、関は青い顔で答えた。

 

「この前の……ゲスラとの戦いで怪我してなかったら、俺達も駆り出されてたかもな」

 

 いくら訓練を積み、日頃から市外地で活動するS4隊員といえど、大昔地球に現れたのと同規格のレッドキングには身がすくむ。そもそも、巨大怪獣と相対すること自体がごく稀だ。

 

しばらく黙って映像を見る。レッドキングはS4隊員と戦っているのか、足下付近をしきりに殴り続けていた。

 

「一つ、不安なんだけどさ」

 

 やがて、関が重い口を開いた。

 

「その……殻さん、まさかとは思うけど、巻き込まれたりとか」

 

「してるわけないでしょ!」

 

 関が驚いた顔をしている。発言にかぶせた否定は思ったより大きい声が出てしまった。

 

「ごめん」

 

「いや、俺こそ」

 

 ゲスラ戦を経た後、殻島は自分たちより軽傷だった。既に夜蛍市に戻っているだろう。もしかしたら職場復帰しているかもしれない。

 S4隊員でもないのにゲスラの恐怖を嫌というほど味わわされた彼が、再度別の巨大怪獣による被害を受けなければならないというのは、偶然とはいえ不条理が過ぎるのではないかと思う。

 

 せめて、無事でいて欲しい。

 

 レッドキングは、その右手で足下を左へ薙ぎ払う。人間の肉体と比較して異常なほど太く発達しているのに、それに似つかわしくない鋭い攻撃だった。

 

 ハルと関が、そろって唾を飲む。あの足下に人間がいれば、ただではすまない。

 

「殻さん、きっと無事だよな」

 

「無事でいてくれなきゃ困るよ。アタイ、まだちゃんと言えてないんだからさ」

 

 ハルは泣きそうな声で言う。

 

「助けてくれて、ありがとうって」

 

 

――――――――――

 

 

 殴られてから何秒経っただろうか。辛うじて気絶することはなかったため、時間の隔絶はないはずだ。

 

 が、動けない。当然だ。身長が45メートルある怪獣に殴り飛ばされたのだ。S4スーツがなければ惨い死に様を晒していたかもしれない。

 

「ゔ……ぐ」

 

 胸と背の痛みがひどい。瓦礫の上を転がったため、全身がすり切れている。

 このままでは、レッドキングに叩き潰される。その予想は確実だというのに、身体のパーツを動かせない。

 

 レッドキングが右手を掲げる。足が動かない。

 レッドキングが上げた拳を握る。腕が動かない。

 拳が振り下ろされる。

 

 指が、動いた。

 

 

 中指と薬指だけに力を込めると、チャージが始まる。充填されたエネルギーを吹いたアームが、地面に倒れたままの殻島を運んでいった。

 

 直後に、レッドキングのパンチが大地を震わす。間一髪だが、避けることに成功したのだ。

 

 アームが数十メートル先で停止する。痛みは続くが、地面に擦られまくったおかげで意識ははっきりした。

 膝に力を入れて立ち上がると、強烈なめまいと頭痛が一挙に押し寄せてきた。

 

「ぐあッ……!」

 

 壁に思い切り打ち付けたためだろうか。内側からも外側からも割れそうなほどの痛みに意識が混濁する。

 

 ふらふらとおぼつかない足に力を張り、痛みをこらえてアームを引き絞った。

 

 チャージが始まる。充填されたのを右手に感じた殻島は、前方ではなく上に突き出した。

 

 足に攻撃すると隙だらけになってしまう。何とか頭、せめて胴体に一撃を浴びせたかった。アームは、前方に成人男性の身体を運んでいくほどの推進力があるのだ。上に向かって放てば、自分の身体ごと浮かして、強力なアッパーを放てるのではないかと考えた。

 目論見通り、アームは地面に向かって空圧を放ち、殻島の身体を垂直方向へ運んだ。

 

「よし!」

 

 激しく回るアームの爪がレッドキングの腹部に近づいていく。より大きなダメージを与えられるはずだと、より強く右拳を握りしめた。

 

 が、その途中、レッドキングの体高の半分にも満たないあたりで、回転が止まってしまう。

 

「え――」

 

 いくら強力な反動といえど、体重70kgの殻島を斜め上に運んでいるのだ。前に進むのと同じ距離を上昇することはできない。当然アームは空を打ち、殻島は落下していった。

 

 レッドキングの足下に落下。ブーツが衝撃を吸収してくれたため、よろめきながらもなんとか着地できた。

 

〈ギゴオォアアアアアアアアアアアアアア!!〉

 

 しかし、その直後に雄叫びが大気を震わせる。見上げれば、怒りを内面に押しとどめていられないのか、レッドキングが握った拳を自身の胸に叩きつけていた。

 

 派手な威嚇行動の後、顔が下を向く。大きく開いた赤い口に生えそろった牙。側頭部から眉間までを覆う硬皮が、鋭い眼光をより恐ろしく尖らせていた。

 

 今まで、レッドキングの破壊行動は本能的なものだったのかもしれない。バリアで体を焼かれ、地団駄を踏むように、夜蛍の街に向けていらいらを放出したのだ。 

 

 対して、今自分が向けられている感情は敵意だと殻島は思った。

 倒れてもしつこく立ち上がり、攻撃を仕掛けてくる。小さいが、面倒で苛つかせる虫けら。排除すべき生命体。明確な殺意の対象。

 

 それを知覚した途端、全身を恐怖と緊張が走り抜けた。おそらく、S4隊員達の体にも同様の震えが走ったのだろう。そして腰が引けたその瞬間を、レッドキングは見逃さなかった。

 

 振り上げた右拳を、目にも留まらぬ早さで振り下ろす。攻撃手段がほぼ一辺倒なのは、それしか能がないからではない。敵を屠るのにもっとも効率的な技だからだ。

 

「く――」

 

 足がすくんでしまった。回避は間に合わない。アームのチャージはどうか。いや、危うい。

 

 殻島にできたことは、落ちてくる拳に対し自身もアームを思い切り上に振るうことだけだった。

 

 大きな拳と小さな鉤爪が激突する。

 

「ッあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 右腕が()ぜたかと思った。住居一棟ほどの面積はをゆうに越す拳を、人間の手で抑えているのだ。それもただ落下してきたものではない。叩き潰そうという意思をもって振り下ろされた、あまりに大きな暴力だ。

 

 鉤爪とレッドキングの拳がぶつかる部分からは、火花が溢れ散る。アームはチャージができなかった。握り拳で強引に回転数を引き上げるがいつまでもつか。

 

()ううううッうううあああああああ!!」

 

 痛い。怖い。死にたくない。それらを言葉にする余裕もない。

 

『ギイィガアアアアア!』

 

 レッドキングも叫ぶ。鋼鉄のような拳とは言え、痛みは走っているのだろう。

 

 人間対怪獣の壮絶な我慢比べが行われていた。

 

 立っているのが不思議なくらいだった。攻撃と、巨体が放つ圧に肉体も精神も押しつぶされる寸前だ。そんな殻島を奮い立たせているのは、自分に課した責任と決意だけだ。

 

 先ほどもう決めたのだ。レッドキングを倒すために戦うと。設定してしまったのだ。それが自分の責任だと。だったらもう背けないだろう。

 今の状況は、少しでも気が後ろを向いたらたちまち潰される。だから、一ミリとて引き下がることはできない。

 

 もしここで負けたら、レッドキングを止められなかったら。何人が死ぬ。何棟の家が消える。

 

(重苦しいなクソッタレ!)

 

 でもこれを果たせたらきっと間違っていないはずだ。

 

 湖田永晴の言葉は。

 

「ふんんッッ!」

 

 アームが限界を超えて唸りを上げた。火花に包まれた接触面は光すら放ち、その表面に食い込んでいく。

 

「食らえ!!」

 

 殻島は最後の力を振り絞り、右腕を思い切り振り抜いた。レッドキングの中指がべきりとひしゃげたと同時に亀裂が生じる。亀裂は薄氷を弾いたように右腕の中程まで伝播。凹凸の表皮が割れた部分からは血が吹き出た。

 

〈ゴオオオオオッッ!?〉

 

 レッドキングは腕が全く使い物にならなくなるほどの重傷を負った。衝突に負けて押し戻されたと同時に数歩たたらを踏み、どすんと尻餅をつく。

 

 レッドキング最大の武器である拳を破壊した。それも他のS4隊員によって戦う前に負傷していた左腕ではなく、万全を喫していた右だ。矛としての機能の大部分は喪われたに等しい。誰が見ても、最大の好機のはずだった。

 

しかし、破壊の代償がただであるはずがない。

 

「ぐっ……ああぁあぁあぁ…………!」

 

 殻島は右腕をだらりと下げて悲鳴を上げた。

 アーム内部の右拳、特に中指と人差し指が激しい熱を持っている。折れたか、よくてもひびが入っているだろう。

 

 苦痛はそこだけではない。頭痛は止むどころか一層増している。

 

 酸素が足りない。肺が激しく動くが、そのたびに気が遠くなるほどの痛みが胸に満ちる。

 

 平衡感覚が薄い。目を見開いているのに視界が白く濁っている。

 

 殻島も限界。レッドキングも大ダメージ。勝負は際の際までもつれ込んでいた。

 

「くっ……ふー……。ふう……!」

 

 揺らぐ視界でレッドキングを捉える。奴は尻餅をついたまま呻いていた。自慢の拳を砕かれたためか、大きく削がれているように思える。

 

「今しか……今しかないッ」

 

 左手の甲で右腕を支える。ここで、アームのもう一つの技を頭に叩き込む算段だ。

 レッドキングは体調に占める足の長さが4分の1と短い。尻餅をついた現在の頭の高さは30メートル程だ。

 

(いける……!)

 

 脳内で算段をつけ、殻島は走り出した。

 

 腰を下ろしているレッドキングの股に深く入り込み、ほぼ真下という地点で大きくジャンプする。ブーツの補助が入ったことで、腹部のあたりまで一跳びで到達する。

 

 さらにもう一跳び、足場はレッドキングの腹だ。

 

 レッドキングは胴体が最も太く、頭にいくにつれて徐々に細くなる。人間でいえばメタボ体型ともいえる身体のつくりだ。腹部から真っ直ぐ上に飛べば、遮るものはない。おまけに横に走るラインは真っ直ぐであり、足をかけやすかった。

 

「しッッ!」

 

 息を短く吐き、首元まで至る。だが、ここでも頭へは攻撃が届かない。かといって足場もない。ここから上へと登る手段は一つ。

 アームによるチャージパンチだ。

 

「ぐぅっ――!」

 

 痛みをこらえて中指と薬指を曲げる。アーム内部の引き金が引かれコマンドを感知。凝縮されたエネルギーは腕挿入部の周りから空気を吹き出した。

 

 その勢いに持ち上げられ、殻島の身体は腹部から跳んだ最高到達点を超える。レッドキングの首を通過し、頭よりもはるかに高い位置で推進が止まった。上空40メートルほどはあるだろうか。

 

(ここから、もう一発)

 

 チャージのために再び指を握り込む。だが、真ん中2本だけではない。加えて小指も曲げ、手でピストルの形を作るようにした。

 じわりと、アームが熱をもつ。落下しながらエネルギーを漲らせ、殻島はレッドキングの方向に向けて構える。

 

 先ほどとは別種のこのチャージも、以前ハルとした会話で知った。

 

 アームの必殺技は、前方や上に突っ込むパンチだけではない。装着者ごと前に運んでしまう強力なエネルギーを、そのまま怪獣に向けて打ち出す攻撃があるのだと、彼女は言っていた。

 

 割れんばかりの力がアームの先端部分に集まっているのがわかった。熱はやがて光となり、まばゆさがアームの鉤爪で囲んだ内部に満ちている。

 

 溜まった、と確信した。

 目の前にはレッドキングの顔。そのギラついた視線がぶつかった。

 

「吹っ飛べ――――」

 

 残りの指でトリガーを引く。押し込められた光と熱、その唯一の出口となるのはアームの先端部分だ。

 

 高温と爆破と衝撃波が同時に飛び出し、レッドキングの顔左部分に襲いかかった。熱が皮膚と肉を焼き、連鎖的に骨までを砕き、さらにスクリューを伴った風が貫いた。上体が一度揺れたかと思うと、ゆっくりと、真っ直ぐ、その身を後ろに横たえる。

 

 反動で逆方向に飛ばされた殻島は、何度か地面をバウンドした後、仰向けの状態で止まった。

 

 立ち上がる気力などない。それでも安心して寝転んでいられた。最後の一撃は確実な手応えだった。爆裂の刹那見えたレッドキングの顔面は、中心から左上部が完全に吹き飛んでいた。

 

 

 レッドキングを、討伐することができたのだ。

 

 

「痛ェ……」

 

 呼吸が落ち着いて行くにつれて瞼が重くなっていく。全身が痛い。

 

 どこをどう怪我しているかわからないが、入院は確実だろう。全治何日、いや、何週間か。

 

「これ……補償とか、出るかな……」

 

 ひとまず、次の不安はそれだった。

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