怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第51話 怪獣墓場

「はあッ、はあッ、は――」

 

 浦菱は駆ける。いつも調査地にいる時はボードであるため、息を切らしてダッシュすることはほぼない。だが、今手にしているのは短剣(ソード)。使い慣れているボードを選んでおけばよかったと後悔していた。

 

〈ギギュイィイィイィイィイィイィイィイ!〉

 

 甲高い叫びを上げて浦菱を追うのは人型の巨影。しかし、上半身は人間のそれとは大きく異なっている。

 

 目。太い2本足で支えているのは横幅数十メートルはあろう眼球だった。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!ガンQまでいるのこの星!?」

 

 奇獣ガンQのおぞましい風貌に背を向けて逃げることしかできていない。しかし、このままでいいはずがなかった。なぜなら、今まさに置かれているこの状況こそ、特別錬成隊員となるための試験の一環だからだ。いつものミッションと同じく、討伐を迫られている。

 

 状況を好転させなければ。

 浦菱は足を止める。追ってくるガンQとの距離はすぐ縮まった。

 

「ふん!」

 

 一瞬の方向転換で隙をつき、すれ違いざまにガンQの足を切りつけた。通常の怪獣とは違う、ゼラチン質を思わせる手応えだが、出血はたしかにあった。

 

〈ギミィギ!?〉

 

 ガンQは勢いのまま数歩進んだが、ソードの一撃は深くやがて片膝をついた。

 

「よし!」

 

 この隙にとどめを刺す。振り返って接近しようとした時、ガンQの体の一部に変化が訪れた。

 足の一部、右と左それぞれ太もものあたりが先ほどよりも明らかに膨らんでいる。よく見るとそこは、「目」が生えている部分でもあった。ガンQの目は上半身の巨大な1個だけではない。足や腰、ひょろりとした腕にも無数の小さな――といっても人間の身長と大差ない直径の――目が存在し、時折不気味に蠢く。そのうちの二つが、まるで体から離れようとするかのごとく皮膚から膨らんでいる。

 

 ぶちゅ、と生々しい音がした。

 

「う……わ」

 

 膨らんだ眼球は肉体から剥がれたかと思えば、なんと落ちることなくその場に浮遊していた。そしてその目が、両方とも浦菱に向く。ひび割れそうなほど充血した目から殺意が注がれる。

 

「ちょっと待……来んな来んな来んな!」

 

 来る。二つの浮いた目玉は浦菱との距離を瞬時に詰める。ガンQ本体が遠隔操作しているのだろうか。その軌道もまっすぐ向かってくるのではなく、互いに蛇行しながら飛んでくる。目で追うことはできるスピードだが、一つ一つの速度も微妙に異なり捉えづらい。

 

「く――」

 

 バックステップで大きく後方へ。その後も連続して後ろに跳ぶ。滞空時間を長くしないように気をつけつつ、迫り来る目玉を避けながら打ち落とす機会を探った。

 

 速い。前方を横切る目玉の風圧が感じられてしまう。体勢を崩し後ろに倒れそうになるが、浦菱は勢いに身を任せる。そのまま両手を地につき、強く押してまた後方へ飛んだ。

 S4スーツは足だけでなく腕力にも作用している。単なるバク転でも足を使って跳躍した時と同等の距離を飛べた。回避を連ねた浦菱は、地面の岩が切り立ち剣山のように突出する地帯へと至る。地面は凹凸がはげしく着地は難しい。

 

「なら――」

 

 浦菱は壁のように上に向けて屹立する岩に足を置き、瞬時に蹴った。体はほぼ水平に運ばれる。追ってくる目玉のうちひとつと正面衝突する軌道だ。

 

 恐れるな。

 

 タイミングを計って左手を振るうと、ずちゅ、とやはり不定型な感触。だが、斬れた。目玉は一刀両断され、糸を引く粘性の血液を体で裂いた。

 

 前方に着地する。もうひとつは、と顔を上げるが、前にはない。

 左右。首を振り、やはり見えない。ならば方向として空いているのは。

 

(後ろ!)

 

 振り返り唾を飲む。巨大な目玉が、恐るべき速度でそばまで来ていた。直線的な軌道のひとつ目はおそらく囮。もう片方は迂回して攻めたか。痛みを覚悟した瞬間、目玉が手前1メートルほどの直前で不意に破裂した。形を残さない強力な一撃が、ガンQの目玉を襲ったのだろう。浦菱ではない、周囲に人もいない。遠距離、かつ一撃で破壊する重厚な射撃だ。

 

 もしかして、と視線を右に向ける。とげとげしい地平は剣山のように山になっていた。その頂上付近、人一人が立てる岩場に片膝で座る、バズーカを持った隊員の姿。

 

「ゴウさん!」

 

「危なかったなァ、浦!」

 

「助かりました」

 

 ゴウと呼ばれた男は岩場を飛び、浦菱の隣に着地する。見るからに重い装備を身につけているにも関わらず、とんとんと軽妙な動きだった。おそらく、『胴のゴルドン』を用いたメテオールアーツ——怪獣素材を用いた装備——ではないか。

 

 彼は浦菱と同じ部隊の男だ。

 

「ガンQは本当に攻めづらい怪獣だな」

 

「ですね。あらゆる行動が読めない。全部奇行です」

 

「はっは!」

 

 ゴウが高らかに笑う。ふたりの視線の先には、足の傷によろけながらも体勢を立て直そうとするガンQだった。

 

「俺がもう一度足を狙ってやろうか」

 

「いえ、足は私が。ゴウさんはその後に目をお願いします」

 

「足は私が、ってお前が使ってるのは近距離武器だろう。ヤツの足下までだいぶ距離あるぞ」

 

 ゴウの指摘はもっともだ。回避行動によりガンQとは大きく離れた。

 だが浦菱は譲らない。ガンQの体、その向こうに真にとどめを刺してくれるであろう相棒の姿が見えたからだ。

 

「目玉、正面からお願いしますね」

 

「あ、おい!」

 

 声を振り切って走る。浦菱を捕捉したガンQもただじっと待っているわけではない。巨大な目玉の頭部を、反動を衝けたお辞儀のように何度も振るう。その度に目から紫色の光弾が飛び出し、地面に触れると大爆発を起こした。

 強力な攻撃手段だ。避けても爆風に体をもっていかれそうになる。

 止まるな。自分に言い聞かせると、体は前に進んでいった。光弾の間隔は徐々に短くなり、ついには連射になる。それでも足を止めない。爆風と衝撃の中をうねるように進む。やがてその進撃は、光弾が生じさせた爆煙を有利に傾かせた。

 

〈ミミィギ!?〉

 

 ガンQは足下まで光弾を撃ち過ぎていた。おかげで浦菱はその煙に紛れる。

 

(どう斬る?)

 

 駆ける中、浦菱は逡巡していた。ここでガンQを確実に仕留めたい。そのためには自分の攻撃で地面に膝をつかせたい。

 

 成すべきこと。できること。状況。可能性。敵。味方。武器。

 

 武器。

 

 あらゆる判断材料を捌く中で浦菱が選りすぐったのは、自身が最も得意とするボードのことだった。今使っているのは、ソードだが、ボードの動きは応用できる。

 瞬時にソードを逆手――手の小指側から刃が飛び出るような握り――に持ち替えた。爆煙を突っ切った先、ガンQの2本足の丁度真ん中をくぐる瞬間に斬りつけた。

 

「ッッああ゙ァあ!!」

 

 まずは足、それから腰、その反動で腕。流れるような回転斬りは何度当たったかわからない。それほどまでに、無数の手応えがあった。走り抜けた先、左手で大地を殴りつけるようにして停止する。刹那を隔てた後、ガンQの両足を荒々しい鎌風が駆け抜けた。

 切り傷という生やさしいものではない。ソードの切れ味に浦菱の筋力と回転の技巧が載った斬撃は、ガンQの足を抉り、引き裂いてしまった。

 

〈ミギイイイイイイイイイイッッッ!!〉

 

 立っていられるわけがない。前のめりに倒れるガンQだが、すでにゴウがバズーカを構えている。砲内に蓄えられたエネルギーが全てビームとして放出され、頭部の目玉に浴びせられた。火花とともに巨体はまたも揺らぎ、今度は後方へと傾いていく。

 このままでは股をくぐった浦菱が潰される。だが焦りはない。ここで決めてくてる人物を浦菱は先ほど見つけたのだ。

 

「奏!」

 

 こちらに走ってくる佐納を見とめる。彼女もメテオールアーツを身につけていた。色は赤と褐色の中間、方々に突出する棘が目を引く細身の鎧。素材は何の怪獣だろう。

 

(……それどころじゃない!)

 

 思考をやめ、色の浦菱はソードを両手で支えるようにもつ。視線が交わり、互いに頷いた。佐納はスピードを落とさず駆け寄り、出した足を浦菱がもつソードの側面に置く。踏み台だ。

 

「行ってきて!」

 

 浦菱は彼女ごと上へ持ち上げる。佐納もソードを蹴る。強烈な勢いで上昇する佐納は、すでに武器であるアームを握りこんでいた。

 

「はああああああああ……」

 

 降ってくるガンQの後頭部に向け、弾丸のような速度のアッパーカット。バズーカの反動と合わせたアッパーは、驚くべきことにガンQの後頭部から頂点にかけてを完全に破壊してしまった。肉片と目玉が飛び散る、そのおぞましい光景が、何より勝利の証だった。

 

 佐納が静かに着地する。浦菱は駆け寄り「怪我はない?」と問うた。

 

「私は大丈夫。それより、合流が遅れごめんね。小型怪獣の討伐に手間取っちゃった」

 

「無事なら何より。それに、奏が小型どもを追い払ってくれたからこっちもガンQに集中できた」

 

 息を切らしながらも普段通りの様子で両手を合わせる佐納にほっとした。今自分たちがいるここは油断ならない場所だ。

 

「おうサノ、ナイスパンチだった!」

 

 ゴウも集い、部隊全員が揃う。浦菱と佐納のバディにゴウが加わって、現在の部隊となる。

 

『お三方、お疲れ様です、奇獣ガンQ、48メートル級、討伐確認しました』

 

 そして、もう一人。この特錬隊員昇級試験には各部隊1名ずつオペレーターがつく。インカムから女性の声が通った。

 

「カグラさん、他周囲に怪獣は」

 

 カグラと呼ばれたオペレーターは『ええっと』としばし留保し、やがて周囲の状況を述べた。

 

『南東1.7キロにボーンザウルスの群れとスカルコング……こちらは群れというほどではないですが数体います。加えて大きいのは……おそらく羽根怪獣ギコギラーでしょうか』

 

「ギコギラーの大きさは」

 

『この反応だと、おそらく15~20メートルといったところです。ま、間違ってたらごめんなさい』

 

「中型か。残りの指定活動時間は19分」

 

 その時、カグラとはまた別の通信が入った。

 

『佐々木部隊、ラゴラス中型討伐、A四(エーよん)エリア。上条部隊、ドラコ大型討伐、C三(シーさん)エリア』

 

 電子音が告げたのは浦菱たち以外の部隊についてだ。今いる場所とは異なるエリアで各々が功績を挙げている。

 浦菱は佐納とゴウを見渡す。準備万端、という様子でゴウはバズーカを方に背負った。

 

「向かいますか?」

 

「俺はいけるぞ。少しでも多く点を稼ぎたいしな」

 

「私も、時間内にギリギリ倒せると思います。奏は?」

 

「……大丈夫。いけるよ」

 

 佐納もアームをさすり、深く頷いた。

 

『では、位置を皆さんのドライバーに共有します。ご武運を!』

 

 カグラの言葉を受け、三人は走り出した。全員がスーツの補助を受け、人間とは思えぬスピードで岩石の大地を蹴っていく。

 

「それにしても、ここは本当に怪獣の出現が絶えないですね」

 

 佐納が興味半分、不安半分の口調で言った。

 

「たしかに、こんな星があったなんて」

 

「試験にはおあつらえ向きの場所だよなァ」

 

 そう溢したゴウは少し高揚しているように見える。

 

 特錬隊員になるための試験。それは知識や技能を前提として、どれだけ怪獣を恐れることなく立ち向かえるか、そして倒せるかが見られる。そういった意味で、浦菱たちが降り立ったこの未知の星は多種多様な怪獣が生息していた。

 

――でも。

 

 浦菱は、いや、他の隊員もだろうが、脳内に常に疑問がついて回る。ここは、いったいどんな場所なのだ。

 

 先ほど討伐したガンQは、傾向として気温の高い環境を好む。もっとも確認されているのは火山活動が多い惑星『アペヌイ』。

 一方で、浦菱たちは初日に宇宙怪獣エレキングと相対した。エレキングには水辺を住処とする性質がある。高温の環境は生息に適さないはずだ。

 なぜ生息地が異なる2体が同じ星にいるのだろう。

 

 そして極めつけは、景色。岩石に囲まれた周囲は惑星イメルに似ているが、イメルよりも空が暗い。オーロラが無数に生じる異様な空には、大小さまざまな岩石が浮かんでいる。衛星なのだろうか。地球で月を見た時のような茫洋とした見え方ではなく、目を凝らせば表面のクレーターまで拝めてしまう距離だ。

 

 どこかの小惑星群に降り立ったのではないかと考えた。恒星の引力が少なく、活動可能な小惑星が試験場所に指定された、と。だが、異様さは他にもある。岩石に混じって、漂っているのだ。怪獣が。

 

 浦菱は走りながら空に目を向ける。黒々とした岩が重なって浮かぶそのさらに上、異様なシルエットが確認できる。とげとげしい体と両腕の武器。あれは、バラバではないか。殺し屋怪獣バラバが、どういう理屈か遥か上空に浮かんでいるのだ。他にもレッドキングやドラコなど、浮遊している怪獣はいる。

 当初は驚いたが、なんの動きもみせないことから、浮かんでいる怪獣は全て死んでいるのだと予測できた。ではなぜここら一体に死体が集められているのか。磁場や引力の関係か。

 

 浦菱は視線を戻す。不気味だった。強大な怪獣すら、死に絶え宙に漂えば景色の一つに埋没する。それままるで、人間も死ねば完全な無に還ると示しているよう。空の怪獣の遺骸は唯一、それを表すためだけに存在するオブジェクトのように思えた。

 まるで墓標。怪獣たちがその姿を保ったまま、しかし命は完全に失われた状態で、この星に漂着する。

 

 試験開始時、試験の実施責任とらしき監査部の男からこの場所の名前を伝えられた。正式名称は小難しく、正確には記憶していない。しかし、その後伝えられた「異名」については、深く脳裏に刻まれていた。

 

——簡易的な呼び名として、以降君たちの試験場となるこの星々を『怪獣墓場』と総称する。

 

「名に(たが)わぬ景色ね」

 

 佐納とゴウに聞かれぬよう呟いた。

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