怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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今回の話、あるいは今回の話以降、オリジナル色が強くなります。
今更すぎる注意喚起ではありますが、実際のウルトラ作品に登場したワードも出てきますので、改めて提示いたしました。ご容赦ください。


第44話 ないもの

 病院内の廊下を浦菱は歩いていた。購買へと向かっている。姉は「欲しいものがあるなら私が行くよ」と親切だったが、寝たきりも嫌だったため適当に理由を付けてベッドを出た。

 

 怪我は多かったが、起き上がれないほど重傷でもない。症状は、軽度の脱水と骨折が数カ所。しかしいずれも治癒は早く、いまだ痛むのはあばらと足だ。それでも静かに動けば問題ない。

 若干、右足を引き摺るような形で歩く。いつもであれば、使用武器のボードが使えるようになるのはいつだろうと考えていたかもしれない。だが、今の浦菱はそこまで思考が届かなかった。

 

 S4を続けるか否か。それが浦菱の頭を占めていたからだ。

 

 仇であるバルタン星人に感じた怒りは真実だ。しかし、ともに戦った先輩ふたりの殉職は、あまりにも深い傷を心に刻んでいる。何もできなかった悔しさ。バルタンに対し歯が立たなかった無力感と恐怖。それは憎悪の念を細らせていた。

 

 そして、殻島勇玖の消失。このことが、いまだに頭痛がするほど辛い。以前話のみをした八十川・安生を覗けば、彼が唯一ともに湖田永晴を探す仲間だった。彼とともに歩めると思っていた道が、突如絶たれたのだ。

 ただでさえ可能性が低い湖田の生存。その目的と意思を共有できる人間に、これから先出会えるか。会えたとして、その人物は殻島の代わりになるか。

 

(……無理だ)

 

 湖田を探すという道を、一人では歩けなくなっていた。自身一人では、湖田が消えた謎の一端さえ掴めない。そう思ってしまうほど、浦菱は体よりも心の方が憔悴していた。

 

 一緒に探すんだろ。殻島はそう言い放ってくれたが、遺言の響きを伴うなんて考えたくなかった。

 

 足だけでなく、体全体を引き摺るように歩くようになり、やっと1階受付前の待合フロアまで辿り着いた時のこと。長椅子が並ぶ待合フロアから視聴できるよう、天井の隅に空間ディスプレイが浮かんでいた。画面はテレビニュースを映している。その中でキャスターがやにわに「速報です」と告げた。

 

 浦菱は画面に目を向ける。「画面切り替わります」とのアナウンス後に現れたのは、人間ではなかった。

 

「え」

 

 二叉に分かれた頭部。黄一色のせり出した眼球と口吻のようなものが伸びる顔。そして銀の肩口までが映っている。

 

 なぜ、やつがテレビに。

 

「バルタン星人……!」

 

 大股でスクリーンに寄る。画面の下に集った他の人々を押しのけて真下、最もよく見える場所まで進んだ。

 

 テレビに外星人が映ることは稀にだがある。現在地球はペダン星とメトロン星と友好協約を結んでおり、国際交流ならぬ星間交流がある状況だ。そのため外惑星関連、あるいは技術部門のニュース等ではペダン星人らの顔を拝むことができる。だがそういった場合、民間のテレビ局や番組制作会社によって独自に放送されることはまずない。異星人との交流は友好的なものとはいえ、星を越えての関わりだ。当然、ある程度の慎重さが求められる。したがって国民とのパイプになるのは常に国であり、内閣各省、あるいは外局を通してようやくメディアに乗る。

 

(逆にいえばこの映像は、国が公然に許可したもの……!)

 

 信憑性云々という疑いはもつ方がおかしい。無数の人々に関わる何かしらの情報が放たれるのだ。

 

『地球の皆様』

 

 バルタン星人の発声にどよめきが伝播する。低いが、よく通る声だった。

 

『……特に惑星モシリスで襲撃を受けた日本国の皆様に、バルタン星の使者である私から申しあげなければならないことがございます』

 

 浦菱は身構えた。この侵略者は、何を言う。

 

『まずはじめに、此度の惑星モシリスにおける日本国領土の危機、その一端に私どもの同胞が関わっているという事実を、ひとえに謝罪させていただきます。その上で、私どもに今回の事態を説明する機会を、内閣外惑星開発戦略本部が与えてくださったことを深く感謝致します』

 

 口上は、あまりにも意外な始まり方をした。

 

「おい、こいつが言ってる危機って」

 

 ディスプレイに集った人々が話し始める。

 

「モシリスでのことだよな」

 

「ええ。今回でS4隊員と交戦したって」

 

 ここには入院しているS4隊員も多いのだろう。各々が敏感な反応を見せる。

 

 先のモシリスにおける怪獣侵攻の報道で、バルタン星人の存在が確認されたということも伝えられている。怪獣侵攻そのものの原因ではないが、S4隊員である野笠と篠山を殺害した——2人の名前は伏せられての報道だったが——という事例のことだ。国民に膾炙したバルタンの敵対的姿勢を、当の本人が謝罪した。それも丁寧な口調で。さらに、事態の説明までもするという。

 

『お耳を疑うような発言だということを承知でお伝え致します。此度(こたび)のS4隊員に対する襲撃を行ったのは、私たちバルタン星人であってバルタン星人ではありません』

 

 ふざけるな。

 黙したまま、浦菱は気色ばんだ。あいつが、仲間の命を奪ったあの異星人が、バルタンでなければなんだと言うんだ。周囲も同様の反応で、漏らした困惑の声に微かな怒りがある。

 

『正確には、今こうしてお伝えしている私とは別の種族のバルタン星人が、モシリスの日本調査地に降り立ち、他怪獣組織の地球人に危害を加えた、ということになります』

 

「たしかバルタン星って」

 

 再び周囲がざわめき始める。

 

「5世紀くれぇ前、初代ウルトラマンがいた時にも地球を攻めてきてたよな。バルタンの母星が壊滅して次の居住惑星を探してたって。その時相当な数がウルトラマンに倒されたんじゃなかったのかよ」

 

「でも、また別のバルタンがその後複数のウルトラマンと戦った記録も残ってる。初代マンに倒された『相当の数』ってのも一部だったんでしょ。残ったバルタンは別の惑星に散り散りになった、あるいは再結集したって説が有力だけど……」

 

 高度な知能と科学力に加え、別離や移住などの背景があるものとして考えれば、「種族」という概念があることは十分あり得る。

 

『モシリス地球領に襲来した我々の同胞……いや、同胞にして異端分子とも呼ぶべき者達。我々は『ダークバルタン』と呼んでいます』

 

「ダークバルタン……」

 

『このダークこそ、地球人の皆様が営み、命を育む星に襲来し敵対的意思を表明したのです!』

 

 テレビのバルタン星人は語気を強めた。これが「説明」の内容だろう。浦菱らを襲ったということは、地球人全体に牙を剥いたも同じ。そういった敵対意思があるのは、バルタン星人の中でも一部のみである、と。

 

「ふざけないでよ」

 

 今度は声に出ていた。だから自分たちは関係ないと言いたいのだろうか。種族が違ってもバルタン星人に変わりはない。野笠は、篠山は、殻島は殺されたのだ。その憎悪を注ぐ対象から免じてくれと画面の中のバルタンは言っている。

 随分と、虫がいい話ではないか。

 

『僭越ながら、誤解をしてほしくないのです。私は責任逃れのためにこの場に立っているのではありません。』

 

 浦菱は目を見開き、慌てて細めた。考えが、見透かされているように感じる。 

 

『私たちは地球の防衛組織と協力し、ダークバルタンの完全なる根絶をご提案したく参りました』

 

 ひときわ大きな声が上がった。困惑と歓呼が混ざったような、定まりのない感情がディスプレイの前を支配する。

 

 外星人と地球人の協力。それは現状、友好協定のあるペダン星とメトロン星が主である。一部、地球との通信を行うための中継惑星交渉においてペガッサ星や三面怪人ダダ、他数惑星との細々とした交流はあるものの、「協力」と明言するほどではない。であれば、今この場は地球における3例目に立ち会った瞬間ということになる。

 

『我々がダークバルタンの殲滅に拘泥するのは、彼らの無法あまりある行動を同じバルタンとして容認できないと感じたため。そして、モシリスやレラトーニに暮らす地球の人々、ひいては宇宙にいる全ての地球人に危険を呼びかけたいと強く感じたためであります。ダークバルタンが地球を敵視する行動は今回だけではありません。以前――』

 

 一呼吸溜めてから放たれた内容は、浦菱の頭を真っ白にした。

 

『イメルに墜落した日本発の宇宙旅客機墜落事故にも深く関与していると考えられます』

 

「な――」

 

 しばらく、周囲の声も聞こえぬほど混乱し、動揺した。浅い呼吸が重なり、やがて聴覚を元通りにする。

 

「イメルの墜落事故って……いつだっけか」

 

「忘れんなよ、今年の3月末だ。たしか20人くらいは死亡者が出てた。助かった人数もわりといたが……」

 

「規模の割に報道とかは少なかった印象ね。あと、行方不明者もいなかったかしら?」

 

 そうだ。約4割が死亡し、唯一死亡でも生存でもない『行方不明者』が生じた墜落事故。件の行方不明者の名前は、湖田永晴(コダナガハル)

 

 浦菱と殻島が追っていた事故。ダークバルタンはそれに関わっているという。

 

『あくまで予測になりますが、ダークバルタンが小規模の航行機に狙いを付けたのは人質確保が目的であると考えます。全面的に地球に対し宣戦布告は行わず、生きた人々を捕らえて選択の余地を奪う計画。航行機はその毒牙にかかったと考えられます。……許しがたいことですが』

 

 画面の中のバルタンがわずかに俯く。

 

『人質計画の進行は定かではありませんが、このたび2度目のアクションが起きたと言うことは、依然バルタンは敵対思想を新ためるつもりはないということが伺えます。しかし!我々ダークとは異なる大多数のバルタンは地球への関与など微塵も計画しておりません!凶悪な同胞の暴走を止めるためにも、地球人の皆様にこうしてお伝えしたかった……お時間をいただいたのはそれが理由です』

 

 いつのまにか、バルタンの声に感情らしきものが宿っているのを誰もが感じ始めている。

 

『協力、というのは私の身勝手な要求です。この後については、対処に当たっているS4の司令部をはじめ、地球防衛機構との協議を経てのご決定となるでしょう。皆様の貴重な時間をいただきましたこと、ここにお礼を述べさせていただきます』

 

 では、また。そう締めくくられた数分の内容は、あまりに濃いものだった。バルタンが露わにした迫力の余韻が、周囲で聞いた者達を焚きつける。

 

「バルタン星人が協力の申し出って……まじかよ」

 

「『ウルトラマン永遠のライバル』なんて言われた異星人でしょ?ありえない、フェイクニュース?」

 

「全チャンネルでやってたみたいですよ、嘘じゃなさそうです。でも今言ってたことホントなのかなぁ、ダークバルタンが今回に加えて宇宙航行機まで攻撃してたなんて」

 

「SNSもこの話題でもちきりですね」

 

 病院ではありえない喧噪がしばらく続いた。その間、浦菱は一人でひたすら頭を回す。

 

 こんな、ことが。

 

 熱が出そうなほど混乱していた。『ダークバルタンが深く関与』……あの言い方なら、画面のバルタン星人は航行機事故の実行犯であると確信しているのだろう。

 

(…………本当に?)

 

 今の今まで、事故原因から湖田の行方まで全てが謎に包まれていた。そんな中、急に核心に迫るような証言が飛び出した。現状、この証言を比較する材料はない。事故調査に関わった地球人はより多くを知るのだろうが、少なくとも浦菱には皆無だ。ゆえに、正誤を判断できない。

 だが、この墜落事故が意図的なものであるという可能性は、以前から存在していた。

 

「八十川さんたちの話……!」

 

 八十川と安生。湖田と航行機に同乗した友人ふたりの話。そこで、湖田はフライト中「UFOのようなものを見た」と言っていたらしい。その時あくまで荒唐無稽な可能性であった「何者かによる攻撃」が唐突に真実味を帯びる。

 

 浦菱は己の髪をつかみ、ぐしゃぐしゃとかき回した。今、手がかりが出るのか。今出たとして、もう共有する人間はいなくなってしまったというのに。

 

(でもたしか、八十川さんたちの話は取調べの人には伝わっていなかった。調査した人がUFOについての証言を捏造した、なんて話も殻島としたけど、余計意味がわからなくなったな……)

 

 同時に、この事故の裏に忍ぶ影の存在を思い出す。湖田の「UFOを見た」発言は墜落後に録音されたものだった。八十川らの取調べを担当した者は、当然それを視聴していたはずだが、「UFOを見た」発言についてはすっぽりなかったことになっていた。意図的な齟齬、あるいは捏造の可能性がここにある。

 

 しかし、仮にバルタン星人の中継が真実であろうとなかろうと、調査団体が湖田の発言を取調べ官に伝えない道理がない。伝達のタイミングで生じた過失の齟齬という可能性を除けば、やはりそこに陰謀じみたなにかがある。

 

 事故そのものも、バルタンの言葉も、全てに怪しい色が滲んでいる。

 

 それでも――。

 

 浦菱は常に事故の情報を追い求めていた。それは殻島とともに追求した目標でもある。打ちひしがれた彼女の手の中に降ってきた手がかりの切れ端。

 現実的じゃない。そう言って握り潰せるほど、心に余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 斎場は黎かった。薄ぼんやりとした照明の中、すすり泣く声がちらほらと聞こえる。

 

 浦菱はS4が執り行った合同葬儀に参加していた。弔われるのは、今回のモシリスの怪獣攻勢で犠牲になった隊員達。バルタン星人による被害者は野笠と篠山だが、他にも8名の隊員が怪獣と交戦し命を落としていた。遺族の他に希望した隊員が参列したため、式の規模としては大きい。S4からの参列者の多くが、討伐・あるいは防衛に駆り出されている、いわば同じ危機を経験した人間だ。全員が、静かに手を合わせる。

 

 式後、浦菱は野笠の妻と娘、そして篠山の両親にそれぞれ会い、挨拶を述べた。見殺しにしたことへの恨み言を向けられる覚悟の上、もっといえば、殴られても文句は言えないと思っていた。だが、かけがえのない身内を喪った誰もが、優しい言葉をかけてくれた。

 

「あなたが無事でなによりです」

 

「娘と戦ってくれてありがとう」

 

 あたたかさを感じるとともに、針のむしろだった。いっそなじってくれた方が痛くないのかもしれない。

 

 ホールを抜け、通路に出る。弔いの場らしい控えめな照明は、参列者の心に寄り添うものだ。浦菱は一人、その薄暗さに身を置いた。

 

 野笠の家族は、これから大丈夫なのだろうか。父を、一家の大黒柱を失って、これからどうなる。S4は仕事が仕事なだけに強制から任意まで保険は手厚い。遺族補償手当に加え、居住形態に応じた手当や、申請次第でS4側に種々の支援を請求することができる。

 などと、妻や子に声を掛けられる人間がいたら、そいつは人でなしだ。大切な家族を奪われた。その悲しみを一生引き摺っていかなければならない。

 

 篠山の両親の言葉には、関西の訛りがあった。おそらく関西出身か、彼らのまた両親が関西の出なのだろう。まだ耳に残っている篠山の関西弁は、両親から受け継いだことの裏付けで、きっと会話の絶えない家族だったのだろうと思いを巡らせて。

 

 それが、なくなった。己のせいで。

 

 ふがいなさ、申し訳なさ、やるせなさ。胸の中に、「ないもの」ばかりが渦巻いていた。

 

 だがそれでも、まっすぐ立てている自信はあった。すでに(はら)を決めたのだ。

 私は、S4を――。

 

「S4隊員の、浦菱さんですか」

 

 不意に呼ばれ、振り返る。そこには喪服で身を包んだ、初老手前の眼鏡の男が立っていた。物腰柔らかな様子で、浦菱に対し一度ゆっくりと礼をした。

 

「息子…………いえ、甥がお世話になったと、S4関係者の方から伺いまして」

 

「甥っ子さん、ですか」

 

「はい」

 

 レンズの奥の穏和な瞳が一度、これもゆっくり瞬かれた。

 

殻島勇玖(カラシマイサク)の叔父、殻島由隆(ユタカ)と申します」

 

 

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