怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第43話 天秤

 

――小さいときってよ、誕生日に何もらったら嬉しかったとか覚えてるか?来月娘の誕生日なんだ。

 

 誰かが尋ねた。誰かはわからない。姿が見えないのだ。とても、暗くて。

 

――この色のアイシャドウ、唯にすっごく似合うと思うんよ。明日もってくるわ!

 

 次いで溌剌とした声が差し込まれた。褒めてもらえて、胸のあたりが熱くなる。喜び、とはちがう。何だか、火傷のような。

 

――なあ、腹減らねえ?

 

 また、声の主が変わった。

 

――なんか食って帰ろうぜ。俺今日は米の気分なんだけど。

 

 だめだよ。今日は昼からうどんの口だ。これは譲らない。そう答えようとしても声が声にならず、呼気だけが苦しいほどに吐き出された。

 

「はぁっ」

 

 大きく息を吸うと、視界が光に包まれる。眩しさに目をしばたたかせ、薄く場景を捉える。まっすぐ前の天井にに照明。横になっているのか、眩しいはずだ。

 

「う……」

 

 起き上がった。喉が乾いている。気道がひゅるひゅると鳴った。

 

「唯……?」

 

 声が右隣でした。

 

「よかった!起きたのね唯!」

 

 下の名で呼ばれたが、先ほど化粧品を勧めた声ではなかった。

 

「まだ寝てなくちゃ。どこか痛いところとか」

 

「喉、か……。み、ず」

 

「お水ね、ちょっと待って」

 

 声の主である女が席を立ち、すぐ側、窓際のウォーターサーバーから水を汲む。ほどなくして手渡されたコップを一気にあおった。

 

「具合は……」

 

 女は空になったコップにまた水を見たし、差し出す。それを受け取りながら、浦菱は横目で彼女を見た。

 

「どうして……モシリスにいるの、お姉ちゃん」

 

 傍らにいた人物は、浦菱唯の姉、七瀬(ナナセ)だった。

 

「お姉ちゃん、コンルでオペレーターやってたでしょ。どうして、ここに」

 

「……覚えてないの」

 

 一体、何のことだ。それを問い詰めようとした時、七瀬がいる方とは反対側でドアの開く音がした。

 首をそちらに向け、察する。今いる部屋の天井にはカーテンレールがあり、姉がいた方にまとめてあった。就寝要にしてはやや大回りなベッド。ブラウンを基調とした室内は落ち着きがあり、同時に見慣れない。

 

 ここは病室だ。

 

 そして、入室した人物を見たことでうつらうつらだった意識に張りが戻る。

 

「お疲れ様です、久茂(クモ)長官」

 

 七瀬が起立し、敬礼。洗練された動きだ。それもそのはず、入ってきたのは浦菱も面と向かって話したことはない――話すことが叶わない人物。モシリス統括長官、久茂(イノリ)だった。

 感覚の鈍い手で敬礼をしようとしたとき、「直れ」と声で止められた。

 

「座りなさい。そもそも今は敬礼もいらないわ」

 

 久茂はつかつかと歩み寄り、浦菱の正面、寝ている足下の方にある椅子を退いて座した。長官に足裏を向けるのは僭越だった。

 

「すみません、こんな格好で」

 

「よいのです。むしろ楽な姿勢でいてください」

 

 配慮されている。やはり自分は病人か怪我人なのだ。

 

「あの、私」

 

 一体、何があったのか。

 

「……まだ、混乱していますか」

 

「混乱というか、記憶が」

 

「モシリスが大怪災となる危機から、4日が経っています」

 

「…………え?」

 

「幸いにも侵攻までには至りませんでしたが。混乱は少々。そして、あなたの部隊はその序盤、バルタン星人と交戦し」

 

「あ――」

 

 脳が覚醒する。同時に、強い衝撃。痛い――頭に刃を突き立てられたような衝撃。

 

「あああああああああああああっ…………」

 

 頭を掻きむしる。知りたかった状況の、記憶の正体が判明した途端、今度は全てを手放したい衝動に襲われた。

 

「う゛……ああああ!」

 

 押さえつけるだけには留まらず、頭皮に爪を立てる。痛い。痛いはずなのに。

 発生源が異なる涙が溢れて止まらない。

 

「唯!!」

 

 七瀬の目にも自傷行為のように映ったのか、両手で肩を支える。だが、浦菱の感情を堰き止めるものはすでに壊れていた。

 

 父親として、隊長として、常に完璧であり続けようとしていた頼もしい男。

 

「野笠隊長……!」

 

 いついかなる時も自分の身を気にかけてくれた、世界一優しい先輩。

 

「篠山さん……!」

 

 そして。

 奇跡的に出会えた、自分と目的を共有する人物。自分が大切に思っていた人間を、同じように大切に、忘れずにいてくれた人物。信頼していた。仲間だと思っていた。

 

「殻…………島ッ…………!!」

 

 人目も憚らず泣いた。しゃくりあげて、声にならない声で名を呼んだ。決して反応はない人たちの名を。

 

「なんで、どうして」

 

 理由を探す。なぜ死んだのだ、と。そしてそれは、別れ際に殻島に語ったのだと思い出す。無力だから。自分があまりに弱いから。

 

(そうだ。あの中で一番、私が弱かった。なら――)

 

 ならば、どうして。

 

「わたしだけが生きてるの……?」

 

 理由はさらなる理由を求めた。

 

「浦菱隊員、どうか落ち着いて。あなたは気絶したところをかろうじて救助され――」

 

 そうではない。久茂の声は耳に入らなかった。

 なぜ自分だけ生きている。ひたすらに根拠を求めた。応えのない問いが奈落へと向かっていく。

 

「わたし、だけ」

 

 傍らの七瀬も、どう声をかけてよいのかわからないのだろう。悲嘆に暮れる妹を前に、ただいたたまれずにいた。

 

「なんで、わたしはいっしょに死ななかったの――」

 

「よしなさい」

 

 ぴしゃりと言い放ったのは対面の久茂だった。浦菱は顔を上げる。

 

「反省は重要です。損害を受け止め、理解し、何故起きたかと起こさないためにはどうすればよいか。それを自問するのは人間的な営みであり、大切なことです。ですが」

 

 久茂の切れ長の目が、一層細められる。

 

「生きていることを、生存を悔いてはなりません」

 

 その言葉には、慰めではなく叱咤の響きがあった。生半可に寄り添うことはないからこそ、相応の重みを伴っている。

 

「あなたは生きている。生き残ったんです。どれだけ忌避しても変えられない現実がそれなのです。それを拒みたいと思っても、口に出すことは見過ごせません」

 

「ちがうんです」

 

 浦菱は呂律の回らぬ涙声で遮った。 

 

「違う?」

 

「わたしは生き残ったんじゃない……わたしは……皆に()()()()()だけなんです」

 

 手の平を見つめた。包帯が巻いてある。武器を振るっている内にズタズタになったためだろう。その痛みと熱が、現実の証左だった。

 

「わたしが生きてるのはたまたまじゃない……野笠隊長も、篠山さんも、殻島も……わたしを逃がそうとしてくれて、その結果助かった、だけ」

 

 言って、また嗚咽を漏らす。

 今ここにいない3人は、死地において咄嗟に天秤を用いたのだ。片方の(はかり)に乗せたのは自分の命。もう片方には浦菱の命。各々が判断を下した。何を優先するのか。どちらが重いのか。

 全員の天秤が、浦菱に傾いた。だから野笠と篠山は浦菱を逃がすことに命を賭したし、殻島も絶望的な状況で一歩を踏み出した。

 

 浦菱は何よりも大切に思われていて、結果3人の気持ちは実を結んだ。しかし――。

 

「そんなの…………」

 

 一人残された者は。片側の重みを一身に背負う人間は。

 孤独が苦しい。死別が悲しい。何より死した彼ら本人に、自分の命よりも大切だと断じられたこの生が。

 

「辛いん……です……すごく」

 

 今終わらせてしまおうか、と思ってしまうほどに。

 いっそたまたまだったら、4分の1の確率で助かったというだけだったらどれだけ楽だったか。

 

 であれば、自分が生きている現状に疑問を抱くことも、悔いることも当然の帰結かもしれなかった。

 

 しばらく、すすり泣く声が響いていた。これも配慮ゆえか、一人用の悠々と使える病室に、抱えきれないほどの悲しみが満ちる。

 久茂が、すうと息を吸った。

 

「……それでも。それでもです、浦菱隊員」

 

 彼女は頑として譲らなかった。

 

「単なる事件でないことはわかりました。あなたにしか感じ得ない苦しみもあると思います。それでも、()()()()()()()()()あなたは彼らが到達できない未来にいます」

 

 久茂は静かに語りかける。負傷した一介の隊員相手に、まるで礼節を重んじられる儀式のような姿勢で臨んでた。

 

「救われたから善く生きようなどと思わなくていい。死んだ彼らを思うなら、などとお為ごかしは述べません。それでも犠牲の終着点が、あなたの懊悩(おうのう)の果てにあるのが、後悔であってはなりません」

 

 これは私の信条です。そう締めくくった。

 信条だ、と言われてしまいたやすく反論もできない。浦菱は項垂れ、しかし心の中ではかぶりを振っていた。

 

――無理だ、そんなの。

 

 今は悔いしかない。罪悪感しかない。この思いは、消える日が来るのだろうか。

 いや、来てしまう。人間は悲しみを忘れ前へ進むよう本能にプログラムされている。では、久茂が言ったのはまさしくその本能に従って、泣いて忘れろということなのか。それが未来の私か。

 

(嫌だ……)

 

 今の自分も、未来の自分も好きになどなれない。どうやって、立ち上がればいい。

 

 その時、「久茂長官」と呼ぶ声が聞こえた。七瀬ではない。出入り口の扉の向こうからした。

 

暮時(クレトキ)です。こちらにいると伺いました」

 

 心臓が跳ねる。暮時、とはまさか。

 

「ええ。入って構いません」

 

 失礼します、の声と同時に自動ドアが開く。受付で渡される証書を読み取らせたのだろう。

 

 そこに立つのは、浦菱が想像していた人物と相違なかった。会ったことはないが、見たことはある。見上げるような長身、引き結んだ唇と濃淡のない瞳――総じて人間よりも機械を思わせる表情。

 特別錬成第2位隊員、暮時就一(シュウイチ)。彼は久茂を認めると入室、背筋を伸ばしたまま歩む。その一歩一歩が、浦菱の目を引く。彼はどこか常人とは異なるように見える。姿勢、体重移動、重心というのだろうか。いや、貫禄とか威風とか、もっと曖昧な要素のような気もする。ともかく暮時には、肩書きに見劣りしないだけの圧のようなものがあった。

 

「何か」

 

 久茂もまた表情を変えずに問う。

 

「迎撃対応のご報告をと」

 

「状況は」

 

「モシリス第1調査地から第6調査地まで、発生していた全ての巨大怪獣の討伐および無力化を確認いたしました」

 

「詳細を」

 

「1、2調査地は軽科市、3は葉兼市のS4基地と本部からのジェットビートルで応戦、迎撃。第4は私が、残りは高宮隊員と砂野見、および印瀬からの増援で迎撃、一部冷凍保存処置で対処しました」

 

 第1から第6の調査地まで影響があったのか。浦菱はそこで初めて全容を理解しぞっとする。1から6までは日本におけるモシリス県領土の西部をほぼ覆ってしまえる調査範囲だ。久茂によると、今回は巨大怪獣が街に到達する前に撃退できたからよかったものの、侵攻されていたら過去最悪レベルの被害だっただろう。

 

「ご苦労様」

 

「は。ではこれで」

 

「いえ、少し」

 

 早々に立ち去ろうとする暮時を久茂は引き留め、顔をこちらに向けた。

 

「浦菱さん、こちら、暮時隊員。名前はご存じですよね。暮時隊員が気絶したあなたを救助したのです」

 

「え――」

 

 この男が。浦菱は静かに驚く。自分は特錬トップの人間に直々に救われたのか。

 

「あ、ありがとう、ございました」

 

 頭を下げる。生を悔いていたのに、とも思うが、救ってくれた人間に頭を下げるのは礼儀だろう。

 暮時は「命令があったので」とやはり機械的な対応だ。声のトーンも揺るがない。

 

「調査地に赴いた際、あなた以外の救助要請は出ていませんでしたが、部隊の方は」

 

 ぐい、と喉を押さえつけられた気分だった。声が出ない。出したらきっと、また泣く。

 

「暮時さん、その、今は」

 

 隣にいた七瀬が不意に声を上げた。浦菱を労り、なんとか茶を濁そうとする。が、そのどことなく暗い空気は、最早答えに等しかった。

 

「そう、でしたか」

 

 受け止めた暮時の顔を見上げる。変わらない真顔には、隅々まで健康的な張りが行き渡る。若い。20代半ばくらいだろうか。己と重ねた年数は大して変わらない。だが、その手は己の何十倍の怪獣を屠ってきたのだろう。

 暮時は言葉を探している。何を言う。浦菱は密かに求めた。強者は打ちひしがれた人間に、どんな言葉を投げかける。そう思って口が開くのを待った。

 

「ご冥福を」

 

 暮時は、ただ静かに腰を折った。真っ直ぐな姿勢のまま、頭がこちらに向く。

「お祈りします」

 

 言って顔を上げる。そして再度久茂に挨拶をして退室してしまった。

 

 冥福を祈る。特錬2位が放ったのは、誰でも言えるありふれた言葉だった。浦菱はほんの少しだけ落胆する。しかし、それ以上に大きく満たされたものもあった。

 野笠や篠山、殻島が死んだことへの悲しみ。それは暮時にはわからないし、わかってほしいというのは難しい。暮時は越えられないその柵に手をかけることはせず、向こう側から言葉を投げかけた。それは他人事であるがゆえに、浦菱の敷地を踏み荒らさない。過不足ないという意味では最適解だった。

 

 瞬時にこの言葉が出ると言うことは。いや、生き残ったことを後悔する己に慰めではない言葉を贈った久茂さえも。

 同様の経験が、仲間を喪った経験があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 久茂も同様にほどなくして退室した。侵攻は収束に向かっているとはいえ、多忙の極みにあったはずだ。モシリス全体におよぶS4の編成と移動の事後的な追認。各自治体の避難主導とその後の状況把握・注意喚起。おそらく平素の生活に戻ってはいるだろうが、県民からの不安の声は噴出しても仕方がない。その対応方針の策定には久茂も絡む。そんな中時間を割いて対面してくれたことに対する感謝は大きい。この星における日本で最も階級の高い彼女から事を伝えられたからこそ、残酷な現実に納得せざるを得なかった部分はたしかにある。

 

「お姉ちゃん」

 

 静かになった病室で、浦菱は残った姉に語りかけた。

 

「少し、一人にさせてくれないかな」

 

「ダメ」

 

 即座に否定され、七瀬の方に顔を向ける。声が震えていたから想像は着いていたが、やはり涙目だった。

 

「今目を離したら、唯が何するかわかんないから」

 

 自殺を図るとでも思われているのか。たしかに先ほどの反応を見れば姉の姿勢も理解できる。だが、今の浦菱には自身を害しようとする気力すらなかった。

 

「……大丈夫だよ」

 

「悪いけど、唯から目を話したくない」

 

「……じゃあ、飲み物買ってきてほしいな、お茶かなんか。私今怪我してるから動けないし」

 

 退出の口実を差し向けると、七瀬は口をへの字に曲げた。

 

「…………安静にしててよ」

 

 七瀬は早足で病室の扉を抜けた。

 病室に一人。静寂の中募るのはやはり己のふがいなさ、後悔。そして新たに湧き出るもの。

 

 怒り。仲間を3人も葬ったバルタン星人への憎悪が身体中を駆け巡っている。

 許せない。叶うのならこの手で討伐したい。完膚なきまでに打ち負かし、討ち果たす。

 

 だが、叶うのなら、だ。

 

 殻島の最後の一撃の跡、バルタンは姿を消していた。倒したのか?後の記憶が途絶えているため、その時に自分は気絶したのだろう。

 久茂は先ほど、バルタン星人に関する言及をしなかった。長官の立場でも詳細はわかっていないのだろう。ヤツらの目的はまだ判明していない。

 他の場所にバルタンが現れたという情報もなさそうだ。では、今回の怪獣侵攻。あれはゴモラのEX進化によって起きた事象なのか。それとも、バルタンが絡んでいるのか?

 

「何にも……わからない」

 

 しかし、浦菱は数日後再度バルタン星人の姿を見ることとなる。それも驚くべき場所で。

 

 病院内に設置されたテレビ、そこで映し出された番組にヤツは映った。




44話は20日19時投稿予定です。
差し支えなければよろしくお願いします。
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