第23話 砂煙の手前に
モシリス。人類が進出した外惑星の1つ。墜落事故があった惑星イメルと同一の恒星系、殻島がいたレラトーニのとは別の恒星の周囲を公転しているものの、距離で言えば直近の位置関係であるため行き来もしやすい。人類の移住計画が始動してから行われた探査、そしてその後の開発により、当然ながら人間が住まう環境は完成している。
しかし、その地表を占めるのは、砂漠。
レラトーニが緑の星と表されるのなら、モシリスは砂の星だった。
ブリッジを通り、荷物の受け取り場でキャリーケースを受け取った。上部の辺に付いている電源のボタンを押すと、手で引かなくとも殻島の歩みに合わせてケースが随従してくる。電動は便利だ。
ゲートを抜け、待ち合い場に出る。広さはレラトーニの銀河楓空港とそう変わらないが、角に置かれる植物はこの星で発見された『ハガネサボテン』という種の植物になっていたり、放熱を期待してか天井が高くなっていたりと、異なる意匠が見受けられる。砂漠のど真ん中であれば、人が住めるはずがない。しかし、モシリスにおいては各所にオアシスが点在しており、水分や土壌の豊かさを享受できる。モシリスに進出した各国はそうしたオアシスに拠点を構えている現状だ。
殻島はメールを読み返し場所を確認する。そして、今日合う予定の
対面の男は、組んでいた足を直して椅子を前に寄せる。
「どうも。殻島くんかな?S4足奈賀市基地オペレーターの金城
歳は20代半ばだろうか。殻島の上司となるともう少し年上でもありそうだが、若く見える。涼しげな半袖のワイシャツとスラックス。髪は明るい茶髪に染まり、ところどころツンツンと立っている。S4は思ったより身だしなみの規定が緩そうだ。
「初めまして。
頭を下げると、「そんなに堅くなんないで」と笑いながら言われた。
「悪いね、わざわざ寄ってもらっちゃって。連絡だけすればいいかとも思ったんだけど、一回顔合わせはしといた方がいいかなって」
「モシリスは初めてなので助かります。こちらこそすみません」
「いーのいーの。この予定のおかげで仕事抜けられたんだから」
軽い口調で受け答えをしてくれるため、自然と緊張もしなかった。リクはアイスコーヒーを口にしながら、説明に入る。
「殻島くんの配属は、
「はい」
「オッケー。入ってもらうのはレラトーニにいた頃と同じ、任務課になる。……んだけど、ここまでで何か疑問に感じなかった?」
殻島は考える。リクの聞き方は、単に質問があるかの確認と言うより、不審な点に気づいているかを尋ねられた気がしたからだ。
それについていえば、自己紹介の時から違和感があった。
「金城さんは――」
「リクでいいよ。みんなにそう呼ばれてるから」
「では、リクさんはS4のオペレーターだとおっしゃっていたのに、なぜ防衛局職員の俺を担当しているのかな?と」
リクはストローから口を外し、「よく気づいたね」と頷いた。
「そう。君は通常通り任務課の仕事をしてもらう予定だったんだけど、試用的に一部別の業務にも携わってもらおうと思ってね」
殻島はわずかに身を乗り出した。
「別の業務、っていうと」
「簡単に言うとS4の作戦室で、俺みたいなオペレーターと一緒に、実際に市外にでて調査する隊員のサポートをする。防衛局の業務でいう作戦行動補佐だね」
作戦行動補佐。防衛局員の業務の一つだ。
S4のミッションでは、必ず基地内の作戦室でオペレーターによる補佐が行われる。この時、オペレーターに加え防衛局員も1名同席し、隊員のバックアップにあたる場合がある。この役割が、「作戦行動補佐」だ。ここまではオペレーターと変わらないが、求められる知識量はオペレーターの方が多く、対応する分野は初歩的なものになる。
なぜわざわざ局員を置くのか。理由は2つある。
1つは、いわゆる監査的意義だ。局員がいない場合、任務はオペレーターと隊員というS4のみの箱庭で遂行されることとなる。隊員は市外地で行動する時間や、活動可能環境の水準が厳格に取り決められている。オペレーターが適切なサポートを欠いている、あるいは隊員側の行動に問題がある。そうした事態を監視することで、恒常的・潜在的な危険を防ぐことに一役買っているのだ。
もう一つは、防衛局員の訓練としての必要性だ。非常時、特に数週間前のレラトーニのように怪獣が侵攻した際、数多くのS4隊員が現場に出張ってしまう。同時に、的確な司令を出せるオペレーターが不足する可能性もあるのだ。そうした場合に備え、局員でも最低限の任務把握・指揮能力を養う目的のためにこの制度が生まれた。
局側の作戦行動補佐は、実際に隊員を援護するという意味ももちろんあるが、それ以上に作戦室で任務に同席するというだけで意義が生ずるのだ。オペレーターと同等の知識・経験を求められない理由はここにある。無論、補佐に当たって局員は研修を行うが、それ以上に実務を通して秩序維持と安全向上を期待する。
殻島もそれが防衛局員の業務であることは心得ていた。が、それを踏まえても引っかかるところがある。
「でも、それって結構ベテランの職員がやってるイメージがあるんですけど」
正直なところ、殻島の中に若手が作戦室に列席するイメージはなかったのだ。
質問を受けたリクはかぶりを振った。
「いや、最近は若い人も全然来るぜ。話を聞くと、3年目くらいから徐々に研修とかが増えてくるらしい」
「それにしたって早くないですか。俺、4月に入ったばかりですよ」
いることに意味がある、とはいえ、棒立ちでモニターを眺めていればそれでいいというわけではない。S4隊員は時には命をかけて交戦するのだ。サポートにあたっては局員も相応の覚悟と理解が求められる。責任は重大だ。
なぜ自分に役割が回ってくるのかわからない。そう表情で訴える殻島に、リクは悠然とした笑みを崩さなかった。
「たしかに、他の人に比べれば早い経験になるかもしれないけど――」
リクは顔を近づけ、下から見上げるようにして殻島を眺める。
「君、例のレッドキング侵攻でけっこういい働きをしたらしいじゃん」
抑えた声でそう言われた。
「え」とも「あ」ともつかない声が漏れ、殻島は口に手を当てる。
彼は何を知っているのだ。自分がレッドキングを倒したことを知っているのか。
胸中に疑いが生じる殻島に、リクは姿勢を直して続ける。
「侵攻の時、避難誘導したんだって?」
「……え?」
「そう聞いてるけど」
避難誘導。それが一番に出てくるということは、討伐の功績は知らないとみていいだろう。リクが挙げたのは、レッドキングと戦う前の殻島の行動だった。
「はい。しました。……でも、別に課長や係長の指示に従っただけで、いい働きってほどじゃ」
「怪獣がそこまで迫ってたんだろ?入ってひと月くらいの人じゃ、命令されても腰が引けて動けなくなっちゃう人が沢山いるんだよ。その点、君は度胸がある」
リクは目を細めた。鋭くなった目尻は、また優しく下に向く。
「ま、そういうわけで。足奈賀市の防衛局は君を評価してる。周りより少し早く、難しい経験を積ませてもいいんじゃないかってね。俺らS4側も異論はないから、その方向性で決まった」
言って、結露したグラスを手に取った。氷が溶けて薄くなった中身を空にする。
「殻島くん的にはどう?もしどうしても荷が重いっていうんなら打診するけど」
「……いえ」
少し考えたが、デメリットは浮かばなかった。正当に評価してもらっての結論というのなら、その責任を果たしたい。それに、わざわざ初任地から飛ばされてモシリスまで来たのだ。積める経験は積んでおいてもいいだろう。
「精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「よっしゃ。頼んだぜ」
リクが親指を立てた。殻島は一度、胸を張って頷いた。
店を出てターミナルビルの中を歩く。リクが駅まで送ると申し出た。
売店や案内所を横目に数分、出口ゲートの前につく。
リクに背を軽く押された。
「記念すべきモシリス第一歩目だな」
言われてはっとした。意識していなかったが、たしかに惑星モシリスの地を踏むのは初めてだ。外惑星での生活が当たり前のものになったとはいえ、新天地と思うと静かな興奮が胸に湧いた。
ゲートが開き、外に一歩を踏み出す。
出した右足を日射し――正確には太陽ではなくモシリスが公転する中心の恒星だが――が焼いた。続けて左足、体と出すにつれ、力強い熱と眩しさが照りつける。涼しかった屋内との落差も相まって、くらくらする。
足下はアスファルトで整備されているが、細かな凹凸に薄い黄色の粒が深く入り込んでいる。砂だ。
ふわりと風が吹いた。が、あまり涼しくはならない。見渡すと、やはり風は黄土色を帯び、空気の流れる方向がよくわかる。
「どう?」
リクが隣に並ぶ。
「暑い以外の感想がないっす」
「だよな。砂の感じはどう?慣れないんじゃないかな」
「たしかに……汗かいてるとまとわりついて少し気持ち悪いですね。ただ思ったより過ごしやすそうです。市の周り、防砂堤みたいなのありましたもんね」
「そうそう。あれないと住めたもんじゃないからね」
言って、リクはシャツの胸元をはためかせた。
殻島もワイシャツの袖ををたくし上げ、呟く。
「全体的に、問題はなさそうです。体感ですけど、関東の真夏よりは暑くない」
「『リカバーネット』があるからな」
リカバーネットとは、外惑星の拠点に必ず置かれる設備だ。そのはたらきは、外惑星における人間が生存可能な環境を醸成し、維持すること。
レラトーニやモシリス等の惑星は、酸素や水の存在など、人間の生存に可能な要素が認められたために、人類の移出先として決まった。しかし、それ以外にも人間が地球外惑星で暮らすにあたって障害となる要素が散見される。
宇宙から降り注ぐ放射線、紫外線などの有害物質。継続的な活動の困難が予想されるほどの地表温度。それらを排するのが『リカバーネット』だ。
もとはペダン星から供与された技術から編み上げたこの新技術は、設置場所を中心として超広大なドーム状の電磁バリアを発生させる。その境界では、宇宙線の大部分は弾かれ、同時に外部の温度も和らげる働きをしている。バリアは居住区だけでなく、S4が行動する調査地も覆っており、隊員にも危険はない。
平たく言えば、人工のオゾン層のようなものだ。
「ペダン星人様々ですねえ」
「本当にな」
もとは、数百年前に人類が別の惑星へと進む計画が成立したのもペダン星人の助けがあってのことだ。まだ人類全員が地球に住んでおり、ウルトラマンがいた時代は破壊ロボットを用い地球を侵略しにかかっていたが、打って変わって地球人との協調路線を歩んだ数少ない星人である。
「考えてみりゃ、ペダン星人はなんで地球人なんかと交流してくれてんのかね」
リクが前触れもなく言った。陽が眩しいためか、細めた目が線のように細くなっている。
「地球とペダン星で交易みたいなことはしてましたよね。地球や外惑星で取れる資源は、ペダン星人に輸出してるものもありますけど」
「人類が地球に留まっていた時代に、わざわざ超合金ロボット連れて侵略に来る連中だぜ?今更地球の資源をありがたがるようには思えねえけどなあ」
「たしかに」
殻島は歩を緩め少し考える。
「……ペダン星人は共同体としての価値が欲しいんですかね?」
「共同体?」
リクはずっと風を送っていた襟元の手を止めた。
「たとえば、ペダン星人がどこか別の異星人から侵略されそうになってるとするじゃないですか」
「昔の地球みたいに?」
「そうです。そういう状況の時、自分の星が単一ではなく、友好な関係の惑星――同盟があると主張できれば、侵略側の異星人も手を出そうとはしなくなるんじゃないかな、と」
「地球はペダン星人にとっての同盟国、あるいは後ろ盾として機能するのか。国同士の勢力均衡が惑星間でも起こるイメージか」
「ええ」
自分で言った説ではあるものの、殻島は腑に落ちなかった。今しがたリクが言った「なぜ地球なのか」という問いがすぐに浮上するからだ。
人類はたしかに大きく進歩した。しかし、数百年前から圧倒的な科学力を誇ったペダン星人が仮に侵略の危機に陥ったとして、その際の寄る辺に地球を選ぶだろうか、とは正直思う。
「っと、変な話になっちゃったね。そろそろ駅だ」
気がつけば、駅に辿り着いていた。リカバーネットのおかげか、ゆっくり歩いていても意外と暑さには慣れる。
「日が落ちると気温もぐっと下がるから、体調管理は気をつけて。じゃ、詳しいことは明日から」
「ありがとうございました」
案内してくれたリクに会釈をし、構内へ向かう。その途中であることを思いだしぴたりと足を止めた。
「リクさんすいません!」
踵を返し、慌てて彼を呼ぶ。
その様子に、歩き出していたリクもびっくりした様子で振り返った。
「ど、どした?何か聞いときたいことあった?」
「あ……いや、仕事に関することとは別なんですけど」
殻島はリクに近づく。危ない、決して忘れてはならない質問事項だった。
「惑星イメルに知り合いの方っていませんか?2ヶ月前の墜落事故のこと、ちょっと調べているんですけど」
殻島の入る足奈賀市の公舎は、駅からも職場の防衛支局からも近く、いい立地だった。指定の一室に入る。中には既に、レラトーニの部屋からまとめた荷物の可変式ストレージボックスが置かれている。
荷をほどきながら、殻島はリクの返答を思い出していた。
「知り合いがいるにはいるが、事故についてめぼしい情報は特にないな」
リクのその答えに、殻島は違和感を覚えた。まるでその知り合いに聞かなくても、情報がないことをわかっているような言い方だった。そのことについてやんわりと尋ねると、リクは頬を掻いた。
「実は、前に同じようなことをS4隊員から聞かれたんだ。墜落事故のことを知りたい、誰か詳しいツテはないか、って」
同じようなことを聞かれた。それはすなわち、湖田が行方不明になった墜落事故について、自分と同様に関心がある者の存在を意味している。一体どんな人だろうか。
航行機に乗っていた人数は50余名。事故の全貌をより詳しく知りたいと思う者は、当事者やその家族、遺族を含めれば膨大な数になる。リクに情報を求めた人物が湖田について知りたがっている可能性は低い。
それでも。唯一の行方不明者という扱いに奇妙さを覚えた者がいるかもしれない。湖田を探そうという者がいるかもしれない。それだけで、少し心強かった。