殻島は宇宙航行機を利用して外惑星に移動した。地球を発ち、月や惑星の軌道を過ぎ、さらには太陽系の枠すら超えた遠大な距離を航行機の最先端技術によって2日で移動した。地球に協力的な外星人により供与されたワームホール技術。それは太陽系と進出先の惑星系を繋ぎ、かつ安定性も兼ね備えている。このおかげで人類は安全に移動できる。併せて相対性理論における時間の進み方の問題も度外視でき、「地球」と「外惑星」あるいは「外惑星の生活」の齟齬もほとんどない。
上陸したのは、『惑星レラトーニ』。一言で表すならば緑の星だ。
「人類が進化せず森の住人であり続けていたのなら、地球もこのような姿をしていただろう」
昔の探査員が、外惑星進出黎明期にレラトーニを見て残した言葉である。要は、緑豊かな環境だというわけだ。動植物の自然が非常に豊かであり、地表は若葉のような明るい緑と、清らかな河や海が大部分を占める。また、大気や気温などが人間に適しており、活動を阻害する要素もたまに侵攻する怪獣以外はこれといってなかった。
そのためか、人々の居住区の整備は非常に進んでいる。もともと外惑星は居住地としての調査・開発を景気に、その要員や家族が入植していった。その開発度合いが早かったレラトーニに人が増えるのも納得がいく。
日本における『レラトーニ県』の中で殻島が住み、勤めるのは
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「疲れたァ……」
午後5時半、庁舎のゲートを抜けた瞬間にため息を吐いた。定時で上がりをさせてもらったが、時間以上の疲労を背負い込んでいる。通常業務はまだいいのだが、問題は窓口業務だった。防衛局員はS4が担う任務の手続きを行うため、窓口に呼ばれることが多々ある。デスクでの仕事は隣に上司がいたが、窓口は基本一人対応の上、相手は殻島が新人かどうかなど当然意に介しない。
(新人がやる業務にしちゃ早くないか?)
そう訴えたかったが、どうにも習うより慣れろの新人教育らしい。自分ばかりが間違えやしないかとヒヤヒヤしながら金曜を終えた。今日の所は何もミスしていないはずだが、やはり緊張というものは疲れを誘う。長く緩やかな坂を駆け上っていたような勤務時間だった。
「お、あんたは」
息をついた殻島にある若い女が声を掛けた。声を掛けたと言うことは、双方一度は顔を合わせているわけだ。
「お疲れ様です。ええっと……」
彼女は今日、殻島の窓口に訪れ二、三受け答えをしたS4隊員だ。気持ちが張っていたことと、そこまで来客が多くなかったことが相まって、自身が受け持った相手は多少覚えていた。
「
「フルネームかい」
個人データを照合する際苗字と名前が表示されるため、合わせて呼んでしまった。
「今帰り?疲れた顔してんね」
「いやあ、なかなか仕事が慣れなくて。つい三日前入庁したばかりなんです」
「若いとは思ったけど新卒さんか。ってことは今いくつ?」
「22っす」
「同い年だ」
ハルはにやっと笑った。殻島もこちらに来てから知り合いらしい知り合いはいなかったため、同年というささいな共通点を見つけただけで嬉しかった。
「ここで会ったのも何かの縁。美味しい店を知ってるんだけど、一緒にどう?」
この後も明日も殻島に予定はない。腹も減っているし喉も渇いている。断る理由はなかった。
「ご相伴にあずかります、神林さん」
「敬語やめなよ同期なんだし。あと、苗字も長ったらしいからハルでいいよ」
「んじゃ、ハルさん。案内頼むよ」
「頼まれた」
敬礼するハルの姿はかしこまったものではないが、どこかS4隊員の風紀を放っているような気がした。
――――――――――
殻島の職場、夜蛍区防衛支局から10分ほど歩いたところにある居酒屋に二人は入った。地下一階、広くはないが小綺麗に整った和風の店内の奥、向かい合う座敷席に座り、メニューが表示されたタブレット端末を吟味する。
「アタイはビール、と」
ハルはそれ以外あり得ないという勢いで注文ボタンをタップした。一人称が「アタイ」であることなど、神林陽はどうにもキャラの濃い人物である。
「俺はウーロン茶かな」
「あら、お酒飲めない系男子?」
「ハルさんがS4のこと色々教えてくれるって言ったんでしょ。今日はいわば勉強会なんだから、アルコール入れられないって」
道中、殻島が業務に不慣れなことを察したハルが自身の職のことを分かる範囲で教えてやろうかと提案した。殻島にとってはありがたい話題であり、願い出た手前飲酒は憚られた。
「しかし……レラトーニはやっぱ栄えてるな」
しみじみと殻島は呟いた。夜蛍市も位置的には端の方になるのだが、なかなかに都市化している。
航行機を降りたときも驚いた。目にした街の景色は地球、それも日本の地方都市と遜色ない。地球ではない場所に来た、という実感がないほどだった。かろうじて、いまだ開発に至っていない剥き出しのレラトーニの青い山が風景に組み込まれているくらいだ。
「人も多いし、ここに来るまでもけっこう店あったし」
「北海道だって富良野やら釧路やら洞爺湖やら自然推してるけど、ちゃんと街はあるじゃない?それと一緒よ」
「ふ~ん。……いや全然違うと思」
「あ、キタキタ」
ジョッキとお通しが席に運ばれ、それぞれの飲み物を手に乾杯する。
「かんぱ~い。んで、まず何聞きたい?」
殻島は顎に手を当てた。勉強会とはいうものの、業務に活かすためというよりはほとんど興味本位で聞きたいものから尋ねていこう。そう思い口を開きかけた時だった。
脳裏に以前見たニュースがちらつく。宇宙航行機。イメルに墜落。ただ一人の行方不明者。湖田永晴――。
「イメル……」
「え?」
「惑星イメルに知り合いとかいないか?あそこは日本の区もあるし、S4の基地もあるはずだけど」
言い終わった後で、なぜこんなことを聞いたのだろうと思った。級友が行方をくらました星について知りたいという思いが頭の中にあったのだろう。だが、知ったところでどうなるというのか。
湖田は未だ見つかっていない。その彼を探したかったのか。行方は今も日本のレスキュー部隊が一丸となって捜索を行っている最中である。日頃の記事は常に目を通しているが、進展がないのか湖田に関するものは少ない。それでも捜索に遺漏はないはずだ。見つからないというのに、一般人の自分がその星について学んだとして何が変わるだろう。
ハルは考え込んで中空に視線を泳がせたが、ほどなくして向き直る。
「知り合いって程の人はいないかなあ。同期も他の惑星に行ったし」
「そっか」
「……もしかして、例の墜落事故?」
ハルは質問を受けた当初こそ不思議そうな表情を浮かべたが、すぐにその理由を推察した。イメルの近況と言えば、その事故を差し置いて他にない。殻島の知り合いが航行機に乗っていたのではないかと思ったのだ。
急に声のトーンを落としたハルに、今度は殻島が驚いてしまった。
「まあ、そうっちゃそうなんだけど、大したことじゃないんだ。別にあの航行機に親しい人が乗ってたとかじゃない」
いらぬ気を回させてしまったかと慌てて弁明する。もう十年以上会っていない湖田は『親しい人』とはいえないだろう。
「そうなんだ。少しびっくりしちゃった。まあアタイら隊員も特別詳しい情報は持ってないんだけどね」
現在事故関連でニュースになるのは犠牲者の身元確認状況、責任追及と賠償、著名人のコメントなどだ。肝心の原因究明にはかなりの力が入れられていることがわかるものの、記事の内容は可能性の枠を超えず、『不明』の2文字を濁しているようにもとれた。非常に大きな事故であるにもかかわらず、謎の解明が進まぬ事故だ。通常のS4隊員が状況を把握できていないのも自然だろう。
殻島は仕切り直し、ひとまず今日窓口に訪れたことから話を広げていくことにした。
「今日は窓口に成果確認に来てたけど、どういうミッションだったっけ?」
「今日のは資源調査だね。S4の任務は『調査』と『討伐』に大別できる、ってのは知ってるよね」
「ああ、研修で教わる。調査は惑星内の動植物のデータ収集、討伐は有害な怪獣の撃退、的な感じ」
「そうそう。『ギンガカエデの葉』と『緑の花』、それぞれ計数データ換算で30コの任務だったよ。3人とはいえ結構骨が折れたね」
S4の部隊は3名という超少数で組まれる。今日もハル以外に2人の隊員が一緒に窓口に成果確認に来ていた。父
「前から疑問だったんだけどさ、何でS4の部隊って3人なの?軍隊みたいに千人単位でがっつり大隊組めばいいじゃん」
「たしかに外惑星進出の黎明期はそっちが支持されてたけどね。S4の装備が強化されるにつれて少数精鋭になっていったのよ。昔の偉い人が唱えた、巨大生物交戦ナントカ論みたいな」
「あ~、高校の時やった気がする。歴史の授業で」
人間対人間、すなわち戦争は、軍隊という集団で戦うことが歴史的に常識の中の常識だ。だが怪獣は違う。数十メートルの、人間以外の生物と、戦わなければならない。怪獣が地球に訪れるまで人間の何倍もの巨躯を誇る敵という前提がそもそもなかったため、従来の戦い方を変える必要に迫られたのだろう。
「たしか……対怪獣の戦闘形態としては、大勢の人間を動員して指揮するよりも、人数を極限まで減らして個々の能力で対応する方が被害は少ない、みたいな感じだっけ?どの学者が提唱したかは覚えてないけど」
「そんな感じ。まーそれにしたって、なんでこのご時世にわざわざ人間が駆り出されなきゃいけないのって、思わなくはないけど」
「そればっかりはねえ」
殻島は苦笑し、お茶の入ったグラスを傾けた。
「大昔は一体一体の怪獣に対処すればよかったから戦闘機とかでなんとかなってたけど、今は外惑星の広い範囲に人が住んでて、その近くにウヨウヨしてるからな。機械じゃ手が足りない」
「中国だったかな。外惑星で活躍する完全自律型対怪獣ロボが開発されたってネットニュースか何かで見た」
「嘘、そんなのあるのかよ」
「でも実用化はまだまだ先だって。量産なんて夢のまた夢。あと数十年は人間の手で怪獣と戦わないといけないみたい」
地球に怪獣が攻めてきてから、400年が経った。当時に比べれば怪獣への対抗策を確立したという点で進歩はあるものの、ロボットや戦闘機のみで怪獣を討伐するという図式はできあがっていない。せいぜい一部に導入されているだけだ。
怪獣の危険を冒してまでなぜ外惑星に、という疑問は、単純に外惑星に眠っているメリットが答えになる。レラトーニをはじめ進出した惑星には、いまや人類にとって不可欠な資源の源だ。宇宙進出を機に、外星人との交流が生まれ技術供与もされた。
今更地球に引っ込むという選択肢は、人類にはない。
「はあ、S4辞めたい」
「嫌なの?」
「嫌じゃないわよ。でも仕事がめんどい。不労所得で食べていきたい」
「ウルトラマンがいればなぁ」
「ウルトラマンがいればねぇ」
愚痴っぽくなっているが、ハルの口調は明らかに冗談だとわかる。軽い気持ちで仕事の話を聞けるのは、殻島にとって楽しかった。
「任務と言えば、装備。例の強化スーツは着たことあんの?」
「そりゃもちろん。毎回装備してるよ」
ハルはビールを飲み干すと胸を張って言った。S4の武器・防具は、強力な怪獣に対抗するために飽くなき改良が続けられている。当然普及しているのは常に最新のものだ。
「あれは凄いよ。防護アーマーが付いてるのに、スポーツウェア着てる時より速く走れるんだから」
「すげえ。それはちょっと体験してみたいかも」
「ていうか殻島、話もいいけどお通し食いなよ」
はっとしてテーブルの小鉢に目を落とす。こっくりと煮込まれた肉と人参がちょこんと居座っていた。肉じゃがかと思ったが芋は見当たらない。
そこで自分が空腹なことを思い出した。肉じゃがの進化前のような煮物を口に運ぶと、出汁をまとった濃い味付けが広がる。人参の柔らかな甘みが複合し、飲み物への誘引を完璧にこなす調味だ。
「美味い!」
「そうでしょうそうでしょう」
まるで自分がつくったかのようにしたり顔をするハル。その手元に、いつ注文したのか2杯目のビールが給仕ロボによって置かれる。焼き鳥と豆腐のサラダもついてきた。
殻島は反射的に注文ディスプレイに手を伸ばす。今日はノンアルで、という決意はとっくにない。
「――そんでさァ、ベムスターって怪獣が超デカイの!その巨体がバサッ、バサッ、って飛んで、グオオオオーッって」
「ジェスチャーはやめようハルさん。他のお客さんの目が」
1時間ほど経ち、話の内容はハルの経験談に変化していた。アルコールの量に比例して彼女の会話に擬音が増えていく。殻島の酒の強さはそこそこだが、比較的自制が効く体質のため、北戸の時といい酔った友人の介助に回ることが多い。
「とんでもない速さで飛んでくんの!アタイもう腰抜かしちゃって」
「腕振んないで料理落ちるから」
「おまけに腹についてる口が周りのものを吸収するのね。掃除機みたいににギュルルルルルルルルって吸い込まれて!まあ全部昨日の夢の話なんだけど」
「急展開」
知れば知るほど、聞けば聞くほど、雲を掴むような職務内容に思える。時には自分の数倍を誇る大きさの怪獣を倒し、それで食べていく。いかに行政に組み込まれているといえど、その仕事とそれを支援するという自分の職務は、どこか掴み所がない感じがした。
「ホント凄いよ、S4隊員は」
しみじみと語る殻島を、少し驚いたような顔でハルが見つめる。
怪獣討伐。父やハルが従事するそれは決してファンタジーではない。それでも、どこか自分とは離れた、遠い場所での営みだ。
自分とは違う。自分たちはただ、彼女らのバックアップに回り、地域住民の安全を間接的に守っていくだけだと思う。
だがおよそ2週間後、殻島は思いも寄らぬ任務を依頼されることとなる。
ある人物から、「怪獣を倒してくれ」と。