昨年8月30日。第3次アペヌイ大怪災と呼ばれた大怪獣の攻勢。その尖兵として立ち現れたのは、毒ガスを用いる怪獣だった。確認されているのは、円盤生物ノーバ。それから宇宙昆虫サタンビートル。この2種の怪獣が確認され、持ち前の強力な毒素を振りまいたのだ。
勇玖が穰から聞いたあらましは、「出現した怪獣討伐のために前線に向かったが、返り討ちに遭い毒を浴びてしまった」というものだ。「情けねえな」と自嘲気味に笑いながら説明してくれた。だが、それは意識不明の状態にあった穰の回復後に訊いた話。それより前に、勇玖は父と同じ部隊の前原マエハラという男から異なる経緯を聞かされていた。
「俺達の部隊に与えられた任務は襲撃を受けた地区の安全確保だったんです」
安全確保。具体的に言えば避難経路の確保と誘導、取り残された者の救助を行うことだ。父の口から告げられた「討伐」の任務とは全くの別である。そしてこの任務であれば、怪獣の攻撃を直接食らう確率はかなり低い。
「割り当てられた地域の避難は滞りなく完了しました。その時まで、殻島隊長を含めて俺達の隊に怪我人はいませんでした」
穰や前原の隊に割り当てられた地区は、襲撃で最も大きな被害を受けた場所より少し離れていた。同様に被害は甚大であったものの、そこでの救助活動等であれば命に関わる事故にはなりにくかったはずだ。
「なのに殻島隊長、向こうの地区にまだ人が残ってるって言って、怪獣がウヨウヨしてる場所に向かっていったんです」
だが、救援の必要性を感じた穰はより危険な地区に出向いた。その時新たな地区に向かう命令は発せられていない。穰は自発的に人を助けた。
「情けない話、俺ももう一人の奴も怪獣が怖くてたまらなくて。だから安全確保が終わったら早いとこ自分たちも避難しようって思ってたんです。でも、隊長は――」
あの場で、穰は唯一より多くの人を助けようと動いたのだと彼は語った。声がところどころ震えていたのをよく覚えている。
瓦礫の下敷きになった者を見つけては助け出し、怪我で動けなくなった者の身体を支え避難所まで導いた。それを何度も繰り返すうち、充満していた毒ガスに耐えきれなくなって倒れたというのが事の真相だ。
そんな穰の行動を、任務の枠を超えてした救助活動を、誰が使命感に駆られていないと言えるのか。利己的な思いとはあまりにかけ離れたその行為者が、なぜ息子には必要以上のものを背負うななどと言えるのか。
穰はてらいのない使命感と責任感を誰よりも持っているはずなのに。
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「あんたに言われちゃ世話無いな」
「ん?何か言ったか」
俯いたままの発言は聞かれていなかったようだ。「別に」とごまかし、再び姿勢を直す。
穰の「前線に行ったが返り討ちにあった」という嘘は、信じたふりをしたままだ。嘘をついた理由は、必要以上のことをして身体を壊した手前、糾弾されたくなかったためではないだろうか。
(素直じゃねえなまったく)
もっとも勇玖はそんなことはしない。誇りに思ってすらいた。
先ほど説かれた穰の理論は自身の行動と矛盾している。だから彼の意見が全て正しいとは思えなかった。穰が取った行動とそれを行う根拠が、今しがた語った理論とは別に揺るがず存在しているのだと思う。それを自分で見つけることで、中途半端な意志しかない身でもいつかは父のようになりたいと思うし、なれるはずだと己に言い聞かせることもある。
前原は語った。
「殻島隊長の行動は……俺には真似できませんでした。勇玖くん、すまない。君のお父さんは本当に――」
素晴らしかった。その評価を、過大だともお世辞だとも思わない。
事実、父を補佐するというやりがいを失った勇玖の背を、それでも押していたのは穰の行動だ。遠い惑星で一人、見知らぬ誰かのために命を張り、床に伏した父。それを思うと、少しでも安心させたい。
「まああれだ。心配かけさせるような真似しないでくれよ」
「普通に仕事やってりゃそんな事にはなんねえだろ。防衛局員は怪獣と戦うわけでもあるまいし」
「わかんねえぞ~?」
にやにやとする穰はいつもどおりの軽い調子になっていた。
「そういや飯まだだったろ」
料理番ということで早く帰ってきたのを思い出した。
「作ってくるわ」
勇玖は椅子を立つ。
料理という行為を、人間が担う場面は少なくなってきていた。自宅であればが電子レンジ等の家電で温められるディッシュプレートが、フランチャイズの飲食店であれば調理用ロボットが台頭している。しやがって、「自炊」という文化は押しやられた。
が、料理自体は個人店や趣味の領域で継続している。勇玖も趣味の範囲で包丁を握っており、叔父にも任される場面が多かった。父に手料理を振る舞えることは、趣味が奏功したよい例だ。
「なに食う?」
「焼きそば!目玉焼き乗っけて!」
「おう、質問が悪かったな。『何粥がいい?』だったわ。1年はお粥ですねって医者に言われてるからな」
わかりきっていたことに「えぇ」と文句を垂れる穰。年の瀬くらい返ったときはそばが食えるようになっているだろうか。台所に向かいながら、勇玖は思った。
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「重てぇ~」
2日後、勇玖は羽田空港の前で多すぎる荷物に愕然としていた。空港といっても、乗るのは飛行機ではなく宇宙航行機である。地球外への進出を機に、外惑星行きの航行機が日本各地に配備された。ある場所では新たなターミナルが設営され、また別の場所では既存の空港に併設された。
「大丈夫?中まで送ろうか?」
背後に停まる自動運転タクシーから、見送りの叔父が尋ねた。
「いや、ここで大丈夫。時間に余裕はあるし」
叔父の申し出を断り、倒れたキャリーバックを立てた。叔父も叔父で、これから引っ越しの荷造りがある。わざわざ来てくれただけでも非常にありがたかった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。兄貴とはよく話せた?」
「ああ。十分」
結局、真面目な会話は2日前の夜だけだ。行く前にも一言「無理せずしっかりやれよ」と心配なのか激励なのかわからない言葉をもらった。元々S4という職業柄ほとんど家に帰らない父だったため、今更恋しく思うこともない。遺恨はなかった。
「そっか。じゃあ、こっちのことは気にせず頑張りなよ」
「おう。本当色々ありがとね」
その言葉を最後に運転席のウィンドウが上がる。発進させながら手を振る叔父に同じ仕草を返した。
空港にはついたものの、搭乗予定時刻まではまだ時間がある。ゆっくり検査を済ませようと一歩踏み出したとき、ケータイに通知が来た。メッセージアプリに北戸から『お前今日地球発つんだっけ?』と連絡である。一対一のトークルームではなく、家南を入れた3名のグループに宛てられていた。
『そう。今羽田』
『ほーん、頑張ってな』
これには少し驚いた。頑張れ、なんて真面目な言葉を彼からもらうとは思わなかったからだ。数文字に込められた思いやりが嬉しい。
『サンキュー!』と送った10秒後に『お土産期待してんで』と家南からもメッセージが来た。その言葉は、また会う機会が来ることを当たり前に想定しているようで胸が熱くなる。
『また集まろ。俺が声かけるよ』
そう送ると、2人からスタンプが届く。
いつもと変わらぬやり取り。やはり自分たちは完全に理解できていないのだろうと勇玖は思う。学生でなくなること、遠く離れること、当分会えなくなること、何一つ。
それは悲しいことで、でも、理解しないからこそ繋がりが断たれないような気もしている。そんな自分たちに少しだけ安心していた。
10分後に来た『最寄りのパチ屋だけでいいからそっち新台情報月ごとに送ってくんない?』というギャンブル狂北戸の連絡は既読無視しておいた。
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資料 JSNL(日本宇宙航行株式会社)JS-203便機墜落事故(2448年3月23日)における墜落後の乗客の会話(大略)
概要:JSNLの中型宇宙航行機JS-203便(同年3月22日鏑島発 ワッカ行き)が、航行中途で原因不明の操縦不能発生。惑星イメルに墜落。死者22名 生存者31名 行方不明者1名。以下は行方不明者である湖田永晴と、同行していた2名、計3名の墜落後の録音会話内容である。会話は3名のうち1名の情報端末に録音されていた。
男性1(証言から
女性(
八十川:でも、やっておいた方がいいよな。もうこれくらいしかできることはないからな。
(沈黙)
八十川:もしかしたらこの端末を回収して、事故原因の解明に繋がるかも。
安生:私達に原因なんて分からないでしょ。何を言うの?
男性2(
八十川:何から……その……墜落してしました、航行機が。周りはずいぶん暗くて、どこだかわかりません。湖田が、落ちる前に見えた景色と気温からイメルじゃないかって。それで、俺達は船内でくつろいでたら、いきなりがくんって揺れて、それで身体が浮いて、それで……。本当になんでこんなことになったのか分かりません。全部、急でした。
(沈黙)
八十川:他に何かあったか。
湖田:機体が揺れる前、一瞬UFOみたいなものが見えた気がします。窓の外に、黄色く発光する円盤が、無数に。
八十川:さっきも聞いたが、見間違いじゃねえのか?どっかの星人が意図的に起こした事故だってのかよ。やるとすればどこだ?メトロン星とペダン星は星間友好協約に入ってたはずだろ。
湖田:分からない。あんまり憶測で喋らない方がいいか。詳しいことは見つかってから調べてくれる。
安生:私はない、何も。
八十川:あと、俺達以外の生存者もいます。怪我している人には応急処置を施しました。できる範囲だけど。この、こいつ、百合が詳しかったんで。他には何か……。やばいな、充電がもったいない。何か喋らなきゃ。ええと、俺達は城南大学の卒業生で、旅行でワッカまで行こうとして巻き込まれました。
安生:その情報が原因究明に役立つの?
八十川:でも、何か言わないと。
安生:何を言うのよ。自己紹介?私は誰で、なになにが趣味ですよ、って?
八十川:百合。
安生:私達が旅行に来た理由とか、言ってどうなるのよ。まるで……まるで最後のメッセージじゃない。自分が生きてた証にしたいってこと?
八十川:そんなこと。
安生:付き合ってられないよ。もう考えたくないんだってば……。
(沈黙)
湖田:百合、ごめん。僕は話すよ。
八十川:え、おい。永晴。
湖田:僕の名前とか、年齢とか、あと親と兄弟に色々。やっぱ遺言っぽくなっちゃうね。
安生:私へのあてつけ?
湖田:え?
安生:あ、あてつけじゃん私に対しての。私言ったよね、何も考えたくないし喋りたくもないって。今の状況わかってんの?死ぬかもしれないのよ。遺言っぽいじゃなくて遺言なの。
湖田:ごめん。でも、僕は遺言にするつもりはない。助かるって信じてる。……っていうより、諦めたくないだけかな。
安生:それで?
湖田:自分が誰で、どんな人間か喋ることができたら、多分諦めたくないって気持ちがより強くなると思って。他でもない、湖田永晴が生きてるって、自分で信じられる気がしたんだ。
八十川:……ちょっとよくわかんねえわ。
湖田:ごめん、本当に。
安生:勝手にして。
湖田:わかった。あまりスペースもないし、嫌だったら耳塞いでてね。じゃあ、始める。僕は(以下約2分間述懐。高度の個人的情報を含むため省略)
八十川:……もういいのか。
湖田:うん、十分。
八十川:……次、俺やってもいか。
(沈黙)
湖田:どうぞ。
八十川:(約7分間述懐。同上の理由により省略)
安生:長い。
八十川:聞いてたのか。
安生:聞いてほしくなかった?
八十川:いいや。どうだった、俺のメッセージ
安生:遺言に感想求めてんの?……(省略部)のエピソード、何あれ。
八十川:うけるだろ。俺の(省略部)で一番の思い出だわ。
安生:くだっらないなぁ。
湖田:ああ、僕もそういうの言えばよかった。
安生:……貸して。
八十川:やっぱりお前も遺しとくか。
安生:流れ的に。……うん、(以下約5分間述懐。同上の理由で省略)
八十川:うん、いいんじゃないか。
安生:何偉そうに評価してんのよ。……はい、湖田。
湖田:僕はもうやったよ。
安生:湖田だけちょっと短いよ。十分なの?
湖田:ああ、いや、うーん。大丈夫かな。
八十川:煮え切らねーな。
湖田:僕はもう自分のことはいいんだ。
八十川:お前、さっきと言ってることが。
湖田:違う違う、諦めてないよ。ただ、二人にどうしても助かって欲しいから。
安生:こんな時に他人の心配してる場合じゃないでしょ。
湖田:そうだよね。そうなんだけど……わからない。助かるって思いとは裏腹に、自分の生き死にに不安もあるんだ。それでも、何て言うか、自分のことを話すより二人の録音の感想の方が何倍も多く喋れそうなんだ。
八十川:なんつうか、お前らしいな。
湖田:えっ、そうかな?危機感がないわけじゃないんだけど。
安生:でも、湖田がその調子だと私たちはほっとするよ。ね、映斗?
八十川:ああ。たしかにこの状況について考えるよりも希望があるかもな。……そうだな、3人で助かったら、また、どこか……。
安生:映斗?大丈夫?
八十川:あれ、何で……。何か、涙……
湖田:少し休んでよ、体力を温存しとくのは大事だ。録音は、切るよ。
(録音終了)
この録音から約33時間後、救助部隊が墜落地点に到着。航行機内部で八十川映斗と安生百合を発見。両名とも衰弱が見られたが命に別状なし。その他生存者も救助活動が行われた。
湖田永晴に関しては、現在も行方がわかっておらず、イメル管轄権利国総意を挙げて捜索中。
※注意
この文書は、A2以上の秘密事項に指定されており、該当の機関にのみ共有されている。墜落事故の原因究明・捜索に用いられるべき情報も含まれるため、A3以下に資料が行き渡る場合、会話内容の一部編纂行い、惑星活動特別対策室の確認・許可を得られたし。