「お疲れさん」
足奈賀市防衛支局内の食堂。そこの入り口で、大きく浮かぶメニュー表を眺めていた殻島は、リクから声を掛けられた。
「どうも、お疲れ様です」
リクとは今日、この食堂で合流する予定だった。
モシリスに来て3週間ほどが経っている。殻島はここ最近、日常業務に加え、『作戦行動補佐』の研修を受けている。それもそろそろ一区切りつきそうで、今日の午後は今後作戦を共にするS4隊員達と挨拶だけ行う予定となっていた。リクもそこに同行してもらうので、ひとまず食堂に集合となっている。
メニューの吟味に戻る。じりじりと優柔不断を発揮する殻島に、リクは表の端を指さした。
「ツインテール天丼、おすすめだよ」
指の延長線上には、黄金色の衣にタレがかかった丼のホログラム写真があった。
ツインテールとは、ここでは髪型のことではない。外惑星に出現する怪獣のことを指す。奇妙なことに、発見当初、その怪獣の肉がえびの味に似ていると話題になったのだ。適切な処置を行えば人体にも無害ということで、現在は珍味としてその地位を確立している。
「ツインテん丼っすか。今年入って食べてないなぁ」
「外惑星のは美味いよ。それに値段も安い。地球でも食えるけど、輸送費とか品質管理の手間が大幅に省けるからね。身は新鮮だよ」
たしかに、ツインテールは外惑星にしか現れないのだから、地球で食すよりも流通ルートが少ないに決まっている。大学時代住んでいたあたりだと確実に1000円を超えたが、ここではワンコイン+αくらいで購入できる。
リクの「奢るよ」という言葉も相まって、ツインテール天丼に決めた。気前のいい人だ。
注文後、リクは食堂のテーブルに腰を下ろしてスマホを取り出した。
「そういえば、イメルの事故についてだけど」
3週間前の顔合わせをした日、事故についてリクに尋ねた時は、特に言えることはないという返答だった。が、それから彼は、また新しい情報はないか一通り知り合いに聞いてみると約束してくれた。殻島は重ねて礼を言い、別れたのだった。
「ど、どうなりました?新しい情報とか」
抑えたつもりだが、どうしても声に期待が宿ってしまう。
リクの首は、横に振られた。
「特になし。悪いね」
やはりというべきか、進展はなかった。以前、彼があるS4隊員に事故について尋ねられた時も同様だったそうだが、捜索や調査はそこから足踏みの状態ということか。
「ニュースとかで報道されてる内容が全部かな。もちろん、実際にイメルで調べてる人はそれ以上の情報を持ってるかもしれないけど、秘匿義務があるんなら言わないだろうし、俺も訊けないさ」
「ですよね。すいません、無理言って」
「いやいや」
リクは自身の定食に付いていた味噌汁を一口すすって続ける。そして、「そういえば」と思い出したように上を向いた。
「前に事故について俺に聞いてきた子、今日会う部隊の隊員だった気がする」
殻島は目を見開いた。
「マジすか」
「マジマジ。歳もけっこう君と近いんじゃないかな」
嬉しさが胸に押し寄せた。以前覚えた心強さが、意外と近くにある。事故について悩み、考えている人がいる。自分と似た立場の者がいたという安堵。同時に、それが思いがけなく近いところであり、驚きもあった。
リクが殻島のプレートに箸を向ける。
「ほら、食いな。天丼冷めるよ」
「あ、そうですね。いただきます」
とにかくは腹ごしらえだ。殻島は箸を手に取り、大きな天丼を持ち上げ、ふわりとした衣にかぶりついた。これは――。
「どう?」
「リピート確定ですね」
昼食後、殻島はリクに連れられ、勤務先の足奈賀市内にあるS4基地に足を運んだ。正面のゲートに電子職員証をあてて通過する。先を歩くリクに付き従い、エレベーターに入った。リクが3階の表示に指で触れた。
「ちょっと緊張してる?」
気を利かせたリクが話しかけてくれる。
「前も言ってたけど、殻島くんはまだ2ヶ月くらいしか仕事してないもんね。やっぱ急だった?」
「いえ。大丈夫です」
率直な気持ちだった。
「窓口にはS4隊員の人がわりとよく来ますし、作戦行動補佐の研修でもたまにこの基地に来るので。まあ、慣れました」
「そっか。ならよかった」
リクは納得したが、他にも気を張らずにいられる理由があった。
レラトーニで、S4隊員とよくやりとりをしたからだ。入ってすぐの4月当初は、基地に入る機会もまれで、若干の緊張を伴っていた。それが少しずつほぐれていったのは、経験の他に、ハルや関や雪町が自分によくしてくれたからだった。わからないことは聞けば教えてくれたし、ためになる話もあった。短い間だったが、彼女らと過ごさなければ、作戦行動補佐の依頼も断っていたかもしれない。
「今日会う部隊の方って、どんな人達ですか?」
図々しいかもしれないが、願わくば、温厚な人達がいい。
「みんな優しいよ。部隊としても優秀な戦績だし。ただ、ちょっと癖が強いかな」
「く、癖」
その内容を尋ねたかったが、エレベーターが着いてしまった。
「ここだよ、もう入ってるはず」
出て2室目の作戦室の前でリクが止まる。顔を上げると『第28作戦室』の文字があった。S4では一つの任務に一つの作戦室をあてがうため、基地に置かれる部屋の数は非常に多い。学校の教室に既視感を感じるが、一部屋の大きさは広くない。オペレーターと隊員、あとは補佐がいるかいないかであるため、5~6人ほどが集まれる空間だ。
ドアの前に立つ。白地に透き通る青いラインの走る自動ドアが左右に開かれた。
中を見渡す。正面には大きなモニターが、開いた三面鏡のように設置されている。それに対置して3つの椅子。その手前には、待合室然とした簡素なテーブルと椅子が置かれ、S4隊員らしき3名が座っていた。
「お疲れっす」
リクが片手を上げると、3人がこちらを向いた。男が1人。女が2人。
最も年上に見える男の眼が殻島に動き、それからリクに戻った。
「お疲れさん、リク。その人は――」
「ええ、局の人っす」
リクは一歩下がった。相対的に、殻島が前に出る形になる。リクの手の平が、自己紹介を促した。
「初めまして。足奈賀市防衛支局、総務部任務課の殻島勇玖です。よろしくお願いします」
背後でリクの「うん」という声が聞こえた。
「彼が殻島くんね。今後、たまに
リクの補足を受け、男の隊員が殻島の前に立った。身長は殻島より低いが、肩や足に筋肉質の膨らみがある。厳めしい部分のある顔つきと、ツンと立った短髪。しかし、先ほどの声だけで、柔和な人柄であることは察せられた。
「初めまして。この隊の隊長を務めている、
やはり優しい声だった。野笠は右手を差し出す。
「よろしくお願いします」
殻島は握手に応えた。手が力強く握られる。
離そう、と思ったところで、野笠が「あ、よろしくついでに」と片手でスマホを取り出した。
「見てくださいこの写真!可愛いでしょう!」
画面が殻島に向けられる。そこには、長い髪の女性が小さな女の子を抱っこする写真が写っていた。
「俺の妻と娘です!どうですか!」
口調からは穏和さの一切が削ぎ落とされ、興奮一色となっていた。
――握手したまま?
困惑を繕った、自分でも変だとわかる笑みで「そうですね~」と同意する。肝心の画面も、野笠が自分で見ては殻島に向けるということを高速で繰り返すため、可愛いかどうかがわからない。せめてちゃんと見せてくれ。
「特に娘はね、あとちょっとで4歳の誕生日でもう……!目に入れても鼻に入れても痛くな」
「――野笠」
女性隊員のうち一人が、野笠の頭に軽く手刀を落とす。なるほど、この辺が癖の正体か。
「手離しなさい、びっくりしとるやん」
「……はっ!」
ようやく気づいたのか、申し訳なさそうな表情で手を離す。チョップをした関西弁の女性が野笠を押しのけ、同様に手を出した。
「うちの隊長が失礼したね。私は隊員の
握手に応じた。女性にしてはかなり背が高い。野笠とそう変わらないのではないか。髪が長く、後ろで一つにまとまった三つ編みが凜々しい。
彼女は手を離すと、斜め後ろを翻った。
「ほな最後、
唯と呼ばれたもう一人の女性隊員は、伏せ気味だった顔を上げ、殻島を見た。
この場にいる誰よりも若いと、すぐにわかった。顔立ちにはわずかに幼さが残り、男性でも違和感のない短い前髪が左右に流れている。長いまつ毛を被った大きな瞳、立った鼻と真一文字に結んだ唇。総じて、かなり整っている方だ。
「……
「よろしく――」
右手を出しかけて、止める。彼女の手は下がったまま。握手の意向は全くないと体現している。
「――お願いします」
手は情けなく空を切り、代わりに会釈で挨拶を済ませた。前の2人に比べ、歓迎のムードはかなり薄い。
浦菱の目が、じっと殻島を見つめる。己のまつ毛を眺めるような、半分閉じた鋭い眼。
値踏みされている。そう感じた。
「よし」
リクがパンと手を叩いて締めた。
「殻島くんはもうちょい後から作戦行動補佐に入るから、今日はひとまずお別れかな。野笠さん、この後は」
「第3調査地で採取任務だ」
「オッケー。殻島くんの方は」
「えっと、今日は任務課で通常業務です」
「じゃあまた局の方戻るのか」
「はい」
一区切りがついた。リクはそのまま野笠部隊のオペレーションに入るため、殻島だけがここで離脱する。
「今後とも、よろしくお願いします」
出際に再度会釈をした。野笠達は手を振ってくれたが、浦菱だけは首をこくりと動かしただけだった。
ドアが閉じるのを見届けて一度息をつく。概ね、特に不安を感じる人はいなかった。
しかし、最後の浦菱だけが気がかりだ。リクに墜落事故について尋ねた隊員は自分と同い年くらいだったそうだ。野笠も篠山もやや年上といったところだろう。該当するのは浦菱しかいない。彼女の雰囲気は、ひいき目に見ても友好的とはいえなかった。初対面の距離感とはまた違った、ぴりっとした空気。
(何か、がっかりされるようなことしたかな)
あわよくば墜落事故について訊こうと思っていたが、少なくとも、今日ではなさそうだ。
「もう、唯。もうちょっと愛想よくせんと」
殻島がいなくなった作戦室で、篠山が苦笑しながら浦菱の肩を叩いた。野笠も頷いている。
「そうだぞー、いずれ彼は俺達と一緒に作戦を共にするんだ。チームワークは必須だろう」
「でも、野笠隊長この前は『俺達のやることは変わらない』って言ってたじゃないですか。私これ素なんで。わざわざ態度を工夫してやる必要、ないと思いますけど。」
浦菱は先輩二人の糾弾に口を尖らせる。
「だいたい、何でうちらの部隊なんですか。今まで3人と、リクさんとか他のオペレーターさんで事足りてたでしょう。見ず知らずの5人目を入れたら、部隊の作戦が崩れかねない」
「事足りてたからこそ、殻島くんは配属されたんじゃないかな」
答えたのは、モニターを見ていたリクだ。
「野笠部隊、けっこう優秀だからさ。新人を入れてもそれまでの経験で任務を回せるんじゃないかって上は考えたんだと思うよ」
浦菱は出かかった舌打ちを、なんとかため息に変換した。
信頼、といえば聞こえはいいが、要はお荷物かもしれない存在を抱えさせられただけではないのか。野笠部隊ならお荷物があっても何とかなるだろうという、信頼。
あの殻島という局員は有能だとしても、はっきり言ってイレギュラーなのだ。それまでの作戦に変更が生じるのはストレスだし、危険の源にもなる。もっとも、先ほど見た感じ極めて普通の職員で、有能も無能もなさそうな印象だったが。
「リク」
呼んだのは野笠だ。
「このタイミングってことは、あの殻島さんって人、レッドキングの襲撃があったレラトーニの市から異動になったのか」
「はい、そう言ってました」
おお、と反応したのは篠山だ。
「ほら野笠、私の言ったとおりやん、新人君来てくれたで?」
してやったりという表情の篠山。
「もしかしたら、本当にレッドキングを倒した人って可能性も……」
以前、レッドキングを倒した本人が足奈賀市に来るかもしれないと、少し話題になったのを思い出した。が、尊敬する篠山を前にしても、浦菱には一つ言いたいことがある。
「篠山さん、さっきの人がレッドキングを一人で倒すように見えますか……?」
篠山は視線を上に向け、思案する。そして、あっけないほどすぐに結論を出した。
「見えん」
「ですよね」
その会話にやはり野笠は呆れ、リクは笑った。
リクは少し面に笑みが残る顔で「でも浦菱ちゃん」と呼んだ。
「殻島くんね、君と同じことを訊いてきたよ」
心臓が跳ねる。
「同じこと、っていうのは」
「イメルの墜落事故のこと。何か知りたいことがあるんじゃないかな。君と同じように」
「…………え?」
君と同じように。その響きが胸に小さな波を立たせる。
目的が一致するというのか。ふた月前の事故の真相解明。そして同時に、淡い希望。もしかしたら、万に一つの可能性なのは承知しているが――。
どうか彼も、