怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第52話 登竜門

「ゔぅ~い……」

 

 ゴウ改め折橋豪(オリハシゴウ)はおっさんらしい野太い声とともに伸びをした。外惑星と同様に、地球の偏差を適用した基準時間で18時を少し過ぎた頃。浦菱が所属する部隊の3人は食堂に集まり、注文の列に並んでいた。この謎の小天体群のうち、最も大きく軌道も安定しているひとつに受験者たちの基地はある。隊員とその3分の1のオペレーター、そして監督官と事務員を合わせても総勢170名強。基地の規模は小さいながら、設備はよかった。

 

「疲れたな」

 

「ええ、もーへとへとです」

 

 佐納も肩に重荷が乗っかっているような姿勢だ。それは浦菱もそう。というより、受験者全員に疲労の色が見える。

 試験内容は主に3つ。訓練、実技、座学があった。

 

「訓練はなんとかこなせるんですけど」

 

「実技と座学がねえ……」

 

 訓練では十分な体力と適性を見るのみのため、あまり重要ではない。過酷な内容もあるが、入隊後の訓練期間を突破していれば乗り越えられる内容だろう。浦菱が言ったように、問題は実技と座学だ。

 

 実技とは、ガンQと戦った時のような小惑星群内での怪獣討伐を指す。

 

「びっくりしたよ。試験に怪獣の討伐があるとは思ってたけど、『明確な討伐対象が示しません、自由に討伐してきてください』なんて」

 

 実際の任務と異なるのはここだ。受験者で構成された部隊に示されたのは「制限時間内に可能な限り調査・討伐成果を上げよ」との指示のみ。通常任務のように『〇〇を採取/討伐せよ』といった指令は出ていない。現に、今日はガンQを倒したが、浦菱の部隊に『ガンQを討伐せよ』との任務が与えられていたわけではなく、出撃した際に姿を現したため交戦に踏み切ったのだ。

 

「いつもの任務が単品注文で、今やってる実技は食べ放題って感じだよね」

 

「ああ、うん。まあそう、なのかな?」

 

 佐納の食いしん坊な例えに首を傾げたが、言わんとすることはわかる。試験の期間内は自由に動いていい、各々のペースと戦略を考慮して怪獣を倒せ、ということだ。

 

 これは食事を「戦い」と捉えている人じゃないと出ない例えだな。

 

「どうしたの唯ちゃん、ぼーっと私の顔見つめて」

 

「……あんた疲れた顔してるなって思っただけよ」

 

「唯ちゃんもだよ?」

 

「え、マジ?」

 

 浦菱が感じた疑問のとおり、この星に現れる怪獣には法則性がない。したがって予測ができない。いつ、何が現れるかわからない緊張と、対峙した時の一瞬の判断。評点を得るには制限時間内に多くの怪獣を討伐した方がいいため、討伐はいつも以上に死力を尽くす。その蓄積は体力と神経を瞬く間にすり減らしていった。

 

「俺は座学がかなり堪こたえたな。眠くてかなわん」

 

 ゴウはあくびとため息が一緒になった息を吐いた。

 

「ですね。意識を保つので精一杯」

 

 座学もまたきつい。特錬になるにあたって、より詳細な怪獣の特徴・傾向、S4組織の沿革や歴史等々、入隊時に受けたものよりも数段高いレベルの講習だった。内容自体には興味が持てるのだが、これが訓練や実習の後に受けると睡魔が止まない。夜は十分寝ているが、それでも座学の時間は重い瞼との戦いだ。実際、浦菱も今日は口内を噛みながら耐えていた。

 

 受講態度も見られているだろう。寝落ちなどしようものなら適性なしと判断されても文句は言えない。

 

「内容も難しいし。『複数の惑星に跨がって出没する亜種怪獣の出現傾向・及びその対策』……あれ後半ほぼ専門用語じゃなかったですか?」

 

「俺は外国語で授業されている気分だったよ」

 

 加えて終盤には理解力を試されるテストが控えているため、教わった内容は頭に入れなければならない。1日のプログラム終了後も予習と復習をやって十分な睡眠時間を取ろうとすると、自由時間はほぼない。

 

「でも、美味しいご飯が無料で食べ放題っていうのが救いですね!」

 

 佐納が声を弾ませる。彼女らしいと言えばらしいが、たしかに食事や設備が充実しているのはありがたかった。期間中こちらの負担はないのに加え、食事は美味く共同浴場も清潔で広い。

 くすっと微笑んで浦菱は頷いた。

 

「まあね。お金かかってる」

 

 人が住まない小惑星にこれだけの環境を設けるのはかなり費用が嵩んだと予想できるが、優秀な特錬隊員を選別する場としては必要経費ということだろう。

 やがて注文を終え、3人は長机の端に座った。浦菱が頼んだのは回鍋肉定食。ここの食堂は中華料理屋さながらの本格的な味付けであり、虜にされた浦菱は青椒肉絲(チンジャオロース)麻婆豆腐(マーボードウフ)などの定食をルーティーンにしていた。

 

「しかしあれだな。本当にこの場所……怪獣墓場ってのは何なんだろうな」

 

 疑問を口にしたゴウが頬張っているのはツインテール天丼(上)、それも大盛りだ。すり鉢のようなサイズで相当ボリュームがある。

 

「怪獣の死体がふよふよ浮いている。それもここの上空に留まるようにしてずっとだ。何か怪獣を引き寄せる引力が働いてんのかね」

 

「どうにも奇妙ですよね。変な作用がありそうなのに、気温が一定で、怪獣たちも通常通り活動している。数カ所でオーロラが確認されていることを見ると、それぞれの小天体で磁場は安定していそうですが」

 

「そもそも随分安定してるが、ここは宇宙でどこに位置してるんだ?あさひ95から宇宙航行機で8時間くらいで到着したよな……時間だけみれば惑星コンルあたりに近そうだが」

 

「けど、航行機がワームホール技術を使っていれば時間を計っても無意味かもしれません」

 

 ゴウはう~んと唸って大きな天ぷらを口に入れた。あれこれ考えても答えは出なそうだ。

 

 ここに移動してきたときのことを思い出す。試験に同行している人事教育局の担当責任者はこの地を「怪獣墓場」と言った。正式名称ではないだろうが、そのものものしい響きは受験隊員の不安をかき立てた。

 

「あ、みなさんお揃いで」

 

 隣から声がかかる。オペレーターとして部隊をサポートしてくれた村瀬香楽(ムラセカグラ)がラーメンの載ったプレートを手にしていた。

 

「ご一緒してもよろしいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「おうカグラ、オペレーターのお前なら何か詳しいこと知らないか?」

 

 詳しいこと?と聞き返しながらカグラはゴウの隣に座る。

 

「怪獣墓場について気になってしまって。位置や特性、なんでもいいんですが」

 

「……ごめんなさい、私も詳しいことは」

 

 カグラは肩をすぼめてスープを啜った。オペレーターも頼れないとなるといよいよ迷宮入りだ。

 

「このプログラム、実はオペレーターにとっても試験でして、受験者である私たちにも詳細な情報が共有されているわけじゃないんです」

 

「あ、そういえばそうでしたね」

 

 最初に受けた説明で、サポートに回るオペレーターの昇格試験を並行して行っていると聞いた。彼女のサポート姿勢も試験官に見られているのだろう。

 

「う~ん、奏何か知らない?ウルトラマンとか怪獣とか詳しかったよね」

 

 浦菱は隣に目を向けた。タッコングの唐揚げ定食に夢中だった佐納は、思い出したかのように顔を上げた。

 

「一番有名なのは、たしか、地球に降り立った怪獣を怪獣墓場に送り返した、という記録でした。科学特捜隊と初代ウルトラマンの時代なので、20世紀後半ですね」

 

「途方もないくらい昔だなぁ……その時から存在自体は把握していたんだ」

 

「たしか、シーボーズって怪獣が関係してたっけ。でも、まさか試験会場に指定されるとは驚きでした。受験者を収容できるなんて情報もなかったので」

 

「たしかにな。俺も驚いたぜ」

 

 上下に大きく首を振るゴウ。そんな彼を、カグラがじーっと見ていた。

 

「どうかしたか、カグラ」

 

「いやその……ゴウさんはどうして()()()()()()()をなさっているのかなと」

 

 テーブルの間を静寂が通り抜ける。

 

「え、フリって」

 

「ゴウさん、昨年もこの特錬隊員試験受けられてたんですよ」

 

「えっ……ええ!?」

 

 カグラの言葉に、初参加の隊員二人は驚愕の声を上げた。ゴウは何ら否定せず、天ぷらを尻尾ごと口に放り込む。

 

「本当なんですか」

 

「本当だ。俺は去年も同じ試験を受けてたんだ。まあ落ちたけどな。だから2年連続だな」

 

「できるんですかそんなこと」

 

「できるだろ。今年の基準日までに受験要項満たしてりゃいいんだから」

 

 たしかにそうだ。一度落ちたら一生受けられない、というシステムでは優秀な隊員は残らない。

 

「じゃあ、なんで嘘ついてたんですか」

 

「面倒くせえだろ。去年から続投なんてお前らにバレたら、試験の内容・傾向・対策根掘り葉掘り聞かれるだろ。そういう情報は2年連続で受験枠に入った俺の特権なんだよ。遊び心がないオペレーターさんのおかげで水の泡になったが」

 

「だ、だめですよ情報は……せめて部隊の中では平等じゃないと!お話聞いててなんか変だなぁと思ったら、やっぱり何か企んでたんですね!」

 

 公平を重んじるカグラが、ゴウの計画を白日の下に晒したというわけか。カグラさんナイス、と浦菱は内心ガッツポーズをした。

 

「えぇ~せこいなァゴウさん先輩のくせに!」

 

「そうだそうだ!」

 

「一度試験を受けているとわかったからには、あなたが恐れていたとおり根掘り葉掘り聞かせてもらいますよ」

 

「そうだそうだ!」

 

「あーわかったわかったうっせ!」

 

 ゴウは丼を持ち上げ、残りを全てかき込んでから話を始めた。

 

「言っとくが、そこまで有益な情報はねえぞ。俺は落ちてる身だから合格体験記じゃねえし、予習復習怠るなとか、部隊内では上手く連携しろとか基本中の基本しか言えねえよ」

 

「そんなの試験以外の通常任務や訓練だって共通するじゃないですか」

 

「そういう当たり前がこの試験でも加点、あるいは減点対象になるってのが、俺の口から言えることだよ。ネットやSNSはもちろん、口頭でも特錬試験の内容については受験者以外に他言禁止って言われたんだ。文句を垂れるな感謝しろ」

 

 ゴウには申し訳ないが、ちょっぴり肩すかしだ。個々人の努力や隊員同士の連携なんて、誰でもやっている。そうでなければS4としてやっていけない。

 ゴウの言葉を噛み砕けば、試験を特別なものと思わず、任務に当たるいつも通りの姿勢を貫けということか。

 

「あとはまあ、試験の経験者が俺だけとは思わない方がいいだろうな」

 

 ゴウは伸びをするフリで自然に背筋を立たせ、食堂内のメンツを眺めた。

 

「……やっぱり、去年いたなあって奴もちらほらいるぜ。もしかしたら3年、4年連続……あるいは隔年で何度も試験を受けてる奴もいるかもな」

 

「それって」

 

 佐納が青ざめている。理由は浦菱にもわかった。

 それだけ毎年落ちている人間がいる。当然だ。S4隊員のトップ層を争う選抜が、簡単なわけがない。

 

 特別錬成隊員の制度と同様、この試験もまた特異な形態をしている。

 特錬隊員とは、隊員個人の「任務遂行適性順位」が300~1位の者を指す。現在この範囲内に入っている隊員と受験する隊員での競い合いとなるわけだが、その指標は以下の通りだ。

 

 「現特錬隊員」の場合は今年1年間の調査・討伐遂行値。

 「受験者」の場合は、まず訓練・学科の評点を足切りにする。その上で残った受験者の実技試験結果から打ち出される「来期1年間の調査・討伐遂行値の()()」。

 推定というのは、隊員個人の能力値をシミュレーションシステムによって可視化・数値化したもの。これを現隊員と比較するのだ。試験の合否という重要な決定がシミュレーションで決められることに非難もなくはないが、現状使っているシステムは相当の精度を誇り、比較材料に用いても問題ないとされている。

 

 また、現隊員も今年の功績によって進退が決まる。これも細かな遂行値によって決まり、簡単に順位で割り出せない。例えば、1年で50位から200位に順位を転落した者と、280位から220位まで上げた者であれば、後者が順位で劣っていても遂行値は優れている可能性が高い。「毎年300位~270位の特錬隊員が入れ替わります」というわかりやすい形式にはできないのだ。

 

(まあこれら要するに……合格者の数を予測するのはほぼ不可能ってことね)

 

 さらに、これに関わってくるのが福祉制度。特錬隊員には当然、家庭を持つ者も多い。通常隊員よりも優遇された給与制度を設けているが、「特錬から落ちればこの特権は即なくなります」という制度では血も涙もない。たとえ合格者と入れ替わりで特錬隊員でなくなったとしても、国がそれまでと同様の給与・福祉を最大2年間保障してくれるのだ。

 

 つまり、通常よりも多額の人件費を負担するのは300人よりも多い。だが財源に限りがある以上、負担する人数はできるだけ少なくしたいのが人事院として正直なところ。すなわち、現特錬隊員と競う土俵に上がるまでの「足切り」は厳しいと言わざるをえない。

 

 一体、何割が受かる?合格者がどんなに多くても過半数、いや、3分の2は涙を飲む結果になるはずだ。

 

「1年目、特に若手にとっては厳しい戦いになるぞ?覚悟はできてるか?」

 

 同じ部隊にもかかわらずゴウは脅す。ドスの利いた声だ。

 ドスの利いた声、なのだが。

 

「……ゴウさん口元、米粒ついてます」

 

「え、嘘っ。いつから」

 

「最初からです」

 

「最初から指摘しろや。先輩風吹かそうとしたのに台無しじゃねえか」

 

「台無しです。いやいつ気づくかなと思って」

 

 女性3人に笑われ、ゴウは慌ててひっついた米をつまんで口に入れる。

 悪く言えば凄味がない。

 よく言えば、親しみやすい男だ。

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