未確認飛行物体。UFOとも呼ばれるそれは、外星人たち共通の星間飛行機だった。20世紀より地球に飛来し侵略を企てた異星人は、どれもこの言葉で表される物体に乗り、人類に宣戦布告をけしかけた。
代表的なものでいえば、バルタン星人やゼットン星人。クール星人などだ。
湖田は被害に遭った宇宙航行機の中で、そのUFOを見たという。
「……は?じゃあ」
「宇宙航行機は、敵性意思をもつ外星人に攻撃された可能性がある」
そんなバカな。語気を強めてしまいそうになり、手を口に当てた。
事故原因は侵略攻撃によるもの。その説もないわけではなかった。しかし、墜落した機体を調べてみたところ、明らかにエンジン部分に損傷があった。電磁ホールの損傷。それは宇宙で推進力を保つための操作に耐えきれず破損したことを示している。エンジン部分を星人に狙われ、ビーム兵器などで攻撃されたという可能性も考えられたが、それではエンジン部分のみを狙う意味がない。大抵の異星人は地球人を凌駕する科学力・宇宙探査技術を持つ。地球の航行機を討ち果たしたいのなら、エンジンに限らず機体のどこにでも光線を撃ち込めばそれだけで爆散する。航行中にコントロールを失い墜落した、という実際の状況にはならないだろう。
「湖田が見間違えたんじゃねえのか」
「……事実、八十川さんも安生さんも、飛行円盤なんて見えなかったって。でも不可解な点はまだある」
浦菱が人差し指を立てた。
「安生さんたちがある取調官と話していた時、さっきの『湖田がUFOを見たと言っていた』って話をしたらしいの。そしたら、その取調官が『報告と違う』って困惑したらしくて」
「……悪い、よくわかんねえ」
「取調官も、聴取の前に墜落後の状況なんかを調べるでしょ。その時調査班から受けた報告の一部に、湖田先輩ら3人が残した録音音声があった」
機体の墜落後、なんとか無事だった八十川、安生、そして湖田は、現状の記録と最悪の場合の遺言を記す目的でスマートフォンに録音を行ったらしい。湖田の「UFOが見えた」発言はその時に聞いたのだと。
「『八十川さんと安生さんの記憶』では、たしかにその録音部分に湖田先輩の発言が録音されてる。でも、『その取調官がもらった報告書』は、録音部分の会話内容を文字起こししたもののはずなのに、UFOに関する発言はなかったことになってる」
「……2人がそう言ったのか」
浦菱がゆっくり頷いた。
殻島は頭の中で時系列を組んだ。宇宙航行機が墜落し、崩壊した機体の中で3人は録音を行った。その後内2名、八十川と安生は救助され、原因究明や身元確認などの事故調査が行われる。八十川もたちも調査の一環で事情聴取に協力する。
その際、2人は録音の内容にあった、「UFOが見えた」という湖田の発言を語った。しかし、それを聞いた取調官は報告と違うと困惑する。報告書では、湖田のそんな発言は存在しない、と。調べは隅から隅まで行き渡るもの。本来であれば、情報端末内の些細な発言も記されているはずなのに。
その後2人はSNSを拠点に活動するが、ほどなくして急な削除措置により中断を余儀なくされる。
新たに浮上した話が特に気がかりだ。湖田の発言、そして取調官が受けた報告と異なっている点だろう。
今回の事故調査のプロセスとしては、まずは墜落した機体を
ところが、取調官へ送られたその内容は事実――少なくとも、八十川らの記憶では――と異なる。調査官→取調官の移行で生じた齟齬。
――いや、これは。
捏造。その言葉が浮かんできた。
「なあ浦菱。これって」
おそるおそる彼女を見ると、彼女も同じことを考えているように見える。
「たしかに、繋がるのよ。事故原因は実は敵星人による攻撃で、理由はわからないけどそういうことにしたくない調査官が捏造した報告書を取調官らに送った。そこに気づきかけた八十川さんと安生さんは、SNS活動で触れ回りかねない。だからその前にアカウントを削除するために、調査官はSNS運営に圧力をかけて、実際消された……」
1本の線が通る。
「いや、でもなァ……」
口元にあった手が、今度は自分の髪を鷲づかみにする。「言いたいことはわかるわ」と浦菱もため息をついた。
「まあ、無理矢理すぎるよね」
通った線は、あまりにか細い。
そもそも、湖田の「UFOを見た」発言が他の生存者からないため、見間違いである可能性が高い。それに、先ほど捏造疑惑が浮かんだが、同じ調査組織内における調査官から取調官の報告を捏造する意味がわからない。今の段階ではこじつけもいいところだ。
「とりあえず、これをあんたに話しておきたかった。昼間話したとき、あんたはきちんと事故のことを調べてくれてるってわかったから」
浦菱はコーラで喉を潤し、じっとこちらを見つめた。
「話したとおり、きな臭い話も出てきてるし一筋縄じゃいかなそう。野笠さんと篠山さん、それからリクさんに協力を持ちかけなかったのはこれが理由。ただでさえ怪しいのに、湖田先輩と縁もゆかりもない人を巻き込みたくない」
まあちょっと話を聞くことはあったけど、とばつが悪そうに付け加える。
彼女は感じているのだろう。湖田永晴の行方不明、その原因となった墜落事故。おそらくこの背後には、何かがある。
「正直、無理かもって思い始めてる」
浦菱は椅子の横で足を組んだ。
「事故がどうして起きたかってだけでも不明なのに、その裏にまた何か秘密があるかもしれない。それはとんでもないことかもしれないし、秘密なんて私たちの勘違いかもしれないけど、でも……どうにも、霧の中を彷徨ってる気分なんだ」
頭を抱える。彼女の涼やかな目が隠れた。
「昼間話してた通り、これだけ時間が経って原因不明のままなのは珍しい……。それに、湖田先輩に関する情報だってなんにも出ない。……わかってる。もう死んでる可能性がすごく高いって」
どう声をかけていいかわからなかった。無意味に名を呼ぼうとしたところで、がばりと浦菱の顔が上がった。
「でも殻島!あんたは、あんたにならわかるよね。湖田先輩が死んでないって思いたい気持ちが」
浦菱の目は潤んでいたが、死線は泳がずこちらを見定めていた。その姿に、ほとんど一人で湖田を案じ続けていた心細さを感じ取る。
彼女の言った「死んでないと思いたい気持ち」。それを胸に抱え続けることが、どれだけ寂しいか。「死んでないという確信」がないから、できるのはその気持ちにしがみつくことだけ。細々とした希望しか選択肢がない状況に浦菱は呻吟していたのだ。
「ああ。もちろんだ」
だったらせめて寄り添いたい。殻島はそう思った。俺もお前と同じだと。
「浦菱。お前、俺に対する警告のつもりだったんだろ。墜落事故の背後には何かある。だから相応の覚悟を持てよ、って」
涙が引っ込むと同時に唇が曲がった。図星らしい。
「……ありがとうな」
彼女は事故について、野笠や篠山、リクには共に探ってくれとは言っていない。一方で、殻島には協力しようと話をした。目的が一致するからという理由で湖田の捜索に引き込んだと同時に、何か不穏なことに巻き込んでしまうことの負い目に近いものを感じたのだろうか。
殻島がこの件から退くと言えば、彼女は引き留めることなく了承してくれたのかもしれない。了承して、また一人で手がかりを探すのだろう。
でも、それはさせられない。させたくない。
「俺もできることを探すよ。つっても、ほとんどないだろうけど」
それを聞くと、浦菱は肩をすくめて笑った。それこそ霧の中で目印を見つけたような、穏やかな安堵を表情に湛えていた。
殻島が思わず吹き出す。
「浦菱さぁ、最初は無愛想だと思ったけど、ていうか実際無愛想寄りだけど、湖田を探すことになると途端に感情爆発するよな」
顎を少し上げ、煽るように見る。視線の先で浦菱が焦る顔をしていた。
「お前、湖田のこと好きだろ」
「はあ!?」
ばんとテーブルを叩く。突き出した顔は、わかりやすく赤に染まっていた。
「図星じゃん」
「いや、ちがうし。私はただ昔お世話になったっていうか、思い入れの深い人っていうか……。つまりただの先輩!それでちょっと気になっただけであって、恋愛感情なんてこれっぽっちも」
「恋愛とは一言も言ってねぇんだけど」
「クッ……!」
顔の紅潮を自分でも理解したのか、テーブルに突っ伏して表情を隠す。が、隠れていない耳も真っ赤だった。
なんだか申し訳なくなり、「いや、いいと思うよ」と救いを差し伸べる。
「浦菱がずっと湖田を想い続けてたから、今こうして事故について調べたりとか行動を起こしたりしてるわけで。そのおかげで、俺も同じ気持ちの――湖田のことを気に掛けているお前と意気投合することができたわけだから」
基地で話したときのことを思い出す。湖田永晴の名前に強く反応した彼女の顔。言葉。握手したときの手の力強さ。そのどれもが頼もしかった。
「だから俺は、お前の気持ちを大切なものだと思うよ。……理解もするしな。あいつイケメンだったし」
あくまで小学校の時の話だが。行方不明のニュースや記事には顔写真もなかったから、今はどうかわからない。ただ、何か人を惹きつける大人びた魅力は確実にあった。
浦菱がのそりと動く。机に接した腕から、目だけを覗かせた。
「……応援は?」
「は?」
「仮に湖田先輩が無事で……また会えたとして、その……。この気持ちが成就することへの、応援っていうのは」
「あぁそういうこと。楽観的だなお前……」
「いいじゃない別に。私はいつか湖田先輩に会えるって疑ってない。だから、ちょっとくらいもしもの話しても」
「うん。まあ、しといてやるよ、応援」
「…………アリガトゴザイマス」
殻島はまた吹き出す。
初めて礼儀正しくされたな。別にいいけど。
浦菱は「よし」と呟いて身を起こすと、注文ディスプレイに手を伸ばす。生ビールの箇所をタップし、数量は2、3、4と増えていく。
「……頼みすぎじゃね?そんな飲めるの?」
「あんたに飲んでもらう用よ。恥ずいこと喋ったから、酔って全部忘れてもらう」
「いやそれより前の話を忘れちゃったら困るだろ」
「それはちゃんと叩き込んどいて」
「えぇ」
みるみるジョッキが流れてくるため、しばらくはその処理に追われた。
殻島は酔い、浦菱も酔い、話はだらだらと希望的な方向へ進んでいく。そして一つ、約束をした。もし、先ほどの言葉通り本当に湖田が生きていて、見つかって、また会うことができたら。その時は「おかえり」と言って迎えてあげようと。他にいい言葉を探してもうまく当てはまらないから。あえて日常的なその言葉で迎えよう。そう約束した。
楽観的で呆れるような話になってしまった。でももしかしたら、そんな話を誰かとしたかったのかもしれない。
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メモ
元レラトーニ県夜蛍市長
以下は、レラトーニ県警夜蛍署の捜査機関が、汚職罪および横領罪ならびに身柄を拘束され、その後殺人教唆も組み込まれた羽村鎮男被疑者の供述調書を作成する目的で行った質問と、その回答を簡易的にまとめたメモ記録である。
・何をしたのか
水道局の局長および浄水部の上層職員ほか数名と共謀し、夜蛍中央処理場(夜蛍駅前の地域における排水を集約)の処理が終わっていない排水を一部調査地に搬出し、河川に垂れ流した。また、国から支給される水道事業支援金を一部横領した。
←水道局側のウラ取りはほぼ終わってる
・どういった経緯で行われたか
事前ライン整備(土地整備・開発・安全維持のためにおこわなれる部分的なライフライン確保作業)によって通っていた地下水道を汚水パイプとして活用し、川に流した。
未熟処理の下水を搬出した調査地は、もとよりレラトーニの日本領拡大候補地に上がっていた。しかし、別の地区が居住区開発として決定してしまい、事前ライン整備によって確保したインフラが手すきになったため、表向きは現状維持を保ち、自分たちの利益を図れる垂れ流しに至った。汚水を流した地域には定期的に元S4隊員の職員を遣わせ、異常の確認をしてもらっていた。
ゲスラの出現は変異によるもので未然に防げなかった。
←現時点で垂れ流しとの因果関係調査中(でもおそらく確定)
・なぜ行為に至ったか
当初から井塚と共謀し、開発用に通された水道を利用するつもりだった。前市長が居住地拡大を標榜していたが、井塚のレポートで開発を阻止できれば、市民間の拡大への熱は冷め、反動で現状維持・向上に傾くのではないかとも考えていた。
・横領した金は何に使ったか
協力者(水道局側、およびS4のオペレーター4名)と分け合った。
・自分の懐に入った分は何に使ったか
(黙秘)
←この質問だけだんまり
起訴の可能性大
補足情報
・横領によって利益を獲得した時期と同じタイミングで、羽村は翠要建託に地下シェルターの建設を依頼していた
・話はかなりまとまっており、既にローンを組む計画もできていた
・依頼内容は、翠要建託が提供するものの中で最高品質のものを予定していた。
同社の営業担当者の話
「街の地下に造られている公営の避難空間よりもはるかに堅牢な作り。怪獣が現れるようになって以降地球でも外惑星でも地下シェルターを導入する家は増えてきているが、このランクを購入する顧客はかなり少ない」
↓
意味不明
羽村は何に備えてた??