怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第59話 憧憬

 浦菱(ウラビシ)が見えた。ボードの推進をフルスロットルで噴かして、こちらに向かってくる。音を聞いているのか、彼女の優れた直感か、跳ね回るドラコの刃を紙一重で避けながら、まっすぐに近づいてくる。

 佐納(サノウ)にぶつかりそうな直前で浦菱はスライディング。合わせてブレーキをかけて止まった。そしてがばりと起き上がったかと思えば、呆気に取られた佐納の肩を掴む。

 

「怪我は!?」

 

 聞いてすぐ、浦菱は佐納の足に目を移し息を飲んだ。傷は深く、隠せるような出血ではない。

 

「だ、大丈夫だよこれくら――」

 

 取り繕ったが、浦菱は即座にヒールキットを取り出し、中身を傷口に振りかけた。

 

「この切り傷、さっき通り過ぎたドラコみたいな怪獣の」

 

 浦菱は振り向き、静止する。パワードドラコ、そして組み合う薄黒い体色のバルタン星人。その違和感は、浦菱も気づいたようだ。

 

「…………は?」

 

 彼女の握りこぶしがわなわなと震えているのが見えた。おそらく理解したのだろう。人類の敵と判断されたダークバルタンが、怪獣と戦っている。その異様な状況に。

 

「なんで……あの色、まるでダークバルタンじゃ……どうして……」

 

 疑問が声になっていた。浦菱は特にダークバルタンという存在に違和感を抱いているように見える。何か、個人的な思いがあるのだろうか。

 しかし、すぐこちらに向き直る。

 

「今はそれどころじゃなかった。奏、ここから逃げよう」

 

「……唯ちゃんだけで逃げて。私、足怪我してるから」

 

「それじゃ私が来た意味ないでしょ!担いで運ぶから」

 

 反射的に首を横に振っていた。

 

「2人乗ったら、スピードなんて全然出ない。動力も弱くなるから、攻撃に対応できないよ」

 

「大丈夫。前やったことあるから」

 

「でも危険なのは変わらない!」

 

「その危険な場所にあんたを置いていけない。意地でも運んでいくから乗って!」

 

 その時、浦菱の背後でぎらりと黒い刃が回転し、襲いかかろうとしているのが見えた。

 

「唯ちゃ――」

 

 言いかけた言葉で察したのか、浦菱は佐納を抱きかかえボードを操る。かなり無理な体勢からのスタートだったが、岩壁に沿うように移動。なんとか避けられた。ドラコの刃は、先ほどまで腰を下ろしていた位置の壁に突き刺さっている。

 

「……逃げるしか」

 

 佐納は俯いたまま口を動かした。

 

「やっぱり、逃げるしかないよね」

 

「どうしたの」

 

「今日も……何にもできなかったなって。前と全部おんなじ。ドラコに追い込まれて、怪我して、結局助けに来てもらっちゃった」

 

 逃げたくない理由の半分は、足を怪我した自分では足手まといだから。もう半分は、ただ純粋に悔しいのだ。ここで逃げたら、敗北を認めることになる。ドラコの体にまともな傷すらつけられず、目的不明のバルタンがいなければ死んでいた。その状況を挽回できない。ウルトラマンのようには、やはり――。

 

「唯ちゃん、ごめんね」

 

 泣くなとどれだけ己を叱咤しても、声が震え始めていた。

 

「こんな、弱い私のために来てもらって。さっきだってすごく危なかったのに。私がもっと強かったら唯ちゃんを危ない目に遭わせなかったのに。私が、ウルトラマンみたいに強ければ」

 

「知らない!!」

 

 びくりとして、思わず肩がすくんだ。今までで一番大きな声を向けられたからだ。

 浦菱は、こちらをまっすぐ見ていた。ドラコとバルタン星人の戦いは、彼女の姿でほとんど見えない。それは浦菱が、佐納の視界が自分で占めるように、自分だけを見て戦いが隠れるようにしているのではないか。

 

「知らない、知らないよウルトラマンなんて!だいたいアイツら何なんだよ!ちょっと人間より大きくて、ちょっと人間より強くて……」

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

「うるさい!あとなんか、光線とか撃てて……ざっくり言えばそんだけでしょ!」

 

 突然の剣幕に呆然とする佐納。浦菱は一度息をついてから「それで」と繋げた。

 

「……もう、この世界にはいないでしょ」

 

 喉のつかえを吐き出すような言葉だった。

 

「奏」

 

 浦菱は鋭い目線を受けた。

 

「あんたは、ウルトラマンにはなれない」

 

「う……それは、わかってるけど」

 

「でも」

 

 浦菱は、失意に染まりかけた佐納の肩を掴んだ。

 

「私だって、ウルトラマンにはなれない」

 

「……え?」

 

「私も、ゴウさんも、特錬隊員も、ウルトラマンになんかなれっこない。でも私たちはやんなきゃいけないんだ、ウルトラマンと同じことを。怪獣を倒さなきゃ、たくさんの人たちを守んなきゃいけないんだよ」

 

 ウルトラマンと同じ役目を負っている、唯一の職業。それがS4だ。佐納が入隊を志した動機こそ、その役目を全うするためだと思い出した。

 

「奏さ、私に言ったじゃん。『死んだ人のためじゃなきゃ戦えないの』って」

 

「あれは、唯ちゃんを傷つけるつもりじゃ」

 

「あれ、図星だったよ」

 

 浦菱の顔に、呆れたような笑みが広がる。

 

「ホントのこと言われると腹が立つってマジだね。あの時は完全に……一本取られた気分だった。私は奏と違って、そんなに多くの人の命を背負う覚悟がない。自分の大切な人か、大切だった人のためにずっと戦ってる。それはこれからも変わらないんじゃないかな」

 

 ビュオ、と何度聞いたかわからない風切りの音。バルタンに向けて飛ばした刃が弾かれ、また佐納たちの方に飛んできていた。

 

 浦菱は佐納の頭を無理矢理伏せさせた。ドラコの刃は、やはり壁に深々と突き刺さる。あと数十センチ上に頭があったら、一環の終わりだった。

 

「でもね、だからこそ。奏を守るっていう決意は、絶対揺るがないの」

 

 浦菱の手は、まだ佐納の頭にあった。やさしく撫でるようにした手。頭部の防具を隔ててなお、あたたかさを感じる。

 

「なんで、そこまで、私を」

 

 胸の内からこみ上げるものがあった。喉から鼻にかけてツンと痛くなる。

 

「憧れたからだよ」

 

 浦菱は、もう一度佐納の肩に手を置いた。

 

「奏は、すごく沢山の人のことを守るために戦ってる。S4隊員も、外惑星で生活してる人たちも、誰も怪我しないように頑張ってる。私はそこまでできなかった。覚悟がなかった。だから、すごいと思ったんだよ」

 

 浦菱の目が、まっすぐ佐納を見た。

 

「奏がウルトラマンに憧れたみたいに、私は奏に憧れたんだ」

 

 浦菱の眼は、いつもなら切れ長で怜悧な印象を抱かせる。でも、今は違う。柔らかな曲線に囲まれた瞳が、穏やかにこちらを見つめていた。こちらが恥ずかしくなるほど優しげで、切実。

 

「あなたは光の戦士じゃない。でも弱くなんかない。絶対に」

 

 対して、自分はどれほどひどい顔をしているだろう。嗚咽が漏れ、(はな)をすすらないとだだ漏れになる。

 

「だって、私が憧れたんだから」

 

「違う、私は、誰かの憧れ、に、なれるほど」

 

「なれるよ。私は弱い人に憧れない。あなたの背中を追いたいと思う。あなたを想って、強くあれる。だから――お願い」

 

 肩を掴む手に力が入った。

 

「ウルトラマンを目指すなとは言わない。でも……あなたは地球人で、S4隊員で、佐納奏なんだ」

 

 全身が揺さぶられるような、芯のある声だった。ドラコとバルタンの戦いの音が遠い。彼女の声しか耳に届かない。

 

「人間として、S4として戦って!あなた自身を誰にも譲らないで!地球人のまま、強くあってよ!佐納奏(サノウカナデ)!!」

 

 浦菱の檄が鼓膜を揺らした。一文字ごとに佐納の体に火を付け、全身の血を沸き立たせるような力強い言葉。

 

 自分のことを、弱いと思っていた。いや、事実弱さの塊なのだろう。アペヌイでは逃げ惑う多くの一般人を救うことができず、かつて地球を救った憧れの巨人には届かず。その未熟さを認めたくなくて、意地でS4を続けた。自分の体に傷痕が増えても、身を挺して他人を守った。時には痛みを甘んじて受け入れた。

 

 その戦い方は苦しくも、存在意義と贖罪になってしまった。やめてくれと言われて従えるほど融通も利かなかった。弱いから。弱さを紛れさせ、自分は他人を守ることができ、痛みにも動じない強い存在でいられると暗示するために不可欠だったから。

 

 でも、目の前の人は。

 

 まっすぐ目を見て、弱くないと言ってくれた。外惑星にいる人全てを守りたい。それが達成できるかではなく、その目標自体を褒めてくれた。

 

 甘い評価だ。それに、甘えてもいいのだろうか。憧れたとまで言われた。自分には、勿体ない言葉で。

 

――でも、なんでだろう。

 

 この感じは。興奮と安堵が同時に押し寄せる、この律動は。誰かの憧れの存在になれたなんて、烏滸がましいけれど、まるでそれは。

 

 ウルトラマンに、なったみたいだった。

 

「う、う」

 

 あふれる感情を、堰き止められない。

 

 あくまで、()()()だ。ウルトラマンの強さと慈悲深さには及ばない。それでも、あの赤のラインや銀のプロテクターが走る背と、己の背が重なる。ごく僅か、でも揺るがない部分が、光の巨人と同調している。幻想との戯れが、理想への足がかりに補強されたような気がした。

 

 そう思わせてくれた、浦菱唯。彼女の存在が何にも替えがたいほど尊く、大切だ。肩に置かれた手に触れ、俯いて泣き顔を隠す。

 

 強くあれと発破をかけられて、なんで泣いてしまうんだろう。この涙すら優しく掬い上げるような人物だと、もう知ってしまったからか。

 

「少し、そこで待っててよ」

 

 浦菱はすっくと立ち上がり、翻った。顔を向けた先では、ドラコが依然不気味な出立ちを崩しておらず、対照的に巨大バルタン星人は無数の刃を受けて膝をついていた。軍配は、ドラコに上がったらしい。

 

「よくわかんないけど……あのバルタンが足止めしててくれたみたいだね。おかげで、言いたいこと言えたよ」

 

 浦菱はゆっくりと、ドラコへと歩む。なぜ向かっていくのだろう。撤退のはずでは。

 

「逃げようっていったけど、やっぱナシ。奏、そこで待ってて」

 

 こちらに向き直る。緊張や恐怖の面持ちはない。

 

「強くあってよ、なんて、よく言えたもんじゃないね。だから今から証明するよ。私は、『誰かを守る人』を守るために強くあれるんだってこと。私のまま、地球人のまま」

 

 引き留めなきゃ、と思えないほど確固たる歩みだった。重く、剛気をはらんだ一歩を繰り返し、距離を縮めていく。ドラコが浦菱に気づくと、彼女は左手の袖をまくり上げ、顔の前に翳す。MITTドライバーは青白い光が、一際明るく見えた。

 

「メテオールアーツ、装着」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「メテオールアーツ装着」

 

 浦菱が発した声を受け、MITTドライバーが一際強く輝く。

 

『浦菱隊員、メテオールアーツ転送します!』 

 

 オペレーターのカグラが言った直後、浦菱の体を、転送された装備が一瞬にして取り囲み、体を包んでいく。

 

 討伐した怪獣の素材を用いた戦闘用スーツ、「メテオールアーツ」。浦菱の身を覆うのは、その中でも比較的細身な鎧だった。胴体から下半身にかけて、どことなく砂漠迷彩を思わせる派手さのない色彩の防具。対称的に目を引く頭部の兜は、側面からクワガタムシの顎のような意匠が上に向かって伸びている。

 

 つい先日、ようやく完成した浦菱専用のメテオールアーツ。慣れぬ防具は試験中用いない方がいいと判断し装備していなかったが、いざという時のために転送できるよう手配をしておいた。

 

「唯ちゃん、それ……もしかして、アントラーの」

 

 背後から、驚嘆まじりの声が聞こえた。

 

 やっぱり、奏は怪獣に詳しいな。そう思いながら、浦菱は一歩を踏み出した。

 ドラコの赤い目がこちらを向いている。体の動きは少なく、静けさすらあった。依然対峙した個体とは能力が異なる。そして、見たところ腕から飛ばす刃が一番の得物のようだが。

 

――ここは、あえて。

 

 浦菱は右足を引いた。可能な限り力を抜き、目を凝らす。

 

 刃を、メテオールアーツの蹴りで弾けるだろうか。

 

 腕の暗がりに煌めきが生じる。恐るべき速度でまっすぐ飛んできた。

 大丈夫。ボードの感覚と違わない。

 体を捻って勢いを増し、渾身の回し蹴りを刃の側面に打ち込む。

 

「ぐ……!?」

 

 タイミングは合った。緩衝された刃が宙を舞う。だが、浦菱も片足では勢いを殺しきれず吹っ飛んだ。後転し、反動で立ち上がってなんとか持ち直す。

 

「唯ちゃん!」

 

「大、丈夫……でも、痛ったあ……!」

 

 メテオールアーツを装着してこの衝撃。通常装備だったら、胴体を真っ二つにされるかもしれない。

 

「出し惜しみはなしでいく。カグラさん!」

 

『了解!メテオールアーツリンク起動準備、整っています!』

 

 オペレーターのカグラから気合い十分の返答。

 

 行くか。

 S4科学技術の極地、『リンク』――怪獣能力再現技術の使用へ。

 

 一度大きく息を吸い、声と共に吐く。

 

「メテオールアーツリンク、起動」

 

 野笠(ノガサ)隊長、篠山(シノヤマ)さん、お借りしますね。

 胸の中で一度、そう呟いた。

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