怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第2話 誰だろう

「あれは楽しかったよなぁ」

 

 殻島は2年前に行った『惑星ワッカ』への旅行を懐古する。北戸と家南の3人で行った、特に印象に残っている記憶。

 

 語り合う宴会場の隅、壁に表示される空間ディスプレイは番組間を繋ぐニュースを映す。

 

『次のニュースです。惑星コンルにて、寒冷気候に適応した「どくろ怪獣レッドキング」の存在が確認されました。コンルで指揮を執る藤ヶ崎(フジガサキ)外惑星統括官は――』

 

 大真面目に怪獣の存在を報道するニュースキャスターの言葉にも、殻島たちはさして耳を傾けない。今地球にいる彼らにとってその報道は、遠方の雨雲注意報に等しいからだ。

 今でこそのほほんとしていられるが、数百年前に地球を襲った怪獣と異星人の侵略はひどいものだったらしい。

 

 20世紀の末より怪獣はその姿を現し、そのたびに人類は危殆に瀕していた。ある種は宇宙から、ある種は海山の奥深くから、繁栄を誇っていた人類に終わりを告げる如く襲いかかる。

人類の命運をつなぎとめたのは「ウルトラマン」だった。ウルトラマンは、か弱い人類を救うべく、遠い宇宙から飛来した知的生命体だ。その活躍がなければ、地球の地表はとうに平らだっただろう。

 

『藤ヶ崎統括官は、対レッドキングのシミュレート訓練の検討を――』

 

 だが、人類が存続しているのはウルトラマンだけに依るものではない。人類は、ウルトラマンによってもたらされる平和に甘んじることをよしとしなかった。無数の脅威に立ち向かう彼らの姿から、惑星としての自衛を勝ち得ようとした。

 

 そうした潮流から、各国は怪獣対策組織を発足させ、独自の開発に取り組んだ。対怪獣兵器は、原理の応用を繰り返し、新技術が前段階のそれを更新していった。そして世界中の科学の粋が協働し、宇宙開発へとその力は注がれていく。

 

 ウルトラマンが地球を去ってから遠大な時間を経てようやく、外惑星進出を達成した。殻島が生きる時代から300年ほど前、正式に外惑星への居住が始まっている。進出先は、観測で発見された奇跡的に地球と遜色ない環境を有する――それこそ火星やタイタン等太陽系内の星よりも――複数の惑星。人類に終焉をもたらすかと思われた怪獣の脅威は、皮肉にも人類を新たな進化のステージに運んだと言っても過言ではない。

 

 そして移送手段の充実化、怪獣を討伐しつつ外惑星の開発を進めた現在。日本人口の一割に届こうかという人々が、地球ではない場所に居を構えている。先ほど殻島らが口にした「外惑星旅行」という言葉も、響きは仰々しいがワッカには日本が所有する領土、平たく言えば『県』があり、少し奮発すれば観光できてしまうのだ。

 

「そうそう、旅行の前日にさぁ」

 

 アルコールで饒舌になった家南が、テーブルを挟んではす向かいの北戸に指を指す。

 

「北戸に『パスポート必要だよ、取ってないの?』って嘘ついたら本気でビビっててさぁ」

 

「そりゃビビるだろ!」

 

 やり玉に挙げられた北戸は憤慨する。

 

「俺外惑星旅行初めてだったんだぞ!勝手がわかんなかったんだもん!」

 

「成人男性がだもんとか言うな」

 

 殻島は笑う。

 

「外惑星だって国が管轄してる地域は日本になるんだからパスポートいらないだろ。国内旅行と同じだって」

 

「はあ~懐かしい。寂しくなるわ、ほんと」

 

 家南が頬杖を突いた。

 

「もう、離ればなれになっちゃうんだもんね」

 

 今にもかくんと倒れそうな頬杖で、家南は視線を泳がせていた。

 殻島も思わずしんみりとする。毎日会っていたこの2人と、もう滅多に会えなくなるのだ。

 友との別れ。なんとも現実感が湧かない。湧かない方がいいのか悪いのかもわからない。

 

「先輩方~!」

 

 しんみりした空気が遮られる。入ってきたのは、飲み会に参加していた後輩の女子だった。

 

「卒業おめでとうございます~!先輩方って、就職先どこになったんでしたっけ?」

 

 唐突に尋ねられた内容に、3人は不意打ちを食らった気分だった。労働という、数日後に迫り来る社会人のスタートラインからあえて目を逸らしていたのに後輩に斬り込まれてしまった。

 だがそれでも、北戸と家南はどこか誇らしげに持ち直した。

 

「俺は東光宙運」

 

「私は京和テレビ。記者になるの」

 

 2人が口にしたのは大手の運送会社とテレビ局。いずれも本人達がかねてより志望していた所だ。

 

「すごいですねお二人とも……。殻島先輩は?」

 

「あ~……」

 

 ジョッキの取っ手を握るが、持ち上げて空だったことに気づく。

 

「……俺は公務員、外惑星勤務」

 

「そういえば去年から勉強してましたね、勤務地は決まってます?」

 

「こいつ、レラトーニの地方防衛局らしい」

 

 北戸が代わりに答えた。『レラトーニ』とは、人類が進出した地球外惑星の1つである。住む人がいるのだから、働く人も当然外惑星にいる。殻島は数日後から新卒の公務員としてレラトーニで働くこととなっていた。

 

「でもよかったよな殻島。目指してたろ、外惑星の公務員」

 

「ああ、うん。まぁ、目指してた」

 

 目指してた。思わず過去形になる。

 それはある出来事がきっかけで仕事への熱が大きく失せてしまったからだ。今も熱意を秘め続けている北戸や家南とは、違う。

 

「目標だったんですか」

 

 後輩が問うと、「そうだよ~」と今度は家南が答える。

 

「殻島、お父さんが外惑星で働いてたみたいでさ。お父さんの仕事を手助けする仕事がしたいって言って、勉強してたんだよ」

 

「お、親孝行……!」

 

 後輩が酔いも相まって少々オーバーなリアクションを取る。

 

「いや恥ずいわ。そんな、別に大層な目標じゃないよ」

 

 殻島は手を横に振りながら弁明した。

 

「とにかく、みなさんおめでとうございます。頑張ってください!」

 

 後輩は席を立ち、また別の学生の元へ向かった。

 

 殻島は時計を見て、「俺、そろそろ帰ろっかな」と少し大きな声で呟いた。

 

「え、もう帰るの?」

 

「まだ時間残ってんぞ」

 

「あー……。俺明後日には勤務先の星に移動するからさ。準備終わらせないと」

 

 立ち上がり、ジャケットを羽織る。飲み放題の時間ギリギリまでいると、なあなあで二次会に誘われてしまいそうだったので、微妙な時間で切り上げたかった。

 ポケットから情報端末を取り出し操作する。メッセージアプリから北戸のアカウントに代金を送り、合わせて払ってもらうよう頼んだ。

 

 立ち上がり、靴に足を入れる。その時、家南の「もう離ればなれになる」という言葉がよぎった。仲良くしてくれた2人とも、これを最後にしばらくは会えなくなるのだ。

 

「あのさ」

 

 二人のほうに身体を向け、別れにふさわしい言葉を探す。北戸も家南も、先ほどの情緒が嘘のようにけろっとしていた。

 言いよどんでいると、感傷よりも照れくささが勝ってくる。

 

「いや、何でもない。またな」

 

 この状態で何か別れを述べても首を傾げられるだけだろう。殻島はそう理由をつけ適当にはぐらかした。

 

「おう、また」

 

「またね、お疲れー」

 

 軽く返した2人の声は、店内の馬鹿騒ぎでほとんど聞こえなかった。

 

 

――――――――――

 

 

同時 惑星モシリス モシリス足奈賀市S4(エスフォー)駐屯基地にて

 

 モシリス。人類が進出を果たした太陽系外の惑星の一つである。地表は砂漠で覆われ、砂嵐が吹きすさぶという環境だが、広範囲のオアシスも点在し、開発が進んだこともあって人類が生きていくのに難しい星ではない。

 その惑星における日本管轄地には、外惑星の調査を目的とした組織の基地が置かれている。

 組織の名前はSpace Squad of Search and Subjugation.S4とも呼ばれる 『探査及び討伐のための宇宙部隊』は、その名の通り人類の宇宙・外惑星進出を契機に組織され多数の構成員を擁する見本の防衛組織である。

 

 400年以上前より現れた怪獣は、地球のみでなく人類が進出し生活圏とする惑星にも出現する。それらの凶悪な魔の手を退け、外惑星における開発・研究・安寧を確保するために存在する組織だ。「調査」は他惑星の大気・植生・生態系に至るまでの分析と採集、「討伐」は人類に敵対する怪獣・星人の駆逐を担う。

 そこに所属するある3名の隊員が、モシリスに居を構える基地内を並んで歩いていた。

 

「あーきつかった」

 

 左を歩く篠山が強い語気で発し、Tシャツの首元をつまんでばたばたとはためかせる。一仕事を終えた彼女らの衣服はいずれも汗をかいていた。

 

「磁力怪獣アントラー、強敵だったな」

 

 真ん中を歩く体格のいい男は険しい顔で唸る。アントラーとは、篠山ら3人に討伐命令が課せられた怪獣だった。結果大きな怪我もなく討伐は完了。とはいえ余裕綽々の相手という訳でもなく、苦戦は強いられた。

 

「地面に潜って敵を翻弄し、磁力光線で得物を吸い寄せて攻撃とは。最近はコンルの寒冷気候に適応した個体も出たと聞いたが――」

 

「野笠、あんた自分は実力者ですってツラで分析してるけど」

 

 篠山の言葉に、野笠と呼ばれた男が立ち止まる。顔の輪郭を汗が伝うが、それは暑さによるものではない。

 

「今日のミッションめちゃくちゃショボかってんで?」

 

「言うな!」

 

 野笠は両手で耳を塞ぐ。彼は篠山に今日の動きの悪さを糾弾されていた。

 

「あんた何回顎に挟まれとるん。あと一回噛まれてたら絶対装備壊れとった」

 

 篠山は意地悪くミスを弄る。野笠も野笠で否定したり憤慨したりしないのは、自身のミスに自覚があるからだった。

 

「だってあの怪獣、俺ばかり狙うじゃねえかよ」

 

「言い訳はいらん」

 

 野笠の言い分をぴしゃりとはねのける。

 

「まったく、最後唯がフォローに入らなきゃ危なかったよ」

 

 右を歩いていた浦菱唯は顔を上げた。篠山が身体を反り、こちらを伺っている。

 

「いやあ、それほどでも」

 

 誉められたことが嬉しく、顔をほころぶ。

 

「ああ。最後のボードの一撃はファインプレーだったぞ」

 

「野笠さんはもう少し頼もしい戦闘を心掛けていただきたいです」

 

 打って変わって、野笠の賞賛は受け取るどころか批評を返した。浦菱がこの部隊でどちらに懐いているか一目瞭然である。

 

 後輩にまで痛いところを突かれ肩を落とす野笠。その横で「今日の反省会も兼ねて、どこか店でも」と篠山が明るい口調で伺いを立てた。

 浦菱はこくこくと頷いて同意を示すが、野笠は「今日はダメな日だ」ときっぱり断り、いそいそと1人更衣室へ向かった。彼は3人の中で唯一家庭を持つため、今日も何か予定があると考えられる。

 

「……今日は何ですか?」

 

「娘さんの『あと3ヶ月で4歳の誕生日』パーティーやる言うてた」

 

「じゃあ三ヶ月後でいいじゃないですか」

 

 野笠の娘に対する接し方は溺愛という言葉があまりに似合っていた。奥さんも似た調子なので、今日のようによくわからないイベントに出かける日が多々ある。

 

「ぶれませんね、あの人は」

 

「思春期に死ぬほど嫌われて憔悴するあいつが見物やな。さて、反省会の対象はいなくなったんやけど」

 

 篠山の考える素振りに、浦菱は誘ってくださいと頼み込む視線を送る。

 

 その訴えに、篠山は瞬きで答えた。

 

「……せっかくだし、祝勝会兼女子会と決め込む?」

 

「やったー!是非行きたいで――」

 

 オーバーに喜ぶ浦菱の挙動が一瞬止まる。ポケットに入れていた情報端末が震えたためだ。

 何の連絡かと画面を点けるが、メッセージアプリに新しい通知はない。大方無関係のメールだろう。

 アプリを閉じようとしたとき、縦に並ぶ連絡先ごとの会話ログの上、おすすめに表示されたニュース記事がちらりと目に入る。

 

『行方不明の宇宙航行機、イメルで発見 』

 

 その後に続く文を見て、呼吸が一瞬止まる。あまりに偶然で驚愕的なその内容を、名前を見てしまった。

 

「どうした?誰かから連絡?」

 

「いえ、そうでは、ないのですが」

 

 浮かれた思考は一切消失し、手に汗が滲む。

 

 数日前世間を騒がせた宇宙航行機の行方不明事件。その機体が惑星イメルで見つかったという。生存者と死者は半々ほど。だが、目を奪われたのはそこではない。生と死、そのどちらにも傾かぬ

1名の「行方不明者」の存在が記されていた。ただ一人、その安否が謎に包まれる行方不明者は、その名前は。

 

「湖田……先輩?」

 

 浦菱はその人物を知っていた。

 

 

――――――――――

 

 

 店の戸を引いて一歩外に出ると、外気の寒さに思わず手をポケットに入れた。予想以上に寒く感じたのは暖かい店内との温度差というだけではなく、先ほどまでの友人に囲まれていた状況から一変、夜の道に一人になったせいだろう。帰らねばならないとわかってはいるが、やはり気の置けない友人ともう少し飲んでいたかった。

 

 それでも、やはりだらだらと飲み明かすのは気が引ける。家南や北戸に対してではなく、自分の叔父、そして父に対してだ。

 

――目指してたろ、地球外惑星の公務員

 

 北戸の言葉を思い出し、ため息をつく。

 

「明るい場で言うことじゃないよな、もう外惑星で働く意欲なんて失せちまったって」

 

 社会人になることの誇りを語っていた2人がいる傍ら、殻島は自身の思いを開陳することができなかった。

 大して外惑星で働くことへの熱意などない。

 そしてその理由、もう父は外惑星にいないため。S4の職務にあたっていた父が、『怪獣』による被害に巻き込まれてしまったためだからなど、言えるはずもなかった。

 

「はあ」

 

 電車の時刻を確認しようとポケットのケータイを取り出したとき、端末のバイブレーションが作動する。メッセージを受信したかとアプリを開くが、最新の履歴は先ほどの北戸に送ったギフトだった。

 

 その際、画面上部にピックアップされたニュースが殻島の目を引く。

 

「あの行方不明機、見つかったんだ」

 

 完全に消息を断っていたワッカ行きの小型宇宙旅客機。それがイメルという岩石で覆われた惑星に墜落していたという。つい数分前に来たニュースだ。興味本位で記事をタップし流し見ると、死者22名という痛ましい数字が目に入った。

 行方不明になってから既に3日は経っており、心のどこかで乗客のほとんどが死亡しているだろうと予想していた。予想に反して生存者は死者の数を多少上回っていたが、実際の報道として受け止めると酷く胸が締め付けられる。日本海上に設営された人工島発だったため、日本人の乗客も多かっただろう。

 

 スクロールしていくと、生存者が31名と行方不明者が1名いることがわかった。歴史的に見てもかなりの大事故だと考えられるが、宇宙での墜落事故にしては生きていた者が多い方だろう。不幸中の幸いといったところか。いずれにせよ、明日のニュースはこの話題が内容を大きく占めるだろう。

 

「にしても行方不明者が1人って……」

 

 外惑星の事故において行方不明とはどういう扱いだろうか。自力で墜落した船外に出たということだろうか。あるいは、あまり考えたくないが事故による身体の損傷が激しすぎて個人を特定できないということか。記事の最後に載っている行方不明者の氏名に、殻島は目を見開いた。

 

 湖田永晴(コダナガハル)(22)。そう記載がある。

 

「こいつ、たしか」

 

 同い年のその名には明らかに聞き覚えがあった。誰だろうか。いつごろ、何か同じ団体に所属していたか。かつての級友を脳内でつぶさに洗い出し、記事の名前と照合を試みた。

 

「…………同級生だ、小学校ん時の」

 

 少しして、答えに辿り着いた。

 




3話は明日、同時刻に掲載します。
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