ジェロニモンを討伐して、すぐに気づいた。
佐納がいない。
ジェロニモンとの戦闘に気を取られすぎていた、と反省する。しかし、彼女は当初同じ場所で戦っていたはずだ。
『あの、皆さん』
オペレーターのカグラから声が通った。
「カグラさん!
すぐさま聞くと、『ぞ、存じ上げてます……』との返答が来る。
『おそらく、
「おいカグラ」
今度はゴウが苛立ちを隠さずに追及する。
「俺達が周りを見ていなかった落ち度もあるが……部隊員の所在地くらいは常に共有してほしいところだ」
『ご、ごめんなさい』
しおれた謝罪がインカムに通る。カグラが作戦室で肩をすぼめている姿が容易に想像できた。
『でも、あの、言われたんです。佐納さんに』
「言われた?何を」
『一時離脱するけど、浦菱さんとゴウさんには黙っていてくれって。ジェロニモンと戦闘中の時です』
どうやら佐納は自分の意思で離れたようだ。でも、なぜそんなことを。
「その時の佐納さん、何というか……いつもと違うご様子で、絶対に黙っていてくれって強くおっしゃっていたので」
なおさら気がかりだ。どうしてそんなことを。是が非でも行こうとしていたということか。
――お前の戦い方は余裕がなさ過ぎる。
「…………まさか!」
気づけばボードを全速力で吹かしていた。呼び止めるゴウの声が一瞬で届かなくなる。
(わかったかもしれない。奏の目的)
ジェロニモンの持つ特性、怪獣を蘇生する力。死んだ怪獣が集まることに加え、受験者の隊員が多く怪獣を討伐するこの天体群でその能力は驚異だ。
幸いにも討伐するまでその能力を発揮されてはいない。だが本当にそうか?ジェロニモンが最初に確認されたのは初代ウルトラマンが地球にいた時代。その事例でもウルトラマンや防衛組織に倒された怪獣を甦らせ、侵略を目論んでいた。当時、蘇生能力により復活したのはテレスドン。そして、ドラコ。
ドラコは数日前怪獣墓場に現れ、他の部隊の隊員が討伐していた。
場所は、C三エリアだ。
(奏はウルトラマンや怪獣に詳しい。いちはやくそれに気づいた)
カグラによれば、ジェロニモンは怪獣の「魂」を呼び寄せるという。理屈は全くもって不明だが、仮に魂に呼び寄せやすさ、「感度」のようなものがあるとしたら。地球に現れた個体の中で先んじて復活したドラコはその感度が高いと言えるだろう。
なぜ浦菱たちに黙っていたのか。これも推測でしかないが、ジェロニモンを浦菱たちに倒させようとしていたのではないか。
ジェロニモンの力は厄介だ。少しでも多くの人員を割くべきだということを佐納は理解していた。
一方で、ドラコも無視できなかった。一度死んだ怪獣が復活する。それは簡単に予測できる事態ではなかった。
ジェロニモンに多くの隊員が割かれたため、ドラコは野放し状態に近い。即座に討伐しなければ混乱が波及する。怪獣墓場には特錬候補の優秀な隊員しかいないといっても、変軽視できる影響ではない。討伐の必要性を感じた佐納は、身一つで離脱したのだ。
また、先ほどゴウに強く諭された経緯もある。佐納はそれとなく、自分とゴウが連携し関係を修復する場面を作ってくれたのではないか。
仮に佐納が「ドラコを倒しに行く」と報告してくれたとして、浦菱は彼女の後を追わなかった自信がない。
(あの……バカ!)
焦燥感が胸を占めて尚ボードの走行が安定しているのは、これまで積み重ねた経験のおかげだった。浦菱は今いるE三エリアの端まで至る。そこで3本に分かれた道の、右手を奥に進んだ。
その先にあるのは、渦。紫色の奇怪なうねりが地面から役1メートルの高さに口を開けている。
怪獣墓場は小さな天体群だ。時には今いる場所から別の天体まで移動することもあるのだが、その間を移動する際にはこの渦を通る。これが転移ゲートの役割を果たし、別の場所へと運んでくれると、当初説明があった。
浦菱は息を整え、渦の中心に突っ込んだ。
転移先でカグラに、数日前ドラコが討伐された地点の場所を聞く。カグラが示した座標を確認し、浦菱はボードを繰って向かった。
小型怪獣のボーンザウルスやガンQベビーを蹴散らしながら進むこと数分、ビルのように背の高い岩に囲まれた空間に出た。開けた場所、その中心で激しく動く黒い巨体は嫌でも目に付く。彗星怪獣ドラコだ。
黒い体に格子状の白いラインが走る。尖った口と細長い目は鳥ともイルカともつかない。恐るべき派両手に生えた鎌だ。指はなく、かわりに緩やかな弧を描く銀の刃が伸びている。背中から生える巨大な羽も特徴的だ。ドラコの体すべてをすっぽり覆えてしまいそうなほど大きく、翼膜は
〈キオオオオオオオオオオ!!〉
鈴の音が反響したような独特の鳴き声は、敵意を湛えていた。その感情が注がれているのは、足下。右手にアームを装着し必死に鎌を避ける人物がいる。
「奏!!」
宙で体を捻って回避したその人物――佐納はこちらに振り向いた。
「
佐納の右方向から再び迫り来るドラコの鎌がある。浦菱はエネルギーが消耗しつつあるボードになおも鞭を打ち、距離を詰める。
「腹に力入れて!」
減速はしない。通過する瞬間に佐納の腰を抱きかかえ、そのままドラコの股下を通過して背後に回った。間一髪、鎌を避けることができた。
「あ、危なかった。ありがとう」
「今のは私が呼んだからできた隙でしょ。気にしないで。それより――」
じっと佐納を見つめると、彼女の肩がびくりと上下した。怖い顔になっていたらしい。
「なんで、黙って離脱したの」
「ごめん、ジェロニモンが出たってことは、ちょっと前に倒したドラコも復活してるかもって思って」
やっぱりか。
「でも、ジェロニモンも倒さなきゃいけないし、ドラコのことを説明してる時間もなさそうで、行かなきゃって」
尻切れトンボになった言葉を、目線が次いだ。左の方に視線が流れている。浦菱がそちらを見ると、2名の隊員が開けた岩場の端、大岩の影に隠れて座っているのが見えた。一人は腕を押さえ、もう一人は横に倒れている。
「なるほどね」
彼らはおそらく、C3エリアにいた隊員。復活したドラコの奇襲を受けたのだ。ジェロニモン出現の報で気を取られていたところだっただろう。唐突な巨大怪獣の復活に対応できなかったのだ。
佐納は彼らのような負傷する隊員の存在を予測していた。怪獣の知識に依るところもあるだろう。だが、隊員を助けるためにドラコのもとへ向かったのは、S4としての矜恃が彼女を突き動かしたからだろう。
浦菱は翻ってドラコを見た。活きのいい得物が一匹増えたことを喜んでいるのか、鎌を左右に揺すって吼える。
「まあ、あとでゆっくり話そうよ」
「う……ご、ごめんなさ」
「怒りゃしないって。とりあえず」
浦菱は構えた。
「コイツ倒した後でさ」
「うん!!」
二人は一気に加速する。浦菱はボードの噴射、佐納はアームのチャージパンチでそれぞれ左右に分かれる。佐納を切り裂こうとドラコが鎌を振り下ろせば、浦菱が弾く。浦菱を潰そうと踏ん張った足に、佐納の巨大な拳が突き刺さる。互いの隙を補って攻撃に転じる。そのコンビネーションはもはやお互いの体が記憶していた。
(動きが読める!)
攻撃を予測して回避できている自分に、浦菱は驚いていた。ドラコとの実戦経験などなかったのに。
(いや、読めるというより、動きが遅い。……鈍い?)
はたと気づく。佐納がドラコの体力を削ってくれていたのだ。浦菱が到着するまでの時間で、傷を負った隊員を守るだけではなく、ダメージも与えていた。
一人で、この巨体を抑えた。一人で、この重圧に耐えた。
〈ギイイイイイイィィィィィィッ……!〉
振り下ろし、地面に右手の釜ヶ突き刺さった瞬間を狙って加速した。ボードのエッジが。鎌の根元部分を深く切り裂く。切断することはできなかったが、ほぼ肉と皮で繋がっている状態だ。もう左の鎌は使えない。
もしかして、と勘ぐる。
――私ね、ウルトラマンが好きなんだ。
以前佐納はそう述懐した。
――圧倒的な強さがある感じがして、私にはそれがとても魅力的だった。
だが、彼女の中にあるウルトラマンの印象は、強さだけなのだろうか。きっと違う。
ネロンガ戦のように、一般人を救うためなら危険をいとわない性格。常に周囲を観察し、適切な注意喚起とアドバイスができる優れた目線。そして、先ほどのレッドキング戦で仲間を庇うような戦闘スタイル。
佐納は、人を救うことを強く願っている。彼女が思うウルトラマンは強大な力を持つ巨人ではなく、むしろ『救いの象徴』としてあるのではないか。怪獣を倒す能力ではなく、人類のために立ち上がる巨人の姿と心に憧れを抱いた。そう考えれば、今までの利他的が過ぎる戦い方にも整合性がある。
「あああああ!」
浦菱が大きく体を捻り、回転斬りをドラコの足に見舞う。
「はあ!!」
佐納がジャンプし、足の付け根のあたりをアームで殴る。
ドラコはたまらず羽を広げ、飛翔して後退。まだ逃げる様子はない。
(逃げずにいたことを後悔させてやる!)
足をやる。とどめは佐納に刺させる。このドラコは他でもない、彼女の手柄だ。
息を矢のように吐き出しボードを前方へ進める。残った右手の鎌が振ってくるが、遅すぎだ。地面に突き刺さる音が背後からする。勢いそのまま、今度は右足も抉って耐性を崩す。
が、突如目標としていた右足が遠のいた。左足もだ。
(飛ばれた――)
ドラコは背中から生えた翼で空に浮かび、体の向きを入れ替える。地面を穿った鎌が再び、ガリガリと地表を断ち割って浦菱へと迫った。
まずいと思ったが、問題ない。ボードの速度ならなら鎌から逃げることも、距離を取ることも可能。そう思って方向転換を試みた瞬間、がくんと体がつんのめる。
「うッ」
ぐるりと視界が回転した際、自分の足が移った。足裏にくっついた状態で固定してあるはずのボードが、離れている。
「なんで――」
背中を打ち付け痛みに悶える。平坦だと思っていた地表だが、想像以上に凹凸が多い。
この凹凸に引っかかって、ボードが脱げてしまったのだ。もともとは平らだったが、ドラコの鎌攻撃により地面には無数の亀裂が走った。そこを猛スピードで走行した際、ボードのエッジが地面の隙間にはまってしまった。
あと少しで倒せるという状況から一転、一気に丸腰に追い込まれる。
周囲に地響き。ドラコが距離を詰めた。
〈ヒュギイイイイイイイ……!!〉
逆転を悦ぶ声には殺気が混じっている。ドラコが耐性を低くし、万全の右手鎌を横から滑らせた。
立ち上がれ。立ち上がって避けろ。なんとか両足で立ち上がる。
間に合わないか、どうだ。
どん、と、強く胸を押された。ドラコの攻撃ではない。見ればこちらに手を伸ばす、佐納の姿。いや、手を伸ばしているのではない。
押したのだ。あの手が、私を。
「奏――」
名前は当人の耳に届かなかっただろう。ドラコの鎌が暴風を巻き起こす勢いで佐納を弾き飛ばし、そびえる大岩まで叩きつけたからだ。
押されていなかったら、弾き飛ばされていたのは浦菱だった。
また、救われた。身を挺して。痛みに替えて。
さまざまな思いが浦菱の中でない交ぜになっていた。守ってくれた佐納への申し訳なさ。守られた己に対する無力感。
しかしそれらを差し置いても。それらを差し置くことが、自分の無力さを棚上げしているとわかっていても。
浦菱はドラコを睨んだ。
「お前……!」
怒りがあった。この怪獣にかける情けは、ない。
かつてないほどのスピードが出た。文字通り目にも留まらぬ速度で、ドラコの右足側面をボードのエッジが削り取る。
悲鳴を上げるドラコだが、まだ自慢の羽が残っている。膝をついた体勢から翼を広げ、地を離れる。暖色とも寒色ともつかない色の翼膜が空で揺らめくと、オーロラのような美しささえあった。
が、砲撃音と同時にその模様に穴が空く。浮かび上がったドラコの体が心許なく揺れた。
浦菱はあたりを見回し、狙撃手の存在に気がつく。
「ゴウさん!」
目を凝らした先に、息を切らしたゴウがバズーカを構えていた。
「お前、早すぎるぞまったく。俺にも一撃加えさせろ」
「……すみません。でも、この怪獣の討伐は」
「さのの手柄だろ」
迷いのない口調に胸が熱くなる。ゴウは再度ドラコに狙いをつけた。
「だから、決めろよ」
「はい!」
落ちたドラコが再び立ち上がる。
浦菱はボードを手で拾い上げると、用途通り足に装着することはせず、手に持ったまま腰を沈めた。下半身の筋肉が盛り上がったのがわかる。そのまま全身全霊の力でボードを手にしたまま跳躍すると、スーツの強化作用は限界まで機能し、ドラコの腰付近まで至った。
「あ゙あ゙あ゙あ゙アアアアア!!」
自分の声とは思えぬほど、太く荒々しい声が出た。体が落ち始めるのと一緒にボードをドラコの体に突き立て、そのまま引き裂いて降りる。
落ちろ。倒れろ。死ね。
呪詛ともいえる黒い感情が、浦菱の中で沸き立っていた。
が、浅い。
「あッ」
先行する攻撃的な感情に、体がついていかなかった。ドラコの甲殻に引っかかってボードが離れ、浦菱ともども落下する。おびただしい出血はあったが、ドラコが失血に苦しむ様子はない。
「くそ!」
ゴウがさらにバズーカを放った。が、ドラコは素早く体の方向を変え、暗い空に向けて飛翔する。傷を負ったことで、尻に帆をかけて逃げ出した。
「待て!逃げるな!」
浦菱は叫んだが、ドラコの黒い色は空に溶け、埋没する。
「待てよ!くそ……クッソォ!!」
地面を殴りつけた。佐納がドラコに積み重ねたダメージが、無駄になった。そして、佐納が自身で受け止めた痛みも。
身が裂けそうなほどの悔しさがある。しかし、視界の奥で倒れた佐納を目にすると、悔しさは申し訳なさに変わって浦菱を苛んだ。