怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

41 / 100
第41話 砂煙の向こうに

 振り下ろした剣は、バルタン星人の頭に食い込んでいた。

 頭。全生物共通の急所。そこをふたつに引き裂くように、ブレードの刃が深々と入り――。

 

 硬い。

 

 殻島は動揺した。だが生物の体を斬ったとは思えないほど硬質な感触。しかしブレードは頭を叩き割っているように見える。

 

 否、刃が入っているのはバルタンの特徴的な頭。二叉に分かれた兜のような頭部のちょうど中心部分だ。斜左上から振り下ろした殻島に対し、バルタンは首を捻って頭で防御したのだ。

 

〈……フォ……!〉

 

 バルタンの声。じわりと手の平に手応えが滲む。ダメージはゼロではないように思えた。

 このまま力を込めれば、真っ二つにできるか。

 

「げあ……!」

 

 だが、再度力を込める前に腹部を蹴り飛ばされる。やはりこちらを一瞥せずに、足だけを後ろに伸ばす形だ。しかしその威力は絶大。蹴られたというよりも、刺されたような激痛に悶絶する。

 

 よろけながら立ち上がった殻島は、さらに無慈悲な攻撃を受ける。左胸にラリアットのような動きでハサミが叩きつけられ、視界が二転三転するほど飛ばされた。

 

「殻島!!」

 

 起ち上がれない。歪んだ視界で浦菱を捉える。彼女はバルタンの背に向かっていくが、手に武器はない。瞬時に発射した光線を深くしゃがんで避け、立ち上がると同時に空手のままアッパーを繰り出す。が、その反撃もバルタンからすれば予想どころか確証すらあったのだろう。とん、と軽妙なバックステップで避け、後出しジャンケンのように余裕のジャブで浦菱の頭を揺らした。そのまま背後に回り込んで回し蹴り。体が曲線に反れて殻島の付近までやはり飛ばされた。

 

「ぐ、あ……」

 

「浦菱――」

 

 声をかけようとして、喉の奥から逆流するものに気づく。

 

「ごぼ、お」

 

 たまらず砂地に向かって吐き出す。腹を蹴られたことによる嘔吐、そう思っていた。しかし、気づけば視界は真っ赤になり、砂が色を吸い込んでいる。

 

――吐血。

 

 人生で初めての症状に絶句した。同時に息も苦しくなる。血液が喉に張り付いて貴重な酸素を絡め取っていく感覚。

 目だけを動かす。バルタンはこちらにハサミを構えていた。あの色は破壊光線だ。

 

 立ち上がる。が、感覚がない。今自分は本当に立っているのか。腰から下が失われたように実感が薄い。

 

 いや、まだだ。

 

「浦――」

 

 両手で倒れた浦菱の肩を掴み、無理矢理立たせる。ぐいと引き寄せた方向に倒れ込むと同時に、ハサミからの閃光が弾けた。光線はかろうじて当たらず、すぐそばの砂地に着弾。大量の砂塵が巻き上がる。

 霞む景色に殻島は奇妙なものをみた。どういうわけか、バルタンの足下に爆発が生じ、同様に砂が大きく巻き上がったのだ。

 

「一体、何が」

 

「ショックマインを使ったの」

 

 浦菱が芯のない声で答える。

 

「ちょうどあいつの足下に、私が使ってたボードがあった。足を怪我したから、置きっぱなしで砂に埋もれてたけど、ショックマインはまだ1こ残ってたから」

 

 ボードに乗れなくともショックマイン――底部に搭載されている爆破地雷――は利用出来る。爆発の正体はそれだ。

 

「でももう、限界」

 

 浦菱はその場に尻餅をつき項垂れた。発する声の一文字一文字が掠れ、弱々しい悲鳴ような声だ。

 

「多分、あいつは死んでない」

 

 立ちこめた砂煙は濃く、数メートル先も見えない。それでも、厚い砂のベールは数分もしないうちにレースほどの濃さになり、やがて綺麗さっぱり晴れるだろう。その瞬間も、バルタンはその場に立っている。灰色よりも少し暗い、まさに影を纏ったようなその身が倒れることなく存在している。そんな気がしてならない。

 

 勝つイメージが湧かない。手負いの体で逃げてもすぐに追いつかれる。それに、リクが伝えた複数体の怪獣の進行。先ほどまで景色の奥には巨影が見えていた。何時間も戦っていた気がするが、気だけだ。実際はその何十分の一だろう。応援は間に合わない。

 野笠と篠山の死から続く、絶望の延長線上にいまだ立っている。

 

――だったらいっそ、今。

 

 隣で膝をつく浦菱を再度見た。脱水と疲弊でうつろな目から読み取れるのは、諦観(ていかん)

 

「浦菱、前にさ、俺に言ったろ。『スイッチを見つけろ』って」

 

 殻島は浦菱の肩に手を置き、顔を正面に据えた。

 

「あれさ、ちょっとわかったかもしれないんだ」

 

 こんな時に何を、という気力すら彼女にはないように見えた。

 なら好都合だ。彼女には伝えなければ。自分自身のことと、謝罪を。

 

「『やるべきこと』の定義を前に聞かれたとき、答えられなかっただろ。俺なりにだけど、ちゃんと考えてよ。わかったのは、俺のやるべきことイコール『俺が変えたいこと』って感じだと思うんだ」

 

 わずかに、浦菱の瞳が揺れる。懐疑の視線。

 

「俺はレラトーニでレッドキングを倒した。本来、怪獣を倒すなんてのは俺の仕事じゃない。それでも戦ったのは、レッドキングが街を壊して人が死ぬっていう結末になりそうな現実を、俺が変えたかったからだ」

 

「意味がわかんない……なんであんたが、やらなきゃって思うの」

 

「そういう性格、としか言えないよな。俺は結局気に入らない今を変化させたいだけで、でもそんな利己的な響きも嫌だったんだろ。だから『やるべき』っていう義務的な言葉に縋り付いた。実際は願望に手え伸ばしてただけだったけど。つまり」

 

 殻島は自身の手の平を見つめた。吐血した際付着した血で汚れ、砂がこびりついている。

 

「こんなのは、責任感じゃねえ」

 

――勇玖はきっと、責任感が強いんだよ。

 

 湖田に下された評価。その言葉は事実殻島を鼓舞したが、正当ではなかった。

 

 出撃しようとしたのをリクに止められた際もそうだった。「野笠部隊に死んでほしくない」言ったリクに対し、殻島は「自分が死なせたくない」と返した。同じ意味を示すようで異なっている。

 

「俺はお前に、野笠さんや篠山さんに死んでほしくなかったよ。でも、それ以上に思ってたのはきっと、俺が助けたいって願いだ」

 

 助けたい。救いたい。変えたい。その願望が熱をもつのはどうしてか。父親の活躍ゆえか、湖田の言葉からか、あるいはそれ以上に遡るのか。

 

 検討はついてる。

 

(母親、だよな。くそ)

 

 殻島勇玖の母親だった人物によるものだ。殻島の願望・思考、そして能力。S4隊員でもない自分が、EXゴモラとバルタン星人にここまで食い下がれたことも、母の影響がある。

 殻島にとって、振り払いたい影響だ。

 

「……でも、野笠さんと篠山さんは死んだ。俺達も追い詰められてる。変えられなかったんだよ、俺は」

 

 砂塵は地に落ち始めていた。バルタンが先ほどの位置に不動でいるのが薄ぼんやり見える。状況に変化はない。

 

 敗北。レッドキング戦とは真逆の結果に終わる。

 あの時、殻島は谷神に対し「勝利したのは自分以外の人間のおかげ」と語ったが、省みればあまりに虫のいい論理ではなかったか。S4としての責任もないくせに、ただ怪獣を討伐したくて立ち向かった。その結果がたまたまいい方向に転んだから、他人の責任の役割を誇る。自分の欲に殉じた行動を、責任によるものだと正当化するため。他人の責任にただ乗りするため。

 

 その時は、中心部の歯車として回ることが出た。だが今は、ぴくりともしない。

 何より、そのことだけは浦菱に謝罪したかった。

 

「覚悟がない。能力もない。そんな奴が戦場に出りゃ、別の人が巻き添えを食うよな」

 

「殻島、ちが……」

 

「俺が憎いだろ、浦菱。俺が弱いせいで、野笠さんと篠山さんは死んだ。本当に、ごめ」

 

「違うんだよ!!」

 

 今度は殻島の肩に浦菱の両手がかかる。乱暴に殻島を揺さぶり、声を地面に叩きつけた。

 

「弱いのは、私……」

 

 殻島の肩にぶらさがるように、力なく体重を預けている。

 

「私は弱くて、怪我して、逃げることしかできなくて……だから隊長と篠山さんが」

 

「俺が強ければどうにかなってた」

 

「……それじゃあだめなんだよ。あんたが強かろうと弱かろうと、私はふたりを守らなきゃいけなかった。全員を守るために戦わなきゃいけなかった。なのに、私は……ああ」

 

 浦菱の顔がこちらを向いた。酷い顔だ。砂と血と涙で汚れていて、しかしそれ以上に彼女にとっての大事なものが折られている表情だった。

 

「私も一緒だ。無力で、利己的なんだ、わたしも」

 

 浦菱が、何を根拠にそう言ったかはわからない。ただ、殻島は納得できなかった。「守る人を守る」という彼女の誓いは、今にいたるまで貫徹されていたように見えたから。

 

 だから、嫌だった。折れてほしくない。泣いてほしくない。浦菱に「私は利己的だ」などと思わせる根拠があるのなら、なくしてしまいたい。

 

 全て変えてしまいたい。

 

 砂煙は完全に晴れた。バルタンが一歩、踏み出す。遅い歩み。死への秒読み。

 

「……そんなことねえよ、浦菱」

 

 殻島は立ち、バルタンを見据える。

 

「俺は何回もお前に守られてるんだ。こいつと戦ってるときも、ゴモラを倒したときも、アネモスの群に囲まれたときだって。お前がいなきゃ俺は死んでたよ」

 

「でも結局、私たちは殺され」

 

「殺されねえよ。俺が倒す」

 

 倒すことができれば、変わるのだ。

 

「『お前に救われた俺』が、今度はお前を助けて、生きて帰ればさ。バルタン星人を倒せればさ。その結果はお前が無力じゃないってことの証明になるだろ」

 

 殻島も足を前に出す。行かないで、という声を振り切った。

 

「結局、これも願望なんだよ」

 

「待って、殻島、死ぬよ――」

 

「お前は自分のことを利己的だって思うかもしれない。でも、少なくとも俺は違うと思う。自分自身のことを信じていてほしいんだよ。お前には」

 

 背後で砂を蹴る音がする。だがもう、彼女には立ち上がる力も残っていないだろう。

 

「こいつを討伐して、2人で帰るんだよ。帰ったらお互いに『お互いのおかげで倒せたんだ』って言おうぜ。そのためなら――お前を無力にさせないためなら、勝てる気がすんだよ」

 

 浦菱の叫びは、声になっていない。だがそれほど悲痛な声を聞いても殻島の足は止まらなかった。やはり、これは責任や使命感でも、ましてや人のために戦おうとする思いでもないのだろう。

 

「泣くなよ」

 

 バルタンが数メートル先に迫った殻島は付け加えた。

 

 

 

「湖田を見つけようぜ、一緒に」

 

 

 

 全てはそのために。

 考えてみれば、殻島をここまで導いたのも湖田の言葉だった。それは浦菱も同じだ。追い続けた記憶の中の彼に、ふたりなら出会える気がするのだ。だから、こんなところで止まっていられない。

 

 殻島はバルタン星人のわずかな疲弊を読み取っていた。ヤツはすでに4人と連戦している。すべてあしらってはいたものの、若干の動きの鈍りと警戒が滲んでいるのがわかる。

 倒せる。地球人の刃は、届く。

 

 バルタンの姿が真正面に。こちらを睥睨する感情のない黄色い眼。ブレードを構えた。

 それに対応するように、バルタンも構えをとる。片手のハサミを引き、その隙間には光線の準備段階である光が蓄えられた。

 

 風がなくなった。大気はどこまでも静かだった。淀みもせず、揺らめきもせず、ただ二者の間を保ち、包囲していた。止まったまま石と化し、モシリスの一つの遺構に組み込まれる。そう錯覚するほどの静止と静寂が数秒。

 

 

 

 そして、一閃――。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 殻島がブレードを振るった。ように見えた。丁度刃がバルタンのブレードとかち合った瞬間、強烈な光と風圧が浦菱に襲いかかった。

 

 爆風――。

 

 バルタンの光線と、それを弾くブレード、そして物理的な衝突が、周囲一帯を巻き込むほどの爆発を生じさせる。

 

 間近にいた浦菱は後方まで大きく吹き飛ばされた。砂風に叩かれる。転がり、視界が回る度にそのまま暗転してしまいそうになる。それでも必死に意識を繋いだのは、迎えなければならないと思ったからだ。

 

 ただ一人残った仲間を。殻島勇玖を。

 

 彼は討伐すると言った。共に帰ろうと、お前を無力にさせないと言ってくれた。だから今も爆心地に立っているのだ。彼を迎え、共に帰る。ここで倒れてなどいられない。

 

「か、ら……」

 

 腕に力を込める。痙攣する二の腕が肉体の限界を伝える。

 

「殻島……!」

 

 それでも立つ。走る。砂煙でおぼろげな視界を裂いて、殻島がいた場所へと。

 湖田を見つけよう。放たれたその言葉は力強かった。だから勝利を露程も疑っていない。

 勝ってる。生きてる。

 あとは。

 

(どこにいるの!)

 

 姿を見せてくれ。

 

 あたりの様子が見え始める。浮いた砂塵がまた沈み、いつものモシリスの景色が現れ始める。やがて、綺麗さっぱりと晴れた砂煙、その向こうには――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなかった。

 

 

 

 殻島も、バルタン星人もいない。ただ、戦いを物語る深い跡が砂地に刻まれているだけだった。

 

「から、し、ま……?」

 

 膝をつく。まだ歩ける。走れる。それなのに力が抜けた。

 

「ねえ、いないの」

 

 近くにいるかも。探さないと。そんな思考は、だだっ広い砂漠の景色にことごとく砕かれる。

 

「ねえ、殻島」

 

 涙が溢れた。

 

「殻島アアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 浦菱は喉が裂けんばかりに叫ぶ。だが、応えるものはない。その声はあまりにも無意味だった。彼女の頬から落ちた涙で、モシリスの土壌が潤わぬように。彼女の叫びは、どこまでも無意味にこだました。

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 不信感が胸中で蠢いていた。以前職務において調査していた事故、そして今の状況。

 

 何かが、引っかかる。上層部の言葉を信用してよいものか。

 

 今の状況――詳細にいえば、6()()()()()()()モシリスの怪獣侵攻。そしてその後、地球に差し出されたある提言。この提言は、数日後に国民へ周知されるらしいが。

 

 女はパソコンのウィンドウを立ち上げた。聞いてみよう、アシルにいる彼らに。

 

 タブをいくつも開き、情報を整理していく最中、ふと家族のことが頭をよぎった。彼女には夫と息子がいる。最後に会ったのは随分前だ。

 情報端末を手に取り、画面を点ける。待ち受けには3人が映った写真が収まっていた。

 今、自分は危険なことをしようとしている。もしかしたら、もう2人には会えなくなるかもしれない。

 

――それでも。

 

 この宇宙で不当な容疑をかけられている存在がいるかもしれない。日本、いや、地球だって何らかの陰謀に巻き込まれている気さえする。それを確かめるだけの手段を、自分はもっているのだ。

 

 やってやる。

 

 パソコンに目を移した。徹底的に詰めてやる。もし、自分の身を自分で守れない事態になったら、その時はそこまでだ。

 

「うーん、でも」

 

 その時が来たとして、この情報はどうする。誰か、信頼できる者に。

 

「まあ、あいつかな」

 

 ふっと笑みがこぼれた。彼でいい。彼がいい。

 

 弟に託そう。

 

(絶対拒否されるだろうけど。ま、天邪鬼(あまのじゃく)なやつだし)

 

 私が調べた3月の宇宙航行機墜落事故。そして唯一の行方不明者について。

 もしもの時は、それが、託す内容だ。

 

 

 

 

 

 

第2章 モシリス/駆影 完

 

第3章 モシリス・????/黎場 へ

 




今回の話で第2章は完結となります。ここまで呼んでくださった方、本当にありがとうございます!UA、PV、感想、評価、SNSでの反応等、楽しく創作を続ける原動力になっています!

一点ご報告です。ここまで1章は3日おき、2章は5日おきの投稿で続けて参りましたが、3章以降は不定期更新とさせていただきます。さすがに当初溜めていた+追加で書いていた文章の底が見えてしまいました……。
次回42話は7/5に投稿いたします。本編末尾に変なヒキがありましたが、今まで通り浦菱たちに視点をあてて描写していきますのでご安心ください。

また、単なる宣伝になってしまうのですが、X(旧Twitter)をやっています。二次創作以外も色々呟いている雑記ですが、更新ポスト等に反応いただけると励みになります。
https://twitter.com/SnowZarashi


差し支えなければ、今後もよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。