第42話 特別錬成隊員
熱と砂で満ちる大地に異変が生じている。微かに地面が揺れていた。地震よりも不規則で、意図的な響きが存在している。
不穏で異質なその兆候は、一定の方向へ進み、音と衝撃を伝播させていく。凪いだ風は揺らめきに転じ、小動物と小型怪獣は生存本能が敏感な順番に反応的な活動を始める。
巨大怪獣が、一斉に動いていた。
それらはやがて、人間の目にも見え始める。蜃気楼と混ざりひどくぼんやりとした影から、体のシルエットがわかるほどまで。確実に、接近している。
それは
だが、浦菱はもう、そのことを考えられなかった。
「なんで……なんでだよ、殻島」
怪獣の姿は見えている。だが、動くことができない。
「なんで……お前までいなくなるんだよ」
怪獣が迫っていること。脅威が迫っていること。そんなことは、彼女が出くわした悲劇に比べればないも同然だった。
「私が……無力じゃないって、言って、くれるのは…………」
ばたりと前方に倒れ伏す。頬を伝った
――――――――――――――――――――
「報告!第6調査地に現れた『肉食地底怪獣グロッシーナ』、調査区域に侵入しました!!」
「第3!さそり怪獣アンタレスも調査区域入ってます!市の防衛は!?」
「
S4モシリス本部基地。モシリス県中央の砂薔薇市に居を構える惑星防衛の中枢は、混迷と焦燥の極みにあった。仮にこの瞬間基地に火がついたとしても、職員は逃げることを許されない。ここが日本におけるモシリス居住区を守るための最重要砦であるからだ。
司令部では、怪獣侵攻の可能性がある自治体の情報を吸い上げて適切な判断を下す。そのための現状把握と情報共有を可能な限りの速度と正確さで全員が回していた。喫緊の被害が懸念されるのは、
「葉兼市、了解!
「砂野見、情報入りました!避難7割完了、S4の編成も終わってこれから出撃です!」
「足奈賀報告します!かなり混乱してますが……とりあえず避難は終わってます!市外縁部3キロまでの地区を優先的に行ったみたいで――」
避難の進捗が終わり、次はS4による迎撃態勢の把握。
「砂野見より緊急連絡、グロッシーナ、グランテラ、アリンドウ来てます!現地の隊員、足りていないとのことなんですが……」
「内側の市から寄越させろ!、印瀬市からどれくらい出せる!?」
「今すぐ行けるのは20名ほどしか……」
「階級とランクの高い3分の1が出撃、残りで防衛に回れ!」
「緊急通報!足奈賀の作戦室――
「できりゃあやってんだよ!どこもかしこも足りてねえんだ!他の星からは――」
「特錬隊員の応援が来ます」
突如、冷静さを欠かない女性の声が響く。全員が輻輳する情報に目を回す中で、その声は目立った。
「……
司令室に入ったのは、モシリスにおけるS4の作戦において最高の指揮権を持つ者――モシリス外惑星統括官、久茂
レラトーニの
「長官、特錬隊員って、一体どなたが」
一人がそう尋ねた。特別錬成隊員。数名で戦局を変えうるS4トップの実力者。この場にいる全員が誰かという答えを欲していた。
「まずは、モシリスこのほしに常駐していた9位の
おお、と声が上がる。まずは1名援護に来てくれる。それだけで頼もしい。それだけで頼もしいと思えるほど、特錬隊員はゲームチェンジャー的な認識だった。
「そしてもう一人――『あさひ95』で訓練にあたっていた特錬2位……
「おおお!」
先ほどよりも数段大きい歓声が上がった。特錬2位。それはすなわちS4で、日本で2番目に強い人間がこの星に来るということ。光芒を見た思いにもなるだろう。
「久茂長官、足奈賀の作戦室から再度緊急連絡です!」
だが、仕事が軽くなったわけでは決してない。一人、応援を急ぎで寄越してほしいという旨を受けた。
「援護の要請元は?」
久茂は問いに、通報を受けた職員は基地と調査地と答えた。
同時に、久茂は着けていたインカムから声を聞く。
『……かん、久茂長官』
「暮時隊員」
相手は、噂の暮時就一だ。
『あと8分で迎撃位置着です』
「早いのね」
唸るほどの速さだ。すでに臨戦体制とは、同じ惑星にいた高宮の動きとそう変わらない。高宮の初動は決して遅くなかったというのに。
『コロニーから特別に推進艇を出してもらいましたので、それに乗って』
「にしてもよ」
『地表が見えた時点で航行機からは離脱しました。今は自分の足で向かっています』
暮時が言った「自分の足で」とは、文字通りの意味だ。モシリスの大地を、駆けて進んでいる。
高宮もメテオールアーツの特性を駆使し
にもかかわらず降りたといことは、自分の足と装備の方に自身を置いているのだ。推進艇よりも早く到達できる、と。
化け物め。
その評が口をついて出そうになる。
「第4調査地に向かって。緊急の応援要請よ」
『了解』
「通話コードを送るから確認して。要請元のオペレーターと連携を取って任務にあたりなさい」
それだけ言って通話を切った。他の所に指揮をしなければ。
「避難が完了した市からS4隊員の編成を再度、迅速に行いなさい!防衛班も市外縁に送るように。リカバーネットも最悪の場合に備えて予備電源の試験動作を、電力会社にも連絡!」
「了解!!」
久茂の旗振りが、司令部を律する。各自の動きに迷いがなくなり、統一感が生まれていった。
采配を続ける久茂の頭に第4調査地のことはない。暮時がいれば、変えられぬ状況などない。
――――――――――――――――――――
リクは、目の前で起こったことが信じられなかった。
野笠と篠山は死に、殻島も消えた。唯一残った浦菱も気絶してしまっている。もう少しでテレスドンに踏み潰されてしまう。為す術ない状況に打ちひしがれていた時、インカムから通った声。
特錬隊員を名乗った。リクが無我夢中で浦菱を救ってくれと乞うと、観測していたレーダーの端から矢の如き速度で人影が現れ、浦菱を抱きかかえたかと思うとエスケープ可能地点まで運んでしまった。
信じられない。あっという間に彼女を救ってしまった。
『あとはオペレーターそちら側で転送できますか』
尋ねられた時も、息は切れていない。だが、その働きに驚くよりも強く。
「……ありがとうございます!!」
強く、感謝の念があった。野笠が殺され、篠山も死に、作戦行動補佐であった殻島も姿を消した。自分の責任であることは言うに及ばず、不甲斐ないなどという言葉は唱えるだけ無駄。
それでも、浦菱だけは助けたかった。曲がりなりにもオペレーターの責務を全うしようとした、などという殊勝な意思はない。ただ、死んでほしくなかったのだ。担当した部隊の中でも特に親しかった野笠らのチーム、その生き残りとして。
浦菱を転送させ、これでゲートまで戻ってきたことを確認する。事態が事態であるため時間はかかるかもしれないが、医療班が適切な処置をしてくれるはずだ。
浦菱唯は、助かった。
「本……当に、本当にありが」
『いえ。それよりも、一点お願いがあるのですが』
返答には終始感情がない。暮時はどこか機械的な印象を抱かせる。
『俺に命令を下してくれませんか。怪獣を倒せ、と』
「え?」
やにわに、理解ができないことを言われた。
「命令も何も……あなたはすでに下されているんじゃないですか」
『長官には、第4調査地に向かえ、としか言われていません。それに、俺一人に対する命令の方が都合がいいんです』
「都合って」
『必要なんです。命令とか、要求みたいなものが。俺の装備の『メテオールアーツリンク』を発動するために』
血管が縮む思いがした。使うのだ。この男も、特錬2位の男も。
どんな効果かは知らないが、発動のための要件に彼が言う『命令』が必要なのだろう。
ことの重大さは重々承知しているつもりだったが、この男も本気を出す状況なのか。いや、逆に暮時のメテオールアーツを本領発揮すれば、大怪災を未然に防げるのかもしれない。
「……わかりました」
よもや、俺が命令するとは。
「暮時隊員、怪獣を討伐してください」
『ありがとうございます』
メテオールアーツリンク、起動。その響きを聞いたのは、リクと暮時だけだっただろう。
――――――――――
「メテオールアーツリンク、起動」
自らが発した声とともに、視界がぐっと狭まり、暗くなる。しかし、すぐに開放的になると同時に、肉眼で見るよりも明瞭な前方の景色が映し出された。『リンク』を起動する際、装備が自身の管理するMITTドライバーアと連携されたものである場合、防具が頭部や肩周りに転送され、戦場にいながら自動的に装備される。視界が暗くなったのは頭防具の装備と視界へのリンクを要したからだ。
サポートメカに搭載された非常用のものとは、機能は同じだが仕組みが異なる。
眇めずとも見える巨体。地底怪獣テレスドンか。
暮時は得物であるバズーカを右手に携え歩む。バズーカも、防具も、全身が黒く光沢を放っている。隙間なくあてがわれた重厚な鎧には、所々に黄金に輝く突起が点在する。
(テレスドンと最後に戦ったのは、いつだったか)
表皮が硬く、厄介だった記憶がある。
バズーカを肩に乗せた。『リンク』の性能ゆえか、いつもよ軽く感じる。
〈ハオオオオオオオオオオ!!!〉
テレスドンの咆吼。おそらくこちらを敵と認識した。
暮時は足を踏みしめ、粒子エネルギーの砲撃を一発放つ。被弾したテレスドンは風に吹かれた程度よろめき、当たった左胸部分には小さな亀裂が入った。
暮時が駆け出す。バズーカは背負ったままだ。長さも口径も、人一人を抱えているのではと思うほど重厚な砲身だが、体は風を起こす勢いで進んでいく。
二発、三発と射撃。その弾は、すべて最初にできた傷に性格に打ち込まれる。釘を打つように一点へ威力が集中。当初は表皮を割る程度だった攻撃が、徐々に出血を伴い始める。
〈ルアアアオオオオオオオオオオオッ……!〉
胸を庇うように腕を交差させるテレスドン。しかし全てが遅すぎた。
腕には、すでに暮時が降り立っている。心臓や頭部を狙うために巨大怪獣の腕に乗る。上級隊員の常套手段だが、暮時は一切悟らせない。被弾、庇う動作、これらを予期した上で、とどめの足がかりにする。
「ふッ!」
気合いとともにテレスドンの腕を蹴って跳ぶ。丁度被弾した箇所にバズーカの砲口を突き立てた。まるで剣のように、体表に突き立つ。
「終わりだ」
引き金だけでなく、砲身側面のグリップも引き込む。この二種類のトリガーによってバズーカの真骨頂、キャノンビームを放つことができる。かつてウルトラマンが放っていたような超高エネルギーかつ帯状に連続する光線が、テレスドンの腹部で爆ぜる。
深い傷口で放出された光線は、テレスドンの体を駆け巡るもすぐに居場所を失う。やがて体に留められないほどの光は、テレスドンの腹部を破裂させ、内臓をいくつも破壊した。
断末魔すら出せず、地底怪獣は討伐された。
「一体目、討伐完――」
突如、砂煙の奥から鋭利な爪が生えた手が振ってくる。暮時はそれを回避し前を見据えた。
メテオールアーツには、怪獣の反応や体温を感知し、情報を読み取って装着者に伝える性能が備わっている。。夜間や砂煙があるような場所でも発揮される、非常にすぐれた探知機能だ。
が、その機能に頼るよりも前に、暮時は怪獣の正体に気づいていた。
「サラマンドラか」
両頬から頭頂にかけての無数の角とごつごつした体表。そして鼻から火炎放射を行う。
しかしそれ以上に希有な特性が、暮時が瞬時に気づいた理由だ。
この怪獣は、再生能力を持つ。いかに切り刻み、爆破しようと、肉体はたちどころに修復し甦る。喉にある器官を壊さない限り、死ぬことはない。
手はかかる。しかし、対応策はすでに頭に浮かんでいた。
サラマンドラはぎらりと光る歯を見せる。口を開け、地上の暮時に向けて炎を吐き出した。
視界が赤とオレンジに染まる。しかし、熱は感じなかった。皆無という訳ではないが、ほとんどをメテオールアーツの防具が退ける。尚も続く炎の奔流に抗って暮時は跳躍。鼻面に手をかけてよじ登ると、サラマンドラは寄り目になって驚嘆した。
暮時はサラマンドラの眉間に至ると、砲口を密着させた状態で砲撃を放つ。通常の銃器であれば暴発を免れない射撃だ。しかし特注の武器、なにより抑え込む暮時の膂力によってバズーカが破損することはない。むしろダメージは全てサラマンドラに集中する。
〈ギルアアアアアアアアアアアッッッ!!〉
射撃により頭部が抉れたサラマンドラはたまらず絶叫。暮時はそれにかまわず、周囲に向けてなおも砲撃を繰り返す。
眼球が破裂し、鼻の原型がなくなった頃。引き金を引いても軽い感触になった。
(エネルギー切れか)
暮時はすう、と息を吸う。
そしてバズーカを振りかぶると、損壊したサラマンドラの顔面に思いきり叩きつけた。顔とも呼べなくなった顔に深い跡が刻まれる。
〈ゴルアアアアアアアアアア……!!〉
これが暮時の対応策。弱点が露出するまでひたすら攻撃。
サラマンドラの弱点は咽喉部にある。それは当然サラマンドラ自身が知っていることであり、破壊されまいと防御に走るのは目に見えていた。
ならば最初から攻撃を集中させ、防御を破る。それが迅速に倒すための最良な選択だった。
が、あくまで
攻撃で防御を破る。その戦法はもはや困難を通り越して理に適っていない。ジャンケンで相手が出したグーにグーで勝とうとするようなもの。
しかし、暮時はあくまで「討伐の早さ」を優先した結果だ。現状、テレスドンとサラマンドラ以外にも怪獣が出現しており、市街地に向けて進行中だ。一体の討伐に時間はかけていられない。武器や装備の消耗が激しくとも、この戦い方を選ぶ。
がん、がん。
バズーカが打ち下ろされる度、肉体から出たとは思えぬ音が響く。飛び散るのは血液ではなく、肉塊。サラマンドラを構成する筋肉も角も、暮時の攻撃の前には無力に弾け飛ぶ。頭部が破壊されて、絶命した時点で肉体の修復は始まる。しかし、治りかけた傷口を暮時がさらに複雑に破壊するため、修復が追いつかない。
サラマンドラは当初こそ悲鳴を上げていたものの、今は攻撃に合わせ首の辺りが震えるほどの反応しか見せなくなっていた。再生怪獣の哀れな点といえるかもしれない。自らが「掘削」される感覚を、味わわなければならないとは。
やがて露出した再生器官を、暮時は握りこぶしで殴りつける。籠手に付けられた黄金の意匠が、それをばらばらに叩き割った。