「ぐアあああああああああああああああああああッッ!!」
EXゴモラの尾を受けた衝撃が両手に伝わる。グローブの下で手の皮が破れ、めくれた。それでも、尻尾の軌道を僅かにずらすことに成功した。狙いを外されたEXゴモラは、限界まで突っ張った尾を一度縮める。
ぜえぜえと荒い息を整え、振り向く。3人は見開いた目をこちらに向けていた。かろうじて、浦菱だけがこの状況を理解している。
「どう、して、あんたが」
「ちょっとだけわかったかもわかったかもしれねえ。お前が言ってた、スイッチみたいなもの」
EXゴモラを見やる。闖入者の存在に困惑したのか、怒ったのか、再び咆吼で大気を揺さぶった。
殻島は剣を構える。背後で野笠らが立ち上がった。
「何故ここまで」
「増援には時間がかかります。一番早く来られるのが俺でした」
「……また救われたな」
「ほんま……私らの立つ瀬がない」
篠山と野笠が口々に言う。
『――EXゴモラの体温上昇。かなり頭にきてるみたいです』
リクの声は、冷静さを取り戻していた。
『限られているけど、作戦室からできる全てのサポートを行います。だから――どうかご武運を』
全員が武器を構える。声は出さなくても、内で何かが共鳴していた。
怪獣を、討伐する。
「殻島、あんた今日こそ死ぬわよ」
隣にボードを滑らせた浦菱が前を向いて言う。
「これマジのやつ」
「じゃあ、死にそうになったら助けてくれ」
「私頼みかよ」
EXゴモラは再び尻尾を持ち上げる。
浦菱はふっと笑みを漏らした。
「わかった。死なせない」
先ほどと同様に尻尾が突き出される。神速の一突きを、4人は回避した。
「俺と殻島で足をやる!浦菱がとどめで首か頭!篠山は注意を引けッ!」
野笠が端的に戦略を伝える。足をやれ、と言われた。ならば近接武器の自分が先陣を切らなければ。
尾を戻したEXゴモラは怪光線の準備に入り、腹部に薄紅の光を蓄える。だがその首元で、篠山が放ったライフル弾が爆ぜた。篠山は向かって左側に迂回しながらライフルを連射する。EXゴモラにとって大ダメージにはならないものの、エネルギーを溜める支障にはなる。
〈ゲオアァア!!〉
光線を中断したかと思うと、何を思ったかEXゴモラは片足を軸にして背中から地面に倒れ込む。ただ寝転んだだけに見えた。が体を倒した直後に、空へ掲げられた長大な尾がしなって叩きつけられる。
「っべ……!」
その威力たるや。地割れが起きるのではと思うほどの地震が周囲に生じ、砂は高く巻き上がって星空がおぼろになった。当てることを想定してはいないだろう。地面を打つだけで、人間をおののかせ、戦意喪失させる荒技。EXゴモラは野生の脳でそれを意図したのかもしれない。
止まるものか。
砂塵が打ち付ける中を殻島は駆けた。
止まらない。その程度で自分が、浦菱達が止まるとでも。
巨体のシルエットが起き上がる。すでに目の前だ。ブレードを抜く。ゴモラの左足めがけ、力任せに振り抜いた。
驚くほど硬い手応えの中、たしかに感じる肉を切り裂いた感触。
「フンッ!」
野笠も振り上げたハンマーを足に振り下ろした。
〈ギャオオオオオオオオオオオオオオオォオォオオ!〉
「倒れろ――」
祈りが思わず口に出た。しかしその願いごと潰そうとするかのように、腕が振り下ろされた。
バックステップで回避。視線の先で岩石のような巨大な手が砂に突き立った。
斬撃はクリーンヒットだった。それでも、浅いか。
歯がみする殻島の前を浦菱が通り抜け、地面に突き立てた腕、そして攻撃した左足を続けざまに切りつけた。
が、倒れない。揺るがない。覚悟はしていたが、愕然とした。
まるで建造物、それも巨大で堅牢な要塞を相手取っているかのようだ。
『みんな』
折れかける心を、リクの声がつなぎとめた。
『本部からだ。墜落したマットアロー一号に『怪獣の能力を応用した装備』が詰まれていたみたいだ。まだ壊れていないかもしれない。誰か一人、回収して使えないか』
「私が行くわ。落ちた機体は今いる位置から近い」
すぐさま決断したのは篠山だ。
「ほんのちょいと、時間を稼いでな」
「了解!」
もとより話し合うの暇などない。最短の作戦会議で、最良をはじき出す。そのために動くことしかできない。
幸い注意はこちらに引きつけられている。2度、3度と振るわれたEXゴモラの腕を回避。怪光線の準備に入ったところ、野笠が尻尾の付け根部分にハンマーを打ち付け遮断した。
痛みに喘ぐ今が隙だと思った。もう一度足を斬る。今度は倒れ込ませることができるはずだ。足下に駆け出した瞬間、狙っていたゴモラの足が浮いた。
何を――。
ゴモラの姿勢が傾く。先ほどと同じ、ごろりと寝転ぶ攻撃だ。だが今度は牽制ではない。ここにいたら間違いなく潰れる。脳は回避しろと言っている。だが体が追いつかない。
避けろ。無理だ。避けろ。避けろ。
その時。体を急に抱きかかえられ、何事かもわからぬうちに一瞬で横に動いていく。
「浦菱……!」
ボードを操作した浦菱が、もう少しで押しつぶされるところの殻島を抱え救出したのだ。
強烈な地響きの中でEXゴモラから離れ、殻島を下ろす。
「巨大怪獣にずっと近づいてると距離感ミスって攻撃に対応しづらくなる。一旦退くのも必要よ」
「悪ぃ……助かった……」
何とか立ち上がる殻島の元に、「大丈夫か」と野笠も駆け寄る。
「隙がないな、EX進化個体がこれほど厄介だとは」
「ですね……篠山さんの準備は、そろそろ」
「――お待たせ」
背後から篠山の声。反射的に振り向く。
砂塵が大気に溶け込む中、篠山のシルエットが近づくにつれより濃く浮き上がる。
殻島はレラトーニで川井との会話を思い出した。S4隊員の中には、生体素材データから作られた特製の防具を揃えている者もいる。現にレラトーニにいた湯木という隊員はレッドキングの防具を着用していた。
こちらに歩み寄る篠山は、スーツにヘルムの通常装備とは大きく異なっている。全体的にシャープな輪郭だが、肩は鋭利な意匠が外側に向き、腰部分も剣道防具の
まるで鎧だと、殻島は思った。
砂煙が晴れ、EXゴモラはこちらを見定める。焦点のない眼光を注いでいるのは、殻島でも浦菱でも野笠でもないだろう。その後ろ、怪獣の素材から生み出された鎧を纏う篠山だ。
「古代怪獣だかEX進化だか知らんけどな」
足が止まった。銀の角が頭部に2対、胴色をベースにした硬質な防具の中に収まる藍のベーススーツが、無色の砂漠で輝いていた。
「ちょっと、頭が高いんちゃう?」
キングザウルス三世の
S4が誇る怪獣を元にした兵器及び防具の開発技術は、メテオールアーツと呼ばれている。地球外に出没する怪獣の骨、肉、皮、角や爪に至るまで、地球上の生物とは一線を画すものであり、貴重な資源だといっていい。
それらを研究・分析の後、処理工程を経て防具のベースにはめ込まれる。こうして誕生した装備は、通常使用する科学特捜隊を模した戦闘スーツと比較して桁違いの性能を叩き出す。
主な特性は2つ。一つ目は、基礎性能の底上げだ。メテオールアーツ「コンボ」と呼ばれるものだ。
篠山がEXゴモラに向かって駆ける。殻島はその瞬間、鎧を纏った篠山が消失したように見えた。あまりに速い、その駆動によって。
振り向けば篠山は既にEXゴモラの目の前。その勢いを殺すことなく、走り幅跳びのように地面を踏み切った。重厚に見えるその鎧が、軽やかに跳ぶ。速度もそうだが、何より高い。EXゴモラの腹部まで上昇したが、そこは通常のS4スーツでは届かない高さだ。驚くべきことに篠山は、右拳を肩口まで引き、松ぼっくりのように外側にせり出す腹部に向け突き出した。
(え!?パンチ!?)
人智を超えた巨大怪獣にステゴロとは。だが驚きはそこで止まらない。助走を生かした拳を受けたEXゴモラはよろめき、たたらを踏んだのだ。
「マジかよ、効くのか」
走行、跳躍、耐久値。これらにおいて通常のS4スーツとの間には明確な差がある。紳士服然としたS4スーツは、怪獣の討伐だけでなく、採取、清掃等幅広い任務に対応できる汎用性が強みだった。対してメテオールアーツは、その名の通り討ち果たすための装備。巨大怪獣との交戦を見据えた、強力な防具である。それはもはや、兵器と言ってよかった。
「よ……っと」
篠山が片膝で着地し、その場に立つ。既にEXゴモラは体勢を取り直していたが、篠山は巨体を前に、逃げおおせることをしなかった。
「手応えはあったんやがなァ。出し惜しみしてちゃ勝てへんか。……リク」
篠山の語気ががらりと変わった。
「アレ使える?」
『ええ。装備の機能は本部から俺のとこに委譲されてるんで。……でも、マジにやりますか』
「やんなきゃ勝てへんよ。制限時間は何分やっけ?」
『4分30秒』
リクとのやり取りにも、緊張を感じる。
何をしようとしているんだ。殻島はただ篠山の背を見る。
「了解。じゃあ、その時間で終わらせよう」
耳を疑う発言の後、篠山はMITTドライバーをはめた左腕を顔の横まで掲げる。
「メテオールアーツ『リンク』、起動」
一瞬、MITTドライバーが光った。が、他に明確な変化はない。
何をした?口ぶりから、新しい何らかの機能を発動したように見えたが。
「そっちにとって残念な話やが」
篠山は両の腕をゆったりと開く。会話の相手は目の前の怪獣のようだった。
「もう、あんたの攻撃通らん」
挑発するような口調と姿勢。
――そんなことしたら。
殻島の予感が的中する。足下に振るったEXゴモラの腕が篠山を真横方向に叩き飛ばした。
「えっ、えぇええ!?」
さらに、EXゴモラは吹っ飛んだ篠山に近づくと、倒れ伏す彼女に二度三度と拳を振るい始める。その猛追を、篠山はただ受けているだけであった。
「篠山さんッ!」
浦菱が悲壮な叫びを上げた。野笠もたまらず救援に向かおうとした時、『大丈夫だ』とイヤホンに声が通る。
「リクさん!?」
『大丈夫……なんていうのは無責任だったかもしれない。でも、篠山さんは考えがあって攻撃を食らってる』
「殴られ続けることに何の意味が」
苛立ちを隠さず返した野笠が、言いかけではっとする。
「『リンク』の性能か?」
『そうです』
さっきから言っているそれは何なのだ。
訝る殻島の耳が、異質な音を拾う。それと同時に、EXゴモラが腕を後ろに引きよろめいていた。今のは篠山を殴りつけた音か。だがやけに鈍い音だった。まるで、硬いものを殴ってしまったような、そんな音。
「いったぁ~……」
足下で篠山がむくりと起き上がる。あれだけ地面に打ち付けられたというのに、重傷ではないように見えた。
「まあ、殴られた甲斐もあるってもんやね」
砂煙が晴れ、殻島は異様な点に気づいた。キングザウルス三世の防具を着装する篠山、その体の1メートルほど前方に光の板が生じていた。青白く半透明なその光は、カーテンのように垂れ下がるものの、なびかず、揺らめかない。決して蜃気楼ではない、確固たる存在感の盾であると殻島にもわかった。
「そうか、あのバリア。あれが」
得心がいった浦菱に、野笠が「そうだ」と答える。
「あれがメテオールアーツの効果ってことなんだろう。キングザウルス三世のな」
メテオールアーツ『リンク』。
これが怪獣の素材を基礎とした防具の2つめの性能。というよりも、真骨頂である。
なぜ篠山はバリアを生じさせることができたのか。それは、彼女が纏う防具の素材が『キングザウルス三世』という怪獣のものであり、キングザウルス三世が『バリアを生じさせる』という特殊能力を有していたためだ。
つまり、メテオールアーツは
キングザウルス三世は外部からの大きな刺激、すなわち攻撃を受けた際、その皮膚反応を頭部の角まで伝達させ、その角がエネルギー源となりバリアを発生させる。これと同じことを篠山も行った。活性化したアーマーはEXゴモラの殴打を受け反応、兜にしつらえられた角からバリアを作り出したのだ。
EXゴモラが2連続で拳を振るう。いずれも、篠山のバリアに弾かれていた。憤慨し尻尾を横から振り回すと、篠山もそれに合わせ翳した左手を体の横に持ってくる。それに追従したバリアが、荒れ狂う尾を押しとどめる。
「ちッ――」
しかし、そのバリアに亀裂が生じ始める。篠山はバリアを維持したまま飛び退る。ほどなくして、ドアストッパーのように尻尾を留めていたバリアがばりんという音を立てて砕けた。怪獣の能力による防壁とはいえ、耐久値は無限ではない。
「まあ、保った方やんか」
篠山は再度EXゴモラにくいくいと指を引く。再度挑発を行った。
キングザウルス三世装備のメテオールアーツは、攻撃に反応してバリアを生む。攻撃を受けた分だけバリアを生産できるというもの。
MA識別名は、
「私がこいつを引きつける、みんなはチクチク削ってな!」
篠山は自ら囮を買って出た。なぜなら、MA発動中は死ぬ確率が大幅に下がるからだ。被弾の分だけ防御が強くなる。ダメージが限界値を超えない限り、盾を作り続けて戦いを継続できる。一方で、初手のパンチでEXゴモラに脅威を示している。野生の勘が研ぎ澄まされた怪獣だ。今一番強いのは篠山だと認識している。
EXゴモラは篠山に集中せざるをえない。篠山はその攻撃をあしらう。
「篠山さんすげぇ」
距離を詰める殻島は驚嘆する。篠山は完全に注意を引きつけており、EXゴモラはこちらに見向きもしない。
今なら攻撃が通る。殻島は地面に接した尻尾に駆け登り、勢いのままに駆け上がる。背中は急斜面だが、鱗の凹凸に足をかけ、体長の中腹あたりまで到達する。そこから飛び降りると同時に前に流れ、ブレードでEXゴモラの脇腹を切り裂く。振り抜いた刃に、どす黒い血が付着している。
落下する足下に、浦菱と野笠が見えた。それぞれ左右の足に攻勢をしかける。浦菱が左足の外側をボードで切り裂き、野笠が右足親指と爪の間にハンマーをねじり込んだ。
「ゴギョアオオオオオオオッッ!」
EXゴモラにとっては思いもよらぬ奇襲。そしておそらく、激痛。苦痛の咆吼とともに、巨体が横倒れになった。
「倒れた!」
着地した殻島はすぐさま走り出す。巨大怪獣が倒れたということは、すなわち頭や首などの急所が狙えるということ。機を見るに敏。臥した巨体の頭部を狙う。
「私が」
しかし、より早く反応したのは浦菱だ。EXゴモラの側までボードで向かい、瞬時に腰を沈める。
「はっ!」
気合いとともにジャンプ。重そうなボードを両足に付けていながらも彼女の体は浮き上がり、倒れたEXゴモラの顔の上まで飛んだ。
「ショックマインを食わせてやる!」
ちょうど口が真下のタイミングで浦菱は地雷を切り離す。これがEXゴモラの口内に入れば、あるいは。
だが殻島は危機感を感じた。見ている場所がわからないEXゴモラの白い目、あれがぎょろりと動いた気がした。
そして突如、動く右腕。
(あ――)
とどめを刺さんと眼前に現れた人間を、はたき飛ばそうとする手。
「浦菱ィ!」
殻島は叫ぶ。
浦菱も気づいたようだった。が、上空ではどうすることもできない。認識してしまった敵の攻撃。しかし体が中空にあるせいで避けることは叶わない。ただ、殴打される未来だけが決まっていた。
ダメだ。死ぬ。人間にはたかれる羽虫のように。身体中の骨が粉々に。
浦菱の体が手に覆い隠された。ショックマインは口に届くことなく爆破し、彼女も叩き飛ばされる。
「ぐあッ」
砂の上を何度も弾み、転がってようやく止まった。
「浦、菱」
「いや、なんとか無事みたいだぞ」
野笠の言葉に我に帰る。
生きている。なぜだ。攻撃は食らったはずなのに。
「いや、食らったにしては……弱い」
浦菱も違和感を感じていた。
殻島は浦菱の方をよく見てはっとした。彼女の前に、ひびの入った半透明のバリアがそびえていた。
「こういうこともできるんやなァ」
篠山の感心したような声。
「唯、無事?」
「ええ。でもなんで……なんでバリアが私の方にも」
「この装備のもう一つの能力らしい」
EXゴモラがよろめきながらもゆっくりと立ち上がった。足と尻尾の隙間から、篠山の姿が覗く。どこまでも堂々と、泰然とした立ち姿は、殻島を恐怖と困惑から引きずり出した。
「カウンターガードはバリアを生むだけやない。ドライバーで同機されている同じ部隊の隊員に
篠山はMITTドライバーをまじまじと眺めてから、EXゴモラに視線を移す。自然と見上げる形になったが、殻島にはそう見えなかった。
確信がある。今この瞬間、怪獣と人間は紛れもなく同じ土俵に立っている。
「さあ、逆襲の始まりや。文字通りなぁ」