リクとの話から数日、浦菱はモシリス本部基地の廊下を職員に先導され歩く。用件は、新たに部隊を共にする隊員との顔合わせだ。
元々所属していた部隊が浦菱を除いて死亡したため、構成員の再編が行われた。新たな部隊員が確定したとの連絡を受け、本部に訪れたのだが。
「えっ、私の所属……バディになるんですか」
「そうです」
隊員人事担当らしき職員の言葉にやや驚いた。
バディ。本来三人一組であるS4の部隊だが、編成からあぶれたり、特殊な任務を担当する場合など、まれに二人で組まれる時がある。今回、浦菱がそうなると告げられたのだ。
「その、相手の方って」
「これからお目にかかる予定ですが、年は結構近いですよ。女性の方ですし、接しやすいんじゃないかな」
「じゃあ、今回バディに編成される理由みたいなのって教えていただいても」
「うーん、状況の一致ですかね。お相手とあなたの」
一致、とオウム返しにすると、職員は少々ばつが悪そうに続けた。
「その……あなたの部隊は今回の襲撃で、3名のうち2名がお亡くなりになっていますよね。それに浦菱さん自身も負傷して、先日退院されました」
「じゃあ、相手の方も今回モシリスで?」
「いえ、別の星にいました。ですが、1年前……ってほどじゃないくらいの時期ですかね。お相手の隊員さんも負傷してしまって、結果的に当時所属していた部隊は解散になってしまったんです。そこから療養して、つい先日までリハビリと、体力の衰えもあったので事務・怪獣の遺体処理を専門にやっていたんです。数日前から調査討伐任務になって」
それで、明け透けに言ってしまえばもらい手がいないということか。浦菱は心の隅で不満を燻らせた。
今月から久々の調査討伐任務だという。いかにリハビリと訓練を行っていても、実力に不安を感じるのが正直なところだ。
(私は、すぐにでも隊員ランクを上げたい)
バディとして組まれる機関は基本的に長くない。三人一組が機長のS4で、バディはイレギュラーな立ち位置だ。今回の相手と組む期間も短いだろう。その間、任務の足を引っ張ることがなければいいが。
職員に連れられて、一つの作戦室に入る。
「失礼します」
中には、先に2名がいた。一人は本部の職員証を掲げた男。案内係だろう。では、もう一人の女がバディを組む相手か。
やや年上に見えるが、若い。篠山と近い、20代半ばほどではないだろうか。身長は浦菱と大差ない。ふわりとした黒髪の下、穏やかなそうな目が瞬かれてこちらをみとめる。
「はじめまして」
浦菱は小さく会釈をした。
「S4モシリス
隊員同士の自己紹介ということで、所属と階級を述べた。
「はっ、はじめまして」
緊張ゆえか、上ずった声が帰ってくる。
「新しく、S4モシリス足奈賀基地所属となりました、二等彗士員の
言って、ほぼ90度の礼。大げさなその挙動は、やはり緊張を隠すために見えた。
(いや、私も初対面だから多少はドキドキしてるけどさ……)
「よろしくお願いします!」と佐納は尚も勢いがいい。
「え?あ、ああ、よろしくです」
緊張しいというか、ちょっと変わった人だなぁ、とは思った。
「――ふう、疲れたぁ」
数日後。浦菱はモシリス葉兼市における討伐任務を終え、基地内の廊下を歩いていた。今しがた、毒ガス怪獣ケムラーを佐納と2人で討伐したところだ。
「たしかに、けっこう苦戦しちゃいました」
隣の佐納がゆったりとした口調で同意する。
「毒ガス怪獣って、ちょっと抵抗ありませんか。大抵の毒はヘルメットで防げるし、吸い込んでもアイテムですぐ中和できるって頭ではわかってるんですけど。実際戦うとどうしても足がすくんじゃいます」
「わかります。でも佐納さんって、あんまり物怖じしているような戦い方じゃないですよ」
彼女の戦闘を見て率直に感じた点を伝える。浦菱が彼女と出会う前に感じていた、足を引っ張るのではという不安はほとんど霧消していた。
佐納奏は、優秀なS4隊員だ。
今回彼女が手にしていた得物は、殻島と同じブレード。近距離戦を強いられる刀でありながら、佐納は着実にケムラーの体を切り刻んでいた。彼女と会うまでは調査任務のブランク期間に不安を感じていたが、今のところ心配が必要な点は見当たらない。
「ブレードも軽々と振ってましたし、背中の急所を狙うよう冷静に動いてましたもん」
「や、やめてください、褒めすぎです」
佐納はそんな評価をされると思っていなかったのか、大げさに手を振る。
「それなら、浦菱さんこそいい動きでしたよ!ライフルの援護で何回も助けられましたから」
浦菱は怪我した足が本調子でないため、ライフルを使った。
「それは……どうも。でも、結構外すこともありましたし」
「単なる射撃訓練じゃないですし、外すのは当然だと思います。でも、回避時の体の動きとか撃つ際の重心なんかがすごいしっかりしてるのは頼もしかったです」
また、浦菱が彼女を優秀と思う理由はこういった言葉にあった。佐納は常に仲間の隊員の動きをチェックし、その人の癖や特性を理解する。そして、気がついたその特徴を共有してくれるのだ。共有は成長を強く促す。
「状況に反応して瞬時に体、それも足が動いてるように見えました。体が強張ったりせずに反応できるのは、慣れだけじゃないと思います」
「あー、ボードをずっと使ってたからかな。あの武器足が命だから。まあ今はちょっと本調子じゃなくてライフル使ってるんですけど」
「本命武器以外であの動きなんですか、驚きです……!ボード以外にも、ブレードやアームみたいな中重量武器も使えるんじゃないですか?」
「う~ん、他の武器はあんまチャレンジしたことないけど……。それでいったら、逆に佐納さんは近距離武器しか使わないですよね」
S4では現在全10種の武器を管理しているが、女性隊員の多くが使うのは遠距離武器だった。S4スーツの進化により男女問わず強力な力を引き出せるようにはなっているが、刀やハンマーのような中~重量級の近距離武器はどうしても腕力に長ける男性が多く使用していた。
その点、佐納が使っていたのは
「え、ええっと……」
佐納は両手指を胸の前で弄った。
「なんかこう、『戦ってるぞ!』って感じがするんですよね、近接武器だと。手応えとか、こう……一番前線って感じで、かっこいい、みたいな」
「お~」
「も、もうちょっとリアクション頑張ってくださいよぉ」
談笑しながら作戦室に向かう。その場でフィードバックを受けた後、ふたりは昼食を摂るため基地の食堂に赴いた。注文し、それぞれ食器の乗ったプレートを持って席に着く。
S4の食堂は、当然ながら主な利用者をS4隊員に据えている。訓練や調査など体力仕事の割合が多い隊員が満足できるよう、食事はボリューム満点、それに加え安価だ。ターゲット層は隊員であるものの、来る者拒まずの姿勢で防衛局員や一般市民も利用出来る。現に、隊服姿でない利用者ちらほら見られる。
浦菱の前にはツインテール肉入りのエビカレー風、佐納が箸を付けるのは鶏の照り焼き定食、ご飯大盛り。それもすでになくなりかけているところを見るとおかわりに向かうのだろう。見かけによらずよく食べる。
取るに足らない話の最中、浦菱はふと食堂の壁に浮かび上がるテレビに目をくれた。そこではバラエティ色が強い昼時のワイドショーが流れている。ちょうど、はやりのお笑いコンビのロケが映し出されていた。
『さあ、やって参りましたのは外惑星モシリス、
『本日はここから大注目間違いなしのスイーツをご紹介させていただきますよ~』
全国系、すなわち地球から外惑星の日本地区まで放送されるテレビ番組は、外惑星の注目スポットを紹介することがままある。通信の関係で放送日程は若干地球とずれているかもしれないが。
『ここ砂野見、モシリス県の中でも特にオアシスの湧水が綺麗で有名なんですよねぇ』
『そんな街で有名なのがココ!カフェ「サンディアーツ」で提供される極上のかき氷!お隣の
なぜかスプーンが止まっていた。
「浦菱さん?どうかしました?」
「えっ?ああ、いや」
佐納に声を掛けられてはっとする。流されているテレビに抱いた、違和感。
「なんか……おかしいよなって」
「え?」
首を傾げる佐納を見つめた。
「ついこの間、怪獣が攻めてきて、テレビに出てる砂野見市だってもうちょっとで怪獣に踏み潰されるところだったのに。今はなんか……言い方悪いけど暢気な番組垂れ流してて、この状況がなんか」
「おかしい?」
「……私はそう思いますよ。S4隊員だって、いっぱい亡くなっているのに」
2ヶ月ほど前、レラトーニにレッドキングが侵攻したときのことを思い出した。あの時は夜蛍市に侵攻を許したものの、迅速な避難とS4の活躍、そしてある職員――浦菱は殻島のことだと知っているが――による迅速な討伐により、被害は抑えられていた。よって一般人・S4関係者ともに死者は0名という奇跡的な結果だ。それでも、踏み潰された街と怪我人は数知れず、報道は長く続いていたのを覚えている。
確実に、10名の隊員が死んだモシリスの状況より注目されていた。
隊員の死者が10名で一般人の被害がなかったモシリスの侵攻。死者が0人で一般人の被害があったレラトーニの侵攻。帯番組で流されるのは、なぜか後者。
「たくさんのS4隊員が戦って、怪我して……亡くなった人も出て、それなのにこのテレビの感じ。なんか……危機感ないじゃないですか」
語る傍ら、浦菱はデジャブを感じる。どこかで、同じようなことを思っていた。
(あ、高校の時、湖田先輩に話した――)
当時、姉がS4に入隊することについて浦菱は不安を感じていた。その不安の正体は、姉に対する心配だけではなく、周囲の危機感のない発言や考え。そのことを、湖田と話して理解している。
その不安と同様のわだかまりを今心に抱えている。では、自分は戻ってしまったのだろうか。湖田と出会う前の己に。
「――たしかに」
対面の佐納が呟いた。
「なんだかいつも通りすぎるっていうのはあるかもしれません。ただ」
「ただ?」
「それがそもそもS4……外惑星防衛の形なんじゃないかな……って」
控えめに語る佐納の顔は、強張っている。
「こういういつもどおりの番組が放送されているのは、S4がきちんと機能して、結果モシリスが無事だったからであって……だからその、何て言うんでしょう。危機感がないっていうのを言い換えれば、人々の日常、当たり前を守れたって証明にならないかな、なんて」
ときどき視線を逸らしながら語った内容は、高校時代に聞いた湖田の話と重複する部分がある。危機が身近にないということは、S4が怪獣と戦い活躍していることの証明。S4のはたらきは地球にも外惑星にも不可欠。
「そう、ですかね」
だが、似たようなことを訊いているのに浦菱は納得できない。理由は2つ。
1つめは状況の違い。S4隊員である父の入院を幼い頃に経験した高校時代と、つい先日3人の仲間を永久に失った今。現実も心も同じ状況であるはずがない。そんな中でもいつも通り過ぎる周囲との落差、それによる静かな怒りは、佐納の言葉を受けても収まらない。
今も昔も怒りの源は私情、自分勝手なのは変わらない。しかし、異なる状況で胸に宿った想いが一緒なのであれば、変わらないのは周囲も同じではないか。ならば少なくとも今の浦菱の感情に昔以上の不当さはないだろう。
2つめは、発言者の違い。佐納が湖田に比べて説得力が劣ると言いたいわけではない。
でも、あなただって当事者じゃないのか。浦菱は佐納にこう返したいと思ってしまった。モシリスの怪獣侵攻防衛には参加していないとはいえ、彼女だってS4隊員だ。同じ職に就く者の犠牲があって、しかしその犠牲にほとんど触れない世間に何か感じることはないのか。
先輩とは言え同じ高校生であった湖田が言ったものより受け入れづらかった。
(私は、ずうっと子どもなんだな)
人々の当たり前を守れたと佐納は言った。ならば「S4が人を守ること」は当たり前として飲み込まれるのか。怪我や不安、死すらも織り込み済みになるというのか。
当人にそんな機微がないのはわかっている。しかし、ささくれた浦菱の心は否が応でも反応してしまう。
会話を終わらせるための簡単な相槌が、出ない。
「すみません、私」
浦菱は昼食のプレートをもって席を立った。
「午後は事務なので、お先に失礼します」
「あ、はい……」
危機感がないのは、あなたもじゃないのか。
絶対に口すべきでないその言葉を飲み込めただけましだ。無理矢理自分に言い聞かせた。
佐納の申し訳なさそうな顔が離れてもちらついていた。