「俺が、S4にですか?」
殻島の確認に、谷神が頷いた。聞き間違いかと思ったが、今病室は静かだ。関と雪町が驚いているのが見なくてもわかる。いわばこれはスカウト。それも、S4という組織においてかなりの重鎮から誘われているのだ。
「急で本当に申し訳ない」
谷神がわずかに目を伏せる。
「だが、どうしても提案せずにはいられなかった。君は、怪獣討伐に置いて類い希なる実績と資質を持っている」
実績とは、レッドキングを倒したことだろう。資質とは、実際の身体能力や戦闘能力のことをいっているのか。
「君の調査隊員としての価値は、決して1人の枠に収まるものではない。私は――特錬隊員への参入も夢ではないと睨んでいる」
「そんな――」
包帯の巻かれていない左手を振って否定する。特錬とは、S4内で戦闘能力上位1%未満の超精鋭を指すのだ。
大きく出たな、と思ったが、谷神の言葉からはおだてやお追従は感じられない。真っ直ぐに語りかけてくれているのだとわかる。交渉に際し、羽村は言葉を用いた誘導が巧かったが、谷神はむしろ逆。小細工を弄せず、熱意を直接ぶつけている。
「君が入隊すれば、より多くの人を怪獣の脅威から守ることに繋がる。オペレーターや他の事務でも構わない。もちろん、しかるべき試験は受けてもらうが、君なら問題ないだろう」
同時に、特錬やオペレーターの可能性を示唆したのもミソだと思った。通常のS4隊員の給与は防衛局員と大差ないが、オペレーターはその業務専門性・求められる知識量から、局員よりは高い。特錬隊員に関しては特例中の特例で、オペレーター以上の基本給に加え、期間内に討伐した怪獣の数・脅威度を加味した歩合の給与がある。S4組織と殻島、両方にとってのメリットを谷神は言外に提示していた。
「ただ、もちろん危険も伴う仕事だ。意思決定は必ず君自身でして欲しい。局員を続けるもよし、S4に転向するもよし、だ。ひとまず今日は、今のところの意向を聞かせて欲しい」
言い終えた谷神の瞳が答えを求めていた。
黙する殻島を見て、横で聞いていた関が立ち上がった。
「すごいじゃないですか殻さん、こんな機会ありませんって!」
谷神の手前ということも忘れ、興奮を殻島にぶつける。
「長官に誉めてもらえるなんて、すごいことっすよ。受けない手はないですって!」
まるでそれ以外ないという口調でS4の入隊を勧めた。
殻島は面を伏せて思案する。しかし、すぐに谷神に向き直ると、意を決して口を開いた。
「谷神さん、ご提案くださりありがとうございます。でも、俺はS4には入りません」
関が「え」と落胆混じりの声を上げた。一方正面の谷神は、顔色一つ変えず殻島の言葉を受け止めている。
「もし理由があれば、聞かせてもらえるかな」
依然として低い声で訊かれたが、そこに威圧感のようなものはない。真っ直ぐな答えに何かあると踏み、純粋にそれが気になっているのだろう。
「はい。先ほど谷神さんは、俺のおかげで多くの人々が助かった、と言ってくれました。でも、多くの人が無事で済んだのは、俺が戦ったからじゃありません。俺以外の、沢山のひとたちが各々の責務を全うしたからです」
殻島は己の思いを実直に述べた。
「防衛局員が誘導をしてくれたおかげで多くの人の避難が完了しましたし、侵攻による怪我人や火災は、救急と消防が迅速に対処してくれました」
何より、と殻島はさらに続ける。
「先鋒を務めたS4隊員の方が、レッドキングにダメージを与えてくれました」
殻島が戦い始めた時点で、レッドキングの左腕は損傷していた。その他、街に侵攻した時点でも遠目からわかるほどの傷がいくつも。おそらく、あの傷がなければ、殻島が送られたのは病室ではなく霊安室だ。
冷静に考えて、一般の局員が万全のレッドキングを倒すなど絶対にできない。
「そのおかげで俺は勝てたんです。俺は単に、いいとこ取りをしただけで――」
「謙遜する必要はない」
谷神が言葉を遮った。
「たしかに他の隊員もよく戦ってくれた。だがそれに比しても君の功績はとても大きいものだ。君がいなければ被害が一層ひどくなっていたことは明白だろう」
「だとしてもです」
今度は殻島が言葉をかぶせた。
「S4隊員が責任に従ってくれたからこそ、レッドキング討伐という結果があります。結果的に俺がとどめを刺しましたが、それは本当に偶然なんです」
謙遜ではなく、本当にそうだと思っていた。怪獣被害の対策として事前にS4のスーツを身につけていたこと、レッドキングを討伐する以外ないと思うほど状況が切迫していたこと。再び湖田の言葉を思い出したこと。偶然と、偶然の埒外にある心模様が合わさって行動につながっただけだ。
「だから、少し思うんです。俺が行かなくても、俺以外の誰かが戦っていたんじゃないか、そこそこなんとかなっていたんじゃないかって」
少し俯き、右手を眺める。2本の指を包帯で固定された、箸も持てない右手。
「俺は自分のこと、結構頑張ったなって思うんですけど、俺以外の人も死ぬほど頑張った結果が今であることは違いないので。だから、ええっと……俺がS4だろうと防衛局員だろうと、自分のできることをすることは変わらないっていうか」
己の言葉での回答を懸命に模索した。
「だったら、防衛局員として採用してもらった今の立場と価値を捨てる必要はないんじゃないでしょうか。わざわざS4に鞍替えするのは、何というか――」
「二度手間、という感じかな」
谷神が適切な言葉を示してくれた。冗長な自分の発言を理解してくれたようで、殻島は安堵する。
「それです。皆がそれぞれ、やらなきゃいけないと思って動く。そのための責任を負う。まあそれが職務の範囲に収まるかってのも人それぞれですけど。でもきっと、そうやって――」
口は自然と、父に言われた言葉をなぞらえていた。
「そうやって、地球は回っているんです」
「……なるほど」
それを受けた谷神が、ゆっくりと目を閉じる。
彼を怒らせてしまったかと殻島は不安になった。わざわざ来てくれたというのに、断った挙句まとまりのない理由をつらつらと並べ立て、偉そうに聞こえただろうか。
「す、すみません、偉そうなことを言って」
「いや、いいんだ」
谷神の口角が初めて上がった。それだけの表情の変化が、おおらかな笑顔に見えた。
「君の口から意見を聞けてよかった。たしかに――人によっては変わらないのかもしれないな」
意を汲んでくれた谷神に対し、小さく会釈をした。とりあえず、防衛局員は続けさせてもらえるだろう。そう思った。
しかし、谷神はまた真顔に戻り「ただし」と切り出した。
「もし局員のままでいるなら……いや、S4に転向しても同じ結果にはなってしまうが、君はレラトーニにいることはできない」
息を飲み、瞠目する。
「それは……どうして」
「怪獣侵攻の危機がレラトーニで増大しているためだ」
今月、レラトーニの日本管轄区近縁では異例と言えるレッドキングの活動、そして侵攻。実はその数日前にも、侵攻こそなかったものの別のレッドキングの活動が観測され、討伐されている。これに誘発された多種の怪獣の動きが活発になる可能性がある、と谷神は述べた。川井から教わったことと同じ意味だろう。
実際に市に被害が出てしまったため、警戒態勢は以前より数段階引き上げざるをえない。
そこで最も手早く行えるのは人員の交換だ。
日本は他の数惑星にも管轄地域を設けている。そこにいるベテランの隊員・局員をレラトーニに、レラトーニに入って間もない者を他惑星に送る。そうすれば、レラトーニの防衛体制は精鋭化、対応力が強化される。年度が始まって間もなく、総人員も限られている中では、これが最も手っ取り早い。無論、新卒で防衛局の仕事に慣れるか慣れないかという殻島は、交換人員の候補に入れられる。
「これは君だけではない。レラトーニに配属されて日の浅い局員や隊員は、別の惑星に移ってもらう可能性が高いんだ」
「つまり、異動、ってことですね」
「……そうだ」
谷神は苦しそうに俯く。
「すまない。この星を救ってくれた君にそんな願い出をするのは」
「いいんです。そういうのも覚悟の上ですから」
それが人々のためなのだから仕方がない。それに、ところ変わってもやることは同じだ。
谷神がハットを被って腰を上げた。
「詳しいことは、局の者から連絡があるだろう。それに従ってくれ。――最後に、本当にありがとう」
追加で感謝の言葉を受けた。否定するのもおかしいと思い、静かに受け取っておいた。
谷神が病室を出る。それとともに、張っていた緊張の糸が切れた。
「ふう……」
決して悪い人ではなく、高圧的でもなく、むしろいい人だ。が、堂々とした姿勢から漂う風格が、気を抜くことを許さなかった。
関も深く息を吐き、「びびりましたね」と呟いた。
「あんなに近くで見たのは初めです」
横にいる雪町も同意し、それから思い出したように殻島を見た。
「殻島主事、異動って……」
「ええ、それにもびっくりしました。退院したら、別の惑星ですね」
笑みを作った。短い間だったが、ハルをはじめ雪町部隊の隊員はよくしてもらった。
ゲスラと戦い、レッドキングとも戦い、挙句入院にまでなってしまった。はっきり言って、レラトーニでの仕事はイレギュラーに見舞われた、散々なものだった。
それなのに、一刻も早くレラトーニを出たいと言ったら、それはひどい嘘になってしまう。彼らのせいで。彼らのおかげで。
「そう。そんで経験の浅い職員は別惑星に異動って話が出てさァ」
レラトーニ日本管轄区、銀河楓市。その南端に位置する銀河楓空港のターミナルに向かう道中で、殻島はスマホを耳に当てていた。
『で、お前も1ヶ月ちょいでお引っ越しか。災難だったなあ』
電話の相手は、大学時代の友人、北戸だ。
外惑星と地球や、人間が進出した外惑星同士の通信は、人類の宇宙探査、開発、移住と並行して進められた。レーザー通信による高速の電波と、障害となるノイズ除去技術が発達。高利得のアンテナと合わせることで外惑星同士は通信が可能になっている。
遠大な距離が障害となった地球と外惑星の交信も、中継惑星『アシル』の土地を一部のみ利用することで、リアルタイム通話という偉業を成し遂げた。
「本当、ついてねえよ」
殻島はエレベーターの扉を開け、中に入る。伴っている電動のキャリーケースが、殻島に合わせてエレベーター房内に移動する。
『しかし急に巨大怪獣が現れて、しかも街に攻めてくるなんて……とんでもねえ場所だなオイ』
「いや、滅多に起こんないけどなそんなこと」
北戸と話していたのは、レラトーニを離れ、別惑星に異動することになった経緯についてだ。レッドキングの出現と侵攻。それに伴う巨大怪獣の攻撃的行動の発露を懸念して、局員になって間もない殻島は、熟練の職員と交代する形で異動となるのだ。
北戸は同情しつつも、その物珍しい経緯に、声が若干興奮していた。
『実際どう?その攻めてきた巨大怪獣っての、生で見た?』
「あー……」
正確には、戦った。そして倒した。
が、北戸にはそのことを話していない。せっかく家南に頼み込んで自分だとバレない取材形式と内容にあつらえてもらったのだ。みすみす自分から触れ回るような真似はしない。北戸には「生で見た」ということにしておく。
「見た見た。デカかったよ、うん」
『うお~すげえな。俺も機会があれば拝んでみたいもんだ』
「他人事みてぇに……」
舌打ちが出かかるも、自分だって一緒に行った居酒屋では、外惑星に現れた怪獣のニュースを天気予報のように聞き流していたのだから言いっこなしだ。
エレベーターを抜け、ターミナルビル内。手続きは事前にネットで済ませているため検査だけ行えば準備は整う。やや余裕をもって着いた。
「そっちは仕事どうだ?大変?」
『マジで覚えること多い。顧客と企業の種類に倉庫の搬入物にプランにあれこれ……大学の勉強なんて比にならねえわ』
「お前が大学でいつ勉強したよ」
会話をしながら、コンコースの一箇所で立ち止まる。
縦にも横にも広い窓があり、そこから景色が見渡せる。搭乗口とは反対側であるため、宇宙航行機は見えず、また街も左手で途切れているため、大部分でレラトーニの風景を拝むことができた。
起伏の少ない土地。草で埋め尽くされた地表。突き出る木々の樹冠、レラトーニ特有の黒い葉が豊かに蓄えられている。奥にいくにつれて岩壁と丘が増え、段丘と小山を形作る。幅の狭い山脈のシルエットが、景色の中心やや右手に展開されていた。
通話口で北戸が『おーい』と呼びかける。
『殻島?聞いてるかー?』
「……あ、悪い」
『どうしたんだよ。レラトーニに郷愁が湧いたか?』
「うーん……」
たしかに、レラトーニの景色も一旦見納めかと思って窓の景色に目を移した。
「いや、そうでもねえな」
『ありゃ』
が、冷静に考えたら2ヶ月程度しかいなかったし、そもそも街中では自然の風景より建物が多かったし、何なら日本の田舎の風景とさして変わらないため、別に土地に対する思い入れはないのだとわかった。
『あ、話戻すけど俺宇宙関連の運輸務めだからさ」
北戸は自身の仕事について話を戻していた。
『出張とかでけっこう外惑星まで出張することがあると思うんだよね』
「お、そっか」
北戸が務めているのは、
殻島は自販機に向かいコーヒーのボタンを押す。
「ってことは、俺が異動する惑星に、お前が来る可能性もあるわけだ」
『おう。まあだいぶ先だろうけどな』
「いいね」
会う機会がめっきり減ったからこそ、小さな共通項があるだけで嬉しくなる。
「じゃあそん時は飯とか食いに行こうぜ」
『奢ってくれよ~?ほら、お前の給料の一部は俺が払った税金から出てるわけだし』
「あれ、北戸って脱税してるんじゃないのか」
『死ぬか?俺の手で』
「キレすぎだろ」
自販機の小窓の向こうで滴が跳ねた。カップがコーヒーで満たされている。
「ま、お互いがんばろう」
『だな、お前も仕事するときは怪獣に気をつけろよ』
「おう。あ、あと俺年末帰るから、その時も集まろう。家南も呼んでさ」
『ああ。じゃあな~』
通話は切れた。
殻島はカップを取り出して口をつける。
――気をつけろよ。
家南に言われたことと同じようなことを言われてしまった。意外と自分は心配されているのだなと自覚しながら、待合の椅子まで歩く。
搭乗時間まではまだ余裕がある。荷物検査もその前でいいだろう。荷物の大部分は電動キャリーケースに詰め込んだものの、少し歩いたため休みたかった。
「……ふう」
腰を下ろし、スマホのメール履歴を開く。既に移動先の惑星『モシリス』の防衛局関係者から連絡が来ている。その確認を行った。
「今日案内してくれる人――
一抹の不安を覚える殻島の隣に、女性が座った。椅子は他にも空いているというのに、席を空けず真横に詰めている。怪訝に思いながらも、依然画面を見て唸っていた。
(でかい荷物はもう向こうの部屋に入ってるんだよな。今日は金城さんに挨拶だけして、その後が)
「おい」
(足奈賀駅で降りて、徒歩何分だっけ?バス使うか?)
「ねえ、ちょっと」
服の形部分を引っ張られ、ようやく気付く。隣の女性が話しかけられたのだ。
「え?」
驚いて彼女の顔を見る。誰だ、と思ったが、すぐにわかった。自身の記憶と、彼女の髪型・服装が一致しないが、多分合っている。
「…………ハル?」
次話は今までより少し遅らせて5日後に投稿する予定です。ご確認ください。