「……よし」
「ハルさん、準備はいいですか。私は途中で
「ま、任せてください
「伝えるときは照れずにはっきりと、ですよ」
「心得てます。私だってやるときゃやりますよ、そりゃもう……あ、やべ関来た――」
――――――――――
飲み会から数日が経っていた。殻島は自室でネクタイを締め身支度を済ませる。
今日は午後に作戦行動補佐がある。例によって野笠部隊のバックアップになるため、浦菱と久々に顔を合わせることになるだろう。
――あんたがやるべきことの定義を、そのために動くスイッチをちゃんと……作ってほしい。
浦菱に課された宿題は、いまだ答えが出ていない。そもそも、彼女の話を聞くまで自身の行動原理の不確かさに向き合ってこなかったのだ。なかなか局に向かえないのはそれが理由だろう。彼女と会うことが、どうにも憂鬱だ。
まだ時間には余裕がある。そう思いベッドに腰掛けた時、スマホの着信音が響いた。画面を見ると、意外なことにハルからの電話だった。
「もしもし」
『もしもしー!今大丈夫?』
モシリスに来た後もハルとは何度か連絡を取り合っている。とはいえ二人とも外惑星住で地球時間の偏差が異なる関係上、あまり長い時間話せていなかったが。
「ああ、10分くらいなら」
『ならよかった』
『殻さんお久です!』
スピーカーの向こうから、ハルとは別の声が聞こえた。
「もしかして、関さん?」
ハルと同部隊の隊員、関だった。続けて『ご無沙汰しています』と隊長である雪町の声もする。
『そ。みんな一緒よ。レラトーニ(こっち)は今昼休憩でこれからミッションだからね。殻島、今映像繋げても大丈夫?』
「おお。いいぞ別に」
承諾すると、スマホの画面から上の空間に向かって光が投影され、空中ディスプレイが展開する。画面の中は、作戦室だろうか。雪町部隊の3人が椅子に座り、昼食らしきプレートを囲んでいる。
『どう?映ってる』
「ちゃんと映ってるよ。そっちは最近任務どう?」
雑に話題を振ると、『どうっていってもねぇ~』と頭を手の平に預けた。
『特になんもないわよ。隊員と局員の異動があって、警戒度は上がったけど、幸か不幸か恐れてた怪獣災害みたいなのは一切起こんないわ』
「幸だろ。なんもないのが一番だよ」
『殻島の方はどうなの?モシリスで作戦行動補佐やってんでしょ?』
その言葉に関と雪町の2人が『おお~』と驚嘆する。あまり新人に任される業務ではないからだろう。
「いや、ほんとにちょっとだけですよ。一部隊限定で」
『でもあんた、その部隊のトラブルでこの前調査地まで引っ張り出されたんでしょ。全くまた心配かけて』
アネモスの件だ。ハルには以前話していたが、関と雪町は初耳だったようで『えぇ~』と驚きを重ねる。関は完全に箸を止めていた。
『殻さんほんと前線に駆り出されますよね。やっぱS4なっといた方がよかったんじゃないすか』
『もうそういう星の下に生まれついたとしか思えません』
明け透けに続けたのは意外にも雪町だった。なんだその戦士みたいな評価は。
「なんすか。皆して好き放題言うために電話かけたんすか?」
『いやや、今日はあんたに見せたい写真があってね』
ハルが画面端を操作し、やがて一枚の写真データが送られてくる。それを開き、殻島はぎょっとした。
「これ……
写真に写っていたのは、レラトーニの惑星統括長官、谷神。レラトーニS4の全権を握るに等しい彼の隣に、なぜか雪町部隊の3人が収まっていた。ハルと関などピースサインを作っている。
「なんで長官とハル達が一緒に写真とってんだよ」
『いや、レッドキング襲撃の後、繋がりができたからさ。ちょっと仲良くなって』
「仲良くって……」
以前谷神は、病室にいた殻島の元を尋ね、丁寧に礼まで述べてくれた。その場に関と雪町が居合わせたため、たしかに繋がりがあるにはあるのだが。
写真の谷神は気を利かせて笑みを作っているが、やはり物言わぬ圧というか、威風堂々の佇まいだ。ニカッと笑ってピースしている2人など、場違いを通り越してやや不敬にすら見えてしまう。
「んふふなんだこの集まり……」
そして、その不均衡がどこかツボだ。この写真はきちんと保存しておこう。
『あ、そうそう。谷神長官あんたのこと褒めてたわよ』
「……え、俺!?」
急に話題が自分になった。しかも褒めていたなどと。
「長官が俺の何を褒めんだよ。レッドキングの件か」
『いや、その前。ゲスラを倒したことについてよ』
「あ、そっちね」
レッドキングの侵攻が激動過ぎて忘れがちだが、羽村市長の汚水流出によるゲスラ出現もたしかに危険だった。それを回避したのは殻島だったが、谷神には知られていたか。
『あの一件で一個変わったことがあってね。羽村が汚水を流した土地って、もともとは新しい居住地開発のための候補に挙がってたのよ』
「ああ。それは聞いてる」
『でも、突然変異でゲスラ出現なんて事件が起きちゃったじゃない。『暫定候補地』みたいな曖昧な区分作っておくと、管理しづらくてまた似たような事件が起きかねないって話がS4でもレラトーニの本庁でも出たらしいの』
少し話の先が読めて気がした。
「なるほど。じゃあ、今候補になってる土地ってのは開発の検討を一旦中止って感じか?」
『その逆。現状で候補のところはガンガン調査して、開発に繋げるって』
「えぇ!?」
が、殻島の予想は真逆だった。
「大丈夫かよ、そんな一気にやって」
『人の手を行き渡らせれば管理もしやすいじゃない。今レラトーニのS4は人員が豊富だから調査討伐は進めやすいしね』
関が『死にかけた俺らからしたらちょい複雑っすけどね』とぼやいてスプーンを口に運ぶ。
『でも、言うなればそのきっかけを作ったのは殻さんですね』
「ええ~……」
きっかけといわれると急に重いものが肩にのしかかる。勘弁してほしい。というか、それで言ったらきっかけは羽村の方ではないのか。
「いや、羽村でしょ羽村!きっかけなら全部あのバカ市長に押しつけたい気持ちですよ!」
吹っ切れた物言いに、画面内で哄笑が弾けた。
『でも、谷神長官はそのことであんたを褒めてたのよ』
「へ?」
『レラトーニって医療に役立つ植物とかがいっぱいあるでしょ。例えば、調査過程で難病を治せるような有効成分が見つかったら、きっかけになったあんたの功績ってことにもなるでしょ』
「いや、うーん……無理矢理過ぎな気も」
『さて』
雪町が箸を置く。
『私は自販機に向かいます。関さん、行きましょう』
『え?俺いいっす』
『行きましょう』
なぜだかわからないが、強引に関を誘う。
『さあ立って』
『いや俺飲み物いらないですって。神林誘えばいいじゃないっすか』
『……奢りますから』
『あっ行きます行きます』
連れ立って部屋を出て行く。画面にはハルが一人残された。
「雪町さんなんか様子おかしくなかった?」
『え、そ、そーそかなぁ?』
ハルの挙動もどこかぎこちなく、以前空港で別れた際の様子と似ている。
「で、でも久しぶりだよね、こうやってあんたと二人で話すの」
「いやちょいちょい電話はしてるけど……まあ顔つき合わせてって意味じゃたしかに。そう考えると不思議な感じだな。別の星にいるのにこうして会話ができるって」
惑星間の超遠距離通信は可能になっている。コロニー宇宙船『あさひ』に日本が進出した複数の外惑星を繋ぐ電波基地局を搭載しており、明瞭な画像や音声が共有できる。
『アシルに通信基地があるおかげよね』
「いや、アシルは地球と外惑星の間を繋いでるだけで、俺達の会話には関係ないんじゃ」
地球と外惑星間においても中継惑星『アシル』のレーザー通信装置を用いての交信が可能だ。
アシルに地球人はほとんど住んでいない。アシルは人類が発見する前から複数種の異星人による自治と管理が行われていた特異な星であり、日本はその一部を「間借り」しているような認識だ。ペダン星やメトロン星など、友好協定を結んだ外星人いがいにも、こうした星間交流は存在する。
多くの異星人種族が入り乱れており、一般の地球人が住む余裕はないため施設が置かれている。その施設の管理を行っているのは総務省の情報通信関係部局や、内閣外惑星開発戦略本部あたりで、こうしたはたらきのおかげで文字通り天文学的な距離の通信ができている。
と、ここまでをS4隊員のハルならばわかっているはずなのだが。先ほどは適当に相槌を打ったように見える。
『あ、そっかそっか、はは』
「お前なんかうわの空って感じだぞ。大丈夫か」
『私は大丈夫よ!問題なし!問題あるのはあんた!』
「また俺!?」
『危なっかしいところあるんだから。人の心配してる暇があったら自分を大切にしなさいよ』
「発言が親すぎる」
親。咄嗟に出た言葉に口の中が苦くなる。
『ああそれと、さっき谷神隊長が褒めてったって話、無理矢理に思えるってあんたは言ったけど、ちゃんと自分の評価として捉えときなさい』
ハルは微笑みながらもまじめな顔でこちらを見た。
『谷神さん言ってたわよ。「殻島くんが救ったのは君たちの命だけでなく、これから何千何万という数になるかもしれない。いつか、本当に苦しんでいる誰かを救うかもしれない」って』
谷神の威厳を真似てか、ハルは胸を反らせて語る。谷神がそう言ってくれたのだとしたら、大変嬉しいことだ。
しかし、その評価はどうにも実感できなかった。そもそも、現在まで治療法が見つかっていない疾患を治癒するものなど、ホイホイあるとは思えない。あまりに絵空事すぎた。
『まあ、なによ、そんな功績のあるあんたを労いたい的な思いが私にもありますゆえ……その、どこか空いてる日などは』
「ありがとな、ハル」
小声で喋っていたハルの口が止まる。何を言わんとしていたかは不明だが、遮ってしまい申し訳なくなる。
「ちょっと時間きついから、また今度。じゃ」
「あ、うん……また」
殻島は手を振ってディスプレイを消した。そろそろ局に向かわなければ。
しかしなぜかベッドから腰を上げられず、体育座りの姿勢になった。
――きっかけを作ったのは殻さんですね。
――好意的に捉えときなさい。
きちんと自分を認めてくれる彼らの存在が嬉しい。しかし、頭の片隅には浦菱の苦言があった。
その時々でやんなきゃって感じるものは違うんだ。
自分はどうしてゲスラと戦った。レッドキングに立ち向かった。湖田の言葉を思い出したから?じゃあそこで感じた責任感の正体は何だ。他の誰でもなく、どうして自分だった。
「俺は……」
「装備の確認を行います」
殻島は作戦室で出撃前の確認をする。野笠部隊の3人は既にゲートに立っていた。
「各自武器とアーマーの記章を読み取り、各員ドライバーで報告してください」
すぐに問題なしの返答が全員から来た。この口上も覚えてしまえば初回のような緊張はない。
「アイテムの確認を行います。ヒールキット、APリカバー、アンチコールド、アンチヒートの所持確認を。現在モシリスの惑星時間は夜ですが、夜明けが近いためアンチヒートもきちんと持っておいてください」
『ハイ、心得ております』
やがて、リクの号令で3人が調査地へ転送される。ここから再び殻島の口上だ。
「現在時刻13時58分。惑星時間、夜。ミッション内容――巨大怪獣、恐竜戦車の討伐」
皮膚が突っ張るような雰囲気があった。この日は、殻島が補佐に入って初めての巨大怪獣討伐任務だ。説明を終えると同時に野笠達は歩み出す。
「ふうー……」
か細い息を長く吐く。リクは「やっぱり緊張するかい?」と初日と同様の質問を投げた。
「正直、しますね。巨大怪獣と戦う任務は、小型や清掃とは危険度が段違いですから」
「まあ、肩の力抜いてよ。もう何となくわかると思うけど、野笠部隊の皆はこの基地の中じゃかなり優秀な方だし、これまでも似たような経験はある」
「皆さんの力量に不安はないんです。ただ、一つ気になることがあって」
殻島は眼前に設置された画面の右端、『任務詳細』の部分に触れる。すると、今回の任務の内容を記した新しいタブが開かれた。
文字の羅列と、怪獣の写真。いや、『怪獣』と形容してよいものか。
今回浦菱らが倒す予定の恐竜戦車の姿は、大きな違和感を抱かせるものだった。体の上半分だけを見れば、全身焦げ茶色をした巨大な爬虫類。まさしく恐竜だ。もっとも、そこに足はない。あるのは四足獣のそれと変わらぬほどに発達した腕と太い尻尾だ。足があるべき場所、というか、体の下半分は、戦車のキャタピラがくっついており、これが足代わりとなって移動するらしい。今日の仕事に合わせて予習をしていたが、なんとも歪だ。
「この恐竜戦車……明らかに何者かの手によって造られた怪獣ですよね。少なくとも、自然の生き物じゃない」
キャタピラと恐竜がひっついたまま生まれるなど、いくら外惑星でもあり得ぬ事象だ。となれば当然、何者かに「造られた」存在であることがわかる。
「こんなものを造れるのは外星人だけ。それが、人類が移住しているこの星にいるってことはつまり……地球人に敵対的などっかの星人が、この怪獣を送り込んでるってことですか?」
作為的な意匠の怪獣。その存在は、イコール敵星人による地球への宣戦布告ではないかと、殻島は思った。この考えに及んだのは、湖田の発言。「墜落事故でUFOを見た」という言葉がきっかけだ。真偽不明、というよりも偽とおぼしき内容だが、頭の中では自然と「星人」の存在にアンテナを張っていた。
尋ねられたリクは「うーん」と指先で顎を撫で、表示された画面を見やった。
「その可能性はある。でもそれだけじゃない」
「それだけじゃない?じゃあ、他の可能性は」
「研究者の間ではいくつも意見が分かれてる。今君が言った『侵略説』以外だと、『捨て怪獣説』とか」
聞き慣れぬ説だ。殻島の疑念を読み取ったのか、リクは説明する。
「例えば今回の恐竜戦車。コイツは最初、キル星人っていう外星人が造って地球に放り込まれた。もちろん、侵略のためにね。ウルトラセブンが戦っていたから……21世紀に入る前かな」
リクが語ったのは、遙か昔、地球における怪獣の被害が後を絶たなかった頃の話だ。
「キル星人の目的が地球の侵略なら、恐竜戦車は目的達成のためのいわば兵器だ。兵器なら、地球に送り込む個体とは別に、試作をしていると考えても不思議じゃないだろ?」
「その試作個体……プロトタイプ的な奴がモシリスのような外惑星に放たれて生きている。いわゆる『捨て怪獣』ってことですか」
「飲み込みが早い」
リクはゆったりと頷いた。
「あくまで一説ね、一説。他にも『技術流用説』とか『繁殖説』とか色々あるけど。でも、異次元超人ヤプールが造った超獣が外惑星に出没したりするけど、こういった理論で説明できるんだよね」
「なるほど……勉強になるっす」
現在の地球人に対する敵対的意思が必ずしもあるというわけではないらしい。
とはいえ。
隊員の視点カメラ映像を見ると、やはり巨大怪獣との戦闘になるからか、野笠部隊がいつも交わす軽口も今日はない。強敵に向かう足取りは速くなく、かといって遅くもなく、等間隔の歩幅が精神統一にも思えた。
怪獣の存在。外惑星に進出した人類。ここには否応なく地球外星人が絡んでくるということを意識しなければならないだろう。
『……いないな』
画面の中で、野笠が違和感を口にした。ターゲットである恐竜戦車が、いない。
『リク、レーダーには引っかかっていないか?』
「巨大怪獣の反応は……ないですね」
リクは作戦室のレーダーを確認する。殻島も見たが、たしかに巨大怪獣らしき影はない。転送から30分近く調査地を歩き回っている。しかし、当初生息しているとされた場所はおろか、転倒する調査地の区分をほとんど回っても恐竜戦車の姿も声もない。
『……ん?隊長、篠山さん、あれ』
浦菱が突如駆け足で奥にある大岩に向かった。。
『この跡、キャタピラですよね』
彼女が指さした場所には、なるほどたしかにキャタピラの走行跡のようなものが地面に刻まれている。
『でも、この跡は洞窟に向かってるわね』
近づいた大岩は、岩と言うよりも山というべき巨大さだ。そして、麓には高さ数十メートルの巨大な大穴が空いている。その先にあるであろう洞窟に向かって、キャタピラ跡は伸びていた。
『なあリク。恐竜戦車に洞窟内に入る習性なんてあったか?』
「ありません」
リクの言葉には迷いがない。
「モシリスに生息する恐竜戦車は暗闇が得意じゃない。だからこのミッションも惑星時間が夜のうちに組まれてるんだと思います。夜の内に、わざわざ暗い穴倉に引っ込むなんて考えづらい」
不穏さが立ちこめていたが、隊員の3名は互いにうなずき合い、「行こう」と野笠が示した。
穴に踏み入って数歩も歩くと、外の月明かりは届かなくなる。各々が所持するヘッドライトと暗視バイザーが頼りだ。
歩いて数分。リクが開けた空間に到着したことを告げた。そこは先日アネモスの大軍がいたような地下空間と似ており、高さも奥行きも随分ある。
『流石にライトだけじゃきついな』
ぼやいた野笠は腰に提げていた筒を手に取ると、それを斜め上に向ける。
照明弾だ。手元の一部を捻ると、先端部分が弾丸のように跳んでいき、洞窟の天井に突き刺さった。刺さった先端はジジジと音を立てながら、強烈な光を放つ玉を生成する。玉は徐々に肥大化すると共に洞窟の隅々まで明かりを届けた。あっという間にバイザーなしでも周囲の状況がわかる程度の明るさになる。
『ん……?』
浦菱が奥に目を凝らした。野笠と篠山も倣い、そして気づく。
『…………は?』
『な、に、あれ』
人間は光を見ると安らぐものだ。しかし、照明弾が露わにした景色は、暗闇が隠匿してくれていた現実は、隊員と作戦室の面々を戦慄させた。
恐竜戦車の遺体だ。それもただの遺体ではない。上半分の「恐竜」部分がぐったりと硬い地面に身を横たえている。では、「キャタピラ」の部分は。
恐竜部分とは少し離れた、洞窟の壁際に無造作に転がっていた。つまり、恐竜戦車の上半身と下半身が分かれている。いや、遺体の側に投げ出された、ズタズタのチューブのようなもの。
怪獣の内臓だ。それが散らばっているということは、引きちぎられたのだ。恐竜戦車がより強力な何かによって。強引に、力任せに、体を二つに引き裂かれた。
「退け」
リクの声は、それまで聞いたこともないほど低かった。
「異常事態だ。早く撤退を」
『いや、だめだ』
適確な命令にもかかわらず、野笠はそれを拒否する。
『というか、無理だ』
現地の隊員達には何かが見えている。その何かの姿が、カメラ越しにもわかってきた。洞窟の奥、暗がりの中から来る。
『古代……怪獣の』
二足歩行、前傾姿勢の巨獣。照明弾の光が茶色い皮膚を浮かび上がらせる。腕も足も、首から尻尾までもがっしりと太く、恐竜戦車の死がこの怪獣によってもたらされたことの証左に十分だった。腹部から胸部にかけて、棘とも襞ともつかない独特の突起が逆立つ。特徴的なのは、血のような赤黒いラインが走る頭部の角。皮膚と同じ茶色い角が三日月のように左右に伸び、鼻先にもまた、真っ直ぐそびえる白い角もある。
眼光が角の奥から向いた。炯々と光るその視線は、角に押し下げられて殊更鋭利に、敵対的になる。
「こいつ、は」
殻島は知っている。それほどまでに有名だ。遙か昔、初代ウルトラマンが対峙した巨大怪獣。大阪城に傷痕を残した畏怖の象徴。
太古の竜王。怪獣殿下。
「ギァゴオオオオオォォォォォッッッ!!」
古代怪獣ゴモラは、高らかに吼えた。