「少し言いづらいんですが……私、悲しいんです」
談話室内で、
その中に設けられた、というよりも一般人が利用する区画の側面ににひっついた位置にある、S4の管理施設。これもまた巨大であり、その内部にあてがわれた自室で彼女は報告を聞いた。「管理個体のネロンガがモシリスで討伐された」と、つい先ほど。
今しがた「悲しい」と言ったのはその出来事について。彼女は冷凍保存された怪獣の利用促進プロジェクトにおける第一人者であり、その途上にいたネロンガが処分されたことを悲しんでいた。
「なに言ってるんだって感じですよね、S4隊員が」
「いえ、個人の志向は自由で構わないと思いますが」
対面にいるのは、先ほど偶然会った人物だった。
先日のモシリス怪獣侵攻においても大きな働きをした、実力者の中の実力者だ。とはいえ、武蔵川も順位は8位につけている。最強格である点で暮時と変わりはない。変わりはないのだが、暮時とはどこか実力において圧倒的な距離を感じるのだ。
加えて、さして親しいわけでも、よく話をするわけでもない。同じ職に就く、優秀な男というだけの人間だ。だが今日の武蔵川は、胸の内を誰かに話したかった。
入室した時点で談話室には数名の隊員がいたが、隊員ランク10位以上の暮時、武蔵川が入室すると逃げるように出て行ってしまった。今は、話し声以外は静寂が積もる。
本人は意図していないだろうが、無表情の暮時からはどこか静かな圧を感じてしまう。それでも、頷いてくれるだけありがたいと、武蔵川は口を開く。
「収容されている怪獣が研究対象であることは、私も理解しています。でも」
「愛情が湧いてしまった、ということですか」
「愛情……というほどのものではない気がします。でも……たしかに殺されたくなかった」
普段暮時とあまり会話をしないせいか喉が渇く。用意したカップの中身を見つめ、アイスティーにすればよかったと思った。
「私は元々、現行S4の『脅威となる怪獣は全て排除する』という方向性とは別のルートを見つけたくて研究を行っています。怪獣を捕獲し、利用できるのであれば一つ不殺を達成できます。それだけでなく、研究過程で怪獣の鎮静化やより細かい志向などがわかれば、討伐よりもゆるやかな『撃退』措置ができるのではないか、と考えていて」
「それは、いわゆるグレビレズムと呼ばれるものとは別の考えですよね」
暮時が理解を示してくれて内心ほっとする。
「ええ。クレビレズムにも種類は多くありますが……多くは怪獣との共生・調和が思想の根幹にあります。すなわち、怪獣も保護すべき声明であり、人類の利得のために討伐するのは傲慢だと」
「武蔵川さんは共生・調和は難しいとお考えですか」
「……はい、正直。外惑星の資源が欠かせない現状、人類のために怪獣の住処を脅かすという選択は取らなければならないと思っています。ただ……脅威となる怪獣を全て討伐するのではなく、一切殺さないのでもなく、その折衷案のようなものを実現できないかと模索しているんです。私が進める、怪獣を使役し利用する計画も、そこが発端で」
だが研究は難航している。怪獣の生態は把握できても、それを利用する、あるいは怪獣を誘導するとなるとハードルは跳ね上がった。研究費も潤沢ではないが成果の出ない研究に開発部や財務部からの風当たりは強く、人手も少ない。
だからこそ、武蔵川はネロンガにも希望をかけていた。捕獲されてからの収容期間は長く、人間への敵対意識も少ないように感じられた。が、処分命令には逆らえない。上層部は収容期間が規定を越えたためと理由づけた。
だがもう一つの理由もあるように思う。モシリスで起きた大怪災一歩手前の侵攻を受け、S4は「害となる怪獣を討伐する」という方針を揺るがせない、むしろ討伐をより徹底するというビジョンを市井に表明したい。その表明にネロンガは使われたのではないか。
S4は国民の安全のために怪獣を殺す組織だ。やむを得ない場合は研究対象でも手にかける。その説得力のために、ネロンガの命は捧げられたのかもしれない。
事実、作戦現場には何社もの記者が来ていたと聞く。
「理解だってあまり得られなくて。S4という怪獣討伐組織にいながら、なぜ怪獣を抱えたままにしておくのかとよく言われます。特錬隊員の立場だから研究を許されているだけで……」
特錬隊員の最も大きな特徴として、緊急時を除いて個人での活動が可能になること。そして条件を満たせば任務以外の研究や副業活動を行えることだ。武蔵川のように調査隊員でありながら、畑違いの研究開発に取り組めるのも特錬の特権だ。
武蔵川は、自分が訴えかけるような口調になっていることに気づく。が、止められない。
「でも現場と直結していて、かつ最も大きい機関はS4なんです。それに、少ないですが応援してくれる方もいます。この前はコンルの
ふと我に返る。
対面の暮時は真顔だ。真摯に聞いてくれているが、興味があるようには見えない。
「…………すみません。熱くなりました」
「いえ」
「最近、やっぱり自分のやっていることに迷うんです。私の探究は、役に立っているのか……貴重な特別錬成隊員の席を使ってこの研究をやっていてもいいのか、と。ごめんなさい、こんな話を聞かせて」
暮時は10歳以上年下だ。通常であれば明らかに後輩にあたる――事実、ランクとは別個の正式な階級では暮時が下だが――人間に答えのない悩みを吐露してしまい申し訳なさを感じる。
「武蔵川隊員」
呼ばれ、顔を上げた。変わらぬ表情の暮時がそこにいる。
怒られるかも、と思った。たまたま会ってたまたま相談をしてしまったが、暮時は怪獣討伐に迷いのない男だ。比喩ではなく、職務に命を捧げている。そんな人間には、自分の悩みは甘えにしか聞こえないだろう。
「す、すみませ」
「まずあなたの研究が役に立っているか、という点ですが」
が、以外にも暮時は助言に回った。
「俺の立場からはお答えできません。日頃から怪獣に関する学習は怠っていないつもりですが、学術機関から学んで現在も研究を続けられている武蔵川隊員の知識と比べれば足下にも及びません。そんなあなたが見通しの立たない問いに、俺が予想を立ててしまうのはおこがましいと思います」
「ハ、ハイ」
「ですがこの研究をやっていてもいいのか、というあなたの悩みについて。俺は問題ないと思います」
「そ、そうでしょうか」
肯定された嬉しさに声が上ずる。表情だけは変えぬように頬に力を入れる。
「ええ。なぜなら、特錬隊員の存在価値が
特錬隊員がなぜ自由な活動を許されているのか。半分は成績優秀者への褒賞的な意味合い。もう半分はS4および防衛省にとって利益があるためだ。
たとえば隊員が有名配信者として活動すれば、S4への理解・興味を集められ志願者の増加に繋げられる。。俳優業を兼任する隊員がCMに出演すれば、その見返りに商品はS4に優先的に卸される。意外な面で、広報や経費削減などに一役買っているのだ。
実際、超がつく戦闘力を有していながら、女優業も行っている特錬3位
武蔵川の研究も似た恩恵を受ける。武蔵川も無論隊員であり、調査地へ出撃する。調査地での成果はそのまま研究材料として手を着けられる。その成果や発見を持ち帰った人物なのだから、誰よりも早くにだ。
「隊員と研究者、二足のわらじを履いている人なんてほとんどいません。研究それ自体も、研究を続けるあなたにも大きな価値があります。……あとは個人的な意見になってしまいますが、撃退という選択肢は面白いと思いました。もし討伐に比べて隊員の危険性が下がるのであればより望ましい」
表情を変えないまま語る暮時を、武蔵川は半ばぽかんとして見つめた。暮時が改めて目線を合わせる。
「……何か?」
「ああ、いえ。その……意外というと失礼かもしれませんが、暮時さん饒舌なんですね」
「饒舌でないイメージが俺にはあったんですか?」
「しょ、正直」
暮時はふっと息を吐いた。単なるため息のようだったが、武蔵川はたしかに彼が笑ったのだとわかった。
「まあ、喋る方ではありません。言うべきと思ったことは言いますが、そうでなければ黙っている
武蔵川は静かに感動していた。研究に価値があると暮時は言ってくれた。そしてそれは、彼が自分に向けて伝えるだけの意味があると判断した言葉だ。
賛同をされたわけでは決してない。それでも、こんなにありがたい。
「ありがとう、ございます。私、まだ諦めません」
「そんな、俺はなにも。訓練が近いので、これで」
そう言って暮時は席を離れた。感謝を込めて、再度礼をする。頭を上げてカップに手を伸ばしたとき。
「武蔵川隊員」
暮時に呼ばれた。首を傾ける。
「あなたの研究には有用性がありますし、あなたもS4にとって重要な人材であることは間違いありません。ですが万が一、『あなたの価値』が『俺の求める価値』と衝突する場合」
暮時が背を向けながらわずかに首を捻る。
「尊重は致しかねます」
感情のない声だった。暮時との数メートルの距離が無限に感じられた。
これだ。この冷徹さと圧。暮時就一のイメージ。
答えられないうちに彼は部屋を出て行ってしまう。武蔵川は心を落ち着かせようと、すっかり冷え切ったホットティーを飲口にする。味も香りも、何もなかった。
――――――――――――――――――――
黒い何かが浦菱の目の前をよぎる。それは今回ターゲットとしている地底怪獣グドンが両手に備える長い鞭だ。体高40メートルの個体だが、鞭は手から垂れ下がって地面に引き摺るほど長い。なのにひとたび振り回せば鞭は瞬時に加速。その長さも太さも捉えられす、剣の煌めきのように黒い切れ端が生じるだけだ。
S4のスーツがあっても、あれを食らえばただではすまない。鞭がしなるたびに、パアンッと空気が弾け、聴覚を刺激する。
『唯ちゃん、やっぱり私が』
インカムから聞こえてきたのは、佐納の声。彼女はグドンを挟んで浦菱と反対側にいる。浦菱がグドンの正面、佐納が背後だ。
「いや、できる」
『でも無茶は』
「ここで退きたくない」
覚悟を決め、浦菱はボードを加速させる。足はもう復調していた。難なく操作できる。
〈グオオオオオオオオ!!〉
浦菱を見とめ、グドンは左腕を振りかぶった。確実に払いに来る。ここで鞭を。
「ふんッッッ!!」
避けない。瞬間的に波打つ黒い鞭に打たれるのを予測して浦菱は跳び、身を翻した。形で言えば、体操の前方宙返りひねりに近い。しかし、浦菱の鍛え上げられた肉体とS4スーツの相乗効果。それを受けたボードの鋭利勝つ環状名エッジ部分が、鞭と衝突。そしてなんと、はじき返した。
〈ゴアゥッ!?〉
グドンが頓狂な声を上げた。それもそのはず、自慢の鞭が、自分の数十分の一ほどしかない生物を仕留められないどころか、力負けしたのだ。
「奏!!」
呼んだとき、佐納はもうグドンの足下に至っていた。そのまま人間でいるくるぶしのあたりをアームで一発。出血しよろめいたところで、佐納はグドンの体に生える棘を利用し、足をかけながら上がっていく。
「はああああ!」
そして文字通り中腹、グドンの体の真ん中あたりでアームをチャージ。数秒を置き、充填されたエネルギーが爆炎を成して射出される。
〈ゴルゴアアアアアアアアアア!!〉
衝撃で被弾部の棘は吹き飛び、グドンの体は大きく反れる。背中に攻撃を受けたため、叫びとともに仰向けに倒れ伏した。この気を逃すな。
「あああああああああああああああああああ!!」
浦菱がグドンの体をがむしゃらに切り刻む。一切止まることなく横回転の連続斬りを見舞った。棘があるせいでまっすぐに切り傷を刻むことができない。ならば塵を積もらせるしかない。ひたすらに攻撃を重ねるのみだ。
目が回り、吐き気に襲われ、時折棘が肩や足を掠めた。それでもアドレナリンが許すままにボードを繰る。返り血すら浴びない速度でグドンの周囲を行き交い、ようやく脳内麻薬の分泌が収まった頃には、グドンの鼓動は止まっていた。
ぜえぜえと荒い息が収まらない。息を吸うと同時にばたりと後ろから地面に倒れ込む。恒星の光を浴びる砂は触れないほど熱いはずだが、
砂を踏む音が近づいてくる。「唯ちゃん、大丈夫?」と屈み込んだ佐納の顔で、眩い陽が翳った。
「……大丈夫じゃない」
「どこか痛い?」
「目ぇ回して気持ち悪い……」
佐納は呆れたように笑って、手を差し出す。その手を掴むと、勢いよく引き上げられた。胃の中身が揺れ、吐き気の波が押し寄せる。
「奏、もっと優しく持ち上げて……」
「あ、ごめんね。連れ帰らなきゃと思って」
言いながら佐納は肩を貸してくれる。
互いに敬語を捨てると、自然に下の名で呼び合うようになった。職務上の信頼関係がそうさせた節もあるが、何より浦菱にとって、佐納は友人になった。S4隊員としてだけでなく、友達として、彼女の心配りや知識、話の内容に心を寄せていった。
(やばい。戦ってる時張り切りすぎた。吐き気が収まらない)
だからこそ、その友人の隣で胃の中身をぶちまけるという事態は避けたい。
気を紛らわせようと、浦菱は遠くの空に目を向ける。砂漠の多いモシリスは当然ながら雨が少なく、見つめた方向にはオアシスもない。いつも通り、青地に砂粒で黄色みがかった空が広がっている。
リカバーネットと居住自治体に点在するオアシスのおかげで生活に不自由はしていない。
でも、季節が移り変わらないのは少し寂しいな。高校時代を地球で過ごし、旅行でも何度か地球日本を訪れている浦菱はそう感じる。
時期は9月の末。EXゴモラ、そしてバルタン星人とこの星で対峙してから2ヶ月ほどが過ぎていた。
(野笠さんや篠山さんと会えなくなってもう2ヶ月……まだ2ヶ月?いまだに実感できてない気もする。……
同時に、殻島と離れてからもふた月だ。
(そういえば、殻島と親しくなってから、1月くらいしか経ってなかったんだな。なんか、意外)
感傷に浸りそうになる。が、全身にモシリスの熱気が襲い来て、涙よりも汗がにじみ出した。アンチヒートの効果切れが近いか。
地球なら、日本はそろそろ肌寒くなっているだろうか。それとも残暑がしぶとく居座っているのか。
あっ、と浦菱は気づく。例年、この時期だ。
バルタン討伐のため、今浦菱が目指す特別錬成隊員。その入れ替わり。今年の「新入特錬隊員」を選別する試験を、受けるに値する「受験資格者」に通知が届く時期。たしか毎年、今頃ではなかったか。