S4基地内の廊下を殻島は歩いていた。向かう先は、第24作戦室。
野笠部隊の面々と顔を合わせてから、1週間が経過していた。胸にある緊張はその時よりも大きく、踏み出す歩幅が小さくなっている。
今日は、初めての作戦行動補佐だ。
殻島は1週間で残りの学習を済ませ、補佐における最低限の知識を獲得した。そして今日、いよいよ本番というわけだ。野笠部隊は13時30分より、モシリスの市外地で小型怪獣討伐任務に当たる。作戦中の彼らと繋がる作戦室の椅子に、殻島は座るのだ。
当然、主なサポートにはリクがあたる。殻島の職務はあくまで補助的だ。かといって、責任は軽いものではない。調査地は人の手が及ばぬいわば危険地帯。そこで戦う彼らの安全は、作戦室の面々に関わっているのだ。活動環境や怪獣の感知と報告、生体反応に目を光らせ、情報共有、非常時にはエスケープの操作など、隊員達の命綱的役割を担う。
そう思うと、汗が滲んでくる。屋内の冷房は効いているはずなのに。
作戦室に入ると、ただ一人リクがいた。
「やあ、久しぶり」
「お久しぶりです。……隊員の皆さんは?」
「もう転送ゲートの方に向かったよ。今は装備を整えてる頃かな」
「……俺、遅れました?」
身を固くする殻島に、リクは穏和な顔で首を横に振る。
「全然間に合ってるよ。今日はよろしくね」
殻島は胸をなで下ろし、3つあるモニターのうち、一番左のものに対置する椅子に座った。
野笠達が遂行するミッションの内容はバッチリ頭に入っているが、一応確認を行う。
『小型共生怪獣アネモス』の討伐。目標討伐数は20体。アネモスとは、全長1.5~2.5メートルの、芋虫のような怪獣だ。チューブのような体を伸縮させて移動。雑食で近づけば人間にも敵意を示す。
大型怪獣ならともかく、市外地の小型怪獣は、少なくとも外惑星に住む人々にとって大きな害はない。小さな怪獣が、人類居住区域の外縁にある砲台をくぐり抜ける可能性は万に一つもないためだ。では、なぜわざわざ倒すのか。
それは、人類の居住区域拡大を図るためだ。今人々が住んでいる地域も、当然もともとは何もなく、怪獣が跋扈していた。その地域を制圧して、今の市ができあがっているというわけだ。さらなる面積、さらなる資源を得るには、市外地で調査を行い、人類に危害を加える怪獣を始末しなければならない。日頃のS4の討伐ミッションは、そのために作られている。他、調査の邪魔になりそうな怪獣の存在が、ドローン探査等で判明した場合にも、討伐ミッションが作られることもある。
画面を眺めていると、イヤホンが声を通した。
『――こちら野笠部隊、隊長の野笠だ。これより、任務遂行のため、モシリス第4調査地への転送を願う』
低い声だった。任務に対する気合いが感じ取れる。
リクがカーソルを操作し、『通話』という表示の下、『応答』のところに触れる。
「こちら作戦室、了解。装備品の確認を行う」
リクはそこで切り、横目で殻島を見た。
そうだ、局員の作戦行動補佐がいる場合、装備品の確認はその局員が行う。殻島は短く息を吸い、通話を繋げた。
「えー……装備の確認、を行います。各自武器とアーマーの記章を読み取り、ドライバーで報告してください」
作戦に出る前に、武器と防具がちゃんと認証されたものであるかを聞く。それを通話機能で報告させることにより、ドライバーの作動確認も兼ねている。
『野笠、問題ありません』
『篠山、問題ないです』
『浦菱もです』
完了の言葉を受けて、殻島は次の確認に入る。
「アイテムも行います。ヒールキット、APリカバー、アンチヒートの所持を確認してください」
間を置き、全員から支障なしの声がかかったのを確認。作戦室の話者は再度リクに移る。
「了解。これより転送を行う。各自、そのまま動かぬよう」
リクが操るカーソルが、モニターの『転送』の表示の上に乗る。
「転送まで、5秒、4、3、2、1…………報告を」
『――こちら野笠、全員転送完了』
野笠の声が届いた瞬間、中央のモニターが切り替わる。画面が3つにわかれ、それぞれで隊員の視点となるカメラが起動する。作戦室は、この映像から状況を把握する。
「カラシマクン……」
小声で名を呼ばれる。隣のリクからだ。
はっと気づき、自分が述べるべき口上を思い出した。転送が終わった時点で、隊員に対し言わなければならないことがあるのだった。
「す、すみません。現在時刻13時39分、惑星時間、昼。えっと――」
視界の端で、画面に刻まれる情報を捉えた。
「ミッション内容、小型共生怪獣アネモスの討伐、警戒度2。気温、摂氏38度。エスケープ転送不可領域まで現在地から700メートル」
自分が言った内容を頭の中で巻き戻す。大丈夫、全てを伝え終えた。
「では、ご武運を」
「ご武運を」
リクと殻島のその言葉で、最初の作戦室の伝達事項は終わった。
――一区切り。
口から細く、しかし多量の息を吐き出す。息を止めていた気分だった。
「俺、間違えたところとかありました?」
おそるおそるリクに尋ねる。リクはモニターを見つめたまま、しかしいつも通りの優しい声で「いいや」と否定した。
「十分言えてた。初めてにしちゃ上々よ」
安堵が胸に満ちる。その反面で安堵に身を委ねてはいけないと自分を省みた。
「でも、任務はこれからですもんね。気を抜いちゃいけないな」
「そうだね。まあ、殻島くんはきちんと市外地の環境を確認しててよ。こっからはどっちかというと俺の仕事が多い」
リクはやはり視線を逸らさない。横から見る黒目は忙しく動くが、姿勢はぴくりとも崩さない。強い集中を感じた。
と、思ったが、おもむろにリクが動いた。
「まあ、そう心配しないで。俺は慣れたもんだし、それに――」
わざわざ集中を解いてこちらを見る。信頼してくれ。そう瞳で語っているようだった。
「あの人達は、強い」
――――――――――――――――――――
転送の際に生じる青白い光が前をかすめる。途端に暑さに包囲され、浦菱は顔をしかめた。景色はゲートルームから一変、青空の下、砂漠と岩山を交互に連ねる風景へと切り替わった。人の手が加えられていない、惑星モシリスのありのままの景色だ。
殻島の不慣れな口上を聞き終わった瞬間、浦菱は腰のベルトからライターのような小さい容器を引き抜いた。その上部についた蓋を開けると、中に入った水色の液体を飲み込んだ。野笠と篠山も同様にしている。
飲んで一分もすると、体からすうっと熱が引いていく。皮膚の表面を涼やかな風が流れるような感覚。発汗も緩やかになり、明らかに飲む前よりも動きやすくなった。
「……うん、でもやっぱまずい」
飲んだのは『アンチヒート』という薬液だ。高温の惑星で活動するS4隊員のために開発されたため、抗暑剤(アンチヒート)。服用することで、体感する暑さを和らげ、隊員の熱中症や機能低下を防止する。適切な放熱も促すため、涼しいが汗は適度に出る。
「よし、いくぞ」
野笠が任務時の張りのある声で指揮をした。
そのまま、数分歩く。テレポートした地点の近くは、人が住む地と近いということもあり、オアシスからの傍流を目にすることもあったが、進むにつれて砂や岩、地球のサボテンにも似た棘のある植物など、剥き出しの自然が目につくようになる。
『――エスケープ不可能領域に入りました。注意してください』
再度、殻島からの通話が入った。
(殻島……)
浦菱は1週間前のことを思い出していた。急遽野笠部隊の応援に入った、元レラトーニ配属の職員。彼は、浦菱が個人的に調べている事件――湖田永晴が行方不明になった墜落事故について、情報を求めているという。
(何でだろう……。墜落した航行機に、知り合いがいたとか?)
そういうことなら、是非とも情報を共有したい。しかし、初対面の時、作戦行動補佐に入ると聞き、彼の能力をいぶかるような目で見てしまった。その上でこちらから話しかけるのは、虫がよすぎるかもしれない。
それはそれとして、初めて舞台に立った役者のような今日の口上を聞く限り、やはりこの隊のサポートとして入れたメリットはなさそうだったが。
(でもやっぱり気になる。リクさんに聞いたってことは、やっぱりS4関係者からの協力を求めてるってことか)
「――ゅい」
(もしかしたら、あいつも湖田先輩について……。いや、その可能性は低いかな)
「唯、ゆーい!」
篠山に呼ばれていた。顔を上げると、彼女は自前の武器であるライフル銃を、背のホルダーから外していた。
「来てんで。唯もボードに乗っときな」
忠告を受け、背負っていた巨大な板を地面に下ろし、足を置く。ブラックを基調とした奇妙なその板は反応し、底部から空気が噴き出した。S4管轄の特殊武器、ボードだ。
篠山の前には、やはり武器である巨大なハンマーを手にした野笠。そしてさらにその先の砂地には、極太のホースに見えるモノが2本、うぞうぞと伸び縮みしていた。
――アネモスだ。
ホースで言えば、側面の部分が茶褐色。切り口の部分にはそれよりやや明るみを帯びた色の牙が、円周を取り囲んでびっしりと並んでいる。そして、ホースの噴出口にあたる部分は閉じられている。やはり、そこが口なのだ。花のつぼみに似たその口は、わずかに起伏を繰り返す。獲物を咥えれば、強力な食いつきで飲み込んでしまうのだろう。
野笠が、わずかにハンマーを後ろに引く。
「前のヤツは俺がやる。2人は周囲を警戒!」
言うが早いか、駆け出した。2体のうち、手前にいた個体は敵の接近を感じ取り、バネのような動きで野笠に飛びかかった。
それに合わせ、野笠は右後方に引いたハンマーを握り込む。
ハンマーというと工具を思い浮かべるが、S4で用いられるそれはまぐれもなく兵器。形は工具の金槌に似ているが、比較すると柄が細く、打撃部である頭部は大きい。重い軸を、黒の硬質な金属でカバーしてある。
「ふんッッ!」
S4が管理する武器の中でも極めて重量級の得物が、野笠によって勢いよく左に振るわれた。
上から飛びかかるアネモスの側面にヒット、面白いほど遠くまで吹っ飛ばされた。アネモスはその生体上、曲がりやすく折れにくい骨を持っているが、野笠の攻撃の前では関係ない。バキバキに砕けているのは吹っ飛び方でわかる。その後も、飛びかかったもう一体を、今度は左から返したハンマーで屠り去った。
いつも通りの野笠に感心する篠山。その左横から、またアネモスが2体。
篠山は左足を軸に体を捻る。両手に抱えるは、ライフル。
ライフルとはいうが、性能的にはショットガンに近い。通常有する連射性をハンドガンに譲り、代わりにライフルは一発一発が強力な弾を断続的に撃ち出す。
引き金を2度、3度と引く。這い寄るアネモスに、遠距離武器の利を一方的に浴びせた。被弾するごとに血液が飛び、牙が剥がれ、皮膚がめくれた。
手前の1体は4発で絶命。その犠牲を利用して、奥にいたアネモスが地面から跳ぶ。
「堪忍」
上から降るアネモスに、篠山は射線を合わせる。そしてトリガーを引き込み、その状態で維持。そうすると、ライフルの砲口に多量のエネルギーが充填されていく。エネルギーの弾は膨らみ、光り、破裂の一歩手前だ。その状態になったところで、ようやく引き金から指を外す。弾は真っ直ぐに放たれ、すぐそばにまで迫っていたアネモスの体で爆散した。
アームと類似のチャージショット。もろに食らったアネモスは、バナナの皮を剥くように四方に分かれて破裂した。
「うえぇ」
緑色の血液が雨となって降る。その惨状に、篠山はヘルムの下で目を細めた。
浦菱にも、やはりアネモスが接近していた。数は3体。
尺取り虫のような動きだが、その巨体もあって速い。だが、浦菱からすればあくびが出る。足の細かな体重移動で、底部に加えかかとの方向にある噴出口からの推進。
一気に前に進む。風を切る感覚を全身に受け、浦菱はまず上半身を、その勢いで下半身を、という順序で右に捻る。捻りがボードにまで伝わったのと同時に、左側面の
あとはそのまま。回転による斬撃がアネモスの体をざっくりと割った。向きを調節し、奥の2体も同じように切り裂く。血と内臓が、切断面からあふれ出た。
――唯がアネモス倒す時って、魚の内臓出す時に似てる。
以前篠山が、下処理ロボットが魚を捌く動画を見ながら言ったのを思い出す。それ以来、姿焼きの魚はあまり箸が進まない。
ボードを操作して停止。顔を上げると、既に一仕事終えていた篠山がサムズアップを向けた。
「ナイス速攻。今日も冴えてるねえ」
ストレートに褒めてくれる篠山が好きだ。
「流石浦菱。期待の若手」
手の甲で汗を拭った野笠も、微笑んでいる。野笠もなんだかんだ言って好きだ。
この2人が好きだ。これ以上のチームはないとさえ思う。S4は約3~5年で部隊の編成が行われてしまう。野笠部隊に入ってまだ1年ほどしか経っていないのに、もう次の編成が怖い。それほどまでにこの2人は優しく、尊敬できるのだ。だから殻島の介入に拒否反応を示してしまったのかもしれない。
でも、彼とて急な話だったろう。見ず知らずの隊員に囲まれて、慣れぬ作戦行動補佐を受け持っている。
――野笠部隊は優秀だから。
リクの言葉が想起された。もっとゆとりのある対応でも良かったのかもしれない。ほんの少しだけ、そう省察した。
一行は場所を変えた。そこからさらに真っ直ぐ進み、大昔に河川が流れていた名残のある段丘に至る。そこで横道に逸れ、ビルに匹敵するごつごつとした大岩の一部、抜け穴のようになっているところに入っていった。
先頭に立つ野笠が、頭をかがめて穴を抜けた。
「ここは……」
その先は大きく開けていた。頭上にまで伸びる大岩はひさしになって途中で途切れ、恒星の光が天窓のように空いた部分から差し込んでいる。その光が落ちる場所は周囲より深くなっており、最も深い地点を中心に、すり鉢状の地形が形成されていた。
よく見ると、すり鉢状の斜面の砂は、徐々に徐々に中心へと流れているのがわかる。
『そこは流砂になっている。注意して』
リクからの通話が入る。
浦菱は息を飲んだ。自分たちは今、すり鉢の縁のあたりにいることになる。踏み出しただけで、抗いがたい砂の流れに飲み込まれてしまうのだ。
そしてその動揺を感じ取ったか、大穴に走る亀裂からアネモスが何匹もこぼれ落ちる。狙いは、既に野笠部隊に定められている。
「散開!」
野笠が声を張り上げた。それを受け、浦菱は2人と分かれ1人でアネモスの対処にかかる。
場所の危険はあるが、落ち着いて対処すれば大丈夫だ。浦菱は流砂を避けて移動し、アネモスを切り裂く。円形の流砂は小さい。対角線上に経っても、他の隊員は確認できる。浦菱はそう判断し、大きく迂回。
「ハアッ!」
先にいたもう1体の肢体を両断した。
「あれ」
「おう」
アネモスの亡骸の先には野笠がいた。どうやら、移動した彼と同様の位置まで来てしまっていたらしい。では、篠山はどこか。
見渡すと、流砂を円としてほぼ対象の位置。1時の方向で篠山がライフルを放っている。その横。大岩の細かな亀裂から除く無数の牙。隠れたアネモスが、身をよじっている。
高温のモシリスで、感じるはずのない悪寒が走った。
「篠山さんッ!」
忠告は、遅かった。亀裂から飛び出した1体のアネモスは、篠山の右肩に食らいついた。
「な!?」
ひっついたアネモスは比較的小型。だがしっかりと篠山のスーツに食らいついて離れない。
篠山はぶんぶんと上半身を揺らした。
「ほんっま……気色悪いなァもう!」
が、揺すっても落ちないと判断したか、左手でのみでアネモスに発砲。2発目が丁度真ん中にあたり、Uの次になって落ちた。
ひとまず危機は去った。が。
「篠山さんっ、足が、砂に!」
浦菱が叫ぶ。アネモスの奇襲でたたらを踏んだ瞬間に、篠山の両足は流砂に突っ込んでしまっていた。今はすでに、膝元まで埋もれている。ああなってしまっては、1人で抜けることは絶対に不可能だ。
「篠山!」
野笠も叫んだ。が、篠山は肩口から手を覗かせ、2人の慌てぶりをなだめる。
「……大丈夫。
篠山が首を捻る。
「たしか、そんなに深くは――」
2人を捉えた目が一瞬で見開かれた。
「後ろッ!」
今度は篠山が声を上げた。何のことだ、と思った時には、何か強い力で背を押されていた。
「え?」
「ぐわっ」
野笠も短い悲鳴。横を向くと、片手をついた野笠の背中に、大きなアネモスが牙を立てていた。
「ぐ……!?」
浦菱の背中にも何かが食い込む。見えないが、やはり自分も攻撃されているのだ。
(いや、それよりも)
浦菱が目線を下げる。自慢の得物、ボードは砂に埋もれて見えない。そしてブーツも、その黒い色が少しずつ砂に吸い込まれていた。
「まずい!」
野笠も、浦菱も、流砂に足を踏み入れてしまっていた。