怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第40話 まがいものの主

 殻島は唐突に振り返った。なぜ振り返ろうと思ったのかはわからない。野笠と篠山に戦わせている負い目からか、戦いの状況が気になったためか。あるいは虫の知らせなのか。ただ、視界に入った結末は、凍結された野笠がハサミの殴打によってばらばらに砕かれるという事態が起きてしまった後だった。そんなタイミングでの知らせなど、とんだ役立たずだ。

 

「え……あ」

 

 理解できない。理解したくない。そう感じた直後に義務感が湧いた。

 

 浦菱に見せてはいけない。

 

 自分よりもはるかに長く、重い関係を築いていた人間が無残に殺される顛末だけは、彼女に理解させてはいけない。そう思った。

 

「の……が」

 

 が、遅かった。肩をこちらに預けた浦菱もまた、後方を振り返っていたのだ。

 

「のが、さ……隊長」

 

「浦菱、逃げ」

 

 殻島の声を絶叫が遮った。

 

「うあああアアあァあアあああッ!!」

 

 それは、篠山が発したものだった。

 彼女の叫びは怒りでも、悲しみでもなかった。ただの声として、音として、吐き出さねばならないものが表出したように聞こえた。身を削るような声を発した篠山に、目が釘付けになる。

 

 篠山はブレードを縦に振るう。バルタン星人に避けられる。

 逆袈裟に斬り上げる。また避けられる。

 

 篠山は絶叫の中でも計算した攻撃を繰り返している。しかし、もとより野笠との連携でぎりぎり掠らせることができていた。片割れを失った今、完全に劣勢だった。

 

「ああ゙あ!!」

 

 再度振り下ろす。バルタンはバックステップしながら前方宙返りという非常に奇妙な動きで回避。がら空きになった篠山の顔面を、ハサミが殴打。

 硬い音とともにヘルムのシールド部分が割れた。頭が大きく揺れ、反動で顔が殻島と浦菱の方を向いた。

 

 篠山はおそらくこちらに気づいた。痛みで歪む顔。だが一瞬、表情が揺れる。

 目が細くなる。眉根のしわがほぐれる。

 

「篠山さ――」

 

 叫んだ。彼女の背後にバルタンが回っている。肘をゆるく曲げ、ハサミの先端は篠山の胴体に狙いを付けている。

 

 不意に、篠山が輝きを放った。正確には、篠山の肉体を貫通した光が、そう見えたのだ。

 

 篠山が砂地に両膝をつく。彼女の腹には、直径10センチはありそうな穴がぽっかりと空いている。向こうの景色が通り抜けて見えてしまうほど。

 

 がく、と今度は肩が落ちると同時にブレードを手放した。その体が倒れ、ふわりと砂が巻き上がる。

 

 

 

 

 

 死んだ。

 

 野笠と篠山が死んでしまった。

 

 殻島も浦菱も、ただその場に立ち尽くす。

 

 恒星の光が地平に馴染み始めていた。景色に占める黒が、青へと移り変わっていく。夜明けだ。いつもと同じ、いつもの惑星モシリス。ただ、この大地がまだ暗かった時にあったものがふたつ、なくなっていた。

 

「野笠隊長」

 

 浦菱が呼んだ。

 

「篠山さん」

 

 いつだって、呼ぶ声に返事をする2人だった。「どうした」「大丈夫?」そう優しく言って振り向く人達だった。

 

 のだと、思う。殻島は知り合ってそう長くもないから、断言できない。それでも、こんなに悲しいのだからきっとそうだ。

 同時に襲い来るのは無力感。あんなに強かった、あんなに連携の取れていた2人が敗北した。膝をついてしまいそうだった。倒れてしまいそうだった。 

 

 ざ、と音がする。浦菱が一歩、踏み出していた。

 ざ、ざ。砂を踏む音。

 

「浦菱……」

 

 その肩に手をかける。

 

「行くな」

 

 浦菱の隣に立ち、震える手で制止する。

 

「逃げよう」

 

 あまりに情けない提案だと思う。でも仕方がない。無力なのだから。野笠と篠山でも勝てなかった。今更自分たちに何ができる。せめて逃がそうとしてくれたふたりの願いに応えることしか。

 

「逃げないと」

 

「から、しま」

 

「駄目だ。死ぬ。あいつには、勝てな」

 

「殻島」

 

 一瞥もくれず前だけ見据える浦菱の目から、涙が溢れた。

 

「止めるな」

 

 ぼそりと言って浦菱は悠々と構えるバルタンに向かっていった。倒れ伏す篠山の傍らにあるブレードを拾い上げ、斬り掛かる。避けたバルタンを再度狙って、横に大きく振るう。そこから、連撃。

 

「うああああああああああああああああああっっ!」

 

 息を吸っていないのではないかと思うほど、叫び、吼える。だがその気迫に反し、復讐や仇討ちといった言葉で表すにはどこか空虚に見えた。

 

――あんたがやるべきことの定義を、そのために動くスイッチをちゃんと……作ってほしい。

 

 殻島は浦菱の言葉を思い出す。

 さきほどの涙。頬を伝った一筋で、たしかに彼女のスイッチは切り替わったのだろう。だが、どう切り替わったのか。それは殻島に察し得ない。彼女のスイッチは入ったのか、切れたのか。

 

 それとも、壊れたのか。

 

 耳に飛び込んでくる声がある。リクの声だ。何と言っているかわからない。ほぼ叫びだ。おそらく逃げろ、と言っているのだろう。命じられなくても、逃げ出したい。尻尾を巻いて、一目散に。

 

 バルタンは回避するだけでなくなっていた。隙だらけの浦菱の顔面に銀のハサミが打ち込まれる。浦菱のヘルムはEXゴモラ戦で損傷し、すでに外していた。守るものがない顔面への攻撃。首と上体が大きく反れ、鼻孔からの血が宙を舞った。

 

 腕の太さと比べれば、両手のハサミは非常に重そうに見える。しかし当のバルタンは、人間が空拳を繰り出すのと相違ないスピードで殴打を繰り返す。

 頭部を守った浦菱を、今度は下から狩る。

 

「う゛っ……」

 

 がら空きの腹部に膝蹴りが差し込まれた。よろめく彼女を、バルタンは奇妙な跳び蹴りで追い立てる。胸に両足を叩き込まれ、10メートル以上飛ばされた。ブレードが手放される。

 

 浦菱が死んだら、次は俺だ。逃げなくては。

 

 バルタン星人から逃げろ。2人の死体から逃げろ。こんなに最悪の、まるごと変えてしまいたい現実から――。 

 

「野笠さん、篠山さん」

 

 時間が止まった気がした。景色がぼんやりと明るくなる。目の前に、数日前の記憶が映った。

 

「唯のこと、ちょっとでいいから支えてやってよ」

 

 篠山が言っていた。

 

「俺からも頼む。生意気で不器用なところはあるけど」

 

 野笠が言っていた。

 

 中華屋で食事をした時のこと。浦菱のことを心配する2人にたしかにそう言われた。

 

(2人とも、浦菱のことがほんとに好きだったんだな)

 

 心の底から心配し、信頼していた。ただ同じ部隊にいるだけではない、本物の仲間だった。

 

 浦菱のことを、託されたわけではないのだと殻島は思う。「託す」などという、全幅の信頼を表すような言葉は不適格だ。彼らの関係を奪い取るような図々しい解釈はできない。

 

 ならばきっと、共有されたのだ。野笠の想いを。篠山の愛情を。

 俺が、私が、大切にしている存在を。どうか殻島勇玖も大切に思ってくれないか、と。

 

 景色が戻った。浦菱が膝と両手をついている。起ち上がれていない。無防備な彼女に向けてバルタンがハサミを向ける。内部が光っている。じきに、光線が。

 

 まだだ。

 

 殻島は瞬いた。たとえ野笠が死んでも、篠山が死んでも――。

 

 俺はまだ、これから先もずっと、あなたたちと共有していたい。

 

 地面を蹴った。飛ぶように進む。

 浦菱が落としたブレードを勢いそのままに拾い上げ、振りかぶる。同時に迸る燐光。浦菱に向かう。荒ぶる光線は浦菱に触れようと伸びていく。

 

 間に合え。ブレードを、横払いに。

 

 バッティングのような挙動。真横に流れた刃が光線に触れ、その光を二叉に分かつ。バシュウウ、という奇怪な音と共に、別れた光線は殻島の、そして背後にいる浦菱の横を通り過ぎていく。

 光すら断ち割る強靭な剣。刃の部分からは白い蒸気が立ち上り、払暁の空に溶けた。

 

「殻……島……」

 

 浦菱が呼ぶ。弱々しい声が辛い。いつもはもっと饒舌で、はつらつとしていて。

 

 そういう人柄が、野笠も篠山も好きだったんだろう。

 

「立てよ。俺のこと死なせないって言ったろ」

 

 殻島は前を向いたまま語りかけた。バルタンはハサミを掲げ、構えている。

 

「俺、多分このままだと死ぬけど」

 

「あんたは……あんたはなんでいつも、私の前に」

 

「状況的にだよ。ひとりで戦ってたらお前死ぬだろ。お前が死んだら俺も死ぬんだよ」

 

「私は……あんたを守れるほど強くない」

 

 声のトーンで俯いているのがわかる。バルタンは姿勢を変えた。腰を沈めている。あれはこちらに突っ込んでくる姿勢か。

 

「だったら――」

 

 バルタンが動く。かろうじて、見えた。速すぎる、しかし直線運動で距離を詰めている。突き出されたハサミをブレードでいなし、もう片方の殴打を回避。刃を縦に振り下ろし退いたところを今度はこちらが詰める。

 

「だったら!俺もお前が死なないように努力するから!」

 

 追撃のブレードはハサミに防がれる。が、かまうものかと押し込んだ。

 

「俺もちゃんとお前守るから!これならあれだろ、お互い一蓮托生でいい感じだろ!」

 

「……なにを」

 

「あとこの前言ってたよな、守る人間を守りたいって!そのスイッチもう一度入れ直せよ!あいつが――」

 

 その名を口にするだけで、力が湧いてくる気がした。

 

「湖田が認めてくれた!お前だろうが!!」

 

 突如、バルタンがブレードを受け流す。押し込んでいたブレードは砂に突き立ち、体が前のめりになる。

 

「やば――」

 

 背、両脇腹、頭、全てががら空き。左手に流れたバルタンが、ハサミを。

 

〈フォ……!?〉

 

 バルタンが発したとは思えない、間抜けな悲鳴が上がった。発端は視界の端でセミ面にめり込んだ拳。浦菱の放ったパンチは綺麗に決まり、砂上を転がっていく。

 浦菱は殻島の隣にたち、拳を砕けんばかりに握りしめていた。

 

 起ってくれた。

 

「……武器どーする。お前の足じゃボードは無理だろ」

 

「最初あんたがブレードで時間稼いで。私はライフルを拾う。まだ少し弾は残ってるはず」

 

「了解」

 

 殻島は立ち上がったバルタンにブレードを構えた。体の中心線が飛び出たような位置の刀身は薄く、タブレット端末ほどの厚さもない。だから視界が広い。

 

 接近と同時に横払い。バルタンの姿が消失。避けられたとわかる。

 何となく、わかったことがある。バルタンの戦い方はいやらしい。素早いのにぬるりとした移動、疲労を待っているような回避、そして。

 

 背後を取るのが好きということ。

 

 殻島は右に振り抜いたブレードを脇腹から突き出す。背後は当然見えない。だが掠った感触がある。

 

(強いが、読めないわけじゃない)

 

 振り返ると同時に左に、そこから無数の方向に斬撃を繰り出していく。息もつかせぬ連撃だが、同時に頭も回す。バルタンの逃げ道を作らぬように。つかず離れず絶妙な距離で。

 時折蹴りと殴打が飛んでくる。目を光らせ、頭で考え、剣を振るう。筋肉と脳がじりじりと熱くなっていくのがわかる。

 まっすぐ振り下ろしたときの視界。その端に一瞬映る、人影。

 

(いまだ)

 

 一歩飛び退く。拍子抜けしたようなリアクションのバルタンに、ビーム弾が連発で撃ち込まれた。

 

「ゲホ……!ナイス、うらび」

 

「いいからやるよ!」

 

 各々の手に得物が収まり、状況は再び2対1。あまりに即席、野笠や篠山と比べれば稚拙なコンビネーションだろう。それでも、繋がれたものが2人の間で力強く流動していた。

 

 

 

  

 

 斬撃が掠れる。銃撃が当たる。敵にダメージを与えているという実感は戦いのモチベーションを持続させ、殻島と浦菱の間で共有される。士気が高まり、互いに寄せる信頼から、無意識のうちに「仲間の攻撃」を戦闘プランに計上し始める。

 団体戦。即興の2人組にしては異質とも言える練度の上昇。それらが作用し、戦闘のレベルは一段階上へと登る。

 

 殻島勇玖。浦菱唯。顔を見合わせず、手を取り合わず、言葉も交わさず。しかし足並みを揃えて戦いの階段を上る。

 

 だが、悔いるべきは。

 

 一段上がって、ようやくバルタン星人と互角だった。掠める止まり、当たる止まりだ。戦いにおける力の差、経験値と生物としての個性が導く戦闘スキル、および母星が培ってきた化学力。その格差を限界まで詰めたとしても、2対1でバルタン星人と互角。

 たしかにバルタンの肉体には傷が刻まれている。しかし、そのどれもが急所に届かない。避けられ、防がれる。

 

「おおおおおおお!!」

 

 バルタンへと向かう殻島。しかしその途中でふあり、と右手のブレードを横に放る。

 

「ああああああああああ!!」

 

 右から姿勢を伏せてにじり寄る浦菱がそれをキャッチし斬り掛かる。殻島は砂に埋もれかけた、野笠が使用していたブレードを引き寄せ横薙ぎに打ち付ける。左右からの近接攻撃。だがやぱりバルタンは自慢のハサミでがっちりと受け止めると、その場で回転し2人を引き剥がす。

 

「ぐ……!」

 

「クソッ!」

 

 距離を取った時、殻島の膝が沈む。倒れそうな足腰を何とか持ち直すが、今度は腕も重い。疲労に加え、慣れぬハンマーを使っているためだろう。手に持った時、予想を上回る重量に動揺した。野笠はこんなものを振っていたのか。

 

「はー……はー……」

 

 隣の浦菱も似たような状況だ。露出している肌で汗が滲んでいないところはない。夜明けによりじわじわと気温は上がっているが、アンチヒートを服用するタイミングはなさそうだ。

 

 身体が内側から灼かれているようだった。喉は擦り切れるほどに乾き、脳は沸騰している。視界が霞むのは汗が目に入ったからか、それとも、もう視力を維持する気力も底をつき始めているのか。

 EXゴモラに続いての連戦。そして仲間の死という心理的負担。立っているのが不思議なくらいだ。

 

(応、援は)

 

 来ない。

 

 先ほどリクが言っていた、大怪災クラスの被害も可能性に入る怪獣の侵攻。その討伐のために調査地へ出向く隊員がこちらに来るはずなのだが、広範囲の侵攻に対応、そして市街地の防衛に回る人員も大きく割かれることを考えると、やはりまだ来られないのか。

 

(いや、違う。そもそも俺達は――)

 

 自分たちはおそらく、5分も戦っていないのだろう。時間が凝縮して感じられ、その分体力と神経の削られ方は尋常でない。来られる来られないではなく、間に合わない。単純に、自分たちが時間を稼げていない。

 

「くっ――」

 

 殻島はずるりと手の中のハンマーを落とす。その瞬間を待っていたかのように、バルタンが地面を蹴る。一跳びで俊速かつ水平的に動く姿はまさに忍者。そのまま、ハサミが突き出され――。

 

 が、直後、殻島と浦菱は距離を離しバルタンを挟む形で回避する。ハンマーを落としたのはブラフ。バルタンの右に浦菱、左に殻島。この形を作るため。

 

「ッッあ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 

 ブレードを持つ浦菱は、斬り掛かることはしない。ただ()を持ち替え、まるで投球のような挙動で刃をバルタンに投げつけたのだ。

 

 相方が武器を失った状態で、残った方も武器を投擲に用いる。常軌を逸した攻撃手段だ。

 極度の愚策。判断力を失った自棄の一撃。バルタンにはそう見えただろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 余裕しゃくしゃくで避けるバルタン。その上を通過するブレードの柄を、殻島が握る。浦菱が狙ったのはゴールではない。パスだ。

 

「だあああああああああああ!!」

 

 投げつけた勢いに肩が外れそうになりながらも、無理矢理振り下ろす。隙としては十分。

 バルタンは。

 

 反応、できていない。




次の41話は6月28日に掲載させていただきます。定期更新から1日遅れる形となりますがご了承ください。
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