怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第28話 ともに

 包帯が巻かれた左腕をさすりながら、殻島はドアを抜けた。アネモスに噛みつかれはしたが、出血などはない。グローブのおかげで、消化液でやけどするようなこともなく、包帯も大げさだと思えてしまうほどの軽傷だった。

 

 1時間ほど前、穴を登った4名はすぐに出口に辿り着いた。洞窟を抜けた先は、地面が岩崩れで覆われた地帯。ひどく歩きづらい場所だったが、そのでこぼこの地形ゆえかアネモスをはじめ他の小型怪獣も見当たらず、テレポート可能範囲までの距離も遠くなかった。一行は少し休んでから歩き出し、無事にエスケープで基地に帰投。地下空間でかなりの数を倒したため、目標討伐数もちゃっかり達成していた。

 

 誰も大きな怪我はなく、噛み付かれた殻島のみが念のため医務室の世話になった。痛みの確認がてら手首を捻って時計を確認する。17時23分。もう少しで終業時間だった。

 

 一言挨拶をしたかったが、皆もう帰っているだろうか。リクに確認を取ろうと、スマホを取り出した時のことだった。

 

「殻島くん」

 

 横から声がかかる。向くと、野笠が心配そうな顔をして立っていた。後ろには篠山と浦菱が、きまりの悪い表情で控えている。

 

「その腕」

 

 野笠が弱々しく左手元を指さす。

 

「大丈夫なのか」

 

「あ、これですか」

 

 殻島は涼しい顔をして手首をぷらぷらと振ってみせる。

 

「全然軽傷ですよ。包帯もいらないくらいで」

 

 それを聞き、野笠は心底ほっとしたような顔になる。対照に、包帯から視線を逸らしたのは篠山だった。

 

「ごめん、殻島」

 

 しかしやがて、まっすぐこちらを見据えて言う。

 

「そもそも私がアンチコールドを忘れんかったら来てもらう必要もなかったのに」

 

「俺もだ」

 

 野笠が口を挟んだ。

 

「今振り返れば、もっと安全な作戦で臨むべきだったかもしれない。戦闘未経験の君がいる中で、あんな囮のような――」

 

「そんな。大丈夫ですって」

 

 殻島は遮った。険しい顔から放たれる自戒の言葉は、たとえ必要な省察であっても、長く聞いていたいものではない。

 

「俺は無事ですし、皆さんも無事ですよね。だったら反省はもういいでしょう。俺だって、皆さんのサポートがあったからこそ生きて帰れたわけですし」

 

 殻島は3人の顔を眺める。たしかに自分は彼らを助けたのかもしれない。しかしその後は、確実に彼らに助けられた。彼らの作戦とサポートがなければアネモスに食われていた。そんな彼らに感謝こそすれ、自責してほしいなどとは思わない。

 

 野笠の上がっていた肩がすっと落ちた。

 

「そうか。……なら、ありがとうだな」

 

「せやね。ありがとう」

 

 篠山も続けて口にした。2人の表情が柔らかくなったのを見て、自分も自然と頬が緩む。

 

「ほら、唯」

 

 篠山が浦菱の肩を叩いた。

 

「あんたも」

 

 浦菱は終始無言だったが、先日のようなぴりついた視線はない。

 

「……ありがとう。……あと、手、怪我させてごめん」

 

 素直に感謝が述べられ、それで終わりだと思っていた。

 

「この後ってさ、時間ある?」

 

「…………え?」

 

「ゆっくり話したいな、と思って」

 

 思考が止まった。時間も止まっている気がした。

 野笠が訝しむ目線を浦菱に注いでいる。

 

「いや、そうじゃないだろ浦菱。それじゃまるでデートのさそ――」

 

「ほら野笠行かんと」

 

 言い終わらぬ野笠の背を、篠山が押して行く。にやにやとした表情をこらえきれぬまま。

 

「若い2人は残して、帰ろ帰ろ」

 

「いやでも」

 

「帰るッ!!!!」

 

「うるっせ」

 

 戸惑う野笠はしきりにこちらを振り返りながら通路の奥に押し出されていった。

 

 これはどういう状況なのか。自分は何に誘われているのか。

 

「どうなの?暇?」

 

 視線を下げると、先ほどとまったく変わらぬ表情の浦菱がいた。

 

 

 

 

 

 多分どこかの店に入るのだろう。殻島の予想は、下階に降りた時点で覆される。

 

「ここでいいよね」

 

 浦菱が提案したのは、基地1階にある資料閲覧ルームである。主にS4隊員が利用する、惑星や怪獣に関する資料の閲覧ができる、簡易的な図書館のような場所だ。

 

――まるでデート。

 

 野笠はそう言いかけていたがどうも違うようだ。残念ながら。

 

 2人掛けの席に座ると、「ちょっと待ってて」の浦菱が席を立つ。しばらくしてコーヒーが入ったカップ2つを持って戻り、1つを殻島の前に置いた。

 

「あ、悪い」

 

 浦菱は「いーえ」と言いながら、自身の左手首に巻いたMITTドライバーを机にはめ込まれたスキャナーに読み込ませる。ピピ、と鳴った音は認証の印だ。卓上にある、窓のサッシのような凹みから画面が浮かび上がる。

 

 現代において、資料室や図書館はどこもこうだ。紙誌は減り、電子が趨勢を占めたため、基本的にデータを自由に閲覧できる空間として独立しているのだ。無論、美術や行政文書など紙文化が残っている部分もあるが、S4の基地においては設立当初からほとんどが電子データで保管している。デバイスも備え付けだ。

 

「今日はさ」

 

 やにわに浦菱が口を開く。

 

「あんたに聞きたいことがあったの」

 

 画面を眺めていた目がこちらに向きを変えた。

 なぜ2人きりで。なぜこの場所で。浦菱の意図が以前掴めない。

 

「えっと、どのようなことを?」

 

 掴めないがゆえに、変に下手に出た聞き方になってしまった。胸中不安定な殻島を他所に、浦菱は顔色一つ変えない。

 そこから紡がれる言葉は、殻島に驚きを与える。

 

 

「あんた、今日以外にも怪獣と戦った経験があるでしょ」

 

 

 どきりとした。いや、と口を動かしたが、声が出ない。

 

 なぜバレた。以前たしかにゲスラ、レッドキングと戦ったことはあるが、モシリスに来てから誰にもそのことを話していない。当の戦闘に関して目撃者はいなかった。記事だって実名を隠してもらっている。バレる要素はないはずだ。

 

「今日の戦い、明らかに初心者じゃなかった」

 

「でも、銃めっちゃ外したし」

 

「腕前の問題じゃない。怪獣と戦うための心構えが早すぎた。それにアネモスに殴りかかった時……あれははっきり言っておかしい」

 

 浦菱が身を乗り出す。

 

「キモい怪獣だろうがなんだろうが、思いっきり殴るなんてこと、普通の人間は生き物に対してできない。それこそ、経験がないとね。あんたは人を殴るようなヤンキーにも、動物をいたぶるような異常者にも見えないし」

 

 彼女から目をそらす。たしかに、と思ってしまった。

 

 命の危機による咄嗟の行動、ということも相まっていたのだろうが、たしかにレラトーニでの経験がなければあそこまで動けなかったかもしれない。

 

 万事休すだ。

 

――万事休す?

 

 そもそも、なぜ怪獣と戦ったことを知られたくなかったのだろう。報道を控えめにするよう家南に頼んだのは、父親に戦ったことが知られ、心配されるのを避けたかったから。だが彼女は赤の他人だ。1人くらいに知られたところで、どうってことないじゃないか。

 

「……ああ、その通りだ」

 

 話してしまおう。今から弁明するのは苦しいし、なんとか黙ってもらうよう頼めばいい。

 

「俺は以前、レラトーニで――」

 

「やっぱり、あんた元S4隊員だよね……!」

 

 機先を制した浦菱の言葉は、的を外していた。

 

 違う。怪獣と戦ったことはあるが、S4じゃない。そう言うことが憚られた。なぜなら、彼女の眼は殻島が見たことのない期待の輝きを湛えていたからだ。

 

「思った通りだ。レラトーニって言ってたから、記事で見たレッドキングの討伐者かとも思ったんだけど、さすがにそれはないなって。でも今日の動きを見る限り、戦闘経験はありそうだったし」

 

 それはないな、なのか。おそらく自分のことを言っていたのに。

 

「いや、実は今言ってた――」

 

「S4から防衛局員に転向したクチかな。結構若く見えるけど、いくつくらい?何年S4隊員やってた?当時の知り合いで今惑星イメルの配属になってる人とか――」

 

「違うんだ」

 

 まくし立てる浦菱の前に両手の平を開いた。

 

「俺は、S4だったわけじゃない」

 

「……え?」

 

「でも、怪獣と戦ったことはある。今話に出た、レッドキングを倒したのは俺だよ。たまたまだったけど」

 

 正面の彼女は、呆けたように口を開いていた。

 

「歳は今年で23。4月に入庁したばかりだから、当然S4の経験もない」

 

 光っていた瞳が下に沈む。「そう」という力ない声が、落胆を示していた。

 なんともいたたまれない気持ちになった。

 

「なんかごめん。何を期待してたかわかんないけど」

 

「こっちこそ。今日は疲れただろうに」

 

 細い指が、先ほどまで見ていたであろう画面を操作していた。

 

「何でもないんだ。今日はもう上がりなよ」

 

 彼女の俯いた頭がディスプレイの向こうに隠れた時だった。何気なく会話を遡っていた殻島が、一つだけひっかかる。

 

「浦菱、俺にイメルのこと聞こうとしてた?」

 

 その問いかけにも、浦菱は「ああ」と生返事だ。

 

「ちょっと調べたいことがあるの。でも大したことじゃないから、忘れて――」

 

「墜落事故か?」

 

 彼女の頭が上がった。

 

「2ヶ月ちょっと前にあった、宇宙航行機の事故。イメルに墜落したってやつ。そのことじゃないか?」

 

 顔が再び向き合う。今度は向こうが瞠目する番だった。

 

「なんで、そうだと思うの」

 

「リクさんが話してた。部隊のひとりが例の事故について尋ねてきたって。お前じゃないのか」

 

 今日が波乱すぎて、そのことをすっかり忘れていた。彼女はおそらく、墜落事故を知る伝手を探っている人物だということを。

 

「あの事故の、何が気になってるんだ」

 

「行方不明の人」

 

 即答だった。

 

「あんたもニュース見てたら覚えてるでしょ。生存でも死亡でもなく、唯一行方不明扱いになってた人。私はその人のことを探したい」

 

 それが指し示す人物は、一人しかいない。

 

湖田永晴(コダナガハル)

 

 殻島が示した名前に、浦菱はまたも口を開けている。だがそれは先ほどの、呆然とした反応とは異なり、唇が震えていた。ブレーキをかけたまま前に進もうとしているようだった。

 

「まさか、あんたも」

 

「ああ」

 

 その震えを、殻島は正面から受け止める。いたのだ。ここにも一人。湖田の安否を気にかけている人が。彼を忘れられない人が。

 

「俺も探してる」

 

 その後で「いや」と首を傾けた。

 

「探してる、ってほどじゃないな。ただ、行方が気になってるってだけかもしれない」

 

「でも、初めて。同じ思いの人と実際に会うのは」

 

 ふっと、やわらかな笑みが広がった。ちゃんとした笑顔を初めて見た気がした。

 

「なんで湖田先輩を探してるの?」

 

「友達だった。小学生の頃、短い間だったけど。でも、いい奴で、何て言うか」

 

 思ったことを忠実に説明すると長そうで、それ以上に一途すぎると思われそうで恥ずかしかった。

 

「……うれしいことを言ってくれたんだ。本当に、今でも覚えているくらい。だから一言、その礼をしたい」

 

「そっか。いいね、なんか」

 

「そっちはどういう関係?」

 

 浦菱と湖田の接点は何だろう。歳は1歳下のため、先ほども先輩と言っていたが。

 

「関係、まあ関係ってほどじゃ」

 

 グラスの氷をストローで混ぜ始めた彼女は、明らかに瞬きの回数が多くなっていた。

 

「私もあんたと一緒で、親しかっただけで、いや親しかったってほどでもないかなァ年上だからあまり会う機会はなかったんだけど、でも先輩の話は面白いっていうか含蓄があるっていうか鋭いっていうか」

 

 浦菱はこちらを見ず、かつての記憶の中に視点を移している。頬に朱が差し始めたのを見て、殻島は察した。

 

 憧れ、好意、恋心。どれもはっきり口にしたら凄い勢いで否定されそうなので黙っていたが。墜落事故を知ってなお。彼女の中には湖田が焼きついているのだ。

 滔々と語る浦菱が途中ではっと止まった。

 

「ていうか殻島、リクさんから私のこと聞いてたなら、そう言えばよかったでしょ。私がわざわざ私が探りを入れることもなかったじゃない」

 

「忘れてたんだよ。そっちこそ、リクさんから俺のこと聞いてなかったのか」

 

「……聞いてた。けど、事故のことにはあまり触れたくなかったの。あの事故、亡くなった人もたくさんいたし」

 

 殻島ははっとした。それを見て浦菱はグラスを強く握る。

 

「乗客の約半数が亡くなってる。リクさんから、『殻島がイメルの事故について僕に尋ねてきた』とは言われたけど、だとしたら殻島は遺族の人の可能性があった。それなら、私とは気持ちが違う。私の方から、事故については直球で触れるのはやめとこうと思ってて」

 

――当時の知り合いで今惑星イメルの配属になってる人とか。

 

 先刻の彼女の言葉を思い出した。殻島が元S4隊員であり、遺族として事故を追っている身だった場合、せめて彼女は殻島本人ではなく知り合いつてで湖田のことを調べようとしていたのだろう。

 

 外惑星の事故というのは、軽微なものか凄惨なものかに分けられる。今回のイメルのように半数が生き残るという、言い方によっては中途半端な被害は珍しい。そして、宇宙という広大すぎる空間で「行方不明」と表された彼は、湖田永晴は。

 

「……生きてると思うか?」

 

「思う」

 

 浦菱は、これも即答した。

 

「そう思ってなきゃ、調べたりなんかしない」

 

「だよな。俺も、なぜかあいつが死んだとは思えない。思いたくないだけかもしれないけど」

 

「いいよ、それでも」

 

 浦菱は右手を差し出していた。

 

「最初会った時握手しなくてごめん。これから、よろしく」

 

「気にしてねえよ」

 

 その手に答えると、今日脱出時の道で引き上げられたときと同じ、力強い感触が伝わってくる。ひどく長い、遠大な距離の先にあるゴールに向かって、追い風が吹いたような思いだった。

 

「……ん?ちょっと待って」

 

 手を離した浦菱が思索にふける。

 

「さっき、レッドキングを倒したってあんた言った?」

 

「言ったけど」

 

「取材された人?」

 

「あぁ、されたされた」

 

「じゃあその……マジで?ほんとにレッドキング倒したの?」

 

「うん」

 

「…………うっそだぁ」

 

「は?」

 

 なんと、直に問い詰めた浦菱に疑われた。

 

「いやマジだから。そりゃ他の隊員の功績もでかいけど討伐したのは俺だから」

 

「見えねえ~。全然ヒョロいじゃんあんた」

 

「そっちから聞いてきたのにその反応……凹みますよ大いに」

 

「いや本当に見えないんだもん!なんであんたが倒せたのよ」

 

 なんで。そう聞かれたとき、最奥に近い場所の記憶がフラッシュバックする。幼い、湖田と会ったときよりもさらに遡る記憶。自分は硬い床に倒れ込んでいた。

 

 血の味。熱を帯びる腫れ。感覚のない手足。首と背中の汗。

 痛み。渇き。こぼれた涙の水分すら惜しくて――

 

「殻島~?」

 

 浦菱の声で現実に引き戻される。

 

「どったの」

 

「あぁ、別に。なんで怪獣を倒せたのかだっけ?」

 

「おお」

 

「ずばり、センス」

 

 浦菱の反応を窺う。ぽかんと口を開けて、一言。

 

「……何言ってんのあんた」

 

 ぷっと吹き出す。浦菱もそれにつられて笑い出した。よかった。

 

 

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――――――――――――――――――

 

 

「見ぃ野笠、唯、殻島と握手してるよ……!」

 

 壁際の席に座る殻島と浦菱。柱を挟んで2人から遠い位置に篠山と野笠は座っていた。篠山は安い帽子を、野笠は安い眼鏡を装着し、気持ちばかりの変装をしている。

 

「唯が殻島を誘ったときはどうなるかと思ったけど……やっぱりこういうことだったんやな~!」

 

「ん、そだな」

 

 興奮が皮膚を破って突き出そうな篠山に対し、対面の野笠は早く帰りたいという素振りを隠さない。

 

「何やその生返事。愛する後輩が交際相手ゲットよ。もっと喜ばんと」

 

「いや、握手って交際より契約って感じしないか。まず場所が資料閲覧フロアだし」

 

「いや!あの2人は運命!唯のツンデレな愛情を殻島が受け止めたって感じやろ!」

 

「バレるから声落とそうな」

 

 篠山のストーリーはもはや妄想の域に至っている。どう考えても勘違いだと野笠は思うが、浦菱が可愛い後輩であることに違いはない。彼女の進展は篠山にとっても嬉しいのだろう。

 

 ただテンションが高いのは扱いに困る。こいつ本当にしらふか。変装グッズも彼女から手渡され、言われるがまま装着したが、よく考えたらなんでこんな物持ってるんだ。

 

「はあ」

 

 帰らせて。その言葉が何度も喉まで上ってくる。でも興奮気味の篠山は聞かないだろう。エネルギーを注入するつもりで、妻と娘が映る待ち受けを眺めた。

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