効いていない。
野笠幸彦は、ぜえぜえと荒い息をついた。
攻撃が何度か当たるものの、ダメージを与えられた感触がない。手応えのなさは、疲労を数割増しにする。ハンマーによる自分の攻撃は重く、スピードはない。だからバルタン星人が食らわないのも理解できる。しかし、連携する篠山の攻撃も、掠ることすらないのだ。篠山の武器は殻島が使っていたブレード。誤射を避けるためにライフルから持ち替えたのだろう。彼女の専門ではないが、扱い慣れている武器のはずだ。
「く……そォ!」
左から薙ぎ払った大槌を、バルタンは軽やかなバックステップで回避。挟む形でいた篠山がブレードを横に振るうと、回避の勢いのままバク宙。たちまち篠山の背後に着地した。
「篠山!」
バルタンは右のハサミをこちらに向ける。手のハサミの内部が淡く光を帯びていた。そこから伸びる黄色い光線は凄まじい速さだ。発射されてから避けることなど、どう考えても不可能。
「ぐぅッ!?」
篠山が限界まで状態を捻った。腰の部分に掠るのみで済んだが、ほんの少し柔軟性が欠けていたら内臓がこぼれていたに違いない。
「痛っ……!」
それでも無傷ではなく、掠った部分を手で抑えながら野笠の隣まで退く。
「ハサミがこっちに向いた時には回避せんとあかんな」
「それに光線は一発でももらえばアウトだ。目を離すなよ」
そう離している間も互いの顔は見ない。まっすぐにバルタンを睨み付けている。
バルタンは悠々と歩みながらこちらを伺っていた。静かな足取りは異名の如く忍者を思わせる。実体がそこにあるのか疑わしいほどの軽やかな歩みだが、突き出されるハサミにはずしりとした質量がある。こちらが防御に回ったとしても簡単に崩されてしまうだろう。
歩み寄る姿に暗い色がかぶさる。日の出の向きゆえだろうか?いや、目の前のバルタン星人は、記録で見た過去の個体よりも体色が暗い。銀を貴重としたボディに墨が混じったようで、その色が余計に、異名である「忍者」の雰囲気を醸し出す。
「野笠、作戦ある?」
「悪いが……これといって浮かぶものは」
「しゃーないな……対星人訓練なんてあんまやらんし」
「だが、ここまで」
ここまで、届かないか。胸の内が失意で満たされる。
バルタンに刃が一向に届かない。EXゴモラとの戦闘を経て疲弊している。想定外の事態についていけない。劣勢である理由として、そのような言い訳がましい事実を並べることもできる。だが、たとえ万全であったとしても勝つイメージは霞がかかっている。
不意に、バルタンが消えた。
そう思った時には、もう目の前。振り上げた大ハサミが振り下ろされる。
「避けぇ!」
叫びとともに背中を引かれた。
篠山にスーツを引っ張られていなければ、今頃頭を割られていた。黒がかった体躯の俊敏な動きは、もはや影そのものが駆けているようで捉えられない。
「何だ今のは……テレポーテーションか」
「リク!なんか見えんかった!?」
篠山が普段ならあり得ぬ口調でリクを詰める。
『……わからない』
リクの声は沈んでいる。
「わからんって……レーダーで他の情報は」
『こいつは、レーダーをかいくぐる』
「……は?」
『見えないんだ、レーダー上ではバルタンの姿が』
生体反応を感知するS4のレーダー。それを誤魔化す術を目の前の異星人は有している。仮に感知できれば、透明化のようなテクノロジーでも作戦室から隊員に伝えることができる。反応できるかはオペレーターと隊員の技量次第だが、一応の連携は成立するはずだ。
だがバルタンは、それを許さない。
「おそらく、バルタンは装備品にレーダーをかいくぐる工夫が施されている」
『なんてヤツだ』
「さらに最悪だ……モシリス県北西部に、複数の巨大怪獣反応が確認された」
「……は?」
この災禍に、底はないのか。
『巨大怪獣はいずれも県内……日本の市街地に向けて侵攻してきている』
「規模は」
『大怪災も視野に入るほどだ』
大規模怪獣災害。外惑星人類における最悪の絵図。定義としては、2体以上の怪獣における外惑星自治体への集中的な侵攻があった場合を刺す。防衛砲台の砲火をくぐり抜けた強力な怪獣が引き起こす場合が多く、死者・行方不明者があり、インフラや都市機能にも回復までに数ヶ月から年の単位を要する被害となる。
今年5月にあったレラトーニ夜蛍市への侵攻。あれは被害の少なさと、踏み込んだのがレッドキング1体であったことから大怪災認定はされていない。逆にいえば、あれすら比較にならないほどの数段酷い被害状況が大怪災だ。
日本の直近では、昨年8月末に起きたあアペヌイでの毒ガス怪獣侵攻が挙げられるが、モシリスでも起こるのか。
野笠は一瞬、視線を泳がせた。やはり泰然と経つバルタンの先、ぼやけた、大きな輪郭があった。リクの情報がなければ目の疲労を疑うほどうっすらとしたシルエット。だがあの凹凸、形。デットン、いやテレスドンか?
「本当に……来るじゃねえかよ」
「じゃあ、応援は期待できひんってこと?」
篠山の声は深い落胆に染まっている。
『いや、逆だ。編成された部隊が北西部全域に駆り出されるはず。応援は、来るよ』
そうか、と野笠は納得する。怪獣の進撃を止めるために、数多くの部隊が調査地に出張ってくるのは当然だ。今自分たちがいる場所は、ちょうど怪獣立ちの侵攻ルート上にいる。
『範囲が広いから、編成と到着に時間はかかると思う。それでもいずれ来るんだ。だから――』
「了解!!」
再度、バルタンへと立ち向かう。せめて、時間稼ぎだけはしてみせる。
できることが制限される中で、リクは必死に戦いのヒントを伝えてくれた。
光線発射には一瞬溜めがある。その他光弾も撃ってくる。粒子兵器対策として反射鏡を備えるため遠距離武器は通らない可能性がある。テレポーテーションを使う場合があるが、傾向として10メートル以上の距離は使わない。連続でも用いない。
『殻島くんと浦菱ちゃんが逃げたら、君たちも撤退するんだ』
「ああ、そのつもりだ!」
戦闘の中、討伐は諦める。せめて2人が逃げるまでの時間を稼ぐのだ。
一瞬視線を殻島達に向けた。2人は背の高く大きい岩の間に入ろうとしている。あの隙間の道を通っていけば、すぐにエスケープ可能範囲に辿り着くだろう。
あと少しだ。失意が希望に変わり始めた。
「っあ゙あ!」
「うらぁ!」
野笠は篠山と同時の攻撃。どちらもハサミで受け止められたが、遠くまで吹き飛ばす。
一気に畳みかけようと、踏みしめたとき。
バルタンがハサミを水平に上げる。前ではない。横にだ。標的は自分たちではない。それに気づいた野笠は「伏せろ!!」と叫んでいた。
浦菱を支える殻島が、彼女の頭を押さえつけ地面に倒れ込む。バルタンのハサミから光が溢れだしたのとほぼ同時だった。黄色の破壊光線とは違う、赤い光線が打ち放たれた。
それは身をかがめた殻島と浦菱の上を通過していき、2人の目標地点だった岩同士の隙間に着弾する。
「あ……」
光線が岩に当たった瞬間、パキパキパキという音と共に透き通った何か――氷の膜が形成されていった。周囲の温度差で蒸気が立つ。
なんて、攻撃を。
絶句する4人を前に上記は晴れていった。
通るはずだった通路の入り口。そこには、氷の障壁が作られている。人間では通れないようになっていた。
「そん、な」
浦菱がぼそりと発した。全員が同じ思いだった。
通路を通る以外では、岩の左を沿って戻るしかないが大幅な時間ロスだ。右は岩山と繋がっているためエスケープ可能範囲までは行けない。
後輩2人が安全を確保するまで。野笠たちの目標が一気に遠くなった。
足下がおぼつかない。地面が揺れているような、どこかに運ばれているような感じがする。以前流砂に足を取られたことを思い出す。あの感覚に近い。
野笠は自身の限界が見え始めた。きっと、篠山もそうなのだろう。
「……篠山、いけるか」
訊いた後で、なんてバカな質問だろうと思った。
「当たり前やろ」
彼女がそう答えることは、わかっていたはずなのに。
目標が遠いから、敵が強いから。そんな理由でS4が武器を手放す理由になるか。
「浦菱!殻島!」
バルタンに向けひたすらにハンマーを振り回す。
「逃げろ!できるだけ遠く、安全な場所まで行け!」
浦菱と殻島は可愛い部下だ。優秀な仲間だ。彼らに無事でいてもらうこと以上に、優先すべきことなどないだろう。
「おおおお!」
それに、まだある。戦う理由。生きて帰りたい理由。
バルタンに肉薄。ハンマーを高く掲げ、ひと思いに振り下ろす。
空振り。腕の筋肉の痛みに続いて腹部に衝撃が走る。横に回避したバルタンに蹴り飛ばされた。
「ぎぁあ……!」
いいだろう。好きなだけ蹴ればいい。だがもう一人から眼を離さないことだ。
ぐらつく視界で篠山が動く。連続で斬りつけ、2撃目と3撃目が当たった。掠った程度だが、たしかに血が飛散している。
痛みを封じ込め、また近づく。篠山とならび、連なって攻撃を繰り返す。
篠山と同じ部隊を組んで今年で4年目。若い内は部隊員間の移動が多いS4、その中では付き合いが長い方だ。故に戦闘時の動きと頭の使い方はよく知っている。共にした訓練など数知れない。
「だあああッ!」
野笠の得物、ハンマーは重い分遅い。人間と同程度の大きさの相手には不利となることもある。だが攻撃範囲は広く、一撃の破壊力が高いことは目に見えている。
したがって、知能がある相手であれば初撃は避け、後の先を狙う。退くにしろ詰めるにしろ、バルタンは回避行動を取る。
篠山は、そこを逃さない。詰めてきたときは野笠の身を守り、退いた時は死角から斬り掛かる。
「ふんッッ!」
裂帛の呼吸と共に、篠山がバルタンの腹部を横薙ぐ。ブレードの先端は肉に食い込み、今までで最も大きな傷を作っていた。
徐々に動きも理解できるようになる。回避はよく後ろに飛ぶ。ビームは基本冷却ではなく破壊熱光線。
ここだ。
「篠山!」
「ああ!」
今までは、野笠が1、篠山が2のテンポだった。
ここで、合わせる。
野笠がハンマーを肩口から打ち出す。同時に篠山も斬撃。
〈――――ォ〉
バルタンの声が聞こえた。蚊の鳴くような、しかしたしかな呻吟。真っ直ぐのハンマーはハサミに阻まれた。が、大きな槌部分は足下を覆い隠す。篠山が狙っているのは足だ。
びゅお、と風を切ってバルタンは後退。一跳びで数十メートルの距離が空くが、着地した足がわずかによろける。右足の脛部分に篠山がつけた切創があり、血が流れ出している。そして何より、足運びがちぐはぐになってきている。疲労と苦痛をヤツも感じているはずだ。
届かない、わけではない。手の平に残る熱。筋肉の痛み。潰れるほど収縮する肺。それらが報われる時が、来るはずだ。
再び篠山と離れ、バルタンを左右から狙う。それに合わせ、バルタンも両者にハサミを向けた。内部が光る。
「光線や!」
篠山の指示を拾い、足を止める。リクの言った通りだ。破壊光線はハサミの内部が光ってから一呼吸置いて放たれる。そこにタイミングを合わせれば、避けることは可能だ。
地面を蹴る。回避。篠山と同時。予想通り篠山がさっきまで立っていた場所をビームが突き抜ける。予想通り。
いや、待て。
野笠は自らの異変に気づいた。
こちらにビームは来ていない。篠山の方だけ。
(何故――)
ハサミの中は光っている。予兆はあるのだ。篠山に向けて撃った光線とは何が違う。
「あ」
色だ。光線の色。篠山を狙うのは淡い黄色。野笠に向けられたハサミが蓄えるのは煌めく赤色。
あえてハサミを向け、破壊光線と誤認させ、回避を誘った先を潰す。赤色光線。この効能は、浦菱達の逃げ道を潰した――。
視界が輝きに覆われる。次の瞬間全身の皮膚を走る、激烈な痛み。いや、熱なのか。冷気なのか。
わからない。目以外、まったく動かせない。手は縛られ、足は根を張ったよう。
バルタンがせまる。くるな。やめろ。
わからない。いまじぶんはどうなっている。わからない。わからない。
おれはいきてかえりたい。
そうおもう、理由。
それだけはわかる。妻と娘が帰りを待っている。
ーーーーーーーーーー
篠山朋音は見た。ほんの数メートル先。自分が避けた光線と、性能の異なる赤い光線が野笠を貫く。
被弾部を起点にたちまち氷が形成され、野笠の動きを封じた。その間にバルタン星人は距離を詰め、重量感のあるハサミを突き出す。
ハサミが触れ、氷が割れ、中にいる野笠の体ごと砕かれる。3年間共に戦った男が、信頼できる隊長が、酒の席で家族の写真を見せてきた親バカが。友人が、大好きな仲間が、ばらばらの部品になる。
瞬きなど、一度もしない間のことだった。