「西暦2448年」という設定でしたが、ウルトラ特撮シリーズにおける時代との齟齬が生じる可能性が高いため、明確な時代設定を避けた「未来」の話とさせていただきます。
……まだ訂正に着手できていませんが、少しずつ変更を加えていきます。ご了承ください。
食事の後、浦菱は佐納と連れ立って浴場に向かった。更衣室に入り、佐納に並んでロッカーを空ける。
「お風呂が広くて清潔ってのもありがたいよね」
浦菱の言葉に、佐納は「わかる!」と快活に答えた。
シャワーだけでなく、浴槽もある共同浴場。広さと清潔さに加え、ボディソープやシャンプーの種類が豊富なのも嬉しい。試験期間中の数少ないリラックス空間だ。
「それに怪獣墓場って意外と寒いから、温まれるのが余計嬉しいな。私が最初配属になったイメルと同じくらいだもん」
「ああ、たしかに寒……え?」
浦菱は発言を訝る。佐納はシャツを脱いだシャツを手に持ったまま止まった。
「どうかした?」
「イメルってそんなに寒かったっけ?私まだ行ったことなくて、惑星の性質は頭に入ってるつもりだったけど」
「けっこう場所によるんだ。私が前配属されてたところは、平均5度くらいだったよ」
惑星イメル。もはや湖田が行方をくらませた航行機の墜落事故を自然と思い出してしまう地名だ。あの事故で気がかりなことがもう一つ。
死者数の少なさだ。
外惑星を航行する機体の墜落。その事態が悲惨であることは容易に想像でき、事実イメルの事故でも約4割が死亡した。
だが4割だ。
最小限に抑えた方ではないだろうか。宇宙航行機の事故など滅多にあるものではあいが、飛行機事故、列車事故と同じように低確率で起こる事態だ。そのトラブルが発生する場所が宇宙、あるいは外惑星の未探査区域であった過去の例などでは、痛ましいことに被害者が助からない・見つからない場合も多い。湖田の事故も、海外が保有する外惑星領土とは近かったものの墜落したのは未探査区域だった。
事故関連のニュースが多くやっていた時点では、「被害者の身元が確認できた」という報道が断続的に増えていった。そこから省察できるのは、不時着時の衝撃や機体の破損により体が損壊した死者がいたためではないだろうか。痛ましい話だが、人の形を保てずに死亡した人もいただろう。
だが、機体発見後に救助されてから「搬送先の病院で死亡」という事例はなかった記憶がある。
どうにも不自然ではないか。発見されたのは墜落から2日と数時間後。佐納がいったような気温なら、低体温症や衰弱による死者が出ていてもおかしくない。それに、航行機は「惑星ワッカ」に向かう予定だった。ワッカは恒星に近く温暖な気候だ。乗客は薄着であった可能性が高い。
「……唯ちゃん?」
はっと顔を上げると、佐納はもう素っ裸になっている。
「あ、ごめんなんでもない!先入っててよ」
そう促し、浦菱も服を脱ぐ。考えても答えはでないはずだ。あとで調べてみよう。
タオルを持って佐納の浴場へ行き、佐納の隣に腰掛ける。シャワーの蛇口を捻ると、熱い湯がかかった。
「う~傷が沁みる」
少しだけ怪我をしていることに気づいた。ガンQの光弾を避けた際だろうか。
「痛む?」
「ひりひりするけど、大丈夫。実習は結構汗かいたし、隊服越しとはいえ怪獣の体液に塗れたからね……体を流せる気持ちよさが勝ってる」
「あはは、わかるなぁ」
隣で佐納がシャンプーを流した。白い泡が流れ落ちる右手の肌には、目立たないが変色している部分があった。
(ネロンガを殴ったときの火傷……)
結局、跡が残ってしまったか。
ネロンガ戦に限らず、佐納の戦い方は利他的すぎると最近思い始めていた。今日の戦いも、小型怪獣を一手に引き受けてくれた。ガンQと主に相対したのは浦菱とゴウだったが、それは佐納が邪魔な小型怪獣の注意を引いてくれたからだ。巨大怪獣ではないと軽視されがちだが、数の暴力で攻めかかる小型怪獣ほど厄介なものはない。疲れただろうし、緊張しただろう。しかし、討伐の評価としては巨大怪獣よりも低くなる。
(ガンQのとどめだけでも刺させてあげられてよかった)
「……唯ちゃん?」
ぼーっと佐納を見ていると、気づかれた。
「どうかした?」
「へ?あ……あぁいや、奏はどう思うのかなって、怪獣墓場のこと」
火傷には言及しづらく、別の話題を提示する。が、事実聞いてみたいことでもあった。
「う~ん、この星のことはやっぱりよくわからなくて……」
「それだけじゃなくてさ。奏はどうしてこの怪獣墓場が試験場に選ばれたと思う?」
「どういう意味?」
「何か、目的がありそうでさ」
監督官の話で「怪獣墓場」の文言が出た時、受験者がかき立てられたのは不安だけでなく、想像もだ。
この怪獣墓場には、どういった利用価値があるのか。それについて密かに話し合われている。
単に無数の怪獣が現れるという性質が隊員育成のために都合がいいという要素だけかもしれない。だが、この星で怪獣を討伐することに何か別の効果を企図しているのではと噂する声もある。
噂の発端に明確な根拠があるわけではない。近年怪獣災害が増加しているから、宇宙怪獣対策の前哨基地を怪獣墓場に作る。シルバーバルタンとの協力体制は実は地球側からもちかけた話であり、外惑星の土地を差し出すことと引き換えにダークバルタンを討つ。怪獣墓場はその取引に使われる、などなど。
いずれも噂の域を出ないが、受験者間で話し合われている話題だ。特錬試験まで登り詰める優秀な隊員が話題に上げると、荒唐無稽には聞こえない。
「どう、何か考えはある?」
佐納は難しい顔で唸った後、切り出す。
「私は、新しい外惑星開拓の先駆けに怪獣墓場を選んでると思うんだよね」
先日、風呂場で佐納の考えも聞いていた。
「新しい星の開拓?じゃあS4は、怪獣墓場を人類の居住先にしようとしてるってこと?」
「ううん、人が住むにはちょっと狭すぎる」
「なら、なんで怪獣墓場を獲得しようとしてるの?」
「『惑星アシル』に差し出すためじゃないかな」
体を洗い終え、ふたりは湯船に浸かって話をした。
「アシルには今、地球人の通信局とアンテナが置かれてるでしょ。アシルのアンテナを中継して、地球と外惑星との連絡を取り合ってる。でもそれは『間借り』してるから、地球人が頼んで置かせてもらってる状況」
「そうね」
「じゃあ、間借りの『賃料』として過去に何を支払ったか知ってる?」
「そりゃ、もちろん。たしか……『惑星コンル』の土地だよね。あとはアシルの自治警備義務をS4とか、外国の防衛組織が一部負ってる」
佐納の言うとおり、地球人は通信に不可欠なアンテナを、地球と居住外惑星の中継点であるアシルという星に置かせてもらっている。地球人が友好協約を結んでいない、数多くの外星人との交流もここではあるのだ。50年ほど前から始まった『異星宥和地区』も、入り口の審査等はアシル関係を担当する省庁の部署が受け持っている。アシルは、地球人以外にもさまざまな星人が利用・居住する、いわば宇宙のフリースペースとも呼べる場所だ。
したがって、ただでアンテナ、及び管理施設を置かせてもらっているわけではない。対価として、地球人が開拓した「惑星コンル」の土地の一部を明け渡したのだ。他、現在進行家の対価としてアシルにおける安全維持義務の一部請け負っている。このあたりはS4隊員だけでなく一般人にとっても常識だ。たしか、中学校の範囲で習う。
「割譲したコンルの土地は、アシルで生活してた行き場のない外星人の居住先になったんだよね」
「うん。カナン星人だったかな。もともと宇宙難民みたいな形で、無償でアシルに居住していたんだけど、アシルとしてはただで長期間居座られても困るからね。そこで、コンルの土地を持ってる地球に白羽の矢が立ったの」
コンルは氷の惑星だが、カナン星人は比較的寒冷な気候に耐性がある。地球は間借りの支払いとしてコンルの土地を差し出し、カナン星人はアシルを出てそこで生活圏を築いた。
佐納はやはり詳しい。が、アシルの話は先ほど言っていた「新しい外惑星開拓」の話とは繋がらないような気がする。
「それでそれで?」
「あ、あんまり熱心に聞くような話じゃないよ……。ほんと、下衆の勘繰りレベルだから」
「いーから」
「それで……人類は秘密裏に新しく住める星を見つけてるんじゃないかと思うの」
急に飛躍した理論になり、浦菱は思わず目を見開く。
「どうして、そう思うの」
「根拠らしい根拠はないの。でも、最近外惑星で怪獣被害が増えてるから、各国の地球防衛機構は確実に他に人類が住める惑星を探してるはず。それに、怪獣墓場が試験地として用いられてるなんて情報、ここに来て初めて知ったでしょ?なら、一般人には秘密にしてることが他にあっても不思議じゃない」
「まあ、不自然ではない」
そこで佐納は一際神妙な顔になった。湯の熱で頬が上気している。
「私の見立てだと、もう居住候補になる惑星はすでに見つかってる。でも、この星はモシリスとかレラトーニよりももっと、地球から遠い」
「それは、今人類が拠点にしてる星々よりも遠いってこと?」
「そう。防衛機構はその『より遠い星』の探査と開発を進めたい。でもそのためには地球との交信が不可欠。だからより強力な通信レーザー基地をアシルに置きたい」
「でも、わざわざアシルに置く必要なくない?レラトーニでもモシリスでも、今人類が持ってる星に置いちゃえば」
「アシルなら他の外星人から資源や技術の供与も受けやすいから、モシリスとかレラトーニにより手軽に、強化された通信基地を置ける。それに、外惑星だと国によって領土を持ってる星がバラバラでしょ?」
例えば、フランスは現在モシリスの領土を持っていない。一方ロシアはモシリスの土地を一部保有しているが、ワッカの土地はゼロだ。
「新しい外惑星なんて、土地も資源も宝の山みたいなものだからね……どこかの国が抜け駆けでゲットしようとしたら戦争待ったなしだよ。遠い星でも世界各国が共同で利用出来る、高性能かつ大規模なアンテナを立てたかったら、『賃料』を払ってでもアシルが手早いんじゃないかな」
佐納の話は不思議だった。「すでに居住候補は決まっている」という架空の話を前提にしているのに、彼女の現実的かつ詳細な知識が介入する。予測というほど地に足着いていないが、妄想というには現実味がある。
「それにアシルのメリットは他にもある。宇宙航行機の中継地点……資源の補給を定期的にしてもらう『契約』なんかも結べるんじゃないかな。新しい星が見つかってる、っていう私の考えがまるっきり違ってても、やっぱり地球人はもっとアシルの『間借り』とか『契約』を増やしたいのは間違いない」
「奏の考えだと……さらなる『間借り』とか『契約』のための交渉材料……地球側の対価になるのが」
「怪獣墓場の土地」
浦菱は感嘆し、一度湯を掬って顔に浴びせた。
「なるほどね……」
「そんな、真に受けるような話じゃないんだってば!ほとんど妄想なんだから」
「でも、アシルが外惑星開発に大きく関わってくる。その観点は重要だよ、きっと」
「そう、かなぁ」
佐納はやはり自信なさげだ。しかし、彼女なりの視座は浦菱にはないものであり貴重だ。そしてそれ以前、彼女の妄想は真実か否かという話の前に、挙げられる可能性の話として面白かった。
浦菱は広い浴槽の壁に首と腕を預けた。天井を見上げる。
地球人はつくづく征服する存在だ。この天井を越えた先には星空が広がっている。ゆくゆくはその星々も人類が切り拓き、居住するようになるかもしれない。佐納の話が真実だとして、ことが運んでまた別の星に足を伸ばすようになる。居住できる外惑星の追加という、歴史的に大きな変化を迎えるかも。その変化を形作る小さな目盛り。それこそが、今自分たちが身を投じている戦いなのだろう。
(…………殻島)
消息不明の仲間を想う。視界がぼやけるのは、湯気のせいだけではない。
彼は変化を望んでいた。それも自らが起こす変化を、貪欲なまでに。
だがきっと、人は常に変化の中にいるのだ。大きな時間の渦に巻き込まれ、各々の役割を通して一つの大きな「変化」という結果をもたらす。役割、いうなれば責任を背負いながらその過程に組み込まれるだけで、人は何らかの変化を生じさせているのだ。
自らが起こす大きな変化を望んでいた殻島にとっては、受け入れがたい事実かもしれない。だが浦菱は、どうか殻島に肩の荷を下ろして欲しいと思っていた。己がやるべき範囲で、変化の一翼を担ってくれればいい。
(私たちが望むのは、湖田先輩が無事に見つかること)
「いなくなった湖田永晴が無事に見つかる」という変化・結果までの仮定で、殻島が担うこととは何だろうか。
(私が決めることじゃないんだろうけど、でも)
一つ、浮かんでいた。
いること。いてくれること。
それだけで、いいのだ。だから。
「戻ってきて、くれないかな」
呟いた瞬間、はっと我に返る。今の独り言、佐納に聞かれていたか?だとしたら少し、いや、相当恥ずかしい。
慌てて佐納の方を見る。彼女は浦菱と同じように頭を浴槽に預け上をぼーっと見上げていた。耳をそばだてていた様子はないので安堵する。
浦菱は頭を切り替え、アシルと外惑星について思索を巡らす。アシルにおける地球の利用区域を増やすという目標は理解できるが、だとしたら日本以外の国はどうなるのだろうか。アシルに置かれている通信基地は日本以外の外惑星に進出した国も利用している。
(そこからさらに「間借り」を増やすのであれば、他国はどう関わってくる?)
地球防衛機構において、日本は主要な立ち位置だ。理由としては、過去、ウルトラマンがいた時代において日本の怪獣被害は海外に比べて抜きん出て多かったためだ。日本という土地特有の危険意識の高さ、および洗練された対怪獣の技術と組織の系譜は脈々と受け継がれている。ウルトラマンが去り、外惑星進出と怪獣討伐を地球人のみで行うようになった時代でも、影響力は大きかった。
だが、アシルの土地は利権に関わりすぎる。日本のいえど自由にアシルの利用地区を増やす試みはできない。佐納が言ったように外惑星進出国が共同で利用するための土地は必要だろうが、その議論に国家ごとの主張が発生するのは言うまでもない。
それにアシルは、通信に加え、外星人と関係を持つ数少ない場所だ。
地球外からの技術供与は国際条約に規定があり、一国のみに利益をもたらすような外星人との関係構築は禁じられる。バルタンとの共同作戦は日本のみが行うが、ここでも国連の機関が目を光らせ、日本が得た技術・情報は世界中に共有されるか、作戦終了後に破棄するかの二択だろう。
怪獣墓場ではS4――日本の防衛組織以外を見ていない。だが、小天体が密集して形成されている場所だ。怪獣墓場における別の天体で海外が土地を確保している可能性もある。というより、日本が抜け駆けで利用できる場所ではない。海外の手が及んでいると考えるのが自然か。
(仮にアシルの『間借り』をさらに増やす計画があるとして……それは世界で足並みが揃っているものなの?)
現代、海外との情勢を一言で表すなら平和だ。ウルトラマンが去った直後の時代は、怪獣被害の爪痕と外星人の侵略がもたらした社会不安が重なり、ひどく不安定な情勢だった。しかし、外惑星に進出し、潤沢な資源の供給が可能になると、国家間の緊張状態も緩解する。今も世界各地で紛争や内戦がないわけではないが、規模はかなり縮小した。
世界は穏当に回っている。そう思い込めるほどにはたしかに平和なのかもしれない。だがアシルの利権は、そんな甘い幻想を剥ぎ取るように思えた。いや、アシルだけではない。外惑星を巡る国家間の競争が苛烈さを増す可能性は常につきまとっている。
ふと、浦菱の頭に浮かんだ言葉。高校か、S4入隊後の講義で聞いた内容だ。
「……奏」
25世紀、地球と外惑星両方での生活が当たり前になった時代で、国際社会における一つの予測、提言。
「昔どっかで聞いた単語なんだけど……知ってるかな、
佐納に向き直り、口が止まる。彼女は先ほどと同じ姿勢だ。がっくりと頭を後ろにもたげ、乗せていたタオルがずり落ちている。頬どころか前髪が張り付く額まで真っ赤だ。
「あんためちゃくちゃのぼせてんじゃないのよ!」
「ふえぇぇぇ……長く入ってた方がお風呂上がりのコーヒー牛乳美味しいし……」
「限度ってモンがあるでしょ!ほら出るよ!」
浦菱に担がれる佐納はさながら重傷者だ。ふらふらとしながら脱衣所まで運ぶ。聞きたかったことはまた今度でいい。というか今度にするしかない。
しかし、重い。
(なんで?私とほとんど体格変わらないのに。え、私ってこんな重いの?いやそんなはずは……)
ふん、と気合いを入れて担ぎ直す。その時、己と佐納の明らかな相違点が目に入った。
胸。
浦菱の、胸筋と見まごう小さな胸とは対照的に、佐納は女性でも羨む大きさと形。これが重量の正体なのか。正体だというのか。
ああそう。そうか、そういうこと。
湯船に放置してやろうかな。