怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第3話 責任なんて

 電車に揺られながら、殻島勇玖(カラシマイサク)は宇宙航行機の行方不明者、湖田永晴(コダナガハル)についてぼんやりと記憶の中を探っていた。

 小学校の同級生。勇玖は関東の大学に通っているが、生まれ育ちは別の県だ。地元の同じ小学校に、湖田は確かに通っていた。年齢も自分と同じ、同学年だったので見覚えがあるのだ。

 

「懐かし~……」

 

 あまり細緻なことまで覚えていないが、湖田とはよく話をしていた。物静かだが暗い性格ではなく、どこか大人びた雰囲気があった。比較的仲もよかった方だが、話すようになったのは6年生から。そして、たしかその年で急に転校してしまった。だから関係があった期間は短く、転校後もどこで何をしているか知らないままだ。

 

(そもそも、あいつとどうして仲良くなったんだっけ)

 

 無事でいてほしいとは思っている。だがその思いは、よくある不幸なニュースで流れる名も知らない被害者への痛心とさほど変わらないのかもしれない。

 そんなことを考える内に、自宅マンションに着いた。階を上がり、自分の部屋のドアを開ける。出迎えてくれたのは叔父だった。

 

「あ、おかえり」

 

「ただいま、叔父さん。ごめんね遅くなっちゃって」

 

 勇玖はいそいそ手の平を合わせた。

 

「大丈夫だよ。兄貴も別に介護が必要ってわけじゃないんだ。大した苦労じゃないさ」

 

「親父の身体の方は?」

 

「大丈夫。何ともないよ」

 

 わかった、と返し勇玖は居間を抜け、寝室へ通じる引き戸を開けた。

 

「おう勇玖、おかえり!」

 

 ベッドから上半身を起こした状態で元気よく挨拶をしたのは殻島の父、(ミノル)だった。

 

「悪いな親父、遅くなっちまった」

 

「もう門限を気にする年でもねえだろう」

 

 言って、穰は豪快に笑った。その威勢の良さが不思議なほど、身体は痩せ細っている。約半年前、彼を襲った事故が彼の肉体をそうさせてしまったのだ。現状やっと歩けるようにまではなったが、全快までは程遠い。

 

 あの出来事さえなければ。勇玖は枯れ木が衣服を纏ったような父の姿から目を逸らした

 

 

 

 殻島穰。半年前まで、彼はS4の隊員だった。外惑星の生態系や環境の調査、そこで人類に仇成す生物の討伐などの任務を遂行する。実質的には国防、もっと砕いて言えば公務員だった。

 

 敵対生物との交戦、それは直接の命を賭けた戦いだ。相当の危険が伴うことは言うに及ばない。が、穰含むほとんどのS4隊員から死者や怪我人が出ることは稀であった。

 理由としては、その星に住む人間が脅かされるほどの怪獣が出現する頻度が高くないからである。移住先となる条件はざっくり2つ。1つは人類が活動できる環境であること。2もう1つはそこに生息する敵性生物、いわゆる『怪獣』が、人類の力で排除可能なくらいには少ないということである。移住当初、各国が目星を付けた場所に置いて怪獣の掃討を行い領土が確立された。そこからさらに支配領域を拡大した現代では、人類の存続を危ぶませるほどの脅威はなく、残っている怪獣の警戒と防衛に徹している。「怪獣対人類の戦争」というよりも「居住区に侵攻しないための防衛」、あるいは「新たな居住地開拓のため最低限の交戦」という認識に近く、上位隊員以外は危険こそあれ、死に瀕するということはあり得なかった。

 

『殻島隊長の息子さん……勇玖君ですか!?お父さんが――』

 

 あり得ないはずだった。昨年8月末、穰の派遣惑星だった火山の活動が活発な灼熱の星『アペヌイ』で、謎の猛毒怪獣が出現。それも日本の管轄居住区域内、すなわち移住後に建設された、民間人も暮らす土地にだ。その怪獣は神経系、呼吸器系等に深刻な影響を与える毒ガスを散布する特性を持っていた。奇襲めいたその行動とデータの少なさから在アペヌイS4部隊は対応が遅れ、死者が出る事態にまでなる。穰も命に別状はないものの、毒素が身体の内部に浸透。回復には地球の集中的な医療措置を受ける必要があり、S4の任務も当然休職だ。

 

 地球に戻り3ヶ月は入院。そこからリハビリを兼ねて勇玖と生活するようになった。とはいえ、当時殻島が住んでいた部屋では狭かったため、短期で広い部屋を借り、叔父にも助けてもらいながら暮らしていた。

 

 

 

 ベッドの隣の椅子に腰掛ける。傍ら置かれた小さなテーブルの上には、薄ピンク色の防塵マスクのようなものが置かれている。

「ちゃんと今日の分飲んだ?」

「おう。つっても、あんま効いてる気がしねえんだよなコレ」

「お医者様を信じなさいよ」

 薄ピンクのマスクは薬品だ。体内に残存する毒素を中和し呼吸・代謝機能を元に戻すために毎日処方された医薬フィルターを替えながら欠かさず服用している。逆に言えば、服用を止めただけで身体は死の淵に逆戻りすることとなるのだ。これでも透析を処方されなかったのは奇跡だと医者に言われた。

 

 勇玖がレラトーニに発った後は、叔父夫婦が住む富山でリハビリに専念する予定だという。身の回りのことはある程度こなせるほどにはなっているが、何から何まで便宜を図ってくれる叔父には頭が上がらない。

 

「おいどうしたよ、暗い顔して」

 

 穰が訊く。

 

「今にもため息つきそうじゃねえか」

 

「いや……悪いな、と思って」

 

 穰の方を向くと、軽い口調ながら心配してくれているのだとわかった。

 

「俺の就職先が地球だったら親父も、叔父さんと叔母さんの生活も楽だったろうになって」

 

 ほぼ寝たきりプラス通院をしばらく続けねばならない父を置いて、自分は外惑星へ勤めに出る。その負い目があった。

 

「なぁに言ってんだ。もともと防衛局は目指してたんじゃねえのか」

 

「それは……親父がいたからだ」

 

 家南の言った通りなのだ。叔父のいる地球で暮らした勇玖とは離れ、父は外惑星でS4隊員として働いていた。幼少期は父の不在に寂しさを覚えていた分、就職先は地球外惑星に行き、父の仕事をバックアップしたかった。防衛局――殻島の就職先にはS4のバックアップ分野がある。それを目指して勉強していた。それなのに。

 

 父は怪獣災害で地球に逆戻り。合格が決まって間もないことだった。

 父と一緒に働きたかった。一緒に過ごした期間が短かったからか、それを伝えたときも気恥ずかしさはなかった。思いを共有していたからこそ、むなしさが募る。

 

 穰は照れくさそうに笑った。

 

「まあ、息子の志望動機になれたってのは父親として嬉しいけどよ。俺以外にも、お前の働きを必要としてるやつは一杯いるよ」

 

「わかってるよ。ちゃんとやる。でも」

 

 むなしさと、もう一つ。

 

「外惑星の仕事ってのは、やっぱり不安だよ」

 

「レラトーニ配属だろ?あそこは過ごしやすくていいぞ」

 

「いや、環境は別にいいんだけどさ。やっぱ責任重大って言うか」

 

 背もたれに体重を預けて、仕事に関する不安を吐露した。父を前にして、というより、30年以上公共に資する職務を経験したベテランを前にしたためか、勇玖の口は自然と動いてしまう。

 

「仕事ってのはその職務と、一緒に責任が乗っかってくるだろ。おまけに俺は外惑星の地方防衛局(ちぼう)だから、S4と連携して怪獣討伐任務のバックアップをする、ってのは親父も知ってるよな。そんな、場合によっては人々の命がかかってるような場面に新米の俺が放り出されて、仕事と責任に囲まれて、って考えると、どうもな」

 

 地球にある防衛局と外惑星にある防衛局は大きく役割が異なる。外惑星では防衛省の活動においてS4の調査・討伐の比重が大きいため、防衛局が補佐的な立ち位置に回ることもしばしばだ。だからこそ己の責任感が重く問われている気がしてならない。

 

 そんな勇玖に、穰は「へえ」と、どこ吹く風だ。

 

「堅っ苦しいことで悩んじまって。そんなもん、始まってから考えりゃいいだろ。案ずるより産むが易しだ」

 

「楽観的だなあ。若者はそういうことで鬱屈としたりすんだよ」

 

 実際、所属先に関する不安はあった。外惑星勤務に関する制度や業務内容はこれから学んでいく部分が多い。そしてそれ以上に、レラトーニで働くことの意欲を挫かれた自分は周りより低いのではという疑念がある。

 

「周りは俺よりも外惑星で働きたいって想いが真っ直ぐで、人を守るって使命も責任感も当たり前みたいに持ってる。きちんと自分の成すべきことをこなす。それなのに俺みたいな半端な奴が迷惑かけるんじゃねえかって。いやマイナス思考っていったらそれまでだけど」

 

 語調が尻すぼみになり、一旦押し黙る。何か言ってくれることを期待して再度父に視線を戻した。

 穰は、何とも呆けた表情をしていた。だが次の瞬間、「プッ」とこらえていた笑いが静寂を破った。

 

「ハハハハハハ!アーッハハハハハハハハハハッ!ひぃー!くかかか……!」

 

「おい、笑いすぎだろ」

 

「は?全然笑ってないぞ」

 

「無理があるだろ」

 

 目尻に涙すら浮かばせていた穰を見て、勇玖は苛立ちと困惑が半々の気持ちになった。

 

「いやぁ。何を言い出すかと思えば。使命だの責任感だの随分格好いいが、一つ大事なことを教える」

 

 爆笑から勝ち誇った笑みに変わった穰は、人差し指を立てた。

 

「S4や防衛局員に限らず、使命感や責任感なんてあってもなくてもいいのさ」

 

「……は?」

 

 呆気に取られる勇玖を置いて続ける。

 

「現代人が働く理由は責任感を感じてるからじゃねえ。金が貰えるからだ。そこに責任感があってもなくても関係ないだろ。仕事だけこなしとけば食っていけるんだよ」

 

 極論のようなことを淡々と述べるので、勇玖は持論を呈する。

 

「仕事をこなせばいいって簡単に言うけどよ、責任感もない半端なやつじゃ自分に割り振られた仕事も満足にできなくなっちまうだろ」

 

社会人としてその職務を遂行するには、やはり責任感というのは必須だろうというのが勇玖の主張だ。

だがそれに対し、穰は意外にも「そう、その通りだよ!」と強く肯定した。

 

「要は責任感・使命感ってのは、自分の業務を捌くため、金をもらうための手段なんだ。責任感もって仕事をする。だから滞りなく仕事が進む。だから給料が貰える。良循環だな」

 

 自分が抱いている責任感の視点とは大きく異なり、勇玖は少々唖然とする。自身の中に一つ揺るがぬ意志や遵守事項のようなものがなければ任務などこなせないのではないか。なかんずく人々の命を守るS4という組織において責任感は必須だろう。

 

「勇玖、お前は責任感を持つこと自体が目的だと思ってる節があるな」

 

「別に悪い事じゃなくねぇ?」

 

「採用が決まっただけで職種に一切触れてないお前が、いきなり責任感を持つなんてどだい無理な話だよ」

 

 これには少し納得した。配属も決まっておらず右も左もわからない状態で「自分は責任感が欠如しているのかも」などと悩むのはたしかに徒労かも知れない。

 

「適当でいいんだよ適当で。金ほしいとか美味いもん食いたいとか、そういう願いを設定すれば責任感ってのはあとからついてくる」

 

 やはり少々めちゃくちゃな理論だと思う。確かに稼ぐ手段として仕事は存在するが、それだけではないだろう。父の言葉で言う『責任感』とは、モチベーションに近いのではないか。

 そう考えてしまうのは、自分がまだ子どもだからだろうか。

 

「お前が10歳若けりゃこんなこと言わないが、あいにく新社会人様なもんでな。世間はお前みたいに格好いい言葉が好きだからよ。大人の欲望や欲望を叶える原動力を責任感って聞こえよく言い換える」

 

 本音と建前。社会で多用される暗黙のルールは、勇玖が思うよりずっと登場する場面が多いらしい。

 

「でもな、俺は少なくともそれでいいと思ってるんだ」

 

 大人の見せたくない部分を述懐してから、今度はフォローに移った。

 

「何のために仕事をしようが、求められるのはそれをきちんとこなすことただ一つだ。そのための責任感や使命感が純粋に職務に対する思いじゃなかったとしても、与えられた任務をこなせればいいだろ。そうやって地球は回ってんだよ」

 

 穰は少し姿勢を正した。身体を90度に曲げてベッドの背もたれに背を預けると、目線は勇玖より僅かに高くなる。

 

「だからよ。必要以上のモンを背負おうとするな。はじめのうちはやるべきことだけキチッとこなして、やんなくてもいいことは他の奴に任せとけ。お前の責任はお前が決めろ。気楽にやりゃいいさ」

 

 その語調は、先ほどまでの浮薄な雰囲気を残しながらも真剣な重みがあった。

 その声を聞いて、向き直った穰の顔を見て、勇玖は顔を伏せた。

 

――じゃあ、なんで。

 

 勇玖は父に訊きたかった。責めたかった。『必要以上のモン』を背負わなければ、あんたは今も元気でいられたんじゃないかと。『必要以上のモン』を抱えたせいで、あんたは死にかけたんじゃないかと。

 

 




4話から1章分(15~20話くらいまで予定)は3日おきの投稿になります。

次回は31日の19:00公開予定です。
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