怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第45話 すべて

 斎場で浦菱に声を掛けた男、由隆(ユタカ)は、殻島勇玖の叔父を名乗った。

 

「あ……」

 

 浦菱は面くらい、言葉を探す。

 

 由隆がモシリスで行われた合同葬儀に参列した理由は、無論甥である殻島が自己に巻き込まれたことに起因するだろう。だが、今回の葬儀はモシリスの怪獣侵攻で命を落としたS4隊員を弔う趣旨だ。ホール内、デンファレの花に囲まれた遺影に、殻島の顔はなかった。

 彼は、「死亡」というよりも――。

 

「少し」

 

 由隆はやや腰を折った。

 

「お話をお聞かせ願えればと思いまして」

 

 浦菱は承諾し、ホール出口脇の座席に腰を下ろした。座席は向かい合っていないため、由隆の横に座る形になる。その配置に、浦菱は若干安堵していた。対面に座しても、由隆の顔をまっすぐ見られそうにない。

 

 殻島は最後、浦菱のためにバルタン星人へ立ち向かっていった。自分の無力さゆえにこの場から消えた人物、由隆はその親族だ。文字通り、どの面を下げて。

 

「どうして、父親や母親でなく叔父なのか、疑問ではありませんか?」

 

 由隆から柔らかい問いが来た。浦菱は顔を横に向ける。

 

「勇玖の両親は、あいつが幼い頃離婚していまして。勇玖の親権は父親……私の兄にありましたが、兄貴はS4隊員。外惑星勤務の、転勤の多い配属になってしまいまして」

 

 この場合の「転勤」とは、一つの外惑星内における移動ではなく、外惑星そのものを転々とする生活を指す。

 

「離婚は、勇玖が6歳の時だったかな。まだ小学校にも上がっていない歳で、移動の多い生活は堪えるだろうと思いました。話し合いの末、私たち夫婦が引き取り、地球の方で育てました。養育費用のほとんどは兄が負担してくれたんですが」

 

 私どもには息子がおりませんでしたので、と付け加えた由隆を見て、彼の発言が反芻される。

 

 由隆は勇玖のことを、「息子」と言いかけていた。それは真に息子のように、愛情を注いで育てたゆえだろう。同様に、殻島の父親も理解できた。離婚後の不安定な家庭環境で、幼い息子に数年ごとの異動に伴わせたくはなかっただろう。反面、一人親となった身で職をないがしろにする判断もできなかったはずだ。隊員の家庭環境や希望を汲んで配属を組む制度はS4にもあるが、父親は漏れてしまったのだろうか。

 

「そんな兄貴ですが、今は体を壊していまして。こちらまでは、顔を出せずに」

 

「あ……それは殻島から、少し聞きました」

 

 野笠部隊と殻島で食事をした後のことだ。湖田を探すきっかけについて話したときに、ぽつりと溢していた。

 

「そうでしたか……ええ、S4の任務、昨年のアペヌイ侵攻で体を」

 

「お兄さんの、お体の具合は」

 

 良好になっていると思い、浦菱は訊いた。が、由隆は、辛さを取り繕ったとわかる笑みを見せる。

 

「あまり芳しくはなく……自宅療養だったのですが、また入院が決まりまして。最近は身の回りで不安なことが色々と

 

「それは」

 

 後悔が身を抉り、浦菱は頭を下げた。由隆が「あ、いえいえ」と手を振る。

 

「私たちの話ばかりになってしまいましたね。すみません」

 

 浦菱が頭を上げると、由隆と目が合う。

 

「浦菱さんは、モシリスに来てから特に親交があったと聞いています。甥は……勇玖は、どんな奴だったでしょうか」

 

 視線と同じくらい、まっすぐな問いかけだった。

 

「いい奴でした」

 

 率直さにつられて、浦菱も率直な思いが考える前に出ていた。

 

「殻島は」

 

 いい奴だった。だが、どういう関係性かは上手く言い表せない気がする。恋愛では決してない、友人、というのも違う気がする。

 それでも――。

 

「私と、同じ景色を見ようとしてくれる奴でした」

 

 湖田に会いたい。その思いを持ち続けてくれた人物。巡り会えた嬉しさだけでなく、湖田への慕情を捨てずにいた自分すら、彼の存在が肯定してくれた。

 

 高い飯屋には行かなかったが、彼と食べるものは全て美味かった。料理が並ぶ席で湖田のことを語る彼の目は輝いていて、でも、今ようやく気づく。きっと自分も、同じくらい目を輝かせていたのだと。

 

「彼は、私にとって、かけがえのない」

 

 仲間でした。そう言うはず言葉が形にならず、痛い嗚咽が湧き上がる。

 滲んだ視界の真ん中にいる由隆が、目元を抑えていた。

 

 

 

 

 

 葬儀から、1週間ほどが経過していた。浦菱は、参列したときはまだ怪我の治療中だったが、つい先日、足に巻いていた固定用の包帯も外れた。晴れて完治の身だ。

 浦菱は自室で左腕に巻かれたS4の象徴、MITTドライバーを操作する。ドライバーの盤上に浮かび上がる、小型テレビほどのディスプレイを操作し、ある人物へ電話をかけた。

 

 コール音が、長い。おそらく向こうも出るかどうか迷っているのだろう。だが、切れるかどうかというところで通話が繋がった。

 

「もしもし」

 

「……リクさん」

 

 そこにいたのは、自分たちのオペレーターを担ってくれたリクだった。侵攻以来、一度も会えていない人物。いや、正確には斎場で一度会ったが。

 

「大丈夫、ですか」

 

 あの時はこんなに華奢な人だったろうかと驚いた。もとより細身ではあったが、そこからさらに削られて、すっかりやつれていたのを覚えている。それが理由で声を掛けるのを控えてしまった。

 

「浦菱ちゃん……その……ごめんね」

 

 リクは開口一番に謝罪。それから息切れのように言葉を接いだ。

 

「おれ、あの時、バルタンが現れたとき、一生懸命掛け合ったんだ。本部にさ。それに、あのふたりにも戦略とか、伝えて、でも……なんもできなかった」

 

 ドライバーが通すのは、ひたすらに自戒だった。

 

「役立たずだった、おれは、なんにもさぁ」

 

「リクさん。あなたに聞きたいことがあるんです。というよりも、ほぼ確認なんですが」

 

 浦菱は強引に話題を入れる。他ならぬ彼から、聞いておきたいこと。

 

「殻島の最後……あいつがつけてたドライバーの生体反応について、何か気づいたことはありませんか」

 

 殻島は作戦行動補佐にあたっており、出撃時は特別臨時隊員として調査地に出向いた。個人のMITTドライバーをもたない彼は、S4が管理する同種のドライバーを貸し与えられて出撃したのだ。が、作戦室から見ればその機能は個人のそれと何ら変わらない。

 

「気づいたこともなにも……報道されてるとおりさ。殻島くんの死亡は確認されてない。行方不明だ」

 

 隊員の死者が確定した際、その人数のみが報道されたと同時に、特別臨時隊員が一名行方不明になったとの報道がなされた。

 

 殻島勇玖は何の因果か、湖田永晴と同様の括りになっている。

 

「野笠と篠山の場合は……ふたりの生命反応が途絶えるのをたしかに見たんだ……ドライバーが感知してるからね。でも、殻島くんの場合は、彼の反応そのものが消失したんだ。あれはドライバーの破損や、レーダーの範囲を超えた時にみられる現象だった」

 

「じゃあ」

 

 心臓が早く動くのがわかった。

 

「殻島は、死んでないんですね」

 

「わかんねえよ……オペレーターの所掌範囲じゃ死亡とは判断できなかった。それだけのことさ」

 

「いいんです、それが聞けてよかった。こんな時に失礼しました。また」

 

 言って通話を切ろうとした時、「また、か」とリクが弱く呟いた。

 

「浦菱ちゃん……君は、S4を続ける?」

 

 さらに弱々しい問いが浦菱を引き留める。

 

「俺はもう、やめようと思ってるんだ、オペレーター。こんな事態になって……絶対に死なせたくなかった人を死なせちまって……続けていくことなんて」

 

「リクさん」

 

 浦菱は画面を見据えた。まるで正面にリクがいるように、真っ直ぐ。

 

「あなたが付いてくれたミッションでは、常に怪獣の事前知識を教えてくれましたよね。あれ、凄く助かるってよく皆で話してました」

 

「オペレーターなら誰でもやってる仕事だ」

 

「ええ。でもあなたは情報の精度が高かった。あれは局の情報システムだけじゃなく、個人で予習したものをまとめてくれたんでしょう。伝え方もわかりやすかった。あなたのおかげで、私たちは安全に任務にあたれた」

 

「……今までがどれだけよくても、結果、今、このザマでしょ。俺は……前に進もうと思えないよ」

 

「それは」

 

 浦菱は少しためらった。言っても、きっとリクには響かない。自分だって久茂の言葉を受け止められなかった。それでも、この機を逸したらもう話すこともないかもしれない。

 

「私も、リクさんに進めとは言えないです。すみません……。でも、あなたがの作戦補佐は頼もしかったし、だから私は、私たちは、楽しかったですよ」

 

 リクが押し黙った。表情が窺えないのがつらい。彼は怒っただろうか、泣くのだろうか。その反応を知るのが怖く、リクから言葉が返る前に浦菱は口を開いた。

 

「私は続けます。S4の隊員」

 

 これが、もう一つ伝えたかったこと。居場所を隔てた先に意志が届くよう強く言う。

 

 浦菱はもう、決めていた。決断に至った背景には、モシリス侵攻とバルタンの釈明を経て示された閣議決定と、S4指令本部の方針があった。

 

 

 

 

 

 まず――中継で表明されたバルタンとの共同計画について。日本政府はこれを受け入れるとともに、S4対怪獣・宇宙人戦略にダークバルタン殲滅を組み込むと発表した。これが閣議の内容。

 中継当日の映像は内閣官房組織の外惑星開発戦略本部が認可したものであり、バルタンが発言した情報の分析・精査は同本部に加え防衛省組織たるS4司令部も参加している。であればおそらく、議決請求も防衛大臣発だ。

 防衛組織が議題の中心にあった時点で、バルタンとS4との協調路線は予想の範囲内ともいえた。

 

 具体的な内容としては、以下の通りである。

 

「モシリスで2名の隊員の命を奪った異星人、及び2448年3月23日に起きた宇宙航行旅客機墜落事故に関わりがあるとされる異星人を同一とみなし、『ダークバルタン』と分類する」

 

「S4はダークバルタンの居所の探索、及び討伐のための一時的な武力・情報供与を、『ダーク』とは体系を異にするバルタン星人、略称『シルバー』から受ける」

 

 『シルバー』は無論、中継で語っていたバルタン星人の種族だ。審議の上、この協力体制は日本だけに絞られ、海外諸国とバルタン星との直接的な関わりはない。理由としては、迅速な『ダーク』殲滅の必要性に駆られる現状、他国との足並みを揃える時間が惜しいため。また、バルタンの言い分を完全に信用していないためというのもあるのだろう。前述の通り日本はバルタン星の情報・武力供与をしてもらうことになるが、これは必要最低限になるう上、国際防衛機構の精査も入る。日本が独占することはできない。

 

 つい先日公表されたこの内容。総じて、シルバーバルタンの要求を真っ直ぐ飲み込んだものになっている。浦菱が注目したのはここだ。

 

 要求を飲んだと言うことは、不信な部分もあれど一応は先日の中継で話した内容に正当性を認めたということになる。これは、例の『人質目的説』も合わせて信憑性に繋がってくる。

 今年3月では、湖田がただ一人の行方不明者。モシリスの侵略行為では殻島がただ一人の行方不明者。1名ずつ間引くように行方をくらます理由は、やはり人質なのではないか。

 

 この考えはニュースやネットでも一可能性として論じられていたが、浦菱はより強固な文脈を見いだす。リクによれば、殻島のドライバーは死亡とは異なる反応を示していた。少なくとも戦闘の時点で死んでいなかったのは浦菱やリクにしか知り得ない。

 

 殺さずにさらった。しかし、あの場に居た浦菱だからこそ感じる「殺さなかった違和感」。あの状況、バルタンの実力なら殻島も浦菱も殺してしまえただろう。あえて殺さなかった。人質にするため。

 

「……ふう」

 

 浦菱は深呼吸をした。

 

 縋りつくような可能性であることはわかっている。中継では不審に思っていたのに、ころっとバルタンの話を前提にしている矛盾にも。それでも、ずっと謎だった事故の手がかりが顔を出したのだ。殻島だって生きているかも。S4の方針は、浦菱に希望の火を灯した。

 

 そしてその火は、もう一つの表明でより強く燃える。

 

 ダークバルタンの討伐はどういった形になるかわからない。ダークの飛行円盤を撃ち落とすのか、どこかの星が戦場になるのか。人質交渉などのアクションを起こしてきたらどうするか。予測が難しい状況で、S4は本作戦に関わる隊員の量と質を公にした。

 

 その範囲は、いたってシンプル。S4戦闘隊員のランクが上位0.5%、300位以上であること。すなわち、「特別錬成隊員」になれば、ダークバルタン殲滅の嚆矢となることができるのだ。

 

 少ない、という印象は誰もが抱く。しかしバルタンとの協力はあくまで限定的であり、通常の防衛活動も大きく損なうことはできない。質を重視した範囲策定だといえた。

 

 そして、浦菱のランクは現在545位。数万規模のランキングだから、順位変動は流動的に行われる。

 

――目指せる。

 

 目標が形を成すと、S4を続けるべきかという後ろ向きな問いは霧散した。野笠と篠山の仇を討つ。地球人の怒りを、思い知らせる。

 そして、殻島と追い求めた謎の真相に誰よりも早く向かうのだ。

 

 怪獣を、星人を倒す。もう負けない。今度こそ「人を守る人」を守る。もう恐れない。

 仲間を喪ったのは辛い。悲しい。でも、悲しいだけだ。それだけだから、後ろは向かない。妥協もしない。

 

 全て救う。

 

 全て討伐(たお)す。

 

 

 

 




46話は8月1日19:00に投稿予定です。
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